Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (575)
トゥーリの成人式
星結びの儀式の時、わたしは以前お母様に助言されたように、おじい様に盗聴防止の魔術具を渡して「皆には内緒のお願いですよ」とこっそりダームエルを預かってくれるようにお願いした。おじい様が快く引き受けてくれたので、大助かりだ。ダームエルに報告したら愕然とした顔で「非常に助かります」と喜んでくれた。
そして、星結びの儀式を終えて数日後、神殿に戻ったわたしはダームエルをメルヒオールのところへ連れていき、エーレンフェストに残ることを教えて、相談役にすることを提案した。おじい様の下に付くことになるけれど、フィリーネの補佐もするし、メルヒオールのお手伝いもできる。
「神殿のお手伝いをしてくださるのであれば、ボニファティウス様ではなく、私が受け入れても良かったのですが……」
「メルヒオールがダームエルを気に入って、返してくれなくなったら困りますもの。シャルロッテとメルヒオールが優秀な側近を得ようと、わたくしの側近を狙っているのでしょう?」
わたしが移動した後、エーレンフェストに残していくわたしの側近を自分達が取り込んでも良いのか、とシャルロッテに秘密裏に尋ねられたのだ。特に文官は上位領地にも認められる優秀さなので取り込みたいらしい。でも、成人後に移動する予定のフィリーネと、フィリーネと結婚して移動してくる予定(決定ではない)のダームエルを取られるのは困る。
「そうですか。残念です。では、ローゼマイン姉上の側近が神殿にいるうちに、私の側近を鍛えてもらうようにします」
メルヒオールが側近としての取り込みは諦めてくれたようなので、わたしは胸を撫で下ろして神殿長室に戻った。そして、移動後にわたしの側近を取り込むために水面下で妙な争いが起こっていることを自分の側近達に告げた。
「アウブ夫妻の仕事を手伝ったことで優秀さを広げてしまいましたからね。領主一族が取り込みたがるのはわかります」
他に知らせないように養父様が命じているので、表立っての交渉などはない。けれど、わたしが移動してしまうと、勧誘合戦が始まる可能性は高いそうだ。
「フィリーネ達にはローゼマイン様がいなくなっても、成人したらローゼマイン様に仕えることになっているということを示すような何かが必要かもしれませんね」
「レオノーレ?」
「ローゼマイン様の紋章や魔石の入った小物があれば、フィリーネ達も自分の主が誰なのか主張しやすいかもしれません。下級貴族に領主一族からの勧誘を断り続けるのは大変です」
上からの要望を断るなんて生意気な、と言われてもおかしくない。それはエーレンフェストから連れ出す予定の専属達も同じだ、とレオノーレは言った。
「誰がどのような無理難題を振りかけるかわかりません。ローゼマイン様がいらっしゃるうちに配って周知させておく必要があるでしょう」
平民達に配ったお守りとは別に、わたしの紋章が入った物を持たせておいた方が良いらしい。中央でわたしの専属なのだ、と主張するのにも役立つそうだ。
「アウブとの養子縁組は解消されるのですから、エーレンフェストの紋章ではなく、ローゼマイン様の紋章が必要ですね」
「わたくしの紋章ならばすでにあります」
ローゼマイン工房の紋章をそのまま使えば良い。あれは養子縁組を解消しても変わることがないわたしの紋章だ。本とインクと植物紙の材料である木と花の髪飾りからベンノやフランと一緒に考えたわたしだけの紋章。
「何に紋章を刻めば良いかしら?」
「普段から身につけられる物が一番良いと思いますよ。指輪やネックレスのように他者に奪われにくい物が良いのではございませんか?」
……奪われにくいって……まぁ、大事なことだけど。
「わたくし、一番加工しやすいのは魔石なのです。お守りを作った時に魔法陣を刻んだ要領で、紋章を刻めば大丈夫かしら?」
「えぇ、それで良いと思います。気を付けていただきたいのは、魔石の大きさですね。ローゼマイン様は側近にも専属にも同じ物をまとめて作るおつもりでしょうけれど、平民と貴族の差、専属本人とその家族では違いが必要になります。中央へ向かうならば厳しい目で見る方もいらっしゃるでしょう」
