Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (615)
ゲルラッハの戦い その1
「シュトラールは旧ベルケシュトックの騎士達の姿が見当たらぬと言っていた。あの陽動の戦場にいるのは、間違いなく旧ベルケシュトックの騎士達であろう」
フェルディナンドが陽動の戦場と言った場所は、領地の境界を越えたばかりのわたし達から最も遠い場所にある。わたしは視力を強化して目を凝らした。ゲルラッハのギーベ騎士団とアーレンスバッハのマントをまとった旧ベルケシュトック騎士団では、旧ベルケシュトックの方が数は多いようで、どちらかというとエーレンフェストのマントをまとうギーベ騎士団が不利なように見える。
「ゲオルギーネ様に扇動された旧ベルケシュトックのギーベ達が、エーレンフェストの土地の魔力を奪っているのです。その目的から考えると、陽動の戦場で間違いはないですが、ゲルラッハのギーベ騎士団にとっては、自分達の背後にある夏の館を守るための主戦場だと思われます」
「養父様はエーレンフェストの各地に連絡して戦いの準備をさせました。ギーベの夏の館には魔術具なども多く揃えられているはずです。敵に落とされる前になるべく早く合流しましょう」
マティアスとわたしの言葉にフェルディナンドは頷いた。陽動の戦場ではなく、主戦場と呼ぶことや夏の館を守らなければならないことには同意を示す。
「……だが、合流途中にいる旧ベルケシュトックのギーベ小隊は潰しておこう。こちらも合流されて、数が増えすぎると厄介だ」
フェルディナンドが赤茶の土が増えていく部分を見下ろして「数の有利を活かしたい」と言った。今の時点で見えている赤土の部分は四カ所、あちらこちらに点在している。騎士団達が戦っている主戦場までの道中で最も近くにある赤茶けた円をフェルディナンドは指差す。合流される前に少しでも相手の戦力を削っておきたいらしい。
「ローゼマインとハンネローレ様、それから、二人の側近達は攻撃が当たらぬだけの距離を取った上空で見張りを。戦況の変化、魔力を奪っていく小隊の数などを見極めよ。ローゼマイン、アウブ・エーレンフェストへ到着の連絡を。事後承諾にはなるが、エーレンフェストでアウブ・アーレンスバッハが武力を使う許可を得よ」
「はい」
「ハイスヒッツェ、ひとまずそこの小隊を捕らえるぞ。魔力不足のご時世だ。できるだけ魔力は生かしておきたい」
「はっ!」
ギーベを中心にした三十人ほどの小隊に対して、アーレンスバッハとダンケルフェルガーの混合部隊百五十人が襲いかかるのだ。よほどのことがない限り、勝利するだろう。フェルディナンドを先頭にダンケルフェルガーの青いマントが一斉にシュタープを出した。
「フェルディナンド様、お願いがあります!」
マティアスが声を上げた。フェルディナンドが振り返る。
「ボニファティウス様と罠を仕掛けた小屋の確認に行かせてください。グラオザムは一刻も早く捕らえなければなりません。けれど、彼は元ギーベであり、文官です。騎士ではありません。主戦場にいるかどうか……。どちらかというと森に潜んでいる気がするのです」
「……罠の確認か……。許可する。ただし、隠密行動を取り、確認するだけだ。勝手に戦闘にもつれ込むことは許さぬ。見つけた時点で知らせろ」
「はっ! 恐れ入ります」
マティアスに許可を出したフェルディナンドはわたしとハンネローレの守りのためにダンケルフェルガーの騎士を十人増やし、小隊に向かってダンケルフェルガーの騎士達と騎獣で駆け降りていった。
「マティアス……」
悲痛な表情をしているマティアスに声をかける。マティアスは感情の揺らぎを一瞬見せた青い瞳をきつく閉ざした。
「ゲルラッハは私が生まれ育った故郷です。これほどひどい荒らされ方をするとは思いませんでした。しかも、こうなるように指揮しているのがグラオザムだとは……」
