Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (576)
アウブの面接とエントヴィッケルン
秋の洗礼式は失敗なく終え、その後はエントヴィッケルンのための魔力を溜めるために城へ何度か足を運んで魔力供給をした。ブレンリュース入りのおいしい回復薬はないので、優しさ入りを常用しながら魔力を溜めている毎日だ。
そして、収穫祭の準備で神殿内がバタバタとし始めた。馬車や荷物の手配、連れていく側仕えの選別、農村で行う儀式の確認など、初めての収穫祭のために入念な準備をしている青色見習い達の姿がある。
秋の収穫祭は徴税のための文官が同行するので、旧ヴェローニカ派の子供達があまり嫌な思いをしなければよいと思っている。一応文官には釘を刺すつもりではあるけれど、目の届かないところではどうしようもないこともあるのだ。誰がどこへ向かうのかを決める会議が行われ、青色神官と青色見習いの組み合わせが決められる。
「孤児院長の後任としてフィリーネが青色巫女見習いになりましたが、収穫祭には行かないのですか?」
メルヒオールにフィリーネを収穫祭に向かわせるかどうかを尋ねられ、わたしは「行かせない」と答えた。
「えぇ。フィリーネにはわたくしの部屋や側仕えを下げ渡すつもりで後任になってもらいました。今は共有状態ですから、フィリーネが収穫祭へ行くための側仕えや専属料理人がいないのです。それに、未成年ですし、他の青色見習い達と違って収穫祭に参加しなければ冬が越せないわけではありませんから」
今回未成年の青色見習い達を収穫祭へ派遣するのは、人数不足もあるけれど、彼等の冬支度のためには絶対に必要だからだ。そうでなければ、未成年を神事に派遣しない。ちなみに、メルヒオールは領主候補生なので、青色見習いでなくても直轄地を回ることになるため別枠だ。
「神殿に全く人がいないという状況を避けるためにも、フィリーネを収穫祭には出さず、留守番を任せるつもりです」
そんな話をしていると、オルドナンツが会議室に飛び込んできた。白い鳥がわたしの前に降り立つ。そして、養父様の声で喋り始めた。
「少し時間ができたので、三日後に面接を行う。冬に貴族として洗礼式を迎える子供についての報告書を提出せよ」
青色見習い達が同じ言葉を三回繰り返すオルドナンツをじっと見つめる。孤児院に兄弟のいる子もいるので、孤児院から貴族になる子がどのような扱いになるのか気になるだろう。
「孤児院から今年の冬に貴族として洗礼式を受ける年齢の子供は二人です。報告書は城に戻るローデリヒに持たせますので、よろしくお願いします」
わたしはそう言って養父様のオルドナンツを返した。今年の冬に貴族として洗礼式を受けられる可能性がある子供はベルトラムとディルクだけだ。同じ年の子供はいたけれど、一人は親元に帰っていて、もう一人はハルトムートの面接で落とされて魔術具を得られなかった。貴族として洗礼式を受ける資格がないのだ。
収穫祭に関する話し合いを終えると、わたしは神殿長室に戻った。そして、モニカを使いに出してヴィルマに面接の日時の連絡をして、二人に関する報告書を受け取ってくるようにお願いする。それから、オルドナンツで訓練中のラウレンツを呼びだした。弟のベルトラムが洗礼式を受けられるかどうかが決まる大事な面接が行われるのだ。兄として言葉をかけたいのではないかと思ったのである。
わたしがヴィルマからの報告書を読んでいると、すぐにラウレンツはやってきた。
「ローゼマイン様、面会の日時が決まったとオルドナンツが……」
「えぇ。そうです。孤児院へ行って、ベルトラムに声をかけてあげてください。親のない子としてアウブを後見人にして洗礼式を受けるのですから、洗礼式の後は世間的に兄弟と認められることはありません。それでも、できるだけ気にかけてあげてほしいと思っています」
洗礼式で親が決まる貴族社会の慣例で考えると、ベルトラムは親のない子になる。世間的にはラウレンツの弟ではなくなる。孤児院に入った時点で「弟ではないでしょう」と言われるのが当然の社会だ。
