Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (622)
それぞれの武勇伝 その3
「ユーディットのオルドナンツで連絡を受けたカルステッドに命じられて、私は北門の制圧に向かったのだ」
祝勝の宴が始まると、そこかしこでそれぞれの武勇伝が語られ始めた。北門の陽動を押さえるために騎士達と出動したヴィルフリートは絶好調だ。最初は未成年の領主候補生であるヴィルフリートを出す予定ではなかったけれど、西門へ騎士が何人も移動していて手薄だったこと、高い魔力を持つ者でなければ敵を捕らえられない可能性があるということで出動命令が下ったようだ。
「できるだけ捕らえるように、と言われていたので非常に大変だったのだぞ」
深緑の目を輝かせ、得意そうに身振り手振りを交えながらヴィルフリートが口にする戦いの様子をローデリヒがわたしの半歩後ろで必死に書き留めている。
「苦労はしたが、私は大物を捕らえることに成功した。グラオザムを捕らえたのだ。どうだ、驚いたであろう?」
……また出たよ、グラオザム。
倒された敵の名前にグラオザムが出てきすぎて、そろそろ何人目なのかわからなくなってきた。これで最後だろうか。まだいるのだろうか。何だか考えるだけで気持ちが悪くなってくる。
「私はグラオザムをシュタープで縛り上げ……」
「ヴィルフリート様、質問があります。シュタープで、ということは北門付近の陽動部隊は銀色のマントをつけていなかったのですか?」
ローデリヒの質問にヴィルフリートが「む?」と少し考え込んだ。
「つけてはいたが、裏側は銀色ではない布であったし、翻っている時ならば普通に魔力の攻撃も通じたぞ」
半分ほどの攻撃は銀色のマントをつかんでバサッとかざすことで防がれたけれど、騎獣に乗る以上は全身を銀色の衣装にすることはできなかったようだ。時間はかかったけれど、最終的にヴィルフリートはグラオザムを捕らえることに成功したらしい。
「騎士団へ連れて行けば、私の捕らえたグラオザムでエーレンフェストに現れたのは三人目だと聞いて驚いた。ローゼマイン、其方もグラオザムと戦ったのであろう? そちらはどのような戦いであったのだ?」
「戦いの様子はあちらのハルトムートから聞いてくださいませ。わたくしがよく覚えていないような細かいことまで話してくれます」
「……むぅ、ハルトムートか」
ちょっと嫌そうにヴィルフリートがハルトムートを見た。ハルトムートがゲルラッハの戦いについて、クラリッサがアーレンスバッハの戦いについて嬉しそうに語っている。ビックリするくらいに細かくて、うんざりするくらいに神様の形容が多くて、勝手に溜息が出るほど大袈裟だ。
「ハルトムートが嫌ならばハンネローレ様とお話をしてくるのはいかがですか? アーレンスバッハではランツェナーヴェの兵士を相手にヴォルヘニールを三匹使役して戦ったり、ゲルラッハの戦いではグラオザムの隙を突いた攻撃をしたり、さすがダンケルフェルガーの領主候補生だと感心する戦いぶりでしたよ」
わたしはお母様と話をしているハンネローレに視線を向けながら、ヴィルフリートにハンネローレとの会話を勧める。最初はわたしの母として、エーレンフェストの一貴族としてお母様がお礼を述べるところから始まったのだけれど、心ばかりのお礼の品としてわたしもまだ読んでいないエーレンフェスト本の新作「神々の恋物語」を差し出したことで何だか風向きが変わった。ハンネローレは感激して赤い目を潤ませてお母様達が書く恋物語がどれだけ好きなのか語り始め、お母様は取材の姿勢になってしまったのだ。
「そろそろお母様とハンネローレ様を離した方が良いと思いませんか?」
「楽しそうに盛り上がっているのだから良いのではないか? まぁ、其方は少々居心地が悪いかもしれぬが……」
「少々ではありませんよ。ハンネローレ様のおっしゃりようでは、わたくしがまるで物語の女神のような扱いではありませんか」
母として娘の活躍を物語として残すためにどのようなことをしたのか教えてほしいだなんて言いだしたお母様を止めようとしたら、ハンネローレは「わたくしが語ったことが物語になるのですか?」とやや興奮気味に身を乗り出して語り始めたのだ。わたし達がダンケルフェルガーの国境門に現れたところから延々と。クラリッサと同じくらいの誇張に加えて、恋愛フィルターがかかったようなお話を。
……フェルディナンド様がマジ不機嫌なんだけど。
一つ一つの行動を見れば完全に間違っているわけではないので賓客に正面から文句も言えず、呑み込むしかない。わたしとフェルディナンドは今非常に困っているのだ。
「困るくらいならば、最初からアーレンスバッハへ行かねばよかったのだ」
「ヴィルフリート兄様、何をおっしゃるのですか? フェルディナンド様を助けない方がよかったとでもおっしゃりたいのですか?」
「そうではなく、其方自身が王族や神々を敵に回しても助けたいなどと宣言したくせに今更噂されて困る方がおかしいであろう? いい加減に叔父上に懸想していることを認めればよいではないか」
……だから、懸想なんてしてないって何度も言ってるのに!
