Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (597)
シュタイフェリーゼより速く
「それで、ローゼマイン様はディッターにおいて我等に何を望むのだ?」
笑顔で参戦を宣言したアウブ・ダンケルフェルガーがわくわくとした表情を隠しもせずに問いかけてくる。有志の騎士を借りることができるのだ。打ち合わせは必要だろう。
「わたくしが最速でアーレンスバッハの礎を押さえます。その間、ダンケルフェルガーの有志には城の上空でアーレンスバッハの騎士団を引き付け、攪乱していただきたいのです」
「ほぅ、我等に礎を盗るのではなく、囮になれと?」
フェルディナンドの魔力を考えると、礎を染めるのにあまり時間をかけられない。それに供給の間に入るために登録の魔石が必要になったり、一族ではないということで登録にひと手間かかったりすることを考えると、今回のように時間がない時に供給の間へ入れるのは礎を染めた者だけだと考えた方が良い。だから、今回はわたしが一気に礎を染めるつもりだ。
「ダンケルフェルガーには囮をお願いします。なるべく被害が出ないように立ち回るには相当の腕が必要ですし、アーレンスバッハの騎士団を引き付けてくださると、わたくしの護衛を減らすことなく礎を取りに行けますから。……もちろんディッターにおける勝利の証として、ダンケルフェルガーに礎が必要であれば、礎を染め直すことは構いません。わたくしはフェルディナンド様を助けるためだけに礎を必要としていますから」
フェルディナンドを助けた後は礎を得たい人に譲ることには何の問題もない。魔力回復薬を次々と飲みながら礎を染め変える自信があり、この後のアーレンスバッハを統治したいと考える猛者がいるならば、ぜひお願いしたいものである。
「いや、ランツェナーヴェと手を組んで中央に睨まれるのが確定しているような面倒なアーレンスバッハなぞいらぬ。罰になっても褒美にはならぬぞ」
……あ、やっぱり?
ディッターの勝利条件が礎を押さえることだからダンケルフェルガーが勝利の証を取りたいと考えているのかと思えば、別にそうではないらしい。
「ディッターに協力すると口にした以上、我等はローゼマイン様に必ず礎を盗らせるように全力を尽くすつもりだ」
「恐れ入ります」
ディッターのためならば全力投球のダンケルフェルガーに援助を求めて正解だったようだ。
「それで、ディッターの鐘はいつ鳴るのだ?」
「あちらがフェルディナンド様を害した時点ですでに鳴っているとお考えくださいませ、アウブ・ダンケルフェルガー」
興奮気味のアウブ・ダンケルフェルガーを見つめて、わたしはフッと笑う。わたしにとっての勝利条件はフェルディナンドの救出とエーレンフェストの防衛だ。フェルディナンドの魔力が尽きた時点で敗北になるのだから、すでに勝負は始まっている。
「ダンケルフェルガーの準備が整い次第、わたくしは攻撃を開始します。ダンケルフェルガーでは有志の方々を募り、出陣準備を整えるのに最速でどのくらいかかりますか?」
エーレンフェストでは一月近くの間、防衛のために総出で魔術具や回復薬を作ったりしていたし、護衛騎士達はアーレンスバッハから攻め込んでくることを想定して訓練をしていた。要請があればいつでも出られるように騎士達の準備は整えられている。
それはわたしの側近達も例外ではない。わたしが一緒に向かう者と残る者を決めて、それぞれに指示を出せばすぐにでも準備は整うだろう。一番準備に時間がかかるのがわたしという状態だ。正直なところ、出発時間はダンケルフェルガー次第である。
「ふぅむ……。最速で、ということは昼夜を問わずか?」
アウブ・ダンケルフェルガーが自分の顎を撫でるようにしながら問いかけてくる。視線はこちらを向いているようで向いていない。自分の考えに集中していて、頭の中で色々と考えているのがよくわかる。
「もちろんです。夜の方が平民達を巻き込む心配がなくなるので、できれば夜陰に紛れて行きたいです」
