Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (619)
勝利と帰還
フェルディナンドに促されたわたしは、騎獣から出て周囲を見回した。最終的に誰がグラオザムに止めを刺したのか、議論中の護衛騎士達は放っておいて、わたしはフェルディナンドを見上げる。
「フェルディナンド様、エーレンフェストの街の方が終わったというのは本当ですか?」
「そのようなことで嘘を吐いても仕方がなかろう。先程アウブよりオルドナンツが届いた。見事にグラオザムとゲオルギーネの動きは連動していたようだぞ」
タイミング的にギーベ達が土地の魔力を奪い、ちょうどグラオザムがギーベの館を占領した頃合いにゲオルギーネはエーレンフェストの街に到着したらしい。
「こちらからオルドナンツを送った時は礎の間に向かう時だったようだ。私達がここに到着したことがわかって、少し安心できたようだな」
「下町や神殿の被害はどうなっていますか?」
わたしにとって一番大事なのはそこだ。養父様が決着をつけたのであれば、礎のところまでゲオルギーネが到着したということだろうか。礎で備えているうちに周囲から捕らえたという情報が入ったのだろうか。その辺りが全くわからない。
「……さすがにそこまではまだ情報が入っておらぬ」
ゲオルギーネとの決着がついたという報告だけだったようだ。フェルディナンドの言葉に、わたしは少しでも早くエーレンフェストの街に帰りたくなった。下町や神殿がどうなっているのか気になって仕方ない。今すぐにここを出発すれば、夜にはエーレンフェストに到着できるだろうか。
「では、できるだけ早くエーレンフェストに帰りましょう」
「……待ちなさい。戻るならば、尚更こちらの決着をきちんとつけなければならぬ。このまま全てを放置できるわけがなかろう」
フェルディナンドに注意されて、わたしは言葉に詰まる。本音を言うならば、ひとまず旧ベルケシュトックの脅威を蹴散らすことができたのだから、後のことは残っている現地の人に任せて全てを放置して戻りたい。
「何をどうすれば良いのですか? わたくしはいつになったらエーレンフェストに戻れますか?」
「ゲルラッハ自体は残っている騎士団や貴族に任せ、最終的にアウブの指示を仰ぐことで問題はなかろう。だが、君はアウブとしてアーレンスバッハ側へ指示を出さねばならぬし、何よりもダンケルフェルガーとの決着が必要だ」
「決着とは何でしょう?」
多大な協力をしてくれたダンケルフェルガーを蔑ろにするわけにはいかないことはわかるけれど、アウブ・エーレンフェストからの労いを賜るという建前でエーレンフェストの街へ一緒に連れて行けば、すぐに出発できるのではないかと思う。
「まずはディッターの勝利宣言が必要だ。ダンケルフェルガーの騎士達を本物のディッターに誘った君が終わりの宣言を出さねば、ディッターは終わらぬ。君がこのままエーレンフェストに戻ればダンケルフェルガーの騎士達を戦いが終わったばかりのエーレンフェストに連れて行かねばならなくなるであろう」
フェルディナンドがダンケルフェルガーの騎士達の同行を苦り切った顔で禁止するのが何故なのかよくわからなくて、わたしは頬に手を当てて首を傾げた。
「何か問題があるのですか? たくさん協力していただいたのですから、養父様からお礼を言ったり、労ったりすることは重要でしょう? それを建前にすれば同行させて、早く移動できるではありませんか」
「そのようなことをすればエーレンフェストの食糧庫と酒蔵が空になる」
フェルディナンドは溜息混じりに首を横に振った。わたしは寝ていたので実感がないけれど、わたしが起きるまで出発は延期ということで、ダンケルフェルガーの騎士達は反省会という名の宴会を延々と繰り広げていたらしい。アーレンスバッハの城の食料やお酒は一日足らずで大変なことになったそうだ。
一月ほど戦の準備に追われていて、今やっと長年の敵を倒して疲弊しているエーレンフェストにダンケルフェルガーの騎士達を全員連れて行くのは、エーレンフェストにとって大ダメージになるらしい。わたし達の会話を聞いていたらしい側近達も「まぁ、フェルディナンド様の懸念は正しいと思います」と微妙な顔になった。
「でも、何もなしで帰すわけにはいかないでしょう?」
