Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (638)
ランツェナーヴェの者達
コルネリウス兄様の鋭い声に、わたしはシュタープを出した。
三人の捕虜達がこちらに向かって飛びかかるように駆け出しながら一斉にシュタープを振り下ろして魔力を打ち出している。以前受けたものよりもずいぶんと威力が大きいけれど、わたしが神殿の青色巫女見習いの頃にビンデバルト伯爵から受けたことがある魔力の攻撃だ。
周囲には護衛騎士達が何人もいるし、今までに自分へ向けられた攻撃の中では最も対応が簡単なものだったからだろう。恐怖は全く感じなかった。
「ゲッティルト!」
コルネリウス兄様の声に反応したレオノーレとラウレンツが即座に盾を展開し、同時に駆け出したアンゲリカとマティアスとコルネリウス兄様がそれぞれの剣を振り下ろした。それだけで捕虜達が繰り出した魔力弾は切り払われて、軌道を変えて飛んでいく。
……まぁ、そうなるよね。
魔力差が圧倒的にある上級貴族のビンデバルト伯爵の攻撃を、下級騎士のダームエルや戦い方さえ知らなかった青色巫女見習い時代のわたしでも何とか逸らすことができていたくらいである。あれは盾を出しても相手には防げないと確信が持てるくらいに絶対的優位にある格上が、格下を嬲る時や不意打ちでなければ効果がない攻撃だ。わたしの護衛騎士達が同じように魔力の塊を打ち出すか、盾を出せば簡単に防ぐことができる。
「くっ!」
悔しそうに顔を歪めた捕虜達が再びシュタープを振ろうとしたが、その時にはアンゲリカが身体強化をした素早い動きでシュティンルークと共に敵の懐に飛び込んでいた。
「アンゲリカ、ここで死なせないように気を付けて!」
レオノーレが怒鳴るように注意を飛ばしながら、わたしの視界を塞ぐようにマントを広げる。直後、アンゲリカが少し焦ったような声で「急いで癒しを!」と言った。ちょっと注意が遅かったらしい。
「交代だ、アンゲリカ!」
水の属性があり、多少癒しが使えるコルネリウス兄様とアンゲリカが交代する。コルネリウス兄様によって癒しが施されたのか、レオノーレのマントが下ろされた。死なない程度の癒しがされたようで、一人の捕虜が光の帯ではなく、普通の紐で縛られてコルネリウス兄様に押さえられていた。
「ハルトムート、シュタープを封じる手枷を!」
コルネリウス兄様の声にハルトムートが準備していた手枷を取り出して駆け寄る。これで敵はシュタープを使うことができないはずだ。
残った二人の捕虜の動きを見れば打ち出す魔力が大きく、肉弾戦もまあまあ強いことがわかった。けれど、シュタープから繰り出される攻撃は魔力を打ち出すだけだし、護衛騎士達に比べると鍛えられているわけでもない。寝ているところを襲撃されて寝間着のせいか、ダンケルフェルガーによって武装解除はされているのか、銀の武器も持っていなければ即死毒も持っていない。アンゲリカとマティアスによって、残りの二人もあっという間に取り押さえられた。
「クラリッサ、オルドナンツをダンケルフェルガーへ。敵がシュタープを持っていることを知らせてほしいのです。もう知っているでしょうが……」
レオノーレの指示を聞いて、わたしはダンケルフェルガーの騎士達が飛び込んでいった建物へ視線を向ける。窓が魔力の打ち出しによってあちらこちらで光っているのが見えた。窓が吹き飛んだところもある。「その程度で私の攻撃が防げると思うな!」というアウブ・ダンケルフェルガーの高揚した声も聞こえてきた。
そうこうしている間にもダンケルフェルガーの騎士達によって捕虜が連れて来られる。レオノーレが光の帯で縛られている捕虜に関しては「敵は多大な魔力とシュタープを持っています。相応の対応をお願いします」とダンケルフェルガーの騎士達に指示を出した。
アーレンスバッハを荒らしていた魔力がないランツェナーヴェの兵士とは違うと言われた騎士達が、逃亡を防ぐために手足を折って縛り上げていく。ゲッティルトの盾を構えたままレオノーレは厳しい目で苦痛に呻く捕虜をじっと見つめる。
