Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (642)
始まりの庭への道
「フェルディナンド様、どちらへいらっしゃるのですか!?」
特に説明もなく、というか詳細に説明できるはずもないので、フェルディナンドはそのまま空へ向かって駆け出した。独走するフェルディナンドの騎獣を追って、護衛騎士達やハイスヒッツェが大慌てで追いかけてくる。フェルディナンドは振り返って、彼等を止めた。
「危険だから白の建物よりも下で待機せよ! どうしてもと同行するならば、私より速く上空にいけ! 中途半端な位置にいると死ぬぞ」
そう怒鳴りながらもフェルディナンドは護衛騎士達を振り切って、高速でぐんぐんと上空へ駆けていく。ついて来ている者達がいるのかどうか、わたしには振り返る余裕もない。ただ落ちないように必死で手綱を握っていた。
上空へ向かう途中で一の鐘が鳴り始めた。カラーン、カラーンと図書館、中央棟、文官棟、騎士棟、側仕え棟、それぞれの寮から澄んだ鐘の音が、まだ日の差さない貴族院に鳴り響く。
「君はライデンシャフトの槍を使え」
貴族院全域が見渡せるほど上空へ駆け上がったフェルディナンドが自分のシュタープを出しながらそう言った。魔力をたっぷり込めろ、と言いながらフェルディナンドは片手剣に変化させて、魔力を注ぎ込んでいる。
「ライデンシャフトの槍ですか?」
「そうだ。私が合図をしたら、目を閉じて槍に変化させて落とせ。どんなに投擲が下手くそで、飛距離がなくても落とすだけならば君にもできよう。貴族院をすっぽりと覆う魔法陣だからな。当たらぬということはないはずだ」
あまりにもひどい言い草であるが、間違ってはいない。ライデンシャフトの槍にいくら魔力を籠めたところで、わたしの腕前は敵に当てるのが難しいレベルのへっぽこだ。
……わかってるけど! 真実は時に人をより深く傷つけるということをフェルディナンド様にはぜひ覚えてほしいよ。
「フェルディナンド様、何をなさるおつもりですか!?」
「ローゼマイン様、お止めくださいませ!」
完全に魔力を蓄えた剣をフェルディナンドが構えた瞬間、そんな声が聞こえた。必死でついてこようとしていた護衛騎士達がようやく追いついてきたらしい。ほとんどがわたしの護衛騎士で、青いマントも少し見えた。
フェルディナンドが彼等を見下ろしながら、「エックハルトと違って聞き分けがない」と呟いたが、フェルディナンドの言葉には絶対服従の護衛騎士と比べられる人なんているわけがないと思うのはわたしだけだろうか。
「私は危険だと言ったはずだ。何故私より下にいる? 死にたいのか? さっさと上空へ上がれ」
顔色を変えた護衛騎士達が次々とわたし達より上へ向かうのを待っているフェルディナンドが「時間がないというのに……」と苛立たしそうに文句を言っていて、かなり切羽詰まっているのがわかった。
「フェルディナンド様、せめて、彼等が安全な位置へ行くまで攻撃は待ってくださいね。わたくしの護衛騎士達に攻撃を仕掛けるのは、さすがに全力で阻止しますよ」
「私もそこまで非道なことはせぬ」
駆け上がってきたハイスヒッツェが「何をされるのですか?」と尋ねてくるが、フェルディナンドはそれに答えず、剣を振りがぶった。
「其方に答える義務はない。……ローゼマイン、やるぞ」
「はい!」
わたしはフェルディナンドに言われた通りに目を閉じてシュタープを出し、「ランツェ」と唱えた。手の中に槍の形を感じる。できるだけ魔力を籠めるように、と言われていたので、どんどんと魔力を送っていった。目を閉じていてもわかる。バチバチと魔力の火花が飛んでいるような音がしている。
「もう十分だ。落とせ」
「フェルディナンド様!? ローゼマイン様、待っ……」
周囲から焦りと制止の声が聞こえるけれど、こうして魔法陣を起動して始まりの庭へ向かわなければジェルヴァージオがメスティオノーラの書を手に入れることになる。アーレンスバッハで貴族達を殺して魔石を奪い、若い女性貴族をさらっていこうとしたランツェナーヴェの者をユルゲンシュミットのツェントにするわけにはいかない。
……絶対に阻止するんだから!
