Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (587)
帰ってきたわたし
「コルネリウス兄様、マティアス。エーレンフェストへの連絡をお願いします。今夜は寮で休んで、体調に問題なければ明日帰還します。お腹も空いているし、とても疲れましたから」
「それだけ姿形が変わるようなことがあったのだから、冬の間に色々あったことはわかる。今夜はゆっくりお休み、ローゼマイン」
コルネリウス兄様がそう言いながら、以前のように頭を撫でようと手を伸ばしかけて止める。見た目が変わったことで戸惑っているのがわかったわたしは、マントのフードを払うとコルネリウス兄様の手をつかんで自分の頭に置いた。
「本当に大変だったのです、コルネリウス兄様」
さぁ、撫でて、とコルネリウス兄様を見上げると、「ローゼマインは早く中身も成長させないと駄目だ」と複雑な顔で言いながら、頭を撫でてくれる。その間にグレーティアは厨房へ向かい、わたしの食事をフーゴに準備してもらえるように頼みに行った。
「明日はハルトムートがうるさそうだ」
それは、それは面倒くさそうにコルネリウス兄様がそう言って、早く自室へ戻るように、と手を振った。わたしは一人乗りの騎獣を出して乗り込むと、自室に戻る。突然高くなった視線と体にまだ慣れていないのだ。裾を引く儀式用衣装で階段は危険すぎる。
わたしは自室でフード付きのマントをバサリと脱いだ。最奥の間にある祭壇の最上階へ戻ったわたしが筆頭側仕えのリーゼレータに王族に扉を開けてもらわなければ帰れないことを告げて、フード付きのマントを持ってきてもらえるように頼んだのだ。「サイズは大人サイズで!」と三回言ったので、きちんと大人用を準備してくれたのである。
……わたし、完璧じゃない? でも、大人用のマントがちょっと長い気がするんだけど。
食事を運んできたグレーティアが驚いたような困惑したような瞳でわたしをじっと見る。今までは見えていた青緑の瞳が少し見えにくいのは目線が変わったせいだろう。
「……ローゼマイン様の視線が同じくらいですから、慣れるまでは少し戸惑いそうです」
グレーティアの言葉に、わたしは自分の体が成長したことを実感した。身長はグレーティアと同じか、やや小さいくらいだ。これまで見上げていたグレーティアと目線がほぼ同じなのである。
……リーゼレータよりはまだちょっと小さいな。
「それにしても一体何が起こったのですか? ハルトムートが毎日のようにローゼマイン様が成長されていらっしゃいますと言っていましたけれど、これほど急に成長しているとは思いませんでした。本当にお美しいです」
「育成の神 アーンヴァックスに成長させられたのです。急激な成長でとても痛かったのですよ」
神殿長の儀式用の衣装を脱ぐと、ボロボロになっている衣装が丸見えである。リーゼレータとグレーティアは下の衣装の有様に目を剥き、急激な成長をさせた神々に怒りを見せた。
「靴下も履けなくなるような成長をさせるなんて、着替えもなければ、側仕えもいないような場で何ということをなさるのでしょう。しかも、育成の神 アーンヴァックスは男神ではございませんか!」
「とても美しく成長されているのは喜ばしいことだと思います。けれど、あれほど成長を望んでいらっしゃったローゼマイン様が成長に喜びではなく、困惑と不満を持っていることがわたくしには許し難いです」
二人の言葉にわたしは自分も同じようにやり場のない怒りを抱いたことを告げる。
「でも、こうしてグレーティアと視線が同じなったことを実感すると、やっと嬉しくなってきました。今までは一人だけで比較対象もいないし、鏡で見ることもできなかったので、成長の実感がほとんどなかったのです」
激痛と服を取り繕うのに必死で、とても成長を噛みしめる余裕などなかったのだ。鏡を見れば、「よくもここまで美人に育ったな」と自分でも感心するくらいの美少女に育っている。本気で言動に気を付けなければ、アンゲリカ以上に残念な美少女になりそうだ。
「それにしても、よろしいのですか、ローゼマイン様? その、王族よりもエーレンフェストを優先した形になってしまったようですけれど……」
