Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (646)
祭壇の最上部
「それに、あそこから出てきた者がどのような顔をしていても、わたくしがこれから行うことに何の変わりもありません」
レオノーレに答えながら、わたしは祭壇の上にいるジェルヴァージオをじっと見つめる。このままジェルヴァージオがツェントになってしまうと、ランツェナーヴェと繋がるアーレンスバッハの礎を奪ったわたしはもちろんのこと、計画の段階で殺害が予定されていたフェルディナンド、おそらく懇意にしていたと考えられるゲオルギーネを倒したエーレンフェストの立場はひどいものになるはずだ。
……話し合いの余地はないと考えた方がいいだろうね。
即死毒を使って自分達に邪魔な者を排除してきたランツェナーヴェの者が、優しくて甘い対応をしてくれるとは思えない。アーレンスバッハの礎はジェルヴァージオの手の者が全力で奪いに来るだろう。ランツェナーヴェの兵士達を蹴散らし、船を破壊し、アーレンスバッハの貴族を救ったわたしを放置するはずがない。
少なくともわたしだったら、自分と共にやってきた仲間達を倒し、故郷へ戻るために必要な船を破壊され、拠点にしている離宮を襲われて仲間が全員捕らえられたという状況になった時に、「そちらも事情があるから、いくら故郷の者を殺されたり捕らえられたりしても仕方ない」とは絶対に言わない。
「確かに敵の姿形は関係ありませんね。ですが、どのようにしてあの男を捕らえましょう? ラオブルートが祭壇の前にいる以上、ラオブルート達中央騎士団を倒すか、最上部まで届く攻撃が必要になります。もう少し人数が増えるか、離れた者達と意志疎通ができれば……」
視線をあちらこちらへ向けながらレオノーレが中央騎士団の動きを見つめる。その時、わたしの手元にコツンと何かが当たった。視線を下げると、五センチくらいの小さな紙飛行機がわたしの手にくっついているのが見えた。不自然な光景を見れば紙飛行機が魔紙でできた物で、わたし向けの連絡だとわかる。
周囲の様子を窺いながら紙飛行機を広げた。そこには「グルトリスハイトと祝福の重ね掛けで注目を集めてくれ。周囲の妨害はフェアドレンナで。こちらは準備済み」とフェルディナンドの字で走り書きがされている。
……つまり、わたしが注目を集めている間に何かやるつもりってことだよね?
わたしは手紙を自分の護衛騎士達にも見えるように少し動かした。レオノーレがフェルディナンド達のいる場所をちらりと見て、ハルトムートとクラリッサが魔紙の入っている革袋に手を伸ばす。
「グルトリスハイト!」
わたしはフェルディナンドの指示通りに右手を挙げてメスティオノーラの書を出した。
「なっ!? グルトリスハイトだと!?」
「よく見ろ! 違う! 本物のグルトリスハイトはあのような大きさではない! ジェルヴァージオ様がお持ちの物こそ本物だ!」
「何を言うか!? ローゼマイン様のグルトリスハイトは本物だ! 国境門の開閉ができたのだからな!」
驚きの声を上げる中央騎士団の者達やわたしの聖典が本物であることを主張するダンケルフェルガーの騎士達には構わず、わたしは先程自分が奪った祝福の重ね掛けをしていく。
武勇の神 アングリーフ、狩猟の神 シュラーゲツィール、疾風の女神 シュタイフェリーゼ、忍耐の女神 ドゥルトゼッツェン、幸運の女神 グライフェシャーン……。次々に神々の名を挙げて祈れば、その度に貴色の柱が立ち、わたしの味方に祝福の光が降り注いでいく。
「神々より数多の祝福を受けるローゼマイン様は、次期ツェントにグルトリスハイトを与えるメスティオノーラの化身です。ユルゲンシュミットの者からツェントを選び、グルトリスハイトを授けることが、ローゼマイン様の使命。ランツェナーヴェの侵略者をわざわざツェントに戴く必要などありません」
……ハルトムートッ!
