Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (612)
遊び場
「遊び場ってどういう意味ですか?」
「君が好きに遊んでも構わないところという意味だが? すでに外患誘致の罪を犯している領地だ。君がアウブとしての選択を間違えて潰しても構わぬし、慈悲を与えたように見せかけることも可能だ」
「ちょっと待ってくださいませ。潰してしまっては大変でしょう!? 実際に貴族や領民が住んでいるのですよ!」
簡単に言ってくれるな、と思ったところで、ハッセのことを思い出した。そういえば、フェルディナンドは昔からこういう人だった。領主に攻撃した平民など町単位で滅ぼしても構わないと言い切っていたのだ。
……フェルディナンド様、アーレンスバッハのこと、本気で滅ぼす気だったんだ。
ディートリンデに毒を盛られるような油断をした照れ隠しのような可愛い理由でちょっと口にしただけの冗談ではなかったらしい。これはもしかしたらハッセの時と同じで、わたしが頑張らなければアーレンスバッハがフェルディナンドによってメシャッと潰されてしまうのではなかろうか。
ハッセの悪夢再び!? と頭を抱えていると、フェルディナンドは「君が欲しがっていたではないか」と面倒くさそうに口を開いた。
「海があり、魚がいる。いつでも魚が食べられるのが羨ましかったのであろう? それに、最近の傲慢すぎるランツェナーヴェに腹を立て、彼等との貿易を少しでも減らすためにいくつかの香辛料については原木を手に入れて実験をしている文官が何人かいる。彼等を援助して栽培が可能になれば様々な香辛料が手に入る可能性は高い」
……何それ!? アーレンスバッハ、おいしい!
涎が勝手に垂れないように口元を押さえて、わたしは脳内にお魚パラダイスを描いてみる。悪夢の塊だったアーレンスバッハがとてもおいしそうな領地になった。
「それに、君が礎を染めて手に入れた自分の土地だ。どのようにエントヴィッケルンを行うことも可能だ。いつだったか講義の予習で提案していた図書館都市の建設ができるのではないか?」
「え? 図書館都市ですか!? 本当に作っても良いのですか!?」
予習の時にはフェルディナンドから呆れた目で見られ、貴族院の講義ではエグランティーヌから子供の夢を応援されるような生温かい目で見られた図書館都市を実際に建設してしまって良いのだろうか。あっさりとフェルディナンドから許可されると逆に不安になる。
「あの構想はエーレンフェストに建設することを想定して設計されているので、そのまま建設すると色々なところで不都合が出る。そのため、現在のアーレンスバッハの特産品や主要産業も考慮に入れて設計を改善する必要はあるが、図書館都市という構想を実現することは可能だ」
お魚と香辛料にドキンと胸が高鳴ったところで、図書館都市の建設にGOサインが出た。改変が必要と言われたところで、妙に現実味が増した。心を鷲掴みにされたのがわかる。アーレンスバッハが非常に魅力的な領地に見えてきた。
「いつだったか君が言っていたように平民の識字率を上げるための神殿学校に関しても自分の領地ならば自由にできる。君が他の者から許可を得る必要がないし、領地運営の範囲に関してはツェントからの口出しもできぬ。今の混乱期ならば急な改変でもある程度押し通せるのではないか?」
……神殿学校かぁ。それも夢だったよね。識字率を上げて、作家の裾野を広げるって……。
過去にわたしが述べた計画を一々覚えているフェルディナンドの記憶力に驚きと感心でいっぱいになり、「もうアウブ・アーレンスバッハでいいんじゃない?」と頭の片隅で声がした。もう一方で、「ちょっと冷静になって。フェルディナンド様がそんなに甘いことばかり言うわけないでしょ」と注意してくる。
……そうだよ。フェルディナンド様はそんなに甘くない!
