Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (57)
家族会議
「おかえり、二人とも」
笑顔でドアを開けてくれたトゥーリがドアを開けたままの状態で、パチパチと何度か目を瞬いて、少し不安そうに眉を寄せた。
「……どうしたの、父さん? 怖い顔になってるよ? 外が寒かった? それとも、マインが重かった?」
「トゥーリ、ひどい」
わたしがぷくぅっと膨れて見せると、父が苦笑しながら「マインは軽すぎる。もっと大きくなれ」と言ってわたしを下ろした後、頭をぐりぐりと撫でた。
父の緊迫した雰囲気が少し和らいで、トゥーリが安心したように小さく笑う。「ごめん、ごめん」と謝りながら、わたしの頭に残っていた雪をパタパタと払い始めた。
「帰りはちょっと吹雪になり始めてて寒かったんだよ」
一瞬で雰囲気を変えたトゥーリに心の中で拍手しながら、唇を尖らせて見せると、トゥーリもわたしの真似をして唇を尖らせた。
「マインは父さんに抱っこしてもらって、コートにまで入っていたんだから、寒くなかったでしょ? わたしじゃできないよ」
クスクス笑いながら、わたしはトートバッグとコートを片付けに寝室へと向かう。
台所では、母が夕飯の準備をしていた。
「おかえりなさい。……先にご飯にしましょうか?」
何を口にするより、父の緊迫した雰囲気と表情から何かあったことは察したようだ。一瞬だけ眉を寄せた後、母は微笑みながら配膳を始める。
「さぁ、召し上がれ」
「いただきます」
母に促されて、普段に比べてずっと口数が少ない夕飯を食べ始めた。
まだ話をしたわけではないのに、眉間に皺を刻んでいる父。目を伏せている母。困ったように様子を伺うトゥーリ。すでに雰囲気が重い。
三人の様子を伺いながら、わたしは熱いスープを口に運ぶ。
本当に話しちゃって大丈夫かな? あと一年なんて言ったら、父さん、発狂して大暴走しない? どうやって話を進めたらいい? 魔術具にかかったお金はなるべく伏せておきたいんだけど……。
食事が進むにつれて、この後の話にばかり気がいって、心臓がバクンバクンと音を立て始める。
「ごちそうさまでした」
食器が一度下げられて、母の手によって鎮静効果のあるハーブを煮出したハーブティがコトンコトンとテーブルの上に置かれた。
「何があったか、話してくれるんでしょう?」
父の隣に座りながらそう言った母に、父は緩く首を振った。薄い茶色の瞳がぴたりとわたしに向けられる。いつものでれっとした笑みが欠片も見つけられない父の真剣な目は怖いほどで、わたしはゴクリと息を呑んだ。
「話があると言ったのは、マインだ」
父の言葉と共に家族全員の視線がわたしに向かってくる。家族と話すだけなのに、緊張して喉がカラカラに乾いてきた。
「えーと、わたしの病気のことなんだけど、その……」
何から言えばいいのだろうか。何と説明すれば、わかりやすいだろうか。そんなことばかりが頭を回っているのに、肝心の説明するための言葉は全く出てこない。妙な汗が出てきて、焦れば焦るほど頭が真っ白になってくる。
わたしが言葉を探して口をはくはくさせていると、父がすぅっと目を細めた。
「病気は治ったんだろう? ギルド長のお宅に数日間いて、治ったから帰ってきた。そうじゃないのか?」
「あの、結論から言うと、治らないの」
頭が真っ白になったわたしは、全ての説明をすっ飛ばして、結論だけを述べてしまった。
家族にとってはかなり大きな爆弾になったようで、一瞬の沈黙の後、家族全員が目を剥いて、大きく息を呑んだ音が響いた。
直後、父が椅子を蹴倒すような勢いで立ち上がり、テーブルをドンと叩く。
「……どういうことだ!? 治すと言ったギルド長が俺達を騙したのか!?」
「治ったんじゃなかったの、マイン!?」