わたしの衣装を脱がせながらリーゼレータが心配そうに尋ねてくる。けれど、わたしはあまり気にしない。姿の変化に戸惑っている隙を突いたわけだけれど、ジギスヴァルトとヒルデブラントの二人から了承を得たのだ。問題はないだろう。
「王族が許可を出したのですから、心配しなくても良いのではありませんか? わたくしは王族よりエーレンフェストが心配ですし、このように衣装もボロボロになってしまいました。これだけ体の大きさが違えば明日から着られる服が全くないでしょう? エーレンフェストの危機がなくても、とても王族と話し合いをするなどできないのです」
数日間で王族に会っても恥ずかしくない服を誂えるなど無理に決まっている。すぐにエーレンフェストに戻って、衣装ができるまでの間は神殿長の衣装を着て過ごすしかないと考えているくらいだ。
わたしの言葉にリーゼレータとグレーティアが一度顔を見合わせて、衣裳部屋に入っていった。そこから、大きなサイズの衣装を持って出てくる。
「ハルトムートが強硬にローゼマイン様が成長していると言い張っていたため、ブリュンヒルデの衣装が数着ですが、残されています。それに、ギルベルタ商会には衣装の誂えを止めておくように指示を出しました」
「え?」
図書館で失踪したその時からハルトムートは「ローゼマイン様はメスティオノーラに招かれたのです」と言い、「毎日、毎日、ローゼマイン様の魔力が成長していらっしゃいます」と実況していたそうだ。エーレンフェストの寮では、わたしの心配よりもハルトムートを黙らせるためにどうすれば良いのか、皆が頭を悩ませていたらしい。
……何それ? ちょっとじゃなく怖いよ。
「誰もが半信半疑だったのですけれど、ハルトムートがあまりにも確信を持っているような態度で言いますし、他の名捧げしている者も決して間違いではないと言うので、一応準備していたのですよ」
ブリュンヒルデの衣装はわたしの衣装を真似て作られているため、背中は紐で結ぶタイプでサイズの調整がしやすいこと。アウブの第二夫人になることが決まってから誂えた冬の衣装なので、流行や品質の面で他の者の衣装よりはわたしに合うこと。ブリュンヒルデが成人したため、貴族院に置いて行っても誰も困らないこと。いくつかの理由はあるけれど、ブリュンヒルデの衣装を置いておくのが一番だったようだ。
「城に戻ったら、急いで採寸をして誂えさせますけれど、こちらがあれば当面を凌ぐことはできるのではありませんか?」
「驚きました。本当に」
リーゼレータに言われて、わたしは大人サイズの肌着に着替え、魔石の簡易鎧を身につけて、ブリュンヒルデの衣装に袖を通してみた。胸元が少しきつくて、丈が長い。けれど、背中の紐で調節できるし、裾を少し上げれば着られる。下着は暇な時間を使ってリーゼレータがいくつか準備してくれたらしい。わたしが成長期を迎えていたので、数着作っておいても無駄にはならないと思ったそうだ。
「靴はさすがに足に合わせなければ作れませんから、しばらくは魔石で作るしかありませんね」
「魔力的にはあまり問題ありませんから、それで構いません」
夕食を摂って、お風呂に入る。その間に、貴族院の話をリーゼレータとグレーティアから聞いた。奉納式は中級も下級も無事に終わったこと。わたしは臥せったまま貴族院を終えたこと。ハンネローレがとても心配をしていてお見舞いに本を貸してくれたこと。クラッセンブルクの持ってきた資料をダームエルとハルトムートが読んで写本してあること。領地対抗戦でフェルディナンドに魔紙を渡してくれたこと。卒業式のエスコートではマティアスが相手を決められず、旧ヴェローニカ派の子供達の中でどうすれば良いのか真剣に悩み合っていたことなどを話してくれる。
「マティアスは結局オティーリエにエスコートをお願いしていました。親のないマティアスが貴族院で他領の相手を探すのは難しいですし、ミュリエラやグレーティアではもっと前もってお話ししていなければ衣装を整えることもできませんから」
まさかマティアスがオティーリエにエスコートをお願いすることになるなんて考えていなかった。顔は良いし、優秀なので女の子の一人や二人、簡単に捕まえられると思っていたのだ。親代わりとして色々としなければならなかったとは思わなかった。