自分の生まれ故郷が魔力を求める旧ベルケシュトックの貴族達に蹂躙され、次々と魔力の枯渇した赤茶の土地に変わっていく。それを指揮するのが、かつてこの土地のギーベであった自分の父親なのだ。マティアスの胸の内には言葉にしがたい思いが渦巻いているだろう。強く握り締められたせいで小刻みに震えている拳からも怒りや悔しさが伝わってくる。
「グラオザムは一刻も早く捕らえなければなりません。ローゼマイン様、大変申し訳ございませんが、ラウレンツをお貸しください。森の中の管理小屋の所在地を他領の騎士に知らせることはできません」
「……何かあればすぐにロートを上げてくださいね」
「お約束します」
マティアスはラウレンツと二人で森に下りていく。二人を見守っていると、レオノーレに「ローゼマイン様、わたくし達はもう少し上空へ参りましょう」と声をかけられた。
「そうですね。養父様にオルドナンツを送らなければ……」
レオノーレの指示に従い、わたしは上空へ移動した。そして、フェルディナンドに言われた通り、オルドナンツを飛ばす。
「養父様、ローゼマインです。フェルディナンド様やダンケルフェルガーの騎士達と共にエーレンフェストへ到着しました。現在地はゲルラッハ。ゲルラッハのギーベ騎士団に加勢し、アウブ・アーレンスバッハとしてアーレンスバッハの騎士達を止め、捕らえたいと思います。許可をお願いします」
「ローゼマイン様! まだ他の小隊がいたようです。あちらで森の一部が消失しました」
オルドナンツが羽ばたくのとほぼ同時に、アンゲリカの声が上がった。わたしだけではなく、ハンネローレもシュミル型の騎獣から身を乗り出すようにしてそちらを見つめる。
「森の中にはまだいくつかの小隊が潜んでいるのでしょう。それを見極めるのもわたくし達の役目です、ローゼマイン様」
ハンネローレの言葉に頷きながら、わたしは視力を強化してゲルラッハの土地を見回す。どれだけの数の敵が潜んでいるのかわからない。
「でも、おかしいですね。黒の武器で魔力を奪うにせよ、奪えるのは一人分だけです。これだけ広大な土地の魔力を人の身で受け入れられるものでしょうか?」
ハンネローレの疑問にわたしも頷いた。自分達の土地のために奪っているにしても、三十人くらいで奪える魔力量を超えていると思うのだ。
「それに、奪うだけ奪って、その後はどうするつもりなのでしょうか? ゲオルギーネ様がこれからエーレンフェストの礎を得て、治めることを考えるならば土地の魔力を奪うのは悪手でしょう」
アウブは土地に魔力を満たさなければならないのだ。これだけ派手に奪うと、後々自分がアウブになった後、その分を全て自分で満たさなければならなくなる。領主候補生として土地を魔力で満たす講義を受けているハンネローレは眼下に広がる土地を見下ろしながら「確かにそうですね」と頷いた。
「礎を得て、エーレンフェストをどうするおつもりなのでしょう?」
「やはりエーレンフェストを破滅させることだけを考えて……」
レオノーレがそう言っていた時、フェルディナンド達が向かった先からオルドナンツがいくつも一斉に飛び立った。白い小さな鳥が主戦場と他の赤茶けた円へ飛んでいく。皆が口を閉ざして、オルドナンツの飛んでいく先をじっと見つめた。
「ローゼマイン様、オルドナンツが七羽、確認できました! 主戦場と小隊が六つで間違いないと思われます」
つまり、もう一つ小隊がいるということだろう。
「場所は確認できましたか?」
「主戦場に二羽飛んでいったようにも見えました。騎士団と指揮をするグラオザムのところかもしれません。すでに合流している可能性もあります」
「ローゼマイン様、小隊や主戦場から数人の斥候らしき動きをする者がいます。こちらの存在に気付いたようです」