必死で冷静になれ、と自分に言い聞かせているわたしにフェルディナンドは更に言葉を重ねてくる。
「君の大事な者達はすでに移動準備を行っているのであろう? ならば、そのまま君の土地に連れてくれば良い。神殿学校や平民にも利用可能な図書館を作り、印刷業を広げる過程で貴族と平民の垣根を低くすることができれば、君も彼等と会いやすくなる。……それに、君が下町の家族と交わした契約はエーレンフェストに限定された物だ。他領であれば契約の効果はなくなる」
「フェルディナンド様、それって……」
また家族と会えるということだろうか。わたしはフェルディナンドを警戒して一歩後退する。ここで冗談だとか、やはり無理だと言われたら感情を爆発させない自信がない。
「もちろん下町の家族達の平穏な生活を考えれば、公に家族と呼び合わない方が賢明であろう。だが、エントヴィッケルンで街を作る時に君の家族に与える部屋の一つに転移陣を設置し、君の隠し部屋と行き来できるようにすれば秘密裏に会うことは可能だ」
「……そんな私的な理由で転移陣を設置しちゃっていいのですか?」
アウブとしての力を私的なことに使うなんてフェルディナンドが許すと思えなくて、わたしはどうしても警戒してしまう。
「アウブが愛人に会うために転移陣を設置した歴史があるので、褒められることではないが不可能ではない。家族を守るために君には節度を求めることになるであろうが……」
「節度! ……それってつまり自主的に会うなってことですよね?」
「何故そのようなひねくれた解釈になるのだ?」
今まで散々ひねくれた解釈で誤魔化されてきたのに、むしろ、何故そんな不思議そうな顔をするのか、こちらが問い詰めたいところである。
「季節に一度か二度くらいならば家族水入らずの時間を過ごせると思われる」
「絶対ですか?」
「……私が君の予定を管理できる立場にいれば、その程度の時間を捻出することはできる。ハルトムートでも半年に一度くらいならば可能であろう」
もうアウブ・アーレンスバッハに飛びつきたい気分になってきた。自分の欲しい物が揃いすぎている。
「……そこまでわたくしに有利なことを次々と出すフェルディナンド様の狙いは何ですか? そう簡単に騙されませんよ。わたくしの望みを叶えるふりをして、何か企んでいますね?」
「人聞きの悪いことを言うのではない」
「経験則です」
ファイティングポーズを取りつつフェルディナンドを睨むと、ものすごく残念な子を見るような目で見られた。
「君の言う通り、全く企んでいないわけではない」
「ほら、やっぱり! 何を企んでいらっしゃるのですか? 隠し事をすると後で大変なことになるのですよ」
報連相が大事だと言ったのはフェルディナンドである。洗いざらい吐いてくださいと迫ると、フェルディナンドは少し考えるように顎に手を当てた。
「……そうだな。君の図書館の隣に研究所が欲しいと思っている。屋根付きで繋がっていて、欲しい資料があればすぐに取りに行ける距離が望ましい」
「あぁ、前に言っていた魔木の研究所ですね?」
「魔木だけではなく魔獣や魔魚についても研究してみたいと思っているが、おおよそ正解だ。アーレンスバッハを君の遊び場にするのであれば、私が遊べる場所を作っても構わぬであろう?」
研究所のゴリ押しが狙われていたらしい。フェルディナンドは相変わらず研究馬鹿である。納得と同時に苛立ちも湧き上がってくる。
「先程わたくしが研究三昧な余生を提案した時には却下したくせに、結局望んでいるのは研究生活ではありませんか!」
「エーレンフェストでできることとアーレンスバッハでできることでは大きく違うではないか。私は研究施設の一環として、人里離れたところに魔木を育てられる研究所と魔獣を飼育できる研究所と海の近くに魔魚の研究所も欲しいと思っている」
……つまり、図書館の隣に総合研究所、人里離れたところに動物園と植物園と水族館がほしいってこと?
しかし、遊び場という言葉が非常にしっくりきてしまった。フェルディナンドはわたしをアウブ・アーレンスバッハにして、自分は研究三昧するつもりらしい。
「想定外に研究施設が多いですよ」
「そうだ。そのため、エーレンフェストではジルヴェスターから許可が出なかった。故に、こちらにほしい。自分の研究施設分の金粉は準備するし、設計も自分で行う。君は許可だけくれれば良い」
……自分の利益をしっかり確保するところがフェルディナンド様らしすぎるよ! わたしにアウブの仕事をさせて、自分だけ楽隠居する気だ!
