Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (63)
ルッツの見習い準備
「マイン、今日はどうする? 天気が悪い」
窓から見えるどんよりとした曇り空は紙作りには向かない天気だった。森に採集に行っても良いけれど、途中で雨が降れば、わたしはかなり足手まといになるので留守番しておいた方が良い。
この春は、天候に恵まれた時は紙作りに没頭してお金を稼ぎ、少し天気が悪い日はマルクと一緒に街の中をうろうろして工房作りに助力してきた。
けれど、工房はほとんど完成したし、作り方も教えた。先日、できあがった試作品を確認したところで、わたし達がやることは終わったと考えていいだろう。
「わたし達の洗礼式は次の火の日だって、ベンノさんが言っていたから、最後の紙作りをしたかったんだけど、天気ばかりはどうしようもないね」
「最後の紙が仕上がらなくても、今のオレって、自分でもビックリするくらい金持ちだもんな」
現金としてもらうのは小銀貨一枚で、紙を売る度に家族へ渡している。ほんの少し食糧事情が改良されただけで、生活に大した変化はないが、ギルドに預けてあるお金はすごい金額になっている。天気が良くて、紙作りが比較的順調だったことと、トロンベ紙の値段が高かったお陰だ。
先日の買い取りで、わたしの貯金額は大金貨2枚を越えた。ルッツももうじき大金貨2枚だ。どう考えても洗礼前の子供が持っている金額ではない。
まぁ、洗礼式が終わったら、しばらくは稼げなくなっちゃうんだけどね。
洗礼式までにしておくことで忘れていることはないかな、と考えていたわたしはハッとした。
「ルッツ、今日はベンノさんのところに行こう。すっかり忘れてた」
「え? 旦那様とは何も約束してないぞ?」
「約束はしてないけど、洗礼式が次の火の日でしょ? 見習いになるために準備するものがないか、確認しておいた方が良いよ。……ルッツの両親は商人じゃないから、親が道具を準備してくれないでしょ?」
「……あ!」
洗礼式の後は見習いとしての仕事が始まるので、洗礼式のプレゼントは仕事着と仕事道具と決まっているらしい。これから、頑張れ、という意味を込めて、同じ道を進むことになる子供達に先達である親が道具を選んでプレゼントするのだ。
けれど、ルッツは親に準備してもらえない。
理由としては、未だ父親から反対されているから。そして、親が商人ではないから準備する道具がわからない。それから、商人見習いの準備にどれだけお金がかかるかわからないというのもある。
ベンノから服が必要だとは言われたし、注文もしているが、それだけで大丈夫だとは思えない。
針子見習いをするトゥーリの時だって、洗礼式の日に両親から仕事用の服と裁縫道具一式が贈られていた。商人にも服以外の道具が必要な可能性は高い。
幸いなことに、資金は貯まっているので、必要な物は自分で買える。ベンノかマルクに聞けば教えてくれるはずだ。
「服以外の道具がよくわからないんだよね。新人教育で勉強をするから、石板や計算機がいるとは思うんだけど、他に何がいるんだろうね?」
「今なら大抵の物は買えるもんな。マインの言うとおり、金を貯めててよかったぜ」
カルラおばさんがルッツの味方をしてくれるようにはなったけれど、おばさんは商人になることに対して何かができるわけではない。商人と繋がりがあるわけでもないし、おじさんの意見は相変わらずだ。ただ、兄達の態度がひどいと叱ってくれる分、生活が少し楽になったとルッツは言っている。
「ルッツが見習いになって、後見人をしてくれるのはベンノさんだから、ベンノさんに聞きに行くのが一番だよ」
いつものトートバッグを持って、わたしとルッツはどんよりとした天気の中、ベンノの店へと向かった。
「おや、紙ができるのは数日先ではなかったですか?」
わたし達の予定を大体把握しているマルクがわたし達の姿を見つけて、軽く目を見張った。
