Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (592)
戦いの準備
「シュバルツ達とは何だ? 突然どうしてそんな結論に繋がったのだ?」
養父様に心底不思議そうな顔で言われて、わたしは自分の思考の流れを説明した。けれど、やはり意味がわからないというように養父様は頭を振った。
「図書館の案内のために、其方が知っている図書館の魔術具を使いたいというのは理解した。だが、図書館の魔術具は稼働させておくために多くの属性や魔力が必要な魔術具ではなかったか? 其方は春の終わりに中央へ行ってしまうわけだが、その後は誰が魔力を供給するのだ? 足りるのか? 姉上の襲撃は祈念式の頃が濃厚だと思っているが、それより後になる可能性もあるのだぞ。私の勘というだけで、確証はないのだからな」
「うあっ!」
貴族院のシュバルツ達と違って、用途を分けることで稼働に必要な魔力量は下げられるはずだが、闇の属性を持っている者は少なかったはずだ。それに、わたしが去った後のエーレンフェストに魔力的な余裕があるとは思えない。神殿を守るためとはいえ、ずっと供給し続けるのは大変だろう。
「それに、そんな怪しげな魔術具の案内に慎重な姉上達がついて行くと思うか? 私でも警戒するぞ」
「怪しくないですよ。シュバルツ達は可愛いですから」
「可愛い、可愛くないではなく、神殿にそのような魔術具があれば怪しいと言っているのだ。そのような物を作るくらいならば、門番達にいくつもお守りを持たせた方が有効ではないか?」
灰色神官達が攻撃された時に反撃できるお守りをたくさん持たせろ、と言われて、わたしはポンと手を打った。
「門番達のために戦闘に特化したシュバルツ達を作った方が良いということですね。わかりました」
「いや、全く通じていないぞ!?」
「だって、灰色神官達のほとんどは魔力がないのです。有効なお守りを複数持つのは難しいですよ。それならば、神殿の門を騎士達に守らせるとか、できるだけ魔力を使わない守りに特化したシュバルツ達を作った方が……」
シュバルツ達が攻撃モードに入る時はボタンに魔力供給をした記憶がある。門番達に魔力の籠った魔石を持たせて置き、いざという時だけ発動できるようにすれば普段はかなり少ない魔力で動かすことができるのではないだろうか。後でメスティオノーラの書を調べてみよう。何かヒントがあるかもしれない。
「神殿の守りについては、こちらに任せてくださいませ。とりあえず、養父様は礎の魔術のところに入りこまれた時のことを考えて、そこにも罠を仕掛けた方が良いですよ。エントヴィッケルンで入り口に簡単な門でも作って、物を置いておいて、ゲオルギーネ様が通った瞬間に崩して落下させるとか、入ったところに『ビー玉』じゃなくて、丸い石を敷き詰めておいて転ばすとか……」
「そちらも考えておくが、できるだけ姉上を礎の魔術に近付けぬ方法が良い」
養父様はそう言いながら、境界門以外のところから入ってくるとすればどこか、と考え始めた。土地勘があるところと考えるならば、やはりゲルラッハが最有力候補だろう。
「おじい様とマティアスの話はどうだったのですか?」
「まだ侵入したような跡はなかったようだ。雪解けがまだであること、不審な足跡もなかったこと、ボニファティウスの勘に何も引っかからなかったことから、ゲルラッハに立ち入ってはいないと考えられる」
銀の布をまとって魔力を完全に隠せば領地の境界をアウブに気付かれずに通り抜けることができるけれど、全身を包む必要があるのでシュタープや騎獣が使えなくなる。徒歩で移動するとは考えにくいので、何か乗り物を使うはずだ。
「相手がどのような手段を使うのかわかりませんけれど、領主一族の側近を総動員して回復薬や魔術具をどんどん作らせた方が良いのではありませんか? 戦いに備えた魔術具は宝盗りディッターをしていた世代の方がよくご存じでしょう」
戦いの前にどれだけ準備ができるのか。それが勝敗を大きく分けるのだから、すでに引退しているおじい様やリヒャルダの世代もできるだけ活用すれば良いと思う。