「後々アウブ・ダンケルフェルガーと補償等について話をするのであれば、今すぐに労う必要はなかろう。一度ビンデバルトまで戻り、転移陣を使ってダンケルフェルガーとの境界門まで彼等を送り返せ。魔術具等の補償はまだしも、宴会費をこちらで持つ必要はない」
「さすがにそういうわけには……」
終わったらさっさと帰らせろというフェルディナンドに、わたしは少し頬を引きつらせた。真夜中の出陣、フェルディナンドの救出、ランツェナーヴェの掃討、エーレンフェストまでの遠征と律儀に付き合ってくれたダンケルフェルガーの騎士達に対して、用が済んだら追い返すような真似はできない。
わたしがフェルディナンドに訴えかけていると、旧ベルケシュトックの騎士達を捕らえてビンデバルトへ送っていたシュトラールが報告にやってきた。わたしは少し下がって、シュトラールに場所を譲る。
「フェルディナンド様、旧ベルケシュトックの騎士達はほとんど捕らえました。今は森の中に逃げ込んだギーベ達をダンケルフェルガーの騎士達が追いかけています」
外にいた旧ベルケシュトックの騎士やギーベ達はダンケルフェルガーの騎士達の協力もあって、生きている者はほとんど捕らえ、散った魔石の回収を始めているらしい。
「そうか。そのまま続けよ」
「はっ!」
シュトラールが返事をして一歩退いたので、わたしはフェルディナンドに近付いて、袖を軽く引いた。
「フェルディナンド様、これだけお手伝いいただいているのですもの。やはりダンケルフェルガーへの労いは必要ですよ」
「尋常ではない量の酒が必要になるぞ。それに、あれだけの人数を受け入れるだけの宴の準備などどこもしておらぬ。君も短期決戦で彼等を戻すつもりだからこそ、糧食については考慮していなかったのであろう? どこから捻り出すつもりだ?」
確かにフェルディナンドを救出するために鐘二つ分、とアウブ・ダンケルフェルガーとは話をしていた。これだけの団体の食事が何日分も必要になるという計算はしていないし、今から宴の準備を始めるにしても、料理人を掻き集めるところから始めなければならない。
「ディッターはもう終わったのだから、勝利宣言をしてさっさと追い返せ。それが一番だ」
「ローゼマイン様、フェルディナンド様」
「どうした、コルネリウス?」
コルネリウス兄様の声に振り向くと、コルネリウス兄様が「何か意見があるようです」と少し下がったところで跪いているシュトラールを示した。わたし達の会話の邪魔をするわけにはいかない、と途切れるのを待っていたようだが、全く途切れそうもない気配を見かねてコルネリウス兄様が声をかけてくれたらしい。
「シュトラール、何だ?」
「詳しくご報告するのを忘れておりました。ビンデバルトの夏の館では旧ベルケシュトックのギーベや騎士達を受け入れるための食料やお酒など、宴の準備がされています。それをダンケルフェルガーの労いに使われてはいかがでしょうか?」
そういえばフラウレルム達が何やら受け入れ準備していたと聞いたような気がする。フェルディナンドが「ふむ」と頷きながらトントンと軽くこめかみを叩いた。
「そうすればエーレンフェストにダンケルフェルガーの団体を連れて行くことなく、君の要望通りにダンケルフェルガーの騎士達を労うことができるな。アウブ・エーレンフェストが礼を言うだけならば、代表者であるハンネローレ様とその側近、指揮官だったハイスヒッツェだけを同行させれば十分であろう?」
「そうですね」
エーレンフェストを守るためにダンケルフェルガーの騎士が頑張ってくれたことはエーレンフェストの貴族にきちんと知っていてほしい。けれど、それに全員が赴く必要はないことも理解はできる。
「ビンデバルトにダンケルフェルガーの騎士達を置いて行くことができれば、アウブに転移陣を動かしてもらい、最速でエーレンフェストへ向かうことができる。だが、ビンデバルトの食料もそれほど多くはないであろう。明日にはアーレンスバッハへ戻って来る必要がある」
「エーレンフェストにいられる時間は短いですね」
「あぁ。ダンケルフェルガーの騎士達だけではなく、中央へ向かったはずのディートリンデとレオンツィオも放置しておくことはできぬ。エーレンフェストへの報告や情報の擦り合わせ、協力者を労うことは大事だが、まだ全てが終わったわけではないのだ」
何かあれば王族からダンケルフェルガーに連絡が行っているはずだし、上位領地には声をかけてもらっている。中央のことはエーレンフェストほど心配していないけれど、いくら優先順位が低くても全く何もしないわけにはいかないだろう。わたしは頷いた。
