Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (594)
防衛についての話し合い
わたしとメルヒオールはそれぞれの側近から神殿を守る護衛騎士を残し、神殿の門に交代で一人ずつ守りに付くこと、下町の門にいる騎士達と連絡を密にすることなどを命じ、モニカとニコラとヴィルマにはフィリーネと孤児院長室を整えたり、祈念式の準備をしたりしながら留守番してもらうように言った。
「こちらに何かあった時にはわたくしからダームエルに連絡します。全員で手分けして、下町の門にオルドナンツを飛ばしてください。孤児院への連絡はフィリーネにオルドナンツを送ります。孤児達を訓練通りに避難させてくださいね」
「かしこまりました」
迎えに来てくれたレオノーレとユーディット、それから、会議に同行するコルネリウス兄様とハルトムートを連れて城に戻る。オティーリエ、リーゼレータ、グレーティアの三人が出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
「ただいま戻りました。……クラリッサとローデリヒは図書館かしら?」
「はい。ローゼマイン様のために魔紙を作るのだと張り切っていましたよ。ローデリヒはクラリッサに教育されて、調合の腕前がずいぶん上がったようです。ローデリヒが魔力圧縮を頑張って、魔力が増えたということもありますけれど、経験は大事ですから」
クスクスと笑いながらオティーリエが教えてくれる。最初に名捧げをした文官なのだから中央へ行く前に主の手伝いができる程度には調合の腕を上げなさい、とローデリヒはクラリッサにビシバシしごかれているらしい。
「わたくしはクラリッサと一緒に図書館へ行くことが多いのですけれど、わたくしもたくさん調合をさせられました」
ユーディットは自分が投げるための魔術具の作り方を色々と教え込まれたそうだ。ありがたいけれど、クラリッサのダンケルフェルガー的教育方法はかなり厳しいようである。
「ローデリヒが中央で周囲に侮られないように調合の腕を上げておくことも、ユーディットが自分の武器を自分で作れるようになることも大事ですからね」
わたしは自分のことで手いっぱいなので、クラリッサの行動は正直なところ助かる。
「会議は午後からだそうです、ローゼマイン様。同行する側近はいつも通りでよろしいでしょうか?」
「今回はリーゼレータを同行させます。中央へ付いてきてくれるのはリーゼレータですから」
上級側仕えのオティーリエではなく、リーゼレータを伴うことを告げると、オティーリエは微笑んで頷いた。
「それで良いと思いますよ。では、わたくしとグレーティアは中央への移動準備を行いますね。こちらにある荷物は選別が済んでいて、王族から連絡があればすぐに詰め込めるように準備できています。神殿や図書館の荷物はいかがですか? 中央へ持っていく物があれば、そちらの荷物もまとめて、そろそろ城へ運んでくださいませ」
フェルディナンドがしていたように、神殿の隠し部屋を閉ざしたり、荷物を運び出したりしなければならない時期がわたしにも来ているのだ。忙しい中でも移動のための準備は着々と進んでいる。
「神殿の隠し部屋はこの間ローデリヒ達が調合したことでかなり素材が減りましたから、補充するのではなく、残った素材と道具を図書館の工房へ移動しました。それに、神殿にある物の大半はフィリーネに譲ります。ただ、持ち出す荷物が大きい物ばかりになるのですけれど……」
わたしが神殿から移動させる荷物はマットレスとかお布団とか書箱などの大型の物ばかりだ。そして、ギリギリまで神殿で使う物である。移動させるのは大変だけれど、持ち出す荷物はそれほど多くない。
「図書館から持ち出す荷物はどのくらいありそうですか?」
「本や素材をどれだけ中央に持って行っても良いのか、フェルディナンド様に質問のお手紙を書きました。お料理と一緒に養父様から送ってもらったので、今はお返事待ちです。衣装の進行はどうですか? 領主会議までに揃いそうかしら?」
オティーリエはコクリと頷いた。皆の専属達を急かして一斉に作らせている衣装も、そろそろ仮縫いをしたいという意見が出てくる頃合いのようだ。
「午後の会議でどのようなお話が出るのかわかりませんから、会議の後で仮縫いの日取りを決めましょう」
「かしこまりました」
「あぁ、来たか。神殿に護衛騎士は残してあるのか?」
「もちろんです。ねぇ、メルヒオール?」
養父様の質問にわたしはメルヒオールに視線を向ける。メルヒオールはニコリと笑って頷いた。
「ローゼマイン姉上の護衛騎士を四人、私の護衛騎士を三人、神殿に残しています。ニコラウスも騎士見習いとして私の護衛騎士と一緒に門を守ると言っていましたよ」
メルヒオールの言葉に、養父様の後ろに付いているお父様が少しだけ安堵の表情を見せた。ニコラウスはわたしが不在になった貴族院で庇護者を求めた結果、神殿で馴染みのあるメルヒオールの護衛騎士見習いと行動を共にすることが多かったようだ。
姉として少々不甲斐ないけれど、わたしは中央への移動が決まっているし、コルネリウス兄様がニコラウスを警戒しているので、このままメルヒオールがニコラウスを庇護してくれると助かると思っている。
「それでは、エーレンフェストの防衛計画について話をしたい」
