Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (628)
昼食と中央
昼食のために城へ戻るように、とラザファムが馬車に乗って戻ってきた。もちろん先にオルドナンツでリーゼレータにお知らせが来ているので、トゥーリやコリンナ達ギルベルタ商会の者も仮縫いを終えて帰ったし、出発準備はできている。
わたしとハンネローレはそれぞれの護衛騎士を伴って馬車に乗り込んだ。
「フェルディナンド様に政略結婚を了承していただくにはどうすればよいのでしょうか? わたくしの知っているフェルディナンド様はハイスヒッツェ達から聞いた人物像がほとんどですから妙案が浮かびませんね。ここはやはりローゼマイン様がフェルディナンド様に課題をいただいて来るのが一番ではないでしょうか?」
ハンネローレが真剣な顔で考えているけれど、わたしはクラリッサのようなダンケルフェルガー式の求婚をする気は全くない。フェルディナンドは絶対にわたしとの結婚を嫌がると思うし、鼻で笑われて課題をもらえるとは思えない。それに、わたしとしては本人が嫌がっている政略結婚より、フェルディナンドのゲドゥルリーヒであるエーレンフェストで研究所を作ってあげた方が良いと思う。
……妙な外堀を埋められる前にフェルディナンド様と相談しなくちゃ!
ハンネローレが動くとすれば、アウブ夫妻が同席するこの昼食の間に決まっている。その前にフェルディナンドに話をして、政略結婚に抗えるように情報を流して対策を練らなければならない。
このままではダンケルフェルガーの勢いでフェルディナンドがまたもや不本意な政略結婚に担ぎ出されてしまうかもしれない。ダンケルフェルガーの暴走は止めて、と釘を刺したはずなのにハンネローレはもう忘れてしまっている。
……わたしだけでもフェルディナンド様の味方になるんだ!
「レオノーレ、フェルディナンド様に連絡してくださいませ。昼食前にお話をしたいです、と」
わたしは馬車に護衛騎士として同乗しているレオノーレにお願いする。本来は側仕えに頼む用件だが、身分的にリーゼレータは同乗していないので仕方がない。
「オルドナンツを送ってみますが、いくら何でも急すぎると思われますよ」
「大変なことになりましたと言えば、きっとお時間を取ってくださいます」
「フェルディナンド様!」
昼食会が行われる食堂の近くに、フェルディナンドが話をするための部屋を準備してくれていた。そこにはフェルディナンドとその側近だけではなく、わたしの男性側近達も揃っているようだ。ハンネローレ達ダンケルフェルガーのおもてなしに際して意見を聞くために動員されていたクラリッサも一緒にいる。
「大変なこととは何だ、ローゼマイン? 君は一体何をしたのだ?」
「わたくしは特に何もしていないのですけれど、大変なことになって、フェルディナンド様が政略結婚で……」
「落ち着きなさい。興奮しすぎだ。顔色が……」
体温を測るように伸ばされたフェルディナンドの右手をわたしはぎゅっと握った。
「このままではわたくしと結婚させられてしまうかもしれません。フェルディナンド様、今すぐに逃げてくださいませ!」
「……全く意味がわからぬ。盗聴防止の魔術具を使った上で、前後関係を明確に説明しなさい。どう考えても大っぴらに話す内容ではあるまい」
顔をしかめたフェルディナンドが軽く左手を振る。すぐにハルトムートが範囲指定の盗聴防止の魔術具を使い、話ができる場を作ってくれた。お茶の準備を終えたユストクスが側近達に魔術具の範囲から出るように指示を出す。周囲を側近達に囲まれてはいるけれど、あっという間に二人だけで話ができる空間ができた。
側近達は側近達で話をしている様子を視界の端に捉えながら、わたしはフェルディナンドに仮縫い中の話をする。フェルディナンドに懸想していると勘違いされて応援されたところから始まって、政略結婚の話が出るまで全部だ。
