Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (656)
ランツェナーヴェの者達の扱いと褒賞
「新しいツェントが決まったので、今後についてお話をいたしましょう。ジギスヴァルト王子も席に着いてくださいませ。境界線の引き直しや新しい領地についてのお話もするのに、アウブに着任するジギスヴァルト王子が縛られたままでは困るでしょう?」
「女神の化身に対してあのような態度を取ったジギスヴァルト王子を廃領地の新たなアウブに据えるとおっしゃるのですか? 本当によろしいのですか、ローゼマイン様?」
トラオクヴァールがわたしと、そして、隣に座っているフェルディナンドに確認するような視線を送る。わたしはニコリと微笑んで頷いた。
「ジギスヴァルト王子は王族です。女神の御力を宿しているとはいえ、領主一族のわたくしへの対応だと考えれば罰されるようなことではありません。それに、今、ジギスヴァルト王子が罰されると二人の妻にも累が及ぶ可能性もございます」
……これ以上ジギスヴァルト王子の関係で奥様方が苦労するのも可哀想だからね。
ジギスヴァルトがこんなところで罪に問われたら、次期ツェントの妻からアウブの妻に格が落ちるアドルフィーネ達の未来が更に暗くなる。二人の妻がジギスヴァルトへの教育を頑張ってくれることを期待したい。
「上位の者への恭順を知らないジギスヴァルト王子に廃領地のアウブは少し荷が勝ちすぎではございませんか?」
アドルフィーネがとても心配そうな顔になってそう言った。
「今回の騒動における王族の罪をなるべく隠す方向でグルトリスハイトを与えるとお約束いたしました。それに、ジギスヴァルト王子はグルトリスハイトを得るためには不適格でしたが、罪があるわけではないのです」
「そうですね……」
アドルフィーネが少し顔を上げて、わたしを見つめる。琥珀の瞳が何か探るように見えるのは気のせいだろうか。エグランティーヌがツェントに立候補した時のように、アドルフィーネも何か静かに考えている気配を感じながら、わたしはジギスヴァルト王子へ視線を移した。
「ジギスヴァルト王子がこれから先アウブになった後に問題を起こした場合は、新たなツェントから相応の罰や処分が下るはずです。いきなり意識を切り替えるのは難しいと存じますが、早急にアウブとしての振る舞いを身につけてくださることを期待しましょう」
「本当にローゼマイン様は慈悲深いこと」
王族からはそんな声が上がり、トラオクヴァールは「ローゼマイン様のご慈悲に感謝せよ」と言いながらジギスヴァルトの縛めを解く。完全に自分の存在が皆の意識に上がらないまま、どんどんと話が進んでいく現状に、ジギスヴァルトは己の立場が次期ツェントや王族から外れたことを実感したらしい。わたしにお礼の言葉を丁寧に述べながら座り直した。
……別に慈悲じゃないんだけどね。
わたしは胸の中でそっと呟いた。ジギスヴァルトの縛めを解いたのは、中央が抱えている廃領地のアウブになってくれる者がいなくなると、フェルディナンドの計画が狂うからだ。その穴を埋めるために計画の練り直しをすると、わたしの図書館都市計画は更に遠のいてしまう。わたしはできるだけ早く今回の王族との話し合いやグルトリスハイトの授与を終わらせて自分の記憶を取り戻したいし、図書館都市計画を進めたいのである。
「お披露目についても決めましょう。今、各領地から情報を求めて貴族達が集まってきているので、エグランティーヌ様は至急名捧げの石を作ってくださいませ。名捧げの石ができ次第、グルトリスハイトを贈り、承認の儀式を行います」
あちらこちらの領地からアウブが集まってきている今ならば、承認式を行うことができるはずだ。
「それほど急がなくても、メスティオノーラの化身よりグルトリスハイトを賜ることが決まったことだけをアウブ達に告げ、儀式自体は領主会議の時でよろしいのではございませんか? 講堂などの準備が間に合わないと思いますけれど……」