正面の父と隣のトゥーリに詰め寄られて、わたしは二人を何とか落ち着かせようと、手をパタパタ振って、座らせる。
「ちょっと、落ち着いて座って。わたしも知ってることが少ないし、どう説明したらいいかわからないから、思いつくままに喋る感じになっちゃうんだけど……」
歯ぎしりの音が聞こえそうなほど奥歯を噛みしめた父がドカッと座った。
母は何とか落ち着こうとしているのか、震える手でコップを手にした。コクリと一口飲んで、先を促す。
「えぇ、ちゃんと話してちょうだい」
隣のトゥーリもコップに手を伸ばしたのが見えて、わたしもコップを手にとって、コクリと一口飲んでから、口を開いた。
「わたしの病気ね、身食いって言うんだって。すごく珍しい病気らしいの」
「聞いたことがないな」
父はわたしの言葉に頷いたけれど、トゥーリはコップを握りしめたまま、小さく呟いた。
「……わたし、前にマインから聞いた。治すのにすごくお金がかかるって」
「お金!?」
今度は目を剥いた母がガタッと立ち上がった。顔色が悪い。間違いなく、ギルド長に対して、自分達がお金を払っていないことに気付いたのだろう。できれば、金額については伏せておきたかったが、そういうわけにもいかないようだ。
「母さん、説明していくから聞いて」
「……」
物言いたげにわたしを見ながら、母がゆっくりと座り直す。
全員がこちらに向いているのを感じて、わたしはまず身食いについての説明を始めた。
「身食いってね、身体の中に勝手に動く熱があって、それがどんどん増えていくの。ものすごく怒ったり、死にたいくらいがっかりしたり、そういう時に熱が勝手に身体の中で暴れ回って、自分が食べられていくような感じがする病気なの」
「食べられるって……」
トゥーリが真っ青になりながら、わたしを見つめる。指先や髪の先まで見て、本当に食べられているところがないか、確認している。
「身食いの熱も普段は自分の意思で動かせるんだよ。真ん中の奥の方に閉じ込めておく感じにしていると、大丈夫なんだけど、どんどん増えていくんだよね」
「ふ、増えたらどうなるの?」
震えながらトゥーリがぎゅっとわたしの手を握った。
「閉じ込めておけなくなって、バーンと飛び出して、身体から溢れそうになるの。溢れる前にわたしが呑みこまれちゃうんだけど……今回もそんな感じで、熱が溢れて、溺れて食べられそうになったの。ギルド長は魔術具を使って、熱を吸い取ってくれたんだよ。いっぱい吸い取ってくれたんだけど、これはまた増えていくから、完全に治るってことは絶対にないんだって」
う~っと唸って、今にも泣きそうな潤んだ目でトゥーリがわたしを睨んだ。睨んでいるというよりは泣きそうなのを必死に我慢している顔と言った方が良いだろうか。
トゥーリを見ていたら、もらい泣きしてしまいそうで、目を逸らしたわたしはもう一度コクリとお茶を飲む。
「あとね、その変な熱がわたしを少しずつ食べているから、あんまり大きくならないんだって、フリーダは言ってた。身食いを治すには、魔術具が必要で、お貴族様しか持ってないから、すごく高いの。それに、貴族階級とお付き合いがあるギルド長のようなお家じゃないと手に入らないんだって」
「だったら、マインが助かったのは……やはりギルド長のお陰で間違いはないんだな?」
感情をぶつける先を見失い、力が抜けたような父の掠れた声にわたしは小さく頷いた。
「うん、ギルド長がフリーダのために集めていた魔術具を一つ、譲ってくれたの。だけど、もうないから、この先をどうするか自分で決めなさいって言われた」
「この先? 何か治る方法があるのか!?」
身を乗り出す父の目に希望の光が見て取れる。今にも泣きそうだったトゥーリの目も輝いた。
家族の期待に満ちた目が痛いと感じながら、ただ生きるだけの方法である選択肢をわたしは家族に伝える。
