Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (640)
アルステーデの話
加護を得る儀式で祭壇から直接始まりの庭に行くこともできるけれど、ヒルデブラント王子がそれをしていたならば周囲の者達がもっと別の反応をしていたはずなので、ヒルデブラント王子が開けた扉は祭壇の横側にある物だろう。貴族院で実際にわたしがシュタープを得るために入ったので間違いない。
「ヒルデブラント王子が望むならばシュタープを得ても良いとツェントは許可したそうです」
「そんなはずはありません」
わたしはアルステーデの言葉に思わず首を横に振って否定した。魔力圧縮で魔力を増やし、お祈りで神々の御加護をたくさん得られるようになれば、後で魔力の扱いに困ることになるので幼い時にシュタープを得るのは止めた方が良い。わたしは王族にそれを伝えて、シュタープの取得を一年生から三年生に戻してもらったはずだ。
「幼い時にシュタープを得る弊害をわたくしが王族に伝えたのです。ヒルデブラント王子が後々困ることになるのに、ツェントが許可を出すはずがございません」
地下書庫に入って王族らしい手伝いができるように、と魔力圧縮や古語の勉強などの努力を重ねていたヒルデブラント王子である。これから先、成長に従って魔力はどんどん増えるだろう。それがわかっていながら父親であるツェントが許可を出すとは思えない。
「落ち着きなさい、ローゼマイン。本当にツェントが許可を出したかどうかは、アルステーデの話からはわからぬ。アルステーデ自身もそこにいたわけではなく伝聞なのだ。わかっているのは、そのようにラオブルートが王子を唆して扉を開けさせたことだけだ」
「あまりにもひどい裏切りではありませんか」
フェルディナンドの言葉にわたしはラオブルートに怒りを募らせていく。ラオブルートは騎士団長だ。エーレンフェストで考えるならばお父様であるカルステッドと同じ立場である。メルヒオールが望んでいても養父様に却下されていた物の前で、騎士団長のお父様が「やっとアウブの許可が出ました」と言うのと同じだ。
わたしの護衛騎士達でもお父様から「私が口添えした結果、アウブの許可が出た。問題ない」と言われれば一体何人が疑うだろうか。「カルステッド様の言葉はとても信用できません。アウブに直接確認しましょう」なんて言う側近はほとんどいないと思う。そのくらい護衛騎士でもある騎士団長は信用されているのだ。
「確かにひどい裏切りとは思うが、唆されたということは王子が元々シュタープを望んでいたのであろう。望んでいないことをいくら唆しても意味がない」
何を理由に欲したのか知らないが、ヒルデブラント王子がシュタープを得たいと望んでいたからこそ付け込まれたのだ、とフェルディナンドは素っ気なく言った。
「幼い時分にシュタープを手に入れるのは馬鹿の所業だが、知っていて尚ヒルデブラント王子がそれを望んだならば本人の希望が叶っただけだ。ランツェナーヴェの者達にまでシュタープを与えたことも含めて、後で存分に苦労すればいい。君が思い悩むようなことではない」
フェルディナンドは「何もかも背負い込もうとするな、馬鹿者」と言ってヒルデブラント王子についての話を打ち切ると、アルステーデを見下ろしながらフンと鼻を鳴らした。
「明らかに王族を騙しているだけではないか。このような状態ではとても王族の協力があるとは言い難い。適当な嘘を吐くのではない」
アルステーデは紫に近い青の髪を揺らして首を横に振った後、口を噤んで一度下を向いた。
「わたくし達と協力関係にある王族はヒルデブラント王子ではありません。ジェルヴァージオ様です」
「なるほど。王族は王族でもユルゲンシュミットの王族ではなく、ランツェナーヴェの王族ということか……」
「……ジェルヴァージオ様はすでにユルゲンシュミットの王族です」
アルステーデの思わぬ言葉に場の雰囲気が一瞬で変わった。「どういうことだ?」と護衛騎士達から声が上がり、緊張が走る。フェルディナンドの表情が険しくなった。眉間に皺が深く刻まれていく。それから、こめかみを指先でトントンと叩き始めた。
「すでに……? ランツェナーヴェへ渡った者はメダルの登録場所を移されるはずだが、つまり、戻ったということか? 管轄は……。あぁ、そちらが本来の狙いか」