「……捕まったふりをして状況を確認しつつ、こちらの人数が減った途端、一斉に動き出すのですから彼等は全く訓練を受けていないわけではないようです。それなのに、どうしてこれほど魔力効率の悪い攻撃をするのでしょうか? 騎士達の縛めを解ける魔力があればもっと色々なことができるでしょうに……」
レオノーレが不思議そうにそう言うのを聞いて、わたしは「ランツェナーヴェ王になる!」と叫んでいた男の方へ視線を向ける。レオンツィオという名前だっただろうか。彼もやはり寝間着姿で少し長めの髪を乱しながら戦っていた。戦っているというよりは逃亡しようとしていて騎士達に追い回されているようだけれど。
レオンツィオもやはりシュタープから魔力を打ち出す以外の攻撃はできないのか、シュタープを振って魔力を何度も打ち出しながら騎獣で逃れようとしている。魔力が多いから騎獣の動きはやたら速いが、七人もいる騎士達の包囲網から逃れるのは容易ではないようで、じりじりと追い詰められているのが遠目にもわかった。じきに捕まるだろう。
「まだ慣れてないのではありませんか? シュタープを手に入れて日が浅いのだと思います」
騎獣は当たり前のように使えるし、魔力の打ち出しもできる。けれど、シュタープを武器に変換して戦ったり、ロートを上げたりすることはできない。それは貴族院入学前のわたしと同じだ。魔石による騎獣は作れたし、指輪によって魔力を放ったり、お祈りをしたりはできたけれど、それ以上のことはできなかった。
「手に入れたばかり、ですか?」
「えぇ。貴族院で最初に習うロートさえ上がっていません。彼等が本当に中央騎士団と繋がっているならば一番に助けを呼んだはずです」
わたしの言葉にレオノーレが納得したように頷いた。すると、レオノーレと一緒に盾を構えたまま周囲を警戒していたラウレンツが今度は疑問を口にした。
「ランツェナーヴェの王になりたければ勝手になれば良いのに、何故あの男はユルゲンシュミットの、しかも、貴族院までやって来たのでしょうか? ランツェナーヴェの者達がユルゲンシュミットの貴族の証であるシュタープを欲しがる理由がわかりません」
「ランツェナーヴェの王になるために必要なのかしら? 仮にそうだとすれば、これだけの人数がシュタープを得て、王の資格を得るのは不都合だと思うのですけれど……」
ランツェナーヴェやアダルジーザの離宮に関しては貴族院の歴史で習うことでもないし、わたし達がここに来たのは外患誘致の罪を犯した前領主一族と協力者であるランツェナーヴェの者達を捕らえるためだ。詳しい事情を知らないレオノーレには不思議で仕方がないのだろう。
「詳しい事情は本人達に語ってもらった方が早そうですね。ほら、捕まったようですよ」
わたしがダンケルフェルガーとアーレンスバッハの騎士達によって捕まったレオンツィオを指差すのと、フェルディナンド達が突入していった建物の三階でバン! という爆発音がするのは同時だった。
ビクッと体が震えて、思わず視線を向ける。一瞬で空気が緊張し、皆がわたしと同じように振り返った。窓が割れてバラバラとガラスが降ってくる。建物の周囲を取り巻く白の石畳に当たって硬質な音を立て、砕けた。
「これは一体どういうことですの、フェルディナンド様!?」
ガラスの音を掻き消すようなディートリンデの高い声が響く。他の騎士によってディートリンデが捕らえられることを期待していたけれど、フェルディナンドがディートリンデの部屋に到着してしまったらしい。
「いくら死の縁から這い上がる程わたくしの愛を求めていても、このような深夜に寝室へ乱暴に入ってくるなんて恥知らずにも程が……」
怒りの籠ったヒステリックなディートリンデの声がぷつっと途切れた。その後はもう何も聞こえない。これ以上に喋れないようにされたことは嫌でもわかる。
「フェルディナンド様にあの言い様……。エックハルト兄上が暴走していなければ良いのだが……」
首謀者は殺さずに捕らえよという命令に違反して暴走するのではないか、とコルネリウス兄様が心配そうに言った。自分で殺そうとした相手にあの言い様である。あの場にいたらわたしが先に暴走していたかもしれない。
