Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (550)
地下書庫の更に奥
地下書庫に戻った。わたしを地下書庫に送り届けたら、アナスタージウスとエグランティーヌは昼食と午後の会議のために戻るらしい。
「祠巡りが終わったことを報告して、父上達と話し合わねばならぬ」
「……つまり、今回のことはもしかして、アナスタージウス王子の独断なのですか?」
「完全に独断とは言わぬが、少々先走っている自覚はある」
……少々? ホントに少々ですむレベル?
とても少々とは思えなくてわたしは首を傾げた。アナスタージウスの顔は無表情に見えるけれど、そのグレイの目には焦燥が浮かんでいるようにも見える。同じような感情を隠すための無表情でも、フェルディナンドに比べるとわかりやすい。
……王族に何かあったのかな?
図書館に戻り、地下書庫へ階段を下りていく。透明な壁の向こうではヒルデブラントが文字を書き写し、マグダレーナが現代語訳していて、シュバルツが立っているのが見えた。ハンネローレの姿が見えないのは、休憩中だろうか。
階段の下、書庫前の休憩スペースに視線を向けると、ハンネローレがお茶を飲んでいるのが見えた。側近達は昼食の準備をしているようだったが、わたし達に気付いて手を止める。
「今、戻った。マグダレーナ様に声をかけたら離宮へ戻る。すぐにでも父上や兄上に話さなければならぬことができた。連絡をしてくれ」
「かしこまりました」
階段を下り終わるより先にアナスタージウスは忙しなく側近達と会話を始める。アナスタージウスとエグランティーヌの側近達はオルドナンツを飛ばしたり、撤収の準備をしたりと動き回り、マグダレーナの側近は主を呼び出そうと書庫に向かって合図を送る。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様。祠の清めは全て終わったのですか?」
カップを置いて微笑んだハンネローレのところへわたしは向かう。ほのぼのとした雰囲気の笑顔に癒されつつ、ニコリと笑って挨拶した。
「ただいま戻りました、ハンネローレ様。全て終わりましたよ」
「ひめさま、もどった」
わたしとハンネローレが話をしていると、ヴァイスがひょこひょこと近付いてきた。今までは書庫が開いている間はずっと透明な壁の前にじっと立っていたのに、急に動き出したことに驚きを隠せない。ハンネローレも驚いたようで、赤い目をぱちくりとしながらヴァイスを注視する。
「ヴァイスが突然動いたので何が起こったのかと思ったのですけれど、皆様をお迎えするためでしょうか?」
ハンネローレの言葉には反応せず、ヴァイスは真っ直ぐにわたしのところへ歩いてきて、わたしの右手を取った。
「ひめさま、あんないする」
「え? あの、ヴァイス?」
どこへ、と尋ねかけてハッとした。祠でのお祈りを全て終えたわたしが案内されるところは一つしかない。メスティオノーラの書を手に入れるためにむかわなければならない、次の場所に決まっている。
わたしがコクリと息を呑んだ時、ヒルデブラントがシュバルツに追い出されるようにして書庫から出てきた。
「シュバルツに突然外へ出るように言われたのですけれど、一体何が……。ローゼマイン?」
皆が不思議そうな顔で、今までと違う行動をとるシュバルツとヴァイス、そして、ヴァイスに手を引かれて書庫に向かうわたしを見る。
……このまま行っても大丈夫なのかな?
