Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (635)
中央騎士団を率いる者
「フェルディナンド様、貴族院へ向かう前にお互いの情報を擦り合わせておきたいのですけれど、よろしいかしら?」
今にも飛び出しそうなアウブを押さえるようにして第一夫人がニコリと微笑んだ。フェルディナンドも「もちろんです」と答えた。暗躍組という感じで何だか気が合いそうだな、と二人の社交的な微笑みを見て思う。
「アーレンスバッハはアウブの交代に伴って寮を閉鎖しているため、中央や貴族院の情報がエーレンフェスト経由でしか手に入りません。そして、そのエーレンフェストの情報源は、研究最優先のヒルシュール先生です」
ヒルシュールが研究馬鹿で、寮監らしくない寮監であることは誰もが知っている周知の事実だ。いかに貴族院や中央の情報にわたし達が疎いのか、すぐにわかる言葉である。第一夫人は全てを察したような顔になって、ルーフェンから入ってきた中央の事情について教えてくれた。
「ローゼマイン様から本物のディッターのお誘いがあった日、アウブ・エーレンフェストが王族とお話をなさったのですよね?」
「そうです。ジギスヴァルト王子とお会いして、わたくしがアーレンスバッハへ向かうことについてお話ししてくださったはずです。許可証もいただきましたから」
鎖が金粉化しかけたために今はつけていないけれど、もらった物はもらった。
「その後、ジギスヴァルト王子から事情を聴いたツェントは貴族院を守り、アーレンスバッハの寮の入り口を警戒するように中央騎士団に命じ、貴族院にいる寮監達にはそれぞれの寮で待機するように通達があったそうです」
……そんなこと、ヒルシュール先生から聞いてないよね?
外に出なければよいのでしょう、と勝手に判断してヒルシュールは寮へ戻らずに文官棟で引き籠っていたに違いない。
「わたくし達はアーレンスバッハへ向かう騎士達と、中央から要請を待つ騎士達が準備するために慌ただしくしていたので、その時はまだルーフェンと連絡を取っていませんでした」
本物のディッターと国境門での待ち合わせに盛り上がり、燃え上がるダンケルフェルガーの男達を抑えておくのが第一夫人にはとても大変だったようだ。
王族からの連絡はないまま、アーレンスバッハへ向かう有志達が出発する時間になり、国境門へ向かったけれど、戻ってからも王族からの要請はなかったらしい。
「やきもきとしているうちに、ハンネローレから連絡がありました。ローゼマイン様がアーレンスバッハの礎を得たこと、エーレンフェストの礎を守るためにダンケルフェルガーの有志を率いる許可が欲しいという内容の手紙が届いたのです。アーレンスバッハの戦いが終わったことを伝えるためにダンケルフェルガーからツェントに直通の連絡を入れようとしたのですが、繋がりませんでした」
ツェントが戦いの指揮を執っていれば執務室にいないのは当たり前のことだ、とアウブ・ダンケルフェルガーが言い、その時は通信ができないことに第一夫人もそれほど疑問を抱かなかったらしい。アウブが魔石に触れることで緊急連絡用の水鏡が機能するのだから、同じようにツェントに連絡を取っても、すぐに戻ってこられる状況でなければ会話はできない。緊急連絡の魔術具に反応があったことを文官から聞いていれば、そのうち連絡が来るだろうと思ったそうだ。
けれど、丸一日がたってもツェントからの連絡が来ない。ツェントから全く連絡がないため、業を煮やしたアウブ・ダンケルフェルガーはルーフェンに連絡をしたらしい。
「寮で籠っているように命じられていたルーフェンに碌な情報はありませんでした。王からの命令で寮に待機しているという返事しかなかったのです」
ルーフェンは何となくだけれど、戦う機会があれば「私も中央騎士団と一緒に戦おう」と命令を無視して飛び出していそうな印象が強かったけれど、きちんと命じられた通りに寮に籠っていたらしい。ヒルシュールにもぜひ見習ってほしいものである。
