Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (559)
領主会議の報告会(三年) 後編
「ずっと言われてきましたから。……どこに行ってもローゼマインの方が優れているとか、ローゼマインの方が次期アウブに相応しい、と」
ヴィルフリートはゆっくりと息を吐きながらそう言って、おじい様から養父様へ視線を移した。テーブルの上に出されている手は拳にきつく握られて、小刻みに震えているのが見える。
この場に座っているヴィルフリートが様々な感情を呑み込んでいるのがわかった。けれど、先程のおじい様と違ってヴィルフリートは取り乱すのでもなければ、声を荒げるわけでもなく、言葉を発す。
「エーレンフェストにローゼマインを繋ぎ留めておくことができる領主候補生が私しかいない。この婚約を続けるのはエーレンフェストの領主候補生としての義務だ、とおっしゃった婚約が解消されるわけですが……」
淡々としたヴィルフリートの言い方から、ヴィルフリートにとってもわたしとの婚約は義務だったのか、と思った。もしかしたら、本人は解消したかったのをアウブや周囲が止めていたのかもしれない。
……それなら、ヴィルフリート兄様にとって今回の王命は渡りに船、なのかな?
王命による婚約解消でヴィルフリートがあまり傷つかずに終わるならば、それが一番だ。わたしは安易にそう考えて、そっと安堵の息を吐いた。
「それで、父上。エーレンフェストの次期アウブはどうなるのですか?」
「次期アウブを決めるのはまだ先だ。すぐの話にはならぬ」
ヴィルフリートの視線を受けた養父様もじっとヴィルフリートを見つめ返し、静かに話す。二人の淡々とした物言いの中には今にもブツッと切れそうなほどに張りつめた緊張感がある。婚約解消を望んでいたから王命で解消できそうでよかった、というような単純な雰囲気ではない。ヴィルフリートが必死に感情を抑えようとしていることを痛いほどに感じて、胃の辺りが引き絞られるような気がした。
「シャルロッテが他領の領主候補生を婿にとっても構わぬし、メルヒオールが目指しても構わぬ。フロレンツィアの腹の子がなるかもしれぬし、ローゼマインとの婚約を解消した後で其方が目指しても構わぬ」
「あの、お父様。それは……」
シャルロッテが信じられないというように藍色の目を見開いて、ヴィルフリートと養父様を交互に見つめる。それまで黙っていた養母様がニコリと微笑んでゆっくりと口を開く。
「シャルロッテ、貴女はずっと我慢してきました。ヴィルフリートを救うため、ローゼマインの立場を確かなものにするために決められた婚約によって、領主候補生であるはずの貴女がアウブを目指す芽は摘み取られました。それでも、表立って不満を口にすることなく、進んで二人を支え、常に補佐をする立場にいてくれたでしょう? エーレンフェストをまとめるために、貴女がどれだけ努力しているのか……」
養母様の言葉にシャルロッテが藍色の目を潤ませた。自分の努力や苦労を理解して、労ってくれたことを喜ぶシャルロッテの顔に、わたしはシャルロッテへの感謝が足りていなかったことを思い知らされる。よく気が利いて、わたしを慰めてくれたり、支えてくれたりしたけれど、わたしはシャルロッテに報いることができていなかった気がする。
……わたし、ダメなお姉様だ。
男の方がアウブには優先されるし、一つ上にヴィルフリートがいるし、わたし自身がアウブになることに興味がないから、シャルロッテがアウブを望んでいるかもしれないという可能性に思い至らなかった。
……婚約を決めたのは養父様だけど、シャルロッテにとってわたしって……。
もしシャルロッテがアウブになるために努力していたのならば、ヴィルフリートを救い、ヴィルフリートと婚約し、次期アウブの内定を取らせたわたしは、とても邪魔で面倒な存在だったのではないだろうか。
わたしはシャルロッテの様子を窺った。シャルロッテはじっと養母様を見つめていて、こちらを向かない。
