Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (629)
神殿とメルヒオールの報告
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様。こうして再び見えることができて嬉しく存じます、フェルディナンド様」
「其方等も息災で何よりだ」
フランやザーム達神殿の側仕えに出迎えられて、フェルディナンドが少し表情を緩めた。フェルディナンドにとって神殿が懐かしく、穏やかな気持ちになれる場所だということがわかる。
「神殿や孤児院の様子を見て、皆の無事を確認するために来ました。お部屋でお話を聞かせてくださいませ」
「ローゼマイン姉上、すでにアウブには報告済みですが、神殿の襲撃の顛末について報告は必要ですか? 父上はゲオルギーネ様の記憶を見たそうです。今日の午前中、罠を解除している途中で呼び出されて報告を受けました」
「……お願いします」
報告を聞きに来ているのに、聞きたくないとは言えないだろう。メルヒオールは神官服に着替えたら神殿長室を訪れると言って、自室へ向かう。わたしが着替えている間は神殿長室に入れないので、フェルディナンドはハルトムートの案内で久し振りの神官長室を訪れるらしい。元側仕え達はフェルディナンドの訪れを喜ぶだろう。
「神殿長室は何事もなかったのですか? ゲオルギーネ様を手引きした者がいたらしいと聞いていますけれど……」
「わたくし達は大丈夫です」
「そうですか。それはよかったです。わたくしは神殿や孤児院の皆の様子を見て、報告を聞いたら下町へ向かいます。お客様が多いですから、モニカとニコラはお茶の準備を頑張ってくださいませ」
着替えはある程度適当でいいよ、ということを丁寧に伝えたら、モニカとニコラは顔を見合わせてクスクス笑った。
「フェルディナンド様の訪れを伝えられたフランとザームが張り切っていたので、あまりわたくし達の出番はありません」
「ローゼマイン様の着替えを終えたら、わたくしは皆へ知らせに行きますね」
モニカが神殿長室を出ていってニコラが厨房へ向かうと、フランとザームがやや緊張した面持ちでお茶の準備のできたワゴンを押して入ってきた。二人ともあまり顔には出さないようにしているようだけれど、心なしかそわそわしているのがわかってちょっと可愛い。
……本当に元側仕え達ってフェルディナンド様のこと、好きだよね。
モニカの知らせによって、皆が神殿長室に集まってくる。わたしはメルヒオールとフェルディナンドにわたしの正面に並んでいる席を勧めた。フランがすぐにお茶を淹れ始める。わたしが一口飲んで勧めると、フェルディナンドとメルヒオールがお茶に手を伸ばした。
「……懐かしい味だ」
久し振りのフランのお茶をフェルディナンドがじっくりと味わっているのを邪魔しないように、わたしはメルヒオールに視線を向けた。昼食の場では席が離れていたのでよく見えなかったけれど、正面から見れば疲れた顔をしているのがわかる。
「メルヒオール、フランのお茶はおいしいでしょう? 少しは疲れも取れるかしら?」
「はい、ローゼマイン姉上。おいしいです。……あの、西門で勇敢に戦った兵士達へ褒賞を渡すように、と父上から預かっているのですが、西門まで同行していただいても良いでしょうか? その、姉上の方が兵士達はよく知っているので、共に向かった方が良いと父上に言われたのです」
いくら何でも褒章の準備が早すぎる。襲撃があったのは昨日だ。これはもしかしたら時間がない中でも下町を見に行くわたしが父さんと顔を合わせられるように、養父様が場を整えてくれたということだろうか。
「もちろんです。一緒に行きましょう。メルヒオールもハッセの小神殿で兵士達と顔を合わせる機会が増えますから、少しでも馴染みがあった方が良いですもの」
前に紹介したことはあるけれど、回数は多い方が良いだろう。わたしはダームエルとマティアスに顔を向けた。
