Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (583)
貴族院の奉納式
エグランティーヌと話をした翌日、講義に合格して寮に戻ると、ブリュンヒルデが駆け寄ってきた。どうやらクラッセンブルクから奉納式までに共同研究について話をしたいという申し出があったそうだ。けれど、今日はすでに実の日、奉納式の前日である。これから奉納式までに話をする余裕など全くない。
「どうしましょう? 奉納式までに、と言われても明日の朝くらいしか時間が取れないのです。中央神殿の神官達が準備をしている間になるけれど、顔を合わせたり、少し話をしたりすることは可能だと思いますが、失礼ではないかしら?」
わたしはクラッセンブルクからの要望について、ヴィルフリートとシャルロッテにも意見を聞いてみた。二人とも難しい顔になる。
「奉納式自体はまだ二回あるから、どうしても最初の儀式の前に顔を合わせなければならないわけではなかろう。だが、エーレンフェストで神事の代表は其方だから、あちらが求めているのは其方との話し合いだと思う」
奉納式のために集まる学生達にどのような説明をするのか、どこからどこまでをクラッセンブルクの範囲にするのかなど、儀式の前に話し合っておいた方が良いことは多い。
「親睦会の時間帯に其方の側近が呼び出されていたであろう? あの時に話し合いは終わったのではないのか?」
「儀式の段取りについては話し合っていますけれど、学生同士が全く顔を合わせておらず、共同研究とはいえない状態ですからね。先に顔合わせくらいしておきたいのは事実です。わたくし、親睦会で挨拶したジャンシアーヌ様以外、あちらの学生の顔がわかりませんもの」
ヴィルフリートとシャルロッテもクラッセンブルクの学生達の顔がわからないようだ。
「クラッセンブルクのジャンシアーヌ様が参加されるのは、ヴィルフリート兄様の儀式ですけれど、先に顔合わせもせずに大丈夫ですか?」
「む? 確かに私が奉納式を行うまでに顔を合わせておきたいな。……とすると、来週か? 時間を取るのが非常に難しいのだが」
今回の奉納式で一番クラッセンブルクと接する時間が長くなるのはヴィルフリートである。わたしの体調を理由に、ヴィルフリートとシャルロッテが儀式をしてくれることになったのに、現場にわたしがのこのこ出ていくわけにはいかない。
「お姉様、お兄様。たとえ明日の朝しか時間がなくても、顔合わせの場を設けた方が良いのではございませんか? クラッセンブルクから申し入れをしたのにエーレンフェストが時間を設けてくれなかったと言われる可能性がございます。明日の朝という急な時間帯でも、エーレンフェストは配慮しましたという姿勢を見せる方が無難でしょう」
急なお招きを断るか否かはクラッセンブルクの判断にお任せしましょう、とシャルロッテが提案する。社交的にはクラッセンブルクと一応面会の時間を設けた方が良いらしい。
「なるほど。急すぎると断られた時に、改めて来週に話し合いの場を設ければよさそうだな。クラッセンブルクが受け入れた時は私も同行しよう。顔を合わせなければならないのは私だし、其方は準備が忙しいであろう? クラッセンブルクの相手ができるとは言い難いからな」
ヴィルフリートの言葉にシャルロッテも「ジャンシアーヌ様は女性ですから、わたくしもご一緒した方が良いでしょう」と頷いた。奉納式を何度も行うのは魔力的に大変なので顔合わせのためだけだけれど、講堂へ来てくれるらしい。それは助かる。
「では、明日の朝、朝食を終えてから三の鐘が鳴るまでの時間、講堂で顔合わせを行い、詳しいお話はまたお茶会で、ということで良いかしら? ブリュンヒルデ、返事をお願いします」
「かしこまりました。……行きますよ」
ブリュンヒルデが声をかけると、ベルティルデやグレーティアだけではなく、メルヒオールの側仕え見習いがついて行くのが見える。教育中なのがよくわかる。