「……という感じで、本当の望みを話してほしいと言われたわたしが、ややこしい義務も建前も何もかも取り払った本当の望みを述べた途端、ハンネローレ様や側近達がフェルディナンド様と政略結婚するべきだ、と言い出したのです。いきなり手のひらくるんですよ。わけがわかりません。そう思いませんか?」
「君に権力を持たせて野放しにすると大変なことになるので、君を制御できる者が必要だと認識されただけのことだ。何もわからぬことなどないではないか」
話を聞いているだけなのにものすごく疲れた顔になったフェルディナンドが「わかっていないのは君だけだ」と言いながら、わたしを睨んだ。
「図書館計画に呆れたこともあるであろう。だが、皆がこぞって意見を翻したのは、君の意見が危険だったからだ。国境門が境界門の外にあること、貴族院へ向かう転移陣がそれぞれの領地の寮にあること、アウブの許可が必要で毎年多数の学生が移動するにもかかわらず少人数でなければ転移できない仕様になっている理由を考えなさい」
「え?」
「ツェントが自分の思うままに図書館を作り、更に転移陣を設置して自由に行き来できるようにするなど、領地の防衛を考えれば最悪ではないか。設置する君に悪意や敵意がなくとも、その後利用する者が悪用しないとは限らぬ。長い歴史を誇るダンケルフェルガーの領主候補生が警戒するのは当然ではないか。この馬鹿者」
恋愛成就がどうとか、政略結婚がどうという話のせいで、「またくだらぬことを……」と疲れを感じているのかと思ったら全く違ったようだ。予想外の叱られ方にわたしは慌てて言い訳をする。
「こうなったらいいな、と思った理想を思いつくままに語っただけで、わたくしだって簡単に実現できるとは思っていませんよ。フェルディナンド様に懸想しているという話題から、皆の気を逸らしたかったのです」
「ジギスヴァルト王子と結婚するのが一番簡単そうと得意げに語った君が何を言っている? 迂闊な君がいつも通り考えなしに発言したことでも、君が本気で実現させようと思えば可能だということがハンネローレ様には伝わったのだ。事は転移陣に限らぬ。思い付きで気軽に突拍子もないことを次々と実現されては堪らぬと周囲が考えるのは当然だ」
「あうぅ……」
難しいことを考えなかったせいで大変なことになっていたらしい。
「頭を抱えたいのはこちらの方だ。せっかく聖女らしさを取り繕わせて一見完璧に見える領主候補生を作り上げてきたのに、そのような馬鹿馬鹿しい理由で全て放り去るなど考えてもみなかった。君は外聞や外面を取り繕え、とあれほど宴で言われていたのに理解しなかったのか?」
「うぅ、あんまり皆から外聞、外聞と言われたせいか、ものすごく面倒に感じていましたし……反動でぺいっと放り出しちゃったのではないか、と愚考します」
「愚かすぎる」
フェルディナンドが苦い口調で言った後、こめかみをトントンと叩き始めた。
「わたくしの外面はともかく、ハンネローレ様達が暴走する前に何とかしなければ、フェルディナンド様がまたご自分のゲドゥルリーヒと引き離されてしまいますよ。わたくし、養父様にお願いしてエーレンフェストに研究所を作ってもらえるように交渉しますから、フェルディナンド様もエーレンフェストに戻れるように一緒に対策を……いひゃいれふ!」
わたしの言葉を遮るようにフェルディナンドがぐにっと頬をつねってきた。
「なかなか良い情報だった。それには感謝する」
「感謝している人の行動ではありませんよ」
ひりひりする頬を押さえてフェルディナンドを睨むと、フェルディナンドが少し視線を扉の方に向けた。わたしもそちらを向く。外の護衛をしていたアンゲリカがちらりと顔を出した。
「昼食の時間のようだぞ、ローゼマイン」