「王命によってヴィルフリートとローゼマインの婚約が解消されるのであれば、わたくしはシャルロッテにも選択肢を与えたいと思いました。シャルロッテが次期アウブを望むならば、婚姻制限のある五年以内に自分の不足を補い、アウブ・エーレンフェストの配偶者に相応しい殿方を見つけなさい。ローゼマインが中央へ行くことになれば、エーレンフェストを取り巻く環境はまた大きく変わるでしょう。その変化をよく見つめ、自分にとって良いと思える選択をなさい」
アウブを目指しても良いし、将来のエーレンフェストを支えるために上級貴族と結婚して残るのでも構わないし、他領へ出ることがエーレンフェストのためになると思うならば、五年以上先に結婚することで他領に出ることもできる、と養母様はシャルロッテにいくつもの選択肢を広げた。シャルロッテは嬉しそうに笑って頷きながら、養母様の言葉を聞いている。
「お父様、次期アウブを決めるのはいつになるのですか?」
シャルロッテの質問に養父様は一度目を閉じた。
「先程も言ったように、すぐの話にはならぬ。まず、一年後、本当に養子縁組が解消されるかどうかも、今の時点では確定とは言えぬ。かなりの確率でそうなるだろうと言われているが、一年は現状維持だ。側近達にも話さず、このままの状態を続けることになる。不用意な言動は慎むように」
コクリと頷く間にも頭の中で色々な考えが過っているのだろう。シャルロッテは養父様を見ているけれど、自分の考えに浸っているように見えた。
「私としては次期アウブを決めるのは、私かボニファティウスが死んだ後で良いと思っている。ローゼマインをエーレンフェストに取り込んでおくため、ローゼマインをアウブにしようと画策するライゼガングを抑えるためには婚約と次期アウブの決定を急がねばならなかったが、次はゆっくりで構わぬ。ボニファティウスは中継ぎアウブとなれるように教育をされているから、それくらいの時間をかけて選べるであろう」
シャルロッテが明るく瞳を輝かせて「わかりました」と答えた。そんなシャルロッテを眩しそうに見つめながら、養母様はメルヒオールに視線を向ける。
「メルヒオールも同じです。次期アウブを目指すならば、相応しくなれるように努力するのですよ」
養母様にそう言われたメルヒオールはしばらく考え込んでから、首を横に振った。
「次期アウブは……成人してから考えます。先に私がなるのは神殿長ですから。今は覚えなければならないことがたくさんあって、とても忙しいのです。それなのに、ローゼマイン姉上が一年でいなくなってしまうのですよ。次期アウブなんて考えられません」
次期アウブよりも神殿長の業務を優先したい、というメルヒオールに養母様は軽く目を見張った後、優しく微笑んだ。
「えぇ、そうですね。神殿長としてお祈りをし、御加護を増やすのも、これから先のアウブには必要なことでしょう。自分に与えられたお役目をしっかり果たしながら、成人まで時間をかけて自分の将来について考えていけば良いですよ」
「はい、母上。……ローゼマイン姉上、一年間のご指導、よろしくお願いします」
神殿長になるために努力するのだ、と決意した顔のメルヒオールに頼られて、わたしはへにゃりと表情が緩むのを感じた。
「大丈夫ですよ、メルヒオール。わたくしの側近を中央へ連れていくことはできませんから、神殿に残していくことになります。彼等に相談すれば、必ず力になってくれるでしょう。それに、これまでに教育したカンフェルやフリターク達青色神官もメルヒオールを支えてくれるはずです。わたくしも皆に支えられて、何とか神殿長を務めることができているのですから」
「……執務は彼等に任せられるかもしれませんが、神殿長として一番大事なお役目なのに、私にはローゼマイン姉上のような祝福を贈るのが一番難しいのです」
メルヒオールがちょっと膨れっ面になると、養父様が苦笑しながら軽く手を振った。
「ローゼマインは王族から望まれるほどの魔力を持っている。目指すための目標に据えるのは良いが、メルヒオールが同じことをするのはまだまだ無理だ。ローゼマインと同じにしようとして自分を追い詰めぬように気を付けろ」
貴族院で魔力圧縮を学び、魔力を増やすことで段々とできるようになることだ、と養父様はメルヒオールを諭す。
「この一年間、ローゼマインは神殿業務、印刷業務など、これまで抱えていた仕事を引継がなければならぬ。その中で、新しい生活の準備も整えるのだ。かなり大変なことになる。ローゼマインをできるだけ助けてやってくれ」
