Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (620)
それぞれの武勇伝 その1
「おかえりなさいませ」
「ようこそおいでくださいました、ハンネローレ様。ダンケルフェルガーの協力に心より感謝しています」
揺れていた視界が戻った時に見えた光景は出発した時と同じ、城にある騎士の訓練場だった。シャルロッテとフロレンツィアが並んで出迎えてくれているけれど、最低限の側近しか連れていない。メルヒオールは神殿にいるのだろうと思うけれど、ヴィルフリートとお父様の姿が見えない。いつもと違う出迎えの光景に胸が騒いだ。
「養父様、ヴィルフリート兄様やメルヒオール、お父様の姿が見えないのですけれど……」
「ゲルラッハの戦闘終了よりは少し早かったが、こちらも戦闘が先程終わったところだからな。騎士団長であるカルステッドは騎士団の詰め所にいる。ヴィルフリートもそちらの手伝いをしているくらいだ。メルヒオールもまだ神殿から戻っておらぬ。皆、大きな怪我をしたわけではない。まだまだ後始末は終わらぬだけだ。安心せよ」
わたし達はアーレンスバッハの騎士達やゲルラッハの貴族達に後の処理を丸投げしてきたけれど、エーレンフェストでは投げる先がない。アウブである養父様が最高責任者で、領主一族は後始末に追われているようだ。騎士団長であるお父様は宴に顔を出さないわけにはいかないため、てんてこ舞いらしい。
「下町や神殿はどうだったのでしょう? 大きな被害がございましたか?」
「それほど大きな被害があったという報告は今のところ入ってきていない。……そのように不安そうな顔をするな。門の兵士や神殿に詰めていた騎士が活躍したそうだ。現地にいた其方の側近達から話を聞けばよかろう」
ダンケルフェルガーと挨拶をしたいのでこれ以上は後にしろ、と言われたわたしはおとなしく引き下がった。養父様の隣に養母様とシャルロッテも進み出て、ハンネローレと神々の名を交えた長ったらしい挨拶を交わし、協力への礼を述べる。
「……ダンケルフェルガーの騎士達の協力がなければ、礎を守りきるのは難しかったでしょう。ゲルラッハの援軍は非常に心強いものでした」
養父様はアーレンスバッハにおけるランツェナーヴェの掃討戦でハンネローレがヴォルヘニールを使ったことやフェルディナンドが受けた毒への対処方法などがエーレンフェストの防衛に役立ったことを語る。ゲオルギーネの一行がヴォルヘニールを門に放ったらしい。各門には騎士を常駐させていたので、それほど大事には至らなかったが、怪我をした兵士もいるそうだ。
……クラリッサとハルトムートのお手紙が役立ったみたいでよかった。
「今を逃せばダンケルフェルガーの騎士達の協力に報いることが難しくなります。突然の招待であったにもかかわらず受けていただけたことは大変ありがたく存じます。六の鐘の後、小広間で勝利を祝う宴を行います。ささやかではございますが、今宵の宴を楽しみ、エーレンフェストの感謝を受けていただけると嬉しく存じます」
養父様はハンネローレとハイスヒッツェへの挨拶とお礼を終えると、養母様とシャルロッテを振り返る。
「フロレンツィア、シャルロッテ。ダンケルフェルガーの方々を客間へ……。清めの準備も整っています。六の鐘までごゆっくりとお過ごしください」
「恐れ入ります。宴の前に清めたいと思っていたのです」
ハンネローレがはにかむように小さく笑う。ハンネローレに笑顔を返した後、養父様がフェルディナンドに視線を向けた。
「フェルディナンド、其方にも客間を準備させた」
「……客間? あぁ、そうだな」
フェルディナンドが一瞬不可解そうな顔をした後、ちらりとわたしを見た。たとえ「おかえり」と言われても、フェルディナンドは戻る家をわたしに譲ってしまっている。自分の家が存在しないことを思い出したのだろう。フェルディナンドをエーレンフェストに帰してあげたいと思っているのに、そのわたしが居場所を奪ってしまっている。これではいけない。
「フェルディナンド様、図書館を使ってくださいませ」
「いや、それは……」