「ダームエル、マティアス。下町の各門を回って情報収集を行い、西門で戦った兵士達を集合させておいてください。アウブからの褒章を授けます」
「はっ!」
襲撃からたった一日なので、功労者が帰宅して休んでいる可能性は高い。早めに知らせて集合させておかなければ、頑張った兵士が褒章をもらい損ねることになる。一緒に西門で戦ったダームエルならば、兵士達の顔も覚えているだろう。
「ラウレンツ、ベルトラムを始めとした青色神官見習いの子供達の様子を見てきてくださいませ。アンゲリカには青色巫女見習いの様子を見てきてもらって良いかしら?」
「はっ!」
アンゲリカはあまり適任とは言えないけれど、ユーディット、ローデリヒ、フィリーネは神殿を守って奔走していたのだ。一緒にメルヒオールの話を聞きたいだろう。
「メルヒオール、神殿の襲撃について聞かせてくださいませ。宴で聞いた分は省いても結構です。誰が手引きをしたのですか? 旧ヴェローニカ派の子供達が関係したということは……」
「違います。青色神官のクラペッヒです。けれど、実は彼も手引きしたわけではなかったようです」
馴染みがない青色神官の名前にわたしは思わず首を傾げた。クラペッヒは執務面でそれほど有能というわけでもないので、神官長室で顔を合わせることも少なかったし、カンフェルやフリタークに比べて魔力量も少ないので奉納式で顔を合わせたこともない。
「クラペッヒは確かライゼガング寄りの中級貴族の出身だったため、前神殿長には軽く扱われていたはずだ。ゲオルギーネとの繋がりが全く見えてこぬ」
フェルディナンドがこめかみを軽く叩きながらメルヒオールに詳しい状況の説明を求める。メルヒオールがビクッとしたようにフェルディナンドを見た。
……そっか。メルヒオールはハルトムートから引継ぎを受けてたもんね? 神官長のフェルディナンド様とは面識がないんだ。
「説明できる側近に頼ってもいいですよ、メルヒオール。まだ幼い貴方には荷が勝っているでしょう」
メルヒオール一人にフェルディナンドへの報告を任せるのは可哀想だ。わたしは側近に交代することを提案した。メルヒオールは一度振り返り、自分の側近が軽く頷く様子を見て心強く思ったのか、自分で口を開いた。
「記憶を覗いた父上によると、ゲオルギーネ様はそもそも西門を襲った貴族達より早く到着する別の船を使って、エーレンフェストに来ていたそうです」
そして、門を通らずに水路を使って下町へ潜入し、北門を襲った者達と一度合流して打ち合わせをして、また水路を使って神殿へ向かったらしい。意外とアグレッシブな人だったようだ。どう考えてもわたしにはできなそうである。
「エントヴィッケルンで作った水路がどうして他領のゲオルギーネ様に知られていたのでしょうね?」
「契約魔術と同じようにエントヴィッケルンをすれば設計図が消えてなくなる。けれど、それでは後のアウブが困るので、必ず複写するのだ。設計図に携わった人数は多く、粛清で消えた者もいたと聞いている。……あの当時はまだ粛清が行われておらず、誰がゲオルギーネに名捧げをした貴族なのか、ハッキリとはしていなかったからな」
あの貴族然としたゲオルギーネが水路を使うとは思わなかった、とフェルディナンドが呟いた。なりふり構わず、本気で礎を盗る気だったことがよくわかる。
「もうエーレンフェスト内に残っている自分を支持する貴族などほとんどいない状態だったはずだ。それでも、これだけの策を練って行動に移せるのだな。その頭と行動力をもっと復讐以外の別のことに使えれば……。残念すぎる」
「そうですね。図書館計画のために邁進してくれていたら、エーレンフェストやアーレンスバッハはすでに図書館都市だったかもしれません」
なんて残念な方向に優秀な人だったんだろう、とわたしがフェルディナンドに共感していると、フェルディナンドに不本意極まりないという目で見られた。
「……なるほど。別のことに頭と行動力を使っても残念な者はいるようだ。認識を改めた」
「どういう意味ですか?」
「そういう意味だ」
……ふんぬぅ!