レオノーレの指摘にわたしはコクリと頷いた。正直、面倒な……と思ってしまったけれど、そういう違いが貴族達にとっては大事なのだ。
「ローゼマイン様、エーレンフェストに残る側近に配るのでしたら、わたくしのことも忘れないでくださいませ」
ユーディットが自己主張してきたので、わたしは苦笑しつつ了承する。
「魔石に紋章を刻むだけならば時間はかからないので、手早く終わらせてしまいましょう。フラン、ギルベルタ商会に連絡を入れてくださいませ。秋に向けた髪飾りや衣装の注文をしたいのです」
……トゥーリには成人式の前に渡すんだ。
うふふん、と鼻歌混じりに隠し部屋へ入って、わたしは側近、専属、専属の家族それぞれの魔石を選ぶ。エーレンフェストに残る側近の分はフィリーネ、ダームエル、ユーディットの分で良いだろうか。オティーリエやブリュンヒルデは後でついて来る予定がないので、わたしの側近であることを示す物などもらっても困るだろう。
グーテンベルク達はまだ誰が一緒に来てくれるのかわからないので後回しだ。トゥーリと母さん、それから、ロジーナ、フーゴ、エラの魔石を選ぶ。家族分は父さんとカミル、それから、エラの母親の分が必要になる。
フーゴの家族はエーレンフェストに留まるけれど、エラの母親は一緒に移動することを選んだそうだ。なんでも、エラに子供が生まれた後、なるべく早く職場に復帰できるように子供の面倒を見てくれるらしい。女給の仕事を辞めたがっていたので、今回の移動は渡りに船だったと聞いている。
……大きさと数はこれでいいよね?
わたしは自分の書字板を出して、華があってちょっと複雑な紋章をじっと見つめながら、シュタープをスティロで変化させて魔獣から作られた魔紙に魔力で描き写していく。一枚目が完成したところで、自分で準備した魔石の数を見ながら溜息を吐いた。何度も同じ紋章を描くのは大変だ。魔法陣の中には文字や記号も入るし、ちょっと歪んでも効果に違いはないので問題ないけれど、紋章は絵だけだ。ちょっとした歪みが非常に目立つ。
「この紋章、コピペできれば簡単なんだけど……。こう、タブレットを使ってた時みたいに指で始点と終点で範囲指定……できないものかな?」
わたしは何ということもなく、麗乃時代の感覚で魔紙の上を指先でトントンと叩いて始点と終点を指定する。自分の魔力が薄く広がり、自分が想像していた通りの範囲が魔力で指定された。
「うわっ!? できた!?」
薄い黄色の魔力が魔紙の上にある。これはもしかしたらこのままコピペができるかもしれない。感動に打ち震えながら、わたしは範囲指定されている部分を見つめる。
「もしかして、このままコピペできそう? やっちゃう? ……よし。『コピーしてペッタン』!」
わたしは気合いを入れて、範囲指定した部分を見つめながら指を動かす。紋章が分裂した。元の場所にある分と、わたしの指の動きに合わせて動く分の二つに分かれたのだ。そして、空白部分に動かして指でトンと移動先を指定すると、そこに紋章の二つ目ができた。
「すごい、すごい! これ、マジ便利じゃない?」
調子に乗って、わたしは必要な人数分のコピペを行う。魔石にコピペした紋章を魔力で刻み込めば完成だ。ついでに、別の魔石に魔力を注いで変形させ、紐や鎖を通すためにバチカン部分を作っておく。これで平民でも簡単に身につけることができる。
「あっという間にできちゃった」
わたしは自分の目の前に転がる紋章入りの魔石を見つめた。このコピペを使えば、写本がすごく楽になるになるはずだ。皆でコピペをすれば、次々と本の数を増やすことができる。これがあれば、本を持っていないジギスヴァルト王子と結婚するのも怖くない。離宮の図書室を本で埋めることもできるはずだ。
「皆で写本計画だよ! わたし、天才! いやっふぅ!」
うきうきで工房から出て、わたしは世紀の大発見を皆に教える。でも、何故か普通の紙ではコピペができなかった。魔紙に書かれた魔力のインクでなければ魔力の範囲指定ができなかったのである。
……のおおぉぉぉっ! 写本に使えないじゃん! 皆で写本計画が一瞬で消えちゃったよ!