神殿で礎を盗るにしても、なるべく被害者は出したくない。命を奪う気はないので、邪魔にならないようにシュタープの光の帯でぐるぐる巻きにするつもりだが、貴族にシュタープを向けられれば恐怖でしかないだろう。被害者は少なければ少ない程良い。
「夜陰に紛れて……被害は最小になるように、か」
「実際に現地へ到着して、ランツェナーヴェやあちらの騎士団の出方を見てみなければはっきりとは言えませんが、なるべく一般市民には被害が出ないように貴族街の上空で戦いを終わらせたいと思っています。……あくまでも、なるべくであって、絶対ではありません。わたくしにとって絶対なのはフェルディナンド様の救出です」
アウブ・ダンケルフェルガーはわたしをしばらくの間見つめ、何度か顎を手で擦る。
「ディッターにかかる時間はどのくらいを想定しているのだ? それによって準備すべき物資も違うであろう?」
「礎を押さえるだけならば鐘一つ分の時間があれば十分ですけれど、そこからフェルディナンド様をお救いするためにどのくらいの時間がかかるか、今の時点では読めません」
アーレンスバッハにいるユストクスやエックハルト兄様と連絡が取れて協力し合うことができれば、城に潜入するのも楽になるだろう。けれど、二人がレティーツィアと合流できたのか、フェルディナンドの「行け」がどのような意味でどこに向かうように指示されていたのか、わかっていることはほとんどない。最悪の場合、彼等もまた囚われているかもしれないのだ。
……アーレンスバッハの城のどこに魔力供給の間があるのかさえわかれば……。あ、アウレーリアなら!
誰かアーレンスバッハの城に詳しい者がいるだろうか、と考えた瞬間に頭に浮かんだのは、ランプレヒト兄様の妻としてアーレンスバッハからやって来たアウレーリアだ。領主の姪だったのだから、多少は城の内部にも通じていると思う。さすがに幼い子供を持つ母親を戦いに参加させるようなことはできないけれど、魔力供給の間の位置を尋ねるくらいのことはできるはずだ。
「アウブ・ダンケルフェルガー、アーレンスバッハにおける戦いは鐘二つ分の想定で準備してくださいませ。魔術具や回復薬についてはこちらから持っていく物もお配りしますし、今回のディッターで使われた分に関しては後程補填いたします」
「ローゼマイン、きちんと交渉しろ。気安く請け負うな」
エーレンフェストの防衛準備にもお金がかかっているので、養父様からは叱責されたけれど、わたしは首を横に振った。
「交渉の時間を省くためにお金を使ったと思えば良いのです。だいたい、わたくしの我儘でアーレンスバッハへ向かうのですもの。ダンケルフェルガーにはわたくしの個人資産を使って補填しますから、養父様は心配しなくても大丈夫ですよ。フェルディナンド様から相続したお金もあります。フェルディナンド様を救うために使うのであれば、誰も文句は言わないでしょう?」
……別にわたし個人のお金を使ってもいいんだけど、そうしたらフェルディナンド様がまた五倍返しくらいしそうなんだよね。
「支払うつもりはございますけれど、お金の話は後日にしましょう。それよりも、今回のディッターにおける注意点をお話ししましょう。ランツェナーヴェと通じているアーレンスバッハは魔力を全く通さない銀の布を持っている可能性が非常に高いです」
わたしはアーレンスバッハやランツェナーヴェと戦う上での注意点を述べていく。相手の武器がシュタープではない以上、いつも通りのディッターにはならない可能性も高い。
「必ずシュタープ以外の武器を携帯すること、粉末の毒薬をディートリンデ様がフェルディナンド様に使っていたことから毒を防ぐためにも口元は布で覆っておくこと、万が一のために回復薬、解毒薬、ユレーヴェなどを多めに携帯しておくようにしてくださいませ」
「フッ、その程度の準備で良いならば、日付の変わる頃には騎士の選別を終えられるであろう」
……早っ! っていうか、もしかして準備時間のほとんどが騎士の選別じゃない?
