Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (6)
閑話 変になった妹
わたしは、トゥーリ。6歳。
わたしには5歳の妹、マインがいる。
マインは夜のお空のような真っ直ぐの紺色の髪に、お月様みたいな金色の目をしている。姉のわたしから見ても、すごく可愛い。
いつも病気ばかりして、熱を出しているので、ご飯があまり食べられず、なかなか大きくならない。あんまり外に出られないから、肌は真っ白だ。
とても可愛いけど、一緒に遊べないのは、ちょっと残念。他の子は自分の兄弟姉妹と一緒に遊んでいるから、羨ましくなっちゃう。
マインはついこの間もすごい熱を出した。もしかしたら、死ぬんじゃないかって思うくらい高熱が続いて、家族みんなで心配していた。マインは三日くらいご飯も食べられなくて、水も飲めなくなるくらい衰弱した。
もしかしたら、その熱でマインはちょっと頭がおかしくなったのかもしれない。
熱のせいか、よくわからない言葉を発しては、いきなり怒りだしたり、いつもはちゃんと言うことを聞くのに、お皿を洗いに行っている間にベッドから抜け出したり、わけもわからず泣きだしたまま、丸一日泣き続けたり……。
その時は、まだ熱があって苦しいのかな? と思っていたんだけど、マインは熱が下がったらもっと変になってしまった。
だって、身体が気持ち悪いから、拭いて欲しいって言うの。
ご飯を作る時にお湯を沸かしていたら、温かいお湯が欲しいって。
それも毎日!
マインは毎日布を濡らして身体中を拭く。「一人では手が届かないところもあるから手伝って」と言われて、手伝った。
最初の日は、桶のお湯がずいぶん汚れたけれど、三日もたてば、お湯は綺麗なまま。
「ほとんど汚れてないのに、お湯を使うなんて、無駄使いじゃない?」
「汚れてるから、無駄じゃないよ」
何を言っても、マインは毎日身体を拭くことにこだわる。いつの間にか、寝室の一角がマインのための湯浴みスペースになっていた。
そして、何故か、手伝うだけのわたしのことまで拭こうとする。わたしが「別にいいよ」って言っても、布で顔をごしごしする。「トゥーリは外に行くから、わたしより汚れてるよ」って言って。
確かにマインを拭いた後は綺麗なお湯が、わたしの後には濁って汚れてしまった。自分についた汚れをまじまじと見せつけられると、ちょっと嫌な気分になる。
それなのに、マインはニッコリと笑う。「二人で使えば無駄じゃないよ?」って。
毎日お湯を使うのが無駄なことだって、どうやったらわかってくれるかな?
井戸から桶一杯分の水を運んでくるの、すごく大変なんだけど、どうしたらわかってくれる?
それから、いきなり髪を結いだした。
マインの髪は真っ直ぐなので、いくらきつく縛っていてもすぐに解けて落ちてしまう。だから、今までは特に結っていなかった。
また結いだそうとしては何度か失敗して、脹れっ面になったマインはいきなりおもちゃ籠の中をごそごそと漁り始めた。その中から、父さんが木を削って作ってくれて、母さんが服を作ってくれた人形――わたしの宝物――を持ってきた。
「トゥーリ。これ、折っていい?」
「それ、人形の足だよ! マイン、ひどい!」
人形の足を平然と「折る」なんて言える妹が怖い。ひどすぎる。
わたしが怒ると、マインは「ごめん」と項垂れながら、前髪を掻き上げて溜息を吐いた。5歳のくせに妙に色っぽい仕草で、思わず息を呑む。
「トゥーリ、こういう棒が欲しいの。どうしたらいい?」
マインが欲しいのは人形の足じゃなくて、木の棒だった。それなら、薪用に集めた木をちょっと削ればわたしにだって作れる。人形を壊される前に、ナイフで削って細めの棒を作ってあげた。
こっちの先をちょっと細くして欲しいとか、ここはあまり尖らないようにちょっと丸くとか、注文が多いけど、マインが満足する出来に仕上がったらしい。
「ありがとう、トゥーリ」
マインはすごい笑顔で受け取ったその棒をいきなり自分の頭に刺した。
「マイン!?」
ぎょっとしたわたしの前で、マインは突き刺したように見えた木の棒に髪をくるくると巻いて、グッとねじる。何をどうしたのか棒一本で髪が結い上がった。
まるでお貴族様の使う魔術のように髪がとまったことにもビックリしたけれど、マインの髪型が大人の髪型だったことにも驚いた。
「マイン、ダメだよ。全部の髪を上げるのは大人だけじゃない」
「……そうなんだ」
まるで知らなかったように目を丸くした後、マインは髪から木の棒を引っこ抜いた。その瞬間に、髪がパサリと解ける。