わたしが振り返ると、アナスタージウスは緊張したように顔を強張らせて、一度頷いた。アナスタージウスの許可が出ていることを確認して、わたしはヴァイスと一緒に書庫に入る。中に入ると同時に、シュバルツがわたしの左手を取った。
「ひめさま、しゃほんする」
何を、と尋ねなくてもわかる。この先にあるのはグルトリスハイトだ。
シュバルツ達は書庫の壁にわたしを誘導して、引いていた手をその壁に触れさせた。白の壁にわたしの魔力が流れていく。地下書庫の鍵が開く時のように魔法陣が浮き出て、ぽっかりと壁に穴が開いた。
……なんか道が出てきたよ。
壁の向こうにいる皆の反応が気になってわたしが振り返ると、透明だった壁は何故か真っ白になっていた。向こうにいるはずの王子達や側近達の姿が見えない。
「ひめさま、こっち」
シュバルツとヴァイスに手を引かれて、わたしはドキドキしながら壁にできた穴に入っていく。真っ白の通路だ。この奥に女神の書があるのだと思えば、緊張で足が震えるし、心が高鳴り、嫌でも興奮が高まっていく。
……どんなのだろう、女神の書って。
少し歩くと、複雑な魔法陣が浮かび上がっている扉を発見した。厳重に管理されていることがわかる様子に緊張は高まっていく。
「ひめさま、ここ」
シュバルツ達にそう言われて手を伸ばして、わたしは魔法陣に触れる。その瞬間、パチッと音がして静電気のような感触と共に弾かれた。登録者や許可のない者がシュバルツ達に触れた時のような感じだ。
「ひゃっ!?」
予想外の感触に慌てて手を引くと、シュバルツとヴァイスがわたしを見上げた。
「ひめさま、とうろくない」
「このさきはいれない」
ピシャリとわたしを撥ねつけるシュバルツ達の言葉を理解したくなくて、わたしは半ば呆然としたまま、問い返す。
「……とうろくって何ですか?」
「おうぞくとうろく」
簡潔な返事にすぅっと血の気が引いていく。
グルトリスハイトが保管されているのは王の血筋の者しか入れない書庫。フェルディナンドがそんなことを言っていたはずだ。平民出身のわたしには入れないから、王にはなれないと前に聞いたことがある。
でも、祠に入ることができて、各属性の石板を手に入れることができたのだから、この後も入れるだろうと楽観視していた。まさか弾かれると思っていなかった。グルトリスハイトのような重要な物が保管されている場所に入る扉に選別の魔術があるのは当然だったのに。
……どうしよう?
王族ではないわたしが一年以内にグルトリスハイトを手に入れて、フェルディナンドを助けることなんてできるわけがない。一番確実な方法が消えたことに目の前が真っ暗になっていく。
……王族の登録ができるのは三年後……?
優秀な領主候補生を一方的に中央が取らないように、領主候補生が結婚以外で中央へ移動することは認められていない。わたしがジギスヴァルトの第三夫人になれるのは成人してからだ。一番早くてもあと三年はかかる。フェルディナンドの星結びの儀式は一年後だから、三年後では全然間に合わない。
「開けて……」
ベチッと扉を叩いたら、バチッと弾き返された。さっきよりも拒否する力は強くなり、指先がジンジンと痺れている。わたしは自分の指先と目の前の魔法陣を交互に見て、もう一度扉を叩く。
「開いて」
弾かれた手はもっと痛くなった。
すぐそこにあるのに入れない悔しさとフェルディナンドを助けることができなくなった絶望感と自分を弾く魔法陣に対する腹立たしさなど、色々な感情が混ざりに混ざって自分の中で蠢く。
痺れる手を握って、拳を作ったわたしは感情に任せて力いっぱいに扉を叩いた。
「入れてよ!」
魔法陣を破りたいわたしの魔力と扉を守る魔力がぶつかって、バチバチと火花を散らす。手首のお守りが一つ弾けた。すぐにもう一つが弾ける。扉を守る魔法陣からの反撃で、自分を守るためにくれたお守りが立て続けに壊れていくのを見て、わたしは急いで手を引いた。
「ひめさま、きけん」
「ひめさま、はいじょする」
魔法陣に攻撃を仕掛けたわたしを危険人物と判断したシュバルツ達の額の魔石が光を帯びる。
これ以上、馬鹿なことをしてフェルディナンドにもらったお守りを減らすことはできない。わたしは「もう戻ります」と呟き、肩を落として項垂れながら来た道を引き返し始めると、わたしの動きを警戒するようにシュバルツ達が後ろを歩いてくる。