「ルーフェンが寮の扉から出ようとすればアーレンスバッハの扉を見張っている騎士達に叱られ、知っている中央騎士団の騎士にオルドナンツを飛ばせば避難中の王族を守っているという返事が来たそうです。どうやらツェントは敵の姿もないのにダンケルフェルガーに連絡をする必要はない、と考えていらっしゃったようですね。わたくしはルーフェンにランツェナーヴェの掃討戦が終わっていることを告げ、ツェントからダンケルフェルガーへ連絡をくださるように伝えてほしいとお願いしました」
どうやらルーフェンが扉の外にいる騎士達や、知り合いの騎士にオルドナンツでランツェナーヴェの掃討戦が終わったことを告げたのは、王族がエーレンフェストに連絡を入れて「アーレンスバッハの状況など知らない」という意味の返事が来た直後だったらしい。
「詳しい話はツェントと、と考えたことが間違いだったのでしょう。中央棟の騎士団は少数の騎士達が警戒用に残されただけで、貴族院と中央には日常が戻ったそうです」
警戒を解いたその日の夕方、ヒルシュールから様々なところへ「余所者が貴族院へ入り込んでいる」という情報が入った。中央騎士団の騎士団長であるラオブルートからはすぐに寮へ戻るように命令が下ったそうだ。
「不審人物がいたという文官棟へ騎獣で向かいながらルーフェンはラオブルートにオルドナンツを送ったそうです。寮で籠っていることに嫌気がさしていたので、騎士団長に直談判して、警戒や戦いに参加させてもらおうと考えたと聞きました」
……ちょっと理性的だと思ったけど、やっぱりルーフェン先生はダンケルフェルガーの人だ。
騎士団長に向けて飛ばしたオルドナンツは文官棟近くの木立の中、すぐ近くへ降下していった。オルドナンツの行き先に視線を向けていたルーフェンは、黒のマントを羽織った騎士達が見知らぬ者達と共にいるのを見つけたらしい。
「全員が黒いマントをつけているけれど、鎧をつけていないため騎士ではないと判断できる者が十数人はいて、その中にとても目立つ金髪と派手な髪飾りを見つけたそうです」
……金髪に派手な髪飾りって、ディートリンデ様か。
こんな状況でも派手な髪飾りをつけられる神経に呆れを通り越して、「ディートリンデ様ってマジ女子力高いね~」と思わず現実逃避気味に感嘆してしまう。ランツェナーヴェの人達も扱いに困っているような気がするのは気のせいだろうか。
木立の中でピカピカ奉納舞を舞っているディートリンデを想像していたわたしの背後でフェルディナンドが考え込むような声を出した。
「騎士ではない者が十数人ですか?」
「えぇ。木立の中のため、正確な数は不明だそうです。騎士団長が見知らぬ者達といて、その者達に木立の陰へ隠れるように指示を出しているように見えたと言っていました。ルーフェンはすぐにその場を退き、中央棟から寮へ戻ったそうです。途中で、余所者を探して捕らえるのは中央騎士団の役目だというオルドナンツがラオブルートから戻ってきたようです」
誰が何を考えているのか、どこにどのような情報が流れていくのか判断できないため、ルーフェンは貴族院の教師達には絶対に外へ出ないようにオルドナンツを飛ばし、ダンケルフェルガーへ判断を委ねたらしい。
「アウブは貴族院を守ることしか考えていません。それは大事でしょうし、ローゼマイン様の号令によって貴族院を守る戦いに出ることはできるようになりました。けれど、今回は敵の所在地がはっきりとしないのです。ラオブルートを始めとした中央騎士団の一部がおかしいのか、全体がおかしいのか、ツェントの指示によって余所者を保護することになったのかがわからなければ、ダンケルフェルガーはどこを攻撃すれば良いのかわかりません」
礎を守る本物のディッターと違って、敵や攻め込む場所がはっきりとしていないと第一夫人が言った。ダンケルフェルガーにGOサインを出したわたし達は知っているのか、と問いかける。
「アーレンスバッハの寮以外にもランツェナーヴェの館から行き来できる場所があるようですけれど、どこに到着するのか、フェルディナンド様はご存じですか?」
第一夫人の言葉にフェルディナンドは「アーレンスバッハでアウブの補佐をするようになってから知ったことなので、内密にしてください」と前置きしながら口を開いた。
