Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (570)
子供のお茶会
「こんな感じで勉強中です。どうでしょう、ローゼマイン様?」
クラリッサはそう言いながら、ここしばらくの仕事内容を見せてくれた。領主会議におけるダンケルフェルガーとの交渉役としてアウブ夫妻の文官達と仕事をしていたクラリッサだが、領主会議が終了した今はわたしの部屋で、わたしのための仕事をしている。
わたしが成人してから本格始動をすることになるけれど、中央へ行ってからも印刷業を始めることは決めている。もしかしたら、中央神殿を見学して、そこの孤児院や灰色神官達の現状によっては慈善事業にも手を出すかもしれない。そのため、クラリッサは中央でなるべくスムーズに事業を始められるように、これまでわたしが行ってきた事業に関する貴族側の資料をまとめてくれている。
具体的には、当時のフェルディナンドが貴族と行った交渉についての聞き取りや結ばれた契約、動かされた店の数や人数などの記録に加えて、ダンケルフェルガーと中央のやり取りを参考に、どのように中央で印刷業を始めれば良いのか、どの部署の文官に話を通すのが良いのか計画を立てているのだ。
「クラリッサは短時間でよくここまで調べましたね。わたくし、自分が孤児院で工房を作った時にフェルディナンド様がどのように動いていたのか、全く存じませんでした」
ベンノ達と奔走していた裏でフェルディナンドもまた動いてくれていたことがよくわかる資料に、わたしは自分の視野の狭さを再確認した。報告ばかり求められて、何日もかかる面会予約をしなければならないことを面倒に思っていたけれど、必要で大事なことだったのだ。
「孤児院長になってローゼマイン様のお役に立つフィリーネには負けていられませんもの」
フィリーネは今日も神殿でモニカと孤児院長の業務に関する引継ぎ仕事をしている。この間、ハルトムートが神官長に就任した時と同じように誓いの儀式をして青の衣を与えた。今は立派な青色巫女見習いである。
ちなみに、ローデリヒはわたしの指示で、プランタン商会やギルベルタ商会から届いた中央の店舗に関する希望から中央でどのくらいの広さの店が必要になるのか、新しく揃えなければならない仕事道具、同行する従業員の部屋の数や広さなどを書き出している。お茶会の間も、ここで作業をすることになっているのだ。
わたしはリーゼレータとグレーティアがお茶会の準備を整えたのを確認し、オティーリエに部屋の留守を頼む。ヴィルフリートやメルヒオールが部屋を出たら、扉の外を守っているダームエルが教えてくれることになっているので、それまで待機だ。
「ローゼマイン様、ダームエルから連絡です。ヴィルフリート様とメルヒオール様がお部屋を出たようです」
部屋を一旦出たアンゲリカが戻ってきて報告してくれる。わたしは側仕えと護衛騎士を連れて、シャルロッテのお茶会へ行くために部屋を出た。
「皆、下がってください」
挨拶を終え、席に案内され、お茶とお菓子の毒見を終えた時点で、シャルロッテは側近達に下がるように指示を出した。それに合わせて、わたし達も自分の側近に下がるように命じる。これで、この部屋にはわたし達領主候補生以外いなくなった。
「今日はこちらを使いますね」
そう言いながら、シャルロッテは範囲指定の盗聴防止の魔術具を作動させようとする。わたしは急いでそれを止めた。
「シャルロッテ、範囲指定の物を使うと貴女一人に負担がかかるでしょう? 個人で持つ方を使った方が良いのではありませんか?」
「いいえ、お姉様。今日は範囲指定の方が良いのです。長時間の使用にメルヒオールが疲れるかもしれません。頻繁に神殿で魔力の奉納を行っていると聞いていますから」
……なんと!?
わたしはフェルディナンドに最初から盗聴防止の魔術具を渡されていたし、それを負担に思ったことがなかったので知らなかったが、個人個人で握る盗聴防止の魔術具を長時間使用するのは、貴族院入学前の子供には負担になることもあるらしい。
……そんな気遣い、わたし、フェルディナンド様にされたことなんてなかったよ!?
