Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (558)
領主会議の報告会(三年) 前編
「おかえりなさいませ、お姉様」
「戻ったか、ローゼマイン!」
転移陣の間から出ると、シャルロッテとおじい様とお留守番の側近達が出迎えてくれた。その向こうにはメルヒオールもヴィルフリートもいる。帰りは身分の高い者から帰還するので、先に戻っているアウブ夫妻と話をしているのが見えた。
「ローゼマイン、シャルロッテ。領主一族の会議は明日の午後に行う。遅れぬように気を付けろ」
わたしの到着に気付いた養父様が普通の顔でわたし達にそう声をかけた。わたしが王の養女になることを報告する会議であることは、全く感じさせない表情に少しばかり感心しながら、わたしも「かしこまりました」と返事をする。
「明日の会議に出られるように、今日はゆっくり休め」
養母様と本館の居住区域に向かう養父様を見送ると、わたしは北の離れへ兄弟達とおじい様と側近達と一緒に歩き始める。
「ローゼマイン、このようにすればエスコートができるのではないか?」
おじい様が手を腰に当ててそう言った。
「大変恐れ入りますが、ボニファティウス様。エスコートは本来ヴィルフリート様のお役目ではないか、と……」
レオノーレが少し困った顔でおじい様に声をかける。おじい様は「ヴィルフリートが希少な孫娘との触れ合いの機会を譲ってくれると言ったのだ」と反論しつつ、ヴィルフリートに同意を求めた。
「……宴などでボニファティウス様がローゼマインをエスコートするのは難しいので、ここから北の離れまでならば良いのではないか?」
「おじい様にローゼマインのエスコートをさせるのは危険です」
「何を言うのだ、コルネリウス!? 腰の手を動かさなければエスコートしても問題なかろう!?」
おじい様に関わって何度か危険な目に遭ったことがあるので、わたしの護衛騎士達は警戒しているのだが、おじい様は手を腰に当てたまま胸を張ってそう言った。
「では、本当におじい様が腰の手を動かさずにいられるのか確認します」
真剣な顔でコルネリウス兄様やアンゲリカが腰の手を動かそうとしたり、何度かぶら下がったりして強度確認を始めた。
……厳重すぎ! コルネリウス兄様達は真剣なんだろうけど、ヴィルフリート兄様もシャルロッテも笑いを堪えてるから!
メルヒオールは「楽しそうですね」と羨ましそうに見ているけれど、ヴィルフリートとシャルロッテは明らかに笑いたいのを堪えている顔になっている。
「ご覧の通り、全く崩れそうにありません。この辺りにつかまれば、ローゼマイン様の腕も疲れないと思います」
少し時間をかけて検証した結果、コルネリウス兄様は仕方がなさそうにわたしがつかまることを認めてくれた。わたしはコルネリウス兄様が示したおじい様の手首辺りに自分の手を置いて歩いてみる。おじい様はずいぶんと速度に気を遣ってくれているようで、何とかエスコート風には見えるようになったのではないだろうか。
……エスコート風としか言えないのは、腕を組むというよりつかまるって感じで、傍から見ると吊革につかまってるみたいに見えちゃうからなんだよね。
普通のエスコートっぽく見せるためには、まだわたしの身長が足りない。
……さぁ、来い。火の神 ライデンシャフトの御加護! 成長をわたしは心待ちにしてるよ!
