Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (574)
トロンベ狩りと星結びの儀式
「これは素晴らしい。とても勉強になります。高価な素材をなるべく使わず、魔力の消費を抑えて品質を上げていく手腕は、やはり経験の差が大きいようですね」
わたしがお手紙から書き写したフェルディナンドの改良レシピを見て、ハルトムートは感嘆の溜息を吐いた。ハルトムートやクラリッサでは気付かなかった素材や手順を用いることで、最高品質の魔紙の調合に必要な魔力と経費を大幅に下げているらしい。
「その分、調合の手順は増えているし、必要な素材の種類も増えているではありませんか」
フェルディナンド改良版レシピはちょっと手間がかかる。わたしのレシピの方が速くできるよ、とアピールすると、ハルトムートは苦笑した。
「魔力の豊富なローゼマイン様と違って、私やクラリッサが作るのであれば、フェルディナンド様のレシピの方が断然速く作れます」
わたしのレシピには絶対に必要な金粉を量産するのに時間がかかりすぎるし、回復薬がなければその次の工程に移れない。金粉だけではなく、回復薬の素材や調合が必要になるため、わたしのレシピはとても他の人に作れないそうだ。
「ローゼマイン様のレシピではろくに補助もできませんが、素材を丁寧に組み合わせて品質を補っていくフェルディナンド様のレシピならば、我々も多少のお手伝いができます」
フェルディナンドの改良版でようやく上級文官がところどころ手を出せるレベルの魔力量の調合になるらしい。わたしのレシピがいかに魔力を消費する物であるのか、そして、フェルディナンドがいかに面倒な物を頼んできたのかよくわかった。
「このレシピによると、最後の合成はフェルディナンド様がなさるようですね」
レシピを覗き込んできたクラリッサがそう言った。よくよく見てみると、フェルディナンドが求めているのは、最後の合成の一歩手前までのようだ。最高品質の魔紙三百枚ではなく、それを作るための魔紙を準備してほしいらしい。
「最後の合成を自分の手で行った方が、魔力面でも素材面でも効率的だと判断したのでしょう。ローゼマイン様の口添えで工房を得られたから変更したのではありませんか?」
ハルトムートの言葉にわたしは頷く。最後の合成を自分で行うことで必要な不燃紙の量に変化が出る。自分の工房をアーレンスバッハで得られたので、大事な工程はフェルディナンドが自分の手でできるようになった。そのため、指示に変化が出たようだ。
「不燃紙は高価で希少ですから、費用の削減のためにはできるだけ使用量を減らしたいですものね」
クラリッサがそう言いながら、工房に保管されている不燃紙に視線を向ける。フェルディナンドが指定した量を作ろうと思えば、今ある分では足りない。
「プランタン商会にある不燃紙はローゼマイン様が全て買い取ったのですよね? 足りない分はどうするのですか?」
プランタン商会でしか購入できない物を全て買い漁ったのに、どのようにして手に入れれば良いのかしら、とクラリッサが呟く。わたしはきょとんとクラリッサを見た。
「どうするも何も……ないなら作ればいいではありませんか」
「素材が希少だそうですけれど、どうするのですか?」
驚きの顔でクラリッサが尋ねてきたけれど、わたしはニコリと微笑んで首を横に振った。ここで全て答えるつもりはない。
「今はまだ秘密ですし、秘密を守れる者にしか教えるつもりもありません。それより、早く片付けてしまいましょう。材料を揃えなければ調合はできませんもの」
わたしはグレーティアと一緒にレティーツィアから贈られた物を仕分けしていき、手紙や料理のレシピを見ながら調味料や香辛料の味見を少しずつしていく。ハルトムート達は次に調合する時にわかりやすいように素材の配置を考えながら片付けていった。
