Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (547)
祠の場所
……読んでみたいな、メスティオノーラの書。
ヒルデブラントとハンネローレの会話を聞き流しながら、わたしはぼんやりとメスティオノーラの書について考える。
……女神様の本だよ。一体どんなのだろう? 楽しみだね。……って、あれ? メスティオノーラの書って言ったら、普通はグルトリスハイトだよね? もしかして、わたしが読んじゃいけない系?
読みたい誘惑に駆られていた頭にふっと現実が戻ってくる。その途端、一人で祠に取り込まれたのだから、石板を読む前に護衛騎士達と連絡を取るべきだったとか、そもそも怪しい石板に近付くべきではなかったとか、現実的な視点で自分の行動が見えてくる。
……まるでフリュートレーネの夜に女神の水浴場で不思議体験をした時みたい。
あの時も同行者に連絡を取ることを不自然に忘れるとか、フェルディナンド達が入れないとか、何らかの魔力的な干渉があったはずだ。あの祠の中もそういう感じなのだろうか。
……ちょっと落ち着いて冷静に考えてみよう。
メスティオノーラの書がグルトリスハイトだった場合、わたしがグルトリスハイトを手に入れるのは非常にまずいと思う。わたしはグルトリスハイトを手に入れたいわけでもないし、ツェントになりたいわけでもない。余計なことに巻き込まれたくなければ、手を出さずに口を噤んでいるのが一番だ。
ただ、この機会を逃したら女神様の本なんて絶対に読める気がしない。読みたい。ものすごく読んでみたい。その気持ちは偽れない。
……それに、王族はグルトリスハイトを探しているんだよね? ちょっとでも手がかりがほしいんだよね?
地下書庫にツェントになるために必要な知識があるという情報だけで必死に翻訳しているくらいなのだ。今のわたしの体験はかなり貴重で大きな情報になると思う。
……貴重は貴重だけど、同じやり方でできるのかな?
多分光の柱が立った時に飛んで行った一部の光が青の石板の元になっていると思う。つまり、それだけの祝福をして魔力を奉納し、光の柱を立てなければならない。中央の魔力供給で大変な状態の王族が貴族院で光の柱をどんどん立てるような祝福ができるのだろうか。
……王族にできなかったらどうなる?
自分にできないことは他人に丸投げして生きてきたわたしが一番に思いつくのは、「できる人にしてもらえばいいじゃない」である。手に入れられそうな者にグルトリスハイトを手に入れてもらえばよい。手に入れられそうな者がわたしでなければ完璧だった。
……それでわたしがグルトリスハイトを手に入れたら王族はどうする?
わたしが読んでから王族に譲渡することが簡単にできれば良いけれど、フェルディナンドが王位を目指したところでエーレンフェストでは後ろ盾になるのが難しかったはずだ。わたしも同じである。そして、フェルディナンドはツェントになれないように王命でアーレンスバッハへ婿として向かうことになった。王位に就けないように、もしくは、今の王族がグルトリスハイトを手に入れるために同じようなことが自分の身に降りかかる可能性は高い。
……王族のためには情報提供するべきだけど、自分のためには口を噤んでおいた方が良いってことだよね。ホントにどうしよう?
誰かに相談したいけれど、相談できる相手が思い浮かばない。うーん、と悩みながら視線を上に移すと、空に青い線が走っていた。祠の屋根から何本かの青い光が出ている。
「……あの青い光は何でしょう?」
「どの青い光ですか?」
わたしが指差す先をヒルデブラントとハンネローレの二人が見上げて不思議そうな顔になった。あんなにはっきりと見える不自然な青い光が全く見えていないようだ。二人だけではなく、側近達も見えていないようで、目を凝らしたり首を傾げたりしている。見えない人たちに向かっていくら主張してもわかってはもらえない。わたしは何度か瞬きをして首を横に振った。
「……わたくしの見間違いだったようです。上を見上げて木漏れ日で目が眩んだからかもしれません」
「思ったより眩しいですものね」
ハンネローレが同じように上を見て眩しそうに目を細めた。その方向に青い線があるのだが、全く見えていないようだ。
……青い光の線の先には何があるんだろう?