ついでに、皆に教えようとした時に、最初に使用したことで登録されてしまった呪文が間違っていたことに気付いた。わたし以外の誰も気付かなかったので、仕方がない。ユルゲンシュミットにおいて、コピペの正式呪文は「コピーシテペッタン」になった。
……あああぁぁぁっ! 失敗した。わたしだってちゃんと知ってるのに! 正しくは「コピーアンドペッタン」だって!
何はともあれ、完成はしたのだ。できたてほやほやの紋章入りの魔石をその場にいたユーディットとダームエルとフィリーネに渡す。
「わたくしの紋章です。わたくしがいなくなった後、誰かに仕えるように言われた時に見せると効果的だそうです」
「恐れ入ります。……この紋章入りの魔石はハルトムート達にも配った方が良いと思われます。残る者や平民の専属に必要だから作ってくださったことは存じていますが、ぜひご一考ください」
ダームエルの言葉にわたしはハルトムート達が自分で魔石を準備してきた場合は紋章を刻むことを約束した。
ギルベルタ商会からコリンナとトゥーリが針子を連れてやってきたのは、紋章入りの魔石が完成して三日後のことだった。
「わたくしの移動に同行する専属とその家族に渡す紋章です。エーレンフェストにおける引き抜きを防ぐため、そして、移動先で誰の専属なのか明確にしておく必要があるそうなので、作りました。こちらが専属のトゥーリとエーファの分、そして、こちらが同行者のギュンターとカミルの分です」
「ローゼマイン様、これは……」
少し贔屓が過ぎるのではないか、と言いたげなトゥーリからコリンナに視線を移して、わたしはニコリと微笑んだ。
「コリンナ、他に同行する針子が決まった時は教えてください。その者の分も準備します。わたくしの専属料理人とその家族、専属楽師にはすでに渡しましたから」
「かしこまりました」
コリンナが笑顔で頷き、自分達だけではないことを知ったトゥーリはホッとしたように胸を撫で下ろす。わたしはそんなトゥーリの三つ編みをじっと見つめた。髪を下ろしているトゥーリはこれで見納めだ。夏の終わりの成人式以降は大人の女性として髪を上げることになる。
……胸も結構あるなぁ。わたし、まだぺったんなのに。
魔紙の調合や秋に行われるエントヴィッケルンのために魔力圧縮をきっちりしているわたしの体はまた成長が止まってしまった。魔紙作りとエントヴィッケルンが終わったら、また魔力を薄めにするつもりだ。
……成人式が近いってことは、そろそろ結婚相手も決まる頃かな? トゥーリが結婚……。結婚かぁ……。相手が誰か知らないけど、何か嫌だ! わたしのトゥーリが結婚なんて!
勝手に想像して、勝手に悔しくなってトゥーリの結婚相手になる男に想像の中でパンチする。わたしのトゥーリを奪っていくなら一発くらいは殴らせろ! という親父的思いが胸に浮かんだのだ。
「……ローゼマイン様、どうかされましたか?」
「い、いいえ。少し考え込んでしまっただけです。髪飾りのデザインは今まで通りトゥーリに任せますから、最高級の糸を使って作ってください。トゥーリの髪飾りを長く使いたいのです」
これから先、王の養女になっても付けられる品質の物を作ってほしい。身分に合わなくなって下げ渡さなければならなくなるのは悲しいのだ。
「トゥーリの成人式はもうじきですね。衣装や髪飾りは準備できたのですか?」
「はい。衣装は冬に母と、髪飾りは自分で作りました。ですから、実家からではなく、ギルベルタ商会から成人式に出ることになっています」
貧民街の実家から出るには衣装や髪飾りが豪華すぎるのだろう。両親とは神殿前で落ち合うことになっているらしい。久し振りに父さんと母さんの顔を戸口で見ることができそうだ。
……テンション上がってきた!
