Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (598)
合流
わたしはアウブの執務室を出て、コルネリウス兄様とハルトムートとリーゼレータの三人と合流する。お嬢様らしく優雅に素早く歩くのはまだ少々心許ないので、騎獣を出して乗り込んだ。
「ハルトムート、今から騎士達をわたくしの部屋に集めてください」
「アーレンスバッハへ侵攻するための話し合いでしょう? すでに集まるように声をかけています。何を置いても急ぐようにと伝えたので、神殿に残してきた者もそろそろ集まる頃合いでしょう。ローデリヒとフィリーネには現状維持で残ってもらっています」
涼しい顔でさらりと言われたことに驚いて、わたしは思わずハルトムートを二度見した。
「……た、大変結構です」
「ローゼマイン様のお役に立てて何よりです」
ハルトムートの言葉通り、自室に戻ると護衛騎士が集まって待っていた。わたしはくるりと皆を見回す。神殿の守りを任されていたはずの騎士達はよほど急かされたのか、まだ息が整っていないように見える。
「あの、ローゼマイン様。ハルトムートから緊急の用と伺いましたが……」
「本当に緊急で唐突なのですが、今夜、アーレンスバッハの礎を盗りに行きます」
「……はい?」
午前と午後でかなり状況が変わってしまったのだ。これはわたしにも予測できなかったことだから仕方がないと思う。会議に出ていなかったため全く現状を知らない側近達に、フェルディナンドの現状、エーレンフェストへの侵攻の可能性、アーレンスバッハへ向かうこと、ダンケルフェルガーの助力があること、ユストクス達が合流することなどをざっと説明した。
緊急事態ということが嫌でも伝わるのだろう。皆の顔が緊張に強張っていくのがわかる。わたしはそんな皆に指示を出し始めた。出発まで本当に時間がない。
「まず、側仕えの配置ですが……。リーゼレータとグレーティアは図書館へ移動、城に残るのはオティーリエとベルティルデの二人です。オティーリエ達は最初にわたくしの騎獣用の衣装や靴、この部屋にある魔石や魔術具等を準備してください。それから、この後は図書館で夕食や仮眠をとる予定なので専属料理人を移動させる手配もお願いします」
「ローゼマイン様、何人が図書館で夕食を摂るのでしょう? 食料品に関しても手配が必要だと思われますが?」
オティーリエの言葉にわたしが側近達を見回して数え始めると、リーゼレータがそれを制した。
「オティーリエ、城の分をできるだけ移動させてくださいませ。足りなければわたくしからエルヴィーラ様に連絡を入れます。エックハルト様がお戻りだそうなので、ご協力いただけるでしょう」
オティーリエとリーゼレータの間でさっさと仕事の分担が決まっていく。
「わたくし達が出発した後、城に残る二人はゲオルギーネ様の侵略に備えて情報収集を怠らず、養母様、シャルロッテ、ブリュンヒルデと連携を取ってください」
「かしこまりました」
オティーリエは「本当に急ですね」と微笑みながら動き始めたけれど、わたしの無茶ぶりに全く慣れていないベルティルデは目を白黒させながらオティーリエの後について行く。
「では、ローゼマイン様。わたくしとグレーティアは図書館へ移動してラザファムと共に受け入れ準備をすればよろしいでしょうか?」
「えぇ。リーゼレータは察しが良いですね。エックハルト兄様とユストクスにも夕食と仮眠をとってもらいますから、よろしくお願いします」
「かしこまりました。時間がないので、お先に失礼いたしますが、図書館へ移動する際は護衛騎士を必ずお連れくださいませ」
リーゼレータは「次々と側近達に命令を下し、最終的に一人で動き回るようなことはいけませんよ」とわたしに注意すると、グレーティアを連れて退室していく。
「ハルトムートとクラリッサは図書館でこれまでに作った魔術具や回復薬などを皆に配布し、その後は……」
「出陣の準備は整っています。ご安心ください。配布が終われば、ハルトムートと交代で仮眠します」
クラリッサが張り切ってそう言った。ダンケルフェルガー出身の武よりの文官であるクラリッサはともかく、ハルトムートが当たり前のように出陣のメンバーに入っていることにわたしは驚き、ハルトムートを見つめる。
「騎獣に大量に積み込んだ魔術具や薬の管理をローゼマイン様が行うのは難しいでしょう。ダンケルフェルガーに配るのでしたら尚更です。ローゼマイン様が救出に集中できるように私も連れていってください」
「……ハルトムートの申し出は助かりますが、喜々として文官が行くところではないと思うのですけれど」
ディッターの経験がないのに大丈夫なのだろうか、とわたしが腕組みをして首を傾げると、ハルトムートはクッと小さく笑った。
「おや、領主候補生であり、文官であるローゼマイン様のお言葉とは思えませんね」
「うぐぅ……。今回は速さを重視するのですから、遅いと放っていきますからね!」
反論できない悔しさにそう言うと、ハルトムートは余裕の笑みを浮かべた。
「ローゼマイン様の騎獣に同乗し、魔術具を管理するので問題ありません」
「お任せくださいませ。ダンケルフェルガーからエーレンフェストまで一気に駆け抜けたわたくしの力を存分に発揮する時ですね」
……のおおぉぉ! 嫌な実績が!