「それだけではダメです。フェルディナンド様にはわたくしの執務のお手伝いもしていただきます。一人だけ楽しく遊ぶなんて許しませんから」
「それだけで良いのか? その程度、これまでの生活に比べれば楽すぎる条件だが?」
ニヤッと笑いながら言われると、もっと上乗せしなければならない気がして、わたしは上乗せ分を必死に考える。
「えーと、えーと、それだけじゃすみませんよ。わたくしの予定を管理して季節に一度は家族に会えるように手配したり、お薬を飲みやすくする研究を進めたり、研究結果を本にまとめて図書館に納めなければなりません」
「ふむ。どれも手間はかかるが、特に問題ないな。製本費用が領地持ちで良いならば、研究施設を使う文官達の研究結果も提出させよう」
「それはいいですね!」
定期的に本が増えそうで喜ぶと、フェルディナンドが小さく笑った。
「では、君がアウブ・アーレンスバッハになることに異存はないか? その方向で進めてよいのだな?」
「構いません」
いやっふぅ! と喜んだところでフェルディナンドが「大変結構」と言いながらグルトリスハイトを開いた。
フェルディナンドのメスティオノーラの書は、彼が聖典と呼ぶことからわかるように神殿にある神殿長の聖典と見た目が同じだった。けれど、できることは全く違う。本当に検索が必要ないようで、開いたと同時に魔法陣が浮かび上がってきた。ただ、浮かび上がった魔法陣は欠けていて、このままでは動かなそうだ。
「ローゼマイン、国境門を閉じるための魔法陣だが、この部分が少し欠けている。周囲の繋がりから予想はつくが、正解が確認できるならば確認しておきたい」
少しずつ変えて何度もやり直しができるほど魔力に余裕はない、と言われたわたしは急いで自分のメスティオノーラの書を出した。
「国境門の閉門……魔法陣……」
検索した結果、わたしのメスティオノーラの書に出てきたのは欠片部分だ。これだけでは全く理解できないくらいに一部分しかない。フェルディナンドはわたしの聖典を見ながらスティロで自分の聖典に書き込んでいく。
「フェルディナンド様、これってコピペできませんか?」
「あぁ、あの非常識な……。興味はあるが、後日にしよう。今日はあまり余裕がない」
フェルディナンドはそう言って魔法陣を完成させると、「インデグランツ」と唱える。魔法陣が輝いて足元が振動し始めたため、国境門が動き始めたことがわかった。
「……思ったよりも魔力を奪われなかったな」
「わたくしが先に使ったせいかもしれません。わたくし、最初の転移では大量に魔力を持っていかれましたけれど、二回目はそれほどでもなかったのです」
フェルディナンドは「国境門への魔力供給は急務のようだな」と呟きながら手を差し出した。門柱の階段を下りて、騎獣に乗り、今度はちゃんと門が閉ざされていることを確認する。
境界門と国境門が開いているために転移陣と海の向こうに白い砂漠が見えていた光景は虹色の扉が閉ざされたことで見えなくなっていた。
「ローゼマイン様!」
「ご無事ですか!?」
レオノーレとアンゲリカの騎獣がすぐに駆け寄ってくる。わたしは二人に手を振った。
「ランツェナーヴェの兵士は入って来られませんし、大丈夫ですよ」
「ローゼマイン、境界門も閉めておきなさい。少しでも余計な者が入ってくるのを防ぐことができる」
「わかりました」
フェルディナンドに言われるままにわたしはシュタープを出し、境界門を閉じた。救出された令嬢達はダンケルフェルガーの騎士達の協力もあり、城へ運ばれたらしい。すでに門柱の上にその姿はない。
フェルディナンドの騎獣は境界門の門柱の上に降り立った。魔石などの回収をしていた騎士達が一斉にわたしの前に跪いた。
「これだけの物が回収できると思わなかった。よくやってくれたな。見張りを三人置いて、後は休息だ。ゲオルギーネと共に行動している騎士達の回収に向かう」
「はっ!」
フェルディナンドが海に散った物の回収を頑張ってくれた騎士達を労い、これからの予定を告げる。
「フェルディナンド様、もう城へ戻るだけでしたら、わたくしがローゼマイン様を同乗させます」
「あぁ、指示を出さねばならぬ状況は終わったので、早く休ませた方がよかろう。今はこれ以上の後始末は必要ない」
フェルディナンドはそう言いながらレオノーレに向かってわたしの背中を軽く押した。
「ローゼマイン、君はレティーツィアが準備した客間で騎獣を使って休みなさい。それが一番安全だ」
「フェルディナンド様はどうされるのですか?」
「隠し部屋で休む。レオノーレ、ローゼマインは魔力の使い過ぎでかなり疲労している。原液を以前の倍量で飲ませるように、ハルトムートへ伝えてくれ」
レオノーレは「かしこまりました」と頷いているけれど、わたしは一気に青ざめた。
「ば、倍量……」
「体が成長しているのだから、同じ量で同じ効果は得られぬ。アーレンスバッハで側近と留守番をするならば構わぬが、エーレンフェストへ向かいたいならば飲みなさい」
「……はい」
わたしはレオノーレと同乗して城へ向かう。対外的にはまだヴィルフリートの婚約者なのに、フェルディナンドとの距離が近すぎるとレオノーレが注意した。
「もうローゼマイン様とフェルディナンド様では保護者と被保護者には見えません。今日の様子は仲睦まじい恋人同士のようでした」
「……そうなのですか。以前と変わらないと思うのですけれど」
「以前はローゼマイン様のお姿が幼かったですから……。フェルディナンド様は周囲の目もわかっているでしょうに、どうしてあのようなことをしたのでしょう?」
レオノーレはわたしの外聞や名誉を考えて憤慨しているけれど、戦場での指示出しや自分の聖典を隠すためには必要だったのだ。
「ランツェナーヴェの掃討を合理的に行うためでしょう。周囲の目があってもなくても、わたくしの外聞や名誉がどうなってもフェルディナンド様は同じ選択をすると思いますよ」
「保護者を名乗りながらローゼマイン様の名誉はどうでも良いとお考えなのでしょうか?」
レオノーレが結構本気で怒っているようだ。正直なところ、フェルディナンドが何を考えているのかはよくわからないので、本当のところは本人に尋ねるしかない。
……でも、困ったな。
わたしは怒っているレオノーレを背後に感じながら考え込む。以前と同じノリでアウブ・アーレンスバッハになったらフェルディナンドに研究所を作ってあげると約束してしまったけれど、これもまた他の人から見たら大変なことになる案件ではないだろうか。
……フェルディナンド様は研究に思考が行っていて周囲が見えてないみたいだから、エーレンフェストに研究所を作ってもらえるように養父様へお願いした方がいいかもね?