養父様はゲオルギーネが礎の魔術を手に入れる方法を知っている可能性が高いこと、祈念式の期間が怪しいと感じていること、すでに騎士団とは色々な打ち合わせを終えていることなどを話していく。
「父上、騎士団との打ち合わせに参加する側近の護衛騎士からも話を聞いていますが、それはどのくらい信用できるのですか?」
ヴィルフリートの言葉に養父様はちらりとわたしを見て、首を横に振った。
「情報源は言えぬ。信用度は高いと思っているが、確証もない。それでも、アーレンスバッハが、正確には、ゲオルギーネがエーレンフェストを狙っていることは間違いない。それはマティアス達の証言からも明らかだ」
エーレンフェストの礎を手に入れる方法を得たと発言した年の冬に粛清が起こり、ゲオルギーネに名捧げをした者が一斉に処刑された。エーレンフェストにおける手足と情報源を潰せた意義は大きかったと思われる」
そして、この冬はわたしが長い間臥せっていて、エーレンフェストに戻ったと貴族院で言っていたので、ゲオルギーネが警戒していた可能性があることなどを述べた。確かに情報源が潰されれば、エーレンフェストの内情を知るために時間がかかるだろう。
「襲撃の可能性が最も高いのは、フェルディナンドの星結びまでの期間だと思っている。アーレンスバッハでフェルディナンドが王命によって与えられた部屋は西の離れで、ゲオルギーネの情報を得るのが非常に難しくなったと言っていた。婚姻してフェルディナンドが本格的に領主一族として動けるようになるまでに事を起こす可能性が高い」
養父様の言葉に皆が表情を引き締めた。
「攻め込まれてきた時の守備の配置だが、アウブである私は礎を守るために、礎のある間に籠ることになる。カルステッドと騎士団の一部はエーレンフェストの街全体を守ることに専念し、ボニファティウスと騎士団の一部はエーレンフェストの街以外のところに敵が出現した時、ギーベの騎士達の応援に駆け付けることになった」
すでに境界線に接するギーベ達には警戒を呼び掛け、何か異変があった時や不審な者を見かけた時は平民からも情報を広く集めるように注意しているそうだ。
「事が起こった時には其方等にも護衛騎士を率いて街の守りについてもらうことになる。それぞれの護衛騎士を率い、フロレンツィアとシャルロッテが城を、ヴィルフリートが貴族街を、メルヒオールが神殿及び下町を中心に守るように」
「殿方だけではなく、わたくし達も護衛騎士を率いて戦うのですか?」
後方支援は考えていたけれど、戦いの場に出ることは想定していなかった、とシャルロッテが不安そうに呟くのを見て、養父様は厳しい表情になった。
「当たり前だ、シャルロッテ。其方は領主候補生であり、しかも、アウブを目指したいと動いているであろう? ならば、率先して戦わなければならぬ立場ではないか」
礎を守るのは他の誰にも譲れないアウブの仕事だ。礎を他に譲った時点でアウブの資格を失うのだから、一番重要だと言っても良いだろう。
「自分で礎を守れぬアウブはアウブではない。何のための護衛騎士だ? 礎を守るために動かせ」
「……はい」
シャルロッテがコクリと頷く。そういえば、わたしはユレーヴェの素材採集やダンケルフェルガーとのディッターに参加していたので、ある意味、戦い慣れている。全く戦い慣れていなくて、騎士の訓練も受けていないシャルロッテには厳しいかもしれない。
……こういうところも男性の方がアウブに相応しいって理由になるんだろうな。
幼い頃から騎士達と訓練を受けているヴィルフリートとシャルロッテでは戦いに対する心構えが違って見えた。ヴィルフリートは騎士達との訓練にも参加し、自分の護衛騎士達と街の防衛について話をしているそうだ。貴族街を守る上でどのように騎士団と連携を取っていけば良いのか、すでに把握しているらしい。
「あの、養父様。わたくしの担当がないのですけれど……」
「春の終わりにはいなくなるのだ。ローゼマインに担当を決めることはできぬ。穴埋めをしてもらいたい」
「穴埋めですか?」
「正直なところ、其方には王族からいつ召喚命令が来るかわからぬ。祈念式も予定に入れるのを止めたくらいだ。魔術具の作成に時間を割きすぎて、中央への移動準備が満足にできていないという苦情も其方の側近から上がっている。戦いの準備より移動の準備を整える方を優先してほしい」
エーレンフェストの防衛も大事だけれど、王族入りするための準備を整えることも大事だ、と養父様は言った。
「今日の午前中にオティーリエと話をしました。領主会議の頃には終わる予定です。……お心遣いはありがたいのですけれど、わたくしが中央へ移動するまでに襲撃が起こった場合、わたくしがどのように動くのか決まっていないのは困ります。オロオロするだけの足手まといになってしまうではありませんか」
ゲオルギーネからの襲撃があった時にのんびり移動準備をしているわけにはいかないはずだ。王族に助けを求めに行くなり、戦いの場に赴くなり、行動の指針は必要になる。
「其方が勇ましすぎて驚くぞ。そんな娘だったか?」
「父上、今に始まったことではありません。ローゼマインはダンケルフェルガーの次にディッターが好きなのではないかと疑うくらいです」
「ヴィルフリート兄様!」
「それぞれ理由があったのはわかっているが、それでも、どの学生よりも貴族院にいる期間が短く、騎士コースを受講しているわけでもないのに、毎年ダンケルフェルガーと宝盗りディッターをしている領主候補生など他におらぬではないか」
……のおおぉぉっ! 確かにそうだ! 反論できないっ!