「わたくしが三年生の時に行ったダンケルフェルガーとの嫁盗りディッターで使った魔術具も有用だと思います。あの時ハルトムートにこき使われて魔術具作成をしていた学生達は作り方を知っていますから動員して作らせるのはどうでしょう?」
わたしは嫁盗りディッターで使った凶悪な魔術具について説明する。魔術具だけれど、光による目潰しや虫が降り注ぐなど、攻撃自体は決して魔力ではない。銀の布をまとった相手でも効果のある物がいくつもあるはずだ。
「……なるほど。宝盗りディッターか」
「えぇ。宝盗りディッターは礎を守る模擬戦から始まった競技ですから、おじい様達の世代から話を聞いたり、フェルディナンド様の資料を読み返したりしながら作戦を練って、準備すると良いと思います。注意すべき点は魔力を通さない銀の布ですけれど……」
ただ、銀の布も魔力攻撃をする貴族相手ならば初見殺しになるかもしれないけれど、シュタープの武器を使わない相手にはあまり意味がないのだ。
「相手の不意を突くという意味では、平民を使うことも考えた方が良いと思います。銀の布をまとって門を抜けようとする相手には普通の武器を使うことに慣れた兵士をぶつけるとか、門を入る前に銀の布を被った者を発見したら汚物でもかけて脱がざるを得ない状況にするとか……」
「其方、結構えげつないな。普通の貴族女性は汚物をかけるなど考えぬぞ」
養父様は引き気味の顔でそう言ったけれど、今更の評価である。
「あら、わたくし、ダンケルフェルガーとのディッターではよくそういう評価をいただいていましたし、大事なのはどんな手段を使っても勝つことでしょう? 貴族らしくとか、正々堂々というのは何の役にも立たないとフェルディナンド様の資料にもありましたもの」
フェルディナンドに鍛えられていた世代とわたし達の世代は、ダンケルフェルガーとのディッターで身についている感覚だ。戦力差を埋めるためには相手の裏をかいて色々と考えなければ勝てない。
「養父様、フェルディナンド様にお料理とお手紙を送ってもよろしいでしょうか? それとなく、助言をいただけるかもしれません」
「……姉上に気付かれる可能性があるのではないか? 其方のことを姉上には知らせぬ方が良いと思う。料理も手紙も其方からではなく、エーレンフェストからということで送った方が良かろう」
臥せっていたのが元気になっただけならば、それほど不思議ではないと思うけれど、養父様が主になって動きたいならばそれで良い。
「送ってくださるならば、それで構いません。では、わたくしはわたくしの工房で側近達と作りますから、領主一族の側近や学生達には養父様から声をかけてくださいませ」
養父様との話を終えて、わたしは養父様の執務室を出た。なるべく早く色々な魔術具を作らなければならない。神殿に置いてきた者にも召集をかけなければ、と思いつつ、自室に戻ると何故かハルトムートがいた。
「ハルトムート、何故こちらにいるのですか?」
「神殿のことはメルヒオール様とその側近達に任せてまいりました。アウブとのお話はいかがでしたか? 私がお役に立てそうなことはございますか?」
言葉にはしなくても「さぁ、命令してください」と目が雄弁に語っている。思わず一歩後ろに下がってしまったが、ハルトムートとクラリッサには魔術具の作成を手伝ってもらわなければならない。
「ゲオルギーネ様との戦いに備え、魔術具や回復薬を色々と作ることになりました。調合のために文官達を集めて図書館へ行きたいのですけれど……」
「簡単な物であれば騎士でも側仕えでも作れるでしょう。戦いに備えるのであれば、いっそ側近全員を調合に使えばいかがですか?」
貴族院の共通の講義で全員が調合を経験している。貴族院で教えられる回復薬くらいならば騎士達も自分で作れる、とハルトムートは言った。確かに文官だけで作る必要もない。回復薬は数が必要だ。
「わたくしは護衛騎士です。ローゼマイン様の護衛を……」
「安心してくださいませ。アンゲリカに調合は期待していません。貴族の森で採集をお願いするかもしれませんけれど……」
安堵したように胸元を押さえてアンゲリカが「さすがローゼマイン様ですね」と微笑んだ。
「アンゲリカ、そこで褒められても全く嬉しくないですよ」
「わたくしはローゼマイン様に理解していただけているのが嬉しいです」