書庫に戻ってもまだ白いままで向こうは見えなかった。白い壁になってしまっている入り口の前に立ち尽くし、わたしはジンジンとした熱を持っている手を見る。拳で魔法陣を叩いた部分が火傷をしたように赤黒く腫れていた。フェルディナンドのお守りでも守り切れなかったようだ。
「痛い……」
わたしが自分の傷を見下ろしているうちに、シュバルツとヴァイスは通路を閉じて、ひょこひょこと歩いてきて壁の前に立つ。ヴァイスが通り抜けた瞬間、壁は透明になり、向こうで固唾を呑んで待ち構えていたらしい皆の顔が見えた。
「ローゼマイン!」
ヒルデブラントが駆け寄ってくるのをアナスタージウスが「他の者は入るな」と制して、一人だけで書庫の中に入ってくる。
「ローゼマイン、其方……」
「ダメでした。王族登録がなければ、奥の扉は開きません」
「……そうか」
残念そうに呟いたアナスタージウスはわたしの手を見て顔色を変えた。
「何だ、この手は……」
「……魔法陣に弾かれました」
「まさかこのようなことになるとは……。すぐに書庫を出て癒しを」
わたしを書庫の外に出そうとしたアナスタージウスの手をつかんで、わたしは首を横に振った。
「そんなことより、フェルディナンド様はどうなるのですか? わたくしが一年以内にグルトリスハイトを手に入れるなんてできません。どうしたら……」
「ローゼマイン、落ち着け。魔力が……」
落ち着けと言われて簡単に落ち着けるわけがない。わたしは思わずアナスタージウスを睨んだ。
「一年以内にグルトリスハイトを手に入れなければ、フェルディナンド様はディートリンデ様の連座で処分を受けるのでしょう? ディートリンデ様の連座でジギスヴァルト王子やトラオクヴァール王やエグランティーヌ様が処分されると言われて、アナスタージウス王子は落ち着いていられるのですか?」
辛そうな表情で一度グッと奥歯を噛んだアナスタージウスが不可解そうにわたしを見つめる。
「……其方とフェルディナンドは家族でもないし、夫婦でも婚約者でもないではないか」
「家族同然です。わたくしにとってフェルディナンド様は何よりも守るべき家族同然なのですから、心配くらい、しても当然ではありませんか。一度はお断りしたのに王命でディートリンデ様のところへお婿に行かせて、薬漬けの不健康な生活でアーレンスバッハを支えたら、最終的にディートリンデ様の連座で処刑って何ですか? そんな扱いをされて怒らずにいられると思いますか!?」
感情的になった瞬間、自分が身にまとっているお守りが光を帯びた。全身のあちらこちらにつけられているお守りに魔力が満ちて光り始める。
……まずい。このままじゃ王族に威圧が……。
魔力が漏れそうな状態にすっと頭が冷えた。わたしはゆっくりと深呼吸をして、膨れ上がった魔力を圧縮して収めていく。やはりシュタープが成長しているのは間違いないようで、魔力圧縮をするのが容易だし、魔力が外に漏れることなくお守りの光は落ち着いた。
「家族同然、か。……早急にグルトリスハイトを手に入れるために焚き付けるだけのつもりだったが、私はずいぶんと余計なことを言ったようだな」
アナスタージウスが溜息と同時に後悔の顔を見せながら、わたしに癒しをかける。
「これまでの慣例上、結婚したら連座は確定だ。だが、ディートリンデに何らかの処分が下るのはアーレンスバッハが安定してからになる。具体的に言えば、王族がグルトリスハイトを手に入れてから、もしくは、レティーツィアが成人してから、ヒルデブラントと星結びを行うまでの間になるであろう。それまでの間にフェルディナンド自身が自衛のために立ち回れるように、其方が手助けする分には勝手にすれば良い」
「え?」
すぐに連座で処刑されるという雰囲気でもなくて、わたしは首を傾げた。アナスタージウスは自嘲するように「私はずいぶんと余裕を失っていたようだな」と呟く。
「貴族の常識で動いてしまったが、其方には通じないことが多いことを失念していた」
「はい?」
「其方を焚きつけるためにかなり挑発的に言ったが、私が今言った程度のこと、其方と違ってフェルディナンドは理解していると思うぞ」
……ディートリンデ様の連座になることをフェルディナンド様は理解してる?