できるならば解毒薬の一つでも増やしたいと言うので、ハルトムートとクラリッサにはもう好きなようにやらせることに決めて図書館へ送り出す。
わたしはアーレンスバッハへ連れていくことになる護衛騎士達を見回した。
「未成年のラウレンツには選択権があります。わたくしと共に来るか、残るのか、選んでください」
「ローゼマイン様に名を捧げているのですから、今更置いて行くとはおっしゃらないでください」
苦笑気味にラウレンツがそう言うと、対抗心を燃やしたようにユーディットが「わたくしもお留守番は嫌です」と手を挙げた。
「ユーディット、緊急事態だからこそ、お父様の許可が必要です。許可もなく他領との戦いの場に連れ出すことはできません」
「そんなぁ! うぅっ……。オルドナンツで許可を得てきます!」
涙目になったユーディットが駆け出していくと、わたしはその場にいる騎士達にローテーションを組むように命じる。
「アーレンスバッハへ赴く騎士達は交代で寮へ行き、夕食と仮眠を取り、準備を整えてください。エーレンフェストに残す騎士はダームエルだけです」
皆が目を軽く見張ってダームエルを見て、その後、話し合いのために集まる。
わたしは一人残ったダームエルのマントを軽く引っ張り、盗聴防止の魔術具を手渡した。
「ダームエルにしかできないことを命じます」
「ローゼマイン様」
「エーレンフェストにおいて何よりも大事なわたくしの家族を守ってください。前神殿長と繋がりがあったゲオルギーネ様達はわたくしの家族や家の場所を知っている可能性があります。そして、わたくしに対する一番大きな攻撃が家族に対するものだと察しているかもしれません」
神殿に入った経緯、シャルロッテの救助、下町との繋がり、専属達の出世、流行の広がりなどの情報を丁寧に仕入れていけば、わたしの大事な物は明確だ。エーレンフェストの神殿に忍び込んで礎を得ようと企んでいる彼女達にとって、一番邪魔なのは対外的に未だ神殿長であるわたしだろう。効率良くわたしを排除したり、抵抗できなくなるようにしたりすることを考えると、人質を取るのはかなり有効だ。
「あの頃を知っているダームエルにしか頼めないのです。お願いします」
「かしこまりました。……フェルディナンド様ともお約束しましたから」
「フェルディナンド様と?」
わたしが聞き返すと、ダームエルが遠くを見るようにアーレンスバッハの方へ視線を向ける。
「青色巫女見習いであった頃のローゼマイン様を直接知っている者が私だけになるから、とアーレンスバッハへ出発する前に言われました」
養父様もお父様もわたしが平民だったことを知ってはいるが、青色巫女見習い時代は少し顔を合わせただけで日常的に接したわけではない。たとえ報告されていたとしても、どのように家族と接していたのか見知っているわけではないのだ。
「だから、ローゼマイン様の心を守ってほしい、と命じられました。情報を掻き集めたハルトムートが余計なことをしでかさぬように見張れ、とも……。本当にフェルディナンド様は無茶ぶりが多いですよ」
ダームエルが苦笑しつつ、わたしを少し見下ろす。顔が近くなったな、と思った。あの頃と今では全く視線の位置が違う。
……最初はダームエルのお腹の辺りにわたしの頭があって、跪いてくれなきゃ視線が全然合わなかったんだよね。
そんなことを考えていたわたしの前にダームエルが跪いた。今はもう視線を合わせるどころか、茶色の頭しか見えない。