「大丈夫ですよ、コルネリウス。フェルディナンド様がエックハルト兄様を止めるでしょうし、癒しをかけることができます。ディートリンデ様が死んでいることはないでしょう」
首謀者には生きていてもらわなければ困ると言ったのはフェルディナンドだ。殺すはずがない。フェルディナンドのそういう無駄に理性的で合理的なところを、わたしはある意味で信頼している。
アーレンスバッハの騎士達によって次々と縛られた者達が運び出されてくるようになった。ユストクスによって光の帯でグルグル巻きにされ、ずるずると引きずりながら連れて来られたディートリンデは気を失っている。
寝間着姿で縛られていて、豪奢な金髪は引きずられたせいで全体的に薄汚れている。このような公衆の面前で成人女性が髪を下ろしているというのはあり得ないので、ディートリンデの目が覚めたら大騒ぎしそうだ。
「ユストクス、死んでいませんよね?」
「エックハルトの攻撃を受けて気を失っているだけです。残念ですが、この後のことを考えて生かしています。引きずってきたので多少頭を打っていますが、これ以上頭が悪くなることはないので問題ないでしょう」
ニコリと微笑んでいるが、ディートリンデを見下ろすユストクスの茶色の瞳には軽蔑と憎悪がはっきりと現れている。全く隠れていない。
けれど、怒りを見せているのはユストクスだけではない。アーレンスバッハの騎士達もまたディートリンデを前に怒りを堪えきれないような顔になっている。当然だろう。ディートリンデの行動で何人もの貴族達が犠牲になり、アーレンスバッハは反逆の領地となったのだから。
「この辺りにいるのはアーレンスバッハの貴族ですか?」
ディートリンデの後からどんどんと連れ出されてくる。ランツェナーヴェの者達とアーレンスバッハの貴族の区別がつかないわたしは、アーレンスバッハの騎士に尋ねてみた。
「はい、ローゼマイン様。ディートリンデ様の側近達です」
ディートリンデの側近は報告を受けていた通り十人いる。まだこれから連れて来られるかもしれないけれど、誰も彼もどうしてこんなふうに縛られて転がされているのかわからないというような顔をしていた。何も言わないのは、猿轡をされているからだ。自分達を捕らえたアーレンスバッハの騎士達を反抗的に睨みつけている者も何人かいる。
ディートリンデの側近の中で、わたしが見てすぐにわかったのはマルティナだけだったけれど、マルティナにはわたしが急成長したせいですぐに記憶の中のわたしの姿と今の姿が結びつかなかったようだ。怪訝そうな顔になった後で、大きく目を見開いた。
……それにしても、ランツェナーヴェとアーレンスバッハで完全に建物をわけて使っていたみたいだね。
フェルディナンド達が入っていった建物から連れ出されてくるのはアーレンスバッハの貴族ばかりだ。ゲオルギーネや養父様とよく似た色合いの髪をした、どことなくおどおどとした雰囲気の女性がディートリンデの隣に転がされる。それからすぐに縛られていても偉そうな表情を崩していない赤い髪の男性が連れて来られた。紫の瞳でじっとわたし達を見つめる。
「ローゼマイン様、こちらがアルステーデ様とブラージウス様です」
……あぁ、この二人が……。
ゲオルギーネの第一子でディートリンデの姉のアルステーデとその夫のブラージウス。ブラージウスは確か政変後に処刑された第二夫人の息子で、次期アウブ候補の片割れだったはずだ。
「こちらは制圧完了だ。ダンケルフェルガーの方はどうなっている?」
そう言いながらフェルディナンドが出てきた。ラウレンツがすぐにオルドナンツを送って状況の確認をする。目につく敵は全て捕らえ、今は隠し通路や隠し扉の有無を確認中らしい。
「……目につく敵は全員捕らえた、だと?」
フェルディナンドが軽く目を見張って捕虜達を見回す。探す者がいないような仕草に嫌な予感がした。
「フェルディナンド様、どうされたのですか?」
「……ジェルヴァージオの姿がない」
「え?」