そういえば、ディートリンデが倒れてエグランティーヌに呼び出された時も録音の魔術具を持ってきていたし、自分には責任がないことを主張していた気がする。それでも、結婚した以上は連座というのは納得できない。
「其方は半年とたたずにアーレンスバッハを掌握しそうなフェルディナンドのことよりも自分の心配をしろ」
「わたくしの心配ですか?」
フェルディナンドやエーレンフェストのこと以外で、何か心配しなければならないようなことがあっただろうか。
「……其方を兄上の第三夫人というのは撤回する。王族でなければグルトリスハイトを手に入れられぬのであれば、其方の危険度も少しは下がるであろう。何より、グルトリスハイトを手に入れられぬ其方を王族で保護するための理由が見つけられぬ」
ハァ、と疲れた顔で言いながらアナスタージウスは少しばかり心配そうにわたしを見下ろした。
「え? 危険度に保護、ですか?」
「アウブ・エーレンフェストには話をしているはずだ。聞いていないのか?」
「聞いていません」
「……詳しい話はアウブに聞くが良い」
まさか何も聞いていないとは思わなかった、とアナスタージウスは頭を横に振った。どうやらわたしと養父様の間では報連相が足りていないらしい。
「グルトリスハイトがすぐに手に入り、其方か譲られた兄上が使えるのであれば、どのような手段を使っても其方を確保しなければならなかったが、其方にツェント候補の資格がないのであれば、一度考え直す必要があるようだ」
アナスタージウスはわたしをエスコートして書庫から出すと、側近達に引き渡す。
「今日は祠巡りに付き合わせてすまなかった。……それから、こちらは忠告だが、其方はもう少し護衛を増やした方が良いぞ」
そう言い残してアナスタージウスとエグランティーヌは昼食のために去っていく。二人が去ると同時にわたしは側近達に取り囲まれた。
「ローゼマイン様、一体何が起こったのですか?」
「……えぇーと……皆の目には一体どのように映っていたのですか?」
わたしとヴァイスが書庫に入った瞬間、壁が真っ白になって何も見えなくなったらしい。側近達はもちろん、それまで書庫の中に入れていた王族達も入れなくなったそうだ。
「ローゼマイン様は白い壁の中で何をしていらっしゃったのですか?」
何と答えれば良いのかわからず、わたしはマグダレーナに視線を向ける。マグダレーナは微笑みながら少しだけ首を横に振った。安易に喋らない方が良いということだろう。わたしはニコリと微笑んだ。
「何もできなかったのです。わたくしは資格が足りなかったものですから」
「資格が? どのような資格が何のために必要なのですか?」
不思議そうな顔をするヒルデブラントの質問に、上位領地のいらぬ対立を生まないようにしたいと言っていたエグランティーヌの言葉を思い出す。わたしは「詳しくはアナスタージウス王子にお伺いくださいませ」と笑顔で拒絶した。
ヒルデブラントの疑問にどのように答えるのかは王族間で話し合えば良いことだ。余計なことを言って、これ以上王族に関わりたくない。今日の午前中だけで、わたしは養父様やフェルディナンドが口を酸っぱくして「王族や上位領地に関わるな」と言っていた意味を嫌という程理解した。いくら仲良くしていても立場が違う。優先することが違う。友人とは口で言っていても対等ではないので、どんな理不尽も呑み込まなければならない。理不尽を押し付けられたくなければ、拒否できるだけの力をつけるか、視界に入らないようにするしかない。
「午前中も外に出ていたし、色々あったのでお腹が空きました。昼食にしたいです、オティーリエ」
「……かしこまりました、ローゼマイン様。先程四の鐘が鳴りましたからお腹も空いたでしょう。コルネリウス、ローゼマイン様をお席に」
わたしを気遣うように少し眉を寄せて顔を覗き込んできたコルネリウス兄様が手を差し伸べてくれる。わたしは手を重ねて、席に向かって歩き始めた。
「待ってください、ローゼマイン。私は……」
「あまり深く質問をするとローゼマイン様を困らせることになりますよ、ヒルデブラント」
マグダレーナの言葉に、皆がわたしの様子を気にしながら動き出す。側仕え達はお茶を淹れ始め、護衛騎士達は主の席の周囲に立つ。ヒルデブラントは母親に呼ばれて、心配そうに何度もわたしを振り返りながらマグダレーナのところへ向かった。
何とも言えないギクシャクとした雰囲気の昼食を終え、わたしは午後からも現代語訳に励む。石板の内容を現代語訳しながら、わたしはふとダンケルフェルガーの歴史書を翻訳していた時のことを思い出した。
……ダンケルフェルガーから王が立ったこともあるのは、なんで?
