Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (621)
それぞれの武勇伝 その2
ユーディットとフィリーネの話を聞いているうちに、リーゼレータとグレーティアによって髪が結われ、着替えが終わる。
……本当に終わったの?
自分達が倒したはずのグラオザムをシュミル達が倒したと聞いて、妙な不安が胸の中に広がってきた。鏡の中の自分が少し青ざめた顔になっている。立ち上がってすぐさま下町や神殿の確認に行きたくなった。
「ローゼマイン様、男性の側近達を入れてもよろしいですか? ダームエルとローデリヒがいるようですけれど」
ラウレンツが扉の外側に立っていて、アンゲリカが扉の内側を守っている。他の護衛騎士達は着替えのために自室へ戻っているようだ。側近達の様子を伝えながら、リーゼレータがわたしに尋ねた。
「えぇ。ダームエルの話が聞きたいです」
「大活躍でしたからね」
クスと笑いながらリーゼレータが一度部屋を出て、二人を呼びに行ってくれた。ローデリヒとダームエルが入ってくる。ローデリヒは何やらメモを取っていたらしく、途中まで文字が書かれている紙とペンを抱えていた。ダームエルの話を聞いていたのだろうか。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
「ただいま戻りました。ダームエル、グーテンベルク達を守ってくれたのでしょう? それにダームエルのオルドナンツで皆が助かったと聞きました。ありがとう存じます」
ダームエルはどのように反応すれば良いのかわからないような顔で少し視線をさまよわせ、「光栄です」とだけ口にする。相変わらず自分への評価は低そうだ。ダームエルらしさに少し笑って、わたしはダームエルに報告を促した。
「ダームエル、西門が襲撃を受けたと聞いています。被害状況を教えてくださいませ」
「かしこまりました。西門の兵士の中には怪我をした者もいますが、重傷者はいません。ブリギッテのオルドナンツによって事前に備えることができたことが大きいと思われます」
「ブリギッテのオルドナンツですか?」
重傷者がいないことに安堵したけれど、予想外の名前が出てきた。わたしが目を瞬くと、ダームエルが「事前連絡に関するお褒めの言葉や褒美はブリギッテへお願いします」と言いながら頷いた。
「ブリギッテは私ではなく、本当はローゼマイン様に送るつもりだったようです。けれど、ローゼマイン様もアンゲリカもコルネリウスもエーレンフェストを離れていたため、オルドナンツが羽ばたかなかったので私に送ってきたそうです」
ダームエルは開口一番に「この大変な時になかなか送れないのは何故ですか!?」というオルドナンツを受け取ったそうだ。ブリギッテのオルドナンツの内容は「船でライゼガングへ木々を運んでいるイルクナーの材木商が、ライゼガングで船に乗ろうとする貴族らしき変わった人達を見かけた」というものだったそうだ。旅商人だと名乗っていた彼等は偉そうな態度や言葉遣いで明らかに旅商人には見えない雰囲気の団体だったらしい。
「貴族のお忍びにしか見えず、誰もが関わり合いになりたくないので何も言わずに遠巻きに見ていたけれど、その団体は明らかに浮いていたそうです。材木商がイルクナーへ戻ると、ギーベの騎士達が他領からの侵略を警戒していて妙な団体の情報を集めている最中だったため報告したそうです」
その連絡を最初に一人の騎士が受けた時はイルクナーがすでに旧ベルケシュトックの騎士達から侵略を受けていて、ギーベがアウブに援軍の要請をしている最中だったそうだ。援軍が来るまで持ちこたえろ、と騎士達が飛び出していくところで報告が遅れたらしい。ブリギッテは戦場で騎士からその話を聞いて、すぐにオルドナンツをわたしに送ろうとしたのになかなか送れなかったようだ。
……ごめんね、ブリギッテ。