何だか噛み合わないけれど、それもまたとてもアンゲリカらしくて笑ってしまう。
「中級以下は戦いの場で騎士達に配るための回復薬や簡単な魔術具作りを神殿の工房で行い、上級以上は図書館で高度な調合をするというように手分けをすればいかがですか? それぞれの工房にある素材の品質を考えても場所を分けた方が良いでしょうし、フィリーネや神殿業務に精通しているダームエルを神殿に置くことはメルヒオール様との連携を考えても必要です」
わたしが長期間行方不明だったこと、いつ王族から中央へ移動するように要請があるのかわからないことなどから、わたしは祈念式に向かうメンバーから外されているらしい。代わりに、フィリーネがわたしの側近達を連れてダームエルと一緒に向かうことになっているそうだ。
そして、わたしが戻り次第、わたしと行動を共にできるようにハルトムートはある程度の引継ぎを終えていて、冬の成人式もメルヒオールが行う手筈が整っていると言った。
「ハルトムートが優秀すぎて驚きますね」
ちょっと怖いとか、気持ち悪いとは思っていても言わない。優秀なのはいいことだ。
「ローゼマイン様にお褒めいただき、嬉しく存じます」
「ハルトムートだけではございません、ローゼマイン様。わたくしも頑張っています。冬の間に貴族院から送られてきた素材はすでに仕分けして図書館の工房へ運び込んでありますし、広域魔術の補助をする魔術具の改良をしたり、フェルディナンド様に追加を頼まれても対応できるように品質の高い魔紙を作ったりしていたのです」
ハルトムートに負けじと自己主張をするクラリッサだが、その成果はこれから起こる戦いを考えると素晴らしいものだった。コピペで魔法陣を写すことができるので、魔紙はたくさんほしい。
「それはすごいですね、クラリッサ。魔紙はたくさんの使い道があるけれど、作るのに大量の魔力と時間がかかるでしょう? 今回は諦めようと思っていたのです。これで、わたくし、神殿を守るためのシュバルツ達作りに全力投球できますね」
「図書館の魔術具でしたら、ヒルシュール先生から預かっている魔術具がございますよ」
リーゼレータがそう言いながら、貴族院から持ち帰っている荷物に視線を向ける。わたしは自分で研究するために素材を貴族院へ持ち込んでいたけれど、行方不明になってしまった。臥せっていると周囲には言っていたため、ヒルシュールが寮まで素材の催促に来たらしい。
「ローゼマイン様の行方がわからず、エーレンフェストの寮が最も混乱していた時でした。ヒルシュール先生に口裏を合わせてもらう代わりに素材を提供したのです。けれど、属性や魔力量の関係で調合が途中で行き詰ったようですね。領地対抗戦にやってきたフェルディナンド様を呼んで完成させたそうです。もうお洋服も着せていますよ」
去年、シュバルツ達に着せようと思って作っていた衣装をそのまま着せたそうだ。
「本当に資料を検索するだけの機能しかないようですけれど、一つの作業に特化させ、お喋りをさせなければ作成が簡単になり、稼働にそれほど魔力が必要ないそうです」
「それはとても参考になりそうですね。資料と共にわたくしの図書館へ運び込んでくださいませ」
皆で手分けして調合をすることに決まった。わたしは一度神殿に戻ると、神殿長室の工房を開放する。そして、素材の管理などをローデリヒに任せて、順番に調合を行ってもらうことになった。
「ダームエルには下町の門を守ることになる騎士達と兵士達の仲立ちを頼みたいのです。銀の布をまとって入ってくる者ならばシュタープ以外の武器に慣れている兵士達の方が対応できるかもしれません」
「かしこまりました」
下町の兵士達に慕われているダームエルでなければできないと思う。アンゲリカも顔だけは売れているが、調整能力に期待はできないのだ。
「騎士と文官が手分けして調合をするようですが、側仕えはどうするのですか?」
「リーゼレータ達は城で回復薬の調合をしたり、新しくできるシュバルツ達の衣装づくりをしたりするそうです。ユーディットも自分が使える魔術具や回復薬を作ってみてくださいね」