わたしが何と言い返そうか考えていると、メルヒオールがわたしとフェルディナンドを見比べて困ったように小さく声をかけてきた。
「……あの、話を続けてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ続けてくださいませ」
「構わぬ」
ゲオルギーネが神殿に到着した時はまだ西の門の襲撃も始まっておらず、孤児たちの姿はなかったけれど、地階から入る下働き用の西の出入り口は閉められていなくて、出入りする者達がいたらしい。
「孤児院の子供達の姿がなかったことからわかるように、すでに避難の命令は出されていました。けれど、側仕えや下働きの者達は私達が使う二階へ出なくなっただけで、西門への襲撃があるまでは一階や地階を行き来し、普段と同じような仕事をしていたそうです」
避難していても食事は必要になる。見回りのために騎士達が増えているため、食事の準備を完全に止めることはできなかったらしい。主から「食事を」と言われれば出せるようには準備しておかなければならないのが、専属料理人であり、側仕えだからだ。
「西の出入り口から人が出入りする姿を見つけたゲオルギーネ様は迷うことなく、下働き達の出入り口へ到着し、ちょうど出てきた灰色巫女から服を奪いました」
ちらりとわたしの様子を見たフェルディナンドが「どのように奪ったかは言わなくても良い」と軽く手を挙げた。わたしの反応を見ながら「言うな」と言葉を止めたということは、多分殺されたのだろう。膝の上でぎゅっと拳を握りながら、わたしは続きを聞く。
「服を奪われた灰色巫女がクラペッヒの側仕えだったのか?」
「……いいえ、彼女はカンフェルの側仕えでした」
銀色の衣装の上から灰色巫女の衣装を着たゲオルギーネは、何食わぬ顔で西の出入り口から地階へ入り、一番近くにある階段から一階へ上がり、吹き抜けの位置を確認して、一つの部屋に入ったらしい。
「クラペッヒは図書室に最も近い部屋の住人という理由だけで部屋へ押し入られたのです」
神殿の貴族区域の地階には厨房があり、一階は側仕えの部屋が並んでいる。そして、自分の主の部屋に繋がる階段で出入りするのだ。ゲオルギーネは側仕え達が使う階段からクラペッヒの部屋に入り込み、部屋の住人達を殺し、神殿で騒動が起こるのを待っていたそうだ。
「神殿の門で襲撃が起き、図書室で騒動が起きている騒音をゲオルギーネ様はじっと聞いていたようです。どんな罠にかかったのか、私の護衛騎士達が騒ぐ様子が聞こえていたようで、転移したぞ、と喜ぶ声をゲオルギーネ様は拾っていたと父上は言いました」
足音や声が消えると、神殿の関係者しか入れないようになっている透明の壁を銀の衣装で通り抜け、どんな罠が仕掛けられているかを知っているゲオルギーネは罠を避けて簡単に図書室へ入った。
そこには鳥もちに合わせて手袋や靴が脱げた状態になっていて、銀色の衣装が落ちている。見えなくても転移陣があることがわかったようで、ゲオルギーネは何か紐のような物を引っ張って、灰色巫女の服を脱ぐことなく銀の衣装を脱いで、足場にしたのだそうだ。
そこから先は養父様の報告と繋がるもので、フェルディナンドが「報告、ご苦労だった」とメルヒオールを労う。静かに話していたメルヒオールが項垂れて、首を横に振った。
「いえ、私のせいでクラペッヒとその側仕え、カンフェルの側仕えは亡くなりました。報告の時にも図書室に見張りを残しておけば、もっと下働きの者達にもきちんと避難を徹底させていれば、水路に気付いていればよかったのに……。私はとんでもない失敗をしたのです」
いくら取り繕っていても間近で見ればわかる。メルヒオールにも疲労や不眠の色が濃い。わたしやハンネローレと同じように眠れない夜を過ごしたのだろう。
「対応が甘い部分はあったかもしれません。でも、彼等が亡くなったのはメルヒオールのせいではありません。殺したのはゲオルギーネ様です。根本的なところを間違って、気に病みすぎてはいけませんよ」
「ですが、姉上……」
「メルヒオールも死者を悼み、弔いのお祈りをしますか? わたくしとハンネローレ様は夜明けに行ったのです。わたくしはエーレンフェストで亡くなった方全員に向けてお祈りをしたので、クラペッヒ達にもお祈りは届いているはずですけれど……」
そう言いながら、わたしは立ち上がった。そして、自室にある祭壇に向かって跪く。
「クラペッヒや一緒に亡くなった側仕え達のためにお祈りをしましょう、メルヒオール」