「貴族と契約して飼い殺されるか、家族と暮らしてこのまま朽ちるか、2つに1つだって……」
「飼い殺される? どういう意味だ?」
父の表情が理解不能と言わんばかりに歪んだ。言葉の意味がよく理解できなかったのか、トゥーリがきょとんとした顔で首を傾げる。母は蒼白になったまま、きつくコップを握りしめている。
「フリーダは貴族と契約しているから、魔術具を譲られて元気なの。家が裕福で力のある商人だから、条件の良い貴族と契約できたって言ってた。わたしは貴族と付き合いもないから、契約して命を繋いでもどういう扱いになるかわからないって」
「……それは、生きてるとは言えんだろう」
力ない父の呟きにわたしも深く頷いた。麗乃としての人生を歩んだからこそ、わたしは貴族の言いなりで、自分の自由にならない生き方を許容できない。
「ねぇ、マイン。お金はどうしたの? その、譲っていただいた魔術具だって、無料ではなかったのでしょう?」
我慢できないとばかりに母が口を開いた。わたしはやはり流してくれなかったか、と心で呟きながら、頷いた。
「わたしが払ったから、大丈夫」
「いくらだったの?」
「高かったけど、命の値段だと思えば、まぁ……」
「だから、いくらだったの? 話をするんでしょう? 隠し事はなしよ」
わたしが言葉を濁すと、母がキッと目を吊り上げて怒りだした。うっと小さく呻きながら、わたしは少しばかり視線を逸らして、値段を呟く。
「……小金貨2枚と大銀貨8枚」
父の年収の2年半分に相当する金額に、みんなが目を剥いて口をポカーンと開けた。
「小金貨2枚と大銀貨8枚!? そんな大金、どうやって……」
「……ベンノさんが『簡易ちゃんリンシャン』の権利を買ってくれたの。作るのも、売るのも、値段を付けるのも全部ベンノさんの権利にする代わりに、身食いを……」
「えぇぇ!? カンイチャンリンシャンってそんなに高かったの!?」
いつも油を絞って作っていたトゥーリが驚きの声を上げた。森で採ってきた収穫物を絞るだけだから、労力はかかっているが、元手は0だ。それを大金で買うという感覚がトゥーリには全く理解できないらしい。
「うん、お貴族様に売れば、かなり稼げるみたいだよ。もう工房があってね……」
わたしがトゥーリにリンシャンの工房ができた話をし始めると、父が厳しい顔で首を振って、じろりとわたしを睨んだ。
「もう終わった話はいい。聞きたいのはこれからの話だ。再発は確実なんだな?」
「うん」
「……どのくらいもつんだ? マインの話しぶりではもうわかっているんだろう? 話を必死で逸らしていたのも、それを聞かれたくなかったからだな?」
「なんでわかっちゃうかなぁ」
意外と鋭い父にわたしは思わず溜息を吐いた。身食いが治らないと聞いただけで、椅子を蹴倒して、テーブルを叩くくらい激昂した父に残された時間なんて言えない。そう思っていたが、こう言われては逃れるのも難しいだろう。
「わかるのは俺が父親だからだ。……こら、話を逸らそうとするな」
薄い茶色の目が睨みを利かせて、わたしを見ている。絶対に誤魔化されもしなければ、答えるまで逃がすこともないと決意している目に観念して、わたしは口を開いた。
「……だいたい一年」
「っ!?」
「次に身食いの熱があふれるまであと一年くらいだからよく考えろ、って言われてる」
しんと静まりかえった重い沈黙が満ちた。激昂するかと思った父がぐっと眉間にきつい皺を刻んで、俯く。
沈黙を破ったのは、トゥーリの嗚咽だった。
「っく……マイン、死んじゃうの? あと一年で?……そんなのってないよ!」
泣くのを我慢するのを止めたように、わあぁぁぁ、と派手に泣き始めたトゥーリが椅子を飛び降りて、わたしをきつく抱き締める。
