Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (62)
工房選びと道具
ベンノが偉そうに「工房の場所や大きさを決めるために、紙作りについて話せ」なんて言うけれど、これはリンシャンの時のように情報料を取っても良い案件ではないだろうか。
わたしはベンノの様子を伺いながら、口を開く。
「植物紙協会の利益はわたし達に回ってこないんですから、紙の作り方に関しては情報料頂きますよ?」
「……仕方がない。いくら欲しいんだ?」
ニヤッと笑いながらベンノがトントンとテーブルを叩いた。
わたしは紙の情報料をいくらにすればいいのか、一体どれくらいが適正価格なのか、正直全くわからない。
「えーと、ベンノさんはいくら払いますか?」
「お前の望むだけ払ってやろう。いくらだ?」
ベンノはそんなわたしの心境を知っているのか、ニヤニヤ笑いながら、そう返してきた。
わたしの中にある情報料の基準はリンシャンの時の小金貨3枚だ。紙は新しく協会まで作るくらいだから、かなり手広く設けることができるとベンノ自身は考えているに違いない。
「うぅっ……リ、リンシャンの倍は頂きますよ?」
「わかった、ほら、来い」
ベンノがギルドカードを手にして、振って見せる。わたしもギルドカードを出して、カチンと合わせた。
ニヤニヤ笑いを全く崩さないまま平然とベンノに受け入れられてしまった。もっとふっかけてもよかったのだろうか。やっぱり相場がわからない。
うぬぅっと考え込んでいると、オットーが腕を組んでベンノを見た。
「工房はマインちゃんの話を聞いて、道具の量や大きさ、規模、立地を考えて決めるとしてもさ。道具は倉庫にあったヤツを最初のうちは流用すればいいんじゃないの?」
オットーの言葉にわたしはぎょっとした。
「あれはマイン工房の備品ですよ! 取られたら、わたし達の紙作りができなくなっちゃうじゃないですか」
「……倉庫自体、旦那の物だけどな」
ルッツのツッコミにむぅっと唇を尖らせながら、わたしはベンノに視線を向けた。流用なんてされて、道具を運び出されてしまったらわたし達が非常に困る。そして、あの道具は大量生産向きではない。
「でも、本当にダメなんですよ。マイン工房の備品は大量生産には向きませんって」
「あん?」
わけがわからないとばかりに眉を上げたベンノにわたしは説明し始めた。
「あそこにある道具は試作品を完成させることを第一目的に、わたし達が使いやすように軽量化、小型化、簡素化してあるので、大量生産には向かないんです。ベンノさんの先行投資にあまりお金をかけさせるのも悪いと思って遠慮して、代用品で済ませたものもいくつかありますし……」
「え? なんでお金出してくれるって言ってるのに、遠慮なんてしたんだ? 最高の設備揃えてやればいいのに」
オットーが「バカじゃないのか」と驚いたように言ったけれど、他人のお金で最高の設備を揃えるなんて考えてもみなかった。あの頃、釘一つを手に入れるのも難しかったわたしは、いつだっていかに安く済ませられるかばかり考えていたのだ。
「そこまで図々しくなれなかったんです。今ならもうちょっと図太くなれると思いますけど」
「お前は俺に対してこれ以上図太くならなくて良い。それで、大量生産に向かないって言うのはどういうことだ?」
「体格が違うんです」
ベンノの言葉にわたしはベンノに一番わかりやすい例を考える。
「例えば、わたし達が使っている簀桁は契約書サイズですけど、大人の男の人ならもっと大きな簀桁で紙漉きができるはずなんです。一回で4枚分くらい取れるような大きさの簀桁が使えれば、時間効率は良くなります」
「なるほど」
大量生産するのに契約書サイズでちまちま作るのは時間と手間がかかるだけだ。大きな簀桁を使える力があるなら、一気に作った方が良い。
「あとは、わたし達は扱いきれないから、大きめの盥を使っているんですけど、簀桁に合わせて
船水
を作るための船も大きいものが必要になるでしょう?