「おそらく中央へ向かう準備も同じくらいにはできると思われる。だが、我等が動くのは王族からの要請があった時のみ。要請もなく、勝手に動いては我等が逆賊の誹りを受けよう」
「おっしゃる通りです」
アウブ・ダンケルフェルガーの言葉に養父様が同意を示した。いくら王族のためを思った行動でも、命令や依頼もないままに多くの騎士を引き連れて中央へ行くのはまずい。実際に出陣するか否かが王族次第になるのは当然だ。
「私から王族へダンケルフェルガーに助力をお願いできるということを伝えておきます。ただ、今までとは勝手が違うランツェナーヴェの協力を得た者達が相手です。中央騎士団にも混乱と苦戦が考えられます。エーレンフェストからも上位領地に協力をお願いするつもりですが、アウブ・ダンケルフェルガーからも声をかけてくださると助かります。……エーレンフェストはまだ上位領地との繋がりが薄いですから」
養父様の要望にアウブ・ダンケルフェルガーが面白がるように目の奥を光らせる。
「声をかけるくらいは構わぬが、こちらから働きかければエーレンフェストが手柄を独占することが叶わなくなるぞ?」
「エーレンフェストは協力をお願いする立場ですから、中央における手柄はダンケルフェルガーが独占してくださっても構わないと思っています」
「ほぉ?」
先を続けろと言うようにアウブ・ダンケルフェルガーが顎を動かす。養父様は少し顎を引いて話をつづけた。
「フェルディナンドを救うことがどのような影響をもたらすのか、ダンケルフェルガーには読めますか? フェルディナンドが何らかの情報を握っているために毒を盛られたのであれば、躍起になって殺そうとアーレンスバッハが一丸となって襲ってくるかもしれません。ローゼマインが礎を手に入れることができればアーレンスバッハの貴族は従わざるを得ませんが、旧ベルケシュトックの貴族がどう動くかは別になります。おそらくローゼマインがフェルディナンドを救ったところで、エーレンフェストはその後のアーレンスバッハの動向に備えることで手一杯になるでしょう」
上位領地に対して助力を提案しておきながら、エーレンフェストは参加することができませんという養父様の言葉にアウブ・ダンケルフェルガーも「旧ベルケシュトックか……」と呟きながら顔をしかめた。
「管理はしなければならないが、自領と同じように扱えぬところがまた面倒なのだ」
実感が籠っていることから考えても、旧ベルケシュトックの管理はダンケルフェルガーでも大変なのだろうと感じていると、アウブ・ダンケルフェルガーがフッと苦い笑みを浮かべた。それから、レスティラウトによく似た赤い瞳に強い光を宿してわたしを見据える。
「歴史を紐解いても、礎を手に入れるだけならば簡単だ。だが、その後は簡単ではない。だからこそ、本物のディッターはなかなか成立せぬ」
手に入れた領地を治めるために新アウブは元の領地から人や物資やお金を持ち出す必要がある。だからこそ、領地を跨いだ礎の奪い合いはよほどのことがない限り起こらないし、自領よりも大きな領地を手に入れるなど無謀の極致だとアウブ・ダンケルフェルガーは指摘する。
「アーレンスバッハの礎を手に入れた後、其方等がどうするのか、私は非常に楽しみだ。我等は本物のディッターを楽しむだけだが、其方等は手に入れた礎の扱いが待っている。フェルディナンド様を救って……それだけでは終わらぬぞ。下手をすれば、エーレンフェスト共々倒れることになる」
ダンケルフェルガーを巻き込んでまで手に入れるアーレンスバッハをどのように扱うのか、とアウブが突き放したような笑みを浮かべた。止めるならば今の内だ、という忠告が言外に含まれているのがわかる。
でも、わたしは止めるつもりなど、これっぽっちもない。引く気がない意志を込めてアウブを見つめ、ニコリと笑った。
「承知の上です、アウブ・ダンケルフェルガー。この後をどうぞ楽しみにお待ちください」
領主会議の前には王の養女となり、グルトリスハイトを手に入れることが決まっている。領地の境界線を引き直すこともできるし、新たな礎を設置することもできるのだ。エーレンフェストとアーレンスバッハを共倒れにするつもりはない。
「覚悟を決めた其方の目は非常に好ましい。ダンケルフェルガーに迎え入れられなかったのが惜しまれる。……さて、ローゼマイン様。準備ができた有志はどこに向かわせればよいかな?」