「ベンノさんに相談があってきました。……先にマルクさんに言った方がいいのかな?」
確か、マルクはこの店で見習い教育の責任者をしていたはずだ。
「何でしょう?」
「見習いに必要な道具とか、教えてほしいんです。ルッツの両親は商人じゃないので、洗礼式の時に贈る仕事道具がわからないので、必要な物は自分で準備しなきゃ……」
「あぁ、そうですね。思い至りませんでした」
マルクは軽く目を見張った後、少し眉を寄せてこめかみに手を当てた。
「もうじき洗礼式ですけど、間に合いますか? ベンノさんが後見人になるなら、相談はベンノさんにした方が良いんでしょうか?」
「そうですね。旦那様に相談した上で、行動した方が良いでしょう」
いつものように奥の部屋に通されると、机の上に板や紙を積み上げて、忙しそうにベンノは何やらガシガシと書いている。
「旦那様、ルッツとマインが相談に訪れています」
「どうした?」
板に書き込んでいる手を休めずに、ベンノが尋ねる。わたしは、そっとルッツの背中を押して、自分で言うように促した。
「旦那様、見習いが準備する道具について相談したくて来ました」
「見習いが準備する道具?」
切りの良いところまで書き終わったのか、ベンノがペンを置いて顔を上げた。意味がわからないと怪訝な顔をしているベンノにわたしが説明を加える。
「普通は親が準備するものだと思うんですけど、ルッツの両親は商人じゃないので、必要な物がわからないんです。見習いになる時に必要な物って何ですか? 服だけじゃないですよね?」
「あぁ、そうだな。マルクと買い物に行って来い。前に注文した服ができているという報告も来ていたから、取りに行くついでに着替えを数着作っておけ」
「わかりました」
頷くわたしの隣でルッツが緩く首を傾げた。
「着替え? 数着?」
「当たり前だ。何日も同じ服で仕事ができるわけがないだろう? よれて匂って大変なことになる」
貴族も相手にする店なので、見た目はかなり大事だ。よれた服や薄汚れた服で客の前に出るわけにはいかない。実際、この店で働いている従業員はみんな小奇麗な格好をしている。
「毎回着替えるんですか?」
「そうだ」
「……マジで?」
トゥーリもそうだが、おそらくルッツの家も、仕事に使う作業着を洗うのは週に一度だ。母が休みの日の仕事で、作業着を毎回着替えるという概念はない。
普段の服だって数がないので、洗濯した服が乾くまでは同じ服を着続ける。洗濯をすれば、少しずつだが生地が傷んでいくので、下着以外はよほど我慢できなくなるまでは極力洗濯しない家だって多い。
下働きがいるようなベンノと違って、家庭内ヒエラルキーが最下層であるルッツが毎回着替えて洗濯するなんて母親には頼みにくいだろう。しかし、仕事をする以上必要な事だ。
「カルラおばさんに言えないなら、ルッツが自分で洗うようにすれば? 見習いの間は休みの日があるんだし」
「うぅ……」
「住み込み見習いだったら、どうせ自分でやらなきゃいけないことだよ」
「そう、だよな」
今までの自分の常識と違うので、驚いているのがわかる。けれど、これから自分が属する社会の常識なんだと呑みこんでいくしかない。
「違う常識にぶつかったら、ビックリするのはわかるけど、慣れるしかないよ。お客さんが不愉快な気分にならないように必要な事だからね。職人と商人の違いってことだもん」
「そうか」
ルッツが頷いているとベンノもカルチャーショックを受けたような顔をしていた。緩慢に目を瞬いて、呟いた。
「本当に生活が基本的なところから違うんだな」
「だから、ちょっとでもおかしいと思ったら、指摘してください。本当にわからないんです」
「あぁ、気を付けよう。……マルク、二人を頼む」
「はい、旦那様」
マルクの仕事が一段落するのを待って、三人でできあがった服を取りに行く。マルクに抱き上げられて移動するのは、工房準備の間に仕様となってしまったので諦めている。
「いらっしゃいませ」