ルッツの家族会議の時が初めての使用だったと思うけれど、長時間の話し合いになるのが確実な場で、わたしを黙らせるためだけに使われたはずだ。フェルディナンドはわたしの魔力量をある程度把握していたのだろうと思うけれど、もしかしたら、長時間の使用で気分が悪くなってわたしを退場させられるならばそれはそれで構わないと思われたのかもしれない。
……フェルディナンド様め!
ふんぬぅ、と思い出し怒りに身を任せながら、わたしはシャルロッテに「わたくしが範囲指定の魔術具を作動させますよ」と申し出る。
「シャルロッテ一人に魔力の負担をさせるわけにはいかないでしょう?」
「……そうしていつもお姉様は一人で負担を抱えようとなさるのですね」
シャルロッテが藍色の目でちろりと可愛くわたしを睨む。たまには、お姉様らしいこともしたいわたしは、シャルロッテが作動させる前に椅子を滑り降りて「ていっ」と魔術具を作動させた。わたしの敏捷さの勝利である。
「魔力の負担だけならば大して苦ではありませんから、シャルロッテはお姉様であるわたくしにたまには甘えてくれても良いのですよ。こちらの社交や養母様の補佐は全て任せているのが現状ですもの。それに、シャルロッテがここまで準備をするということは、わたくしが中央へ行くことについてのお話をするのでしょう?」
胸を張ってそう言いながら、わたしは席に座り直す。シャルロッテは小さく笑いながら「わたくしはお姉様にいつも甘やかされていますよ」と呟いた。
「そんなことはないと思うのですけれど……」
「あります。お姉様はお兄様との婚約が決まった時、お父様にわたくしの結婚相手は選択肢を残すように、と言ってくださったと聞きました。今回もまた、王の養女になることも、ジギスヴァルト王子と婚約することも御自分の選択ではないのに、わたくしには様々な選択肢が示されました。……わたくし、お姉様に何が返せるでしょう?」
……最初からどーんと重い話がきたよ!? 「お姉様、素敵! 尊敬します」ってシャルロッテが可愛く言ってくれたらそれでいいよ、って言っていい? ダメだよね?
いきなり真剣な目で問われて、わたしは軽い答えを返せばよいのか、一緒に真剣に悩むべきか、答えに困る。
「お姉様のおかげでわたくし達は下位領地がどのように扱われるのか、本当の意味で理解できません。三十代以上の方とお話をすると、それをよく実感します」
シャルロッテは養母様の補佐をして、第一夫人の執務に関わり、城で働く貴族達を見て回った結果、昔ながらの下位領地のやり方しか知らない大人と、下位領地として扱われたことが少ない若手で完全に意識が分かれていることを実感したらしい。
「……そうですね。叔父様と貴族院の在学を共にした世代くらいから意識の変化があるように思えました」
ヴェローニカに疎まれていたフェルディナンドは基本的に個人でしか優秀な成績を上げていなくて、領地の順位の変動に大きく貢献したわけではない。けれど、騎士コースの面々は悪辣な指揮の下、宝盗りディッターでダンケルフェルガーに勝利している。文官コースも自領から最優秀が出れば、少しは追いつこうと自然と意識が高くなっていたようだ。
フェルディナンドが卒業し、ダームエルの頃になると、政変の終了と粛清によってエーレンフェストが何の苦もなく順位を上げた世代になる。エーレンフェストが最底辺だった時代を知っている最後の世代であると同時に、各地の青色神官達を貴族にするための特例が実施されたり、粛清によって教師の顔ぶれが大きく変わったり、貴族院のカリキュラムの変更が行われたりした激動の世代だ。
そして、順位だけは上がっても周囲からの扱いが下位領地の扱いのままだった頃があり、聖典絵本や知育玩具が発売され、子供部屋の教育が整えられたことで周囲の意識が少し変わり始めた世代になる。コルネリウス兄様達がこの世代だ。下位領地の扱いと急成長したエーレンフェストの両方を経験している。