「お姉様、初めての領主会議はいかがでした? 初日の星結びの儀式だけではなく、最終日に奉納式まで行うことになったとボニファティウス様から伺って、とても驚いたのですよ」
「わたくしも驚きました。地下書庫で現代語訳している時に王族からお願いされたのですから」
お願いさせた、が正しいけれど、そんなことはシャルロッテには言わない。それからは地下書庫でハンネローレや王族と現代語訳をしていた時の話の中で、外に向かって言っても大丈夫なところをかいつまんで話し、留守番をしていたシャルロッテ達からはエーレンフェストの話を聞いた。
「わたくし達はボニファティウス様のお手伝いをして、魔力供給をしました。それから、メルヒオールやヴィルフリート兄様と一緒に祝詞を覚えていたのですよ」
「あぁ、メルヒオールが洗礼式の祝詞を覚えなければ……と言っていたので、一緒に覚えていたのだ。一人で覚えるよりも効率が良いであろう?」
神殿でハルトムートから出された課題の多さにメルヒオールの側近が泣きそうになりながら取り組んでいるらしい。そのため、ヴィルフリートとシャルロッテがメルヒオールの暗記を手伝っていたようだ。
「成果は出たのですか?」
「はい。洗礼式の祝詞は覚えました。それから、魔力供給をした後に動けるようになったのですよ」
メルヒオールは神殿で奉納も行っているので、礎の魔術への魔力供給も慣れるのは早かったようだ。そんなエーレンフェストでの日常について話を聞いているうちに北の離れに到着した。
「おじい様、エスコートをしてくださってありがとう存じます」
「うむ。では、また夕食で……」
腰の手に全神経を集中させていたらしいおじい様はエスコートを無事に終えたことで非常に満足したようだ。ご機嫌で踵を返した。
自室に戻ると、領主会議に同行した成人の側近達には明日の午後の会議まで休むように言って、未成年の側近達と交代してもらうことにする。護衛騎士と文官は人数がいるので簡単だけれど、側仕えはグレーティア一人になってしまうので、どうしたものかと考えていたら、リーゼレータが一歩前に進み出た。
「ローゼマイン様、グレーティア一人では大変でしょうから、わたくしは残りますよ」
「リーゼレータ、でも……」
「毎日のように地下書庫へお供していたオティーリエと違って、わたくしは寮にいただけですから」
お茶の準備をしたり、寮から昼食を運んだりしていたので、リーゼレータが寮にいただけではないことは知っている。それでも、側仕えの気遣いを無下にしてグレーティアに負担をかけるのも主として失格だろう。
「では、リーゼレータには明後日から二日間のお休みを与えますから、今日と明日はよろしくお願いします」
「かしこまりました」
護衛騎士達はそれぞれ寮や自宅に帰り、文官の二人はオティーリエと一緒に帰る。リーゼレータとグレーティアが持ち帰ってきた荷物の片付けを始め、わたしはフィリーネとローデリヒから神殿の様子について報告を受けたり、写本してくれていた物を読んだりして過ごす。
……側近全員を集めて話をするのは、領主一族の会議のすぐ後でいいかな? あぁ、ブリュンヒルデにも声をかけなきゃ。
夕食の席はエーレンフェストに残っていた皆から報告を聞く時間で、こちらの報告は会議でということになった。
そして、領主一族の報告会が行われる。領主一族とその側近達、騎士団、文官の上層部の者達が多く集まってくる報告会だが、今年が例年に比べて少しだけ違うのは、まだ貴族院に入学する年ではないメルヒオールも出席するように命じられたという点だ。
「どうして私が呼ばれたのかわかりません」
「年齢に関係なく、領主一族にとって重要な報告があるのではないか?」
何か知っているだろう、と言いたげなヴィルフリートの視線に、わたしはニコリと笑って「会議に行けばわかりますよ」と答える。ここで「わたくしが王の養女になることでメルヒオールは神殿長の引継ぎをしなければならないからです」なんて暴露はできない。
緊張しているメルヒオールを取り囲むようにして、わたし達は連れ立って会議室に向かい、決められている席に着いた。わたしが連れてきた側近は、側仕えのオティーリエ、文官のハルトムート、護衛騎士のコルネリウス兄様だ。
文官や側仕えが手早く準備をし、皆の準備が整った後、領主夫妻が入ってくるのも例年通りである。
「皆、揃っているようだな。これより領主会議の報告を行う」
養父様の言葉によって報告会は始められる。