「ここに留まっているのが安全のためには一番だと護衛騎士ならば口にすべきでしょうが……。いってらっしゃいませ、ローゼマイン様。御自分の心を守るためにも望みを偽らずに進み、必ずフェルディナンド様をお救いください。数多の神々の御加護がありますように」
「ありがとう存じます、ダームエル。貴方はわたくしにとって、やはり一番の騎士です」
盗聴防止の魔術具を返して、ダームエルが去っていく。コルネリウスが訝しそうにわたしを見た。
「ダームエルはどこへ行ったのですか?」
「わたくしの大事な物を守りに、ですよ。ダームエルは護衛騎士ですもの。それより、仮眠をとる順番は決まりましたか?」
わたしは騎士達のローテーションを確認し、一緒に図書館へ向かった。
「ローゼマイン様、フェルディナンド様は……」
先に到着していた側近達から話を聞いたのだろう。ラザファムが出迎えの挨拶を終えると同時に、足早にわたしのところへやってくる。名捧げをしている主が遠くの土地で瀕死状態だと聞かされれば不安にもなるだろう。
「不安な気持ちはわかります、ラザファム。けれど、領主一族の許可はもぎ取りましたし、ダンケルフェルガーにも協力を取り付けました。ユストクスとエックハルト兄様も六の鐘が鳴る頃には貴族院経由で戻ってくると思われます」
わたしはハルトムート達がいるだろう工房へ向かって進みながらラザファムに進捗を尋ねていく。
「ユストクスとエックハルト兄様が仮眠をとるための客間の準備はできましたか? ここで夕食を摂る人数が大幅に増えましたが、食材は足りましたか? 料理人達は到着しましたか?」
わたしが次々とやるべきことを述べていくと、ラザファムはそれに明確な答えを返してくる。順調に準備は進んでいるようだ。
「二人が到着するまでに準備を終えたいと思っています。夕食を摂りながらアーレンスバッハの状況を聞かなければなりませんし、追加する物が必要であれば準備する余裕がいりますから」
「かしこまりました」
「それから、できれば二人の着替えが残っていないか、二人の実家に連絡してみてくださいませ」
側近達が忙しい中、わたしがうろうろすると邪魔にしかならない。わたしは自室で自分にできることをする。まず、イルクナーのブリギッテにオルドナンツを飛ばした。フェルディナンドを追い込んだ今がチャンスとばかりにアーレンスバッハが侵攻してくる可能性が高いこと、ゲオルギーネは隠密行動を取っている可能性が高いこと、銀の布の情報も伝え、平民達から広く情報を集めるようにお願いし、周辺のギーベ達と連携を取るように告げる。
「おじい様が率いる騎士団はいつでも出陣の準備ができています。何か異変を感じたら連絡をください」
「フロレンツィア様からも各ギーベに警戒するように連絡がございましたが、それ以上に詳細で貴重な情報、ありがとう存じます。周辺のギーベはもちろん、平民達にも知らせて警戒に当たります」
ギーベ達に詳細な情報が届いていないことがわかったので、わたしは養母様に向けて「もっと詳細な情報を流し、ギーベ・ゲルラッハやギーベ・ガルドゥーンにはギーベの騎士達に守りを固めてもらえるようにお願いしてくださいませ」とオルドナンツを飛ばした。
オルドナンツを飛ばし終えると、隠し部屋でメスティオノーラの書を使ってアーレンスバッハの地図を検索してみる。国境門と神殿の位置を知っておきたいと思ったのだ。検索の結果、街のエントヴィッケルンに使われた時の地図や見取り図があったため、神殿については詳しくわかった。
……痛い思いをしたけど、手に入れてよかった。めっちゃ役立ってる! 神に感謝を!
