Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (637)
アダルジーザの離宮
ダンケルフェルガーもひとまずアーレンスバッハの寮へ向かっているはずだ。隠蔽の神 フェアベルッケンに隠された離宮を見つけるのがわたし達に任されているため、中央棟とダンケルフェルガーの寮から合流する場所として最も適しているからだ。
「フェルディナンド様は離宮へ行っても大丈夫なのですか? その、嫌な気分になるのでしたら、外から指示を出すだけでも良いですよ?」
わたしが聞いた範囲だけでもフェルディナンドにとって良い思い出がある場所ではないはずだ。離宮の中に踏み込むようなことはしたくないだろう。嫌な場所にわざわざ赴く必要はない。わたしがそう言うと、フェルディナンドは大きく溜息を吐いた。
「戦いが嫌いで行きたくなくてもアウブとしてここにいる君の前で、私に逃げろ、と? 余計な気を遣う必要はない。私はむしろあの離宮を粉々にしてやりたいと思っている」
「ちょっと待ってくださいませ。離宮を粉々とか、アーレンスバッハを更地にするとか、ランツェナーヴェと王族のどちらかが片付いていればよかったとか……フェルディナンド様は何だか最近思考が物騒ですよ」
少し休んだだけでは取れない疲れのせいで、思考回路が危険方向に向かっているのではないだろうか。わたしがそう心配すると、フェルディナンドは苦笑した。
「わざわざ口にしなかっただけで、元々の思考が物騒なのであろう。最近のことではない。案ずるな」
「そこで案ずるなっておかしいですよね!?」
「では、君が勝手に案じていれば良かろう」
……そんな面倒くさそうに言わないで! 自分のことだよ!
ひとまず、フェルディナンドがアダルジーザの離宮を忌避しているのではなく、破壊したいと思っていることはよくわかった。ジェルヴァージオの話をした時の表情や口調がひどいものだったのでかなり心配していたのだけれど、本人は行く気のようだ。
「そういえば、フェルディナンド様は離宮の位置がわかりますか? 地図ではアーレンスバッハの寮の右斜め下ですけれど、真っ暗の上空から見てもどこがどこだか全然わかりませんね。わたくしにはアーレンスバッハの寮の方向さえわかりませんもの」
中央棟や専門棟などが集まっている貴族院の中心部を抜ければ、ポツン、ポツンと各領地の寮とほのかに光っている円柱状の採集場所がある以外には真っ暗で広大な森が続いているだけだ。わたしには本当に今アーレンスバッハの寮へ向かっているのかどうかさえわからない。先頭を駆ける騎士達はこの夜空と黒い森しかない中でよく方向がわかるものだと感心してしまうくらいだ。
「……君はアーレンスバッハの寮の場所さえ把握できないくらいに地図が理解できない状態で、おおよその場所がわかるとアウブ・ダンケルフェルガーに向かって得意そうに言っていたのか?」
「おおよその場所ですから、嘘は言っていません。地図と実際の土地が結びつかないだけでわからないわけではないのですよ。地図の右斜め下ですから南東へ向かえば良いのです」
「それで南東へ向かえない者をわかっているとは言わぬ。グルトリスハイトを手に、指示を出す君がそのような状態でどうする?」
フェルディナンドから地図が理解できていないと言われたけれど、そんなことは大して問題ではないのだ。わたしがわからなくてもわかる人がいるのだから。
「フェルディナンド様にお任せしておけば良いと知っていますから、わたくしに南東がわからなくても良いのですよ。フェルディナンド様は貴族院の二十不思議研究で祠の位置を調べていたでしょう? ヒルシュール先生の研究室に資料がありました。実際に祠を調べていたようですから、おおよその位置をご存知でしょう?」
グルトリスハイトの有無なんて全く関係ないですよ、とわたしが振り返って言うと、フェルディナンドはものすごく嫌そうな顔になって「前を向きなさい」と言った。
遠目にアーレンスバッハの寮が見えてきた。ダンケルフェルガーの騎士達が上空にいる。騎獣がほのかに光っているし、寮を囲む森の木々が揺れて魔力差のある者の襲来に鳥が飛び立ち、小動物系の魔獣が逃げ惑って騒いでいることからもその存在感は圧倒的だ。
