Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (65)
洗礼式の行列
洗礼式の朝は忙しい、主に母が。
朝食を終えて、片付けて、両親も一張羅に着替えるのだから、寝坊したり、もそもそと朝食を食べたりしていると怒られて急かされる。
わたしは喉に詰まりそうになりながら、朝食を終え、母が片付けをしているうちにトゥーリと二人、寝室で着替えていく。
母とトゥーリによって、少しずつ手を加えられていた衣装は、余った部分を摘まんでひらひらしているだけではなくなった。冬の手仕事で培った小花作りを利用して、あちらこちらに小花が飾られて、装飾過多になっている。
冬の手仕事で余った糸をベンノがくれたのでなければ、こんな余裕はなかっただろう。
わたしはひらひらのワンピースをTシャツと同じようにバサッと被って着た後、青いサッシュを腰にくるりと巻いて、ぎゅっとリボン結びにした。だらーんとサッシュの先が脛の辺りで揺れている。
「マイン、二重にするんだったでしょ?」
トゥーリがむぅっと眉を寄せた。
わたしは一度サッシュを解いて、お腹の周りに二重に巻いてみた。しかし、冬には何とか結べていたのに、少し長さが足りなくて、綺麗に結べなくなっている。
「あれ? 朝食べすぎた? お腹ぽっこりしちゃった?」
「違うよ。マインが大きくなったの」
「え? わたし、大きくなった?」
「多分ね。衣装の裾も、膝下に合わせて作ったのに、膝の真ん中くらいになってるもん。ちょっと大きくなったんだよ」
冬から夏の間に成長していたらしい。普通の子供なら当たり前なんだけど、やたらと成長の遅い身食いのわたしは成長を実感できることが少ない。
感動に打ち震えるわたしと違って、トゥーリは現実的だった。青いサッシュの端をじっと見ながら、着付けについて考えている。
「……どっちにしても長さが中途半端だね。ちょっとだらしないくらいになっちゃう。いっそ切る?」
「ダメだよ、もったいない。それなりに見られればいいんだから切る必要ないって。二重にすればいいんだよ」
「できなかったじゃない」
「お腹じゃなくて、リボンを二重にするの」
青いサッシュを自分のお腹のところで、ギュッときつく二重蝶々結びにする。着物の帯と同じように、きちんと結べたら、リボンの部分をシュシュッと背中に回せば完成だ。
「どう? 長さ大丈夫?」
「可愛い! すごい! どうやるの!?」
「えーとね……」
説明しようとしたら、母が寝室に入ってきた。
「着替え終わったなら、マインは早く髪を整えなさい。わたしも着替えるから」
「はぁい。トゥーリ、後でね」
さっさと台所へと移動して、髪を整える。昨夜のうちにリンシャンをしたので、家族全員の髪がつるつるだ。昨日は珍しく父さんも仲間に入れてほしそうに見ていたので、洗ってあげた。
どうしていきなりそんな気分になったのか聞いてみたら、コリンナと洗いっこしたことを自慢したオットーのせいだった。リア充になりたかったらしい。
「マイン、わたしにやらせて」
櫛で髪を梳いていると、トゥーリが目を輝かせてやってきた。トゥーリの洗礼式の時はわたしが髪を結ったので、今度は自分がやりたいらしい。
「マインは髪飾りでぐるぐるってするから、わたしにはできないし、櫛で梳くくらいはやらせて」
「じゃあ、お願い」
わたしが櫛を渡すとトゥーリが鼻歌交じりに梳いてくれる。とても機嫌が良いようだ。
「マインの髪は真っ直ぐでとっても綺麗だよね。それに良い匂い」
「トゥーリも同じ匂いだよ?」
梳いてくれたトゥーリに礼を言って、わたしはゆらゆらと揺れる髪飾りを握りつぶさないように持つところに気を付けながら、いつものようにハーフアップにする。凝った髪型をしようと思っても、紐でまとめることができず、するりと解けてしまうので、できない。
「よいしょっと」
飾りが付いていても、やっていることはいつものことなので、すぐに髪を整え終わる。
いつもより簪が重くて、少し首を振ると連なった小花が揺れているのが自分でもわかった。ちょっと楽しくて頭を揺らしていると、トゥーリが手を叩いて喜ぶ。
「わぁ、可愛い! マインの髪の色にすごく似合ってるよ! 動くたびにゆらゆらするのが素敵」