「今年もまた大きな変化があったため、連絡事項が多い。大事な決定も多かったため、聞き漏らさぬように気を付けてくれ」
例年と同じように順位の発表から始まった。領地対抗戦でアナスタージウスにお願いしていたのが功を奏して、順位は据え置きになり、代わりに勝ち組領地として扱われるようになったことが述べられる。
「おぉ、それは、それは……」
順位が上がらなかったことに安堵の声がいくつか上がったことで、本当に大人がついてこられていない現状がよく見えた。
「だが、勝ち組になれば負担も課される」
「……え?」
「クラッセンブルクは旧ザウスガース、ダンケルフェルガーとアーレンスバッハは旧ベルケシュトックを共同管理していることは知っているであろう? 負け組領地が遠いために土地の管理をしていないドレヴァンヒェルは、中央を支えるために上級貴族を多数輩出している。そのため、中央に移動できない領主候補生は多いけれど、領地内に上級貴族が少ないという状況になっているそうだ」
王族と婚姻によって親戚になっているギレッセンマイアーやハウフレッツェも当然のことながら、今の王族を支えられるように大きな負担を負っているらしい。これまで中立領地で、全ての領地に課された負担以外は全く負っていないエーレンフェストも王族を支えるための負担を負うように、と言われたらしい。
「……それは一体どのような……?」
戦々恐々としている貴族達を見回し、わたしに視線を止めた後、養父様は「来年、発表になる」と言った。
「ただし、負担だけではない。エーレンフェストの貴族を手っ取り早く増やすために、五年間はエーレンフェストとの結婚を婿入り、嫁入りに限るというものを認めていただき、生まれた子供に与えられる魔術具を四十個いただけることになった。負担はあれど、エーレンフェストの貴族を増やすことはできよう」
……あぁ、わたしが王族の養女になるのが、エーレンフェストへの負担ってことにするのか。
それだけの補償があるならば負担も致し方無いという貴族と、一体どれだけの負担を強いられるのかと不安に思う貴族に反応が分かれる中、フェルディナンドの星結びの儀式が延期されたこと、領主会議で奉納式が行われたこと、大人でも加護の儀式に再挑戦することが可能になったことなど、神事関係の報告がされる。
王族が奉納舞で魔法陣を光らせたことで、次期ツェント候補がディートリンデだけではなくなったことも伝えられた。
それから、シュタープの取得学年が変更になること、それに伴って講義内容に変更があること、奉納式が領主会議の最終日に行われ、貴族院でもクラッセンブルクと共同研究という形で行うことになったことなど、来年からの貴族院における変化が告げられた。
「シュタープの取得が三年生に戻るのですか? 貴族の数が増えて余裕が出た、というわけではありませんよね?」
「魔力圧縮や得られる御加護によってシュタープの品質が異なるらしい。ダンケルフェルガーとエーレンフェストの共同研究により、これから複数の神々から御加護を得る学生が増える。そして、領主会議で奉納式を行うことで、大人でも御加護の再取得ができるようになる。シュタープの品質を上げておくことは重要だ」
養父様の言葉に貴族達はひとまず納得の顔を見せた。
「来年からは教育課程が変わるので、子供達の勉強は大変になるかもしれぬな」
「シュタープで行っていたのは実技ですから、座学の成績にはそれほど変化はないと思われます。シュタープの取得が三年生だった頃の教育課程についてはモーリッツ先生に尋ねればわかるのではないでしょうか」
ふむ、と養父様が頷いた。子供部屋で教えていたのは基本的に座学なので、それほどカリキュラムの変更は必要ないと思う。
「むしろ、売り出す聖典絵本や教育玩具によって、数年後には多くの領地の平均点が上がることを考慮した方が良いのではございませんか?」
「あぁ、そうだな。発売を解禁した聖典絵本や教育玩具については、王族に献上したその場で宣伝しておいた。かなり興味を引けたと思う。プランタン商会には数を準備しておくように伝えてくれ」
「冬の手仕事で作る物なので、今から命じたところで増やせません。グレッシェルが整って、取引先を増やせる来年のために、今年の冬に量産を命じる方が良いでしょう」
聖典絵本の解禁を伝えておいたので、ある程度は量産していると報告されているけれど、これから増やすのは無理だ。