「わたくしは城のお部屋を使いますから、ご遠慮なく。お部屋はそのまま残しています。フェルディナンド様は慣れた場所の方が落ち着くでしょう? お薬が必要でしたら工房や素材は好きに使ってくださって構いません。できればラザファムにご無事な姿を見せてあげてくださいませ」
わたしがフェルディナンドに図書館の部屋を使うことを提案すると、ハンネローレが不思議そうな顔をした。
「ローゼマイン様の図書館にフェルディナンド様のお部屋があるのですか?」
「えぇ。わたくしの図書館は元々フェルディナンド様の館だったのです。アーレンスバッハへ行くことになった時にわたくしが相続して図書館にしました」
本がたくさんあるのですよ、とわたしはハンネローレにマイ図書館の自慢をする。大半がフェルディナンドの本だが構うまい。
「ハンネローレ様。王命でアーレンスバッハへ向かう私には当然のことながら妻も子もいませんでした。父上から譲り受けた館を誰に相続させるのか考えた時、被後見人のローゼマインに譲るのが適当だっただけです。……正直なところ、まだ部屋を残してあるとは思いませんでしたが」
やや呆れた響きのある声にわたしはツンと顔を逸らした。
「フェルディナンド様がいつでも気兼ねなく里帰りできるようにお部屋は残しておくと言いませんでしたか?」
「そのような口約束がいつまでも守られるとは思わぬ。君のことだ。すぐに本で浸食されると思っていたのだが?」
「まだまだ浸食できるほどの本がないのですよ。頑張って印刷中ですけれど……」
あの図書室からはみ出すくらいの本が欲しいものである。わたしが図書館の充実について思いを巡らせていると、フェルディナンドが軽く息を吐いた。
「私の部屋がまだ残っているならば自室の方が落ち着くが、私が使っても君は本当に良いのか?」
「もちろんです。わたくしは城にもお部屋がありますもの。ラザファムにオルドナンツで出迎え準備ができるように連絡しますね。その後でわたくしは下町や神殿の様子を見てきます」
下町や神殿を見て回って、城に戻って準備して……とこの後の段取りを考えていると、フェルディナンドに「待ちなさい」と注意された。
「君が自分で連れてきた客人を放置してどうする? 下町や神殿に大きな被害はなかったようなので今日は側近から話を聞くに留めて、見て回るのは明朝にしなさい。宴が始まる六の鐘までにそれほど時間はないぞ」
お風呂に入ったり、着替えたり、側近達の報告を聞いたりすることを考えれば時間はない。わたしはラザファムにオルドナンツを飛ばし、フェルディナンド、エックハルト兄様、ユストクスの三人の受け入れを頼む。すぐにラザファムから返事が来た。リーゼレータ達を通してフェルディナンドが無事であること、宴のために戻ってくることを聞いてすでに準備を整えているらしい。
「優秀ですね、ラザファムは」
「私が教育したのだ。当然であろう」
フンと得意そうに鼻で笑われたので、わたしも「リーゼレータ達も優秀ですから」と対抗しておく。
「……あの、アウブ・エーレンフェスト。お二人はいつもこのようなご様子なのですか?」
ハンネローレとハイスヒッツェが呆気に取られたような顔をしている。何と答えれば良いのか答えを探すように少し視線をさまよわせた養父様が「……概ねいつも通りです」と小さく呟いた。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様。ご無事で何よりです」
オティーリエ、リーゼレータ、グレーティアの三人が出迎えてくれた。リーゼレータとグレーティアはシャルロッテからわたしの帰還連絡を受けて、図書館から戻ってきて準備してくれていたらしい。突然の招待に戸惑うのは招待された者だけではない。受け入れ準備を整えなければならない側仕え達も大変なのだ。
「ダンケルフェルガーの客間の準備にブリュンヒルデが奔走していて、ベルティルデはそちらのお手伝いに駆り出されています。これからわたくしもそちらへ向かいますね」
オティーリエは帰還した皆と顔を合わせて挨拶を終えると、息子であるハルトムートとその婚約者のクラリッサの姿に少し目元を綻ばせて早々に部屋を出ていった。どうしても皆の無事な姿を確認したい、とここで粘っていてくれたらしい。