「ローゼマイン様、こちらの素材は片付け終わりました。この後はどうされますか?」
「神殿へ戻ります。星結びの儀式の準備も必要ですし、引継ぎを急がなければならないのに、わたくしとハルトムートがいつまでも神殿に戻らなければメルヒオール達が困るでしょう?」
あまり長いこと神殿を空けるわけにはいかないのだ。わたしは隠し部屋で書き上げたお手紙の返事をユーディットに城へ届けてもらい、調味料や香辛料、アーレンスバッハのレシピなどは神殿の厨房へ運んでもらうことにする。
「こちらの調味料でまた新しい料理を考えられるのですか?」
「えぇ。少しずつ味見しただけですけれど、新しい味ができそうです」
香辛料を混ぜれば一味足りないカレーっぽい物ができると思う。足りない一味を何で補うかで頭を悩ませることになりそうだけれど、ちょっと楽しみでもある。
……じっくり悩める時間があればいいんだけどね。
神殿に戻ると、わたしはフリッツを呼び出して星祭りで拾われる前にタウの実を拾ってきてもらえるようにお願いした。星祭りの後になると、森の中でタウの実を拾うのが難しくなる。
「あと五十枚は必要なのです。タウの実は余裕を持って拾ってきてください。それから、タウの実の採集に向かう時は魔術具を持った子供達を除いてください。森で何か起こったら困りますから」
タウの実を拾うという目的で森へ行って、怪我をして血でも流れたら大変なことになる可能性がある。目の届く神殿内ならばともかく、森で何か起こったら大変だ。
「では、工房で紙作りをする者と森へ行く者を分けましょう」
「えぇ、よろしくお願いします。にょきにょっ木を狩る時も貴族の子は出さないようにしてください。わたくし、にょきにょっ木について広く知らせるつもりはないのです」
「かしこまりました」
……わたしと同行するのは名捧げ済みの側近達かな。
フリッツは優秀なので、お願いした三日後にはタウの実が準備されていた。わたしは名捧げ済みの護衛騎士であるマティアスとラウレンツ、それから、どうしても同行すると言い張ったハルトムートを連れて、久し振りに孤児院の裏側へ行った。下町に繋がる門がある裏側に来ると、そのまま下町へ出たくなってしまう。門をしばらく見つめた後、わたしは灰色神官達がトロンベ狩りの準備をしているところへ向かった。
籠に詰まったタウの実や灰色神官が中心になって
鉈
のような刃物を持っている光景は、わたしにとって別に珍しい物ではないけれど、マティアスやラウレンツにとっては灰色神官が武器を持っているという状況が珍しく思えるらしい。
「ローゼマイン様、これは何ですか? 何をするのでしょう?」
「これはにょきにょっ木の実で、不燃紙の材料なのです。これから、素材を狩るのですけれど……これから見る光景、ここで得た情報は決して口外しないでください。これは命令です」
わたしが名捧げ組に秘匿を命じると、全員が一瞬ピクリと動いた。多分、魔力的な縛りが何かあったのだと思う。三人が神妙な顔でコクリと頷くのを確認してから、わたしは灰色神官達のところへ近付いた。
「フリッツ、準備は良いですか?」
「はい、ローゼマイン様。子供達は孤児院で作業をさせているので、こちらへ来ることはないでしょう」
フリッツの言葉にわたしは「助かります」と頷き、刃物を持った者ばかりがいる周囲を警戒しているマティアスとラウレンツを見上げた。
「では、マティアスとラウレンツは、わたくしがこの実を投げたらすぐにわたくしを抱えて後ろに下がってください。ハルトムートは後方、少なくとも白い石畳の上で待機ですからね」
交代でわたしを抱えて後退させる役を護衛騎士の二人に頼み、わたしはラウレンツと一緒に白い石畳と土が剥き出しになっている境目に立った。ここから投げれば、タウの実は絶対に土に落ちる。後ろに投げない限り、失敗することはない。