「ダンケルフェルガーに隠密行動は無理か」
「フェアベルッケンの印を持っているわたくし達と一緒にはなりませんよ。ダンケルフェルガーは存在自体がうるさ……いえ、とても存在感がありますから。ほほほ……」
思わず本音が零れてしまった。口元を押さえて笑って誤魔化していると、オルドナンツが飛んできた。わたしの腕に降り立って口を開く。
「ローゼマイン様、ダンケルフェルガーです。こちらはすでにアーレンスバッハの寮の上空に到着しました。アーレンスバッハはどの辺りにいらっしゃいますか?」
オルドナンツが三回喋り終わる前に、「視線をどこかに向けておきなさい」と言いながらフェルディナンドの手がオルドナンツを鷲掴みにした。わたしがそっぽ向いている間にフェルディナンドは魔石からオルドナンツにしたようで、返事を吹き込む。
「フェアベルッケンの印を持っているため、そちらからは見えぬようだが、こちらからは見えている。すぐに着く」
フェルディナンドの言葉を伝える白いオルドナンツが夜空を飛んでいくのが見える。上空で待機していたダンケルフェルガーの集団が、わたし達を探すように寮の上空で旋回し始めた。
……なんか蜂っぽい。
普通に待機していてくれれば良いのに、まるで蜜蜂が餌場を見つけて仲間に知らせるような動きをダンケルフェルガーが見せ始めた。
「じっとしていられないのはハイスヒッツェだけではないようだな。領地の特色か? これだけダンケルフェルガーが騒いでいれば隠密行動も何もあったものではないな」
呆れたような口調で言いながら、フェルディナンドは身につけていたフェアベルッケンの印を外してわたしに渡し、アーレンスバッハの騎士達の最前列に出ていく。
「皆、フェアベルッケンの印を外せ!」
フェルディナンドの号令によって一斉にフェアベルッケンの印が外される。フェアベルッケンの印は転移陣がある中央棟で中央騎士団と戦闘状態になるのを避けるための物だった。これから先は同士討ちを防ぐためにも外した方が良いだろう。
アーレンスバッハの寮の上空を旋回しながら待機していたダンケルフェルガーの騎士達が突然姿を現したわたし達に興奮の声を上げた。
「おぉ、ここまで来ていたのか! 全く気付かなかったな!」
「フェルディナンド様、離宮はどこですか? 早速向かいましょう」
「何故ハイスヒッツェがここにいるのだ? ずいぶんと人数が多いように思えるが……」
聞き覚えのある声だと思えばハイスヒッツェらしい。
ダンケルフェルガーの先頭はアウブ・ダンケルフェルガーのようだ。騎獣の上で挨拶を交わそうとしたが、「このような戦いの場で普段通りの挨拶は不要」と手を振って断られ、速く離宮へ案内するように、と言われた。
「アウブ・ダンケルフェルガー、離宮へ移動し、助言の女神 アンハルトゥングの魔法陣を使ってフェアベルッケンによる隠蔽を暴きます。結界の有無を確認後、突入。できるだけ捕獲してください」
外患誘致の罪を犯した張本人達が生きているのと生きていないのでは、その後のアーレンスバッハの領民達への負担に差が出るだろう、とフェルディナンドが言った。要は責任を負う者が必要だということである。
「特に、ディートリンデ、アルステーデ、レオンツィオの三名は首謀者です。簡単に殺してしまわないようにお願いします」
ついでに、中和や解毒などの手段を相手は持っているため、躊躇いなく即死毒を使ってくる可能性が高いこと、ディートリンデを始めとしたアーレンスバッハの貴族の人数、ランツェナーヴェの人数などについて情報を提示する。
「ディートリンデとその側近で十名前後、アルステーデ達は側仕えを連れているだけのはずです。ランツェナーヴェの者達は正式に挨拶をした者が十二名。その内、魔石の指輪を持っている者が八名。ですが、ここにジェルヴァージオという名のランツェナーヴェの王らしき人物は含まれません」
王族がいればその側近が一緒だ。ランツェナーヴェの者達が何人いるのか、正直なところ、全くわからない。ランツェナーヴェの船の数を考えると、予想以上に多くの人数がいそうなのである。
「敵は領主一族とその側近です。騎士の魔力量によっては逃げられる可能性もあります」
