Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (590)
採寸と焦燥
とりあえず、オルドナンツで「新事実が発覚したのでお話をする時間をください」と連絡して城へ戻ったところ、明日の夕食後に養父様が時間を取ってくれることになった。今日は防衛計画の練り直しで忙しく、途中でおじい様が飛び出して大変で時間が取れないそうだ。
……急ぎなのに!
普通は面会予約を取って三日ほど待たされることを考えれば、明日の夕食後という返事は十分に早い方だ。けれど、今のようにオルドナンツで内容が言えない内密の話をしたい時は、次の日でもとても待たされる気分になってしまう。
「ローゼマイン様が予想以上に早く戻られて、わたくし達はとても嬉しいです。明日、注文する衣装についてローゼマイン様とお話しする時間が取れましたから」
オティーリエとリーゼレータがそう言いながら木札を出してきた。春の終わりには中央へ移動することが決まっているのに、急激な成長をしたせいで準備していた衣装は全て作り直しである。関係者の専属針子を総動員しなければ、春物と夏物の衣装の準備ができないのに、時間を取ってデザインの相談を針子と始めるところからしていては間に合わない。どのような衣装を注文するのか、大筋を決めておきたいようだ。
「衣装だけではありません、ローゼマイン様。靴も靴下も下着も何もかもが足りないのですよ。前もってローゼマイン様の希望を聞いて、ある程度のデザインを決めておかなければ、とても一日で終わりません」
グレーティアとベルティルデも呼ばれ、クラリッサやレオノーレまで動員されて、衣装についての話し合いが行われる。顔立ちや雰囲気が変わってしまったため、以前に注文したような可愛い雰囲気の衣装では合わず、デザインを完全に変えなければならないのだ。
「時間的に布の染め直しは難しいでしょうね。ルネッサンス以外の布を使いますか?」
「いいえ、できるだけルネッサンスの染めた布を使います。衣装に全く彼女の布を使っていないのに専属扱いはできないでしょう? 一緒に連れていく時に肩身の狭い思いをさせたくありませんから、デザインをよく考えましょう」
わたしが成長し始めたことで、母さんが染める布に使われている花の種類や雰囲気が少し大人っぽい物になっていた。全く使えないということはないはずだ。
「ブリュンヒルデの衣装を基本に考えるのはどうですか? 元々わたくしの流行を上手く取り入れているのですもの。一から考えるより早いです」
わたしは自分が着ている衣装のスカートをつまんでそう言った。髪や肌の色が違うので、布はきちんと選ばなければならないけれど、デザインは似たような感じにすれば良いと思う。
「せっかくですから、新しく何か加えたいですね。ローゼマイン様が側近の衣装をそのまま利用する、というのはあまり良くありません」
流行を上から流す以上、ブリュンヒルデの物を流用するのではなく、せめて加えようと言われて、わたしは「うーん……」と考える。けれど、衣装について考えようとしても、浮かんでくるのは神殿やゲオルギーネのことだ。
衣装の準備も差し迫っているのはわかるけれど、「こうしている間にもゲオルギーネがすぐそこまで来ているかもしれない」と思えば、どうにも悠長なことをしているようにしか思えない。何とも言えない焦燥感が胸にこみあげてくるのを呑み込んだ時に、ふとアーレンスバッハ関連で思い出した。フェルディナンドから送られてきた布があったはずだ。
「……アーレンスバッハから送られてきた布を使うのはどうですか? 薄い布なので、夏の衣装には使いやすいと思います。こんなふうにスカート部分の上から花弁のように重ねていくとか、この袖の部分にこうして重ねれば、下の染め模様が透けて見えて雰囲気が変わると思います」
「素敵ですね。わたくしもこういう衣装を着てみたいです」
ベルティルデが目を輝かせながら、花弁のように重ねたデザインを手に取った。それを皆が微笑ましく見つめながら「今、決めるのはローゼマイン様の衣装ですよ」と注意した。
注文しやすいように大まかなデザインを決め終わると、もう夕食の時間だった。人前で無作法をしないように、夕食は自室に運んでもらってゆっくりと食べ終える。何というか、貴族らしく優雅に食べるためには細かい動きに注意が必要で、慣れない体では難しい。以前と同じ調子で肉を切ったらお皿とカトラリーが大きな音を立てたり、スッと食べようと思ってもスプーンと口の位置が感覚と違っていたり、調整が必要なのである。
「それでも、昨日よりはずいぶんと慣れたように思われます」
「まだ時間がかかりますけれど……」
食後はお風呂に入って就寝である。明日は養父様と話ができるはずだし、おじい様とマティアスも戻ってくるはずだ。少しは安心できる報告があるかもしれない、と思いながら布団に入った。
「ローゼマイン様、少々お顔の色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
「リーゼレータ……。昨夜はシュラートラウムの祝福がなかったようです」
養父様への連絡が間に合わなくて大変なことになる夢を見たせいで寝不足だ。焦燥感に包まれたまま、わたしは採寸を行う小広間へ向かう。わたし、養母様、シャルロッテ、お母様、ブリュンヒルデという関係者全員の専属針子を集めて、一斉に春と夏の衣装を注文するのである。午前は衣装で、午後は靴や小物と決められているけれど、それでも多くの人数がいた。
「ローゼマイン様がいらっしゃいました」
驚愕の顔になっているのが関係の深い専属達で、特に表情を変えていない者達は他の人達の専属でほぼ初対面の者だ。実にわかりやすい。
驚き顔の針子達の中にトゥーリの姿を見つけた。成人したことで城へ上がることも許されるようになったようだ。トゥーリがわたしの専属として中央へ行くことを考えれば、王宮へ出入りすることになるのだから、アウブの城に出入りできるようになっておかなければならない。わたしの専属という立場を考えると当然かもしれないけれど、すごい出世である。
……トゥーリ、トゥーリ、見て、見て! わたし、大きくなったよ!