お祈りを途中で止めるわけにもいかず、得意そうに胸を張ったハルトムートの口を押さえることができなかったせいで、講堂中の注目を集めるのには成功した。ラオブルートの殺意に満ちた視線もしっかり集めている。
「中央神殿に籠めるだけではなく、やはり確実に息の根を止めておかねばならぬか」
「ローゼマインの側近が言う通り、侵略者をツェントに選ぶ必要などない! ツェントの騎士団長でありながら国を守らず、父上を裏切り、外患を引き入れた其方だけは決して許さぬ!」
完全に回復したらしいアナスタージウスとその側近にも祝福の重ね掛けはかかっている。近くにいた中央騎士団を比較的簡単に蹴散らしながらラオブルートのいる祭壇へ向かって動き始めた。
「なるほど。ここでは神々に祈りが届くのであったな……」
祭壇の上からそんな声が降ってきた。光の柱が乱立する講堂内を感心したように見下ろしながら、ジェルヴァージオがわたしを真似るように自分の聖典を掲げ、低く響く朗々とした声で祝詞を唱え始めた。
「火の神 ライデンシャフトが眷属たる武勇の神 アングリーフよ」
ジェルヴァージオの祈りと共に掲げられた聖典が青い光をまとい始める。
まさかジェルヴァージオがこんなふうに容易く祝詞を唱えられるとは思わなかった。わたしは巫女見習いになった時、祝詞を覚えることに苦労した。いくつもある祝詞や馬鹿みたいに長くて多い神々の名前を覚えなければならないことに嫌気が差して、神々に愛称を付けたいと考えていたくらいだ。
「我の祈りを聞き届け 聖なる力を与え給え 全ての敵を打ち倒す武力を我等に」
ドンと青い光の柱が立った。ジェルヴァージオを称える歓喜の声が上がり、優勢だったアナスタージウス王子達の動きが止められる。
「ふむ。私も神々の祝福を授けることができるようだな」
ジェルヴァージオは青く光る柱を見上げて笑うと、「風の女神 シュツェーリアが眷属たる疾風の女神 シュタイフェリーゼよ」と、わたしと同じように祝福の重ね掛けを始める。このままではせっかく敵側の祝福を奪ったのに、意味がなくなってしまう。
……祝福の重ね掛けでこっちに向けた視線がまたジェルヴァージオに向かっちゃったよ。フェルディナンド様は何をしてるの!?
わたしに注目を集めているうちに何かするのではなかったのだろうか。わたしは思わずフェルディナンド達がいる方へ視線を向ける。ジェルヴァージオの祝福を受けた中央騎士団と戦っているエックハルト兄様が見えたけれど、フェルディナンドの姿は見えない。
「我の祈りを聞き届……ぐっ!?」
突然祈りの言葉が途切れた。どこからか魔力による攻撃を受けたようで、ジェルヴァージオが身につけていたらしいお守りがいくつか弾け飛んだ。
「どこだ!?」
祭壇前を守りながらアナスタージウス王子達の動きを注視していたラオブルートが驚愕の声を上げて振り返り、お守りの反撃が向かう先を捕らえようと武器を出す。
「ゲッティルト」
フェルディナンドの声がして、祭壇の最上部に近い場所で盾が浮かび上がった。ジェルヴァージオのお守りによる反撃は即座に防がれ、フェルディナンドが姿を現す。どこからどのように上がったのかわからないけれど、隠蔽の神 フェアベルッケンのお守りを有効活用したことと、その威力を最大限に発揮するために「皆の注目を集めろ」と言われたことだけはわかった。
「其方、いつの間にそこにっ!?」
ラオブルートが声を上げたが、まるで聞こえていないようにフェルディナンドは視線をジェルヴァージオから動かさない。騎士達が片手に盾、もう片手に武器を構える時と同じように、盾と黒い水鉄砲を構えていて次々と攻撃を繰り出していく。
「ジェルヴァージオ様!」
祭壇に向かって駆けだしたラオブルートを見て、クラリッサが「邪魔はさせません!」と広域魔術の補助を起動させる。妨害する時はフェアドレンナとすでに指示が出ているので、わたしはハルトムートが広げた魔紙を目がけて即座にシュタープを振った。
「フェアドレンナの雷!」
天井付近に広がった複数の魔法陣から雷が祭壇付近にいる中央騎士団に降り注ぐ。ほぼ同時に、フェルディナンドが仕込んでいたらしい魔法陣も起動したようで、エックハルト兄様やアーレンスバッハの騎士達と戦っている中央騎士団にも雷が落ち始めた。
多数の悲鳴が上がり、彼等が身につけていたらしいお守りの反撃が魔法陣に向かって飛んでいく中、「マントだ! 銀色のマントで防げ!」とラオブルートの声が響く。魔力を防ぐ銀色の布をかざせばある程度は防げると声を出しながら、ラオブルート自身もマントを自分の頭上にかざして祭壇を駆け上っていこうとした。
「うわっ!」
ラオブルートが何かに弾かれた。誰かの攻撃が届いたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。ラオブルートが手を伸ばし、「……何だ、これは? 目には見えぬ壁がある」と苛立たしそうな声を上げた。