小さな声で独り言を零しながら、フェルディナンドはパズルのピースがはまったようなスッキリ顔になった後、ものすごく面倒くさそうに息を吐いた。
「勝手に納得して終わらせないでくださいませ、フェルディナンド様」
アダルジーザ関連の記述はわたしのメスティオノーラの書にほとんどないので、フェルディナンドが何に納得しているのか全くわからない。わたしにも説明してほしい。腕を軽く叩いて説明を求めると、フェルディナンドは仕方がなさそうに口を開いた。
「ラオブルートにとって一番重要だったのは、ランツェナーヴェの者達がシュタープを得ることではなく、ヒルデブラント王子とその側近達をその場から追い出すことだったということだ。中央神殿の者がメダルの確認や移動をしたのだな?」
最後の言葉はアルステーデに向けられたものだった。ほぼ断定しているフェルディナンドの口調にアルステーデが「何故わかるのですか?」と恐怖に強張った顔になる。
「やはりそうか……」
「全く説明が足りていませんよ、フェルディナンド様!」
「メダルを完全に廃棄されればシュタープを扱うことができなくなる。それは知っているな?」
高学年の範囲にはなるけれど、領主候補生の講義で習う内容だ。卒業までの全てを叩き込まれたので知っている。わたしが頷くと、フェルディナンドは講義のような口調で説明を始めた。わたしは何となく背筋を伸ばして生徒気分でスティロを握る。
「勝手にメダルを廃棄されればシュタープは使用できなくなる。そのため、ランツェナーヴェへ行った者のメダルは彼等がユルゲンシュミットを去ってからも保存される。傍系王族として登録されていた場所から外国へ出た者のメダルが保管されている場所へ移されるのだ」
アルステーデが震えながらフェルディナンドを見る。ゲオルギーネの計画によって供給の間というアーレンスバッハの領主一族以外には入れない場所で即死毒を食らい、皆に死んだと思われていたにもかかわらず生きていて、まだ喋っていないことを見通されているのだ。アルステーデにとってはものすごく怖い存在だろう。
「フェルディナンド様は何故そのようなことをご存じなのですか? そのような内容は貴族院でも習いませんでした」
「其方が不勉強なだけだ。私は古い資料で読んだことがある」
……古い資料ってメスティオノーラの書ですよね。
メスティオノーラの書を持っていないことを不勉強の一言で片付けるのはどうかと思うが、ずっと最優秀だったフェルディナンドに言われれば納得するしかないだろう。ちなみに、わたしは持っていても情報がないので調べられないけれど。
「話を戻すぞ。ジェルヴァージオのメダルも中央神殿で保管されていたはずだ。傍系王族からランツェナーヴェへ渡った者として」
「中央神殿で保管されるというのが不思議な感じですね。エーレンフェストでは貴族のメダルを城で管理するので、王宮で管理しているのかと思いました」
「彼等が生まれ育つ離宮はここで、所在地は貴族院だ。王宮とは管轄が違う」
フェルディナンドはそれ以上言わなかったけれど、アダルジーザの離宮で生まれた者は普通の傍系王族登録とは少し違うことが感じ取れた。
「とにかく、ラオブルートはイマヌエルと組んでジェルヴァージオを傍系王族に戻したのであろう」
メダルがあれば登録されていた魔力で本人確認ができる。いくつの属性を持っているのか目で見てわかる。
「元々ユルゲンシュミットの傍系王族として登録されていたジェルヴァージオ本人であること、全属性であること、グルトリスハイトの獲得法を知っていることがわかれば、聖典原理主義者のイマヌエルは諸手を挙げて歓迎すると思われる。何と言っても、選別の魔法陣を少し光らせただけでディートリンデを次期ツェント候補だと認定するような馬鹿揃いだからな」
メダルの移動により、ジェルヴァージオはランツェナーヴェの者ではなく、グルトリスハイトに最も近いユルゲンシュミットの傍系王族になった。
「以上は私の推測だが、大きく外れてはいないはずだ。どうだ?」
フェルディナンドに問われて、アルステーデは小さく震えながらコクリと頷いた。