いくら反論しても周囲から生温かい目で見られ、同じようなことを言われるのだ。「エアヴァクレーレンの導きによるユーゲライゼの訪れを目前にしたフォルスエルンテの協力ですもの。大きくなっていたラッフェルを手に入れて戸惑っていらっしゃるのですね」と。
神様の名前が並びすぎてベラベラと言われても全部は理解できないけれど、口調と表情から慰めとからかいが混ざっているのだけはよくわかって心がささくれてくる。
……初恋もまだなのに、恋が実ったって何が何だかわからないよ!
「叔父上は然程困っておらぬようだぞ?」
ヴィルフリートがにこやかな笑顔で話をしているフェルディナンドに視線を向けた。どこからどう見ても最悪な機嫌のキラキラ作り笑顔だ。ゲオルギーネと対面した時やディートリンデとの婚約の時を思い出させるといえば、その不機嫌さがわかるだろう。
「妙な噂で不機嫌極まりないフェルディナンド様の笑顔を見て、ヴィルフリート兄様はよくそのようなことが言えますね。わたくし、怖くて近付けませんよ」
「……あれは不機嫌なのか。ならば、早々に其方から離れた方が良さそうだ」
叔父上は難しいな、と言いながらヴィルフリートが去っていく。わたしもどこかに逃げたい。
「ローゼマイン姉上」
ヴィルフリートが去るのを待っていたようにメルヒオールが近付いてきた。
つい先程までメルヒオールとその護衛騎士達は楽しそうな笑顔で皆にゲオルギーネがどのような様子で罠にかかったのか語っていたのである。銀色の衣装で顔もわからないくらいに全身を覆ったゲオルギーネが神殿内で騎士達に追いかけられ、次々と罠にかかっていく様子は非常に面白くて、わたしも思わず笑ってしまった。
偽物ゲオルギーネは銀色衣装で図書室に飛び込み、足元にビー玉のような魔石が敷き詰められているところで足を取られてビターンと派手に転んだらしい。メルヒオールの護衛騎士達は図書室の中が罠だらけであることを知っているので、中には入らずに戸口で弓を構えてどこまで罠にかかるのか見ていたそうだ。
何が起こったのかわからなかったようで数秒間倒れたまま動かなかった偽物ゲオルギーネは、ハッとしたように魔石の上で動き始める。けれど、なかなか起き上がれず、何度も魔石に足をとられながらまろび出た。
ところが、出た先には鳥もちのようにかなり強力な粘着性の物質が塗られている。銀色の手袋と靴がべったりと貼りつき、何とか引き剥がそうとした。すぽっと手袋が脱げたことで、そこを目がけて矢が射られる。
偽物ゲオルギーネは体を捩るようにして矢を避け、必死に靴を脱いで自由を勝ち取った。しかし、鳥もち地帯から逃げた先は見えない転移陣が敷かれている場所。転移陣に素手で触った彼女は銀色の衣装だけを残して姿を消したらしい。転移の瞬間に見えたそうだが、彼女は白の塔で肌着状態だそうだ。
「メルヒオール達はずいぶんと人気者でしたね。皆が大変面白がっていましたよ」
「ローゼマイン姉上とハルトムートが作った罠が面白かったのだと思います」
「……でも、ゲオルギーネ様は本当に捕らえられたのかしら? グラオザムに影武者がたくさんいたでしょう? ゲオルギーネ様にもいるのではないかと思うと不安なのです」
わたしが小さな声で不安を零すと、メルヒオールは「大丈夫ですよ」と頷いた。
「礎の間には本物が現れたそうです。父上が止めを刺したことで、捕らえてあった捕虜が次々と死んでいったと聞きました。ですから、本物で間違いないと思います」
「そうですか」
本物らしいことに胸を撫で下ろしていると、メルヒオールが少しだけ声を潜めた。
「母上もゲオルギーネ様を捕らえたようですが、本物は父上が倒したそうです」
「養母様がゲオルギーネ様を捕らえたのですか?」
「はい。城の隠し通路の出口で捕らえたと聞きました」
シャルロッテ誘拐事件やわたしのユレーヴェ事件でゲオルギーネに隠し通路が筒抜けだったため、養父様は隠し通路の作り直しをしたらしい。そして、今までの隠し通路はどれを使っても同じ場所に出るようにして残しておいたそうだ。まんまと引っかかった偽物ゲオルギーネは出口を見張っていた養母様に捕まったらしい。