ふらりと立ち上がったメルヒオールが側近から魔石を受け取り、両手で握り締めながらわたしの隣に跪いた。メルヒオールの側近達もフィリーネ、ユーディット、ローデリヒも後ろに並んだ。フラン達神殿の側仕えもフィリーネ達の後ろに並んだ。神殿での戦いを見た者達だ。
……これだけ大人数になるなら、礼拝室へ移動した方がよかったかも。
自室の祭壇は小さいので、少々手狭だ。けれど、今の素直な気持ちで祈るのが一番良いだろう。わたしはシュタープを出した。シュタープを持っている者は同じように出す。
「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神よ 我等の祈りを聞き届け はるか高みに向かった者達へ 御身の祝福を与え給え 御身に捧ぐは弔いの歌 最上の御加護を 不帰の客へ」
神殿で亡くなった者全てに祈りを捧げれば、金と黒の光が渦巻いて天井を通り抜けていった。メルヒオールが握る魔石や指輪からも魔力の迸りが感じられる。
「……ローゼマイン姉上、捧げた魔力の分だけ気が楽になったように思えます」
ホッとしたようにメルヒオールが体の力を抜いた。
「もしよければ、孤児院へ一緒に行きましょう、メルヒオール。失った者を直視することも大事ですけれど、自分で守った者のことも見てあげてくださいませ」
わたしが立ち上がり、モニカに孤児院への先触れをお願いする。モニカが扉を開けると同時にラウレンツとアンゲリカが神殿長室に飛び込んできた。
「一体何事ですか!? いきなり神殿内に祝福の光が飛び交ったのですが!?」
「襲撃ですか!?」
女子部屋がある三階に行っていたはずのアンゲリカが同時に戻ってきている辺り、その速さがわかる。神殿長室内を警戒するように見回しているアンゲリカが今朝のフェルディナンドの姿とかぶって見えて、わたしは小さく笑った。
「神殿で亡くなった者達を悼み、お祈りをしていただけです。襲撃ではありませんよ、アンゲリカ」
視界の端でフェルディナンドがちょっと嫌な顔になったのがわかった。
「孤児院へ行くのであろう? 早くしなければ西門へ向かう時間がなくなるぞ」
「はい」
回廊を歩いて孤児院へ移動すると、ヴィルマを先頭に、ちょうど食堂にいた灰色巫女や見習い未満の幼い子達が跪いて迎えてくれた。
「ローゼマイン様、メルヒオール様。ようこそいらっしゃいました」
「皆、無事なようですね」
「はい。フィリーネ様やローデリヒ様が知らせてくれたことで、早くから避難できました。門番もすぐにメルヒオール様やローゼマイン様の護衛騎士達が交代してくださったことで、孤児院の者達は戦いの様子さえ知らぬままでした」
鐘一つ分は避難していたので、ちょっと窮屈で昼食が遅かった分お腹が空いただけで誰も怖い思いをせずに終わったらしい。ヴィルマが穏やかな笑顔でそう報告してくれる。
「そう。それはよかったわ」
「ローゼマイン様、メルヒオール様。そして、側近や側仕えの方々。本当にありがとう存じます。貴族区域で後始末が続く中、わたくし達が日常をそのまま続け、工房で働けるのは皆様のおかげです」
ヴィルマのお礼に一番頑張ったメルヒオールとその側近達が少し顔を綻ばせた。フィリーネ達も誇らしそうに微笑んでいる。
「フィリーネもローデリヒもユーディットもよく神殿を守ってくれました。フラン達側仕えが全員無事だったのも、孤児院の皆が全員無事だったのも、貴方達の頑張りのおかげです。ありがとう存じます」
「ローゼマイン姉上、全てが悪かったわけではない、とわかって嬉しかったです。孤児院の皆を守れてよかったと思いました」
「西門へ行きましょうか? そして、一緒に街を守ってくれた兵士達を労いましょう」
「はい!」
力強く頷いたメルヒオールが褒章を持ってくるように自分の側近に命じる。少し元気になったようで何よりだ。
「君は昨夜からこんな祈りばかりをしていたのか?」
「……ばかり、ではありません。たった二回です」
フェルディナンドが呆れたように息を吐いた。
「何ですか? あまり感じの良い溜息ではありませんけれど……」
「後で良い。メルヒオールの準備もできたようだ。下町へ行くぞ」
するりと手を取られ、気が付いたらフェルディナンドの騎獣に同乗させられていた。誰も何も言わず、さっさと西門へ向かって白いライオンが駆け始めたので、暴れて騒ぐわけにもいかずにわたしは少し振り返る。
「……あの、フェルディナンド様。外聞はよろしいのですか?」
「面倒で放り投げたと言っていなかったか?」
「言いましたけれど……」
……わたしは放り投げたけど、皆はどうなの?
不可解な気分で首を傾げているうちに西門に到着だ。門柱の屋上にダームエルとマティアス、それから、兵士達が待っている。跪いている兵士達の中に父さんの姿が見えた。