Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (591)
守る方法
わたしは自分の手を見つめた。大事な人達を守りたい。そのための力が欲しい。それはずっと思ってきたことだ。フェルディナンドの連座回避こそがグルトリスハイトを欲しいと思った原動力だ。けれど、ツェントになりたいのか、それを望んでいるのか、と問われれば答えはすぐに出る。
「わたくしは自分の大事な存在を守るための手段を増やしたいだけで、別にツェントになってユルゲンシュミットを治めたいわけではありません。できる人がいれば、ぺいっと丸投げしたいと心の底から思っていますよ。わざわざ読書時間が減ったり、新しい本が手に入りにくくなったりするような環境に行きたいなんて思いません」
わたしが言葉と態度を少し崩して答えると、養父様もフンと鼻を鳴らしながら椅子にもたれかかって態度を崩した。
「そのくらいは知っている。だから、言っているのだ。向こうが期限を過ぎたから来いと言ってくるまで放っておけ。たとえ一月や二月だとしても、やりたくもなければ覚悟もない其方がツェントになど、自分から進んでなるものではない」
ツェントになるためにはグルトリスハイトを手にしていることを領主会議で公表し、中央神殿の神殿長に認められ、ユルゲンシュミットの礎を手に入れなければならない。今のわたしの状態はツェントの仕事をするにも所々の知識が足りない中途半端なメスティオノーラの書を持っているだけの次期ツェント候補だ。
「命じられて嫌々グルトリスハイトを取りましたという顔を隠さず、押し付けられそうな能力を持っている相手がいたら、面倒事など放り投げてしまえば良いのだ。そうしなければ、次々と余計なことまで押し付けられることになる」
「養父様!?」
いきなり何を言い出すのか、とわたしは睨んだけれど、養父様は腕を組んでそっぽを向いた。
「事前の話し合いでも、王族の中でさえ話がまとまっていないように感じられた。其方がグルトリスハイトを手にしたところで、どうせ王族も上位領地も其方を真の意味でツェントとして戴くことなどなかろう。自分達の都合が良いようにするだけだ。彼等は下位領地の者を自分の意のままに動かすことに何の躊躇いもないのだからな」
「言いたい放題ですねぇ」
「こんな本音が言える機会など、もうないではないか。何より、其方には貴族の言葉が通じぬことを忘れていたからな」
態度だけではなく、表情さえも取り繕わず、養父様はわたしを見た。
「はっきり言おう。元平民で、上級貴族として洗礼式を受け、私の養女になった其方がユルゲンシュミットを背負わなければならないという状況が、私は本当に気に入らぬ。其方は神殿で祝福を振りまいて孤児達に称賛され、印刷業を伸ばして新しい本を手に入れて、馴染みの商人達とエーレンフェストの街を発展させるにはどうすればよいのか話し合って頭を悩ませていれば良いのだ」
それはわたしがエーレンフェストで許されている最大の自由で、他の領地では絶対にできないことだ。
「ユルゲンシュミットを守るためにはローゼマインが必要? そうかもしれぬが、ユルゲンシュミットを守るのは王族の役目ではないか。グルトリスハイトもないままに君臨して王命でフェルディナンドをアーレンスバッハへやったり、其方を取り上げたりと威張っているのだから、今更其方にユルゲンシュミットを背負わせるのではなく、王族が背負えば良かろう」
内輪揉めの粛清と姉弟喧嘩で貴族を減らしたのだからエーレンフェストの貴族が少ないのも魔力に困っているのも自業自得という意味合いのことを言われたらしい養父様は憤慨して、王族を罵る。
……確かに、兄弟喧嘩でユルゲンシュミットを荒らしてグルトリスハイトを失った王族に言われたくないよね。
ヴェローニカや前神殿長の排除は養父様が自分の基盤を切り捨てることになってもしなければならなかったことだし、残っていた膿を出すための粛清も必要だった。
今のエーレンフェストは貴族が減りすぎて魔力が少なくなっているし、貴族達も混乱状態だが、粛清をしなければよかったとは思わない。それに、ここまで混乱状態に陥っているのは、最もアウブを支えてくれるはずだったフェルディナンドを取り上げられたせいだ。次々と出される王命がなければ、もっと混乱は小さく済んだだろう。
「私としてはな、ローゼマイン。其方がグルトリスハイトを手に入れたら、自分のことは自分でやれ! と王族の顔面にぶつけてやれば良いと思っているくらいだぞ」
養父様の言葉でわたしの頭に、「これを差し上げますから、王族のことは王族がやればいいでしょう!」とグルトリスハイトをアナスタージウスの顔面にバチーン! とぶつける場面が浮かんだ。思わず笑ってしまって、慌てて口元を押さえたけれど、しっかり養父様には見られていたらしい。養父様が「ちょっと気が晴れるであろう?」とニヤッと笑った。