わたしとヴィルフリートの入学と同時に、それまでは控えていた流行発信が始まり、成績向上委員会が発足し、座学の大幅な成績向上があった。エーレンフェストは急激に躍進し、周囲の注目を集めるようになった。寮の料理はおいしいのが当たり前で、お茶会の招待状が多すぎて選別しなければならないくらいに引っ張りだこで、上位領地から声がかかるのが珍しくも何ともない。毎年どんどんと順位を上げるため、下位領地として扱われたことがない世代だ。シャルロッテも当然下位領地の意識がない世代である。
「貴族院では、まだ上位領地としての意識がないとか、上位領地らしい振る舞いを、と言われています。けれど、エーレンフェスト内を見れば、確実に意識は変わっているのです。お姉様がいらっしゃれば、わたくしは何も考えずにそれが当たり前だと思っていたでしょう」
古い考え方の人達は困る、とただ批判していればよかった。けれど、圧倒的に古い考えの人達が多く、領主一族やその側近でさえ意識が切り替わっているとは言えないのが現状だ。先頭に立ってこれまでの常識を壊していたわたしがいなくなれば、順位を落とすのはあっという間のことになる。何とかしなければならないのは、エーレンフェストに残る者だ。シャルロッテはそう言って、一つ溜息を吐いた。
「大人の干渉を上手く避けたり、受け流したりしながらお姉様が与えてくださった物を大事に守っていかなければなりません。王の養女となるお姉様の実家として恥ずかしくないように維持していくことが、お姉様にできるお返しではないか、とわたくしは考えました」
領主一族が神殿に出入りすることで貴族達の忌避感を薄めていき、神事を行って加護を増やす。その効果を実証することで、わたしが神殿育ちであることを誇れるようにする。印刷業を発展させて、わたしに本を送る。イタリアンレストランの料理人を大事に育てていって、エーレンフェストをおいしい物で溢れるような領地にする。子供部屋の教育を続け、成績向上委員会も継続して座学を落とさない。わたしがしてきたことを守りつつ、意識を変えていく。
シャルロッテは「それがわたくしにできることです」と笑った。わたしがしてきたことを大事に守りたいと言われて、じんわりと心が温かくなっていき、へにゃりと笑み崩れていく。
「お姉様、わたくしの能力は補佐向きで、残念なことに、領地の発展のために大胆な決断をしたり、新しい物を取り入れたりすることにはあまり向いていません。調整をしたり、誰かの定めた枠を守りながら浸透させていったりする方が得意なのです」
シャルロッテの自己判断はとても自分を客観的に見られていると思う。シャルロッテは陰から支えてくれる感じで、周囲との調整には非常に力を発揮する。
「けれど、今までお姉様が変えてきた体制の維持と保守を目的とするならば、今のエーレンフェストにはわたくしが一番アウブに向いていると思いました。メルヒオールやこれから生まれてくる赤ちゃんが発展を得意とするアウブになるかもしれません。彼等が育つまでの間、中継ぎ的な役目をこなし、その後も補佐する立場にいたいと思っています。お姉様はわたくしを支持してくださいますか?」
自分の得意不得意を見定めて、わたしの変えたエーレンフェストを維持していきたいと願うシャルロッテに、わたしはコクリと頷いた。
「エーレンフェストの大人達の間では変化を厭う声が大きかったので、わたくしは自分でしてきたことに自信を持てなかったのですけれど、シャルロッテが維持したいと言ってくれて嬉しいです。わたくしはシャルロッテの選択を応援します。……でも、シャルロッテならば上位領地の第一夫人でも務まりそうですけれど、エーレンフェストに残るので良いのですか?」
次に発展させられそうなアウブが育つまでの中継ぎを目指すのは、口で言う程簡単ではない。婿取りやライゼガング系貴族の風当たりなど、放り投げたくなるような面倒が山積みのはずだ。ヴィルフリートを次期アウブから外すことができれば、今度はブリュンヒルデの子供が生まれるまで粘るかもしれない。