「はい!」
シャルロッテとメルヒオールが希望に満ちた顔をする中、ヴィルフリートの顔色は暗い。貴族らしい笑みを貼りつけているけれど、一言も発さずに硬い姿勢でじっと座っている。
「シャルロッテ、メルヒオール、ボニファティウス。ローゼマインが王の養女になる件はくれぐれも他言無用だ。他領に知られると、貴族院におけるローゼマインの危険性が跳ね上がる」
「わかりました」
「では、其方等はここで退室してくれ。……こちらの話はまだ終わっておらぬ」
養父様はそう言ってヴィルフリートに視線を向けた。三人は気遣わしそうにヴィルフリートを見た後、盗聴防止の魔術具を返して退室していく。養父様と養母様とヴィルフリートとわたしだけが会議室に残された。
「よく我慢したな、ヴィルフリート」
養父様の言葉にヴィルフリートは悔しそうに顔を歪めた。
「私は唯一おばあ様に育てられた領主候補生で、おまけに、白の塔に入った犯罪者で、本来ならば冬の粛清で旧ヴェローニカ派同様に連座処分されてもおかしくないはずの立場です。最も次期アウブに相応しくない領主候補生だから、ローゼマインとの婚約が解消されれば次期アウブではいられぬ。下手したら、領主候補生でもいられぬだろう、と父上はあの時におっしゃった。ローゼマインとの婚約が解消されれば、私はどのような扱いになるのですか?」
「……わからぬ。あの時もそう言ったはずだ」
「父上!」
ヴィルフリートが怒鳴りながら強くテーブルをドンと叩く。予想外の怒声と大きな音にわたしは思わずビクッとした。
「あの、婚約解消後のヴィルフリート兄様の扱いがわからないというのは、どういうことですか? あの時とはいつですか? 何があったのですか?」
養父様と養母様とヴィルフリートの三人はわかっているようだが、わたしには全く話が見えない。ここにいるのが場違いな気分にさえなってくる。
「今回の粛清によってヴィルフリートは後ろ盾だった旧ヴェローニカ派を失った。ライゼガングの勢いが強くなり、ローゼマインとの婚約が解消されれば、次期アウブになるための芽を摘むためにヴィルフリートは世論によって白の塔に幽閉されてもおかしくはない。現状維持の一年間にどれだけライゼガングを抑えられるかで、どのような状況になるのか全くわからないのだ」
唯一ヴェローニカに育てられた領主候補生で、白の塔に入った犯罪者が次期アウブになろうなどとは片腹痛い。処分せよ、と声高に言っているライゼガング系の貴族がいるらしい。
「はい? フェルディナンド様とわたくしがエーレンフェストから出ることでエーレンフェストを支えるための魔力が足りなくなるかもしれないという時に、優秀者の領主候補生であるヴィルフリート兄様を処分しろ、とおっしゃるのですか? 何を馬鹿なことを……。ライゼガングこそ、エーレンフェストの現実が見えていませんね」
「……身も蓋もない言い方だが、その通りだ」
養父様はそう言って溜息を吐いたが、ヴィルフリートは剣呑な目をわたしに向けた。
「本来そのライゼガングを抑えるのは、ライゼガングの姫である其方の役目ではないか。自分の仕事を放棄して、其方は何を呑気なことを言っているのだ?」
「え?」
目を瞬くわたしと睨みつけるヴィルフリートの間に養父様が割って入る。
「ヴィルフリート、止めろ。神殿で育ったローゼマインにライゼガングが血族という意識は薄い。むしろ、ボニファティウスやカルステッドやエルヴィーラの役目で、これから先はブリュンヒルデの役目になることだ」
「ですが、父上! 私は祈念式の時にライゼガングから、ローゼマインと年が同じで、私の方が男で実子だから父上から贔屓されているだけだとか、私がいなければ間違いなくローゼマインが次期アウブであったとか、次期アウブになろうなどとは片腹痛いとか、自分から辞退する程度の見識も持てないのか、と言われたのです。ライゼガングの血を引く婚約者ならば、ローゼマインが少しは抑えてくれても良かったはずです」
それ以外にも毎年最優秀を取るのだから、能力的にはローゼマインが領主候補生の中で最も優れているとか、血筋にも経歴にも全く傷がないから比べものにならないとか色々と言われたそうだ。