「本を人にぶつけるのはどうかと思いますが……気分としては最高ですね! エーレンフェストのことはエーレンフェストで何とかしろとおっしゃったアナスタージウス王子の顔面に投げつけてみたいです」
二人でひとしきり笑い合った後、わたしはじっと養父様を見つめる。
「……それで、グルトリスハイトを手に入れずにゲオルギーネ様を何とかできる方法があるのですか?」
「後先を考えずに潰すだけならばすぐにでもできる。一年以上前からできた」
養父様はものすごく嫌そうな顔でそう言った。できるならば、やれば良いのに何故しなかったのか。わたしが疑問に思うと、養父様は「簡単なことだ」と言いつつ、真面目な顔でじっとわたしを見た。
「手段を選ばずに殺せ、とフェルディナンドに命じれば良い。フェルディナンドはそのために行ったのだ。必要ならば命じろ、と」
「そんな……」
「私はアレにそんなことをさせたくない。其方は命じられるか? フェルディナンドに手を汚させておきながら、エーレンフェストには関係がないと素知らぬ振りができるか? すでにアーレンスバッハに行った者がやったことだ、とか、アーレンスバッハ内で何か諍いがあったのではないかとフェルディナンド一人に責任を負わせられるか?」
わたしはぶるぶると首を横に振った。養父様が「アウブのくせに甘いと言われる所以だ」と苦い笑みを浮かべる。けれど、わたしはそんなことを平然と命じられる養父様でなくてよかったとさえ思う。
「身内でも必要だと思えば切り捨てろ、と言われても決断は難しい。その決断ができぬ其方もアウブやツェントには向いておらぬということだ」
「フェルディナンド様に命じる以外、他にゲオルギーネ様を取り押さえる方法はないのですか?」
わたしが不安になって尋ねると、養父様は「一番確実なのはフェルディナンドの案だが……」と言いながら腕を組んだ。
「いくつか方法はある。ただ、後先を考えれば、まだ何もされていない状況でこちらから攻撃を仕掛けるわけにはいかぬ。守りを徹底するしかなかろう。エーレンフェストの利になるように、そして、犠牲者を少なくするということを考えれば難しくなるが……。其方は神殿が戦いの場になり、灰色神官や孤児達が犠牲になるのも嫌なのであろう?」
「当たり前ではありませんか! 神殿はわたくしにとって第二の家のような物ですし、ローゼマイン工房もあります。完全に守る対象ですもの。ゲオルギーネ様が来る前に避難するための訓練をさせますよ」
わたしの返事をわかっていたように養父様は頷いた。
「そうなると、少々手間と魔力がかかるな……。だが、まだ雪が残っていて馬車を使うのも難しいし、アーレンスバッハも春を寿ぐ宴を終えたばかりであろう。いくら危険が迫っているとはいえ、今日明日のことではない。不安に頭を悩ませるよりも、どのように迎え撃つのか考えた方が建設的だぞ」
アーレンスバッハからエーレンフェストの神殿までは遠い。小人数でこっそり入り込むならば雪が邪魔だし、アーレンスバッハの鍵を取り戻すため、という名目を使って大人数でやってくるならば隠れるのは不可能だ、と養父様は言った。
「ひとまず下町の門に騎士を二人ずつ置くことが決まったぞ」
「わたくしは下町を通ってこっそり入ってくることを考えて、兵士達には銀の布に警戒するように呼びかけました。見かけたら騎士団に救援信号を送ってくれるはずです」
「そうか。すでに対策済みか」
養父様はそう言いながらゆっくりと顎を撫でた。
「ところで、ローゼマイン。神殿のどこに礎への入り口があるのだ? 礎を守るとはいえ、あからさまに騎士達を神殿に増やし、礎の場所を知らせるようなことはできぬ。当面はメルヒオールか其方のどちらかを神殿に常駐させることで護衛騎士を神殿に置くことにするつもりだが、少人数で守るために魔術具を配置したい」
「礎へ向かう扉は神殿図書室にあります。神殿長の鍵がなければ開けられない扉付きの本棚があるのですけれど、そこにはメスティオノーラの像が彫り込まれています。どうやらその聖典の部分が可動するようで、鍵穴があるようです」
ゲオルギーネから届いたお手紙の詰まった箱がその鍵付きの本棚にあったから、もしかしたら前神殿長が他の者の目に触れないようにお手紙を片付ける時にでも気付いたのかもしれない、と思ったのだ。
「さすがに試してはいませんけれど、間違いないはずです」
「神殿の入り口からそこまでの順路で絶対に通るところがあるか? 転移陣を設置したいと思っているのだ」
