Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (610)
ランツェナーヴェの船 後編
いくつかの質問の後、フェルディナンドはすぐに第九班、第十班の騎士達を集め、あの攻撃を止めるために船を凍らせると言った。
「船を凍らせる!? 一体どのようにすればフリュートレーネの力に満たされた暖かな気候の中で氷雪の神 シュネーアストが力を振るうことができるのですか!?」
「この船の部分だけ冬を呼ぶ儀式を行う」
「は?」
……わかる。わかるよ、その気持ち。何言ってるの? って思うよね? 非常識は絶対にフェルディナンド様だよね?
理解不能という顔になっているハイスヒッツェや騎士達には目もくれず、フェルディナンドはわたしの護衛騎士達にエーヴィリーベの剣を振るうように指示を出す。コルネリウス兄様、マティアス、レオノーレ、アンゲリカは目を瞬きながら顔を見合わせた。
「護衛騎士全員で行うのは無理です、フェルディナンド様。あれを使うと、魔力を根こそぎ持っていかれます。ローゼマイン様の護衛騎士をあまり減らすことはできません」
「それに、エーヴィリーベの剣を使用した後、回収してくれる者がいなければ騎獣が消えると思われます。海に真っ逆さまになるでしょう」
非常識大作戦にわけがわからないという顔をしたのはわたしの護衛騎士達も同じだが、コルネリウス兄様とレオノーレは即座に対応を始める。
「一人の魔力でどの程度凍らせることができるかわからぬ。できるだけエーヴィリーベの剣を振るう者は多い方が良いし、魔力の多い者が望ましい。だが、ローゼマインの護衛騎士も必要だ」
フェルディナンドの言葉を聞いたマティアスが陸地の方へ視線を向けた。
「ラウレンツもエーヴィリーベの剣を使えます。魔術具の管理を別の者に任せ、ラウレンツをこちらの戦力に入れるのはどうでしょう?」
フェルディナンドは打てば響く反応に「ふむ」とマティアスと同じように視線を陸地の方へ向ける。けれど、視線は外壁の門柱ではない。更に奥の城へ向けられていた。
「……ローゼマイン、護衛騎士達が神殿で奉納してエーヴィリーベの剣を得たのであれば、ハルトムートも使えるか?」
「もちろん使えますよ。どちらが早く使えるようになるか、コルネリウス兄様と争っていましたから。……まさか、フェルディナンド様」
ハルトムートも使うのですか!? と声を上げれば、フェルディナンドはフンと鼻を軽く鳴らした。
「エーヴィリーベの剣を使える文官だぞ? 護衛騎士の数を減らすこともないのだから好都合ではないか。君が呼べばハルトムートは即座にここへ来るであろう?」
フェルディナンドはオルドナンツの魔石をわたしに渡してハルトムートを呼ぶように言った。わたしはフェルディナンドから言われた通り、ハルトムートにお願いする。
「ハルトムート、これからエーヴィリーベの剣を使うための大規模な神事を行います。神官長であったハルトムートの協力が必要です。魔石の鎧をまとった上で、可及的速やかに来てください」
わたしが自分の左手に停まらせたオルドナンツに声を吹き込んでいたら、フェルディナンドがわたしの左手を取った。
「クラリッサには外壁の門柱で魔術具及び回復薬の管理をしてもらう。アーレンスバッハの貴族に本来の神事がどういう物か見せるために門まで貴族達を連れ出しても構わぬ。急げ」
「かしこまりました、ローゼマイン様。可及的速やかに」
「行きましょう、皆様。本物の女神と見紛うローゼマイン様の姿をその目に焼き付けるのです!」
返ってきた二人の声が生き生きしている。わたしが神殿への出入りを許さなかったのでクラリッサは神具を作れない。仕方がないのだけれど、クラリッサ本人は悔しいだろうなと思っていたので、クラリッサにも役目が与えられたのは良かったと思う。
……貴族達の洗脳の一環じゃなかったらね!