上を見上げて目を凝らしていると、オルドナンツが飛んできた。アルトゥールの腕に留まって口を開いた白い鳥はマグダレーナの声で、地下書庫に戻るように三回告げた。
「少しは外に出られて気分転換になったかしら?」
地下書庫に戻ると、側仕え達はすぐにお茶の準備をしてくれた。うろうろと外を歩き回って喉が渇いていたのでお茶がとてもおいしい。お茶を飲みながらマグダレーナが外でどのような時間を過ごしたのか質問する。
「はい、母上。ソランジュ先生が鍵を開けてくださって、閉架書庫から外へ出ることができたのです。図書館の裏庭だったのですが、ローゼマインには日差しが強いので森へ入ることにしました。そこにあった祠の前で休憩したのです」
鍵がかかっていて入れなかったのですけれど、とヒルデブラントが外での自分の行動を母親に報告する。マグダレーナは息子を慈しむ優しい笑顔で「中に入れなくて、どうして祠だとわかったのです?」と先を促した。
「エーレンフェストの神殿の入り口に似ているとローゼマインが言っていました」
「そうなのですか。……貴族院の神事にあれだけの意味があったのです。祠にも何か意味があるのでしょうね」
少し考えるようにして呟かれたマグダレーナの言葉に、わたしは「それはもう、とても大きな意味があります」と頷きたくなった。明確に伝えるのは避けて、わたしは当たり障りのない情報を伝える。
「すでに修復されているそうですけれど、わたくしのおじい様が壊してしまった祠もあったそうです。貴族院の辺鄙なところ、とおっしゃったので、先程の祠とは別だと思います。図書館からわたくし達が少し歩いて到着するところを辺鄙とは表現しないでしょう?」
中央棟、文官棟、側仕え棟、図書館が集まる辺りは貴族院の中心部だ。辺鄙という表現は寮が点在する辺りの方が相応しいと思う。これで、他にも祠がありそうだよ、という情報は伝えられただろうか。わたしが皆の様子を窺うと、ハンネローレにはしっかりと伝わっていたようだ。
「では、他にも同じような祠や神を祀っている場所があるかもしれませんね。王族が管理している貴族院の地図などはないのですか? もしくは、鍵とか……」
「昔は各領地の寮を記した地図をディッターのためにそれぞれが独自に作成していましたけれど、王族が管理していた祠の地図は耳にしたことがありませんね。ソランジュや王宮図書館の司書にも尋ねてみましょう」
マグダレーナはそう言った。そういえば、フェルディナンドのディッター指南の本にも簡易な貴族院の地図があったはずだ。寮に戻ったら調べてみるのも良いかもしれない。
「マグダレーナ様、ディートリンデ様とはどのようなお話をなさったのです?」
「……次期ツェント候補を名乗る方はずいぶんと個性的で、本当に驚かされました。さぁ、お喋りはこのくらいにして作業をいたしましょう。あまり時間がありません」
よほど話したくない内容なのか、マグダレーナはニコリと微笑んで休憩を切り上げるように言った。
……ダンケルフェルガーの第一夫人も驚いていたもんね。閉架書庫で言ってたようなことをマグダレーナ様に面と向かって言うとは思えないけど、ディートリンデ様だから……。
ディートリンデは貴族院のお茶会でも失礼なことを言っていたけれど、基本的には下位の貴族に向けてだったので、眉を顰められる程度のものだった。アウブ・アーレンスバッハが亡くなったのだから、アーレンスバッハで最上位になる以上、さすがに自分よりも上位の王族に対して失礼なことをするとは思えないし、側近達が許すはずがない。
けれど、マグダレーナの話の切り上げ方を考えると、ものすごく不安になってきた。現在の王族に向けて次期ツェント候補を名乗ったらしい。ディートリンデが王族に対して不敬が過ぎると、夫になるフェルディナンドが連座になる可能性は高くなる。星結びが延期になって良かったと思わざるを得ない。婚約者で領主会議に来られないフェルディナンドはここでディートリンデが何かやらかしても、まだ連座にはならないはずだ。
……わたし、もしかして、早めにグルトリスハイトを手に入れておいた方が良いんじゃない?
グルトリスハイトを手に入れていれば、いざという時に「グルトリスハイトを渡すので、フェルディナンド様だけは返してください!」と王族に交換条件を突きつけることができるけれど、何も持っていなければ交渉の席に着くことさえできない。ディートリンデの連座になるフェルディナンドを見ているしかできなくなる。
……これも心配しすぎって言われるのかな?