人を転移するための転移陣はアウブにしか設置することができない。それを通り道に設置することでゲオルギーネを排除したいようだ。
わたしは神殿の内部を思い浮かべる。神殿の門は三つ。下町側の裏門、馬車が通れる正門、貴族街と通じる貴族門だ。神殿の建物には、礼拝室、孤児院の地階の裏口、正面玄関、貴族門への通用口、専属の料理人達が出入りする裏口など、いくつもの入り口がある。
……どの入り口を使うかによって、図書室までの通り道は全然違うんだよね。
「神殿図書室の入り口ですね。神殿図書館は神殿に登録されていない者は入れないようになっています。最初、わたくしが透明な壁に阻まれて入れなくて泣き叫んだように、関係者以外は入れないのですよ」
「領地の境界を越えることができるのだから、銀の布を使えば通り抜けることが可能になると思うぞ」
エーレンフェストの街も今は他領の貴族が入れないようにしてある。けれど、銀の布をまとう者は入れるはずだ。魔力を警戒して、銀の布を手放さずに神殿へ来ることは予想できる。
「でも、銀の布をまとっていれば転移陣も起動しないでしょう?」
「それはそうだが、礎の魔術のある場所に転移するためには銀の布を絶対に取らねばならぬ。ならば、礎の入り口前に設置するのが一番か。……ギリギリまで銀の布をまとって警戒していたのに、鍵が開いて中に入ろうと布を取った瞬間に転移させられるのだ。どうだ?」
養父様は得意そうにそう言った。落とし穴を作って喜ぶような悪餓鬼の顔になっている。
確かに礎の魔術を扱うためには銀の布があると逆に困るだろう。最後の最後には自分から取るはずだ。上手くいったと思ったところで転移させられるゲオルギーネを思い浮かべると、ちょっと笑える。転移陣を設置するのは本棚の前に決まった。
「でも、図書室に転移陣を設置すると、他の者が使えなくなりますよ」
「いや、転移する対象者をエーレンフェストに登録のない者に限る予定だ。神殿図書室に出入りする者はエーレンフェストの者だけであろう? 故に、図書室に設置しても普通の利用者には全く影響がない」
アウブには自領に登録された者か、そうではないかを区別することが可能だ。つまり、孤児院の洗礼前の子供ならば転移させられてしまうということである。彼等は孤児院から出て貴族区域に入ることができないので、特に問題はないだろう。
「では、転移陣の作成をフロレンツィア達に頼むとしよう。其方は刺繍が苦手なのであろう?」
普通に養父様は魔法陣の刺繍を養母様、シャルロッテ、ブリュンヒルデに頼むつもりだったようだが、そんなに手間がかかって面倒なことをする必要はない。
「転移陣だと気付かれなければいいのですよね。フフッ。入り口前に設置する魔法陣はわたくしにお任せください。養父様は最後に起動の許可だけくださいな」
一晩立てば消えるインクを使えば良いのだ。最終的に起動するのはアウブでなければできないけれど、書くだけならばわたしでもできる。刺繍よりよほど早いはずだ。
「何を思いついた、ローゼマイン? 悪い顔になっているぞ」
「世の中には忘れたことにしておかなければならないことがあるのです、養父様」
養父様は「結局、いつの間にか其方が主になっていないか?」と呆れた顔をしつつ、許可をくれた。
「それで、転移陣でどこへ移動させるのですか?」
「犯罪者の転移先など一つしかあるまい。白の塔だ。母上の隣に姉上のための部屋を準備しておく。あの中ではいくら暴れたところで私が扉を開けなければ出られぬからな」
「姉上に気付かれないように、神殿の様子はあまり変えないままに転移陣へ誘導したいと思っている。姉上のことだ。神殿で大騒ぎを起こして、騎士団が駆けつけるようなことはせず、秘密裏に事を運ぼうとするであろう」
目くらましになりそうな騒動を別の場所で派手に起こし、騎士団を移動させ、皆の目が騒動に向いている時にこっそりと神殿に潜入するだろう、と養父様は言った。これまでの隠密行動を考えても、ゲオルギーネはそういう手段を取りそうだ。
上手くいっているつもりで神殿に潜入して、白の塔に転移させられるゲオルギーネを思い浮かべてニヤリと笑う。
「神殿にいる者達を避難させることができるならば、悪くないと思います。わたくし、神殿で犠牲者が出るのは嫌ですよ」
「私の最優先は姉上とその一派を捕らえることだ。下町や神殿で数人の犠牲くらいは仕方がないと思うが、それが嫌ならば其方が犠牲を出さない誘導の仕方を考えろ」
図書室まで案内した者は口封じのために殺されると思っても不思議ではない。だから、殺されない者でなければならない。
……図書室への案内ができて、人ではない。ついでに、何か攻撃を受けたら反撃ができそうな……シュバルツ達!
「わたくし、神殿図書室までの案内人としてシュバルツ達を作ります!」