店員が迎えてくれて、マルクとわたし達を見て、すぐに用件がわかったようだ。わたしとルッツは店員に促されて、奥の部屋へと連れていかれる。
「さぁ、着てみてください」
店員に差し出された服はシンプルなブラウスとスカートだが、きっちり計って作ってもらったのだから、当然ピタリと合う。継ぎ接ぎのない新しい服というだけで、テンションが上がるのに、オーダーメイドだ。
腕を上げ下げして、しゃがんだり立ったりして、着心地を確かめるけれど、とても着心地が良くて、だぶついたり、きつかったりするところがない。
「すごい。着ていて気持ちが良いです」
「そう、よかったわ。今日はこれを着ていくとマルクが言っていたから、こちらの服を包むわね」
わたしが試着している間に、ルッツは同じサイズの同じデザインであと2つ追加注文していたようで、店員と話をしていたマルクとルッツがわたしに気付いてこちらに向く。
「とても可愛らしいですね。服を変えただけで良家の子女に見えますよ」
「あぁ、お嬢様に見えるぞ」
二人に褒められてテンションが上がる。スカートの端を摘まんでみた。
「本当!? 可愛い? お嬢様っぽい? 服だけじゃなくて?」
「大人しくしていて、喋らなかったらな」
「むぅ。……でも、ルッツも最近姿勢が良くなってきたから、ちゃんとおぼっちゃんに見えるよ」
ルッツはベンノから身だしなみについて言われているので、なるべく汚れを落として、リンシャンで時折髪を洗うようになった。ルッツの金髪は艶々のキラキラだ。
そして、マルクの姿勢の良さにわたしが感心してお手本にするように言った頃から、姿勢や動きに気を付けるようになってきたので、服を変えるとおぼっちゃんに見えるようになってきた。服に着られている感じはあまりしない。
「これで他の店に買い物に行けるようになりましたね」
服装で門前払いを食うことも珍しくない。ギルドカードを合わせて支払いを済ませた後、マルクは服装を整えたわたし達を連れて、次の店へと向かった。
着いたのは文房具の店だった。
ペンのマークが付いている木製のドアを開けると、ほぼ正面にカウンターがあり、柔和なおじいちゃん店主が、何かを磨いているのが見えた。
壁際に棚があり、商品が並んでいるが、店に出ている物は少なく、棚に一つずつ見本が置かれているだけだった。この街では普通の店構えだ。小さいのは接客スペースだけで、ほとんどが倉庫になっている店である。
盗難を防ぐためには仕方がないのかもしれないけれど、商品を見比べることができないのは残念だ。
「マルクさん、何が必要なんですか?」
「そうですね。インク、ペン、雇用契約を結ぶための羊皮紙でしょうか。石板、石筆、計算機は持っていましたね? あとは、木札がいくつかあれば大丈夫です」
マルクの言葉を聞いて、軽く溜息を吐いた。これはルッツの両親に買える値段ではない。わたし達には買えるようになったけれど、インクも羊皮紙も、わたし達の生活圏ではそう簡単に買えるものではないのだ。
「わたしも! わたしもインクとペンが欲しいです」
ルッツに便乗して、わたしもインクとペンを買うことにした。高価で手が届かなかったはずのインクが自分で買えるようになっていることに感動する。
おじいちゃん店主がわたしの分のインクとペンをカウンターに並べてくれた。ギルドカードを合わせて精算した後、インクとペンを手に取った。
「やったぁ! わたしのインクとペン!」
買ったインクと木製のペンを持って、満面の笑顔でくるくる回って喜ぶわたしと違って、ルッツの表情は苦笑いだ。
「貯めてあった金がどんどん減っていくな。……商人ってこんなにお金がかかるのか」
小さい商店ならそれに見合った道具の準備になるはずだ。雇用契約のための羊皮紙なんて買わされない。木札で済ませるだろう。
「商人ってだけじゃなくて、ベンノさんの店が大きいからだよ。でも、お金はまだまだ余裕があるでしょ?」