その後、上の半分くらいだけをさっきと同じように、棒でくるくる巻いてねじあげた。
「これならいい?」
「いいと思うよ」
それから、マインはいつも木の棒で髪を結うようになった。前から見たら頭に棒が刺さっているみたいだけど、本人は満足そう。
そうそう、今日は母さんが仕事を休んでくれたので、久し振りにみんなと森に行くことができた。
薪を拾って、木の美や茸もたくさん採って、肉の味付けに使う薬草もたくさん採れた。これからの冬支度に必要だから、一緒に行った子供達はみんな頑張って採っている。
マインも早く元気になって、一緒に森に来られるようになればいいのに。
「ただいま」
「おかえり、トゥーリ」
「何が採れたの? 見せて、見せて」
家に帰ると、マインが珍しそうな顔で籠の中を覗きこんできた。この間も持って帰ってきたのに、変なマイン……そう思っていたら、さらに変なことになった。
「これ! これ、ちょうだい!」
マインが目を輝かせて、籠の中からメリヤの実を取りだした。こんな風にマインが何かを欲しがることは少ないので、ちょっとならいいよ、と2つだけ実を渡してあげた。
「ありがとう、トゥーリ」
天使みたいな笑顔でメリヤに頬ずりしながら、マインは物置に入っていき、うきうきとした様子で戻ってきた。
「マイン、どうし……」
わたしが声をかけた瞬間、マインはいきなりメリヤ目がけてハンマーを振りおろす。
ゴッ! って、鈍い音がして、ブシャアッ! って、メリヤが潰れて弾けた。
ピシピシッと汁がわたしにも飛んでくる。
「……」
「……」
ハンマーを叩きつけたら、当然、果肉と汁があちこちに飛び散るよね?
考えなくても、それくらいわかるよね?
「ねぇ、マイン。何してるの?」
顔に飛び散った汁を拭かずに、ニコリと笑ってみる。
ぅひっと変な悲鳴を上げて、マインがビクッと飛び上がった。
「……えーと、その、ね。油が欲しくて」
やってしまった、って表情で、助けを求めるように見上げてくる。
この顔、絶対にハンマーで潰したら飛び散るってことも考えてなかった顔だ。
「油取るにしても、取り方ってものがあるでしょ!? 何やってんの!?」
「そうなんだ……」
しょぼんとしているけど、この子、本当に大丈夫かな?
この間、ヴァイスの油、一緒に搾ったのに、覚えてない?
もしかしたら、熱の出し過ぎで頭がおかしくなったかもしれない!
……母さんに相談にした方がいいかな?
その後、掃除に苦労して、夕飯の下ごしらえに井戸のところに行っていた母さんが帰ってきて、やっぱり怒られた。
マインがやったことなのに、一緒に怒られてしまうんだから、姉っていうのは嫌な立場だ。こんな時はマインが全然可愛く思えない。
「トゥーリ、トゥーリ。どうやって油取るの? 教えて?」
母さんがぷりぷり怒っているから、マインはこっそりとわたしのところへ聞きに来る。
こそこそしてるのも丸見えだよ。ほら、母さんがこっち見た。
「母さん、マインに教えていい?」
「ハァ、ちゃんと教えておかないと、これから先が大変なことになりそうだからね。ちゃんと教えてやってちょうだい」
母さんが溜息混じりにそう言って物置を指差した。
油を絞るための道具も布も全部物置にあるので、わたしはマインと一緒に物置へと行って教えてあげることにする。
「……台所の木の台は油とか汁が染み込んじゃうから、そのまま使っちゃダメ。こっちの金属の台を置いてから使うの。最初にちゃんと布を広げて。この中に実を入れて、包まないと飛び散るんだよ」
メリヤは実が食べられるから、普通は食べた後の種から油を絞る。でも、マインは実の油もいるから、と言って譲らない。
マインは嬉々として、ハンマーを振りおろしているけど、狙いは甘いし、力はないし、へっぴり腰なので、実がつぶれても種はちっとも潰れていない。
おまけに、完全に種まで潰してから、布を搾るんだけど、マインの力では全然搾れていない。
「マイン、それじゃダメだよ。種、潰れてないよ?」
「うっ……トゥーリィ~……」
マインがあんまり情けない顔で見上げてくるので、手伝ってあげることにした。
ハンマーをマインから受け取ると、既に汁でべたべたぬるぬるしていて、振ったらすっぽ抜けそうだ。
わたしは溜息混じりにハンマーを拭って、グッと掴んだ。
「こうやって完全に種を潰して……」
父さんならハンマーなんて使わなくても、圧搾用の重りを使えるから結構楽に潰れる。この重りが使えるようになれば、男の子は一人前の力仕事を任されるようになる。重くて使えないわたし達は、ハンマーでちょっとずつ潰すしかないんだけど。