クラッセンブルクとの顔合わせについて打ち合わせをしていると、シャルロッテが不意に顔を上げた。
「あの、お姉様が戻られる少し前にエーレンフェストから木札が届きました。メルヒオールの側仕えと文官が一人ずつ、明日の奉納式に来るそうです」
「え?」
「神殿で奉納式を行う前に側近に一度経験させたいとメルヒオールが希望を出し、お父様が許可したようですね。お姉様の護衛騎士達に交じれるように青色の衣装をまとってくるそうです」
城にいるメルヒオールの護衛や側近全員を貴族院へ向かわすことはできないけれど、加護の再取得に期待ができそうな若手二人を出すらしい。
「学生の側近達にもメルヒオールから命令がありますよ。しっかり貴族院の奉納式を経験し、エーレンフェストの奉納式までに貴族院の講義を終えてローゼマイン姉上と一緒に戻ってくるように、ということでした」
シャルロッテから伝言を聞いたメルヒオールの側近達は「以前から言われていたので、頑張って講義を終えています」と返事をする。頼もしい限りである。
奉納式の当日。わたしは朝食を終えると、身を清めて神殿長の儀式用の衣装を着せてもらう。貴族院で何度も着るような衣装ではないはずなのに、リーゼレータはすっかり着付けに慣れていた。ベルティルデが真剣にリーゼレータの手元を見つめて覚えようとしているのがよくわかる。
「ローゼマイン、エーレンフェストからメルヒオールの側近達が到着したぞ」
「皆の準備が終わっているのでしたら、講堂へ向かいましょう」
わたしは青色の衣装をまとった面々に声をかける。神官長のハルトムートを先頭に、成人済みのわたしの護衛騎士達、メルヒオールの側近達、そして、ヴィルフリートとシャルロッテが青色の衣装を着ている。かなり人数が多い。クラッセンブルクとの話し合いがあるのでヴィルフリートとシャルロッテの側近達も一緒だけれど、彼等は青の衣装を着ていない。
青色の衣装を着た皆と一緒にぞろぞろと講堂へ向かう。道中でエーレンフェストから到着したばかりのメルヒオールの側近達にメルヒオールや子供部屋の様子を尋ねた。メルヒオールはどうやら上手く運営できているようだ。
わたしも貴族院にいるメルヒオールの側近達がわたしの側近と一緒に行動していて、色々と教えてもらっていることを伝える。
「講義に合格して空き時間ができたら、騎士見習い達はコルネリウス兄様やレオノーレが毒の見分け方や処理方法を教えたり、稽古をつけたりします。文官見習い達にはハルトムートとダームエルが神殿の業務や書類仕事について、側仕え見習いは講義を終えたブリュンヒルデがあちらこちらに連れていくことになっています。エーレンフェストの奉納式に戻るまで、ですけれど」
その後は成人組が貴族院に入る建前がなくなるので、期限は決まっているが、かなり濃密な教育が行われることになっているのだ。
講堂に入ると、黒のマントをまとった一団と青色神官達が忙しそうに働く姿が見えた。あの青色は中央神殿の者達だろう。
今回もヒルデブラントが最奥の間に続く扉を開ける役目を請け負ったようで、中央騎士団と一緒にいる。講堂に入っていったわたし達に気付いたようで、ヒルデブラントがニコリと笑った。
「ローゼマイン、早いのですね」
「あら、ヒルデブラント王子の方がお早いではございませんか。今日はこちらの神事に参加されないのに、扉を開けるお役目のためにいらっしゃったのでしょう?」
王族も大変ですね、と言いつつ、挨拶を交わす。そこにクラッセンブルクの一団もやってきた。ジャンシアーヌはまずヒルデブラントと挨拶を交わし、わたしの方を向いた。
「ローゼマイン様、急な申し入れにご配慮くださりありがとう存じます」
「ジャンシアーヌ様、順序が変わってしまいますが、急ぎの者から紹介させていただきますね。彼等は青の衣装をまとっていますが、領主候補生の側近で神殿業務を手伝ってくれている者達です。この後に行われる中級や下級の奉納式でも姿を見ることになるでしょう」