「成績優秀であると認められること。そして、復讐心などの思想の問題がなく、アウブ・エーレンフェストに仕える意思がある者でなければ、貴族として洗礼式を受けることができません。ヴィルマの報告書によると、ベルトラムは成績や生活態度には何の問題もありません」
「そうですか」
ホッとしたように胸を撫で下ろすラウレンツに「でも、思想に関してはわかりません」と言う。孤児院では良い子にしようと頑張っているようだけれど、アウブへの恭順を示すかどうかわからない。
「両親を捕らえ、自分を孤児院に入れたアウブに対して何のわだかまりもなく仕えるのは難しいと思います。けれど、これから貴族として生きていこうと思えば、名捧げを強要されるでしょう。ベルトラムによく言い聞かせて、呑み込ませてあげてください」
両親の処刑に伴って名捧げをしたラウレンツが今はどのような生活をしているのか、養父様達に対してどのように感じていて、どのように感情を処理しているのか、教えてあげてほしいと頼む。貴族社会に戻ると考えているベルトラムが、少しでも自分の想像と現実の溝を埋められると良いと思う。
「洗礼前の子供達にお心を砕いてくださって感謝しています。とうに見捨てられていてもおかしくありませんから」
もっと助けることができればよいのだけれど、わたしの手が届く範囲は広くない。そして、手を伸ばしすぎるな、と何度も言われている。
……少しだけでも救えればいいんだけど。
「ローゼマイン様、ディルクに声をかけてあげなくても良いのですか?」
「えぇ。フィリーネ。ディルクはもう少しフェシュピールの練習が必要ですけれど、それ以外は問題ありません」
真剣に練習するようになったのが、魔術具を手に入れてからなので最近の話なのだ。孤児院の練習を時々見に行っているロジーナの報告によると、このまま真剣に行えば洗礼式のお披露目をこなすことはできそうだ、ということである。あまり心配していない。
「思想に関してはハルトムートが一度面接しているのです。あれだけ堂々とハルトムートに自分の意見を言えて、目標を定めているならば問題ないと思います。他の貴族の子達と違って、孤児院で生きていくのに領主一族の恩恵を受けていることを理解していますから、忠誠心も特に疑っていません」
むしろ、ディルクのことで心配なのは貴族として生きていく上で、貴族としての常識を身につけるためにどうするのかということだ。
「孤児院育ちのディルクに足りないのは、貴族としての常識や心構えです。できるだけ教えてあげてください。領主候補生であるわたくしではお手本になりません」
ディルクは旧ヴェローニカ派の誰かの子供で孤児院出身者と言われながら貴族として生きていかなければならないのだ。領主候補生としてわたしが知った貴族の常識よりは、下級貴族の生き方の方が役立つだろう。フィリーネは「頑張ります」と頷いてくれた。
「ダームエルも指導をお願いしますね。それから、ローデリヒ。ヴィルマの報告書を養父様に届けてください」
「かしこまりました」
そして、面接当日。養父様は護衛騎士、側仕え、文官を二人ずつ連れて神殿へやってきた。養父様は厳めしい顔でわたしを見た。
「私の役に立つかどうかが一番大事なことだ。役に立たぬ者のために手間をかける気はない。命は救ったのだから、それ以上の扱いについて其方は口を挟まぬように」
わたしが彼等を可哀想だと考え、救ってあげたいと思うラインや基準が貴族社会からずれていることは知っている。連座から救ってくれただけで十分なのだ。それは、フェルディナンドを連座から救うのが非常に難しいことからもよくわかる。
「旧ヴェローニカ派の子供達をどのように取り込むかは領主一族にとって大事なことだと存じています。彼等の命を救ってくださった以上、わたくしは養父様がどのような判断をしても文句など言いません」
「……そうか。わかってくれているならば良いのだ」
養父様は少しだけ肩の力を抜いてそう言った。
そして、面接は始まる。ディルクとベルトラムとヴィルマが連れて来られ、最初にヴィルマが二人について報告をする。報告書を受け取っていた養父様は軽く頷きながら聞いている。緑の瞳に真剣な光を宿してディルクとベルトラムを見比べながら。