ハルトムートとクラリッサのハイテンションぶりに少し引き気味になっているわたしの背後ではフェルディナンドが回復部隊にいるラウレンツにオルドナンツを飛ばし、エーヴィリーベの剣を振るうように要請していた。
「ラウレンツ、ローゼマインの護衛騎士にはこれからエーヴィリーベの剣を振るってもらう。魔力を失う其方等を回収し、回復薬を与える見習い騎士を四人選び、連れて来なさい。魔術具の管理のためにそちらへクラリッサを向かわせている」
「……エーヴィリーベの剣を振るうため、回復薬と回収役の選別を至急行い、クラリッサとの引継ぎの後で合流すればよろしいですか?」
疑問を全部封じ込めたようなラウレンツの返事に、わたしは心の中で「ラウレンツ、頑張れ!」と応援するしかない。
「コルネリウス、其方等はローゼマインの護衛騎士として誰を残すのか考えよ。残すのは二人だ」
「はっ!」
わたしの護衛騎士達が話し合いを始める中、未だに納得できていないらしいハイスヒッツェがあちらこちらへ視線を巡らせる。わたしの護衛騎士達は迅速に動き始めたけれど、ダンケルフェルガーの騎士達が揃ってポカーンとしている。
「エーレンフェストの者は何故それほど冷静に対応できるのだ!? フェルディナンド様は船を凍らせるために冬を呼ぶとおっしゃったのだぞ!?」
ハイスヒッツェが問いかけたのは、一人だけ少し距離を取って護衛騎士達の話を見学しているアンゲリカだった。突然問われたアンゲリカは驚いたように目を瞬いた後、頬に手を当てて儚い微笑みを浮かべる。
「難しいことを要求された時は、理解することよりも自分の割り振られた役割をいかにこなすかが大事なのです。今回望まれたのはエーヴィリーベの剣を振るうか、護衛のどちらかです。冬を呼ぶことはわたくしの仕事ではありません」
「なるほど。そうして冷静さを身につけていくのか……」
……難しいことは最初から考えないし、できることしかしないよって意味なんだけど、アンゲリカがすごく賢そうなことを言ってるように聞こえるよ。
感動しているハイスヒッツェが「フェルディナンド様、我等にも役割を!」と言い出すのを軽く流し、フェルディナンドは大破した先行の船から救出や魔術具の回収をしている騎士に「海に落ちた者の救出にどのくらいかかる?」とオルドナンツを飛ばす。
「フェルディナンド様、シュトラールです。連れさられた御令嬢の救出は完了しました。今は魔石や魔術具の回収をしています。……亡くなった者の魔石は少しでも多く回収したいと思いますから」
「そうか。これから冬を呼んでこちらの船を凍らせるので、余波で海の温度が急激に下がると思われる。気を付けよ」
「……は?」
シュトラールから返ってきたのは語尾が上がっている疑問形の返事だったけれど、フェルディナンドは了解と受け止めることにしたようで、それ以上の説明は送らない。シュトラールがちょっと可哀想になった。
「フェルディナンド様、シュトラールとはどなたですか?」
「ディートリンデに罷免されたアーレンスバッハの元騎士団長で、今は私の護衛騎士をしている者だ」
フェルディナンドはダンケルフェルガーの騎士達が内部に潜入して制圧した船にも「船の内部情報が知りたいので、一人来い」とオルドナンツを飛ばす。了解の返事を持って戻ってきたオルドナンツを今度はハンネローレの部隊に飛ばして今の状況を問う。オルドナンツが大忙しだ。
ハンネローレ達も船の制圧がほぼ完了したらしい。人質のお嬢様方を船から連れ出し、被害状況の聴取を始めているそうだ。
「ローゼマイン、両手を真っ直ぐに伸ばした状態で騎獣に手をつき、体を少し前に倒した前傾姿勢になれ」
「突然何ですか?」
頭の中に疑問符を浮かべながら、わたしは言われた通りに腕を真っ直ぐにして騎獣に手をついた前傾姿勢を取った。フェルディナンドは「少しの間、その姿勢を維持せよ」と言いながら、何やら板のような物をわたしの背中に置いた。魔石を変形させた物だろうか。少し重い。
「この姿勢、ものすごく大変なのですけれど、フェルディナンド様は何をするおつもりですか?」
「魔法陣を描き終わるまでの我慢だ」
……のおおぉぉ! わたし、机代わりにされてる!?