そのままパッと手を離してライデンシャフトの槍を落とす。その途端、グンと騎獣が動き、バランスを崩しかけたわたしは驚いて目を開けた。真っ暗の貴族院へ向かって青い流星のようにライデンシャフトの槍が落ちていく。
それがわたしの視界に見えたのは、重力に任せて落ちていく槍を追いかけるようにしてフェルディナンドが騎獣を操っているせいだ。落下するような勢いで駆け下りながらフェルディナンドは剣を振り抜いた。
虹色に光る魔力の塊が剣から放たれ、わたしが落とした槍を追い抜くようなスピードで魔法陣に接触した。魔力と魔力がぶつかって弾き合うような大きな音がして、貴族院を覆う魔法陣が眩い光を帯びて浮かび上がる。その魔法陣の中心で空と貴族院を繋ぐ光の柱が見えた。
……風の貴色! メスティオノーラ!?
わたしが始まりの庭でメスティオノーラの書を授かった時も光が降ってきた。あの光ではないか、と妙な確信を持つ。
……できるだけ早く行かなきゃ!
わたしと同じ焦りをフェルディナンドも感じているのだろう。お腹に回されている腕に力が籠る。光の柱の下にある始まりの庭へ飛び込むために魔法陣へ騎獣ごと突っ込む。その瞬間、魔法陣から強力な風が吹き出し、突っ込んでいった勢いそのままにわたし達は思い切り弾き飛ばされた。
「きゃっ!?」
予想外の反撃にわたしは思わず声を上げた。風に弾かれただけなので痛みはないけれど、衝撃が強すぎたのか身につけていたお守りがいくつか弾ける。フェルディナンドが舌打ちしながら騎獣を操り、魔法陣から少し離れたところで体勢を整えた。
「シュツェーリアの盾と同じ効果だ。あそこにいる者に敵意を持つ者は入れぬようだな」
まだ光っている魔法陣と光の柱を睨みながらフェルディナンドがギリと悔しそうに奥歯を噛みしめた。前にお邪魔した時には中に誰もいなかったので通れたのだろう、とフェルディナンドが言った。
「つまり、上からは不可能ってことですね」
アーレンスバッハを蹂躙したジェルヴァージオにも、フェルディナンドを殺せと言ったエアヴェルミーンにも親しみなんて持てない。このまま何度挑戦しても弾かれるだけだろう。
「あぁ。別の方法を考えねばならぬ。……一旦離宮へ戻って銀の衣装を着て再挑戦してみるか、最奥の間から繋がる入り口を開けるか、どちらかだな」
「シュツェーリアの盾を通り抜けようと思えば、全身を完全に銀の布で覆う必要があると思います。中へ入った時にすぐにシュタープが使えないのは危険ですよ」
エアヴェルミーンは魔力で相手を判別していると言っていた。ならば、ジェルヴァージオは魔力の判別できる状態でいるはずだ。こちらが銀色武装をしていれば、相手の魔力攻撃は効かないが、相手がどのような武装をしているのかわからない以上、シュタープを使えない状態になるのはあまり良いとは思えない。
「……ジェルヴァージオは今まさにメスティオノーラの書を手に入れている最中ですよね?」
「間違いなくそうであろう」
わたしは光の柱を睨む。巨大な魔法陣を確実に起動させるためにかなり魔力を使ったのに、突入することもできずに弾かれた。ジェルヴァージオがメスティオノーラの書を手に入れている最中だというのに、何かできることがないだろうか。
……入れなくてもいいから、せめて、外から邪魔ができれば……。
「フェルディナンド様。わたくし達、魔法陣には弾かれましたけれど、光の柱の中には入れましたよね?」
「……何をする気だ?」
身構えるフェルディナンドの前で、わたしは「リューケン」を唱えてどこかへ落ちていったライデンシャフトの槍を解除すると、「フィンスウンハン」で闇の神具であるマントを作り出す。
「ローゼマイン、それは最後の手段にするように、と言ったはずだが?」
「フェルディナンド様は嫌な顔をしますけれど、今は最後の手段を使っても良いくらいに追い詰められていると思うのです」
ジェルヴァージオはすでに始まりの庭にいてメスティオノーラの書を授かっている最中だし、魔法陣を起動して最速で入る手段は通用しなかった。フェルディナンドが思いつく範囲でも銀色の衣装を着こんで再挑戦するか、中央騎士団の同士討ちが起こってどこかに隠れている王族に頼んで最奥の間を開けてもらうくらいしか始まりの庭には到達できないのだから。
「これであの光を遮ったら、最速でジェルヴァージオの邪魔ができるのではないかと考えたので、今の時点では最後の手段だと思っています。銀の布を取りに行って着替えたり、王族に頼んで最奥の間を開けてもらったりするよりよほど速いと思いませんか?」
わたしの主張にフェルディナンドが「また突飛なことを……」とこめかみを軽く叩いた。
「悪くないと思うが、他にも余計なことを考えているであろう? そちらも白状しなさい」
「魔法陣を起動するために大量の魔力を使ったので、入れないなら返してほしいと考えました。あの貴色の光は魔力の塊でしょう?」
「考えたのはそれだけではない顔をしている」
「うぐっ……」
……どうしてバレるかな!?