「なるほど。二人ともよく努力したようだな。成績はとても優秀だ。……洗礼式までにディルクはフェシュピールをもう少し練習した方が良いようだが、ベルトラムは成績に関しては何の問題もない」
そこで言葉を一度切って、ディルクを見つめる。
「ディルク、其方は犯罪者である旧ヴェローニカ派の誰かの子供と認識されて貴族社会で生きていくことになる。かなり辛い生活になると思うが、それでも貴族になることを望むのか?」
ディルクは黒に近い焦げ茶の目を輝かせて大きく頷いた。
「望みます。私はローゼマイン様がしてくださっていたように孤児院を守るための権力が欲しいのです。それは孤児では得られません。どんな辛い思いをしても貴族になりたいです」
ハルトムートの面接で語っていたように、ディルクは一生懸命に自分の望みを告げて、魔術具を与えてくれた養父様に感謝の言葉を述べる。ディルクの目には純粋な望みがあるだけだ。両親を殺されたわけでもないので、アウブに対して暗い感情など欠片もない。
「ローゼマイン様にいただいた回復薬を使っても、まだベルトラムの半分も魔力を溜められていませんが、貴族院に入学するまでには絶対に溜めます」
ディルクの真っ直ぐな思いに養父様が少しだけ頬を緩め、同時に、少し同情するようにディルクを見つめた。
「……其方は旧ヴェローニカ派の子供達と見なされる。故に成人する頃には領主一族に名捧げが必要となるであろう。そのことについてはどう考えている?」
連座を回避するために旧ヴェローニカ派の子供達は名捧げを行っているので、青色見習い達や孤児院の出身者も同じ扱いになる。ディルクは旧ヴェローニカ派の子供ではないが、孤児院から貴族になる以上、同じ扱いを受けることになる。説明を受けたディルクはきょとんとした顔で首を傾げた。
「私が自分の主を選べるのですか? だったら、孤児院を守ってくださる方を主にしたいと思います」
どんな貴族に召し上げられるのか、買い取られるのか、その先でどのような扱いが待っているのかわからないのが孤児の生活だ。それに比べたら、自分で自分の主を選べるだけでも幸運なことだとディルクは言う。
貴族と根本的に考え方が違うことに養父様は苦い笑みを見せながら「そうか……」と頷いた。
「ディルク、其方がエーレンフェストの貴族として洗礼式を受けることを認めよう」
「恐れ入ります」
ディルクが「やった」と小さな声で言ったのがわかった。喜色満面になったディルクからベルトラムへと養父様は視線を移し、ベルトラムをじっと見据える。
「何か言いたいことがあるようだな?」
口を噤んだままのベルトラムに養父様は「言ってみよ」と静かな口調で圧力をかける。ベルトラムはゆっくりと口を開いた。
「……本当にディルクのような孤児が貴族になるのですか?」
「ディルクのような孤児と言ったが、其方も孤児だ。二人は同じ立場だぞ?」
養父様の言葉にベルトラムはカッとしたように目を見開いて、「違います」と言った。
「ディルクと同じではありません。私はギーベ・ヴィルトルの……」
「其方の知るギーベ・ヴィルトルはもうおらぬ。別の者がギーベ・ヴィルトルになっているからな。それに、孤児院にいる其方は孤児だ。私が後見人で、親のない子供として貴族になるのだからディルクと変わりはない。洗礼式で親が決まる貴族社会において、其方の両親はいないことになる」
ラウレンツとも兄弟とは見なされず、孤児院出身のディルクと同じ立場だと言われたベルトラムは「知っています」と口を噤んで、少しだけ視線を下げた。言葉で言われてわかっていても理解を拒否しているような態度に、わたしはそっと息を吐く。
「孤児院からの報告書によると、其方は一刻も早く孤児院から出たいとか、自分が身を置いていた貴族社会に戻りたいという思いで努力しているようだな? だが、貴族として洗礼式を受けても過去の生活に戻れるわけではない」
ベルトラムの拳がきつく握られて震え始めた。必死に激情を堪えているように見える。けれど、この現実は呑み込んでおかなければならないことだ。