わたしの背中を机代わりに、フェルディナンドはわたしが渡した魔紙に魔法陣をスティロで描き始めた。
「フェルディナンド様、腕がぷるぷるしてきました」
「いくら何でも早すぎる。もう少し耐えなさい」
震える腕から気を逸らすために、わたしはせっかく船を凍らせるのだから、凍らせた直後に衝撃を加えることもできないか尋ねてみる。
「貴族が作る魔力の金属っぽい物は魔力の含有量によって耐撃性が違いますけれど、平民が扱う通常の金属は氷点下などの極低温の環境におくと、脆くなってしまう性質があるのです。ランツェナーヴェの船が魔力を含まない金属ならば、冬を呼んでエーヴィリーベの剣を振るって凍らせた直後に大きな衝撃を与えるのは普通に攻撃するよりも有効だと思うのですけれど、どうでしょう?」
「ほぅ? ダンケルフェルガーに攻撃させれば衝撃を与えるのは容易だが、どのような攻撃が一番良いと思う?」
フェルディナンドは魔法陣を描く手を止めずに尋ねてくる。
「えーと、急激に温度が下がると金属は縮む性質もあります。剣や槍でわずかな隙間を突くことができれば、あの表面を覆っている黒と銀の物を剥がせないかと考えたのですけれど」
いくつか剥がすことができれば、周囲も同じように剥がしていくことは難しくないだろう。
「あの攻撃口さえ塞いでしまえば、上甲板に降りて力技で何とかなる。力技には定評のある騎士がたくさんいるのだからな。だが、せっかく凍らせるのだから、衝撃を与えるのは良いと思う。あの銀色を剥がし、アウブの守護をかけることが大事だ。人が一人分通れる程度の穴さえ開けられれば、魔術具とダンケルフェルガーの騎士の投入で人質の救助はどうにでもなるであろう」
爆音だけが響く物、さっきも使った閃光弾、ハルトムート特製催涙弾など、使えそうな魔術具はたくさんあるのだ。アウブの守護をかけられれば、魔力制圧も簡単になる。
魔法陣を描き終わったフェルディナンドが船を制圧した騎士とハンネローレ部隊の情報を聞いた結果、人質の魔力攻撃を防ぐための部屋があることを確認できた。
「ハイスヒッツェ、船が凍ったら、人質がいない場所をめがけて数人がかりで槍を降らせよ。人選は任せる」
「お任せください!」
ハルトムート、ラウレンツ、回収部隊が合流した。情報を得るため、指示を出すため、色々な場所へオルドナンツを飛ばした結果、アーレンスバッハの貴族の注目をがっつりと集めたようだ。外壁の辺りに貴族の騎獣がいくつも見えるし、平民達も窓を大きく開けてこちらを見ているのがわかる。
攻撃が届かないくらいの船の上空で、わたしは見習い騎士と同乗している自分の護衛騎士達を見回した。エーヴィリーベの剣を振るうのはコルネリウス兄様、マティアス、ラウレンツ、ハルトムートの四人である。
「ローゼマイン、始めろ」
フェルディナンドがそう言ったのは、ちょうど日が昇り始めた時だった。海と空の狭間から太陽が顔を出し、一気に空が明るくなった。海に眩い光の道ができ、海面が波立ちながら光を放つ。
わたしはフェルディナンドに手渡される魔石で魔紙に描かれた魔法陣をなぞり、魔力をこめ始めた。三個、四個と次々に魔石の魔力が魔法陣に吸われていくのがわかる。持っていた魔石で足りるのか心配になりつつ、五個目の魔石を置いたところで魔法陣が起動した。
魔紙がふわりと浮き上がり、赤い炎を上げて魔法陣が上空へ飛んでいく。船の上空に浮かんだ魔法陣は赤に染まり、今度は真っ直ぐに船に向かって赤の貴色の柱が立った。船全体が入るくらいの光の柱だ。
周囲にいた騎士達から「おぉ……」と驚きの声が上がった次の瞬間、その赤の魔法陣が白に変わっていく。赤を覆いつくすように魔法陣を全て染め上げた白の光は、上空から船に向かって赤い光の柱を塗り替え始めた。
「冬が来たぞ。やれ」
「はっ!」
フェルディナンドが騎獣で光の柱の中に入った。そこだけ明らかに温度が違って寒い。
全身鎧を着ている側近達は気温の差をそれほど感じないのか、何ともない顔でエーヴィリーベの剣を出した。
出された状態ですでに白い刀身が光って冷気をまとっている。そこに魔力を込めていくと、ゆらりとしていた冷気が次第に濃くなっていき、氷雪へ変化していくのだ。
「再生と死を司る命の神 エーヴィリーベよ 側に仕える眷属たる十二の神よ」
四人の詠唱で氷と雪の混じった風が吹き始めた。思わず二の腕を擦っていると、フェルディナンドがマントを外して、わたしをぐるぐる巻きにする。ぴしぴしと当たっていた氷雪混じりの風が防がれてホッと安堵の息を吐いた。
「ありがとう存じます」
「いや、君の防寒を忘れていた私の責任だ。側仕えがいたら防寒具を絶対に準備したはずだ。ユストクスも連れて来るべきだったか……」
フェルディナンドの反省を聞きながら、わたしは光っているマントを見下ろす。反省はいいけれど、これはいいのだろうか。遠目からでもわたしがまとった時から魔法陣が光りだしたマントは絶対に目立っていると思う。
……日が差し始めたから大丈夫? 遠くからは見えない? どうなんだろう?