「布をこうやって搾って……」
「うわぁ! トゥーリ、すごい!」
ポタポタと小さな器に搾れていく油を見て、大喜びするマインは可愛い。けど、わたしの腕はすごく痛い。
「ありがと、トゥーリ」
「マイン、後片付けしないのはダメ。ほら、片付けて」
片付け方がわからないように、まごまごしているマインにやり方を教えながら、道具を片付けていく。
病弱で小柄だから、本当の年よりずっと小さく見えて忘れがちだけど、マインはもう5歳だ。7歳になれば、神殿で洗礼式を受けて、見習いとして仕事を始めなければならない。
そうでなくても、来年にはわたしが7歳になる。見習いを始めたら、家のお手伝いの半分以上はマインがすることになるのに、道具のありかも使い方もわからないなんて、大丈夫なのだろうか。
体調を見ながら、どんどんお手伝いをさせていかないと、今のマインを雇ってくれるようなところはないだろう。
母さんにも甘やかすのを止めさせて、姉として、わたしもちゃんと教えてあげなくちゃ。
「トゥーリ。薬草もちょうだい」
「ちょっとだよ?」
「うん!」
マインは取れた油に、籠から出されている薬草の匂いを真剣な顔で嗅いで選びながら、いくつか入れていた。
多分、香りを移しているんだと思うけど、マインが入れた薬草の中には虫除けに使う物で食べる気にはなれない匂いがするのもある。
うわぁ……完全に香りが移る前に、夕飯に使ったほうがいいよね?
早速メリヤの油を夕飯に使おうとしたら、マインが必死の形相で阻止してきた。
「トゥーリッ! ダメッ! 何するの!?」
「早く食べなきゃ使えなくなっちゃうでしょ? この薬草、匂いが移りすぎると食べられなくなるんだよ?」
「食べちゃダメなの!」
わたしが何て言っても、マインはただ首を振って、油の入った器を隠そうとする。困って母さんに目を向けると、母さんも怒ってくれた。
「マイン! それはトゥーリが採ってきたものでしょ! 我儘言わないで!」
「我儘じゃないっ! トゥーリがくれたんだから!」
母さんがいくら怒っても聞きやしない。
母さんと二人で、何を言っても無駄だと放っておけば、マインはいつものようにお湯が欲しいと言いだした。
けど、マインはその油をいきなり半分くらいダバッと桶に入れて、ぐりぐりと掻き回し始めた。こんなことされたら、もう食べられない。せっかく森から採ってきたのに!
「マイン!? 何してるの!?」
「え? 髪洗うんだよ?」
マインが何を言っているのかわからない。ここ数日、こういうことが増えた。
わけがわからず見下ろすわたしの前で、マインは桶に髪を浸して本当に洗い始めた。
ジャブジャブと浸かっている部分を洗って、頭に手で何度もかける。納得するまで繰り返した後、ギュッギュッと髪を絞りながら、マインは布で頭を拭いていく。
何度も何度も拭いた後、櫛を入れると、マインの紺色の髪がいきなり艶を増して、輝き始めた。
「……何、これ?」
「ん~と、『簡易ちゃんリンシャン』」
「え?」
「トゥーリも使う? 二人で使えば無駄じゃないよ?」
いきなりマインが綺麗になったのを間近で見たので、使ってみたくなった。
わたしも綺麗になってみたいなって思って。
でも、マインのことをたくさん怒った後だったから、ちょっとだけ気まずい。
けれど、マインに「トゥーリが採ってきたメリヤと薬草だし、搾ったのもトゥーリだし……」と言われて、気まずさなんて吹き飛んだ。
そういえば、これの準備をしたのって、全部わたしじゃない?
躊躇いなく三つ編みを解くと、マインがしていたように桶の中に髪を入れて洗う。マインも手を入れてきて、小さな手で届きにくいところを何度も洗ってくれた。
「これくらいで大丈夫だと思うよ?」
布で何度も拭いて櫛を入れたら、マインと同じように、わたしの髪もつるつるになった。いつだってふわふわもさもさして、櫛が通らなかったわたしの髪がしっとりうねうねだ。
まるで、魔術のような仕上がりに感動していると、
「すごい綺麗になったね。トゥーリ、いい匂い」
そう言って、何故かマインがすごく嬉しそうにわたしの髪に櫛を入れている。
綺麗になったことはすごく嬉しいけど、なんでマインはこんなことを知ってるの?
やっぱりマインは変になったと思う。
これから先、熱を出すたびに変になるんじゃないかと思うと、ちょっと怖い。
……けど、マインが桶を片付けようとした時、母さんが慌てて止めて使っているのを見た時に、次は何をやらかしてくれるかなって、ほんのちょっとだけ楽しみになった。