「ここにいるランツェナーヴェ人は若い者ばかりだ。使者として正式に目通りした者がほとんどで、ジェルヴァージオがおらぬ」
そういえば、フェルディナンドが生まれた時にはもういなかったと言っていた気がする。ならば、年齢的にはもう四十代ではないだろうか。そう思って見回すと、確かにその年代の者はいない。ジェルヴァージオ本人も、おそらくその側近達も。
フェルディナンドがアルステーデの猿轡を取り、「ジェルヴァージオはどこだ?」と問いかける。恐怖に目を見張っているアルステーデはフェルディナンドの質問に答えるのではなく、パニックを起こしているように震える声で叫んだ。
「何故フェルディナンド様が生きているのです!? アーレンスバッハの騎士がわたくしに剣を向けるのです!? 一体何のためにダンケルフェルガーの騎士達がこのような……ぐふっ」
ガッとエックハルト兄様がアルステーデを踏みつけた。突然踏みつけられて咳き込むアルステーデ「フェルディナンド様はそのようなことを尋ねておらぬ。さっさと答えろ」と答えを迫る。ひっと顔を引きつらせたアルステーデが「存じません!」と叫んだ。
「ランツェナーヴェとアーレンスバッハで建物が別でしたもの。ジェルヴァージオ様がどのように夜を過ごされているかなど、わたくしは存じません!」
アルステーデから悲鳴のような声が響く。必死に頭を左右に振っている姿からは本当に知らないのだと思う。どこまで情報を与えられているのか定かではない。
「アルステーデ、其方は何やら被害者のような顔でわめきたてているが、何故かと問いたいのはこちらだ。何故次期アウブと定められたディートリンデではなく、貴女が礎を染めたのか? 礎を染めて実質的にアウブとなったにもかかわらず、何故ディートリンデの横暴を止めなかった? 外患誘致として領地丸ごと危険に晒すにもかかわらず、何故ランツェナーヴェの者を引き入れて貴族院へやってきたのか?」
フェルディナンドが冷たく見下ろしながら問いかけると、アルステーデは真っ青になった。
「わ、わたくしはお母様の命令で……」
「ランツェナーヴェの者達を貴族登録し、ランツェナーヴェの館にある扉を開けて転移陣を使い、貴族院の最奥の間を開けて愚かにも彼等にシュタープを与えたのであろう? それがどれだけの罪かわからぬとは言わせぬ」
「……お、お母様のおっしゃることに間違いはありませんもの。そ、それに、わたくしの独断専行ではございません。ランツェナーヴェの者達にシュタープを与える際に最奥の間を開けたのは王族ですから」
「何!?」
周囲の騎士達も驚きの声を上げた。外患誘致の罪を犯した前領主一族を捕らえに来たら、王族がランツェナーヴェの者達に協力していると言われたのだ。当然の反応だろう。
「アウブとしての承認を受けていないわたくしでは最後の扉が開けられませんでした。そのため、中央騎士団の騎士団長が王族にお願いしてご協力いただいたのです」
周囲がざわめき始めたことでアルステーデは自分に非がないことを主張するように言い募る。
「中央騎士団の騎士団長だけではなく、王族が協力だと……?」
「え、えぇ、そうです。これは王族もご存じのことなのです。わたくし達ではなく、こうして貴族院へ攻め込み、離宮を襲った貴方達こそが反逆の罪に問われる可能性もございます。そ、それはご存じですの!?」
真っ青になって震えながら必死に言い募るアルステーデの隣でブラージウスが猿轡をされたままフェルディナンドを嘲るように見上げ、フンと馬鹿にするように鼻を鳴らした。少なくともアルステーデの言い分と同じことを思っているような顔をしている。
フェルディナンドが眉間の皺を深くした。アーレンスバッハの騎士達に動揺が走る。即死毒の対策もできているし、数でも圧倒的に有利だと楽観視し、制圧も時間の問題だと思っていたところで嫌な雰囲気になってきた。
そこにアウブ・ダンケルフェルガーからオルドナンツが飛んでくる。
「王宮にて中央騎士団の同士討ちが起こっているらしい。ダンケルフェルガーに救援の要請があったそうだ。我々はそちらへ向かう!」