「そうだな。来年は取引数を少し増やすことができるでしょう、と言っておいたので、そちらの準備が優先だな」
グレッシェルの準備はどの程度進んでいるのだろうか。この報告会の結果を連絡する時に尋ねてみなければならないだろう。
「初夏にはアウブ・アーレンスバッハの葬儀があり、出席しなければならない。身重のフロレンツィアを残し、私一人で向かうことになる。それに関する準備も頼む」
ゲオルギーネとの確執はともかく、隣の領地の葬儀に出席しないわけにはいかない、と養父様は言った。王族が約束してくれたフェルディナンドの隠し部屋が本当に作られているのかどうかも確認してもらわなければならないので、養父様の欠席は困る。
……本当は自分の目で確かめたいけど……。
引継ぎと新生活の準備でいっぱいいっぱいになる上に、元々体力がなくて長旅には向かないし、わたしの護衛騎士の内の二人はゲオルギーネの前に連れていけない。こんな状態ではアーレンスバッハへ行く許可は出ないだろう。養父様に同行するとすれば、ヴィルフリートかシャルロッテだと思う。
そして、ランツェナーヴェの姫君がやって来るのを断ったとか、トルークを使った騎士達が処分を受けて中央騎士団から除名されたとか、ジギスヴァルトとアドルフィーネの星結びの儀式で魔法陣が光ったことによって次期ツェントがほぼ決まったこととか、皆が神事を経験したことで神事に対して関心が高まっているとか、細々としたことが報告された。
「皆に伝えることは以上だ。人払いをする。これから先は本当に領主一族だけで良い。側近を含めて、退室せよ」
一通りの報告が終わった後、養父様は側近達に会議室から出るように命じる。領主会議の報告会の後に側近達を排してまで行われる話し合いなど、これまではなかった。
「アウブ!?」
「一体何を……」
皆が驚きの声を上げる中、養父様は口を開かず静かに皆の退室を待つ。
「ローゼマイン様……」
「アウブの命令です。オティーリエ達も退室してください」
気遣わしそうに見る側近達に退室するように命じて、わたしはゆっくりと息を吐いた。上層部や側近達は何が起こるのか、とお互いの様子を探りながら退室していく。残された領主一族は、全ての事情を知っているアウブ夫妻とわたし以外がとても緊張した顔になっていた。
「皆、これを……」
養父様に手渡されたのは盗聴防止の魔術具だ。側近を退室させた上に、まだ魔術具を使うくらい念を入れることにメルヒオールは小さく震えながら魔術具を手に取った。
「一体何だと言うのだ?」
おじい様の声によって、養父様はようやく口を開いた。
「一年後、ローゼマインが王の養女になることが決定した。そして、ジギスヴァルト王子と婚約することになる」
養父様の言葉に初めて聞かされた皆が軽く目を見張った。すぐには何と言ってよいのかわからないようで、口をわずかに開け閉めするが言葉が出てこない。理解できていないように見える皆に、養父様は静かな口調で続ける。
「中央に移動するための準備期間として一年の時間が与えられた。その間はローゼマインの身の安全も考え、他領には養女の内定については知らせぬことになっている。外に向いては現状維持のまま、内々には移動準備を整えなければならぬ」
グルトリスハイト関連の話はしない。手に入るかどうかも定かではないし、それがどのように扱われるかもわからないため、伏せておくことになっている。エーレンフェストで引継ぎが必要な者達に教えられるのは、「一年後には王の養女となって中央へ行く」ということだけだ。
わたしが王の養女になった結果、何が起こるのか一番に理解したのはシャルロッテかもしれない。バッとヴィルフリートを振り返る。ヴィルフリートは目を見張ったまま、固まって動かない。ただ一点、養父様を食い入るように見つめていた。
メルヒオールが「では、神殿は……?」と小さく呟く声に、おじい様の声がかぶさる。
「……な、何を言っているのだ、ジルヴェスター!? ローゼマインが王の養女だと!? 領主候補生は中央に移動なぞできぬ」
声を荒げて取り乱しながら養父様に食ってかかったけれど、養父様はゆっくりと首を横に振るだけだ。
「ローゼマインは私の養女だ。養子縁組を解消すれば、カルステッドの娘である上級貴族の身分に戻る。中央へ移動するのに何の問題もなくなるのだ」
「其方はそのような無茶な要求を呑んだのか!?」
「王命だからな。様々な条件を付けさせてもらったが、王命である以上、呑まないわけにはいかぬ」