「フェルディナンド様。わたくし、今まで色々と我慢してきたフェルディナンド様にはご自分の望みを最優先にしてほしいのです。ですから、ダンケルフェルガーや養父様が何を言っても負けないでくださいね。絶対に自分の希望する道を勝ち取ってくださいませ」
この昼食を乗り切れば、ダンケルフェルガーは領地に戻るのだ。わたしがグッと拳を握って応援していると、フェルディナンドが立ち上がって、わたしに手を差し伸べた。
「案ずるな。私は勝てない勝負はしない主義だ」
たくさん悪いことを企んでいそうな顔でフェルディナンドが笑っている。これなら絶対に大丈夫だ。わたしは嬉しくなった。
ハンネローレの言動をとても警戒していたけれど、昼食自体は非常に和やかに進んだ。エーレンフェストの料理人達による手の込んだ料理をハンネローレは「とてもおいしいですね」と喜んでくれたし、ダンケルフェルガーの客人達も堪能していた。
食事中の話題はエーレンフェストの騎士達が訓練場でダンケルフェルガーの騎士達に揉まれた話が主で、「ダンケルフェルガーの騎士は非常に強かった」と一緒に揉まれていたヴィルフリートが興奮した面持ちで語っていた。
……ヴィルフリート兄様も参加していたのか。
その後で食後の予定についての話も出た。わたしが神殿の様子を見てくる間、ハンネローレは養母様、ヴィルフリート、シャルロッテとお茶をすることになったのだ。
「せっかくですから他領とは違うエーレンフェストの神殿を見学してみたかったのですけれど、時間がないのでは仕方がありませんね」
ハンネローレは残念そうにそう言ったけれど、騎獣で行って戻ってくるだけでもダンケルフェルガーへ戻る時間を考えるとギリギリだ。とても馬車で向かう時間がない。
「わたくしもハンネローレ様をご招待できるものならばしたかったのですけれど……」
フェルディナンドから「西門へ向かう時間は確実になくなる」と却下され、神殿で午前中は罠の撤去に奮闘していたらしいメルヒオールから「昨日戦いの現場になったところですから、お客様を迎えるのは少し難しいのです」とすまなそうに謝られると、無理は言えない。
「ローゼマインとメルヒオールだけではなく、叔父上も神殿へ向かうのですか?」
「そのつもりだ。時間に合わせてローゼマインを城へ戻さねばならぬし、エーレンフェストの神殿には私の側仕えだった者もいる。様子を見に行くことに何か問題でもあるのか?」
「出発の時間まで訓練したいという声があったものですから……」
ダンケルフェルガーの騎士達が手持無沙汰になるのでは? というヴィルフリートの言葉にフェルディナンドはちらりと養父様へ視線を向けた。
「ダンケルフェルガーに礼を述べたいと招いたアウブとの時間があまり取れなかったようなので、最後はアウブとの時間を取りたいと思っている。……いかがでしょう、アウブ?」
「其方の心遣いは実にありがたいな」
フェルディナンドが笑顔を少し引きつらせた養父様にさらりとダンケルフェルガーの騎士達の相手を任せる頃には食事が終わり、食後のお茶が運ばれてきた。
「アウブ・エーレンフェスト、そういえば中央の方はどうなっているかご存知ですか? こちらは全く情報が入っていないのですが、エーレンフェストでは何か得ているのでしょうか?」
真夜中の出発、夜明けまでの戦闘、アウブとなったわたしが薬で二日間寝ていて、中央とは直通の魔術具が使えないままエーレンフェストへ出発した。ディートリンデ達がアーレンスバッハへ戻ってこられないようにあちらこちらの封鎖はしたけれど、中央がどのようになっているのか、全く情報がない。
ハンネローレも気になっているのか、養父様に視線を向けた。
「わたくしがダンケルフェルガーの騎士達を連れてエーレンフェストへ向かうと連絡した際には、まだお父様はダンケルフェルガーにいらっしゃいました」
「私も中央の状況はよくわからぬ。二日前だったか? ハルトムートやクラリッサから手紙の連絡が届いた時に貴族院の騎士達を通して連絡は入れた」