「ジェルヴァージオ様のメダルを確認した後は、元の傍系王族のところへメダルを戻す、とイマヌエルが約束したそうです。ジェルヴァージオ様がグルトリスハイトを得て、正式にツェントとなった後、何やら褒賞を中央神殿へ贈るお約束になっているようですけれど、それはラオブルート様とイマヌエルの間の約束のようで、わたくし達は詳しく知らされていません」
フェルディナンドの推測が当たっていることに今更ながら感嘆の息を吐く。同時に、ラオブルートの暗躍具合にも驚いた。まるでゲオルギーネのようではないか。
「中央神殿もラオブルートの管理下だなんて……。予想外に根が深くて、気の長い計画だったようですね。わたくし、イマヌエルとラオブルートが協力関係にあると思いませんでした。わたくしの聖典を検証する場ではとても仲が悪く思えたのですもの」
「その後、何かしら利害の一致があったのであろう」
フェルディナンドはイマヌエルを選定の魔法陣を光らせたディートリンデを次期ツェント候補だと宣言した馬鹿者、と言ったけれど、わたしの脳裏に浮かんだのはシュタープで作る神具を見て気持ち悪い目をした姿だ。ラオブルートと組んだと思うと一層恐怖感が増す。
「……ローゼマイン、イマヌエルに何か思うところがあるのか?」
「貴族院で行う儀式で何度か会っているのですけれど、イマヌエルはシュタープで神具を作ったり、古い儀式を蘇らせたりすることに強い関心があるようですよ。わたくし、あの人の目が怖くて、気持ち悪くて、嫌いなのです」
ハルトムートとは全く方向性の違う狂信で光る灰色の目が嫌だ。貴族院で儀式を行った時はもうフェルディナンドがいない時期だったので、フェルディナンドにはほとんどイマヌエルの印象がないようだけれど、わたしの記憶には不気味さがこびりついている。
「神具や儀式に強い執着を持つ、考えなしで面倒くさい聖典原理主義者はグルトリスハイトこそが重要で、それさえあればランツェナーヴェの者でもツェントにするのを躊躇わぬということか」
フェルディナンドが何かを考えるように目を伏せて、ゆっくりと息を吐いた。
「それで、その後はどうなった?」
ヒルデブラント王子がシュタープを得て戻ってもアナスタージウス王子はまだ戻らなかったらしい。シュタープを他の者に触れられないように、ラオブルートはヒルデブラント王子達に自分の離宮へ先に戻るように勧めたそうだ。
ヒルデブラント王子の側近がアナスタージウス王子にオルドナンツを送り、役目を終えた中央神殿の者達と共に帰る。それを確認して、ランツェナーヴェの者達も離宮に急いで戻り、シュタープの取り込みを始めたそうだ。
「アナスタージウス王子が貴族院を見て回った後、貴族院は通常状態に戻りました。ランツェナーヴェの者達がシュタープを得たので、役目を終えたわたくしは早くアーレンスバッハへ戻りたいと思いました」
けれど、ランツェナーヴェの館に通じる扉は開かず、アーレンスバッハの寮にも入れなくなっている。ラオブルートにおかしいと訴えると、アーレンスバッハの礎が奪われて、アウブが交代したのだと言われたそうだ。
「ディートリンデが怒って手紙をアーレンスバッハへ送っていました。そして、わたくし達を再びアーレンスバッハのアウブに戻すためにもグルトリスハイトを得なければならないと張り切って……」
「張り切って頭に花を盛って祠を回るようになったのですね」
ディートリンデの名前を聞くだけでフェルディナンドが瀕死で倒れていた様子を思い出して何とも言えない怒りが湧き上がってくるので、わたしはどうでもいいことを考えながら意識を逸らしてニコリと微笑む。口調が少々刺々しいものになったかもしれないけれど、それくらいで済んでいる自分を褒めてあげたいくらいだ。
わたしの言葉を聞いたアルステーデが困ったような顔になった。
「え、えぇ。わたくし達が作った回復薬をジェルヴァージオ様やディートリンデに持たせて祠を巡るようになりました。少し考えが足りなくて自己中心的なところがありますけれど、わたくし達のために頑張っていたのです。ディートリンデも根は悪い子ではないのですよ」
それは妹を弁護する姉の台詞としては普通だったかもしれないし、姉妹としてアルステーデとディートリンデがどのような交流をしていたか知らない。けれど、その一言はわたしの逆鱗に触れた。血が沸騰するような怒りを感じる。体が熱くなってくるのに、頭の方は冷えてくるような感覚は久し振りだ。わたしは笑顔に魔力を込めて、アルステーデを真っ直ぐに見つめる。