上に上がる資格はないとばかりの弾かれ方にラオブルートは激怒しているようだが、わたしは少し安堵した。祭壇の最上部で戦う限り、余計な救援は入らないのだ。騎士でもないジェルヴァージオと一対一で戦ってフェルディナンドが負けるとは思えない。
「其方がクインタか……」
ジェルヴァージオの言葉にも眉一つ動かさず、フェルディナンドは顔を狙って水鉄砲を打った。「余計な口を利くな」という心情が一目でわかるような攻撃だ。ジェルヴァージオは咄嗟に腕を顔の前に動かして直撃を防ぐ。お守りが弾けて、フェルディナンドの盾に反撃が飛んだ。
わたしが持つと完全に玩具のようにしか見えない水鉄砲も、フェルディナンドが持つと本当に拳銃のように見えるから不思議だ。次々と細い魔力の線がジェルヴァージオに向かって飛び、その度にジェルヴァージオのお守りが弾けていく。反撃が来ても問題のない強さの攻撃でジェルヴァージオのお守りをどんどんと剥ぎ取っているのがすぐにわかった。
「リューケン。……ゲッティルト」
フェルディナンドの攻撃にお守りを破壊されながら、ジェルヴァージオは掲げていた聖典を消して、代わりに盾を出した。
「……レオンツィオやラオブルートの報告通り、驚くほど似ているな」
ジェルヴァージオの言葉にフェルディナンドは無言で魔術具を投げる。構えられていた盾を越え、ジェルヴァージオの背後で爆発した。護衛騎士達がいない状態で普通の四角い盾では自力で守れる範囲も限られてくる。
だが、ジェルヴァージオは魔力攻撃以外のお守りも持っていたようで、反撃がフェルディナンドに向かって飛んだ。フェルディナンドは予測していたのか、盾で難なく反撃を防ぐ。
「クインタ、其方は自分の生まれに思うところはないのか? 何故このような生き方を押し付けられなければならないのか、と怒りを覚えたことはないのか? ランツェナーヴェの在り方に、生まれる前から過酷な生き方を強要されることについて何も思わぬか?」
全く何も思わないわけがないと思う。けれど、静かに問いかけるジェルヴァージオに対し、フェルディナンドは内面を全く見せない無表情のまま無言で再び魔術具を投げた。それはジェルヴァージオの盾によって防がれる。
「あの離宮で男として生まれた時から魔力によって選別され、魔石と化す生き方から必死に逃れなければならず、傍系王族として登録されようとも成人と共に異国の地へ送られる。その先で求められることは魔力の多い子をなし、白の建物を維持することだけだ。……やっと巡ってきた絶好の機会だ。私がユルゲンシュミットのツェントになれば、このような生き方を終わらせることができる。二度と不幸な子供が生まれることはない。そして、ユルゲンシュミットもグルトリスハイトさえ持たぬ王族に振り回されて魔力が枯渇することもないのだ」
ランツェナーヴェとユルゲンシュミットにとって、自分がツェントになるのが有益であると説くジェルヴァージオをフェルディナンドは鼻で笑った。
「何を勘違いしているのか知らぬが、私はクインタではない。エーレンフェストの領主一族、フェルディナンドだ」
「離宮から離れたのが幼すぎて覚えていないかもしれぬが、離宮から逃れた其方の代わりに其方の母親が魔石となり、其方の母親の穴を埋めるために王女として生きるはずだった娘が……」
「先程も言ったが、私はクインタではなくフェルディナンドだ」
フェルディナンドはフッと笑ってジェルヴァージオの言葉を遮る。それはとても不機嫌極まりない時に浮かべる社交的な微笑みで、内心の怒りや激しい感情が押し隠されているのがわたしにはわかった。
「もちろんランツェナーヴェにはランツェナーヴェの事情があるのであろう。だが、魔石を受け取り、ランツェナーヴェのために活用して生きてきた其方が何を言うのか。其方はランツェナーヴェからの侵略者。新たなツェントにグルトリスハイトを授けることができるメスティオノーラの化身を得た今、ユルゲンシュミットにおける其方の存在は混乱を招くだけで不要だ」
キラキラとした笑顔と逆に、フェルディナンドの言葉は辛辣で容赦ない。
「私がランツェナーヴェに対して思うことなど、一つしかない。トルキューンハイトを恨みながらさっさと滅べ。そうすれば、二度と不幸な子供も生まれまい。」
「……そうか。もうよい。あの離宮から逃れた者にはどうやら我等の苦痛は理解できぬようだ。クインタ、魔石として生まれた者は疾く魔石となれ」
ジェルヴァージオが盾を捨て、銀色の筒をフェルディナンドに向けた。レティーツィアが言っていた銀色の筒に違いない。筒を見た瞬間、考えるよりも先に手が動く。
「ヴァッシェン!」
わたしはシュタープを掲げて、即死毒を使われた時のために準備していた魔紙を全力で打ち抜いていた。