エグランティーヌの言葉にフェルディナンドが厳しい顔で首を横に振った。
「ローゼマインの女神の御力を領主会議の時期まで残せません。女神の御力の影響を深く受けているローゼマインは、現在アウブ・アーレンスバッハとしての行動が不可能になっています。このままでは領主会議に参加するために必要なブローチの作成もできないのです。儀式の準備は奉納舞を行う舞台と祭壇が整っていれば十分でしょう。そこは中央の文官と中央神殿の者達をアナスタージウス王子に率いていただきます」
エグランティーヌが中央神殿の神殿長になるのだから、今は夫であるアナスタージウスが補佐すればよいとフェルディナンドが告げる。アナスタージウスが「私がまた中央神殿へ出向くのか……」と眉をひそめた。
「去年の領主会議ではローゼマインを神殿長にするという提案を耳にしました。ならば、エグランティーヌ様やアナスタージウス王子にできないはずがございません」
フェルディナンドの言葉にエグランティーヌとアナスタージウスの視線がジギスヴァルトへ向かった。発案者、もしくは、それを推し進めようとしていた王族が誰だったのか、それだけでわかる。
「エグランティーヌ様がツェントになった後は中央神殿を解体して貴族院内に移します。御自身が立ち入ることができる神殿に整えてください。ツェントとなったエグランティーヌ様が中央神殿の神殿長となり、貴族院で神殿を運営する様子は他領の手本になるでしょう」
隠していてもわかる王族の神殿に対する忌避感を「自分達で作り替えろ」とフェルディナンドは綺麗に流す。わたしとフェルディナンドも前神殿長がいなくなってから自分達の手で変えていったのだから、ツェントという権力者にできないはずがない。
「大丈夫ですよ、アナスタージウス王子。それほど心配しなくてもどのアウブもすぐに神殿の改革に必死になります。神殿に出入りすることを蔑まれるとしても最初の内だけです」
領主会議で礎の位置や聖典の役割について周知するつもりなので、エグランティーヌが中央神殿へ出入りしたところでそれほど長い間蔑まれるようなことにはならないと思う。
「ついでと言っては何ですが、中央神殿へ行った時には神殿の解体と移動について神官達に連絡しておいてください。政変後に各領地からかき集めた青色神官や青色巫女は、領主会議でアウブ達の希望があれば領地へ戻します。下働きを行う灰色神官はまだしも、これからお祈りをする者が増える貴族院の神殿にはそれほど多くの青色神官や青色巫女は必要ありませんから」
どの領地も魔力的には不足しているはずなので、青色神官や青色巫女を引き取ることを拒むアウブは少ないと思う。中央の経費削減にも繋がるはずだ。
「貴族院へツェントの住まいを移せと簡単に言うが、貴族院に住めるところなどないではないか」
アナスタージウスが嫌な顔をすると、フェルディナンドが「ございます」と微笑んだ。
「王の養女となるはずだったローゼマインが入る予定だった離宮は、中央ではなく貴族院にございます。しばらくはそちらを住まいとすれば良いのではありませんか? 家具や内装は王族の姫に相応しい品質の物が揃っています」
「フェルディナンド、其方……」
フェルディナンドが有無を言わせないように笑みを深める。アナスタージウスが奥歯を食いしばり、エグランティーヌがよくわからないというように目を瞬いた。わたしは真っ青になっている王族の男性陣を見ながらニコリと微笑んだ。
「今は罪人達を閉じ込めていますが、中央の牢へ移動させれば問題ないでしょう。トラオクヴァール様やジギスヴァルト王子がわたくしのために準備してくださった離宮ですもの。ユルゲンシュミットを支える魔力に余裕ができて、自分達の住まいをエントヴィッケルンで整えることができるまでの仮住まいならば十分だと思いますよ。それよりもエグランティーヌ様には早急に礎を染めていただく必要がございます」