「ローゼマイン様はこれから湯浴みですから、護衛騎士も交代で寮へ戻ってはいかがですか? 宴に参加するならば着替えなければならないでしょう?」
リーゼレータの言葉に護衛騎士達が頷いて順番を決め始めた。それを横目で確認しながら、わたしはグレーティアと一緒に風呂場へ向かう。髪飾りを外し、結われていた髪をグレーティアが丁寧に解き始めた。
「神殿にも連絡を入れたので、ローゼマイン様が湯浴みを終える頃にはユーディット達も戻っていると思います」
「……ねぇ、グレーティア。こちらの戦いはどのような感じだったのですか? 誰も怪我をしませんでしたか?」
「わたくし達は図書館にいましたし、ローゼマイン様が置いていってくださった図書館を守るための魔術具のおかげで、特に戦いの気配を感じることはありませんでした」
下町や神殿からオルドナンツが飛んでくるので、戦いが始まったことや終わったことはわかったけれど、図書館に被害は全くなかったらしい。
「戦いの気配はなかったのですけれど、ダームエルがローゼマイン様のお守りを持っているグーテンベルクとその家族達を午前中に図書館に連れてきました。突然平民が大勢やってきたので驚きましたよ」
ダームエルはゲオルギーネが到着するより早く来訪を感じ取っていたようで、わたしの守りの魔術具があって最も安全な図書館へグーテンベルク達を移動させたらしい。
「……ダームエルは約束通り皆を守ってくれたのですね」
「はい。髪飾り職人の家族が自分のお守りを父親に渡してほしいとダームエルに預けているのが印象的でした。父親のことはローゼマイン様のお守りとダームエルが守ってくれるから、自分達は自分達にできることをしなければ、と髪飾りや衣装の作成を始めていました」
グレーティアが髪を解き、騎獣服を脱がせ始める頃にはリーゼレータもやってきた。
「あら、今日のお話ですか? 図書館へ避難してきた者の中にギルベルタ商会の針子も数人いたのですけれど、彼女達は最優先で避難させるべき大事な物としてローゼマイン様の衣装や髪飾りを図書館に持ち込んでいました。仮縫いをしなければならないのだけれど、ローゼマイン様のご都合はどうなるのかしら? と作業をしていましたよ。連絡を入れなければなりませんね」
必死に作業しているトゥーリやコリンナの姿が目に浮かんだ。何かしていなければ不安になるから、と手を動かしていたようだし、もちろん納期が迫っているという現実的な問題もあるだろう。でも、わたしのグーテンベルク達が貴族街の図書館に避難して、作業をしていたというのは予想外に平和な光景に思えた。
「プランタン商会の者は館の内装や図書室の見学を熱心にしていました。食事処や本の参考になるところを探していたようです。新しいエーレンフェストの本は自分達が作って売っているからよくわかるけれど、従来の本をじっくりと見たことがないと言っていました」
お風呂を終えると、ユーディットとフィリーネが戻ってきていた。二人とも元気そうだ。わたしの着替えが終わっていないので、ローデリヒは男性の護衛騎士と一緒に部屋の外で待機しているらしい。
「図書館は無事だったようですけれど、神殿は戦いの場になったのですか?」
わたしの質問にフィリーネが硬い表情で頷いた後、「あの、でも、孤児院の皆は無事です。三の鐘が鳴る頃にダームエルからオルドナンツが飛んできて、訓練通りに避難させましたから」と言葉を続ける。図書館へオルドナンツが飛んで、グーテンベルク達を避難させたのと同じ頃に、神殿では孤児達の避難が行われていたそうだ。一緒に孤児達を誘導し、メルヒオールの側近達と連絡を取り合っていたらしいユーディットも頷いた。
「神殿の門番を灰色神官から騎士に交代させ、魔術具のシュミル達と見張りにつかせました。しばらくすると、ダームエルから西門に敵が現れたと連絡が入ったのです」
……わぉ、何だかダームエルが大活躍だね。
ダームエルは下町の守りについていたので、敵襲の情報に一番近いところにいたはずだけれど、それでも、図書館でも神殿でも名前を聞くとダームエルの奮闘を感じずにはいられない。