「とても似合ってるわよ、マイン」
「本当にどこのお嬢様だ? 今日の洗礼式ではマインが一番可愛いぞ」
着替え終わった両親も寝室から出てきて、わたしの晴れ姿を褒めちぎる。こんな風に手放しで褒められると嬉しいけれど、ちょっと照れくさい。
「父さん、それ、トゥーリの時も言ってたよ」
「当たり前だ。ウチの娘が一番可愛い」
そう言って父が片腕ずつでトゥーリとわたしを捕まえる。きゃあきゃあ騒いで父の腕から逃れようとするわたしとトゥーリを、父はケラケラ笑いながら逃さないように捕まえ直した。
「きゃー! 髪が崩れる!」
「もう! ふざけるのはそれくらいにして外に行くわよ」
母の言葉に父はパッと手を離したが、もう遅かったようだ。少し息の切れているわたしの髪を見て、母が溜息を吐いた。
「マイン、もう一度整えないと崩れているわ」
「すまん」
肩を竦めて謝る父の姿を笑いながら、わたしは一度簪を抜いて、挿し直す。凝った髪型にできない髪だけれど、癖が付かないので、少し乱れても手櫛ですぐに戻るのだ。
「もう下に集まってきてるみたいだよ」
玄関のドアへと駆けていったトゥーリが大きくドアを開け放って手招きした。階段を下りて井戸の広場に出ると、ご近所の人達がすでにたくさん出てきているのが見える。
「あそこにラルフ達がいるよ。やっぱりルッツもラルフのお下がりだね」
トゥーリが指差す方向を見ると、ルッツがラルフのお下がりの晴れ着を着て、大勢の人に囲まれているのが見えた。わたしはラルフの洗礼式を見ていないので、お下がりかどうかもわからなかったけれど。
ルッツの晴れ着は、白いシャツに白いズボン、そして、水色のサッシュだ。多分、一番上のザシャの洗礼式から使われているのだろう。サッシュも刺繍もザシャに合わせたものだった。
「ルッツ」
「まぁ、マイン!? どうしたの、その衣装!? まるでお金持ちのお嬢様みたいじゃない!」
ルッツのところに行く前にカルラおばさんに捕まった。カルラおばさんの良く響く大きな声に周囲の注目が集まる。
「トゥーリのお下がりなの」
「これがお下がりだって!?」
「そう。肩のところがずるずるだったから、ここでまとめた後、肩紐付けて、脇が余るから生地を寄せて縫って、裾を程よい長さにたくし上げて縫いとめただけの簡単お直しなんだよ」
直し方を簡単に説明していると、わらわらと奥さん方が集まってくる。わたしは同じ年頃の平均よりかなり背が低いから、上の方から腰をかがめるようにして何人もの大人に取り囲まれて見下ろされるとちょっと怖い。思わず背後にいた母のスカートをはしっと握る。
「へぇ、お直しには見えないねぇ。すごく豪華な衣装に見えるよ」
「どれどれ? ふぅん、トゥーリとマインで体格が全然違うからできることだね。ウチじゃあ、無理だ」
「あははは、サッシュがずいぶん豪華だと思ったら、長すぎて二重になってるじゃない」
口々に好きな事を言い出す会話の合い間、合い間で「おめでとう」という祝福が入るが、何かおざなりにされている気がする。
「髪飾りもずいぶん凝ったものを持ってるじゃないか。これ、高いだろう?」
髪飾りとその値段に注目が集まると、母が笑って首を振った。
「自分達で作ったから、お金は別にかかってないのよ。晴れ着をお直ししたから、この子の晴れ着を作ろうと思っていた糸が必要なくなっちゃったんだもの」
「そうなの? ウチの娘も洗礼式の時に買って欲しいって言ってるの。作れるなら作り方教えてくれない?」
「糸を編むための細い細いかぎ針がいるのよ。それがあれば、後は簡単」
まさか、わたしが口を出してできあがったとは思わないのだろう。質問の矛先は全て母に向けられている。母に質問が殺到し始めたので、わたしはそぉっとおばさま方の輪から離れていく。やはりちょっと変わった衣装も髪飾りも注目の的になったようだ。
よし、脱出成功。
ホッと安堵の息を吐いた瞬間、衣装と髪飾りに興味津々の女の子に取り囲まれた。わたしが森に行けるようになるまでに洗礼式を終えたおねえちゃん達で、トゥーリはともかく、わたしはあまり接点がない少し年上の少女達だ。
「きゃあ、ホントに可愛い!」
「見せて、見せて! これ、トゥーリが作ったんでしょ? すごぉい!」