「洗礼式を終えても両親が戻ってくるわけではないし、住む場所は神殿のままだ。少し年嵩の子供達と同じように青色見習いとして生活をすることになる。そういう現実を知った上で、私の後見を受けて貴族としての洗礼式を受ける覚悟があるか? ディルクのように主を選べるのか? 私は自分に恭順を示さぬ犯罪者の子供をエーレンフェストの貴族として遇するつもりはないぞ」
厳しい眼差しで養父様はベルトラムを見つめる。ベルトラムはぎゅっときつく目を閉じた。
「両親を処刑した領主一族に仕えることができるのか、否か。それが一番重要なのだ。城や貴族院で様々な噂や悪意に晒され、連座の意味を知っていて、自分の今の境遇に感謝できる年嵩の者は自分の主を選ぶ覚悟もある。だが、突然家族を失い、周囲の目を知らぬままに孤児院でローゼマインに庇護されていた幼子は今の境遇に感謝などできぬであろう?」
ベルトラムはしばらく黙り込んでいた後、「……感謝しています」と言った。
「兄上からも罪を犯したのは両親で、悪いのは両親だ、と言われました。こうして生きていられるのが奇跡的なのだ、と。わかりたくないけれど、わかっています。領主一族の慈悲で我々は生かされているのです」
「そうか。兄に言い聞かされたか……」
「……はい。兄上はローゼマイン様に名を捧げましたが、私はメルヒオール様に捧げたいです」
孤児院に何度も顔を出して、勉強の様子を見てくれたり、青色見習い達と一緒にカルタやトランプをしてくれたり、気遣ってくれたメルヒオールにならば仕えられると考えていたらしい。
「……名捧げを考えているならばいいだろう。其方の後見人となろう」
養父様の言葉にベルトラムは肩の力を抜いた。
二人が貴族として洗礼式を受けることが決まったので、冬の洗礼式の衣装や付き添いをどうするのか話し合い、大まかに決めてしまう。衣装はお下がりだし、付き添いは神殿長であるわたしの側近から出すことになった。来年以降はメルヒオールの側近から出すことになる。
洗礼式の話を終えると、ディルク達は退室し、エントヴィッケルンについての話になった。
「グレッシェルのエントヴィッケルンはフロレンツィアの出産後に行う予定だ」
「出産後ですか?」
「あぁ、フロレンツィアが回復薬で体調を立て直して、エントヴィッケルンに参加すると言って聞かぬ」
養父様としては養母様をエントヴィッケルンに参加させたくないようだが、養母様は産後に回復薬を使ってでも参加するつもりのようだ。
「養母様の体調も心配ですけれど、エントヴィッケルンの準備は整っているのですか?」
「商人達からどのような店にしたいのかという設計図が届いていて、文官達やギーベ・グレッシェルによって町の設計がされた。魔力はある程度溜まっている。魔力圧縮と御加護の再取得のおかげだな。正直なところ、本当に助かった」
「それはよかったです」
養父様が加護の再取得をしたことで、当初の予想よりは楽に魔力を溜めることができているようだ。わたしも魔力圧縮を頑張っているので、魔力は何とかなるだろう。
「そういえば、広域ヴァッシェンの方はどうするのですか? 今回はフェルディナンド様もいらっしゃいませんし、わたくしもエントヴィッケルンの直後にグレッシェルへ行くのは無理ですよ」
エントヴィッケルンで建物だけを綺麗にしても、町全体をヴァッシェンで綺麗にしなければ駄目なのだ。他領の商人を受け入れる準備をしながら、同時進行で長い年月の中でこびりついた汚れを平民達に取り除いてもらうのは無理だ。町全体のヴァッシェンは必須である。
「……それなのだが、クラリッサを貸してもらえぬか?」
養父様の言葉にわたしは「クラリッサですか?」と唇を尖らせる。クラリッサはハルトムートの婚約者で、まだダンケルフェルガー籍なのである。わたしに名捧げをしているので、わたしが個人的に仕事をさせる分にはよいけれど、領地の事業に駆り出すものではない。
「あまり良くないのはわかっているが、かなり有効な広域魔術の補助魔法陣を持っているとブリュンヒルデから聞いた。クラリッサの補助があれば、ギーベ・グレッシェルやブリュンヒルデを始めとしたグレッシェルの貴族達で何とかするらしい。エントヴィッケルンが行われる日はグレッシェルへ向かうように命じてくれぬか?」