「でも、今日一日ですごく減ったから、ちょっと不安になってきた。親に頼れるわけないし、洗礼式までにもっと紙を作りたい」
「もうあんまり時間がないから、晴れてくれればいいね」
ベンノの店に戻って、買い物が終わったことを報告する。ベンノはわたし達に「今度から店に来る時はその服で来るように」と言った。ちゃんと見習いらしい姿に見えると太鼓判を押してもらった。
「ねぇ、ルッツ。これ、どこに置いておく? 倉庫?」
「それが一番安全だよなぁ……」
ちょっと面倒だけれど、倉庫の鍵を借りて買った品物を置いてくるかどうかという話をルッツとしていると、ベンノが軽く肩を竦めた。
「別に倉庫になんて置かなくても、自分の部屋に置いておけばいいだろう?」
「あの、ベンノさん。自分の部屋なんてないですから。自分の物は木箱に入れられるだけしか持てません」
生活水準の違いを指摘するとベンノは目を丸くした。コリンナの家を見ても部屋の数には余裕があった。どうやら大きな店の跡取りとして育ったベンノは自分の部屋がないような知人が周りにはいなかったようだ。
「ウチはマインの家より、もうちょっとひどいです。自分の木箱に入れてあっても、勝手に漁られて取り上げられるから」
「どういうことだ?」
ベンノの目が驚きに染まっていく。理解不能とばかりに目を細めるベンノにわたしはルッツの生活状況を説明する。
「4人兄弟の末っ子なんです、ルッツ。だから、上のおにいちゃん達に好きなようにされることが多くて大変なんです」
「いくら何でも、兄弟の物を盗るか?」
「弟の物だから平気なんです。弟の物は兄の物。兄の物は兄の物って感じですね」
ルッツの家庭環境を聞いて、ベンノはこめかみを押さえた。多分、生活水準が違いすぎて、想像できないに違いない。
父を亡くして、家族を支えた苦労人とはいえ、ベンノは家族に荷物を漁られたこともないし、物の置き場所に困ったこともないのだろう。愕然とした顔をしている。
「ルッツ。荷物は上に置いておけばどうだ? 住み込み見習いの部屋を一つ格安で貸してやろう。せっかく揃えた物が洗礼式前になくなったり、仕事に必要な物を盗られたりしたら、これから先の仕事に支障があるし、倉庫は遠すぎる」
「……ありがとうございます」
ベンノの計らいで、最上階の見習い部屋を一つ、格安で倉庫代わりに使うことができるようになった。ここに買い揃えた物を置いて鍵をかけておけば、他の人に盗られる心配はない。
「今度からお店に行く時は、ここで着替えてから行く?」
「そうする」
初めて自分だけのスペースを持ったルッツが満面の笑みを浮かべる。わたしも帰るまでの間、買った荷物を置かせてもらうことにした。「時間があるなら、商業ギルドに行くぞ」とベンノが言ったので、すぐには帰れないのだ。
「ギルドのことは先に教えておかないと、お使いの仕事もできないからな」
商家の子供達は親の手伝いで何度も商業ギルドに出入りするので、書類を出しに行く手伝いは日常的に行っているらしい。店に入ってきた見習いが最初からできる仕事が、商業ギルドへのお使いなのだ。
ところが、ルッツはフリーダの髪飾りを納品した時以来、商業ギルドに行ってないので、そんなお使い仕事も当然できない。したことがない。
「他に何かあったかな?」
商人の子供が当たり前にできることを思い浮かべながら、ベンノはいくつかの申請書類をルッツに持たせて商業ギルドに向かう。わたしも書棚の木札を読むつもりで一緒に出かけることにした。
「うわぁ……」
「これはひどいな」
中央広場に面する商業ギルドの前にはいくつかの荷馬車が並んで順番を待っていたり、同乗者に荷馬車を任せて、申請に向かう旅商人の姿も見えたりして、すでに混雑が目に見えるような状況だった。
「2階は人が多そうですね」
「洗礼式が近くて、市が立つ日も近いからな」
外に並んだ荷馬車から予測されたように、2階の人出はすごかった。ルッツはもみくちゃにされながら、奥の階段までベンノの後ろをついて歩く。わたしはいつも通りベンノに抱き上げられているので、もみくちゃにされることはない。