トゥーリと交流があるらしいおねえちゃんが無遠慮に簪をつかんだ瞬間、するりと簪が抜けて、髪が落ちた。
「あ!」
「あ、ご、ごめんね。どうしよう……」
せっかくセットした髪を崩してしまったとおねえちゃんが簪を握りしめたまま青くなる。
わたしは手を差し出して、ニコリと笑った。
「大丈夫。すぐに直せるから」
簪を返してもらって、わたしは髪を整え直す。スッと髪をすくって、簪にくるくると巻き付けて、捻って挿しこむ。
「え? え? 今のどうやったの!? これってただの飾りじゃないの?」
「うふふ、飾りなのに、結えるの。ウチのマインはすごいんだから」
何故かトゥーリが胸を張って答えている。その後は、二重蝶々結びに感心され、衣装のあちこちを摘まんで観察され、それをトゥーリが得意そうに解説し始めた。きゃらきゃらと楽しそうにしているけれど、言ってることややってることはおばちゃん達と変わらない。
その輪も抜け出して、わたしはやっと息を吐いた。普段、これだけ知らない顔に取り囲まれることがないので、どっと疲れた気がする。
休憩できるところを探して、わたしはルッツのところへと向かった。
「ルッツ~」
「お、マイン。やっと母さんから逃れて……」
こっちへ振り向いたルッツがいきなり息を呑んで固まった。
「ん? どうしたの?」
「いや、何でもない。その……」
「どうしたんだ、その衣装? トゥーリの時とずいぶん違うな」
ルッツを押し退けるようにして、ラルフが出てきた。
「トゥーリの晴れ着をお直しした……ひゃあっ! ザシャおにいちゃん、下ろして!」
「マイン、おめでとう。お前はちっこくて可愛いな。ルッツなんてもう生意気で可愛くないのに」
「おめでとう、マイン。その晴れ着、すげぇ似合ってるぞ! でも、お前ホントちっこいな。洗礼式に参加するようには見えないじゃないか」
「わたしだってちょっとは大きくなったんだよ。ジークおにいちゃんにはわからないかもしれないけど!」
癒しを求めてルッツのところに行ったはずが、ルッツの兄達に振り回される。ルッツが血相を変えて、おにいちゃん達を止めてくれた。
「兄貴達、ヤバい! マインの顔色が!」
「おーい、マイン。しっかりしろ。洗礼式はこれからだぞ!?」
ザシャに抱き上げられたまま、へろんと力を抜く。来年には成人するザシャはほとんど大人と同じような安定感がある。
「もう帰りたいよぉ」
「まだ行ってもねぇし」
カランカラン……と神殿の鐘が鳴り響いた。幾重にもこだましながら、街中に広がっていく。洗礼式への出発の合図だ。
同じ井戸を使うご近所さんの中で、今回洗礼式に出るのはわたしとルッツだけだ。わぁっと騒ぐ大人達に取り囲まれた。
「マイン、出発だ! 大通りへ行くぞ!」
父がザシャの腕からグイッとわたしを抱き上げると、先頭に立って大通りへと向かい始めた。ルッツがその後を慌てて追いかけてきて、家族や大人達が後に続いてくるのが父の肩越しに見える。
反対の大通りの方に顔を向けると、トゥーリの洗礼式の時と同じように、あちらこちらの路地から洗礼式へ出る子供達とその家族、そして、見物人が次々と出てきて、大通りの端を埋めていくのが見えた。
「マイン、大丈夫か?」
「ん~、どうだろう?」
遠くの方から、わぁっという歓声が段々近づいてくる。どうやら、行列が近付いてきたようだ。
「神殿に着くまでは休んでいろ」
「そうする。ありがと、父さん」
わたしは神殿まで父に抱き上げられて進むことになっている。行列と同じスピードで歩けないし、行列中にぶっ倒れたら、洗礼式が台無しになってしまうからだ。
白い衣装を着た子供達がぞろっと並んだ後ろに、家族が付き従う形になるので、父は子供の最後尾で親の最前列という位置を狙っているらしい。ただ、その位置にルッツが一緒に来ると、埋もれて人以外見えなくなる可能性が高い。
「ルッツは前に行っても良いぞ?」
「いや、離れたら神殿のところで探すことになるんだから、一緒にいるよ」
「じゃあ、せめてルッツは端の方を歩く? ベンノさんのお店辺りが見えるように」
「……そうする」
行列が目の前を通っていく。わたしは父に抱き上げられたまま、ルッツと行列に加わった。視点が高いので、行列に埋もれていたトゥーリの洗礼式の時と違って、周囲がよく見える。