「わたくし、主として不足でしたね……。マティアスになんと謝ればいいでしょう」
「いいえ、ローゼマイン様。マティアスは前ギーベ・ゲルラッハの息子であること、ローゼマイン様と中央へ向かうことを考えて、最初からエスコートの相手を選ぶ気がなかったのです。もし、同じ立場の者の中から相手を選んで体面を整えたいと思うのでしたら、マティアスがもっと早くから動いていなければなりませんでした」
普通の学生でも自分で相手を見つけて親に紹介したり、他領の場合は領地対抗戦で相手の親に会ったりと根回しをしなければエスコートには行きつけない。名を受けた親代わりのわたしに前もって紹介もできなかったマティアスの段取りが悪い、とグレーティアは言い切った。
「マティアスを見て、来年卒業のラウレンツは早めに準備をしなければ、と焦っているようですよ。さぁ、ローゼマイン様。お喋りはこのくらいにして休みましょう。明日からまた忙しいのでしょう?」
リーゼレータが寝台へ上がるように言った。わたしはおとなしくリーゼレータの言葉に従う。確かにとても疲れているし、明日からは忙しくなるはずだ。
次の朝、朝食を終えるとフーゴにも帰り支度をしてもらい、リーゼレータ達もエーレンフェストに戻るための支度をする。護衛騎士は交代で寮に来ているので荷物が少ないけれど、ずっと寮に滞在してわたしの帰りを待ってくれていたリーゼレータとグレーティアの荷物は多い。
「ごめんなさいね、二人とも」
「よろしいのですよ、ローゼマイン様。わたくし達は主がいない城に滞在していても意味がありませんから」
城の中の情報収集はオティーリエだけでも十分にできる。文官達は神殿や城で仕事があるし、騎士達は訓練にも参加しなければならない。寮に残っていられるのがリーゼレータとグレーティアの二人だったということだ。
荷物の準備を終えると、わたしはリーゼレータ、グレーティア、コルネリウス兄様、マティアスと転移陣の間に移動する。
「リーゼレータと私がローゼマイン様と一緒に転移陣で戻り、グレーティアとマティアスは荷物や料理人の移動などを確認してから戻ることになる。寮の戸締りは後でノルベルトが確認に来るから心配しなくて良いよ」
そこの番をしている二人の騎士がわたしの姿を見てビクッとした。驚愕の顔の中に、自分の常識では計れない不気味なものを見た時のような無意識の拒絶がある。急激な成長に側近達が戸惑いを見せても嫌悪感を見せなかったので気付かなかった自分の非常識さを実感し、わたしは思わず一歩後ろに下がった。
「まだお体に慣れませんか? アーンヴァックスの祝福は少し負担が大きいようですね」
マティアスがニコリと笑ってそっと背中を押してくれた。気にしなくても良いという思いを感じたわたしは、マティアスを振り返って少し微笑む。
「マティアス、後は頼みます。グレーティアと一緒になるべく早く戻ってくださいませ」
「かしこまりました」
コルネリウス兄様とリーゼレータとわたしの三人で転移陣に乗る。マティアスとグレーティアに見送られ、わたしはエーレンフェストに帰還した。
転移の間でまたしても駐在している騎士達に驚かれ、わたしは居心地の悪い気分で部屋を出る。
「心配したぞ、ローゼマイン! うぉ!? ハルトムートから聞いてはいたが、本当に大きくなったな、ローゼマイン! ユルゲンシュミットで一番の美人になっているではないか!」
「大袈裟です、おじい様」
「おじい様、近付きすぎです! あと一歩離れてください」
おじい様が一番に出迎えてくれた。その向こうには養父様や養母様、ヴィルフリート、シャルロッテ、メルヒオール、側近達も揃っていた。皆がわたしを見てポカンとしているのがわかる。
……うぅ、視線が痛い。
「養父様、ただいま戻りました。ご心配をおかけして申し訳ございません。……わたくし、とても重要なお話があるのですけれど、お時間をいただけますか? ゲオルギーネ様がどのような形でエーレンフェストの礎を奪おうとしているのか、わかったのです」
その瞬間、わたしを見て驚いていた養父様の顔が引き締る。
「礎に関するお話ですから、アウブ以外の方にお話しするつもりはありません。二人だけで話せる準備ができれば、お呼びくださいませ」