わたしはそっと胸元を押さえる。ディートリンデが閉架書庫で言っていたようなことをマグダレーナにそのまま言うようなタイプならば、わたしの心配は遠からず現実となるはずだ。口に出さずに勝手に心配する分には怒られないだろう。
……メスティオノーラの書がグルトリスハイトとは限らない。もしかしたら、グルトリスハイトを手に入れるために必要な物かもしれないし、グルトリスハイトだとしてもすぐに手に入る物とも思えない。ひとまず探してみよう。
わたしはオティーリエから紙と筆記用具を受け取ると、地下書庫に入った。シュバルツがわたしを見上げて「ひめさま、いのりたりない」と言う。青の石板を手に入れただけのわたしでは、確かに祈りは足りないだろう。
……どこにあるのかわからない祠の位置から確認しなきゃダメなんだよね。
「ねぇ、シュバルツ。祈りを捧げるための祠の位置を記した貴族院の地図のような資料ってあるかしら?」
「ある」
わたしが何となく尋ねてみると、シュバルツは白い石板をいくつも出してきた。シュバルツが取り出す石板は本棚の真ん中から右の方に点在している。左上から読んでいくわたしの読み方ではなかなか到達できない部分にあったようだ。
「ありがとう、シュバルツ」
わたしはシュバルツの額を撫でると、ずらりと並べられた地図を確認していく。ものすごく大ざっぱな地図と詳細な地図では祠らしき点の数が全く違うので、どこに祈りを捧げれば良いのかよくわからない。ついでに、この地図には各領地の寮や目印になる物が描かれていないので、どこにあるのかよくわからない。全部写しておいて、寮に帰ってからディッター用に作成されている地図と突き合わせて確認してみなければならない。場所の確認にも時間がかかりそうだ。
「ローゼマイン、終わりだ!」
「ひゃっ!?」
突然ガッと石板を取り上げられて驚いて顔を上げると、養父様が白い石板をシュバルツに渡しているところだった。
「其方は本当に書物に集中していると、周囲の声が聞こえていないようだな。何度呼びかけたと思っている?」
「……わかりません」
わたしは呆れた顔の養父様に「早く片付けろ」と急かされて、現代語訳を終えた紙をマグダレーナに渡し、書き写した地図は自分の革袋に折って入れる。
「養父様が迎えに来てくださったのですね」
「当たり前だ。このような巨大な魔術具の中に妊娠中のフロレンツィアを入れられるわけがなかろう」
強固な魔力で選別を受ける地下書庫は、閉架書庫の扉から巨大な魔術具といえるそうだ。腹の中の赤子がどのような影響を受けるのかわからないため、養母様を入れたくないらしい。
「養母様を図書館へ入れる気がないのでしたら、毎日養父様がお迎えに来てくださるのですか?」
「そのつもりだ。ほら、来い」
養父様に差し出された手の意味がわからず、わたしは戸惑って首を傾げる。これは一体どうすれば良いのだろうか。
「何をぼんやりとしている? 私のエスコートでは不満か?」
「いえ、そういうわけではございません。……養父様が養母様以外をエスコートすると思わなかっただけです」
「フロレンツィアがいる時はフロレンツィアが最優先だからな」
わたしは養父様に手を差し伸べて、エスコートしてもらいながら書庫を出た。階段を上がる時、降りる時に養父様から貴族のお姫様のように丁寧に扱われて、ものすごく不思議な気分になる。
図書館を出ると、すでに日が傾いていた。夕暮れの回廊を養父様にエスコートされて歩く。平民時代は手を繋ぐことはあっても、こんなふうに誰かの腕につかまって歩くことはほとんどなかったし、貴族になってからも宴の時以外はこんなふうに歩いたことがない。
……おじい様の指を握って歩いたことはあるけど、エスコートというよりは重大なミッションって感じだったし、そもそもエーレンフェストの城では騎獣に乗ってるからね。
「ローゼマイン、そこまで妙な顔をすることか?」
「……こういうエスコートは慣れていないので、少し戸惑うのです」
「慣れていない? フェルディナンドやヴィルフリートにされ慣れているであろう?」
養父様が驚きの顔になったけれど、驚きたいのはこちらだ。日常生活でこんなエスコートをあの二人にされたことなどない。
「フェルディナンド様は日常生活でエスコートなんてしてくださいませんよ。あ、でも、あまりに歩くのが速い時に走って袖をつかんだら、わたくしが倒れない程度まで歩く速度を加減してくださいました」
「ハァ? それだけか?」