「これから五年間は他領から入ってくる以外では婚姻できないため、他領の者が増えることになります。複数の他領のやり方や考え方を取り入れることで、ライゼガング系の貴族達に貴方達の主張はおかしいです、と反論できる土壌を作っていきたいと思います」
旧ヴェローニカ派がいなくなったばかりの今はライゼガング系の声が大きいけれど、それを少しずつ封じたり、エーレンフェストの考え方に変化を持たせたりしたいらしい。そのためには領主候補生であるシャルロッテが他領から婿を取るのは、次世代のためになるそうだ。
「それに、わたくしは魔力圧縮を教えていただく際の契約で、お姉様に敵対できません。ですから、婿を取って、エーレンフェストに残るのが一番良いと思います。お姉様が王の養女となれば、エーレンフェストは後ろ盾になりますから、敵対することはないでしょう。けれど、他領へ嫁げば、その領地はどの立場になるかわかりません。わたくし達にとってはほとんど実感のない政変さえ、二十年もたっていないのですから」
魔力圧縮の契約がそんなところに絡んでくると思わなかった。ひやりとする。シャルロッテをエーレンフェストに縛りつけるつもりはなかったのだ。先の見通しの甘さに頭を抱えていると、シャルロッテが困ったような微笑みを浮かべながらわたしを優しく見つめる。
「契約してでも魔力圧縮をして、魔力を増やしたかったのはわたくしです。それはわたくしの選択であって、お姉様が気に病むようなことではありません。たとえお父様との養子縁組を解消しても、どのような状況になっても、わたくしはお姉様の味方なのだと思ってくだされば、それで良いのです」
シャルロッテの言葉が泣きたくなる程に嬉しい。黙ってシャルロッテの話を聞いていたヴィルフリートも頷いた。
「エーレンフェストは其方にたくさんの物を与えてもらった。それなのに、中央へ行く其方にエーレンフェストが与えてやれる物は多くはない。王族の後ろ盾としても貧弱この上ないであろう。……だから、絶対的な味方という安心感くらいは持っていくが良い」
「シャルロッテだけではなく、ヴィルフリート兄様もわたくしの味方でいてくださるのですか?」
わたしが確認する意味を込めて首を傾げて尋ねると、ヴィルフリートはフッと笑った。
「他領へ行った叔父上への態度を見れば、中央へ行った其方がエーレンフェストに対して非道なことをすることはなかろう。……面倒は押し付けられそうだがな」
「あら、ヴィルフリート兄様。失礼なことをおっしゃらないでくださいませ。わたくし、アーレンスバッハへ行ってしまったフェルディナンド様の世話を焼いている自覚はありますけれど、面倒をおかけしたことはないですよ」
役に立てるように頑張っているのに、なんという言い草だ。断固として抗議する。わたしの言葉にヴィルフリート兄様は「やれやれ」と肩を竦めた後、ビシッとわたしを指差した。
「そう思っているのは其方だけだ。間違いない」
「間違っているのはヴィルフリート兄様です。わたくし、フェルディナンド様に面倒をおかけしないように頑張っているのです」
「見当違いの方向に、ではないのか?」
シャルロッテとメルヒオールが笑い出したけれど、誰もヴィルフリートの言葉を否定してはくれない。
……うぐぅ。だ、大丈夫だもん。
「見当違いの努力といえば、其方が中央へいかなければならないのを隠しておく必要はあるのか?」
「どういうことですか?」
「其方の中央行きがあちらこちらで噂されている」
「え!?」
領主会議の間に、他領から中央神殿の神殿長にしろ、という突き上げを食らっていたこと、王族からアウブ夫妻が呼び出しを受けて打診されたこと、断ったけれど、再度側近を外した状態での話し合いが行われたこと、そして、エーレンフェストに戻ってから領主一族だけを残した話し合いの場が持たれたこと、神殿の引継ぎを急ぎ始めたこと。
これらの状況から、わたしを中央神殿の神殿長にするように、という王命が下ったのではないかと推測されているらしい。