「すぐに来い。何よりも先に知っておかねばならぬことだ。……ボニファティウス、私の執務室までローゼマインのエスコートを頼む」
養父様はそう言って体を翻すと、一足先に自分の側近達を連れて執務室へ向かって歩き始めた。わたしはおじい様がビシッと腰に手を置いた姿勢で待っているのを見て、小さく笑いながらおじい様の肘に手をかける。以前は手首の辺りに自分の視線があったけれど、今は肘くらいの高さに視線があった。
ヴィルフリートを始め、兄弟達がわたしとおじい様を取り囲む。
「ハルトムートが毎日のように成長しているとうるさかったが、本当に成長しているな。驚いたぞ」
「うふふん、美人になったでしょう? 鏡で自分を見て、わたくし、驚きましたもの」
「うむ。確かに美しくなったな。だが、中身は成長しなかったのか? 見た目との差がひどいぞ」
「なかなか中身が成長しないのは、ヴィルフリート兄様と一緒ですね」
「ぬ? 私はとても成長したぞ」
軽口を叩きあいながら、目測でヴィルフリートと背の高さを比べる。ちょっと悔しいことにヴィルフリートよりは背が低い。ヴィルフリートも成長期なのか、背が伸びているような気がする。
「お姉様、おかえりなさいませ。……まぁ、わたくしより少し背が高くなっていますね。とても不思議な気分です」
……おぉ、わたし、マジで大きくなってる。ちゃんとシャルロッテのお姉様っぽい!
今までで一番エアヴェルミーンとアーンヴァックスに感謝した。これはすごい。お姉様としての尊厳を取り戻した気分だ。感動に打ち震えていると、メルヒオールが同じように感動の眼差しでわたしを見上げた。
「私は神殿でハルトムートから、ローゼマイン姉上は英知の女神 メスティオノーラによって神々の世界に招かれて神々の祝福を受けて成長している、と聞いていたのですが、本当だったのですね」
「ハルトムート!?」
メルヒオールに何を吹き込んでいるのか、と振り返ると、ハルトムートは当たり前の顔でニコリと笑った。
「私は嘘など一言も吐いていません。ローゼマイン様が私の目の前で英知の女神 メスティオノーラに連れ去られ、毎日成長している様子を感じていたのですから」
「ハルトムートは嘘を吐いていたのですか?」
メルヒオールにじっと見つめられて、わたしは何と答えれば良いのか悩む。困ったことにハルトムートの言葉はだいたい合っているのだ。
「す、全てが違うとは言えません。大筋では合っています。わたくし、育成の神 アーンヴァックスに成長させられましたから」
「やはりローゼマイン姉上には神々の祝福があるのですね」
……ああぁぁっ! ちょっと違うけど、説明が難しい。何より、勝ち誇った顔のハルトムートが何だかちょっと腹立つよ!
周囲と見比べることで自分の体の成長を感じ、ハルトムートによって聖女伝説が加速されているのを実感しながら、わたしは養父様の執務室へ歩き始める。けれど、まだ長時間はあまり上手く歩けない。足がカクッとなって、おじい様の腕にしがみついてしまった。
「申し訳ありません、おじい様。わたくし、まだこの体に馴染めていなくて……」
「ならば、これでよかろう」
騎獣に乗ります、とわたしが言うより先におじい様は無造作にひょいっとわたしを抱き上げた。コルネリウス兄様も止める暇がない早業である。
「あの、おじい様。わたくし、これだけ成長したのですから重いですよ。下ろしてくださいませ」
「いや、このくらいの重みがある方が私には扱いやすい」
以前は軽すぎてどう扱えば良いのかわからなかったが、これくらいに成長すると、自分の妻を運んだ経験もあるので問題ないらしい。得意顔で昔話をするおじい様の周囲では、わたしの護衛騎士の面々がわたしを一瞬で奪われたことにオロオロとしている。
「どうしますか、ローゼマイン様? 全力で師匠から奪い返しましょうか?」
「何だか物騒ですよ、アンゲリカ。とても安定感がありますから、このままでも結構です」
わたしは体の力を抜いて、おじい様に運んでもらうことにした。少なくとも、おじい様の目に急成長に対する嫌悪感は全くない。純粋に成長を喜んでくれているのがわかる。
「普通は幼い頃にこうして運んでもらえても、大きくなればできなくなるのでしょうけれど、おじい様は逆のようですから。今回は甘えておきます」