トゥーリの姿を見て、焦燥感より嬉しさが上回り始めた。もうちょっと大きく見えるように心持ち背伸びしようとしたところで、余計なことをして転んだら大変だと気が付いた。わたしは今の外見に合うように、慎重に、できるだけ優雅に見えるように足を進める。そして、椅子に座った。
「オティーリエとベルティルデは昨日決めたデザインを養母様やお母様にお知らせしてくださいませ。リーゼレータとグレーティアはわたくしの採寸に付いていてください」
「かしこまりました」
採寸と同時進行でデザインを決めてもらうのだ。オティーリエが今日の流れについて説明すると、ギルベルタ商会の針子達もデザインと採寸に分かれて動き出した。トゥーリが巻き尺を持って、わたしの方へやってくる。トゥーリはどうやら採寸チームのようだ。
「トゥーリは採寸なのですか?」
「わたくしの作る髪飾りは衣装のデザインに合わせますから」
そう言いながらトゥーリともう一人の針子がわたしの体のあちらこちらを測っては数字を書きこんでいく。
「こうして測ると、ローゼマイン様の成長がよくわかりますね。神殿からやってきた使いの者から神々の祝福を受けて成長していると伺いましたが、本当に神々の力があったようですね」
「えぇ、育成の神 アーンヴァックスのおかげでこうして成長したのですけれど、衣装は全て作り直しです。でも、トゥーリの髪飾りは成長してもこうして使えますよ」
わたしは頭の髪飾りに少し触れる。トゥーリは嬉しそうな顔で「長く使っていただけるように工夫いたしましたから」と微笑んだ。
……むぅ、トゥーリの身長には届かないな。わたし、ちょっと背が低めじゃない?
周囲の皆は知らないことだけれど、わたし達は姉妹である。何となくトゥーリと自分の成長を比べてしまう。いつかはトゥーリに勝つんだ、と昔から思っていたけれど、身長で下剋上をするのはアーンヴァックスの祝福があっても難しそうだ。
「冬の初めに衣装作りを止めるように、とお言葉があって、ローゼマイン様に一体何が起こったのかと気を揉んでいたのですけれど、悪いことが起こったわけではないようで安堵いたしました」
……大変なことはこれから起こるかもしれないんだよ。
まだ何も起こっていない。ゲオルギーネが襲ってくるというのも、ゲオルギーネがエーレンフェストの聖典の鍵を握っているというのも、襲撃の時期は祈念式の頃ではないか、というのも全てこちらの予想であり、証拠は一つもない。被害妄想だと言われれば反論できないレベルのものだ。
「何かが起こっても、わたくしが守ります」
何かが起こっても、というところでトゥーリがぴたりと動きを止めた。何かを察したように貴族向けの営業スマイルがわずかに強張る。わたしはトゥーリを安心させるためにニコリと微笑んだ。
採寸が終われば、デザインの決定である。皆で話し合われていたデザインから最終的に決めなければならない。
「お姉様はどちらのデザインがよろしいですか? こちらのデザインが素敵なので、わたくし、秋の衣装はこういう感じで仕立てたいのですけれど、よろしいですか?」
「ローゼマインと一部をお揃いにしたいのでしたら、冬の貴族院で着る衣装を揃えるのはどうかしら?」
他愛ないお喋りや休憩を挟みながら行われたけれど、午前中は衣装、午後は靴や小物というスケジュールで一日仕事だったのでぐったりとしてしまった。
……まだ養父様とのお話も終わってないのに。
「それで、新事実とは何だ? 鍵に何か仕掛けがあったのか?」
夕食後、わたしは養父様の執務室に行った。エーレンフェストの礎に関連する話なので、とても他の人がいるところでは話せない。すでに人払い済みだ。
「鍵が入れ替えられていました。今わたくしが神殿長として預かっているこの鍵はアーレンスバッハの物なのです」
「何だと!?」
わたしが取り出した鍵を養父様が覗き込む。難しい顔をしている養父様に鍵を見せながら小さい魔石を指差した。