「領主会議の報告の中で聞いていない話だから、初めて聞いた時は驚いたぞ。同時に一つの懸念が浮かび上がってきて、其方に確認したいと思っていたのだ。……其方、王の養女となった後、中央神殿の神殿長にされるのではあるまいな? 私はお茶会などで他領の神殿の話を聞いたが、エーレンフェストの神殿とはずいぶんと違うようだぞ」
心配そうな顔でヴィルフリートに言われて、わたしは首を横に振った。
「視察くらいはするかもしれませんけれど、神殿長として神殿に入ることはないと思います。わたくしに神殿長をさせるならば、他の王族も同じようにしてください、と先にジギスヴァルト王子にお願いしておきましたから」
ヴィルフリートとシャルロッテは一度二人で顔を見合わせた後、恐る恐るという様子でわたしを見た。
「そ、其方……。まだ正式に王の養女となったわけでもないのに、ジギスヴァルト王子にそのような注文を付けたのか?」
わたしがコクリと頷くと、ヴィルフリートは「これだからローゼマインと一緒にいるのは嫌なのだ」と呻き、シャルロッテはものすごく言葉を探して視線をさまよわせた後、「お姉様は早く王の養女になられた方が不敬にならずに済むので安心ですね」と微笑んだ。
「そんなに不敬ですか? エーレンフェストではアウブを始め、領主一族が出入りして神事を行っているのですから、王族にも同じことを求めるのは当然だと思ったのですけれど。虚弱なわたくしではなく、健康な王族が神殿長になって神事を行った方が良いのでは、と提案したのですけれど、こちらは大丈夫ですか?」
「普通の貴族は誰もそのようなことは言わぬ!」
「確かにジギスヴァルト王子は驚いていましたね。言わないとこちらの思惑は全く通じていないようでしたから、発言したこと自体は全く後悔していませんけれど」
ヴィルフリートは肩を落として「其方の婚約者になるジギスヴァルト王子に私は心から同情する」と言ったけれど、一体どういう意味なのか。わたしがじろりとヴィルフリートを睨むと、ヴィルフリートはメルヒオールに向かって「貴族の社交に関しては絶対にローゼマインを手本にしてはならぬ」と言い聞かせ始めた。
「神事と勉強に関しては手本にしても良いが、社交と常識だけはローゼマインを基準にしてはならぬ。あれは叔父上でさえ頭を抱えていたのだからな。我々に対応できるわけがない。人には得手不得手がある。他人の良いところを真似るようにするのだ。良いな?」
ヴィルフリートの言葉をメルヒオールは真面目な顔で頷きながら聞いている。
「ローゼマイン姉上は何でもすごいのですけれど、不得手なこともあるのですね。同じようにしてもできないことばかりで落ち込んでいたのです。少しホッとしました」
「メルヒオール、ローゼマインは目標に据えるくらいが良い。全く同じことをしなければならぬと思えば息苦しくなるし、自信をなくすばかりになる」
「わたくしもお姉様と同じことができなくて、一度は領主候補生としての自信をなくしましたもの。わたくし達兄妹が一度は通る道なのですよ」
ヴィルフリートの助言やシャルロッテの経験談をメルヒオールは「自分だけではなかったのですね」と安堵した顔で聞いている。三人だけでわかり合っているのが、ちょっと悔しい。
「わたくしを仲間外れにしないでくださいませ」
「仲間外れも何も……。其方には常識外で規格外の兄弟を持つ苦労や挫折などわからぬであろう?」
「規格外で常識から外れた師匠ならいます! わたくしだって苦労しました」
だから、仲間に入れて、と訴えると、ヴィルフリートとシャルロッテは顔を見合わせた。
「叔父上と其方はどちらも常識を外れた規格外で同類だと思うぞ」
「叔父様の厳しい講義に普通の顔で付いていけるお姉様に挫折などございました?」
「叔父上とローゼマイン姉上が規格外仲間なので、仲間外れではないですよ」
……そっちで仲間にしないで! 兄弟の仲間に入りたいんだよ!