馬鍬
も今はルッツが作ってくれた菜箸を束ねてるだけだし……」
「聞き覚えがない道具ばかりだな」
発注していない道具もあるので、ベンノはこめかみをトントンと叩きながら、わたしをじろりと見た。
「うーん、どんな道具が必要で、今はどんな風に代用しているのかってことは、いっそ倉庫で作り方を見せながら、説明しないと分かりにくいと思います」
「そうか。では、明日、倉庫に視察へ行くとしよう。俺はお前達の作業場を見たことがないから、ちょうどいい」
さらりと予定を決められて、わたしはぎょっとした。自分の中にあった紙作りの予定を頭に思い浮かべる。
「視察って言われても、今日、紙漉きが終わったところなんです。だから、明日は乾燥させるだけで、特に作業することがないので、原料を取りに森に行こうと思っていたんですけど」
「ほぉ、それは一から作業するということか?」
「そうですね。木を切って、蒸して、皮を剥ぎます。そして、倉庫で干すところまでします」
わたしの言葉を聞いて、ベンノは何度か頷いた。
「よし、マルクを行かせる」
「え? 森へ?」
ベンノの言葉にわたしはマルクがわたし達と一緒に森へ行く姿を思い浮かべてみた。似合わない。却下だ。
「マルクさんはピシッとした服が似合う素敵紳士だからダメです。森で木を切ったり、皮を剥いだりするなんて似合いません。……うーん、ベンノさんが作業着を着てくるならいいですよ?」
「どういう意味だ、こら!」
「仕事内容を把握しておきたいのはベンノさんだから、ベンノさんが行く方がいいってことです」
「さっきはそうは言ってなかっただろう」
嫌な顔をしつつも、確かに一通りの作業内容を知っておきたいな、と言ったベンノは一緒に行動することに決めたようだ。いつの間にか、明日は森で一緒に作業することになっていた。
次の日、ルッツが倉庫の鍵を取りに行くと、作業着を着たベンノがいたらしい。迎えに出てくれたマルクが困ったような顔で、ベンノが暴走しないか、しきりに心配していたとこっそり教えてくれる。
「よくこんな狭いところで作業ができるな」
倉庫に入ったベンノはぐるりと倉庫の中を見回して、そう言った。広くて大きな店で仕事をしているベンノから見れば、子供二人がうろうろできるだけの倉庫は狭くて仕方ないだろう。
「わたし達だけなら平気ですけど、ベンノさんが入るとすごく狭くなりますね。まぁ、作業のほとんどを外でするので、中でやることは少ないですよ」
原料を取る時に使う道具をいつも通りに準備して森に向かう。鍋に蒸し器、桶、薪を少し。今日のわたしは籠の中に菜箸とお皿代わりの板とカルフェ芋とバターしか持っていない。
ベンノがルッツの荷物を半分持とうかと声をかけたが、ルッツは緩く首を振った。
「もう慣れたから平気、です。オレの荷物を持ってくれるより、マインを担いでくれる方が助かる」
「これをいつもはルッツが全部運んでいるのか? かなりきついだろう?」
ベンノは眉を寄せてフンと鼻を鳴らしながら、籠を背負ったわたしを肩車した。
「ひゃあ!?」
「きちんとつかまっておけ。ルッツ、その大きな木枠だけでも寄こせ。潰れそうで見るに堪えん」
蒸し器をベンノが片手で持って、歩き始める。大股で歩くベンノの肩の上はぐらんぐらんと大きく揺れる。びくびくしながら、わたしはベンノの頭にしがみついた。
「えーと、わたし達はルッツに運べる大きさで鍋の大きさを決めたんですけど、鍋が小さいと一度にできる量はどうしても少なくなります。鍋を大きくするか、小さめの鍋をいくつも設置するか、考えどころですよね? 川の側に工房があれば、鍋じゃなくて材料だけを運べるから、かなり楽なんですよ」
「ふぅむ……」
今日は大人のベンノが一緒なので、洗礼前の子供達と一緒に行動する必要はない。集合場所には向かわず、倉庫から直接南門へと向かった。