「ローゼマイン様、おかえりなさいませ! わたくし、本当に感動いたしました! もうダンケルフェルガーにもエーレンフェストにもお手紙を送りましたよ!」
「アウブには連絡を入れなければ、と思っていたので助かりました、クラリッサ」
「ダンケルフェルガーからは引き続きエーレンフェストへ向かう許可が出ています。エーレンフェストからは、よくやったと」
熱烈なクラリッサに迎えられながら、わたしはアーレンスバッハの城に入った。クラリッサの仕事ぶりには感動するけれど、彼女の後ろにいる見知らぬ貴族達が「ローゼマイン様!」と同じようなテンションで叫んでいるのが怖い。
「あの、ローゼマイン様。こちらに客間を準備しました」
「レティーツィア様も大変な目に遭ったのに、ありがとう存じます。レティーツィア様も早くお休みくださいね」
皆が休息する場所を整えてくれたレティーツィア達を労っていると、レティーツィアが少し困った顔になった。
「恐れ入ります。でも、ダンケルフェルガーの方々が宴を始めたので、側仕え達が休めるまではわたくしもまだ……」
「レティーツィア様にダンケルフェルガーのお相手はご負担でしょう。ハンネローレ様はどちらにいらっしゃるのですか?」
「ハンネローレ様は元の飼い主のところへヴォルヘニールの返却にいらっしゃいました」
……それでダンケルフェルガーの騎士達が放し飼い状態なのか。
わたしはレティーツィアに案内してもらって、今日の反省会という名の宴をしているダンケルフェルガーの騎士達がいる大広間へ行くことにした。扉を閉めていても大騒ぎしているのがわかる。いかにライデンシャフトの槍がカッコよかったのか、エーヴィリーベの剣をどのようにディッターに活かすのかで盛り上がっている。
扉を開き、騎士達にニコリと微笑む。
「ローゼマイン様! 今日の儀式は素晴らしく、実に……」
「今日は素晴らしい活躍でした、とお礼を言いに来たのですけれど驚きました。礎を守るまでがディッターだとフェルディナンド様はおっしゃったでしょう? ディッターの最中にダンケルフェルガーではお酒を飲むのですか?」
ピキリとダンケルフェルガーの空気が凍った。わたしからお酒の樽が見えないようにさりげなく移動している騎士達が何人かいる。
「まだディッターが終わったわけでもないのに気を緩めて酒盛りをし、明日もあるのに休息さえ取れない者をフェルディナンド様が連れていってくださるかしら?」
「すぐに片付け、就寝します。出発はいつになりますか?」
「……わたくしが回復次第です」
ダンケルフェルガーがおとなしくなったので、わたしは大広間を後にする。ダンケルフェルガーのノリには慣れていないのだろう。レティーツィアとその側近達が安堵したように肩の力を抜いたのがわかった。
「ローゼマイン様、ありがとう存じます」
「わたくしが連れてきた客人ですから、お礼には及びません。レティーツィア様、お疲れのところ大変申し訳ありませんけれど、厨房の料理人達に冷めても食べられる料理を作っておいてもらえるようにお願いしてくださいませ。起きた者から食べられるようにしておかなければ、これだけの人数ですもの。準備が大変でしょう」
わたしはレティーツィアが以前に送ってくれたレシピからいくつか指示を出して、客間へ入る。そして、ヴァッシェンで汚れを落とし、ハルトムートが持ってきた激マズ回復薬を倍量飲んで、フェルディナンドに言われた通りに騎獣の中で休んだ。