「ランツェナーヴェの館にはランツェナーヴェの姫君が入る離宮へ繋がる転移陣があります。ローゼマインが礎を奪い、アウブが交代したことによって前アウブのブローチが効力を失い、寮を使用できなくなっています。そのため、ディートリンデ達はランツェナーヴェの姫が入る離宮にいるのではないかと思われます。離宮は政変で姫君達が処刑されてから閉鎖されたそうですが、アウブ・ダンケルフェルガーは離宮について何かご存知でしょうか?」
自分は年齢的に詳しくないということを匂わせながら、フェルディナンドはアウブ・ダンケルフェルガーに話を振った。アウブ・ダンケルフェルガーは第一夫人にちらりと視線を向けた後、少しばかり気まずそうに頷く。
「中央棟の最も奥に扉があることは知っている」
貴族院の中央棟には各寮へ繋がる扉が順位に合わせて並んでいる。その奥に王族の離宮に繋がる扉がある。それから更に奥、普段は誰も近付かない最奥に隠蔽の神 フェアベルッケンの印が刻まれて隠された扉があるらしい。それがアダルジーザの離宮へ繋がる扉だそうだ。
「アーレンスバッハにあった資料によると、離宮自体もフェアベルッケンの祠の近くにあるそうです」
「フェアベルッケンの祠……?」
第一夫人が少し眉を寄せる。さすがに貴族院の全ての神々の祠の位置までは把握していないのだろう。わたしが知ったのは地下書庫だ。
「第一夫人、わたくし、おおよその場所ならばわかりますよ。王族のお手伝いで地下書庫の書物を訳した時に祠の位置が描かれた大雑把な地図を見ましたから」
隠蔽の神 フェアベルッケンは闇の眷属だ。貴族院の寮の配置はユルゲンシュミット全体の地図の縮図のようにもなっているため、実際の土地で闇の国境門があるアーレンスバッハの寮の付近に闇の眷属の祠がある。
「光の眷属である助言の女神 アンハルトゥングへの祈りや魔法陣など、何かなければ外からでは離宮が見つけられないかもしれませんね」
「なるほど」
「ただ、転移陣を動かすのにアウブの許可が必要なように、離宮へ入るには離宮の管理をしていた傍系王族の許可が必要だと思われます。離宮の管理をしているのが誰なのか、閉鎖されたはずの離宮と転移陣の間を開けてディートリンデやランツェナーヴェの者達を迎え入れたのが誰なのか、こちらでは把握できていません」
「ルーフェン先生の証言からラオブルートが怪しいと思うのですけれど……」
わたしの言葉に皆が難しい顔で頷いた。
「最も怪しいとは思うが、ルーフェン一人の目撃証言だけだ。ヒルシュール先生が目にした時は中央騎士団の存在は付近になかったはずだ。他の誰も見ておらず、捕らえようとしているところだったと白を切り通されれば、言い逃れができないわけではない」
「それに騎士団長とはいえ、上級貴族が離宮の管理をしているのも考えられないお話です。一体いつ離宮の鍵を手に入れたというのですか? ディートリンデ様やランツェナーヴェの者達に何故肩入れをしているのでしょう? 判断材料が少なすぎます」
フェルディナンドと第一夫人の言葉にわたしが頷いていると、アウブ・ダンケルフェルガーがバン! と大きな音を立てて手を叩いた。わたしはビクッとして思わずアウブ・ダンケルフェルガーに注目する。
「余所者を探して貴族院を闇雲に動き回る必要がなくなっただけでも収穫であった。今夜、フェアベルッケンに隠された離宮へ奇襲をかける」
証拠がないから難しいという話をしているところで、「奇襲する」という言葉が出てきた。全く空気を読まないアウブ・ダンケルフェルガーにフェルディナンドは顔をしかめ、第一夫人は額を押さえている。わたしは目を瞬きながら、アウブ・ダンケルフェルガーを見つめる。
「余所者が入り込んでいることに間違いはないのだ。本拠地らしきところを潰しておくのは重要であろう。全員が揃っていそうな深夜に奇襲をかける」
ニヤリと笑ったアウブ・ダンケルフェルガーを見ながら、フェルディナンドが腕を組んだ。
「少しでも早く彼等を潰しておくこと、全員が揃っていそうな深夜に奇襲をかけることは賛成します。ですが、他領と足並みを揃える必要があるのでは? そちらの根回しはどうなっていますか?」
「どうもこうも、腑抜けた者ばかりで話にならぬ」