「この部分の小さい石が領地の色を表しているようです。これはアーレンスバッハの色でしょう?」
そして、わたしはアーレンスバッハの鍵を置いて行った理由がわからないこと、ゲオルギーネがアウブに就くのではなく、エーレンフェストを壊すことを目的にしているかもしれない、と考えたことを述べる。ついでに、夢見が悪くて寝不足になったことも愚痴として述べた。
「アーレンスバッハの鍵がこちらにあれば、いくらでも罪を被せられるぞ。エーレンフェストがアーレンスバッハを狙っているとか、フェルディナンドは王命を受けたにもかかわらずアーレンスバッハを混乱させようとしているとか、アーレンスバッハの鍵を取り戻すためにエーレンフェストに侵攻するとか……」
攻め込んでくる理由にもなるし、エーレンフェストを非難する理由にもなる。神殿育ちのわたしとフェルディナンドがやり玉に挙げられ、葬儀に行った時に盗んできたと言われれば養父様にも泥を被せることができるらしい。
淡々と述べていく養父様にわたしは「大変ではありませんか!」と怒鳴った。
「だから、色々と考えているのではないか。……ただ、相手がいつ襲ってくるかわからぬというのに、今からそこまで気を張っていては体がもたぬぞ。心配で眠れぬくらいならば、罠になりそうな魔術具でも作ればよかろう。もちろん、其方の場合は王の養女になるための準備が優先だが……」
中央へ向かう準備はできているのか、と言われてわたしは笑って誤魔化した。皆の専属を借りて衣装の注文を終えたところだ。とても準備ができているとは言えない。
「……養父様、早めに王の養女になることはできますか? わたくしが王の養女となり、ツェントになることができれば、もう少し色々な手が打てるのです」
今は切実に地下書庫の奥に眠っている王の写本が欲しい。雑多な記憶を抜いた、ツェントが仕事をするために必要な情報だけが選別されて作られているグルトリスハイトがあれば良いと思う。
「中央への移動は其方の準備と意志次第だな。……だが、エーレンフェストの礎を守るのは私の重要な仕事だ。本来はツェントに力を貸してもらわなければならないことではない。其方だけに重責を担わせ、協力を求めるつもりはないぞ」
「でも、養父様……」
使えるものは何でも使いましょう、とわたしが言うと、養父様は深緑の目をきらりと光らせてゆっくりと首を横に振った。
「ローゼマイン、使えるものは何でも使うという其方の考え方が間違っているとは言わぬ。だが、ツェントの力はユルゲンシュミット全体を守るためにある。ツェントがエーレンフェストに力を貸すのは悪いことではないだろう。けれど、エーレンフェストの礎を守るために其方がツェントになるのは違うと思う」
ツェントになれば、アーレンスバッハ、クラッセンブルク、養父様の悪口を言っていたり、神殿を蔑んでいたりする小領地や中領地、全てを守れなければならない。いざとなればエーレンフェストを切り捨ててもユルゲンシュミットの利を取らなければならない時もある。
「ローゼマイン、身内には手厚い保護をしても、それ以外には無関心な其方が本当にツェントになれるのか? エーレンフェストだけを見て、ユルゲンシュミット全体を守る意思のないツェントは他領から疎まれる。いずれ排除されるべき害悪になる可能性さえあるぞ」
わたしはエーレンフェストの中でも貴族達の派閥争いや社交が苦手で避けてきた。常識が上手く噛み合わず、周囲を混乱させてきた。今度はそれがユルゲンシュミット全体で起こることになる、と養父様は指摘する。
「其方が私の養女になったのは家族を守るためだった。あの時は処刑を回避するためには他に全く選択肢がなかった。今は違う。其方がツェントにならなくても、姉上を潰すだけならば他の方法がある。エーレンフェストの礎を守るのは、其方ではなく、アウブである私が主になって行わなければならないことだ。それでも尚、其方はツェントとしての力を望むのか?」