「わたくしは騎獣に乗って下町を見下ろしていました。西門の方で騒ぐ声が聞こえ、避難するように言われていたにもかかわらず外に出ていた平民達が逃げ惑う姿が見えたことから本当に戦いが始まっているのだとわかりました」
下町の各門に配置されていた騎士達が西門へ移動していくのが見えて、ユーディットもできることならば加勢に行きたいと思ったらしい。けれど、ユーディットが任されたのは神殿の守りだ。大騒ぎが起こっている西門をじっと見つめていたそうだ。
「下町を見張っていると、妙な動きをする荷馬車に気付いたのです」
ダームエルが警戒のオルドナンツを飛ばしたのが三の鐘の頃で、西門が騒がしくなったのは四の鐘が鳴る前だったそうだ。西門で騒ぎが始まった頃には人通りは少なくなっていて、荷車で野菜を運んできた農夫はさっさと門から出て自分の農村へ戻ったり、南の方にある避難所に向かったりしていたらしい。
「四の鐘が近くなる頃には街の北側は扉を閉ざした店ばかりになっていました。そんな時間に街の北側へ向かう荷馬車があったのです」
西門が気になってやや乗り出し気味に様子を見ていたユーディットの目に留まったのは、路地を縫うように移動していた荷馬車だったそうだ。
「路地の陰で止まったようで不意に見えなくなったと思ったら、少しして北門に近付く数人の人影が見えました。銀色の衣装はまとっていなかったのですけれど、西門が陽動の可能性もあると思い、わたくしは貴族街を守る騎士達にオルドナンツを送ったのです」
ユーディットが得意そうにそう言った。ユーディットの勘は正しく、数人の人影は誰何されるや否や騎獣を出して戦闘態勢になったそうだ。
「でも、そちらも陽動でした。あちらこちらで戦いが始まったというオルドナンツが飛び交う中、神殿の裏門がこじ開けられました」
人が通れるだけの通用口が爆破され、魔石化する毒の魔術具や閃光弾などがいくつも撒かれて敵が乗り込んできたらしい。
「ローゼマイン様がアーレンスバッハへ向かってから、二日ほどの間に届いたハルトムートとクラリッサのお手紙から対処方法が知らされていたので、即座にヴァッシェンをしたり、ユレーヴェを飲んだことで騎士達の命は無事でした」
けれど、ユレーヴェを飲まなければならないため、戦闘はシュミル達に頼ることになったらしい。神殿の門の上をうろうろしていたユーディットも毒を食らったそうだ。騎士達は即座に非常事態としてシュミル達を起動したらしい。
「シュミル達は本当に強かったですよ。五人で入ってきた敵の内、一人が全身にぴっちりと銀色の布をまとっていてシュミルが認識できなかったようで神殿に入られたのですけれど、それ以外の四人はピンクのシュミルと馬車用の大きな門から駆けつけてきた水色のシュミルに全て倒されました」
戦闘特化のシュミル達の攻撃はまさに電光石火の早業だったそうだ。
「金色に輝く魔術具の鎌で次々と敵を屠っていくシュミル達の動きの速いこと。魔力が尽きるまでが勝負なので、早く終わらせなければならないのは確かですが、本当にあっという間に敵を切り伏せました。たくさん返り血を浴びて汚れてしまったので、わたくしがヴァッシェンしておきましたよ」
「あ、ありがとう存じます、ユーディット」
ユーディットは得意そうな笑顔で言っているけれど、返り血で赤く染まっているシュミル達を想像するのは怖い。
「銀色の衣装をまとい、一人だけ神殿へ向かった者がいることはメルヒオール様に連絡いたしました。後は報告を聞いただけですが、その一人がゲオルギーネ様でいくつかの罠にかかり、最終的には白の塔へ転移させられたそうです」
ユーディットは図書室の現場を見ていないらしい。詳しい話はメルヒオールとその側近に聞いてほしいと言っていた。
「そういえばシュミル達に倒された者の中にグラオザム、マティアスの父親がいました」
「え? グラオザムですか?」
「マティアスに報告するかどうかはローゼマイン様にお任せします」
……グラオザムってわたし達がゲルラッハで倒したよね?
首を傾げるわたしはふと思い出した。マティアスは確か「三人の影武者がいる」と言っていたはずだ。
……影武者? どこのどれが本物?