「たとえ時間が少なくても、自分の目でエーレンフェストの下町や神殿の様子を見ることができれば安心できると思います。……離れたくなくなるかもしれませんけれど」
「案ずるな。私が引き剥がす」
「何だかわたくしの扱いがひどくないですか!?」
あっさりと引き剥がされる自分が想像できてフェルディナンドを睨むと、「そうか?」とフェルディナンドが首を傾げた。
「こんなものではなかったか?」
「……よく考えてみると、こんなものでした。懐かしくて涙が出そうです」
「懐かしむのは後回しにして、君はアウブにオルドナンツを送りなさい。ハンネローレ様達の客間の準備や時間短縮のために転移陣を使ってもらえるように頼むように。私はアーレンスバッハの者達へ指示を出してくる」
たとえフェルディナンドの側近だとしても、今アーレンスバッハの騎士を連れて行くのは、エーレンフェストの者が感情的に受け入れられないだろう。そのため、アーレンスバッハの騎士や側近達にはダンケルフェルガーの接待を行うように命じるらしい。
……ダンケルフェルガーの騎士達の接待か。何というか、すごい罰ゲーム感がするね。
わたしはオルドナンツを使って養父様に、ゲルラッハの戦いが終わったこと、フェルディナンド達とハンネローレ達を連れて帰るので街へ入る許可と客間の準備をしてほしいこと、時間短縮のために転移陣を使わせてほしいことをお願いしておく。
「アウブ・エーレンフェストよりオルドナンツで連絡がありました。エーレンフェストの礎は侵入者の手から守られたそうです」
半壊、いや、八分の一壊くらいだと思われるギーベの館のバルコニーに立って、わたしは下に集まっている騎士達を見下ろした。マティアスがギーベの館を漁って探し出した拡声の魔術具を使って声をかける。
「わたくしがアーレンスバッハの礎を手に入れ、エーレンフェストの礎の防衛が確認できたことにより勝利は確定しました。わたくしは今ここに、本物のディッターの勝利と終了を宣言いたします!」
「おおおぉぉぉっ!」
ダンケルフェルガーの騎士達はわたしが出した勝利宣言にシュタープの武器を出して打ち鳴らし、武器を高く掲げて
勝鬨
の声を上げた。
「地力に劣るエーレンフェストがアーレンスバッハと旧ベルケシュトックに勝利できたのは、ダンケルフェルガーの有志達の参戦があってこそ。その勇猛果敢な姿と強さはユルゲンシュミットで最高だとわたくしは思っています」
「うおおおぉぉぉ!」
「皆様を労うためにささやかではございますが、ビンデバルトの館で宴の準備が進められています。この地の後始末を終えたら移動してくださいませ。案内はアーレンスバッハの騎士達が行います」
勝利宣言によって手が付けられないような興奮状態に陥ったダンケルフェルガーの騎士達を前に、ハンネローレが海の女神 フェアフューレメーアの杖を出す。そして、ディッターの勝利の後に行われる神事で彼等を静めた。
……この儀式、ダンケルフェルガーにとっては必須だね。
興奮を沈められた騎士達が動き始める。ホッと安堵の息を吐いたハンネローレにわたしは声をかけた。
「ハンネローレ様、アウブ・エーレンフェストがお礼のためにお城へお招きしたいそうです。その、アウブと今回の戦いについて話をした後、わたくしはできるだけ早くアーレンスバッハへ戻らなければならないので、本当に急なお招きになるのですけれど……」
時間短縮のために転移陣で移動することになるし、側近とハイスヒッツェ以外はビンデバルトで宿泊することになる。それでも良ければお城に招いて労いたいと申し出ると、ハンネローレは少し考え込んでハイスヒッツェを呼ぶ。わたしはハイスヒッツェにも同じように説明した。
「もちろんすぐにでも領地に戻った方が良いならば、ダンケルフェルガーとアーレンスバッハの境界門まで皆をお送りすることはできますけれど、ディッターが終わってすぐに追い返すようなことをするのはどうかと思いまして……」
「どうでしょう、ハイスヒッツェ? わたくしはできればご招待をお受けしたいと思っているのですけれど……」
ハイスヒッツェは「こういう機会でもなければエーレンフェストに立ち入ることなどできません。行きましょう」と微笑んだ。
「ローゼマイン様、お招きありがとう存じます。ぜひご一緒させてくださいませ」
招待が突然すぎるとか、慣例がどうとか言わずに些細な機会を捉えるダンケルフェルガーの柔軟さを好ましく思う。緊急の連絡をした時に「三日後」と言い出した王族にはぜひ見習ってほしいところだ。