わたしは早速ハルトムート達を紹介した。護衛騎士はわたしの側に置いておくけれど、神官長であるハルトムートとメルヒオールの側近達は中央神殿の青色神官達と儀式の準備をしなければならないのだ。
「これから儀式の準備や最終的な打ち合わせを中央神殿の者と行います。クラッセンブルクの方も同行されますか?」
ジャンシアーヌがちらりと隣の女性を振り返ると、数人がハルトムートについて祭壇の方へ歩いていく。それを見送った後、わたしはジャンシアーヌにヴィルフリートとシャルロッテを紹介する。
「二人は中級と下級の奉納式を行います。今日は顔合わせのために来てもらいました。詳しいお話は後日、ゆっくりと話し合いましょう。クラッセンブルクはどのような研究をするのか、決まっているのですか?」
「クラッセンブルクには神事に関わる物だと思われる古い書物があります。この奉納式を通して神事のやり方を学び、古い神事の再現について研究したいと考えているのですけれど、いかがでしょう?」
ダンケルフェルガーと同じように自領に伝わっている神事を正しい形で蘇らせることができれば、領地の役に立つだろうし、貴族達にとって行いやすい儀式になるのではないか、と考えたらしい。
「とても目の付け所が良いと思われます。その書物に書かれた神事の記述をぜひ拝見したいものです」
ジャンシアーヌが口にした古い書物という言葉にわたしの頭のアンテナがピクリと動く。見たいな、読みたいな、と思っていると、ジャンシアーヌがほわっと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「古すぎて持ち出すのが難しいので、書き写した物を元に再現を試みる予定です。書き写した物は話し合いの場に持ち込む予定ですけれど、ローゼマイン様にはぜひご覧になっていただきたいです」
……ジャンシアーヌ様、良い子じゃない? めっちゃ良い子じゃない?
「エーレンフェストでも古い儀式を正しく蘇らせたことがございます。その儀式の効果は素晴らしい物でした。古い神事を再現するという部分を共通の研究にして、どのような儀式が再現できたのかという部分を独自の研究にすれば共同研究の形が整いそうですね」
ハルデンツェルの祈念式で行う春呼びの儀式をエーレンフェストの研究素材にすればそれほど時間をかけずに研究の形を整えられそうだ。わたしの言葉にヴィルフリートとシャルロッテも頷いた。
「その研究でしたら、ハルデンツェルの例が良いでしょう。わたくし、ギーベ達にお話を伺っていますからお役に立てると思いますよ、お姉様」
「さすがシャルロッテ。頼もしいですね」
顔合わせと研究の概要について少し話をした頃には、儀式の準備が整ったようだ。中央神殿の青色神官達が最奥の間から出てきた。先頭にいるのはハルトムートで、真っ直ぐに私のところへ歩いてくる。
「ローゼマイン様、準備は終わりました」
「ありがとう存じます、ハルトムート。皆への説明もしてくれたのでしょう?」
メルヒオールの側近達に加えてクラッセンブルクの学生も準備の見学をしていたのだ。説明役のハルトムートは大変だったと思う。わたしが労うと、ハルトムートはニコリと笑った後、「中央神殿の青色神官達が儀式を見届けると言っていますがどうしましょう?」とイマヌエルに視線を向けた。
今回の奉納式には中央神殿からも神具の聖杯を持ち込んでいるらしい。そのため、儀式に同席したいとイマヌエルが言っているそうだ。神具の重要性を説き、自分達が同席して見届けなければならないとか、神事の準備をした以上、神事に参加する権利があると言い張るイマヌエルにわたしは首を横に振った。
「中央神殿の青色神官達は領主会議の奉納式で倒れたのですから、領主候補生や上級貴族が集う今日の奉納式はご遠慮ください。危険性を少しでも排除するために、神事に参加しない者は王族でも、その護衛騎士でも礼拝室の中には入れないことになっています。どうしても自分の目で見届けなければならないのであれば、下級貴族の奉納式に中央神殿の聖杯を持ち込んでくださいませ」