ダームエルはブリギッテからの情報を騎士団に連絡し、すぐさまライゼガングへ問い合わせをしたそうだ。「ライゼガングから出た船がエーレンフェストの西にある船着き場に到着するのはいつ頃になるのか」と。ライゼガングからの返事は「天候にもよるが、四の鐘の前後だと思われる」というもので、ダームエルは各所にオルドナンツを送って警戒を呼び掛け、グーテンベルク達を避難させたらしい。
「その材木商の情報が当たりでした。四の鐘が鳴る少し前に船着き場に到着した船から、ヴォルヘニールを連れて銀色のマントを羽織った者達が出てきたのです」
船を使うかもしれないという情報を得た時点で騎士の増員を要請していたけれど、予想よりもヴォルヘニールが多かった。そのため、ダームエルは他の騎士に応援を頼んだり、戦闘開始のオルドナンツを飛ばしたりしていたそうだ。
「西門にいた他の騎士達は門の兵士達にヴォルヘニールの危険性を知らせ、彼等のマントを脱がせるために汚物を投げつける役目を任せました」
銀色のマントをまとい、門に入ろうとしたところで兵士達による汚物攻撃が炸裂。いきなり平民に汚物を投げられた彼等は激昂し、ヴォルヘニールを放ち、シュタープを出したらしい。次の瞬間、彼等を警戒させたり逃亡されたりしないように物陰に隠れていた騎士達が一斉に飛び出し、シュタープを持っている者から倒していったとダームエルが戦いの様子を語る。
「そういえば、西門の班長であるギュンターにはひやひやさせられました」
父さんの名前が出たことに胃の辺りがキュッとした。「何があったのですか?」と不安になりながら問いかける。何かとんでもない怪我でもしたのだろうか。ひやひやなので、危険があったけれど何とか回避できたのだろうか。
「ヴォルヘニールに対して騎士の数が足りず、一匹が兵士に襲いかかったのです。そのヴォルヘニールを、このように、金属の小手で殴りつけて……」
ダームエルが腕を構えて振り、父さんがどんなふうにヴォルヘニールに殴りかかったのか実演してくれる。
「……あの、平民の兵士がヴォルヘニールに殴り掛かったのですか?」
「ウチの部下に何をする気だ、この犬コロ! と怒鳴りながらドカッと……」
ダームエルは父さんの武勇伝のように言うけれど、ヴォルヘニールは魔力量によって大きさまで変えて襲いかかる魔獣だ。無謀にも程がある。
「ダームエル、本当に西門に重傷者はいないのですよね!? 重傷者はいないけれど、死者はいるというのはなしですよ!」
最悪の予想にわたしが真っ青になると、ダームエルが困ったような顔で苦笑しながら頭を横に振った。
「死者はいません。ギュンターが殴り掛かり、ヴォルヘニールがギュンターの腕に食らいついた瞬間、ローゼマイン様のお守りが発動しました」
「え?」
「ヴォルヘニールが爆散したのです。それでお守りの威力を知ったギュンターは、家族から預かって身につけていたお守りの数だけ無茶をしました」
ダームエルに「これ以上無茶をされると私がローゼマイン様とのお約束を守れなくなるではないか」と叱りつけたい気分だったとぼやかれて、わたしはその場に穴を掘って埋まりたい気分になった。
……それは、その、ウチの父さんが大変ご迷惑をおかけいたしました。
「神殿でも騒ぎがあったようなので西門は陽動だったようですが、不審者を街に入れるのは阻止できたと思います。ギュンターは最終的にヴォルヘニールを二匹、それから、元ギーベ・ゲルラッハであるグラオザムを蹴り飛ばし、お守りで止めを刺しました。無茶はしましたが、功績は本物です。西門の兵士達に褒賞をお考えください、とアウブに進言してくださいませんか?」
自分が騎士団を通じて願い出るよりも確実だから、とダームエルが言った。褒賞を願い出るのは全く構わない。兵士達にも必要だと思うが、ダームエルにこそ必要だろうとも思う。
……でも、またグラオザム? 今度は父さんが倒した?