門を通る時、父とオットーが何か話しているのが見えた。
「父さん、オットーさん。いってきます」
わたしがベンノの肩の上から大きく手を振ると、二人が目を軽く見張ってこちらに駆け寄ってきた。
「マイン、誰だ?」
「いつもお世話になっているベンノさんだよ。ベンノさん、わたしの父です」
二人が挨拶しているのを見ていると、視界の端の方でオットーが小刻みに揺れているのが見えた。
「オットーさん、どうしたんですか?」
「いや、君達が一緒だと、ベンノが父親にしか見えなくて……」
「黙れ、オットー。俺は独身だ」
ゴン! と怒りにまかせた拳をオットーの頭に落として、ベンノはやや大股で歩き始めた。
へぇ、ベンノさんって独身だったんだ? 結構いい年なのに。
ここは結婚年齢が低いようで、わたしの父でも30を過ぎたところだ。父と同じくらいに見えるベンノが結婚していないのは不思議な感じがする。
「ベンノさん、結婚しないんですか?」
「……あぁ、多分しない」
「なんでって聞いたら、怒りますか? 純粋に興味なので、言いたくなかったら無視してくれても良いんですけど」
わたしがそう聞くと、ベンノが苦笑しながら「別に秘密にしているわけじゃない」と言った。
「俺が結婚したかった時は家族を抱えるのに手一杯で、コリンナが結婚して抱える家族がいなくなった時には、嫁にしたかった女は死んで、もういなかった。アイツ以上の女がいないから結婚しない。それだけだ」
それだけって、かなり重い話と思うんですけど。
わたしはゆっくりと息を吐く。ベンノにとって大事だった人が死んでしまっている話なので、これ以上蒸し返すことも、茶化すこともできない。
わたしが無言でベンノの頭を撫でていると、ベンノが苦笑した。
「何だ、急に?」
「いえ、何となく。ベンノさんは大きな店の旦那様だから、結婚だ、跡取りだ、と周囲はうるさいだろうな、と思っただけです」
「まぁな。だが、最近は静かになった。跡取りはコリンナの子供を鍛えるから問題ない。それが二人に結婚を許した条件だからな」
うわぁ、オットーさん。頑張れ。
心の中で応援しているうちに、暗いトンネルのような門を出た。それと同時に石畳から土がむき出しになった道へと変わる。空気がおいしくなって、視界が開けて、解放感に包まれた。
「あぁ、森に行くのも久し振りだな」
「そういえば、パルゥを採ったことがあるって言ってましたね。商人の子は森なんて行かないと思ってました。フリーダもピクニックくらいでしか行かないようなことを言ってたし……」
毎日がピクニックみたいと言われた時の衝撃は忘れられない。ベンノはクッと笑った後、懐かしそうに目を細めた。
「森へはたまに家を抜け出して、こっそりな」
「こっそりって……」
「見習いとしてウチに来た同年代はみんな採集に行ったことがあるんだぞ? 興味を持つのは当然だろう? 今でもいるんじゃないか?」
「……あぁ、そういえば見習いが一緒の時って時々見かけない顔がいるもんな」
洗礼式を終えた見習い達も仕事が休みの時は森で採集や狩りをする。洗礼前の子供と違って、自由に森と街を行き来できるようになるので、勝手に森へ行く子も多い。けれど、時々集合場所へ見習い先でできた友人を連れてくる子もいる。
そういう子と一緒にベンノも森へ出たらしい。
「商人の子って、子供のころはどうやって過ごすんですか?」
「ウチは基本的に勉強だったな。客が来たら接待の勉強。市場に行ったら、値段を見て計算させられたり、余所者の見分け方を教えられたり、商品の良し悪しを判断させられたり……」
一つの行動全てが商売に繋がるような生活は、言葉にされてもすぐには理解できない。ただ、自分達とは全く違う生活があるのだと言うことがわかるだけだ。
「それは、確かにわたし達の生活とはずいぶん違いますねぇ」