わたしはトゥーリの背中に腕を回して、なだめるために背中を軽く叩いた。
「トゥーリ、落ち着いて。本当だったら、もう死んじゃってたんだよ。フリーダとギルド長が魔術具を譲ってくれたから、あと一年生きられることになったの」
落ち着かせるつもりで言ったわたしの言葉は、火に油を注ぐ結果になったようで、トゥーリはボロボロと涙を流しながら頭を振った。
「えぅっ……もう死んじゃってたなんて言わないで! たった一年なんて! そんなの嫌! ひくっ……せっかくちょっと元気になってきたのに! 一緒に森に行けるようになってきたのに! マインが死んじゃうなんて嫌!」
麗乃の時は大地震で死んだから、家族の嘆きを見ることがなかった。こんな風に悲しませて泣かせてしまったのだろうか。
そして、また得られた家族も、泣かせてしまった。どこまで生まれ変わっても親不孝者の自分が情けない。
「泣かないで、トゥーリ。ねぇ、お願い。魔術具じゃなくても、身食いの熱を何とかできる方法がないか、探してみるから」
「見つからなかったら、どうなるの!? マイン、死んじゃうんでしょ!? そんなの嫌だよ! ぅわああぁぁぁん」
きつく抱き締められて、泣いてすがられて、胸がきつく締め付けられる。目の奥が熱くなってきて、我慢するつもりだったのに、わたしまで涙があふれてきた。
「トゥーリ……泣かないでよ。泣きたいのはわたしの方なのに……」
「ひくっ……ごめんね、マイン。わたしも探す。マインの病気を治す方法がないか、探すから……。ぅえっ……でもっ……泣き止まなきゃって思っても止まらない」
わたしも涙をこぼしながら、泣き止もうと努力しているトゥーリの背中を何度もポンポンしていると、父が静かな声で問いかけてきた。
「マインはどう考えている? フリーダさんのように生きていく方法もあるんだろう?」
「ぐすっ……わたし、貴族にどう扱われるかわからない状態で、家族と離れて生きたいなんて思えない。ひっく……フリーダは契約した貴族が許してくれたから、成人まで家族と暮らせるって言ってたの。じゃあ、契約した貴族が許してくれなかったら?」
答えなんて解りきっている。
「すぐに連れていかれちゃうってことだよね? 多分、待っていてくれる貴族の方が少ないんじゃないかな?」
「……そうだな」
身食いの熱を貴族が一体どんな風に利用するつもりなのか、全くわからない。けれど、契約し終わった者に時間をくれる方が奇特だと思う。契約が終わると同時に連れ去られると思えば、契約した方が家族といられる時間が短くなるのだ。
「だからね、このまま家族で暮らして死ぬならそれでもいいかなと思ってる。ぅえっ……家族と離れるの、嫌だもん」
「マイン……」
母の目にも涙が浮かんでいた。子供達に見せまいとするように少し顔を背けて、目元を拭う。
父は表情らしい表情を浮かべず、じっとわたしを見つめていた。
「まだ一年あるから。だから、自分がやりたいことを精一杯やって、悔いが残らないように生きるつもり。……わたし、家族と一緒にいていい? やっぱり、貴族と行っちゃった方がいい?」
「マインはわたしと一緒にいるの! いなくなっちゃダメ!」
トゥーリがみんなの声を代弁したようで、両親はその言葉に頷いただけだった。
ここにいても良いと許されたことが嬉しくて、わたしは涙を拭って、へにゃっと笑う。
「それで、相談したいのはここからなんだけど……」
「まだあるの?」
母がぎょっとしたように言ったけれど、わたしの病状については現状を知ってもらうための話で、相談ではない。病状を認識した上で、相談に乗って欲しいのだ。
「わたしの、お仕事のこと」
「商人になるんだろう?」
父が訝しげに眉を寄せた。激昂することも暴れることもなく、落ち着いて話を聞いてくれる父に安心感を抱きながら、わたしは口を開いた。