「何故そこまで言われて私がアウブにならねばならぬ? そこまで憎まれている私がライゼガング系の協力を取り付ける必要があるのか? このような言われ方を私は一生我慢しなければならないのか? 其方と比べられ続け、其方がいるからアウブになれたのだと、恩に着ろと貴族達に言われ続け、幼い頃の思い出さえ懐かしく思うのを後ろめたく思わなければならないのか?」
エーレンフェストに色々と困ったことをしてくれて、フェルディナンドを迫害していたヴェローニカだが、ヴィルフリートにとっては優しい祖母で、幼い頃ずっと育ててくれた人だ。白の塔に入れられても懐かしく思うことはあるだろう。
それは多分、アーレンスバッハへ行ってしまったフェルディナンドを慕わしく思うのと同じような気持ちだと思う。「心配するな。考えるな」と言われても、止められるようなことではない。
「ローゼマイン、私は自分よりも叔父上の心配をし、私に対する助力より叔父上に対する助力を優先する其方の夫として生きていきたいとは全く思えぬ。其方の隣に立つことで貴族達からは其方と比較され続け、其方には叔父上と比較され続けるような生活はまっぴらなのだ。いくら婚約の魔石を作れと言われても、婚約者らしい贈り物をしろと言われても、叔父上と比較されるのが目に見えているのだぞ。とてもできなかった」
わたしはフェルディナンドにもらったお守りの数々を見下ろす。これらはどうやら男のプライドを著しく刺激する物らしい。
……でも、お守りだから外せないんだよね。
「叔父上ばかりに気を遣う其方との婚約を続けたくないと思った時に、私はすでにライゼガングの支持を得ている其方がアウブになれば良いと思ったのだ。……そして、私は父上に直談判した」
ヴィルフリートの言葉にわたしは養父様を見た。
「わたくし、そんなお話を聞いていないと思うのですけれど……」
「当たり前だ。其方に聞かせればヴィルフリートとの婚約を解消しようとするであろう? けれど、其方は次期アウブを目指すわけではないのだから、婚約を解消すれば王族や上位領地に其方を取られるのは目に見えている。エーレンフェストを混乱させるだけで誰にとっても不利益だとわかりきっている話を耳に入れるわけがなかろう。其方等二人が共謀して婚約解消をせぬように側近達が総出で止めていたはずだ」
そう言われて納得した。確かに側近達からヴィルフリートとの接触を邪魔されていた気がする。
……わたし、そんな時期に心配のオルドナンツを送ったのか。婚約を解消したいと思っているのに、義務だから我慢しろと言われている時に、毎日心配オルドナンツが飛んで来たら鬱陶しいだろうね。
「父上がローゼマインに次期アウブになれ、と命じれば良いだけなのに、私がいくら言っても聞き入れてくれなかった。ローゼマインを次期アウブにするわけにはいかない。次期アウブは私だ、と。そして、其方をエーレンフェストで取り込んでおくためには私との婚約を解消するわけにはいかない。選んだのは私だから、責任を持てと言われたのだ」
ヴィルフリートは知らないけれど、養父様もお父様もフェルディナンドも平民出身のわたしをアウブにするつもりはないのだ。それは受け入れられないだろう。
「私としても、婚約を打診した時にヴィルフリートが断っていれば、あるいは、一年前にフェルディナンドが王命を受ける前であれば婚約を解消してやれた。だが、ヴィルフリートが婚約解消を望んだ時はあまりにも時期が悪すぎた」
養父様は疲れた顔でそう言った。婚約を解消すれば、わたしが王族や上位領地に取られるのは確実だし、粛清を行ってライゼガングが勢いを増している状態ではヴィルフリートの身も危なくなる。せっかく廃嫡から救うことができて、努力を重ね、今は領主候補生として優秀者になっているのに、ヴィルフリートを今更白の塔へ入れるつもりもない、と言った。わたしもヴィルフリートがそんな扱いをされることは望んでいない。
「父上は、アウブ・エーレンフェストとして、ローゼマインを手放す選択はせぬ。婚約は義務として受け入れよ、とあの時におっしゃいましたね?……そこまで私に言って我慢させようとしたにもかかわらず、ローゼマインが王の養女になるというのはどういうことですか? そして、これから一年間は現状維持で婚約者役をやれというのですか? 何事もないような顔で一年を過ごし、ローゼマインは王族となってエーレンフェストを捨てていくのに、私は次期アウブでもなくなり、残されたライゼガングの矢面にまた立てというのですか?」