階段前の番人にギルドカードを提示して階段を上がり始めた途端、喧騒がふっと消えてなくなった。きっとあの柵には音を通さないような魔術もかかっている気がする。
「お使いも結構大変な仕事だよな」
ベンノの先導なしに自分であの人波を掻き分けなければ、お使いはできない。ルッツはハァと溜息を吐いた。
「書類を盗られたり、人に揉まれてなくなったりすることもあるから、気を付けろ」
「はい」
「では、まず、この書類だが……」
ルッツに説明しながら、ベンノはカウンターに向かっていく。わたしはベンノに背を向けて書棚に向かおうとしたが、ペシッと頭を叩かれて首根っこをつかまれた。
「どこに行く気だ、こら」
「……書棚がわたしを呼んでいるんです」
「気のせいだ。呼んでない。工房長になるんなら、お前もちゃんと聞いておけ」
「はぁい」
ベンノにギルドの使い方を教えてもらう。受付の仕方、書類を出す場所などを細かく教えられる。
特にわたしは新しい商品を開発しようとするから、登録されている契約魔術を閲覧するのは大事だと言われた。
「ここで申請すれば、登録されている契約魔術を閲覧することができる」
「あら、マイン」
カウンターの奥の方から、淡いピンクのツインテールが駆け寄ってきた。見間違えるはずがない。ギルド長の孫娘、フリーダだ。明らかに仕事をしている見習いっぽい姿だ。
こんなところで会うと思わなかったわたしが驚いていると、フリーダが手を腰に当てて、不満そうに唇を尖らせた。
「春が終わろうとしているのに、全然遊びに来てくれないのね」
「あ、ごめん。かなり忙しくて……」
紙作りと工房作りに忙しかったのは事実だが、ごめんなさい。お菓子作りは終わって約束は果たしたし、もういいかなって思ってました。行ったら勧誘がすごいし、会話のどこに罠が張られているのかわからないし、落ち着かないんだもん。
「明日はわたくし、お休みですし、我が家へ遊びにいらして」
「え? でも、天気が良かったら明日は……」
肩に乗せられているベンノの指先に一瞬だけ力が入った。
残っている紙を作ってしまいたいと言いたかったが、わたし達が紙を作っていることは極力伏せておくように言われていることを思い出して、慌てて途中で口を閉ざす。
フリーダはベンノの手に視線を向けた後、ニコリと笑った。
「明日が雨だったら、迎えをやりますわ。天気が良かったら忙しいけれど、雨だったらわたくしと一緒に遊んでくださるでしょう? 春になったら、と約束していたのにそろそろ春が終わってしまうもの」
「うっ……」
そう言われると断りにくい。確かに天気が悪かったら紙作りはできないので、余裕はある。悩むわたしをフリーダはどんどん追い詰めていく。
「わたくし、身食いのことについてもお伺いしたり、お話ししたりしたいことがありますの」
「あ、わたしも聞きたいことがあったかも」
わたしの周囲で一番身食いに詳しいのはフリーダだ。聞きたいと思っていたことがあるので、話ができる機会があるのは助かる。
わたしの言葉にフリーダはパァッと顔を輝かせて、両手をパチンと合わせた。
「雨だったらで、結構ですの。カトルカールを作って、待っているわ」
「そうだね。雨だったら……」
カトルカールに心惹かれて承諾した瞬間、肩にぐぐっと力が加わる。ベンノがこめかみに血管を浮き立たせながら、笑っていた。
「マイン」
「明日が雨だったら、の話ですわ、ベンノさん」
「そうそう。明日が雨だったら、の話だよ?」
ニッコリと笑って助け船を出してくれたフリーダにわたしはガッと乗っかった。肩に食い込もうとする指をペチペチ叩いて、ベンノを見上げる。
ベンノは低い声で「この阿呆」と唸った。
「明日は雨だ」
「え?」
天気予報などなくても、みんな天気がわかるらしい。
夕方から降り始めた雨は次の日になっても止まなかった。