養父様はわたしがフェルディナンドの救出を行い、ランツェナーヴェとの戦いがあったことを知らせたそうだ。特に緊急事態ではないので、直通の連絡道具は使わなかったらしい。
「それに対して王族は何と?」
「中央騎士団に伝えて守りを固めているのに、アーレンスバッハとランツェナーヴェの者達がまだ来ない。いつになれば来るのか、本当に中央へ来ているのか、いつ頃にダンケルフェルガーへ連絡を入れるのが適当なのかという質問が来た」
そんな呑気な質問が届いたのは、自分のところの礎の防衛に忙しかった昨日の朝だそうだ。養父様は優先度が低い、と回答を後回しにしたらしい。その気持ちはわかる。
「そのようなことを私が知るわけがなかろう? 今現在、中央が危機ではないのならば、回答は其方等が戻ってからで十分だと思ったのだ。何か王族に向けて回答できそうなことはあるか?」
「グルトリスハイトを狙っているならば、ディートリンデ達が向かったのは貴族院に決まっています」
フェルディナンドが当たり前の顔でそう言うと、養父様が少し顔色を変えて「すぐに王族に連絡を」と腰を浮かせる。フェルディナンドは「大丈夫です、アウブ」と軽く手を挙げて、その動きを制した。
「王族の安全を考えるならば、中央の離宮に籠っているのが一番でしょう。あちらにグルトリスハイトが渡らぬかぎりは、そのままの状態が一番人的な被害が少ないと考えられます」
余計なことを言う必要はないと遠回しに言いながら、フェルディナンドはユストクスに合図をして立ち上がる。
「至急ヒルシュール先生に連絡を取り、貴族院の現状についての情報を集めてください。アーレンスバッハは寮を閉鎖した上に、寮監が解任されていて、新しい寮監は領主会議で任命予定だったため不在です。できれば、ダンケルフェルガーにも連絡を入れて、王族の現状を伝え、ルーフェン先生にも貴族院の様子を探ってもらってください」
中央に異変がないならば、ディートリンデ達が動き回っているのは貴族院に違いない。グルトリスハイトを手に入れるため、祠でお祈りでもしているのかもしれない。そうならば、中央に動きがないのも納得である。
「……ローゼマイン、メルヒオール。時間がない。神殿へ行くぞ」
わたしとメルヒオールが立ち上がり、側近達も動き出す。
「フェルディナンド様、時間がないということは、すぐに貴族院へ行った方が良いですか?」
「これまで王族に向かって寮監から何の連絡もない以上、まだすぐに動きが出るわけではなかろう。あちらへ行く前に様々な準備が必要になるし、神殿と下町の様子を見るためにわざわざ戻ってきたのだ。王族は後回しで良い」
フェルディナンドの言葉にわたしは貴族院にいる顔ぶれを思い浮かべる。食堂を出る直前で振り返った。
「あの、養父様。貴族院の図書館にいるソランジュ先生の無事も確認してくださいませ。心配なのです」
神殿から礎への入り口が神殿図書室にあったことから貴族院の図書館が重要な位置を占める場所だと養父様には伝わったようだ。「すぐにヒルシュールとダンケルフェルガーに連絡しよう」と請け負ってくれる。
食堂を出て、バルコニーで皆が騎獣を作り出す中、わたしは自分の騎獣を出すための魔石に触れることができずに固まった。
「あの、フェルディナンド様。わたくし……」
「アンゲリカに同乗させてもらいなさい」
「……はい。お願いします、アンゲリカ」
わたしはアンゲリカの騎獣に乗せてもらい、神殿へ向かう。
……わたし、アウブもツェントもなれないんじゃないかな?
魔石が怖いようでは調合ができない。オルドナンツが送れない。騎獣に乗れない。貴族として致命的である。
……すぐに治るようなものじゃないし、焦っちゃダメなんだけど……。
それでも、アウブが必要とされるアーレンスバッハへ戻るのはもうすぐだ。何とも言えない焦りに指先が冷たくなってきた。