お貴族様仕様で取り繕っているはずなのにバレている。おかしい。顔を触りながら、わたしはむぅっと唇を尖らせた。
「あの光を吸収したら、わたくしの方に知識が流れ込んでこないかな? という下心がたっぷりあります。成人までなんて待てませんもの」
フェルディナンドにコピペを拒否されたわたしの一番の本音を聞いたフェルディナンドは、呆れたような溜息を吐きながら騎獣を光の柱に向けてくれた。
「不慮の事態で元々一つの物を私と君が分け合っている状態になっているとエアヴァルミーンは言ったのであろう? そうでなければ、エアヴェルミーンは私達にお互いを殺して完成させよとは言うまい。ならば、他人に与えられる知識を君が得られるとは思えぬが……」
「ダメで元々。できたら『ラッキー』。やってみます」
「ラッキーとは一体何だ? 言葉遣いが乱れているぞ。このような状況で君は気を抜きすぎだ」
……こんな状況で貴族らしさにこだわるフェルディナンド様に言われたくないけど。
心の中で反論しつつ、お小言は「以後気を付けます」と聞き流した。
はるか高みから降ってくる光が始まりの庭に届かないように、光の柱の中でわたしは大きく大きく闇のマントを広げていく。それと同時に、闇の神具の特性である吸収が行われ、一気に魔力が流れ込んできた。先程大量に使った魔力があっという間に回復してくる。激マズ回復薬にのたうち回る必要もなく、激マズ回復薬よりよほど速く、完全に回復である。
……でも、フェルディナンド様が言った通り、知識は入ってこないみたい。しょんぼりへにょんだよ。
「リューケン」
「もう回復したのか?」
闇のマントを解除したわたしを見て、フェルディナンドが驚いた声を出した。闇のマントは自分の魔力容量の最大値までしか魔力を吸収してくれない。完全回復した時点で終了である。でも、ライデンシャフトの槍に使った魔力量を考えると、驚きの魔力回復である。わたしは振り返ってフェルディナンドを見上げた。
「一番欲しかった知識は入ってきませんでしたが、魔力回復に関してはフェルディナンド様の作った激マズ回復薬よりすごかったです。さすが神様ですね。たっぷり魔力、ごちそうさまでした」
フェルディナンドに報告すると、ぐにっと頬をつねられた。ひんやりとした空気と嫌そうな顔から察するに、どうやらフェルディナンドは神様にも対抗心を持っているらしい。ちょっと理想が高すぎると思う。
「あぅち。……でも、本当にすごいのです。今度はフェルディナンド様の番ですよ。ジェルヴァージオの邪魔もしなければなりませんし、フェルディナンド様もどーんと使ったでしょう? 神様に魔力回復してもらったらいかがですか? こんな経験、滅多にできませんから」
わたしに闇のマントの使い方を教えたのはフェルディナンドだ。本人が使えないとは思えない。わたしが勧めると、フェルディナンドは何とも複雑そうな顔になった。
「他の者に経験できるわけがなかろう。神々の魔力を吸収しようなどと考えるのは君くらいだ。日常的に何かあれば祈りを捧げているくせに信心深いのか、罰当たりなのかわからぬ」
わたしに対する文句を言って、「ジェルヴァージオの好きにさせるわけにはいかぬからな」と建前を述べてから闇のマントを出し、わたしと同じように広げていく。
「ほぅ……。これはなかなか」
ぶつぶつ文句を言っていたが、素早く魔力が満たされていくのがわかるのだろう。フェルディナンドが満足そうに唇の端を上げた。
「む?」
フェルディナンドが「リューケン」を唱えるより先に、まるで電源が落ちたようにふっと光の柱が消えた。魔力回復の柱が消えると同時に光っていた魔法陣も消えてしまう。
「あれ? 終わっちゃいましたね」
「私はまだ完全に回復していないのだが……。もしや、君が吸収しすぎたのではないか?」
「えぇ? わたくしのせいですか? 元々もう少しで終わるところだったのかもしれないのに、不満そうに文句を言われても困りますよ」
わたしがフェルディナンドを睨むと、「ならば、次を考えねばならぬ」と言いながら騎獣を上空に向けた。
「君の言う通り、元々もう少しで終わるところだったならばジェルヴァージオはほぼ完成された聖典を持っていることになる。出口はどこだ? 図書館から始まりの庭へ到達した時、君はどこへ出た?」
図書館へ戻るべきか、と言ったフェルディナンドにわたしは首を横に振った。
「図書館へは戻れませんでした。わたくしは最奥の間に出たのですけれど、フェルディナンド様は違ったのですか?」
「私は妙なところへ飛ばされるのが嫌だったので、入ったところから出た」
つまり、無礼にも上空から飛び込んだ上に、せっかく開けてくれた出口を無視して、再び上空へ向かって騎獣で飛び立ったということだ。王族と連絡が取れなければ最奥の間から出られないので、間違っていない選択をしたと思う。
……でも、そういうことをするからエアヴェルミーン様に嫌われるんじゃないかな?