……養母様が戦っていたなんて思わなかったよ。
「側近であるレーベレヒトが色々な罠や魔術具を準備していたようです」
「ハルトムートのお父様ですもの。そういうのはきっと得意でしょうね」
捕らえたゲオルギーネにシュタープ封じの手枷をはめて、養母様が護衛騎士達に命じて白い塔へ連行したところ、神殿から転移してきたゲオルギーネが天井から降ってきたらしい。
「礎の間に籠る父上は外の様子がわかりません。母上からゲオルギーネ様を捕らえたと連絡を受けた父上は礎の間を一度出て、白い塔へ確認に向かっていたそうです。ですから、母上はすぐに礎の間へ戻るようにオルドナンツを飛ばしたと言っていました」
ゲオルギーネを捕らえたということでひとまず終わったとゲルラッハのフェルディナンドに向けてオルドナンツを送った直後、偽物がいることが発覚したらしい。
「本物のゲオルギーネ様も神殿から入ったのですよね?」
わたしが首を傾げるとメルヒオールは「はい。私が油断し、見落としていたのです」と肩を落として呟いた。
「私は戦いの場に出てはならない、と言われていたため、部屋で罠にはまったゲオルギーネ様の顛末について報告を受けていました。その時、護衛騎士達は私への報告に来た者、騒動の起こった門の様子を見に行った者に分かれ、誰も図書室の監視をしていませんでした。その隙を突かれて、本物に図書室へ入られてしまったのです」
「……誰にも気付かれずに入れるものかしら? 門には回復中とはいえ騎士達が何人もいたでしょう?」
神殿に門は三つあるけれど、シュミル達が見張っているし、貴族門からシュミルが移動したという話は聞いていない。通用口と馬車用の門はすぐ近くだから応援に来られただけだ。馬車用の門が開けられれば、ユーディット達にも見えただろうし、すぐに対応できただろう。それに、神殿は結構広い。誰にも見つからずに図書室へたどり着くのは結構難しいと思う。
「姉上も気付いていなかったのですね。……もう一カ所、神殿には普通ではない出入り口があったのです」
「え?」
「エントヴィッケルンによって水を引くための水路が引かれました。神殿の工房でも紙を作りやすくできるように引いたでしょう?」
川と繋がる通路は引いた。水の浄化などに問題があるため、使われていない通路がある。
「本物はその通路を使ったようです。銀色の衣装をまとっていたせいか、ヴァッシェンができずに足跡が残っているところがありました。孤児院の男子棟付近に現れ、下町の者が食料を持ってきたり、下働きの者が出入りしたりする西側の地階から貴族区域に入って、青色神官の部屋で図書室付近が手薄になるまで待機していたようです。待機用の部屋を提供していた青色神官とその側仕えが手引きしていたと思われます」
養父様が止めを刺したゲオルギーネは灰色巫女の服を着ていたそうだ。それではゲオルギーネを転移させたと気が緩んだ神殿の廊下を歩いていても誰も気に留めなかったかもしれない。
「彼等は……」
「ローゼマイン様」
本物の移動経路がわかったことに少し安心したところで、笑顔のハイスヒッツェがやってきた。ハイスヒッツェの側仕えが持っているお皿の上には大量の料理が載っている。
「ハイスヒッツェ、お料理のお味はいかがですか?」
わたしが尋ねると、ハイスヒッツェはご機嫌な様子でお皿を見た。
「非常においしい物が多いですね。領主会議の時に何度か口にしましたが、今日のように勝利と共に味わうと格別においしく思えます。それにしても、ローゼマイン様のお皿にはほとんど載っていないようですが……」
「わたくしは欲しい分ずつ側仕えに取り分けてもらっていますし、騎士の方からは少なく見えるのかもしれませんね。おいしくいただいています。ヴァルゲールのクリーム掛けは今の季節しか食べられないのですよ。ぜひ味わってくださいませ」
客人に出しているのに、ホスト側がおいしそうに食べないわけにはいかない。食欲がないせいか、味がないように感じる料理をわたしは笑顔で口に入れた。
「こちらのお酒はダンケルフェルガーの方にも気に入っていただけるお味ですか?」