未成年の下級貴族の奉納式ならば、自分で止めることもできずに意識を失うようなことはないと思う。自力で儀式を止められるはずだ。わたしの言葉に渋々イマヌエルは中央神殿の聖杯を抱えて去って行った。
わたしはヴィルフリート、シャルロッテ、ジャンシアーヌを伴って最奥の間へ入り、祭壇の供物や神の像、神具、赤いカーペットがきちんと敷かれているかなどを確認して見せる。それをクラッセンブルクの学生達が必死に控えていた。
問題なく準備ができていることを確認して、ヒルデブラントに準備が整ったことを伝えて、王族に連絡してもらう。それで準備は終わりだ。
「奉納式の流れについては、本日の参加者にお尋ねくださいませ、ジャンシアーヌ様。今日のところは他の参加者がやって来る前に寮へ戻られた方が良いでしょう」
下手にうろうろしていたら戻る機会を失ってしまう。わたしの言葉に礼を言って、ジャンシアーヌを始め、ヴィルフリートとシャルロッテも寮へ戻っていった。
「エーレンフェストとクラッセンブルクには負担をかけるが、よろしく頼む」
「ツェントのお役に立てて光栄でございます。奉納式に参加されるのは去年と同じ方々ですね」
去年と同じように王族を先に中へ入れ、風の盾を使って選別をしながら領主候補生と上級貴族を最奥の間に入れていく。今年は風の盾があることを知っているせいか、心に疚しいものがある者は最初から参加しないことにしたようだ。参加希望者は一人の脱落もなく最奥の間に入れた。
いくつかの領地からは採集地の回復についてお礼を述べられたり、卒業時の加護の再取得を頑張りたいのでどのように祈るのが効率的かと質問されたりした。神事に対して前向きになっている領地の存在が確認できただけでもちょっと嬉しいものである。
「自分のために祈るのではなく、他の誰かのために祈るのが一番効率的ですよ。大事な人とお互いのために祈り合うのはいかがでしょう?」
「そのような素敵な髪飾りを贈ってくださる婚約者がいらっしゃるローゼマイン様は簡単におっしゃいますが、未だに婚約者がいないわたくしには少し難しいかもしれません」
落ち込んだ顔でそう言われて、わたしは「のおぉぉ! ごめんなさい!」と心の中で謝る。
「あの、婚約者ではなく、家族や親族、お友達でも良いですし、お互い祈り合うことにはなりませんけれど、祈りを捧げる対象は人でなくても良いのです。領主一族は領地のために祈りを捧げているのですから」
「お友達、ですか。ありがとう存じます」
立ち直ったらしい女子学生をメルヒオールの側近が指定の位置に案内していく。
去年は聖杯を中心にドーナツ状に並んだけれど、今年は祭壇に向かって王族が最前列、領主候補生、上級貴族の順で並んでいる。希望者だけとはいえ、去年と違って文官だけではなく、騎士も側仕えもいるのだから人数がものすごく多い。
全員が中に入ると扉が閉められ、儀式が始められる。ハルトムートが口上を述べ、皆を跪かせると、手にした鈴をシャンと響かせる。
「神殿長、入場」
ハルトムートの声に合わせて、わたしは自分の護衛騎士達に囲まれた状態で歩き始めた。
……エーレンフェストでも奉納式は礼拝室じゃなくて貴族区域の部屋で行うから、こうして神の像がある祭壇に向かって奉納式をするのって初めてかも。
皆が並ぶ間を真っ直ぐに歩いていき、王族の前に出て最前列で跪いた。護衛騎士達は最前列が負担にならないように、魔力の籠った魔石を渡している。
わたしは周囲を見回し、ハルトムートと視線を交わして一つ頷いた。ハルトムートが鈴を置いて、わたしの隣に並んで跪く。わたしも跪いて赤いカーペットに手をついた。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」