アウブ・ダンケルフェルガーが「貴族院を守るために共に戦おうではないか」と誘いかけたら、「出立に三日はかかる」と言われたらしい。王族の現状を聞き取り、騎士達に集合をかけて選別し、回復薬や魔術具の準備をしなければならないし、戦いの規模によっては下働きの者達も寮へ移動させて食事や睡眠が取れる場所を整えなければならない。
彼等の返答にアウブ・ダンケルフェルガーが呆れて「巨大な魔獣が出た時もそれほど呑気なのか!?」と怒鳴ったら、「領地内で片が付く魔獣退治と貴族院の防衛を一緒にするな」と返されたそうだ。
……いつでも戦えるダンケルフェルガーが変わっていると思うんだけどね。
頼もしいけれど、余所がダンケルフェルガーと同じように動けると思ってはいけないと思う。少なくともエーレンフェストはゲオルギーネの来襲に備えるのに一月はかけたのだ。
「次期ツェントを自称するディートリンデが動いているのだ。狙われているのはグルトリスハイトであろう。ディートリンデはともかく、トルキューンハイトの末裔であるランツェナーヴェの者達は脅威だ。送られてくる姫君を考えれば、彼等の魔力量は侮れぬ」
「……あら、どうして貴方が姫君の魔力量をご存じですの?」
第一夫人がニコリと微笑んだ。グッと言葉に詰まったアウブ・ダンケルフェルガーをジトリとした目で見ながらも、助け舟を出すようにフェルディナンドが口を開く。
「アウブ・ダンケルフェルガーの懸念は正しいと思います。トルキューンハイトの作った街を存続させるため、ランツェナーヴェから姫君が送り込まれていました。ユルゲンシュミットの王族達と交わり、生まれた子の中でも魔力量の多い者がシュタープを得てからランツェナーヴェへ戻されるのです。その歴史を知っていれば、姫君の魔力が高いことは想像できるでしょう」
「うむ。フェルディナンド様の言う通りだ」
アウブ・ダンケルフェルガーが白々しい顔で頷くのを見ながら、フェルディナンドは少し遠くを見た。
「ディートリンデの手紙によると、ランツェナーヴェから貴族院へ向かった者達の中にはシュタープを持つ、ランツェナーヴェの王となるために育てられた者がいるそうです……」
「え?」
「今の王族よりもよほど魔力量は多く、シュタープも持っているはずです。あの離宮で生まれた者はシュタープを得るために傍系王族の子として登録されます……と資料にありました。その登録が今も残っているのかどうか我々には確認しようがありませんが、登録メダルの所在によっては彼がグルトリスハイトをいつ手に入れてもおかしくありません」
グルトリスハイトを手に入れるために祠を巡って祈りを捧げなければならないことに関して、フェルディナンドは何も言わなかった。だからこそ、全く猶予がなく、一層危機が迫っているように聞こえる。
「他領が参加しなくても構わぬ。奇襲は今夜決行だ。たとえラオブルートが中央騎士団を率いても、我等はランツェナーヴェの者達を潰す。余所者にグルトリスハイトを渡すわけにはいかぬ」
「今夜、日付の変わる時」
「我等は寮より騎獣で離宮を目指す。疾風の女神 シュタイフェリーゼより速く!」
「通信、切れちゃいましたね」
アウブ・ダンケルフェルガーが言いたいように言った後、通信を切ってしまった。何も写さなくなった水鏡を見ながら、「よほどシュタイフェリーゼより速くという言葉がお気に召したようですね」と呟いていると、フェルディナンドは「ダンケルフェルガーが好きそうな言葉だ」と言いながら魔術具を片付けていく。
「本物のディッターを経験した騎士達の話を聞いて飛び出したくなっただけという疑惑がどうしても消せぬが、ランツェナーヴェの件は早めに片付けておきたい案件だ。王族が中央騎士団に貴族院の防御を命じた結果、ラオブルートが暗躍しているのであれば放置しておけぬ」
自分達がエーレンフェストへ行っている間に中央騎士団にやられてランツェナーヴェの者達が片付いているか、ランツェナーヴェの者達が暴れて王族が片付いているか、どちらかを望んでいたが両方とも残っているとは面倒な、とフェルディナンドが苦い顔で呟く。
「フェルディナンド様、今、少々どころではなく物騒な呟きが聞こえましてよ」
「あぁ、なかなか思い通りにはいかぬ苛立ちが漏れてしまったか。以後、気を付けよう」