「シュトラール、頼んだぞ」
「はっ! ビンデバルトへ戻ったらレティーツィア様に連絡を入れます。お戻りは明日の午後ですね?」
「あぁ。ビンデバルトのダンケルフェルガーの騎士達を境界門へ送り、その後で城に帰還する」
フェルディナンドはシュトラールに対してレティーツィアへの指示を、ダンケルフェルガーの騎士達には魔石の回収や捕虜の運送を手伝うように命じる。「酒なしの反省会がしたければ働く必要などない」と言い放っただけでダンケルフェルガーの騎士達がまめまめしく働き始めた。一体どれだけ酒が好きなのか。
「終わりました、ローゼマイン様」
「お疲れさまでした、ハルトムート。本当に助かりました。これでゲルラッハの貴族や民も少しは安心できるでしょう」
ハルトムートにはギーベ達から回収した小聖杯の管理が任されていた。わたしはその小聖杯に満たされていた魔力を土地に戻してきてくれるようにお願いしていたのである。神官長だったハルトムートはこの場にいる貴族達の中で最も小聖杯の扱いに詳しい。
「空になった小聖杯は旧ベルケシュトックへ戻さなければなりませんね。……あちらの平民達は大丈夫かしら?」
「それはローゼマイン様が考えることではありません。次のアウブ・ベルケシュトックが考えることです」
神殿の鍵を探して礎を染める方法を王族に伝えて、領主会議で新しいアウブを任命させれば良いとハルトムートは言った。アウブがいないままに管理しているから無理が出ているのだ、と批判的だ。
「この後は城へ戻って祝勝会です。文官の身で大変な戦いについて来てくれたのですもの。ハルトムートも楽しんでくださいね」
「ローゼマイン様がいかにグラオザムを倒したのか、エーレンフェストの皆に伝えたいと思います」
「……それはもしかしてレッサーくんで館を破壊したことを皆に暴露するということではありませんか?」
わたしが恐る恐る尋ねると、ハルトムートはイイ笑顔で頷いた。
「次々と祝福の光で館の窓が輝き、護衛騎士が退けられたにもかかわらず、抵抗をつづけたローゼマイン様。そして、屋根を突き破ってグラオザムを排したのです。あの騎獣の姿は最高でしたよ。ぜひ皆に伝えなければ」
「止めてくださいませっ!」
養父様に金粉を渡してこっそり直してもらおうと思っているのに、そんな大々的に広げないでほしい。
「ハルトムートには宴への参加を禁じますよ!」
「私の主はそのような理不尽なことはいたしません。……それに、私がいなくても目撃者はいくらでもいますし」
ハルトムートはそう言いながら護衛騎士達に視線を向ける。わたしの護衛騎士達の中でも、兄妹ということで最も気安いコルネリウス兄様がニコリと笑った。
「フェルディナンド様から許可が出て、やっと館に飛び込めたと思ったらグラオザムと白い壁しか見えなかったからね。一体何事かと思ったよ。まさか館を突き破る程、騎獣を巨大化させて抵抗するとは他の誰も考えつかないと思う」
「コルネリウス兄様!」
「グラオザムがとても考えつかないことをしてローゼマイン様は勝利したのです。罠を騎獣で全て綺麗に避けられるとは考えなかったでしょう」
「マティアス!」
護衛騎士達が口々に今回の戦いについて述べるのをわたしが必死に止めていると、フェルディナンドが呆れたような声でわたしを呼んだ。
「ローゼマイン、転移陣が光ったぞ。早く来い!」
すでに転移陣前で準備万端のハンネローレがクスクスと笑う。
「ランツェナーヴェの掃討戦からゲルラッハの戦いまでローゼマイン様は本当に大活躍でしたよ。わたくし、本当に感心しましたもの」
「ハンネローレ様こそ大活躍だったではございませんか」
「……ローゼマイン様からそのように見えていたのでしたら嬉しいです」
……そうとしか見えなかったよ。
光る転移陣から養父様と三人の護衛騎士が現れた。転移陣の周囲に並ぶ私達を見て、フッと顔を綻ばせる。
「ローゼマイン、本当によくやってくれた。ハンネローレ様を始め、ダンケルフェルガーの騎士達には何よりの感謝を。それから、おかえり。よく戻った、フェルディナンド。……正式な挨拶は後回しだ。城へ向かうぞ。ローゼマイン、フェルディナンド。手伝え」
わたしとフェルディナンドが跪き、転移陣に魔力を注ぐ。養父様がシュタープを出した。
「ネンリュッセル エーレンフェスト」
黒と金色の光が舞い、視界がぐにゃりと揺れた。