「日付の変わる頃、ダンケルフェルガーの国境門へわたくしがお迎えに参ります。境界門を開けてお待ちくださいませ」
「……国境門!? それは、つまり……」
目を剥き、口をポカンと開けて言葉を失ったアウブにわたしは明確な返事をせずに微笑みだけを返す。
「そうか……。ハハハハハハハ! そういうことか!」
アウブ・ダンケルフェルガーは「俄然面白くなってきたではないか」と手を打って豪快に笑う。
「わたくしが到着した時、現地に到着していた者だけを連れていきます。何度も申し上げていますが、今回のディッターの勝利条件はフェルディナンド様の救出です。疾風の女神 シュタイフェリーゼより速くアーレンスバッハの礎を奪います」
「応! シュタイフェリーゼより速く!」
出陣を前にした高揚感を全身に漲らせながらアウブ・ダンケルフェルガーは右手で拳を握り、左胸を二回打つ。
直後、水鏡の通信は切られたようで、アウブの姿は見えなくなった。
「……其方、煽るのがうまいな」
「伊達に毎年ダンケルフェルガーとディッターをしているわけではございません。あちらのやる気が今回の勝利の鍵ですから」
通信の切られた水鏡を見ながら、養父様が躊躇いがちな笑みを浮かべた。若干引かれているような気がするが、ダンケルフェルガーをやる気にできたのだ。これ以上の成果はない。
「わたくしも側近達と出発準備を整えなければ……。あぁ、その前に王族や上位領地に連絡をしなければならないのですね」
一刻も早く行きたいのにやることが多くて煩わしいと思うけれど、事前の根回しは重要だ。王族には不穏な情報があるので警戒するように注意して、ダンケルフェルガーを始めとした上位領地に助力してもらえるように連絡してあることも伝えなければならない。
「其方の捻り出した建前があり、ダンケルフェルガーの後押しもあるからな。その辺りの連絡はアウブである私が行う。其方は真夜中の出陣に備えよ。いつかのように睡魔に襲われぬようにな」
ユレーヴェの素材集めのために睡魔に襲われながらゴルツェと戦っていた時のことを指摘され、わたしは「うぐぅ……」と言葉に詰まる。確かに出発が夜中になるならば、仮眠と眠気覚ましの薬が必要かもしれない。
養父様が「ここは任せて早く行け」とわたしを促した時、オルドナンツが飛び込んできた。
「転移の間です。貴族院よりアウブに緊急の連絡がありました。貴族院の寮にユストクスとエックハルトの両名が来て、アウブとの面会を求めているそうです。お茶会室で待たせていますが、どのように対処しましょうか?」
オルドナンツが三回繰り返す間、わたしは養父様と顔を見合わせた。ユストクスとエックハルト兄様という渦中にいるはずの二人が貴族院の寮に現れたなんて俄かには信じられない。
……転移陣を使う許可がアウブ・アーレンスバッハから出るとは思えないんだけど。
どうして? と一瞬考えて、フェルディナンドが何か先手を打っていたのだろうと思った。二人に対する「行け」は養父様のところへ、という意味だったのだろう。何かあった時はエーレンフェストへすぐに連絡できるようにはなっていたらしい。そして、二人が貴族院へ移動できたということは、つまり、供給の間を飛び出していったらしいレティーツィアが二人にフェルディナンドの言葉を伝えられたということだ。
「本当は其方の話が真実でなければよかったのだが、どうやら動かしようのない事実のようだな。そうでなければあの二人がフェルディナンドの側を離れるとは思えぬ」
鼻筋に皺を刻んで嫌そうな顔をした後、養父様はシュタープを出して黄色の魔石を軽く叩き、オルドナンツを再び出現させる。
「私はあの二人から話を聞くため、そして、エーレンフェストで受け入れるために王族への連絡を終えたらすぐに貴族院へ向かうが、其方はどうする?」
アウブでなければ寮に出入りするためのブローチを作れないし、一度領地の外に出た者を受け入れるかどうか決められない。養父様が向かわなければどうにもならない。
……でも、わたしは?
貴族院へ行きたいと思う。気は急いている。少しでも多くの情報が欲しいし、二人の無事をこの目で確認したい。
「わたくしは二人の分も戦いの準備に専念します。養父様が事情を聴いたらわたくしの図書館へ来るように伝えてくださいませ。フェルディナンド様を救出するのに、あの二人ほど心強い味方はいません」
腰に下げている回復薬を二人に渡してもらえるように養父様にお願いすると、わたしは自分の側近達に指示を出すために踵を返した。