光の帯で縛っても魔力量の差によっては逃げられる可能性もある、とフェルディナンドが注意する。
「強敵。大いに結構」
アウブ・ダンケルフェルガーは満足そうにそう言ったけれど、わたしとしては強敵なんて出てほしくない。捕縛なんてさっさと終わらせてしまいたい。
「この辺りだ、ローゼマイン。助言の女神 アンハルトゥングの……」
「わかっています。お任せくださいませ」
わたしはハルトムートやクラリッサと一緒に作成した魔法陣が描かれている魔紙を取り出した。シュタープを握って、紙に描かれている魔法陣へ魔力を注ぎ込んでいく。
「光の女神の眷属たる助言の女神 アンハルトゥングよ 隠蔽の神 フェアベルッケンに隠されし物を示し給え」
暗闇を明るく照らす光の魔法陣が上空へ上がっていき、一点を照らし出す。黒い森の中に今までは見えなかった優美な離宮の姿が白く浮かび上がった。エーレンフェストの寮と違って、二つの建物からできていて、渡り廊下で繋がっている。
手入れをする者がいなくなったせいで荒れているようだけれど、この離宮には前庭、噴水、池などがあり、花壇の名残もたくさんある。雪に埋もれる冬以外にも長期間過ごすことを考えた設計だ。雪がなくなった領主会議の時に滞在したことがあるけれど、エーレンフェストの寮の周辺にはそんな物はなかった。
「離宮だ!」
「あそこに余所者がいるのだ!」
周囲から「おぉ」と感嘆の声が上がると同時に、「結界の有無を確認せよ!」というアウブ・ダンケルフェルガーの指示が出る。すると、乗り込み型の騎獣に乗っていた騎士が青く光る物を騎獣から投げ捨てた。
「え?」
重力と共に落下していくそれは、青く光る騎獣のようにも、青く光る子供が乗っているようにも見える。一体何だろうと目を瞬いていると、それはくるりと旋回し、自分で意志を持っているように動き始めた。
「バカみたいな大きさだが、あれはゲヴィンネンの駒ではないか?」
「そういえば、ダンケルフェルガーのお茶会室で青い置物を見たことがあります。あれでしょうか? まるで貴族院の二十不思議にあるディッター勝負を始めるゲヴィンネンのようですね」
「まるで、ではなくダンケルフェルガーが実際にやったのであろう。あの不思議話ができたのは、それほど昔の話ではない」
フェルディナンドの言葉にわたしは目を瞬いた。
「ハンネローレ様はご存じないようでしたよ?」
「貴族院に来ていない年のことならば、周囲が口を噤めばわからぬ」
「確かにそうですね」
洗礼式を終えた子供くらいの大きさがあるゲヴィンネンの駒が魔力を帯びて青く光り、離宮を目指して飛んでいく。バリーン、ガシャガシャン! と硬質な音を響かせて離宮の窓に突っ込んだ。
「結界はない! 突撃! 私は上から行く。ハイスヒッツェは下から来い!」
「はっ!」
アウブ・ダンケルフェルガーが先頭に立って離宮へ突っ込み始める。手近なところから攻めるつもりなのか、手前の建物の三階にあるバルコニーに降り立ち、掃き出し窓を破壊して飛び込んでいった。アウブに負けじとダンケルフェルガーの騎士達の約半分が三階へ飛び込んでいき、もう半分が二階のバルコニーの窓を破壊しながら中へ飛び込んでいく。
「……指示を出す立場の人が一番に突っ込むのはどうなのですか?」
アウブという立場は普通後ろで悠然と構えているようなイメージだが、アウブ・ダンケルフェルガーは一番乗りで突撃している。フェルディナンドは「何故外に見張りを残さぬ。全てこちらに押し付ける気か?」と溜息を吐いた。
「シュトラール、一班の騎士を連れ、中央騎士団の動向を探ってくれ。これだけの騒ぎになっているのに何の動きもないことが気になる」
「はっ!」
「全ての手柄をダンケルフェルガーに奪われるわけにはいかぬ。我々はもう片方の建物を攻める。二階のバルコニーから入り、二班から七班は女性の部屋がある三階を重点的に攻めろ! 捕虜を確保したら前庭へ集めるように!」
「はっ!」
「八班は捕虜の監視だ。ランツェナーヴェのレオンツィオの確認は其方等にしかできぬ」
「はっ!」
フェルディナンドの指示を聞いていたわたしは、何故ダンケルフェルガーのように三階のバルコニーから入らないのだろうか、と疑問に思った。直後、フェルディナンドが指差した方の建物にはバルコニーが三階に全くないことに気付いた。全ての窓に植物や動物を模した、素敵だけれど頑丈そうな格子がはまっている。思わずもう片方の建物と見比べた。