大通りの両脇から人々が大きく手を振ったり、ピュイッと高く響く口笛を吹いたりして祝福してくれている。大通りに面した建物の窓は大きく開け放たれていて、鈴生りの人々が口々にお祝いの言葉を振らせてくれる。
行列の子供達ははちきれんばかりの誇らしそうな笑顔で沿道の人々や、窓からのぞいて散る人々に手を振り返しているのが見えた。
「マインもちゃんと手を振り返すんだ。ありがとう、というお返しだからな」
「そうなんだ」
父に指摘されたので、しがみついていた手を片方放して、笑顔で手を振る。お手本として思い浮かんだのは、穏やかな笑顔で歓声に応える皇室の人々だった。
そう、あんな感じで! 上品に!
決心したところで、いきなりできるような笑顔とお手振りではないが、お手本が決まればできるだけ真似してみればいい。どうせ、この街で「皇室の真似っこかよ!?」なんて言われて笑われることはない。
なるべく穏やかな笑顔を作って、あくまでも上品に優雅にゆっくりと手を振ってみた。
うわぁ、指差されてるし、なんか注目されてる!?
父に抱き上げられているせいで目立っているのか、やたらと注目されているような気がする。みんな行列を見ているので、わたしだけが注目されているということはないのだろうけれど。
「マイン、腕がだるいから反対にするぞ」
「うん」
中央広場で他の通りから来る行列を待っている間に体勢を変える。
ここで合流するまではトゥーリの洗礼式の時にも見た。中央広場で集まった後、城壁の手前にある神殿に向かって歩いて行くのだ。
中央広場から見える神殿は白っぽい石造りの建物で、外壁より高い城壁と同じだけの高さがある建物だ。大きくて立派な建物だけれど、高い位置に細く長い窓が並んでいたり、城壁から張り出すように建っていたりする位置関係から、もしかしたら、元々は砦や城壁の一部として使われていたのではないかと思う。
うーん、でも、兵士が使っていたような建物を宗教に使うかな? 戦時の救護に宗教関係者も出ていたはずだけれど、日常的に使う宗教施設なら、お布施というか、寄付というか、信者から巻き上げたお金で建てるはずだし……。
わたしの考える基準はどうしても日本での知識に限られるので、いくら考えても正解であるとは限らない。ただ、今まで注目しなかった神殿という施設について、建築様式や見た目で似たようなものがなかったか、考えを巡らせることが楽しいだけだ。
合流したので、神殿に向かって歩いて行く。この辺りから、街道に出ている人や加わってくる子供達の衣装が目に見えて変わってきた。お金がかかっていることがわかる生地、基本は白だが裾にはふんだんに刺繍がされている。
少し歩くとベンノの店が見えてきた。ベンノ、マルク、オットー、コリンナの四人を取り巻くように見覚えのある顔が店の前に並んでいる。
「ルッツ、ベンノさんとマルクさんが見える。オットーさんやコリンナさんまでお祝いに店の前まで出てくれてるよ」
「マジか?」
父と同じ目線から周囲が見えるわたしと違って、ルッツは行列の中なので、まだベンノの店は見えないようだ。
ルッツがやっとベンノの店を見つけて笑顔で手を振り始めた時、スッと手を上げたマルクの動作に合わせて、従業員が声を張り上げた。
「ルッツ、マイン、おめでとう!」
あまりにも目立ってビックリしたが、みんなでお祝いしてくれる気持ちが嬉しくて、わたしとルッツは大きく手を振った。気分が高揚しすぎて、皇室らしさなんてもう欠片も残っていない。
ニコリと笑ったオットーが左手でコリンナの肩を抱いて、右手を振ってくれる。コリンナも柔和な笑顔で手を振ってくれた。
「神殿の帰りに寄って、お礼を言おうな」
わたしと同じくらい嬉しそうな父が、傍らを歩くルッツの頭をガシガシ撫でながらそう言う。もちろんわたしとルッツは大きく頷いた。
「おい、マイン。旦那様、呆れた顔してないか?」
「やっぱりルッツにもそう見える?」
満面の笑みで手を振ってくれる従業員の中で、ただ一人、ベンノだけはこちらを見ながら、こめかみを押さえて眉を寄せている。
うーん、ベンノさんったら、なんで余計な事をしちゃった時と同じような顔をしてるんでしょうね? わたし、今日はまだ何もしてないよ?