養父様はきっぱりとそう言った。おじい様が「条件だと?」と言って、目をぎょろぎょろとさせながら養父様を睨む。けれど、養父様は想像していた通りの反応だというように、静かに答えを返した。
「先程も言ったであろう? 貴族を増やせるように五年間は結婚に制限を設けること、子供用の魔術具を得ることだ」
「たったそれだけか!?」
それだけでローゼマインを中央に売ったのか、と席を立って激昂するおじい様に養父様は報告会では口にしなかったことを述べていく。
「中央へ行ったエーレンフェストの貴族の帰還命令を出すこと、ローゼマインを養女とすることをエーレンフェストへの負担として認めること、そして、フェルディナンドの連座回避と待遇改善。以上だ。フェルディナンドが勝手に王族と取り決めをして、エーレンフェストに利益らしい利益をもたらせなかった去年より、私はよほどアウブらしい仕事をしたぞ」
養父様の言葉を聞いていたおじい様が青い瞳をくわっと見開いた。
「フェルディナンドの連座回避と待遇改善!? そのようなものが一体何になるというのだ? 婿として他領に行った者の連座回避と待遇改善などローゼマインの養子縁組と全く釣り合わぬ。エーレンフェストの利益にも繋がらぬではないか。弟可愛さに血迷ったか?」
アウブ・エーレンフェストならば、もっとマシな条件を付けろ、と言ったおじい様に養父様は嫌な顔をして、わたしを指差した。
「フェルディナンドの連座回避と待遇改善はローゼマインから出された条件だ。私が出した条件ではない」
その瞬間、皆の視線がわたしに向いた。おじい様は顎が外れそうな程驚いたようで、視線をさまよわせる。
「ローゼマイン、其方、まさかフェルディナンドに懸想しておったのか? もしや神殿で何か……」
「おじい様、わたくしは別にフェルディナンド様に懸想しているわけではありませんよ。家族同然の方を心配するのがそれほどおかしいことでしょうか?……おじい様はわたくしが中央へ行ったら、すぐにわたくしのことを忘れてしまいますか? 孫娘とは呼んでもらえず、何の関係もないとおっしゃるのでしょうか?」
それはちょっと悲しいな、と思いながら尋ねると、おじい様は「そんなことはないぞ」とすぐに否定してくれた。
「ジルヴェスターとの養子縁組を解消しても、其方が私の孫娘であることに何の変わりもなかろう」
「では、それは懸想と呼ばれる感情なのですか?」
「……な、なんだと?」
きょとんとした顔になったおじい様にわたしはニコリと微笑む。
「わたくしがフェルディナンド様を心配するのは、遠く離れようとするわたくしをおじい様が心配してくださるのと同じ気持ちだと思います。王族に受け入れていただけませんでしたけれど、わたくし、本当はフェルディナンド様をエーレンフェストに返してほしいとお願いしたのですよ」
そうすれば、魔力、ライゼガング、神殿や印刷の業務の引継ぎなどエーレンフェストの問題の大半が片付いたのですけれど、と付け加える。おじい様は「……妙な邪推をした」と少し肩を落として座った。
「ローゼマインは中央へ行くことに忌避感はないのか?」
「あります。わたくしの大事な印刷工房も図書館も手放して、新しい本がすぐに届けられていた環境から、自分が住まう建物の中に図書室を作ることさえ渋られるような環境へ向かうのですもの。不満だらけです」
生活水準が下がることに対する不満はそう簡単には消えない。少しでも早く印刷工房を中央にも作りたいと思っているし、エーレンフェストと中央を繋ぐ転移陣を改良してスムーズに新刊を届けてもらうことができないか考えなければならないと思っている。
「でも、フェルディナンド様も王命には抗えずアーレンスバッハへ向かったのですもの。わたくしも王命なので仕方がありません。王の養女となってエーレンフェストを引き立てるくらいしかできませんけれど、少しはお役に立ちたいと思っていますよ」
まだ何やら言いたそうに口を開いたおじい様に養父様が肩を竦めた。
「其方の孫娘が王族に嫁ぐのだ。喜ぶべきことであろう? ヴィルフリートとは釣り合わぬ。ローゼマインはヴィルフリートには勿体ない、とあれほど言っていたのだから」
養父様が溜息混じりにそう言ったことで、おじい様がさっと顔色を変え、ヴィルフリートへ視線を向ける。ヴィルフリートは皮肉な笑みを浮かべて、おじい様を見た。
「今更、そのように驚いた顔をしなくても存じています、ボニファティウス様」