「アルステーデ様はずいぶんと面白いことをおっしゃるのですね。即死毒では死ななかったフェルディナンド様に痺れ薬を盛って手枷をはめた上で、魔法陣を起動して魔力枯渇を狙ったりするような方の根が悪くないなんて……。さすがゲオルギーネ様の娘で、ディートリンデ様のお姉様だと思います」
「……な、そ……」
アルステーデが大きく目を見開き、胸元を押さえて苦しそうに口をパクパクさせ始めた。その苦悶の表情を見ながら、わたしはゆっくりと魔力による威圧を強めていく。
「ローゼマイン、抑えなさい! 魔力が漏れている!」
わたしの周囲にいた護衛騎士達が動くより早く、フェルディナンドがわたしの腕をつかんで引き寄せた。
「安心してくださいませ、フェルディナンド様。わたくしも成長しているのです。威圧する対象は選べるようになっています」
「君の怒りは理解したが、アルステーデを殺してはならぬ。それはこれから先に必要だ」
これ以上威圧させないようにフェルディナンドはもう片方の手でわたしの視界を塞ぐ。アルステーデが咳き込むのがわかった。わたしの護衛騎士達が「ローゼマイン様!」と声を上げるのが聞こえる。
「私がローゼマインの魔力を抑えておくので、すぐにアルステーデをあちらへ連れて行け。ローゼマインの前に出すな!」
「はっ!」
マティアスとラウレンツの声がした。アルステーデの姿が見えなくなって、わたしは行き場のない魔力と怒りを持て余す。
「フェルディナンド様、わたくし、悔しいですし、腹が立ちますし、許せません」
「わかったから魔石を直接肌に当てられたくなければ、自力で魔力を押さえ込みなさい」
全然わかってなさそうな口調でそう言っているけれど、こんな時までわたしが魔石を忌避していることに配慮してくれているのがわかって、怒りが霧散していく。フェルディナンドを相手に怒っても仕方がない。
わたしの魔力が押さえ込まれていくのがわかるようで、わたしの腕をつかんでいたフェルディナンドの手から力が抜けた。
「君は昔から精神的に全く成長していないな」
「神の祝福で肉体的に急成長しましたから、お祈りをしていれば精神にも急成長がくるかもしれませんよ」
「ユルゲンシュミットで一番祈っていて、その成長率では全く期待できぬ」
視界は塞がれたままだけれど、そんな言い合いができるようになった頃には、わたしはずいぶんと落ち着いてきた。
フェルディナンドが手を退けて、このまま放しても問題がないかどうか魔力の確認を始めた。護衛騎士達が何か言いたいけれど呑み込んでいるような顔で手を挙げかけたり降ろしたりしているけれど、アルステーデの姿はもうないので魔力が暴れることはないと思う。
「ディートリンデの性根など、今更どうでもいいことだ。重要なのはジェルヴァージオが祠を回っていたという情報ではないか。君は何を聞いていたのだ、まったく」
体調を確認しながらそう言ったフェルディナンドの目には少しばかり焦りがあるように見える。耳に留める部分が違うと言われたわたしは、そこでようやく気が付いた。
……祠を回るのって、ほとんど時間がかからなかったよね?
大量の魔力が必要だけれど、回復薬さえあって魔力の回復ができれば、祠の中にどれだけ長時間いても、外の時間は全く経過していなかったはずだ。それまでに貴族院で行った儀式による魔力の奉納のおかげで必要な魔力が少なかったせいもあるけれど、わたしは一日あれば祠を回れた。
……もしかして、ジェルヴァージオってもう祠を回り終わってる?
ヒルシュールが不審人物達の姿を見たのは文官棟付近だったはずだ。あの近くに祠がある。今日の午後に回っていたことは確実だ。ジェルヴァージオが祠を回り終わっている可能性に気付いて、頭が冷えていく。
「暗闇に紛れて祠を回っているのであればまだ良いが、全てを終えてグルトリスハイトを得られる段階に来たからこそ中央騎士団が裏切りを明らかにしたのであれば? 彼等が王族と仰ぐジェルヴァージオは今どこにいると君は思う?」
フェルディナンドの言葉にわたしは一気に血の気が引いた。グルトリスハイトを得たいと望む者が祠を回り終わったら、次に行く場所は一カ所だ。
「ソランジュ先生とは連絡が取れなかったとヒルシュール先生は言っていなかったか?」