街の地図と神殿の見取図をクラリッサが作ってくれている魔紙にコピペして満足感に浸る。わたしは地図を見て、くるくる回してみても現在地と目的地がよくわからないけれど、騎士の中にはきっと役立ててくれる人はいるはずだ。
このまま城の見取り図で魔力供給の間を確認したいと思ったが、城の見取図が出てこない。よほどのことがなければ見直さないため、城全体の見取り図を見るような機会はエントヴィッケルンを行う時くらいしかないのだ。フェルディナンドの持っているメスティオノーラの書に入っているのだろうか。
「あうぅぅ、肝心なところがわからないよ!」
嘆いても見つからないものは仕方がない。ユストクスやエックハルト兄様が知っているはずなので大丈夫だろう。気を取り直して、使い勝手の良さそうな魔法陣をコピペしていくことにする。
いくつかコピーしたところで呼び出しの魔術具が光ったので隠し部屋から出ると、ユーディットが「エーレンフェストに残るように言われました」としょんぼりしていた。
「アーレンスバッハへ向かうだけが護衛騎士の仕事ではありません。エーレンフェストから動かせないわたくしの大事な者を守るのも護衛騎士の仕事です」
「それはそうですけれど……」
「ダームエルはわたくしの心を守るために、わたくしの大事な者を守ってくれると約束してくれました。ユーディットもダームエルと共に神殿や下町を守ってください。グーテンベルク達はこれからも印刷業を広げるために欠かせません。ゲオルギーネ様を絶対に入れない。そのくらいの強い気持ちで神殿を、それから、エーレンフェストを守ってくださいませ」
遠隔攻撃が得意で目が良いユーディットを神殿に配置して、銀の布では防ぎようがない虫爆弾などの魔術具を使ってもらえば、生粋の貴族育ちのゲオルギーネは怯むだろう。
「わかりました。神殿の守りに就きます」
思いつくままに準備を進めていると、六の鐘が鳴り、それからしばらくたってユストクスとエックハルト兄様がやってきた。
「ユストクス、エックハルト兄様!」
「……ひ、姫様?」
わたしを見て、ユストクスが言葉を失ったように立ち尽くす。エックハルト兄様は「ローゼマインか?」と確認するように呟いた後、すぐに今の準備状況を確認してきた。
「今エックハルト兄様が言った物は全て準備できています。ダンケルフェルガーとの協力も取り付けましたし、今夜、フェルディナンド様の救出に出発する予定です」
「素晴らしい手腕だ。さすがフェルディナンド様の教育を受けた私の妹だな」
エックハルト兄様の目に素直な称賛と希望の光があるのを見つけて、わたしはとても嬉しくなった。エックハルト兄様が褒めてくれるということは、わたしがとてもフェルディナンド様の役に立っているということと同義だ。
「エックハルト、何故これほどに変わられた姫様と普通に話ができるのですか?」
「外見がどのように変わろうとも、フェルディナンド様を大事にする妹という部分が変わっていなければ別に問題ないではないか」
エックハルト兄様は何ということもなさそうな顔でそう言いながらラザファムのところへすたすたと歩いていく。全く動揺を見せないエックハルト兄様と違い、ユストクスは情報を得たいけれど、緊急事態の今、どこまで聞いても良いのかわからないという感じで小刻みに体を動かし始めた。目が好奇心で輝いている。
「姫様の身に一体何があったのですか? これほどまでに短時間で成長し、お美しく姿が変わっているなど、今までに聞いたことがありません」
ユストクスがじりじりとわたしに近付いてくる。それを阻止するようにハルトムートが「よくぞ聞いてくれました」と言いながら、わたしとユストクスの間に滑り込んできた。こちらもまた楽しそうに橙の目を輝かせているのがちょっと怖い。
「神々に愛されたローゼマイン様以外にこのような奇跡を持つ者がいるはずありません。これは育成の神 アーンヴァックスによる神の奇跡! いかにローゼマイン様が成長されたか。その素晴らしい奇跡と感動をどうか私に説明させてください」
「ユストクスが飽きるまでですからね」
神様関係の修飾過多でわかりにくく、何度も似たような褒め言葉がループするハルトムートの言葉など、いくらユストクスでもすぐに飽きるだろう。事実、わたしの側近達は「もう聞きました」と受け流している。
……皆が受け流すせいでハルトムートがムキになって「この表現は初めてだ」と無駄に褒め言葉が増えたんだけどね。
「夕食を摂りながら情報交換いたしましょう。時間がありません、エックハルト兄様。レティーツィア様はどうされていらっしゃいますか?」
食堂へ向かいながら尋ねると、エックハルト兄様は意外そうに眉を上げてわたしを見下ろし、「さて? 私は知らぬ」と真顔で言った。あまりにも簡潔過ぎる回答にわたしは思わず頭を抱える。
「え? え? レティーツィア様がフェルディナンド様の伝言を二人に持って行ったのですよね? 保護とか何か……」
「何を言っているのだ、ローゼマイン? 彼女には彼女の護衛騎士がいる。名捧げ石を返され、フェルディナンド様の命がかかった命令が下っている時に、何故私が彼女を気にかけねばならぬ?」
……それはそうかもしれないけど。