いよいよ神殿が近付いてきた。遠目には白い大きな建物だった神殿の細部がだんだんはっきりと見えてくる。壁にはレリーフがずらりと並び、入口の両脇には4体ずつ石像が並んでいる。ここの神様の像なのか、ただの飾りなのか、わたしには判別できない。
行列が神殿に入っていくのを視界の端に捉えながら、フリーダの家の前を通る。ギルド長とその家族が総出で大通りを陣取っているのが見える。イルゼやユッテの姿まであった。
「おめでとう、マイン!」
「ありがとう」
知っている人がこうして祝ってくれるのが嬉しくて、わたしは手を振りながら大きな声で呼びかけた。
「フリーダ!」
ギルド長が父に対抗するようにフリーダを抱き上げた。驚いたような顔をしていたフリーダが笑って手を振り返してくれる。
「マイン、素敵よ」
フリーダの声が周囲の歓声の中、小さく聞こえた。
神殿に入る数段の階段の手前に仁王立ちしている門番らしき存在が見える。青を基調とした服に簡略化した鎧を付けている。細かい装飾が見え、よく磨きこまれて光っている鎧や艶のある綺麗な青の衣装から、彼らもまた儀式用の恰好をしているのがわかった。
大人の身長の倍以上ある大きな両開きのドアのようなぶ厚い木製の門にも細かい彫刻や細工がされている。完全に開け放たれていている門をくぐりぬけると、白い石畳の広場が横に長く広がっていた。
目の前に5階建てくらいの大きな建物があり、両側に少し小さな3階建ての建物があり、全て渡り廊下で繋がっている。どの建物も全て同じ白い石でできていて、真ん中の建物だけが彫刻やレリーフで飾られていた。
「さぁ、親はここまでだ。ルッツ、悪いがマインを頼む」
「あぁ、任せとけ」
父に下ろされて、わたしはルッツと手を繋いで、大きく開かれたドアに向かって行列の最後尾を歩く。
あんなに興奮して大騒ぎしていた子供達も神殿に入っていく過程で口を噤んでいき、少しずつ喧騒の音量が下がっていく。
「なぁ、マイン」
ルッツの呼びかけが思ったよりよく響いた。
わたしはルッツを見て、声をひそめて「何?」と聞き返せば、ルッツが内緒話をするように、耳元に顔を寄せてくる。前に向いて、耳を澄ませば、ルッツが声をひそめて囁いた。
「その服も髪飾りもすっげぇ似合う。可愛くてビックリした」
みんなが褒めちぎる中で言われたら、普通の笑顔で「ありがとう」と返せたのに、こんな神殿に入る直前で、ぼそっと囁かれたら反応に困る。
「え? え? 何、急に……」
思わずルッツを見上げると、ルッツはわだかまりが解けたような、実にすっきりした笑顔をしていた。
「兄貴達にとられて言い損なったから、いないところで言おうと思ったんだ」
「あ、そ、そうだっけ? うん、ありがと」
跳ねた心臓を片手で押さえながら、わたしはルッツと手を繋いだまま神殿に入っていく。
最後尾だったので、声は聞こえなくてもやりとりは広場に丸見えだったようだ。広場にいた大人達が手を繋いだまま神殿に入っていくわたし達を見て、「まぁ、可愛い。小さな結婚式みたいね」と騒ぎ、父が歯ぎしりしながら見送っていたことをわたしが知るのは、洗礼式の後だった。