わたしが眉をひそめると、ユーディットが「ちょっと待ってくださいませ!」と声を上げた。
「グラオザムに止めを刺したのは神殿のシュミル達です。わたくしはこの目で確認しました。ダームエルは見間違えたのではありませんか?」
先程まで神殿の戦いについて話をしてくれていたユーディットが、まるで自分の手柄を奪われたような不満顔でダームエルを睨む。
「いや、グラオザムの顔だったはずだ」
敵を見間違えていると言われればダームエルもいい気はしないようで、ユーディットに反論した。わたしはパンと手を打って、二人の間に割って入る。
「止めましょう、二人とも。マティアスによると、グラオザムには影武者がいるそうです。城に戻る前、ゲルラッハの戦いでわたくしやマティアスが倒したのもグラオザムでした」
「え?」
アンゲリカ以外でその場にいた側近達が目を丸くしてわたしを見る。そういえば、皆の話を聞くだけで、わたし自身の話は特にしていなかった。
「あの、ローゼマイン様。影武者を準備するのは容易ではありません。魔力の色は個人によって異なりますし……」
「……多くの犠牲が必要ですから非道なことを厭わなければ、という前提の下であれば、全く方法がないわけではないのです」
グラオザムは何人もの身食いの兵士と従属契約をしていたはずだ。親から引き継ぐ魔力の属性を持たない身食いを染めるのは、それほど難しいことではない。そして、死亡確率が非常に高いけれど、エーヴィリーベの印を持つ者を作り出すことも不可能ではないのだ。
「第二、第三のグラオザムがいるのは間違いないようです。わたくし達の他にグラオザムを倒した人がいても、もうわたくしは驚きません。むしろ、第二、第三のゲオルギーネ様がいるのではないか、それが心配です」
側近達が揃って顔色を変えた。神殿で倒されたゲオルギーネが偽物ならば、これから出てくる可能性もある。
「養父様にオルドナンツを。本当にゲオルギーネ様を倒したのか、本人で間違いないのか、確認しましょう」
わたしは自分の不安をオルドナンツに吹き込んで飛ばす。すぐに養父様からは「ゲオルギーネ本人で間違いない」という返事が戻ってきた。
「正確に言うならば、神殿から転移陣で白の塔へ飛ばされたのは偽物で、私が礎の間で止めを刺したのが本物だ。……奪われていた宝も取り戻した。残党が何かしようとしても、礎を奪われることはない」
騎士団でも複数のグラオザムやゲオルギーネの討伐情報に関しては把握できているそうだ。宴の最中に礎を奪われるようなことはないらしい。わたしは養父様からの返事に胸を撫で下ろす。礎の間でアウブが対面し、聖典の鍵を取り戻したのであれば、少しは安心だ。
三回同じ言葉を繰り返したオルドナンツが黄色の魔石に戻って手元に落ちてくる。見慣れたいつもの光景なのに、何故か首筋がひやっとして、胃の辺りに痛みが走り、手が震えて魔石を手に取り損なった。
「ローゼマイン様、どうかされましたか?」
わたしが取り落とした魔石を拾ったリーゼレータが不思議そうにわたしを見る。わたしは自分の指先を見つめながら「何でもありません」と微笑み、立ち上がる。
「そろそろ六の鐘が鳴るのではないかしら?」
「まだですよ、ローゼマイン様。今の小広間は準備で大忙しでしょう。六の鐘が鳴って、オルドナンツで連絡が来てからゆっくりと向かうことになっています」
「そうなのですか……」
忙しそうな小広間の様子を思い浮かべていると、小さくベルの鳴る音がした。グレーティアが扉を開け、身支度を終えて戻ってきた側近達を部屋に招き入れる。
「お待たせいたしました、ローゼマイン様」
「皆が戻りましたし、小広間が忙しいのであれば、お手伝いできることがあるかもしれませんよ、リーゼレータ」
身支度から戻った側近達と一緒に小広間へ向かおうとすると、リーゼレータが首を横に振った。
「ローゼマイン様はもう少しゆっくりと休んでいてくださいませ。……アーレンスバッハでも寝込んだと聞いています。お疲れでしょう?」