「あちらは三階にバルコニーがないのですね。どうして建物に違いがあるのでしょう?」
「住む者が違うからだ。傍系王族と、ユルゲンシュミットに登録のない者が同じ建物に住むと思うか?」
離宮の管理をする傍系王族の夫婦がいて、その子供として登録されるのはランツェナーヴェの王となる者、それから、ユルゲンシュミットの姫として育てられる女子だそうだ。ランツェナーヴェの姫達と彼女達が生んだいずれ魔石となる子供達では生活する建物さえ別らしい。侵入も逃亡も許さないと言わんばかりの格子の存在で、そこの住人がどのように扱われていたのか察せられる。
「……フェルディナンド様がこの離宮を粉々にしたくなる気持ちがよくわかりました」
「ゲルラッハの夏の館を壊した君の騎獣が使えないのは至極残念だ」
簡単に破壊できたであろう、と言われて、わたしは思わずフェルディナンドを振り返った。
「わたくしのレッサーくんを破壊用道具のように言わないでくださいませ! たまたま偶然が重なってそうなってしまっただけで、わたくしはゲルラッハの館を破壊するつもりなんてなかったのですよ!」
クッとフェルディナンドが笑った時、光の帯でグルグル巻きにされた捕虜一号が窓から放り出された。「まるであの時のマティアスだな」と言いながら、フェルディナンドが騎獣を離宮の前庭に降ろす。後を追ってわたしの側近達とフェルディナンドの側近達も降りてきた。
「ローゼマインはここにいろ。私は中で指示を出してくる」
「フェルディナンド様、わたくしも……」
「歩くのも走るのも遅いのに邪魔だ。君はここで捕虜の監視を行え。帯が緩んだら、君が縛り直すのだ。ここにいる中では君が最も魔力が多い」
騎獣が出せないわたしは確かに足手まといでしかない。それでも、わたしにできる役目を与えながらフェルディナンドがわたしの護衛騎士達に指示を出していく。
「クラリッサ、ダンケルフェルガーへ捕虜はこちらに連れて来るように指示を出しておけ」
「はい!」
「護衛騎士達はローゼマインを守れ。傷一つ付けるな」
「はっ!」
フェルディナンドがエックハルト兄様とユストクスを連れて建物の中へ入っていく。
クラリッサがオルドナンツを飛ばした後は、ダンケルフェルガーの騎士達が捕虜を連れて来るようになった。光の帯でグルグル巻きにされているのは若い男女が三人だ。誰も彼も寝込みを襲われることは想定していなかったようで、寝間着姿の者がほとんどだ。魔法陣による光やゲヴィンネンの駒がぶつかった音で不寝番が気付いても着替える余裕はなかっただろう。
「ダンケルフェルガーの騎士達が入った建物にいるのはランツェナーヴェの者達が多いのでしょうか」
アーレンスバッハの騎士が連れて来られた捕虜を見下ろしてそう言った。三人ともレオンツィオと共にやって来て、アーレンスバッハで正式に挨拶をしたランツェナーヴェの者らしい。無言でじっとこちらを見ているだけで口を開こうともしない。
「もう一人、連れて来られますね」
そう言われて視線を向けると、こちらに向かって連れて来られている捕虜が光の帯を引きちぎってダンケルフェルガーの騎士から逃げ出した。彼を捕らえた騎士より、魔力量が多かったようだ。
「レオンツィオだ!」
捕虜の監視を任されたアーレンスバッハの騎士達が声を上げ、十人いる八班のうちの半数がレオンツィオを捕らえようと騎獣に乗って駆け出した。
「邪魔はさせない。私はランツェナーヴェの王になるのだ!」
そう叫んだレオンツィオは騎獣に乗っていて、その手にはシュタープが握られている。
……なんで? この人、ランツェナーヴェの王になる人じゃないよね?
ランツェナーヴェの王になるために育てられ、シュタープを得てランツェナーヴェへ向かったのはジェルヴァージオという男性で、レオンツィオという名前ではなかったし、フェルディナンドよりもかなり年上のはずだ。
……シュタープ、どうやって手に入れたの?
わたしが眉を顰めていると、おとなしく転がっていた捕虜の三人が光の帯を破ってゆらりと立ち上がった。三人の手にもシュタープがある。
「ローゼマインッ!」