周囲の騎士達から次々と声が上がる中、養父様から「武力行使を許可する」というオルドナンツが飛んできた。
「フェルディナンド様、飛び立ったオルドナンツの数は七羽。そのうちの二つが主戦場へ向かいました。それから、アウブ・エーレンフェストから許可が出ました」
わたしがオルドナンツをフェルディナンドに飛ばす。白い鳥が高速で飛んでいって数秒後、ドォンという爆発音がして木々がなぎ倒された。
「……許可が出た途端、派手になりましたね」
「喜々として攻撃を開始したダンケルフェルガーの騎士達の姿が見えるようです」
ハンネローレが少し申し訳なさそうに「ダンケルフェルガーの騎士達がエーレンフェストの土地を荒らしてしまいそうです」と言った。
……仕方がないけど、もうちょっとお手柔らかにって、言いたくなるね。
圧倒的な数の有利に任せて小隊を一つ潰したフェルディナンドが、自分達に合流するようにオルドナンツを飛ばしてきた。上空に見張りを数名残し、わたしとハンネローレは合流するために下へ向かって下りていく。
「わっ!?」
ダンケルフェルガーの騎士達の半分ほどがずわわわわっと森から飛び出してきた。ものすごい勢いで次の小隊に向かって襲いかかっていく。
「ローゼマイン様、わたくし達はフェルディナンド様のところへ合流いたしましょう」
ハンネローレはダンケルフェルガーの騎士達をちらりと見ながらそう言った。わたしはハンネローレに言われた通り、山吹色、藤色、青のマントが集まっているところへ合流する。捕らえられた貴族達が三十人くらい転がっているのをフェルディナンド達が取り囲んでいるのが見えた。
「黒の武器と小聖杯が使われていた」
フェルディナンドはわたしに向かって小聖杯を振ってみせた。どうやらギーベが持っていた物らしい。
「旧ベルケシュトックのギーベ達はゲオルギーネが礎を手に入れた暁には新しいエーレンフェストのギーベになる予定だったそうだ」
捕らえられて転がされている小隊の貴族達がわたし達を睨み上げてきた。その視線からわたしを守るようにコルネリウス兄様とアンゲリカが場所を移動する。
「君も知っている通り、小聖杯は土地を満たすための魔力を溜めておく魔術具だ。黒の武器を使って小聖杯にエーレンフェストの土地の魔力を溜めれば、ゲオルギーネが礎を奪う時に少し楽になる」
土地に満たされている魔力を奪うのは、礎の魔力を減らすのと同じだ。また、小聖杯に満たされている魔力を使えば再び土地を満たすことができる。ゲオルギーネが礎を得たら、小聖杯の魔力はエーレンフェストの土地に戻される予定だったそうだ。そうして彼等は満たされた土地のギーベや貴族になって、自分の土地の民を移動させる予定だったらしい。
「アウブのいない土地はいくら魔力を注いでも土地は満たされません。魔力を注いでも、注いでも意味をなさず、守っているはずの民から不満が上がる悔しさや己の無力感が貴女にわかるのですか!?」
捕らえられた旧ベルケシュトックのギーベが新たなアウブとなったわたしに訴えかける。
「いくらアーレンスバッハに新しいアウブが立ったところで、ベルケシュトックが救われるわけではありません。アーレンスバッハと同じ色のマントをまとわされようとも、境界線によって隔てられた別の領地なのです」
土地の魔力が減り、自分達の民が飢え始める。もっと魔力が必要だとアウブに訴えても、王族に言われて管理している余計な土地よりも自分の土地を満たすのはアウブならば当然だ。旧ベルケシュトックはどうしても後回しにされる。「せめて、アウブさえいてくれれば……」と願ってもグルトリスハイトを持たない王族では礎を開き直すこともできず、新しいアウブを派遣することもできない。
「王族から見捨てられ、新しいアウブが立つわけでもないベルケシュトックという土地を我等が見捨てたところで誰が咎められるというのか。アウブのいる土地ならば、私の民が飢えることもないのだぞ。ゲオルギーネ様は我等に希望を与えてくれたのだ!」