指示を出した後、わたしは図書館に移動する。質問したそうなラザファムを笑顔で黙らせると、工房でヒルシュールとフェルディナンドが作ったシュミル型の魔術具を取り出した。淡い緑のシュミルだ。どのようなことができるのか、ヒルシュールの研究結果を読みながら、あちらこちらに触ってみる。
「本当に検索に特化しているのですね」
とりあえず、自力で動く魔術具を作るためには命の属性が必要で、シュバルツ達を作るためには全属性の者でなければ調合が不可能であることがわかった。わたしに名捧げをしたことで全属性になっているので、ハルトムートとクラリッサには作れると思う。魔力量がどうなのかわからないけれど、多分。
「シュバルツ達と混乱しますから、まずは名前をつけましょう。資料を検索する魔術具ですから、わたくしはケンサクかオパックが良いと思うのですけれど……」
わたしが名前を考え始めると、回復薬の調合のために素材を刻んでいたコルネリウス兄様がちょっと困った顔で「大変申し訳ございません、ローゼマイン様」と言いながらスッと手を挙げた。
「貴族院でリーゼレータがアドレットと名付けて衣装を着せて可愛がっていたので、魔術具の名前はアドレットでいかがでしょう?」
「えぇ、わたくし達にも馴染みがある響きになっているので、アドレットが良いのではございませんか?」
レオノーレの後押しもあり、わたしの名付けはそれとなく却下された。ケンサクやオパックの方がわかりやすいけれど、皆の間で馴染みがあるならば仕方がない。アドレットと呼ぼう。
「次にわたくしが作りたいのは、アドレットのように検索に特化した魔術具ではなく、侵入者や危険人物を排除することに特化した魔術具なのです。神殿を守れる強いシュバルツ達が欲しいのです」
わたしが養父様に魔力問題について指摘されたことを述べながら希望を口にすると、ハルトムートとクラリッサが争うように意見を出し始める。良い意見が出ているけれど、少しメスティオノーラの書を確認したくなってきた。
「ハルトムート、クラリッサ。わたくし、隠し部屋で資料を読んできますね」
「え? わざわざ隠し部屋に入らなくても……」
「外では読めない資料もあるのです。アンゲリカ、護衛をお願いします。意見を出し終わったらハルトムート達は魔紙を作っていてくださいませ」
いくら側近達とはいえ、人の目があるところでメスティオノーラの書を出すつもりはない。わたしはヒルシュールがまとめた研究結果を抱えて隠し部屋に入った。そして、それをテーブルに置いてシュタープを出すと、「グルトリスハイト」と唱える。
「図書館と魔術具で検索すれば何か……うわっ、いっぱいある!」
シュバルツ達の正式名称がよくわからないので、図書館と魔術具で検索してみたが、どうやら図書館は魔術具でいっぱいの建物のようだ。ずらりと並んだ魔術具関連の項目からも貴族院の図書館がいかに大事な物かよくわかる。
「こうして見ると、穴あき具合でフェルディナンド様の趣味嗜好が結構わかるかも……」
地下書庫に関する部分やメスティオノーラの像に関する部分は穴があるけれど、退出時間を知らせる魔術具にはあまり興味がなかったようだ。ぽこっと穴あきになっている部分を考えると、フェルディナンドはわたしと違い、頭を空っぽにしてひとまず知識を全部受け入れるということができなかったのだと思う。
……興味を引く事柄があったら、一々考え込んでいたんだろうね。
それが結果的に流れ込んでくるメスティオノーラの知識に抗うという形になったような気がする。エアヴェルミーンに「抗うな」と何度も叱られても考えることを止められなかったフェルディナンドを想像すると、笑いがこみ上げてくる。
「変なところでフェルディナンド様って不器用だからね」
わたしは小さく笑いながら「大変結構」が入った魔術具の革袋に視線を向けた。久し振りに聞いてみようと思って、革袋を手に取る。魔術具を手に取って、革袋をテーブルに置くと、コトンという音がした。
「そういえば、二重底だったっけ。ここに何が入っているんだろう?」
わたしは革袋を何度も触ってみた。それほど大きくはない。ごつごつとした魔石のような感触だ。こんなところに何を隠しているのか、とても気になってきた。
「……わたしにくれた物だから、開けてみてもいいよね?」