古い記述だったので、どのように王になったのか詳しいことは書かれていなかった。けれど、王族登録されていなければグルトリスハイトを手に入れられないのであれば、ダンケルフェルガーから王が立つはずがない。他に何か方法があるのだろうか。それとも、他領から王が立つのを防ぎたかった誰かが後世になってから選別の魔法陣を作り出したのだろうか。
……一番確実な手段が手に入らなかったなんて。
アナスタージウス王子はフェルディナンド様が連座になるにしてもまだ先の話で、本人が自衛のために対策をしているって言っていたけれど、どこまで本当かわからない。
……危険性があるって連絡と無事の確認くらいはしたいのに。
あまり心配はするな、と釘を刺されている。
「あの、ローゼマイン様」
ハンネローレがものすごく言いにくそうに周囲を見回した後、声を潜めて「袖口が……」と小さく呟いた。魔法陣の反撃を受けた時に火傷だけではなく、どこかに切り傷もできていたらしい。袖口に血が飛んだ跡がある。アナスタージウスが癒しをくれたので、傷は完全に治っているが、血痕までは気付かなかった。
「ご心配、ありがとうございます、ハンネローレ様。アナスタージウス王子に癒しをいただいていますから、傷はありませんから」
「え? ローゼマイン様はアナスタージウス王子に癒しをいただいたのですか?」
ハンネローレの言葉にわたしは頷く。他の者に入らないように制して、書庫の中で話をしていたのだから、癒しを与えられるのはアナスタージウスしかいないはずだ。何を言っているのだろうときょとんとしてしまうわたしに、ハンネローレは少しオロオロとした様子で
「王族に癒しを与えられることなど、普通はございません」と教えてくれた。
国のために魔力を使わなければならない王族が個人向けに癒しをかけるようなことはそうそうないらしい。どうやら簡単に謝ることができない、してはならない王族であるアナスタージウスなりの謝罪のようだ。
……わかりにくいし、謝られてもフェルディナンド様が連座になるのは許せることじゃないからね。
「迎えに来たぞ、ローゼマイン」
この数日で声をかけても無駄だと悟ったらしい養父様は最初から石板を取り上げるようになっている。わたしは筆記用具を片付け、マグダレーナに今日の成果を渡して図書館を出る。
「養父様、わたくし、危険なのですか? 詳しくは養父様に尋ねるように、とアナスタージウス王子がおっしゃったのですけれど」
「そういう話は後だ」
養父様は一瞬嫌な顔をした後、笑みを深めてわたしを見つめる。
「……つまり、王族とそのような会話を交すような何かが起こったのだな?」
「そういうお話は後ですよ」
二人で見つめ合って、同時に深い溜息を吐いた。養父様も色々と面倒なことに巻き込まれているようだ。
「養父様、わたくし、王族と関わるなと言われてきた理由を今日一日で嫌という程理解しました」
わたしの言葉に養父様はものすごくげんなりとした顔でわたしを見下ろす。
「ハァ。今更か。遅すぎたな。もはや手遅れだぞ」
……手遅れって何ですか!?
夕食後にゆっくりと話をしましょう、と側近を交えて予定を立てながら寮に戻ると、リーゼレータが駆け寄ってきた。
「あら、リーゼレータ。何かあったのですか?」
「多目的ホールでヒルシュール先生がアウブとローゼマイン様をお待ちです」
「ヒルシュール先生が?」
養父様と顔を見合わせた後、わたし達は多目的ホールへ入った。今日の会議を終え、明日以降の準備に忙しそうな大人達が行き交う中、本棚の前で悠然とエーレンフェストの本を読んでいるヒルシュールはとても浮いている。
「ヒルシュール!? 何故ここに……?」
「やっとお戻りになられたのですね、アウブ・エーレンフェスト、ローゼマイン様」
本をパタリと閉じて本棚に置くと、ヒルシュールは顔を上げてこちらを見た。
「フェルディナンド様からお手紙を預かったのです」
「え? 星結びの儀式が延期となったのに、フェルディナンド様は貴族院へ来ているのですか?」
「まだ星結びの儀式を終えていらっしゃらないのでエーレンフェスト籍ですから、会議には出席しないでしょうけれど、寮までは来ているのではありませんか? こちらを届けてくださったのはフェルディナンド様の側仕えですから」
そういえば、エーレンフェストにいる時も留守番のフェルディナンドは何かあったら貴族院へ呼び出しを受けていた。同じようなことをあちらでもしているのだろう。
「早く開けてくださいませ、アウブ・エーレンフェスト」
ヒルシュールが指差したのは魔術具の箱だった。お手紙を入れるにはずいぶんと大きい箱だ。これはアウブ・エーレンフェストでなければ開けられない箱らしい。
「確実にわたくしがエーレンフェスト寮に届けるように、この中に研究資料を入れたとおっしゃるのですよ。フェルディナンド様は本当に意地の悪いこと」
「ヒルシュール先生のことをご存知だからですよ。自分が読みたい研究資料が入っていなければ、冬でも良い、と後回しにしたでしょう?」
「当然ではありませんか」
……そこで胸を張らないでください!