旧ベルケシュトックのギーベ達の言い分に、彼等も何とか自分達の民を守りたいと願うギーベなのだとわかって、わたしは一度目を伏せた。
「貴方達には貴方達なりの理由があることは理解しました。けれど、アーレンスバッハのマントをまとって他領の魔力を奪い、他領に攻め込んでいることは事実です。新しいアウブ・アーレンスバッハであるわたくしは、そのようなことを許すことはできません。貴方達は重大な罪を犯した罪人です。ビンデバルトの夏の館へ運び込んでくださいませ」
わたしの言葉にアーレンスバッハの騎士達が「はっ!」と答えて動き出す。
「エーレンフェストに来ている全てのギーベから小聖杯を奪ってください。絶対に余所へ持って行かせてはなりません。そこに満たされている魔力はエーレンフェストの物です」
「はっ!」
満たされないままギーベ達に配られた小聖杯まで作戦に組み込んで上手に使うゲオルギーネに感嘆の溜息を吐いてしまう。
「ぼんやりするな、ローゼマイン。ここで大規模に魔力が奪われ、エーレンフェストの騎士団がイルクナーやこちらへ派遣されているのだ。ゲオルギーネはおそらくエーレンフェストの街に近い場所か、すでに街に入っていると考えられる」
フェルディナンドの言葉にバッと振り返る。頭に下町や神殿の皆の顔が浮かんだ。今すぐにでもエーレンフェストの街へ飛んでいきたいわたしの思いが伝わったのだろう。フェルディナンドは首を横に振って止めた。
「まずはここを終わらせよう。旧ベルケシュトックの貴族を捕らえるのは、アウブ・アーレンスバッハの仕事だ。その後でアウブ・エーレンフェストに街へ入る許可を取らねばならぬ。……アウブ・アーレンスバッハになったとはいえ、君は入れるであろうが、私やダンケルフェルガーの騎士達はアウブの許可なく入れぬからな」
いくら助力したくても入れないと言われたことで、フェルディナンドが他領の者として扱われている現状を目の当たりにした。まだ婚姻していないのに、帰りたいと思っても許可なく自宅へ入ることさえできないのだ。そんな状況ではとてもエーレンフェストを自分の居場所とは思えないだろう。
……フェルディナンド様は絶対に帰してあげなきゃ。
決意を新たにした時、上空で見張っていた騎士からオルドナンツが飛んできた。
「フェルディナンド様、オルドナンツを受け取った小隊が騎士団と合流するように動き始めました。全ての小隊に合流されると、一気にギーベ騎士団が潰されてしまうかもしれません」
赤茶の土地が広がるのではなく、藤色のマントが主戦場に向かって移動し始めたらしい。そこにもう一つのオルドナンツが飛んできた。こちらのオルドナンツはフェルディナンドではなく、わたしのところへ飛んでくる。
「ローゼマイン様、マティアスです。罠の破られている小屋を発見しました。グラオザムがこの土地にいることは間違いありません」
「ボニファティウス様の罠が破られたのか。予想よりも手強そうだ」
フェルディナンドが小さく呟いた。おじい様とマティアスが張っていた罠だ。そう簡単に破られる物ではないと思っていたけれど、グラオザムには破られてしまったらしい。胃の辺りがきゅっと引き絞られたように痛んだ。
「マティアスはこちらに合流させよ、ローゼマイン」
「はい」
わたしはマティアスとラウレンツに戻ってくるように返事を飛ばす。入れ替わるようにオルドナンツが飛んできた。
「フェルディナンド様、ダンケルフェルガーがもう一つ小隊を潰しました」
「よし。シュトラール、罪人の輸送の指揮を取れ。ローゼマイン、小聖杯を回収した後、旧ベルケシュトック騎士団を中央突破し、主戦場のギーベ騎士団に合流するぞ」
絶対にレッサーバスから頭や手を出さず、周囲で誰が攻撃されても目を逸らさずについて来いと言われた。
「頑張ります」