去年の奉納式に参加した者や領主会議の奉納式に参加した大人達から話を聞いているのだろう。祈りの言葉は復唱され、スムーズに神事は始まった。赤いカーペットを魔力がどんどん流れてきて光の波となり、祭壇を駆けあがっていく。魔力の豊富な貴族ばかりの奉納式なので、エーレンフェストで行う神事よりも光の流れが速く、祭壇がキラキラと光っているようにさえ見えた。
祭壇に向かって魔力がどんどんと流れていき、真っ白の神の像が抱える神具の魔石がそれぞれの貴色で輝き始める。エーレンフェストの奉納式では見られない初めての現象だ。
「息づく全ての生命に恩恵を与えし神々に敬意を表し、その尊い神力の恩恵に報い奉らんことを」
直後、全ての神具からそれぞれの貴色の光の柱が立ち上った。七つの光は一度真っ直ぐに立ち上がった後、捩じれるようにして絡まり合い、一つの塊になって飛んで行く。
……わぉ、神具がいっぱいあると派手だね。
「ローゼマイン様、そろそろ限界です」
ハルトムートとは反対側の隣に跪いていたダームエルが苦しそうにそう言って魔石と手を床から離す。
「儀式は終わりです。皆様、床から手を離してくださいませ」
……神具が全部光るとは思わなかったけど、光っただけで何事もなく終わって良かった。
わたしは無事に奉納式を終えたことに胸を撫で下ろす。多分何が起こるのか、と戦々恐々としていた王族も同じ心境なのだろう。気が抜けたような顔をしているのがわかった。
回復薬を飲んで少し休憩する時間を与えた後、学生達を最奥の間から追い出す。その後は、溜まった魔力を王族が魔石に移したり、護衛騎士に運ばせたり、中央神殿の者達が後片付けをすることになる。
「ツェント、図書館にも少し魔力を分けていただいてよろしいですか? 今年はオルタンシア先生がいらっしゃらないので、おそらく魔力が不足しているはずなのです」
「父上、図書館の魔力が切れると困りますから、ローゼマインに分けてあげてください」
ジギスヴァルトの口添えもあり、ツェントは快く魔力を分けてくれると言ってくれた。
「どのように図書館へ魔力を運ぶのですか?」
「わたくしの聖杯で運ぶので大丈夫ですよ。……エールデグラール」
シュタープを変形させてマイ聖杯を作り出し、そこに魔力を注いでもらう。「相変わらず常識では計れぬな」と呟いているアナスタージウスに周囲は同意しているようだが、シュタープで神具を作れるのがわたしだけではなくなっている以上、その言い方には異議を申し立てたい。
……面倒だから一々異議の申し立てなんてしないけどね。
去年、図書館の魔石に流したのと同じくらいの魔力を聖杯に注いでもらい、わたしは側近達と図書館へ行くことにした。レオノーレに図書館へオルドナンツを飛ばしてもらい、コルネリウスとダームエルに聖杯を持ってもらう。出発準備ができたところでわたしは王族を見回した。去年は王族の見届けが必要だと言われていたはずだ。
「王族の見届けならば、今年は私が行きます」
わたしと視線が合うと、ジギスヴァルトが名乗りを上げてやってきた。わたしとしては誰が見届け役でも良いので、「よろしくお願いします」と返事をして自分の側近達と歩き出す。
講堂を出ると、講堂の外にいた学生達がわたし達の姿に一歩引くのがわかった。側近全員が青色の衣装を着ているので、完全に神殿の行列っぽいせいだろうか。それとも、ジギスヴァルトが先頭にいるからだろうか。
周囲の注目を集めながら、わたし達は中央棟を出る。外に出た瞬間、貴族院の空を覆う魔法陣が強い光を放っていることに気が付いた。思わず足を止めて空を見上げる。
……うわ、やっぱり最奥の間にある祭壇の前でお祈りをするのが何かの引き金だったっぽい。
魔力は十分に行き渡り、いつ起動してもおかしくなさそうな状態に見える。もう一つ何かきっかけがあれば動き出すだろう。
……でも、この後はどうしたらいいんだろう? もう一回お祈り?