「わたくし、トゥーリのために特大の祝福を贈りますね」
「皆と同じでお願いします。あまり贔屓をするのは良くありません。先日の星祭りもグーテンベルクの結婚があったことで神殿長の祝福に偏りがあったと街では噂されていますから」
……うぐぅ。ちょっと多かっただけなのに。
とりあえず、皆と同じで、と釘を刺されてしまった。わたしが気分に任せて祝福をしたら間違いなく偏りが出る。本気で対策を練らなくてはならないようだ。
わたしは図書館の工房で少しずつ魔紙の調合を進めながら、自分の側近達に祝福対策について尋ねてみた。
「祝福に使う魔力の量を調節するのですか? 一体何のために、でしょう?」
聖女らしくババーンと全開でやれば良いのに、と言うハルトムートとクラリッサは置いておく。皆に祝福を贈る神殿長が知人を贔屓するのも下町ではあまり良く言われていないようだし、わたしがやりすぎると後任のメルヒオールが苦労するのだ。それに、トゥーリから「皆と同じで」という注文が入っている。トゥーリに嫌な顔をされないように、皆と同じにしなければならない。
「気分に任せると勝手に祝福になるわたくしには祝福を抑えるのが難しいのですが、青色見習い達が見学するのですから、お手本になれる程度の祝福であることも大事なのです」
わたしの言葉に少し考えていたコルネリウス兄様が顔を上げた。
「魔石を使って祝福を行うのはどうでしょう? アーレンスバッハとの境界門で行われた星結びの儀式ではフェルディナンド様が取り出された魔石を使っていた記憶があるのですが……」
コルネリウス兄様の指摘によって、ランプレヒト兄様の結婚式では「やりすぎ防止」のために魔石を使ったことを思い出した。あの方法は確かに使えるかもしれない。護衛騎士として同行したレオノーレも「良い案ですね」と微笑んだ。
「魔石を使って祝福する様子を見せれば、メルヒオール様も同じように祝福できると思います。ローゼマイン様は魔力制限、メルヒオール様はローゼマイン様と同程度の祝福を贈るため、と目的は違いますが、魔石を使うことで祝福の量を調整することができるのではございませんか?」
コルネリウス兄様とレオノーレの言葉にわたしは目を輝かせた。魔石を使えば、トゥーリの願いを叶えて、同じような祝福ができないと悩むメルヒオールに解決策を示すことができて、何の失敗をすることもなく青色見習い達の手本になれる。完璧だ。
「素晴らしいです! 魔石を使いましょう」
そして、夏の成人式当日。わたしは自分より先に礼拝室に入場するハルトムートに魔石を渡した。何度か祝福の練習をして魔力を調節した魔石だ。これで祝福の量は問題ないだろう。
「この魔石を祝福の時に渡せば良いのですね」
ハルトムートと儀式の流れを再確認した後、わたしはハルトムートが礼拝室に入場するのを見送る。儀式を行う青色神官達が礼拝室に入場していくのを見ていたメルヒオールが「儀式に参加するのは初めてですから、少し緊張します」と呟いた。
「あら、今日は見学ですからそんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
今日は青色見習い達が儀式の見学を行う日でもある。今日は見学だけなので、青の儀式用の衣装を着た見習い達は横の壁際に並んで立っているだけだ。騒がなければそれで良い。
「収穫祭で自分が儀式を行うと思えば、どうしても緊張してしまうのです」
メルヒオールの言葉に青色見習い達が揃って頷いた。秋の収穫祭で失敗するわけにはいかない、と気を張り詰めているのがわかる。ただでさえ、犯罪者の子として冷たい視線を向けられるのに、失敗を重ねるわけにはいかないそうだ。
「緊張感は大事ですけれど、今から緊張していたら体がもちませんよ。今日は大騒ぎさえしなければ良いのです。肩の力を抜いてくださいませ」
声をかけたところで緊張は然程解れなかったようだ。いつも通りの笑顔を浮かべようとしているけれど、どことなく強張った顔でメルヒオールを先頭に青色見習い達が礼拝室に入っていく。
皆を見送ってしばらくすると、「神殿長、入場」と扉が開いた。
わたしは聖典を抱えて礼拝室に入場する。壇上で一番に探したのはトゥーリだ。正確に言うならば、他は目に入らなかった。わたしと目が合ったトゥーリがフフッと笑いながら少しだけ顔を横に向ける。
……きゃあ! トゥーリ、美人!