「えぇ、もちろんです。普段飲んでいるヴィゼよりずいぶんと強いですが、素晴らしい味だと思います」
ハイスヒッツェはお酒の入ったカップを手にご機嫌だ。ダンケルフェルガーではよく飲まれているヴィゼではなく、エーレンフェスト独自のお酒があるのが嬉しいらしい。
……そんなに大きなカップでグビグビ飲むお酒じゃないと思うんだけどね。
ダンケルフェルガーの騎士達百人がこの勢いで飲み出したら、確かにエーレンフェストの酒蔵はピンチだろう。
「あの、ハイスヒッツェ様。質問をしてもよろしいでしょうか?」
ローデリヒがわくわくとした表情で問いかける。お酒を飲んで気が大きくなっているらしいハイスヒッツェは「何でも尋ねてくれ」と鷹揚に頷いた。
「今回の戦いでダンケルフェルガーの騎士達に死者がいなかったというのは本当ですか? 連続して行われた激しい戦いだったので、信じられなくて……。ダンケルフェルガーの騎士達の強さの秘訣を教えてください」
ゲルラッハの戦いの後、勝利宣言を出した時にダンケルフェルガーの騎士達は十人の十列で並んでいた。指揮官であるハンネローレとハイスヒッツェはわたしと一緒にバルコニーにいたのだ。脱落者なしである。
「今回、ダンケルフェルガーの騎士達に被害がなかったのはローゼマイン様とフェルディナンド様のおかげです」
ハイスヒッツェは少し真面目な顔になってそう言った。
「毒を防ぐために口元を覆うように、それから、ユレーヴェを必ず携帯するように、と予め指示がありました。グラオザムが放った毒で魔力の塊ができて重症になった者は十人以上いますが、即死は免れています。逆に、毒の特性を知らされていなかった敵やゲルラッハのギーベ騎士団は被害が大きかったようです。一瞬で魔石になった者が何人もいました」
その瞬間、脳裏に魔石が輝いて落ちていく光景が蘇った。鳥肌が立って、グッと胃から食べた物が逆流してくる。わたしは口元を押さえて必死に嚥下した。ここで嘔吐するわけにはいかない。
「ローゼマイン」
どこからかフェルディナンドの声が聞こえた。振り返ろうとした時に小広間の扉がバーンと開く。
「ローゼマイン、無事か!? 助けに来たぞ!」
飛び込んできたおじい様が鎧姿のまま、猛然とこちらに駆け寄ってくる。あまりにも驚いたせいだろうか、唐突な吐き気が消えた。皆が呆然としている中、おじい様はわたしの無事を確認するように上から下まで見つめる。
「わたくしは無事ですよ。おじい様のおかげで元気です」
吐き気から救ってくれたので嘘ではない。そうか、と頷いた後、おじい様は養父様のところへ向かい、怒鳴った。
「私が戻る前に祝宴を始めるとは何事か!? フェルディナンドを戻すためには転移陣を動かすくせに私のためには動かせぬとはどういうことだ!? イルクナーから戻るのに苦労したぞ!」
「……ローゼマインとフェルディナンド、二人の魔力があれば転移も容易いが、そうそう魔力の無駄遣いはできぬ。其方ならば自力でも宴に間に合うと私が言った通りになったではないか」
おじい様一人のために転移陣は動かせないと養父様は言ったらしい。ダンケルフェルガーと情報の擦り合わせをするのが目的だったならば、おじい様が後回しにされるのも仕方がない気がするけれど、今言い合うことではない。
「ローゼマイン、ボニファティウス様にイルクナーの話を聞きたいとお願いしなさい。ついでに、着替えてくるように言ってくれ」
いつの間にか背後に立っていたフェルディナンドにそう言われて、わたしはおじい様に近付いた。
「おじい様、今はダンケルフェルガーからお客様がいらっしゃっています。お召し替えの後でおじい様の武勇伝を聞かせてくださいませ。わたくし、イルクナーがどうなったのか気になっているのです」
ブリギッテは戦いの最中に貴重な情報をオルドナンツで送ってくれた。イルクナーが今どうなっているのか知りたい。わたしがお願いすると、おじい様は笑顔で頷いてくれる。
「よし、わかった。聞かせてやろう。待っていろ」
機嫌よく小広間を出ていくおじい様を見送るわたしに新たな武勇伝が加わった。