周囲には刃物を構えた真剣な眼差しの灰色神官達がいるため、ラウレンツが周りを見ながら護衛としてかなり緊張した顔になっている。けれど、彼等の視線はこれから現れるにょきにょっ木に向けられているだけだ。
わたしは準備されている籠に手を伸ばし、両手に一つずつタウの実を握った。魔力が吸われていくのがわかる。昔よりも流れる量が少ないように感じるのは、わたしの魔力が増えたからだろうか。
ぶよぶよだった実にぼこぼこと種ができていって、硬くなってきた。発芽寸前のわずかな熱を感じた瞬間、わたしは「ていっ!」と力いっぱいタウの実を投げる。
「いっけぇ、にょきにょっ木!」
「なっ!? トロンベ!?」
同行した三人を驚かせたトロンベ狩りはあっさりと終わった。体力、魔力共に増えているわたしには発芽させるのもそれほど負担ではなく、必要な分の枝が得られたのだ。
「トロンベがこんなに簡単に狩れるなんてあり得ません」
「騎士は黒の武器でなければ狩れないと言われているのですが……」
平民が軽々とトロンベを倒したことにマティアスとラウレンツがショックを受けているが、伸び始めた枝を切っただけである。そこまでショックを受けるようなことではない。
「騎士達が狩るのは平民達の手に負えなくなったトロンベだけですし、成長してしまった時は黒の武器でなければ倒せないので、頭を抱えるようなことではありませんよ」
「それにしても、ローゼマイン様はどうしてこのことを秘密にするのですか?」
内密にしなければならない理由がよくわからない、とラウレンツが首を傾げる。タウの実がトロンベになることを騎士団に告知して、タウの実を危険がないうちに潰してしまった方がよいのではないか、と提案する。
「タウの実を下町の平民が総出で拾って投げ合うお祭りがあるので、今のままでも大した不都合はありません。騎士達がタウの実を全て潰すために下町の森を荒らして回ったり、下町の皆が楽しみにしているお祭りがなくなったりする方が困ります」
仮に、騎士が潰すことにして星祭りの投げ合いがなくなった後で騎士が拾いに行けない事情ができれば、森はトロンベだらけになる可能性もある。今のままで上手く回っているのだから、余計なことをする必要はない。下町の森のタウの実は下町の者が回収してくれるので、任せておけばよいのだ。
「平民達が拾い損ねて、森の獣達に潰されずに残って成長した物だけを騎士団が討伐するので問題ないと思っています」
「ですが、魔力の多い身食いがいれば、大混乱になる恐れがありませんか?」
ハルトムートの懸念をわたしは首を振って否定した。
「タウの実を発芽させるには魔力がたくさん必要になります。そうですね。貴族院で魔力圧縮を学んだ下級貴族の成人ならば発芽させられるでしょう。でも、そのくらいの魔力を持っている身食いは滅多にいませんし、この白い石畳の上では発芽しないのです」
そんなに魔力のある身食いはお祭りに出られるような年齢になる前に死んでいるし、街の中で投げ合う分には別に危険はないのだ。
「今の孤児院は貴族の子が多いですから、何らかの拍子に発芽させる可能性もあります。危険ですから、わたくしは自分がいなくなった後の孤児院でにょきにょっ木狩りをさせるつもりはありません。兵士や下町の者が森で得た若い枝をプランタン商会に売ってもらえるように兵士達を通じて周知してもらうだけに留めるつもりです」
高価な商品なので孤児院で狩れるのが良いが、安全第一である。危険はなるべく排除するつもりだ。それに、魔術具を持っていて、貴族を目指す子は回復薬を使ってでも魔術具に魔力を溜めなければならないのだ。トロンベ狩りに魔力を使っている場合ではない。
それに、貴族を目指せない子の魔力では発芽させることができない。それはディルクが去年まで星結びの儀式の日に皆と一緒に遊んでいて発芽しなかったことからも明らかだ。魔力圧縮の方法を教えられない孤児院の子供達ではトロンベを発芽させることもできない。大人になれば一つくらいは発芽させられるようになるかもしれないという程度である。