寒いので手放す気はないけれど、とても注目されているのがわかって周囲の視線はちょっと気になる。
「御身に捧ぐは不屈の想い 最上の想いを賛美し
不撓
の御加護を賜らん 敵を寄せ付けぬ 御身が力を与え給え」
わたしが考え込んでいる間に詠唱は終わる。四人が船に向かって剣を振り下ろした。雪と氷でできた冬の主の眷属達が形を取り、船に飛びかかるように駆け下りていく。数が多すぎてとても数えきれないけれど、七十くらいはいるのではないだろうか。
眷属達が飛び出した瞬間、ガクッと力の抜けた四人を騎士見習い達が慌てて支える。そのまま回復薬を与えるために白い光の柱から飛び出していった。
わたしは視力を強化して眷属が船に食らいつく様子をじっと見つめる。銀色の針を飛ばしていた攻撃口を中心に雪の結晶が貼りつけられて銀色が白に変わっていく。四人の魔力が圧倒的だったのか、船全体が雪と氷に包まれ、光の柱の中だけ海まで凍るのにそれほど時間はかからなかった。
「眷属はまだいるか?」
「二、三匹ですね」
少しずつ薄れて数を減らしていく眷属を見て報告すると、フェルディナンドがダンケルフェルガーの騎士を呼んだ。
「ハイスヒッツェ、行け!」
「行くぞ!」
四人のダンケルフェルガーの騎士達が光の柱の中に飛び込んできてシュタープを出すと、「ランツェ!」と声を揃えて変化させた。四人全員の手に青い光を放つライデンシャフトの槍が握られている。
「……ダンケルフェルガーがライデンシャフトの槍だと?」
「わたくしが三年生の時の領地対抗戦でアウブが神殿から持ち出していたでしょう? あの後、ディッター前の神事のために神殿に通っていたみたいですよ。……フェルディナンド様は貴族院の神事に参加しないアーレンスバッハにいたせいか、ずいぶんと情報が遅れてますよ」
「今、嫌というほど実感している」
船に向かって落下するような勢いで青く光る槍を握った青いマントが駆け降りていく。
「やあああぁぁぁっ!」
気迫の籠ったハイスヒッツェの声と共に四人の槍が人質のいないところを考慮して投げられた。魔力は通じなくても、ライデンシャフトの熱は伝わる。船の表面を覆っていた氷が吹き飛ばされ、同時に船の表面を覆っていたタイルの一部分が飛び散った。
四本投げられた槍の内の一本は金属が冷却されて縮むことでできた隙間に上手くはまったらしい。網目状に青い魔力の線が走り、タイルが剥がれ落ちていく。
「ローゼマイン、アウブの守護を!」
この隙を逃すな、とフェルディナンドに言われ、わたしはシュタープに魔力を込めて振る。
「フォルコヴェーゼン!」
あの中にいるアーレンスバッハの領民を守ってくれる黄色の鳥が船を目がけて飛んでいく。わたしのシュタープから黄色の鳥が飛び出すより早く、フェルディナンドは次の指示を出していた。
「船首を叩き切って入り口を作れ、エックハルト!」
「はっ!」
「第九班、第十班、突入準備!」
「はっ!」
アウブの守護を追いかけるようにエックハルト兄様がシュタープを大剣に変化させ、魔力を込めながら船に向かう。魔力を通さない銀色が剥がれた船はもはや敵ではない。虹色に光る剣によって叩き斬られ、できた穴からダンケルフェルガーの騎士達が飛び込んでいく。
わたしはフェルディナンドに言われた通りにスティロで魔法陣を描く。フェルディナンドがそこに魔石を三つ投げ込んだ。白い光の柱は消え、冬は終わりを告げる。初夏のような日差しと気温の中に凍った船が浮いているのは非常にシュールだ。
「フェルディナンド様、レティーツィア様が救出されたようですよ」
船から出てきた金髪の女の子を見て、わたしはフェルディナンドを振り返る。少し成長しているけれど、顔はそれほど変わっていないのですぐにわかった。わたしが返却したマントを付けながら、フェルディナンドはそっと息を吐く。
「ローゼマイン、君はレティーツィアをどうしたい?」
「……え?」
「反逆者の一族とするのか、私への殺人未遂で裁くのか、落としどころを探して温情を与えるのか……。それによって、この場で罪人として捕らえるのか、監視下には置くが救助された被害者として扱うのか、大きく変わる」
フェルディナンドの言葉にわたしは船の上に連れ出されたレティーツィアとフェルディナンドを見比べる。
「温情を与えられるならば、与えたいです。名捧げ石を託したくらいですから、フェルディナンド様もレティーツィア様に殺意があったとは思っていないのでしょう?」
「……罪に問うのはいつでもできるからな。ひとまずは被害者として遇しよう」