ヴィルフリートの悲痛な叫びが胸に痛い。
一度口を閉ざしたヴィルフリートがギリと一度歯を食いしばった後、ドンとまたテーブルを叩いた。
「……ふざけるな! 父上が決断していれば、ローゼマインは王の養女になどならなかった!」
次期アウブならば、王族の要望も撥ね退けられたはずだ、とヴィルフリートが叫ぶ。けれど、今回はグルトリスハイトの取得が絡むため、王族の要望を撥ね退けるのは難しかっただろう。
「ローゼマインが次期アウブとなって婚約解消できるならば、私は自由だった。ライゼガングは自分の望みが通ったことに満足して、私が生きようが死のうが、領主候補生だろうが何だろうが、気にもしなかったはずだ。だが、ローゼマインが王の養女になっていなくなるのであれば、エーレンフェストはどうあっても荒れる。私はどうすれば良いのだ!?」
先が見えず、自分の立場や命さえ失う可能性があるのは、ひどく不安なことだ。それはわかる。養父様が自分を見据える深緑の目でヴィルフリートを見つめる。
「……どのようにでも生きれば良いのだ、ヴィルフリート」
「え?」
「次期アウブにならないのであれば、ライゼガングを抑えることは、別にヴィルフリートの仕事ではない。わざわざ矢面に立ちに行かなくても私やブリュンヒルデ、それから、次期アウブを目指す者に任せれば良いだけだ。領主一族としての責任さえ忘れなければ、次期アウブとしての余計な責任など負う必要はなかろう」
そんな荷物は役目を負っている人に放り投げてしまえ、と養父様が言ったことでヴィルフリートは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
「一年後、ローゼマインとの婚約が解消されればヴィルフリートは自由だ。ボニファティウスのように領主候補生としてエーレンフェストを支えることもできるし、五年先であれば他領へ婿に出ることもできる。今、エーレンフェストに不足しているギーベになっても良いし、ローゼマインのようにエーレンフェストに新しい産業を生み出しても構わぬ。騎士コースの中の好きな講義を受講して、ボニファティウスやフェルディナンドのように騎士団長になることもできよう。もちろん、ローゼマインと比較されない状態で、次期アウブを目指したいと望むならば目指せばよい」
養母様がシャルロッテに道を示したように、養父様がヴィルフリートに思いつくままの将来を示していく。
「ヴィルフリート兄様は何になりたいのですか?」
「……私は……何に?」
「この一年間は現状維持することになっています。その間にわたくしとの婚約が解消された後で自分がどのように生きたいのかを考えて過ごせば良いのではありませんか? 何をするにも準備は必要ですもの。一年間を有効利用するのはどうでしょう?」
わたしの提案にヴィルフリートは「私に其方の婚約者など無理だぞ」と懐疑的な目を向ける。
「ヴィルフリート兄様がわたくしを婚約者として見ることができなかったように、わたくしもヴィルフリート兄様を婚約者として見ることはできませんでした。婚約者に対してどのように接するのが正解なのかも知りません。婚約者なのだから、と言われるのが、正直なところ、とても苦痛でした」
望んだ婚約でもないのに、周囲から恋の話を強要されるのも、どのようにするのかわからないのに婚約者らしく振る舞えと言われるのも、決して良い気分ではなかった。
「でも、これから一年間、兄妹としてならば過ごせると思うのです」
婚約者は無理だけれど、そこそこ仲良しの兄妹ならば今までにできていたことだ。わたしは「ヴィルフリート兄様は兄妹でも嫌ですか?」と手を差し出す。
しばらくわたしの手を見つめながら考えていたヴィルフリートが、フッと表情を緩めてわたしの手を握った。
「……そうだな。私も婚約者としての其方といるのは苦痛だが、妹としての其方ならば特に何も思わぬ。現状維持に見せかけながら、その先を探るとしよう」