「確かに疲れているのですけれど、何だかじっとしていられないのです」
リーゼレータはわたしの側近達を見回し、少し困った顔になった。
「ローゼマイン様は今回の戦いの立役者です。たくさんのお客様がローゼマイン様とお話したがるでしょう。小広間の準備よりも今のうちに少しでも休んでおいたり、どのようにお客様を捌くのか考えたりして、ローゼマイン様御自身の準備を整えることが大事だと思いますよ」
……話しかけてくるお客様の捌き方、か。
それは全く考えていなかった。ゲオルギーネの止めを刺した養父様や神殿を守ったメルヒオール、西門で戦った騎士達が中心になると思っていたのだ。わたしが側近達に相談しようかと振り返ったら、クラリッサが笑顔で胸を張った。
「ローゼマイン様の活躍でしたら、わたくしがいくらでもお話しできます。特にアーレンスバッハの海上における儀式の様子は、全てが一望できる位置から見ていたわたくしが最も得意とするところです」
いつもならば「止めてください」とか「余計なことは言わないでくださいませ」と注意するところだが、自分で対処するよりもクラリッサに任せてしまった方が良いような気がした。
「ローゼマイン様?」
「……何でもないです。今夜のお客様のお相手はクラリッサとハルトムートに任せます。あまりにも色々ありすぎて、わたくしはまだ頭が整理できていないというか……上手く言葉にできないのです」
今は何だか頭に白い靄がかかっているような、記憶に薄い布を被せられているような変な感じがしているのだ。語りたい人がいるならば任せてしまいたい。
「では、私にお任せください。ローゼマイン様に質問する必要がないくらいに私が語りましょう」
非常に好都合なことにハルトムートがニコリと笑って請け負ってくれた。わたしが頷くと、コルネリウス兄様が顔色を変えてわたしの顔を覗き込んでくる。焦りを含んだ漆黒の目が「正気か?」と言っていた。
「ローゼマイン、本当に良いのか? すぐに後悔することになるぞ」
「あら、コルネリウス兄様がご自分の武勇伝を語って、お客様の興味を逸らしてくださっても良いのですよ」
わたしがフフッと笑うと、コルネリウス兄様が「そういう意味ではない」と頭を横に振った。
「ハルトムートとクラリッサが好き放題に語り、それにダンケルフェルガーの者が同意したり、更に詳細を語れば母上がきっと大喜びすることになる。今度は自分が餌食になることをわかって言っているのかい?」
「あの、コルネリウス兄様。わたくしが行ったのは戦いばかりですよ。恋物語になりません。お母様ったら恋物語に飽きて、騎士物語でも書きたくなっているのですか?」
もしそうならば今回の宴はハンネローレ様の護衛騎士としてダンケルフェルガーの騎士も数人来ているので取材にはちょうど良いだろう。たくさんの騎士から色々なお話を聞くことができるはずだ。わたしがそう言うと、コルネリウス兄様が「母上が恋物語に飽きるわけがないだろう」と呟いてガックリと項垂れた。
……ですよね? 年々恋物語にかける情熱がパワーアップしてるようにも見えるし。
心の中でコルネリウス兄様に同意していると、宴の前から疲れ切った顔になってしまったコルネリウス兄様と違って、ローデリヒが焦げ茶の目を輝かせて手にしていた紙をバッとわたしに見せる。
「私は今回の戦いのお話をたくさん聞いて、新しい騎士物語やディッター物語の続編に活かしたいと思っています。皆様の武勇伝は大歓迎です」
宴にかけるローデリヒの意気込みに皆が笑っている中、ハルトムートだけは何か考え込むように顎に手を当てた。
「ならば、ローデリヒにはローゼマイン様の隣でお客様の武勇伝について質問する役目を任せてはいかがですか? 客の興味を逸らす効果は十分にあると思います」
「ハルトムートがローデリヒにローゼマイン様の隣を任せるなんて……。もしかして熱でもあるのではございませんか?」
フィリーネがひどく心配そうな顔でハルトムートにそう言ってダームエルが大きく頷いた時、六の鐘が鳴った。