「小さい店の子供はまた違う生活をしているだろうがな」
川原に荷物を運ぶと、ルッツが竈を確認して、鍋を設置した。川から水を汲んで、鍋にザザッと入れると、その上に蒸し器をセットする。今日もカルフェ芋を放り込んでみた。
「オレ、木を切ってくるけど、旦那は……」
「ルッツ、お前は店に入るんだから、旦那様と呼べるようになれ」
「旦那様はどうする? マインとここで待ってるのか、一緒に木を切りに行くか……」
「どんな木を採るのか興味があるから、行こうか」
ルッツとベンノが木を探しに行く。わたしは鍋の辺りで薪を拾いながら、お留守番だ。
木を刈ったルッツとベンノがたくさんの枝を抱えて戻ってきた。鍋の傍で座り込んでいるわたしを見て、ベンノが軽く眉を上げた。
「マインは何もしないのか?」
「ベンノさんはわたしに何ができると言うんですか? ここでじっとしているのがわたしの仕事ですよ。倒れたら連れて帰ってくれる人なんていないんですから」
ルッツが傍にいない時は、極力動かないように言われている。わたしが勝手に動きまわると迷惑をかけることの方が圧倒的に多いのだ。
「……ルッツはビックリするくらい忍耐強いな」
「そうですよ。ルッツはすごいんです」
「マイン、やめろって。オレ、もうちょっと薪探してくる」
恥ずかしそうにルッツがわたしを睨んだ後、この場から逃げ出してしまった。その背中をベンノと二人で笑って見送ると、わたしはナイフを取り出す。
ルッツが取ってきたフォリンと薪を選別し、フォリンを蒸し器に入る大きさに切りながら、ベンノにルッツについて話をした。
「ルッツは本当にすごいんですよ。わたし、ルッツがいなかったら生きてなかったんです。初めて身食いに呑みこまれそうになった時に助けてくれたの」
「ほぉ?」
「それにね、こんな風にやってることがお金になる前から、ルッツはわたしの面倒を見て、一緒に色々作ってくれてたんです」
「……あぁ、聞いたことがあるな。だから、お前はルッツに肩入れするのか?」
冬の手仕事にしろ、紙作りにしろ、自分だけで利益を独占することもできたのに、ルッツを巻き込んで権利と利益を分けるのが、商人から見ると不思議らしい。
「そうですね。ルッツのおかげで助かってるから、わたしにできるだけのことをルッツにしてあげたいと思ってます。新しい商品を考えるくらいしかできませんし、それだって、ベンノさんが売ってくれるからお金になるんですけどね」
「……なるほど。だったら、何が何でもルッツはウチの店で確保しておかないとな」
「よろしくお願いします」
わたしの頭にポンとベンノが手を置いた。任せておけ、という言葉が聞こえたようで、ホッとする。
フォリンを同じくらいの長さに切り終わるころには、ルッツが戻ってきた。
鍋に水を足して、蒸し器にフォリンを入れる代わりに、入っていた芋を菜箸で取り出していく。
「ルッツ、すぐにバターを挟んで!」
「わかってる!」
バターを挟んで、じゃがバターにする。皿代わりになっている板の上に並んだじゃがバターを見たベンノは、最初のルッツと同じようなうんざりとした顔で芋を見下ろした。
「旦那様、マインの料理はうまいんだよ。ただの芋なのにさ」
へへっと笑いながら、ルッツが芋にかぶりつくのを見て、ベンノも仕方なさそうに口へ芋を運ぶ。
「……うまいな」
「うふふん、蒸すことでおいしさがギュギュッと詰まってますし、寒い外で食べるホクホクのお芋は別格ですからね」
芋を食べた後はベンノに鍋を見ていてもらって、わたしとルッツは採集を始めた。薬草を少しと山菜を採った。
皮が蒸せたので、水にさらして、すぐに皮を剥き始める。ベンノにも手伝ってもらったが、意外と不器用で、皮がボロボロになっていく。ベンノに手伝ってもらったら、黒皮がどんどん減っていきそうだ。