それだけ、と言われたので、わたしは必死にフェルディナンドがしてくれたことを思い出してみる。
「えーと、騎獣に相乗りさせてくださった時は抱き上げてくださったり、降ろしてくださったりしました。身長の問題で一人では乗り降りができなかったからですけれど」
「……ヴィルフリートは?」
「宴の時はしてくださいますよ。でも、日常生活では別に……。あ、貴族院の講義に向かう時、側近が入れない領主コースの教室に重い荷物を運んでくださいました」
あれにはハンネローレも驚いていたし、優しい婚約者だと言われていた。わたしの言葉に養父様が不満そうな渋い顔になる。
「城では騎獣に乗っていることが多いが、貴族院では歩くのに婚約者が一体何をしているのだ?」
「そんなことを言われても、貴族院で日常的にエスコートされて行動している学生なんてほとんどいないと思いますよ」
「私はしていた」
……エスコートを口実にフロレンツィア様にべったりだったんだろうな。
養母様を振り向かせたくて必死だった自分と比べないでください、と思うのは仕方がないだろう。けれど、この扱いの丁寧さはフェルディナンドもヴィルフリートも見習った方が良いと思う。
「フェルディナンド様やヴィルフリート兄様に比べると、養父様はずいぶんと女性に丁寧に接しているのですね。正直なところ、驚きました」
「むしろ、私は自分の弟がまさかここまで不出来だとは思わなかったぞ。宴などではそつなくこなすくせに日常生活ではさっぱりではないか……」
「フェルディナンド様は親しくなればなるほど扱いがぞんざいになりますからね」
わたしだけではなく、養父様の扱いもかなりいい加減なところがあると思う。ものすごく細かい心配りはしてくれるし、優しいことは優しいのだけれど、扱いは別に丁寧ではない。わたしの言葉に養父様が複雑な笑みを浮かべて、わたしを見下ろした。
「何ですか?」
「いや、時がたってみなければわからぬことがある、としみじみ思っただけだ」
「……わたくしは、最近の養父様には若さが足りていないと思います」
「誰のせいだと思っているのだ?」
……わたしのせいですか。すみません。
ベンノにもよくこんなふうに叱られたな、と懐かしく思っていると、養父様から更に若さを奪いそうな話をしておかなければならないことを思い出した。
「また養父様から若さがなくなってしまうかもしれないお話なのですけれど……」
「聞きたくないが、聞かざるを得ない話だな?」
養父様は嫌そうな顔をしながら先を促した。ぽてぽてと歩きながら、わたしは口を開く。周囲には側近達がいるけれど、人払いしなければならないような話ではない。
「星結びの儀式の時に魔法陣が浮かび上がったそうですね」
「あぁ、それがどうした?」
「わたくし、祈りを捧げるために上ばかり見ていたので気付きませんでしたけれど、あれはディートリンデ様が卒業式の時に光らせたのと同じ、次期ツェント候補を選別する魔法陣だったそうです」
ジギスヴァルトが次期ツェント候補だと周囲には認められているらしい。それ自体はおめでたいことだが、あの魔法陣は選別するだけだ。あの魔法陣を光らせただけではツェントにはなれない。
「正当なツェントを欲しがっている中央神殿が古い儀式を蘇らせようと必死になっていることに納得しました。儀式を蘇らせることができる神殿長として、これから先、中央神殿から妙な横槍が入るようになるかもしれません」
わたしが呟くと、養父様は左腕につかまっているわたしの手を自分の右手で軽くポンポンと叩いた。
「案ずるな。其方とヴィルフリートの婚約には王の承認がある。そして、私は解消するつもりなどない」
……わたくしがグルトリスハイトを手に入れて、ツェントの資格を得てしまったらどうなりますか? 最悪の状況でフェルディナンド様を助けるために準備しておきたいのです。
全力でわたしを守ろうとしてくれているけれど、フェルディナンドを他領の者として扱うと言っていた養父様には、自分が次期ツェント候補になってしまったことは言えない。ツェントになるつもりがないので、言うつもりもない。
代わりに、ディートリンデが地下書庫にやって来たこと、閉架書庫で交わされていた会話について報告をする。
「シュラートラウムの花が何かよくわかりませんけれど、アーレンスバッハでしか手に入らないようです。それから、オルタンシアの夫、中央騎士団の騎士団長とゲオルギーネ様の間に何らかの関わりがあるようです」
「そうか」
「銀の布については養父様が王族に連絡するのでしょう? 騎士団長を排した状態でお知らせできるかどうか、考えた方が良いでしょう」