貴族院で学び、貴族として神殿へ戻ってきたディルクならばできるかもしれないけれど、トロンベ狩りに魔力を使える状況ではないはずだ。
昔、トロンベを身食いが生きていくための魔術具代わりにしようとした時にベンノに言われたあれこれも頭に浮かんでいる。けれど、それは口に出さずにわたしはフリッツを振り返った。
「では、フリッツ。孤児院のにょきにょっ木狩りは今日で終了です。次からはたまたま森で遭遇した時に狩るか、たまたま狩った人達から買い取るかのどちらかです。大きな収入源になるので多く欲しいのですけれど、安全が一番ですもの。……これを使った紙ができたらプランタン商会を通して買い取りますから部屋に届けてくださいね」
「かしこまりました、ローゼマイン様」
神殿内のトロンベ狩りが終わればまもなく星結びの儀式だ。午前中は神殿で行われ、午後は城へ行かなければならないのだから忙しい一日になる。
当日の朝からわたしは神殿長の儀式服に着替え、儀式を行う。礼拝室に入って壇上に上がると、ザックの姿が見えた。黄土色っぽい晴れ着を着ているところから察するに、秋生まれのようだ。隣にいる春の貴色をまとった子が花嫁だろう。髪飾りは自分の貴色とザックの貴色を取り入れた物になっている。
ルッツ達から聞いていた情報によると、彼女はザックより三歳下の幼馴染らしい。控えめだがしっかり者で、新しい物や興味が向く物に没頭するザックの発想力を褒めながら、ずっと支えていた子だそうだ。別の町へ行くと、彼女に何を持って帰るのか、考えるのがザックの楽しみだったらしい。
春から秋の間は別の町へ行ってしまうザックを心配していた彼女に、彼女の両親はいい加減に結婚するか、きっちり別れて別の相手と結婚するか選べ、と迫ったそうだ。彼女と別れる気はさらさらないザックがすぐさま結婚を決めて、今日の儀式になったそうだ。
……ザック達に幸せが降り注ぎますように。
控えめに、控えめに、と注意していたけれど、いつもよりちょっと多めの祝福が飛んでしまった。これくらいならばご愛敬で済ませられる程度である。天井付近で弾けた黒と金の光を見上げながら、わたしは次の儀式のことを考えて冷や汗を垂らしていた。
……次の儀式、トゥーリの成人式なんだよね。大丈夫かな?
午後からは貴族街へ移動して星結びの儀式だ。星結びの儀式の後には未婚の成人が結婚相手を探す宴もある。コルネリウス兄様やハルトムートはすでに婚約者がいるので、婚約者と二人揃って出席する。そして、相手がいない友人に異性の友人を紹介したり、意中の者がいる者を無責任に応援したりするそうだ。
城へ移動する際のレッサーバスの護衛として乗り込んでいるダームエルが助手席で項垂れている。わたしの成人側近で相手がいないのはダームエルだけだからだ。毎年、「今年こそは……」と気合いを入れていたのだけれど、今年は気合いも入らないらしい。
「私にはもう結婚は無理です、ローゼマイン様」
今まで何年間もエーレンフェストでは見つからなかったし、中央へ出れば下級貴族がほとんどいないらしいので結婚は絶望的だ、とダームエルは呟く。
「独身でも良いではありませんか。本があれば生きていけますよ」
「ローゼマイン様は本があれば満足かもしれませんが、私は普通の結婚がしたいです。周囲が幸せな結婚をしている者ばかりで羨ましく思います」
一番身近に接する側近達はラブラブで、同い年の友人達も既婚者ばかりだそうだ。もう数年で仲の良い友人の子供が洗礼式を迎えるらしい。ちなみに、そういうことを側近達の間で漏らすと、全く悪気のなさそうな笑顔で「私の子供が洗礼式を迎えてもダームエルは独身でいそうですね」と言われるらしい。
……ハルトムート!