「まぁ、いい。側近を率いて戦う気があるならば、祈念式の最中に襲撃があった時は、直轄地に出かけている者の穴埋めをしてほしい」
直轄地は聖杯を持って回るため、ヴィルフリート、シャルロッテ、メルヒオールは順番に出かけていく。わたしは城や図書館で移動準備をしながら、その間に襲撃があった時は不在の者の穴埋めをするように頼まれた。
「わかりました。戦いに備えた魔術具の作成状況はいかがですか?」
「ローゼマインに言われた通り、側近の文官だけではなく、騎士や学生達も動員して回復薬や魔術具を作らせている」
領主会議や貴族院の時期に豊富な素材をたくさん採集できていたため、魔術具を作るのにそれほど苦労しなかったようだ。
「各地のギーベにも戦いに備えるように連絡を入れたが、引退した老人達が意外と良い働きをしているようだ」
若い騎士達が宝盗りディッターを経験している世代にどのような罠が有効だったのか、どのような魔術具をどのようなタイミングで使ったのかなどを尋ねることで、世代間の溝が多少埋まった地域やライゼガング系と旧ヴェローニカ派が睨み合っている場合ではないと協力し合う姿勢が生まれた地域もあるらしい。
「外に共通の敵がいると、内はまとまりやすいですからエーレンフェストをまとめる絶好の機会ですね」
自領の礎は世代や地域を越えて守らなければならない物だ。粛清が終わっていて、ゲオルギーネに名捧げをしていた貴族がおらず、旧ヴェローニカ派の連座が回避され、名捧げを含めてアウブに忠誠を誓う貴族が増えてきたことも有利に働くだろう。
「そういえば、ローゼマインは何やら大きな魔術具を作っていると聞いたが、できたのか?」
ヴィルフリートの質問にわたしは得意顔で胸を張る。
「えぇ。神殿の門を守る魔術具として三体のシュミルが完成しました。もう門に置かれています。魔力を節約するために今は起動していません」
わたしとしては戦隊物っぽく、赤、青、黄の三色にしたかったのだが、毛皮を準備するリーゼレータの好みでパステルカラーになった結果、ピンク色、水色、クリーム色になった。リボンやレースをあしらった衣装を着せられていて、とても可愛い。灰色神官や騎士のいる門に置いておくには不自然に可愛く、起動させると防衛面ではとても強い。かなりシュールな存在に仕上がった。
「わたくしやメルヒオールの護衛騎士や門番に立つ灰色神官達には起動用の魔術具を持たせてあります。フェルディナンド様のお守りに刻まれていた反撃の魔法陣をいくつか仕込んだので、防衛という面ではとても強いですよ」
いかにシュミル達が強いのか説明し始めたところで、「ローゼマイン!」というフェルディナンドの声が頭に直接響いた。
「え? フェルディナンド様?」
思わず耳を押さえて辺りを見回す。空耳かと思った瞬間、虹色の光に自分が包まれた気がした。
「え? どこ?」
突然目の前の景色が変わった。ヴィルフリートやシャルロッテが正面にいたはずなのに、まるで自分が別の場所に来てしまったように違う景色が広がっている。
「……供給の間、だよね?」
真っ白な部屋の中央で天球儀のような不思議な動きをする魔石や魔力を帯びて光る複雑な文字や模様の連なりが回る様子は見慣れた物だ。
「フェルディナンド様!? フェルディナンド様!」
まだ幼さの残る声に思わず振り返った。金髪の女の子が顔色を変えてフェルディナンドに駆け寄っていく。記憶にある姿よりも成長しているけれど、レティーツィアで間違いない。顔色を変えたレティーツィアの前には胸元を押さえて、咳き込みながら床に膝をついたフェルディナンドが見えた。
……フェルディナンド様!