「ベンノさん、皮剥きはいいです。ルッツと一緒に片付けをしていてください」
黒皮を剥き終わったので、倉庫に帰ってきて、皮を干していく。棚に打ち付けられた釘に干していくのを、ベンノが鼻に皺を寄せながら手伝ってくれた。わたし達と違って、いちいち台を使わなくて良いのが羨ましい。
「この黒皮も、もっと量があると干せなくなります。本当はこんな風に木を組んで、干すんです」
わたしは石板に絵を描いて、ここにはない道具の説明をしていく。ベンノは頷いたり、質問をしたりしながら、道具に触っている。
「この黒皮をカラカラになるまで天日にさらして干すんです。きちんと干しておかないとカビの原因になります。干した皮は川にさらします。丸一日以上川に放置です」
「盗られそうだな」
「そうですね。一番心配なところでもあります。作り方さえ知っていれば、お金の元ですからね。だからこそ、川の近くに工房があった方が良いと思うんです」
わたしはそう言いながら、倉庫の端にある灰の袋をポンポンと叩く。
「川にさらした皮の黒い部分をナイフで剥ぎ取ったら、灰と煮込んで、また川に丸一日以上さらします。灰で煮ることで繊維が柔らかくなるんです」
「ほぉ」
「その後は、皮の繊維についている傷や汚れを取り除いて、この角棒で綿みたいになるようにガンガン叩きます。これもルッツに合わせてあるので、大人の男の人ならもっと大きくて重いのでやった方が効率的ですね」
叩くための角棒と台を指差すと、ベンノが角棒を持って振り始めた。「確かに何かを潰すなら、もっと重みが欲しいな」と呟く。
「そして、ふわふわになった繊維とトロロというネバネバと水を合わせて、船水を作ります。わたし達はこの簀桁に盥を使ってますけど、大人ならもっと簀桁も大きくして、船も簀桁に合わせた方が漉ける紙の数は多くなります。船水をかき混ぜるのも、わたし達はルッツが作ってくれた菜箸を束ねたものでできますけど、船が大きくなると全体に混ざらなくなるから、大きな櫛みたいな道具を使って混ぜるようになります」
こんな感じ、と言いながらわたしが石板に絵を描くと、ふぅんと言いながらベンノは顎を撫で始めた。
「それから、簀桁を使って、こうやって振ったり傾けたりしながら、均等な厚さの紙を漉いて、紙床に重ねていきます。それで自然乾燥させているのが、これです。明日はこの上に重石を置いて、さらに乾燥させます」
「何のために?」
「これでトロロのネバネバが取れるんです。その後はあの板に一枚ずつ張り付けて、天日で乾燥させます。剥がして出来上がりです」
ざっと全行程を説明し終わったわたしにベンノは感心したような溜息を吐いた。
「予想以上に時間と手間がかかるんだな」
「まぁ、乾燥しながら、別の作業をするので、時間がかかっている気はあまりしないんですけどね。量を作ろうと思ったら結構忙しいですよ。それに、この時期は川に入るのが大変なんですよ」
今日、川での水汲みを手伝ってくれたベンノは深く頷いた。「冬は閉鎖するタイプの工房になるな」と呟く。冬は川に入れないし、木が堅くて紙作りに向かない。
「川がないと作れないので、工房の立地はよく考えてくださいね」
「あぁ、わかった。これは忙しくなりそうだな」
忙しくなりそうだと言う割には楽しそうなベンノに、わたしは心の中で「頑張ってくださいね~」と軽く応援していた。
完全に他人事のように思っていたが、実際に少し紙作りの体験をしたベンノが張り切って工房を選び始めると、忙しくなったのはわたし達だった。マルクが紙作りの合間を縫って、わたしとルッツを連れ回しては道具作りを職人に依頼して回るのだ。この働きも情報料のうちだ、と言われれば、動くしかない。
道具を作って、人を集めて、作り方を教えて、工房がある程度の形を整える頃には、季節は夏になろうとしていた。