おおぅ、と嘆いていると、オルドナンツが飛んできた。オルドナンツがお茶やお菓子の上に降り立たないように、全員がテーブルの外に腕を差し出す。オルドナンツはわたしの腕に降り立つ。
「ハルトムートです。ローゼマイン様を中央へ出すというのはどういうことか、とライゼガングの古老達が城へ押し寄せてきました。アウブの留守を狙ったのかもしれません。これからフロレンツィア様がお一人で対応されるようですが……タイキョウでしたか? あまり良くないと思われます」
そして、ハルトムートの言葉を三回繰り返して黄色の魔石に戻ったオルドナンツを睨むようにして、ヴィルフリートが「父上の留守を狙って、母上に抗議に来るとは……」と唸る。養父様達はライゼガングで一度休憩をしてアーレンスバッハへ向かったので、古老達は養父様達がいないのは承知の上で来たということになる。
わたしはシュタープを出して、コンコンと軽く黄色の魔石を叩いて「オルドナンツ」と唱える。
「ハルトムート、誰がライゼガングの貴族達に領主会議の様子を知らせたのか調べてください。ライゼガングの言動を煽っている者が必ずいます」
ブンとシュタープを振ると、白い鳥はハルトムートのところへ飛んでいく。壁にすぅっと消えたオルドナンツを睨んでいたヴィルフリートが憤然と立ち上がった。
「母上のところへ行くぞ」
「はい、ヴィルフリート兄様。わたくし達が代わりに対応しましょう。ライゼガング系の貴族はどう考えてもお腹の赤ちゃんによくありません」
わたしも椅子から滑り降りる。ヴィルフリートがコクリと頷きながら、どうすれば良いのか、と動揺しているシャルロッテとメルヒオールに視線を向ける。
「シャルロッテとメルヒオールは母上を別室に連れていき、ライゼガングから離せ。私とローゼマインで彼等を追い返す」
「……大丈夫なのですか、お兄様? 今までにたくさん嫌な思いをしたのでしょう? それに、ライゼガング系の貴族とのこれから先の対応を考えれば……」
不安そうに、心配するように言葉を連ねるシャルロッテの肩をヴィルフリートは軽く叩いた。
「シャルロッテ、私はもう次期アウブではない。彼等の協力を取り付ける必要もなければ、甘んじて暴言を受ける意味もないのだ。私が矢面に立つので、其方はこれを好機と捉え、ギーベ・ライゼガングにどのように抗議し、協力を取り付けていくのか考えよ。その方が得意であろう?」
「お兄様……」
わたしはヴィルフリートが役割分担の話をシャルロッテやメルヒオールとしているうちに、盗聴防止の魔術具を止めて側近達を呼んだ。何事か、と入ってきた側近達にライゼガング系の古老達の来訪を知らせる。
「レオノーレ、お母様とギーベ・ライゼガングとおじい様に知らせてくださいませ。それから、アンゲリカ。領主候補生の護衛騎士を全員集めてください」
「はっ!」
別室に側近達や自室で待機していた護衛騎士達が慌ただしく集合し始める。物々しい雰囲気に息を呑むメルヒオールとシャルロッテについてくるように言いながら、ヴィルフリートがわたしに向かって手を差し出した。
「行くぞ、ローゼマイン。父上の留守に勝手な振る舞いはさせぬ」
「えぇ、ヴィルフリート兄様。粛清で政敵がいなくなったとはいえ、ちょっと浮かれすぎで増長が過ぎていますよね? 今後のためにもこの機会にガツッと叩いておきましょう」
わたしがニコリと笑ってヴィルフリートの手を握る。
「自分達が担ぎ上げているライゼガングの姫が一番怖いと思い知れば良いのだ」
「どういう意味ですか!?」