今までは三つ編みにして背中に揺れていた青緑の髪が結い上げられている。そして、唇に紅が引かれている。それだけでトゥーリは一気に大人の女性になっていた。側面の髪を編み込みにしているせいだろうか。周囲の女性より髪型が凝っているように見えた。
トゥーリの髪を飾るのは自作の髪飾りだ。上達したトゥーリの手で作られているので、成人式に臨む女性達の中で一番綺麗に見える。そして、左右から二つ差し込まれているので、非常に目立っている。ただ、髪飾り自体は決して派手な物ではない。小ぶりの花がいくつもついていて、清楚な雰囲気が出ている。
その花に使われている色合いは、わたしがトゥーリの洗礼式のために準備した初めての髪飾りと同じだった。花の形、糸の質、作った人の腕前が全然違うので、同じ物には見えない。けれど、側面を編み込みにした髪型と同じ色合いの髪飾りは明らかに洗礼式の時を意識しているのがわかる。家族皆で一緒に作り上げた髪飾りが原点だったことを思い出させてくれる。
青の晴れ着は下町で浮かないように、そして、これから先も着られるように青のシンプルなワンピースだ。けれど、周囲が単色に刺繍している晴れ着をまとっているのとは違って、母さんが染めた布を使っている。トゥーリに似合うように合わせているので、わたしが持っている衣装とは花の柄や色が違うけれど、同じようなグラデーションを用いていた。ちょっとお揃いっぽくて嬉しい。
トゥーリの指が胸元に移動した。そこにはわたしがあげたばかりの紋章入りの魔石が輝いている。トゥーリの誕生季に合わせて青の魔石をあげたので、衣装と重なって見えにくかったようだ。
……あぁ、もう、なんか嬉しくて泣きそう。
涙を堪えるためにも、わたしは周囲に視線を向ける。ピンクの頭が見えた。あれはもしかしたらフェイだろうか。確かトゥーリと同じ時に洗礼式をしたはずだ。あの隅に青色見習い達が並んでいる。わたしが失敗する姿を見せるわけにはいかない。
そんなふうに敢えてトゥーリから意識を切り離しながら、わたしは成人式を行う。ハルトムートから受け取って祝福を与えた。
「火の神 ライデンシャフトよ 我の祈りを聞き届け 新しき成人の誕生に 御身が祝福を与え給え 御身に捧ぐは彼らの想い 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん」
魔石から青の光が飛び出し、祝福となって新成人達に降り注ぐ。トゥーリの注文通り、皆と同じくらいの祝福の成人式だ。トゥーリはホッとしたように降り注ぐ祝福の光を見上げ、その後で「よくできました」というようにわたしに向かって微笑んでくれた。
……やったよ、わたし。
儀式が終わると、礼拝室の扉が開かれる。その扉の向こうには予想通り、父さんと母さんの姿があった。洗礼式を終えていないカミルはやはりお留守番のようだ。
残念だな、と思っていたら、父さんと母さんも自分の首元から革の紐で下げられた紋章入りの魔石を笑顔で見せてくれた。ニカッと笑った父さんが「ちゃんとついて行くからな」と言ってくれているのがわかる。
家族全員を移動させるのはわたしの我儘だ。わたしと家族の関係を知っている者は皆無ではないし、ハルトムートが調べられたのだ。他の誰かが突き止める可能性はある。エーレンフェストに置いておくと、どういう形で利用されるかわからない。わたしは家族を利用されたらどのように暴走するのかわからないから、自分が手を伸ばせる範囲に移ってもらうことにした。わたしの我儘だけれど、わたしの家族はそれを当たり前の顔で受け入れてくれた。
嬉しいと大好きが胸に渦巻き、魔力が膨れ上がる。まずいと思った時には遅かった。パァッと青の光の祝福が、儀式の時とは比べものにならない量で降り注ぐ。
「な、何だ!?」
扉から退場していた新成人達がビクッとして振り返り、片付けを始めようとしていた神官達が「うわっ!?」と驚きの声を漏らす。壁際に並んで見学していた青色見習い達はポカンと口を開けて祝福の光を見つめていた。
バッと勢いよく振り返ったトゥーリの視線が痛い。青い瞳は雄弁に「何やってんの、マイン!」と怒っている。
……ごめんなさい、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの!
あわあわしながら、わたしは必死で言い訳を考える。けれど、真っ白になった頭では碌な言い訳が浮かばない。
「……お、おまけの祝福で……あ、いえ、違います。見学している青色見習い達に、魔石を使わない祝福の手本を見せようと思いまして……。ほほほほほ……」
「素晴らしいお手本でした、ローゼマイン様」
感動の顔をしているハルトムートの言葉は果たしてその場にいる皆にとってフォローになったのだろうか。なっていないと思う。父さんと母さんは笑いを堪えるような顔になっているけれど、トゥーリの顔は怖いままだ。
最後の最後に失敗して、トゥーリの成人式は終わった。