「それに、結婚しなければ中央へ行けません」
「……そんなに結婚したいならば、フィリーネが成人するのを待つしかありませんね」
「ローゼマイン様、私と結婚をするつもりはない、とフィリーネからは面と向かって言われています。命令するような可哀想な真似は止めてください」
キリッとした顔ではあるが、ダームエルが心なしか落ち込んだ声でそう言った。同じ立場の先輩に懐くのと将来の伴侶として考えるのは別物だ、と自分に言い聞かせるように言っている。
「それはコンラートを引き取る手段の一つとして結婚を挙げた時のことですか?」
「……そうです」
やっぱり振られたとダームエルは解釈していたらしい。フィリーネから話を聞いた時は裏で様々に調整できるダームエルがカッコいいと思ったのだが、今の姿を見るとフィリーネの目は大丈夫なのか、ちょっと心配になってしまう。
「フィリーネはダームエルに庇われる妹のような立場ではなく、隣を歩いていけるような一人前の女性になりたいのですって。そうしたら、自分からダームエルに求婚したい、とフィリーネは言っていましたよ」
「えっ!? フィリーネから私に求婚ですか!?……いや、騙されませんよ。さすがに」
ダームエルが一瞬期待の表情になり、直後に警戒し始める。そんなに結婚関連で騙されたことがあったのだろうか、と心配になるくらいだ。
「わたくしは別に嘘なんて吐いていません。でも、ハルトムートに求婚したクラリッサを参考にする、とフィリーネは言っていました。将来、ダームエルは足払いを受けてメッサーで脅されるような求婚を受ける可能性があります」
「それは嘘だと言ってください!」
「わたくし、嘘は吐いていません」
そんな、と頭を抱えて呻くダームエルだが、絶望的だとしょぼくれていた時よりはずいぶんと元気になったと思う。
「時期を見て、求婚される前にダームエルから求婚しても良いと思いますけれどね」
脅し求婚が怖ければ、先にダームエルから動けばよいのだ。わたしが小さく笑いながらそう言うと、ダームエルはわたしの様子を窺いながら口を開いた。
「ローゼマイン様は……私にどうしてほしいですか?」
「どうというのは何ですか? フィリーネの求婚を受けても、フィリーネに求婚しても構いませんよ?」
「違います。私の移動についてです。リーゼレータには中央へ来てほしいとお願いしたのですよね?」
リーゼレータを引き合いに出しながら、ダームエルが問いかける。
「中央へ行ったところで下級騎士である私が役に立つのか、ローゼマイン様に不利益にならないのか、判断に困っているのです。ローゼマイン様は私にどうしてほしいですか?」
領主の養女の護衛騎士でもダームエルは散々陰口を叩かれてきた。わたしが幼いから長い付き合いの者は手放し難いのだろう、と周囲から言われていたけれど、中央へ行く頃にはわたしの見た目は年頃の少女のものになっている。わたしが独身の下級騎士を故郷から連れてきて重用するのは、変な噂を招きかねないそうだ。
「私が結婚していれば違ったのですが、今の私ではローゼマイン様にとって良くない結果を招くと思われます。私が中央へご一緒することで役に立つことがございますか?」
ダームエルはそう言って肩を落とした。
「わたくしの側近はダームエルがいた方が上手くまとまるのです。微弱な魔力を探る手腕も買っていますし、騎士でありながら書類仕事が得意なところも美点だと思っています。……それに、側近の中で一番長い付き合いなので、一緒にいてくれると心強いです」
「そ、そうですか……。恐れ入ります」
少しばかり照れたようにダームエルは頬を掻く。こっちも照れくさくなるので止めてほしい、と思いつつ、わたしは先を続ける。
「でも、フィリーネは成人するまでエーレンフェストに残しますし、引継ぎ期間が短い神殿関係は心配でなりません。印刷関係もわたしが不在になってからも下町の者達と上手くやっていけるのか不安に思っています。ですから、ダームエルにいてほしいと思う気持ちもあるのです」
神殿でフェルディナンドの教育を一番長く受けていること、ヘンリックを助けながら印刷関係を軌道に乗せる助言ができること、孤児院長になるフィリーネを危険から守ること、中央での受け入れが決まるまで下町のグーテンベルク達を守ることなどを考えると、ダームエルは適役なのである。
「わたくしはできるだけ守るつもりですけれど、中央へ行っても、エーレンフェストに残っても、ダームエルは決して楽ではないでしょう。ですから、ダームエルに選択を委ねたのです。ダームエルがどちらを選んでも、わたくしは嬉しいですよ」
しばらく考え込んでいたダームエルは城に着く直前に顔を上げた。灰色の瞳にはハッキリとした決断の色が見える。
「ローゼマイン様、私はエーレンフェストに残ります」
フィリーネが本当に求婚してくることがあれば、成人したフィリーネと一緒に中央へ移動する。結婚できなければ、わたしの名誉を優先してそのままエーレンフェストに残るらしい。
「決断してくれて嬉しく思います。……でもね、ダームエル。求婚を待つより自分から求婚してフィリーネの心を奪うくらいのことをした方が男らしいというか、カッコいいですよ?」
ブリギッテのためになりふり構わず魔力圧縮をして、追いつこうと努力していたダームエルはカッコよかった。最終的には悲恋とはいえ、本になるくらいにカッコよかったのだ。
「きっとその方がフィリーネもお母様も喜ぶと思います」
「エルヴィーラ様の本になるのは一度で十分です!」