「気を付けるところが違いますよね!? なかなか思い通りにはいかぬって、そんな平然と言わないでくださいませ! 怖いですよ!」
王族が面倒な存在であることには心から賛成するけれど、ランツェナーヴェやディートリンデ達によって蹂躙されることは別に望んでいない。後味の悪い結果にならず、関わらないでくれたらそれで良いのだ。
フェルディナンドが「君は相変わらず甘い」と言いながら、執務室の中を見回した。
「エックハルト、シュトラール達は戻ったか?」
「夜通し駆けたそうで、そろそろ到着するという報告がありました」
「戻った騎士達には七の鐘まで休息するように伝えよ。貴族街にいる騎士達や文官達には日付変更の出発ギリギリまで戦準備を整えるようにオルドナンツを飛ばせ」
「はっ!」
エックハルト兄様に命じた後、フェルディナンドはユストクスを呼ぶ。
「文官達による回復薬や魔術具の作成はどうなっている?」
「ハルトムートとクラリッサが中心になって指示を出し、次々と作られています」
「よろしい。そのまま続行させろ」
あの二人が作っているのはローゼマイン様のための魔術具のようですが、とユストクスが苦笑する。わたしの護衛騎士達にも交代で休息を取って、準備をするように言いながら、フェルディナンドはわたしを見た。
「ローゼマイン、今夜の戦いに関してだが、君は留守番だ」
「え? でも、わたくし、転移陣を動かさなければならないのですよね?」
「あぁ、そうだ。国境門から貴族院にある転移陣へ騎士達を移動させてもらう。その後は国境門に戻りなさい」
戦いに身を投じる必要はない、とフェルディナンドに言われたわたしは、再び戦いの場に立つ必要がないと言われてホッとする反面、何とも言えない焦りを感じた。
外患誘致について訴えたのはわたしで、アーレンスバッハの礎を奪ってアウブになったのはわたしで、養父様や皆に向かって「アウブ・アーレンスバッハになる」と宣言したのはわたしだ。ランツェナーヴェの者達を捕らえるという場面をダンケルフェルガーと、今はまだアーレンスバッハの者ではないフェルディナンド達に放りつけて逃げていても良いはずがない。
「フェルディナンド様、アウブであるわたくしが行かなくても良いのですか? ランツェナーヴェやディートリンデ様を捕らえるのはアウブ・アーレンスバッハの仕事なのですよね?」
「行きたくないのであろう?」
「それはもちろん行きたくないですよ。でも、行きたいか、行きたくないかは関係ないでしょう? アウブ・アーレンスバッハとして行かなければならないかどうかが大事なのです。わたくしは本当に行かなくても良いのですか?」
わたしがじっとフェルディナンドを見上げると、フェルディナンドはものすごく嫌そうな顔になった。
「アウブとしては行くべきだと思うが、今の君の状態では賛成しかねる。私が代わりに行ってくるので、君はおとなしく待っていなさい」
「お断りします。お手伝いしていただくことはあっても、自分の仕事くらい自分でします。フェルディナンド様に全部放り投げるなんて、わたくしはしません」
養父様と一緒にしないでください、とフェルディナンドを睨む。
「それに、真夜中から戦いに出発するならば一番休まなければならない方がいらっしゃると思うのです」
わたしの言葉にユストクスとエックハルト兄様が大きく頷いた。フェルディナンドが警戒した顔でわたしを見下ろす。
「ローゼマイン、君は一体何を考えている?」
「準備だけならば、他の者でもできます。ハルトムートやクラリッサも慣れたものですし、騎士達は個々でどのような準備が必要なのかわかっているでしょう? フェルディナンド様のおかげでわたくしはよく眠れましたから、お返しは必要だと思うのです」
わたしはフェルディナンドに近付きながらシュタープを出した。エックハルト兄様が素早くフェルディナンドを支えられる位置につくのを見て、祈りを捧げた。
「夢の神 シュラートラウムよ フェルディナンド様に心地良き眠りと幸せな夢を」
「この馬鹿者……」
憎まれ口を叩くフェルディナンドはよほど睡眠を必要としていたようで、レティーツィアより速く眠りについた。