この後に何をするのかヒントが欲しいけれど、鍵の管理者の一人だったオルタンシアがいないのに、地下書庫へ行けるだろうか。
「ローゼマイン、どうかしましたか? 難しい顔になっていますよ」
渡り廊下に入った途端、足を止めたわたしを心配したようにジギスヴァルトが声をかけてきた。ジギスヴァルトには上空の魔法陣が見えないようだ。わたしは首を横に振って図書館へ歩き出す。
「今年の貴族院にオルタンシア先生がいらっしゃらないことが心配でならないのです。書庫の鍵を管理していらっしゃったのはオルタンシア先生でしょう? 代わりの上級文官はいらっしゃらないのですか?」
地下書庫へ行けないかもしれない、と言外に匂わせつつ、わたしが尋ねるとジギスヴァルトが苦い笑みを浮かべた。
「ラオブルートが粘り強く説得して就任してくれたのがオルタンシアですし、貴族院に行けそうにないと連絡が入ったのは貴族院が始まる直前でした。すぐに代わりの文官は見つかりません。……ただ、クラッセンブルクからはジャンシアーヌを図書委員に、という声があるので、講義が終わった頃に登録してほしいと考えています」
図書委員を増やして、鍵の管理者を揃えれば大丈夫ではないのか、とジギスヴァルトが提案する。シュバルツ達への魔力供給も心配だし、ソランジュも一人では寂しいだろうから、図書委員が増えるのは構わない。
「でも、上級司書が一人もいない状態で大丈夫でしょうか?」
「それは試してみなければ私には答えようがありません」
ジギスヴァルトとそんな話をしているうちに図書館へ到着した。迎えに出ていたソランジュとジギスヴァルトが挨拶を交わす隣で、シュバルツとヴァイスがいつも通りにわたしの周りを飛び跳ねる。
「ひめさま、きた」
「ひめさま、ほんよむ?」
「まぁ、それはとても心惹かれるお誘いですけれど、今日は魔力の供給に来たのです」
ソランジュがにこやかに微笑みながら「ローゼマイン様のお心配りは本当にありがたいです」と去年の魔術具のところへ案内してくれる。
「ソランジュ先生、オルタンシア先生から預かっていた魔石があったでしょう? 先にそちらに魔力を満たしてしまいましょう。図書委員が講義を終える前にシュバルツ達の魔力が尽きたら大変ですもの」
「まぁ、それは助かります。わたくしの魔力では図書館の日常業務を担うので精一杯ですから」
今年はエーレンフェストで過ごす時間が長くなることを伝えて、わたしはソランジュから受け取った空の魔石を聖杯に漬けて魔力を満たす。そして、残った魔力を去年と同じ大きな魔石に注いでもらった。虹色が少し濃くなったので、またしばらくは大丈夫だろう。
……これでよし。今日のお仕事終了。
ジギスヴァルトが興味深そうに図書館の魔術具を見つめる隣でわたしは用を終えた聖杯を消して、ふぅ、と一仕事を終えた息を吐いた。次の瞬間、シュバルツとヴァイスがわたしの手を引いた。
「ひめさま、じじさまもまりょくいる」
「じじさま、よんでる」
「あぁ、そういえばオルタンシア先生がいらっしゃらないのですから、そちらも魔力を供給した方が良さそうですね。ソランジュ先生、どうしましょう? わたくしが供給してもよろしいですか?」
上級貴族のオルタンシアが就任したので、わたしは手を出さずに任せきりだったけれど、いないのであればそちらにも魔力を供給しておいた方が良いだろう。気付かない間に突然図書館の機能が止まったら大変だ。
「ローゼマイン様に余裕がおありでしたら、よろしくお願いいたします。中級貴族のわたくしではとても全ての魔術具に供給できませんから……」
オルタンシアがいなくて本当に大変になったようだ。申し訳なさそうにソランジュから頼まれて、わたしは二階の閲覧室へ向かう。奉納式の後で回復薬を飲んだので、魔力的には全く問題がない。
「ジギスヴァルト王子、わたくし、二階の魔術具にも魔力供給をしてまいります」
「ローゼマインは本当に図書館が大事なのですね。正直なところ、ここまでたくさんの魔力を図書館に供給していると思いませんでした」
ジギスヴァルトの言葉に笑顔で頷き、わたしはシュバルツ達や側近達と一緒に階段を上がる。「じじさま」への魔力供給は二階の閲覧室の奥にあるメスティオノーラの像が手にしているグルトリスハイトの魔石に触れればよかったはずだ。
わたしはグルトリスハイトの魔石に手を触れた。ずわりと魔力が吸われていく。どのくらい必要なのかわからずに魔力を流していると、突然脳裏に魔法陣がくっきりと浮かんだ。
目の前の景色の上に魔法陣が光っているように見えて、目の前がチカチカしたわたしは思わず目を閉じた。暗くなった視界にくっきりと魔法陣が見える。
……神具が作れるようになる時の感覚と同じ?
そう思った途端、フッと体が宙に浮いたような気がした。バランスを崩して倒れそうになっているのか、と慌てて目を開ける。
「え? 何?」
何故かわたしは真っ暗な空間にたった一人で立っていた。