わたし達領主一族は供給の間に籠るので、グレッシェルでヴァッシェンを行うのは別の者に任せるしかない。そして、ブリュンヒルデはわたしやフェルディナンドのような魔力がないため、補助の魔法陣と人数で何とかしようと考えているようだ。
「側近であるブリュンヒルデから其方に頼んでもらうように言ったのだが、アウブである私から頼むべきだ、とブリュンヒルデに言われたのだ」
「まぁ、エントヴィッケルンは領地の事業で養父様が行うことですから、養父様からお願いするのが正しいと思いますよ」
わたしはそう言いながら養父様を見つめる。
「グレッシェルに向かうようにクラリッサに命じるのは構いませんけれど、条件があります」
「何だ?」
「領主一族の側近で、上級貴族の者を全員グレッシェルへ向かわせてください。おそらくグレッシェルの貴族だけでは足りませんし、領主一族が積極的にグレッシェルを支援するのはライゼガング系の貴族を取り込むためにも必要です」
貴族院のディッターで広域魔術のヴァッシェンを使った例を示し、側仕えでも、文官でも、騎士でもいいので、魔力の多い者をたくさんグレッシェルへ向かわせるように条件を出す。
「領主一族の支援が見えなければ、グレッシェルだけが頑張っているように見えるでしょう。グレッシェルを整えるのはエーレンフェストのためです。それに、わたくしの側近だけを派遣するのは納得できません。未だ他領の籍であるクラリッサだけではなく、領主一族全員の側近達にも頑張ってもらいたいです。人数が多い方が楽なのはエントヴィッケルンも広域ヴァッシェンも同じですよ」
「……わかった。領主一族の側近の上級貴族にはグレッシェルへ向かうように通達を出す」
養父様が頷いてくれたので、わたしはクラリッサにオルドナンツを出し、ブリュンヒルデと話し合って広域ヴァッシェンの計画を立てるように命じる。ブリュンヒルデからすぐにお礼のオルドナンツが飛んできた。
「恐れ入ります、ローゼマイン様。クラリッサから連絡が入りました。領主一族の側近達が力を貸してくださると思わなかったので、かなり楽に町の洗浄ができそうです」
ブリュンヒルデからのオルドナンツはずいぶんと明るい声をしていて、ブリュンヒルデがエントヴィッケルンのために奔走している様子がよくわかった。
「成功させるためにはわたくしも助力を惜しみませんよ」
そう答えを返す。すぐにまたオルドナンツが飛んできた。ブリュンヒルデからのオルドナンツかと思ったが、オルドナンツはわたしの前ではなく、養父様のところへ飛んで行った。
「レーベレヒトです。アウブ・エーレンフェスト、フロレンツィア様の下にエントリンドゥーゲが訪れたようです」
出産の女神の訪れということは産気づいたに違いない。養父様がガタッと立ち上がった。
「メルヒオールに連絡を。すぐに城へ戻るぞ」
養父様の側近がメルヒオールに知らせるために動き始める。
「養父様、わたくしは……」
「其方は同母の兄弟ではないから城に戻ったところで本館に入れぬ。できれば、ここでエントリンドゥーゲに祈ってくれ」
お産の時にフロレンツィアに魔力を与えることもあるらしい。その際の魔力は夫や我が子といった血族でなければ反発が大きいのだそうだ。わたしが行ったところで何の役にも立たないらしい。
わたしは養父様とメルヒオールが急いで城へ戻るのを見送った後、神殿長室に戻った。自室にある小さな祭壇の前で出産の女神 エントリンドゥーゲに祈りを捧げる。
数日後、メルヒオールが神殿に戻ってきた。生まれたのは女の子だったそうだ。
それから更に一週間後、わたしは城に呼び出された。エントヴィッケルンが行われるのだ。領主一族が自分の側近達の上級貴族をグレッシェルに派遣する。わたしの側近からはクラリッサ、ハルトムート、コルネリウス兄様、レオノーレ、オティーリエがグレッシェルでヴァッシェンを行うことになった。
こうして、グレッシェルは汚れ一つない真っ白の町に生まれ変わった。