領主会議の時にはツェントになっていなければ、境界線の引き直しや罪人の処分を行うことができない。ツェントが礎を染めていない状態では、たとえグルトリスハイトを得たとしてもできないことが多すぎる。
「今回の首謀者であるジェルヴァージオがギレッセンマイアーの国境門に閉じ込められています。回収に行ってもらわなければなりません」
「国境門へ移動できるローゼマイン様が捕らえてくるのではないのですか?」
丁寧な口調でわたしに向かって言いながらアナスタージウスがフェルディナンドを睨んだ。これ以上こちらへ仕事を振るな、と言いたいことがよくわかる表情だ。
「今のわたくしは不用意に外へ出ることが禁じられています。……その、この通り、銀色の布がなければどうなるかわかりませんから……」
「ローゼマインが外出できないことに加えて、今回の騒動でエグランティーヌ様には何の功績もございません。首謀者くらいは捕らえた方が良いのではありませんか? ジェルヴァージオのシュタープはすでに封じていますし、三日ほど放置しているので多少弱っていると思います。回復薬の品質によってはあと一週間ほど元気である可能性もあるので、捕らえる時には騎士を十名ほど連れていくことをお勧めします」
祭壇の上で戦っていた時に即死毒を出したことからも、見知らぬランツェナーヴェの道具を持っている可能性もある。転移した瞬間に攻撃されるかもしれないとフェルディナンドが注意する。
「処罰するのに首謀者の記憶が必要ではないならば、放置するのも一つの手段です。エアヴェルミーン様に禁じられたので直接手を下すことはできませんが、自然と死ぬのを待つことは可能ですから」
記憶を見ることはできなくなるけれど、餓死させるのも一つの方法だとフェルディナンドは素っ気なく言った。よほどジェルヴァージオには思うところがあるらしい。
「ただ、ジェルヴァージオの記憶を探るのであれば、グルトリスハイトに関することがたくさん出てくるはずなので、騎士に任せるのではなくツェントになったエグランティーヌ様が探るのが望ましいと存じます」
ユルゲンシュミットのツェントとして知っておかなければならないことが大量にあるはずだ、とフェルディナンドは言う。
「待て、フェルディナンド。いくら何でもランツェナーヴェの者達に関する記憶はエグランティーヌに重すぎる」
「ツェントという立場が軽いわけがないでしょう。それを共に背負うことが伴侶の役目であって、ツェントの重みから逃れるように唆すことではありません、アナスタージウス王子」
逃げるな、とフェルディナンドから睨まれた二人がコクリと息を呑んだ。トラオクヴァールが申し訳なさそうに視線を下げる。
「では、ジェルヴァージオ以外の罪人の扱いについてですけれど……」
わたしが切り出すとフェルディナンドが立ち上がり、布に包まれた一枚の登録メダルをエグランティーヌに差し出す。
「こちらは中央神殿から回収してまいりました。現在のランツェナーヴェ王のメダルです。新しくツェントになられるエグランティーヌ様に破棄をお願いいたします」
「あら、ランツェナーヴェとの交渉はなさいませんの?」
エグランティーヌは登録メダルを受け取りながら首を傾げる。ランツェナーヴェに賠償を求め、ランツェナーヴェに非があることをアウブ達に知らしめた方が良いのではないか、と言う。
「ランツェナーヴェの者達はユルゲンシュミットの貴族を同じ人間ではなく、魔力を得るための手段と考えているようです。魔力封じるための道具や即死毒などの開発も進んでいるという証言もありました。賠償を得るどころか、使節団がそのまま全員捕らえられたり、魔石を得るために殺されたりする可能性が非常に高いことを考慮した上で、派遣を決定してください。アーレンスバッハでランツェナーヴェの者達に接してきた私としては、国境門を閉ざした上で放置するのが最善だと考えています」
フェルディナンドの言葉に王族の顔が引きつった。彼等はトルークによって中央の貴族達を滅茶苦茶にされたが、即死毒やそれ以外の道具を使われてはいない。ランツェナーヴェの危険性をよく知らなかったようだ。