わたしの言葉に養父様が難しい顔になった。養父様にとって中央騎士団長はほとんど面識のない知らない人だ。フェルディナンドを目の敵にしていて、アーレンスバッハへ行かせた原因だとは知らない。フェルディナンドは養父様に言うつもりはない、と言っていたし、アダルジーザ関連の話をせずに説明できる自信がないので、わたしは口を噤んでいるつもりだ。
「いざとなれば、わたくしを迎えに来たついでに、書庫で王族にお知らせしても良いかもしれませんね」
そして、寮に戻ったわたしは、多目的ホールの本棚にある騎士コースのための教材の中から昔のディッターで使われていた地図を出した。大人達は明日以降の準備に忙しいそうなので、多目的ホールで広げるのは止めて、自室へ持っていく。
「ローゼマイン様、何をされるのですか?」
レオノーレが地図を興味深そうに覗き込んできた。騎士コースの教材をいきなり持ってきたのだから当然かもしれない。わたしは地下書庫で写してきた紙を広げて、祠の場所がどの辺りになるのか、確認していく。
「地下書庫に今日のような祠がある場所を示した地図があったのです。簡潔すぎて、どこにあるのかわからないので、この地図と突き合わせてみようと思って……。あ、この円が今日の祠ですね」
「図書館から少し南下したところなので、間違いないと思います。こちらは文官棟の少し奥で、こちらは側仕え棟の更に奥……。ローゼマイン様、中央棟付近を中心に、ほぼ均等の距離の場所に祠があるように思えませんか?」
レオノーレが地図を見つめながらそう言った。わたしもじっと地図を見つめる。言われてみれば、その通りだ。今日の祠を示すのと同じやや大きめの円は中心部に近いところでほぼ均等な距離のところにある。
「小さい円は貴族院中に点在していますね」
「大きさが違うのですから、別の物を示しているのかもしれませんね」
「明日、地下書庫で報告してみます」
そう言って地図を片付けながら、わたしは必死で考える。領主会議の間にこれらの祠を回りたい。冬の貴族院でこんなところへ向かうのは無理だ。
……でも、どうやって? 行きたいです、と言ったところで行けるはずがないよね。
領主会議に参加しない未成年が貴族院をうろうろするのはおかしいし、理由もなく側近達が行かせてくれるわけがない。「フェルディナンド様を助けるためにグルトリスハイトを手に入れて、一番にわたしが読みたいです」なんて言ったところで怒られるに決まっている。
次の日、地下書庫へ行くとアナスタージウスとエグランティーヌが来ていた。今日も午前中は現代語訳をするらしい。
「祠の位置を調べてみました。中央棟を中心にほぼ等間隔で円周上にあるようなのです。何か秘密があるように思えませんか?」
わたしが地図を広げながら報告すると、アナスタージウスが「確かに怪しいな」と言いながら目を丸くして書き写した地図を見下ろす。
「詳しい資料がないか、王宮図書館でも探させよう」
「アナスタージウス王子、わたくしが昨日、王宮図書館へ連絡を入れました」
マグダレーナは少しでも集まった情報を活かすために機敏に動いているようだ。アナスタージウスはマグダレーナに礼を言って、立ち上がる。
「一度その祠を見ておきたい。どのような物かわからなければ、父上に説明するのも難しいからな」
「……そうですわね」
マグダレーナも立ち上がると、ヒルデブラントを案内役にして、王族達は昨日の祠の確認に出かけてしまった。
わたしとハンネローレは地下書庫に残って現代語訳を続ける。二人だけになると、ものすごく気が楽だ。
「昨日お借りしたフェルネスティーネ物語を早速読み始めたのですよ。なかなか止められなくてコルドゥラに叱られました。わたくし、今日は少し寝不足です」
コルドゥラの制止を振り切って、フェルネスティーネを助けるために王子が飛び込んできたところまでは根性で読んだようで、続きは気になるけれど安心した気分で眠れたらしい。
「最後まで読むのが楽しみです」
現代語訳を続けていると、祠を見に行っていたアナスタージウス達が戻ってきた。顔色の悪いエグランティーヌが何か言いたそうにわたしを見つめる。
「どうかなさいましたか、エグランティーヌ様?」
「ローゼマイン様、ご相談したいことがございます。お時間をいただいてもよろしいですか?」
エグランティーヌにお願いされ、アナスタージウスに睨まれ、わたしはコクリと頷く。
「わたくしでお役に立てるのでしたら」