心配そうにわたし達の動きを見ていた護衛騎士達が、一旦やることが終わったことを察して駆け下りてくる。
「何をどうするおつもりだったのですか? あの光の柱は何ですか?」
「説明する義務はないし、其方等が知る必要はない。何度も言わせるな。それより、ハイスヒッツェ。王族の様子はどうなっている? これから急いで最奥の間へ行かねばならぬ。最奥の間を開けるため、一人でいいので王族を捕獲して送ってほしいとアウブ・ダンケルフェルガーに頼んでくれ。中央騎士団を抑えるのにアウブ・ダンケルフェルガーは必要だが、王族はそこにいても大して役に立たぬであろう?」
フェルディナンドの言い分にはさすがのハイスヒッツェも顔を引きつらせた。
「王族を捕獲ですか。敬意の欠片も感じられませんが……」
「外患誘致について事前に連絡をもらい、まさに今侵略を受けているというのに対策も練れず、我が身を守るはずの中央騎士団から造反されている王族に、最奥の間を開ける鍵としての役目以上の価値があるか?」
取り付く島もなければ、反論の余地もない。だが、真実を述べる必要がない時もあるのだ。
「あんまり王族が役に立ってないのは確かですけれど、フェルディナンド様を助けるための許可証をいただいたのですよ。もうちょっと取り繕いましょう、フェルディナンド様」
「ローゼマイン様も取り繕ってくださいませ」
レオノーレにニコリとした笑みと共に叱られる。
「さすがにそのようなオルドナンツは送りかねます」
「そうか。ならば、私が送るので構わぬ。ローゼマイン、目を閉じていろ」
わたしが目を閉じると、フェルディナンドの手が動くのがわかった。
「アナスタージウス王子、フェルディナンドです」
……アナスタージウス王子?
どうしてここでオルドナンツを送る相手がアナスタージウス王子なのか。わたしは首を傾げるが、フェルディナンドは淀みなくオルドナンツに声を吹き込んでいく。
「ランツェナーヴェからの侵略者にユルゲンシュミットの礎を奪われるのを防ぐためには、最奥の間を開ける王族が必要です。政変で王族が行った後始末を考えれば明白なように、礎を奪われた瞬間、今の王族は処分対象となります。直ちに最奥の間まで来てください」
フェルディナンドがブンとシュタープを振るったのがわかった。
「これでよかろう。中央棟へ向かうぞ」
「フェルディナンド様、何故アナスタージウス王子なのですか? この場合はトラオクヴァール王に送るべきでは?」
ハイスヒッツェの問いかけはここにいる全員の疑問を代弁したものだった。フェルディナンドはぞっとするような魔王の微笑みを浮かべる。
「弱点が明確で、最も身軽で早く動けそうな男だからに決まっているではないか。エグランティーヌ様が処刑される事態になるのをアナスタージウス王子が黙ってみていると思うか?」
……思いません。
アナスタージウス王子の嫁馬鹿っぷりは身に染みている。エグランティーヌに迫る危機を見過ごせるような人ではない。
「でも、フェルディナンド様。わざわざ王族を呼ばなくても、最奥の間を開けるのはわたくしではできませんか? 承認は受けていませんけれど、一応アウブですよ」
「正式なアウブではない以上、君ができなかった時のための保険は必要であろう?」
ダメだとわかってから呼んでは更に時間がかかる、とフェルディナンドは何食わぬ顔で言いながら騎獣を中央棟へ向けた。
……王族を保険扱いしたよ、この人!