「そのつもりだったんだけど、わたしも先の見通しが甘かったというか、考えていられなかったというか。……わたしの体力で仕事なんてできないでしょ? オットーさんもそう言ってたの。店に迷惑じゃないかって」
「オットーのヤツ……」
父が苛立ちと怒りを含んだ声で小さく呟いた。オットーは正直に客観的な意見をくれただけなのに、八つ当たりなんてされたら悲惨すぎる。わたしは慌ててオットーが出してくれた案も付け加えた。
「だから、手紙や書類の代筆みたいな仕事を家でしながら、今まで通り、ベンノさんに商品を売ったり、門でお手伝いをしたりする方が身体には良いんじゃないかって提案してくれたの」
「そうか。オットーのヤツ……。そうだな。オットーの言うとおり、マインは家にいるのが一番だ。無理はしない方が良い」
フッと口元に笑みを浮かべながら、今度は少し嬉しそうに言い切った。
父の意見に賛成するように、わたしにしがみついたまま嗚咽を漏らすトゥーリも母も何度も大きく頷く。
「わたし、一応ベンノさんの店に入る約束をしているんだけど、それを反故にするのってできるかな?」
この街の仕事に関して大した知識がないわたしが両親に聞きたかったのはこれだ。約束を破ることになるけれど、問題はないのだろうか。
「まだ正式に入ったわけではないし、仕事中にいきなり倒れると先方も困るわけだから、きちんと話をすれば、大丈夫だろう」
「そっか。じゃあ、せっかく見つけた仕事先はもったいないけど、身体優先でお仕事探してみるよ」
在宅でできる仕事があるか、まずベンノに相談してみるのもいいかもしれない。詳しい話は春になってからだ。
「ふわあああぁぁぁ……」
長々と話しこんでいたため、話が途切れた瞬間、わたしの口から大きな欠伸が出た。それを見た母がパンパンと軽く手を叩く。
「話がそれで終わりなら、もう寝なさい。遅いわ」
「うん、おやすみなさい」
「ぇっく……ぅくっ……おやすみ、なさ……」
まだえぐえぐと泣いているトゥーリと寝室に向かって、一緒にベッドに入る。
「トゥーリ、泣かないで。笑ってる方が可愛いよ。明日から一緒に色んなことしようね」
「うん、うん。いっぱいマインと遊ぶ。一緒にいるからね」
わたしはトゥーリをなだめながら、布団に潜り込む。
すぐにトゥーリがわたしの布団に潜り込んできて、どこにも行っちゃダメだとガシッと抱きついて眠り始めた。安心するならいいかな、とわたしもそのまま目を閉じる。
父がもっと発狂したり大騒ぎしたりするかと思っていたが、予想と違って、真剣で言葉少なに話を聞いてくれた。きちんと話ができてよかった、と安堵の息を吐いているうちに意識はゆっくりと落ちていく。
トゥーリが安心できるように好きなようにさせておいて寝ていたが、トゥーリに首を絞められて、目が覚めた。慌ててトゥーリの腕を解いて、その場から脱出する。
死んじゃうから。息できないと身食いじゃなくても死んじゃうから。
首を擦りながらわたしは目を瞬いた。普段、夜中に目が覚めたら真っ暗のはずの寝室に光の筋が入ってきている。まだ眠たい目を何度か擦ってみたけれど、間違いでも夢でもないようだ。
ドアが半開きで、まだ竈の火が消されていないことがわかる。話し声は聞こえないので、両親が起きているというわけでもないらしい。
暗いベッドを見ると、母はすでに眠っているようで、こんもりとした固まりが見えた。
母さんが消し忘れたのかな?
わたしはするりとベッドを下りて、トゥーリを起こさないように足音を忍ばせて、台所へと近付いた。
竈の炎しかない薄暗い台所で父が一人で酒をあおっていた。
記憶にある陽気な酔っ払いの姿はどこにもなく、無言で杯をあおりながら、一人静かに泣いている。
声にならない慟哭が聞こえるようで、わたしはそっと目を逸らし、静かにベッドに戻った。