「色々な危険性を考えた結果、わたくしはアーレンスバッハからランツェナーヴェへの使者を出すつもりはございませんし、国境門を開閉する気もありません。もし、国境門を開くならば別の場所にしたいと考えています。もちろん、エグランティーヌ様がお望みであれば中央で使節団を整えてランツェナーヴェへ送ることに反対しませんし、その際はアーレンスバッハで回収している彼等の船を有料で貸与いたしますよ」
無料でないのは、戻ってこない可能性の方が高いからだ。それに、アーレンスバッハを図書館都市にするためにはいくらお金があってもいい。
「つまり、ランツェナーヴェの捕虜を帰らせることは考えていらっしゃらないのですか? 治安や経費の面から考えると、あまり多くの者がいても困ると思うのですが……」
ジギスヴァルトの言葉にわたしはゆっくりと首を横に振った。わたしとしては帰らせても構わないのだが、それは神々の理に反する行為だ。
「助けを求めてきた者の受け入れを拒むことは許さないとエアヴェルミーン様はおっしゃいました。……受け入れた後は人の理によって扱っても構わないそうですが、ユルゲンシュミットまでやってきてシュタープを得ようと奮闘したランツェナーヴェの者達をわたくし達の勝手な判断で追放してはならないのです」
ユルゲンシュミットの始まりとエアヴェルミーンの贖罪など神々の理と人の理の違いについて話をすると、皆がゆっくりと息を吐いた。
「我々が貴族院で捕らえたアーレンスバッハの罪人及びランツェナーヴェの者達の処分は、王族に行っていただくのが適当だと考えています。彼等の罪はアーレンスバッハで裁ける範囲を超えています」
フェルディナンドがそう言って王族をゆっくりと見回した。ランツェナーヴェの者達に侵入された王族の罪を少しでも隠蔽するためには、王族が共に戦った部分を誇張し、罪人を全て捕らえたことを周知しなければならない。
処罰などについて話をするのは気分の良いものではないけれど、決めてしまわなければならないことだ。わたしは背筋を伸ばして口を開く。
「政変であれだけたくさんの処刑を行ったにもかかわらず、外患誘致の上、実際に貴族院へ攻め入っていた者達が処刑されないのでは、負け組領地の貴族達の不満が非常に大きくなると思われます。神々によって処刑が禁じられている現状で、他領のアウブを納得させられるくらいの重い処罰を科す必要もあります。二度と彼等が貴族として扱われることはないということを内外に示すため、わたくしが領地外でメダルの破棄を行いたいと思いますが、異議のある方はいらっしゃいますか?」
シュタープを得たランツェナーヴェの者達がアーレンスバッハの貴族として登録されていることや、アーレンスバッハでメダルの破棄を行えば命を奪うことなく貴族としての資格を剥奪できることなどをフェルディナンドが述べる。誰からも反論は特に出なかった。
「罪人達にはユルゲンシュミットの各地で魔力を注いでもらうつもりです。どの土地に何人の罪人を向かわせるかについては、トラオクヴァール様とダンケルフェルガーが中心になって話し合い、新たなツェントになるエグランティーヌ様が最終的に判断してください」
王族がどのような処罰を下すのか、監視にダンケルフェルガーを付けることで、これから先のダンケルフェルガーの発言力を強化し、クラッセンブルクの横槍を防ぐことができるとフェルディナンドは考えているらしい。
「確かに承りました」
トラオクヴァールが粛々と受け入れた。
中央へ罪人の処罰という面倒な仕事を丸投げできたことで、わたしがアウブとして行わなければならない仕事はメダルの破棄と、実際にアーレンスバッハで暴れていたランツェナーヴェの兵士達の処罰だけになった。気が重い仕事の大半が減ったことに安堵の息が漏れる。
「エグランティーヌ様がツェントになった後の領地の境界線とトラオクヴァール様やジギスヴァルト王子が新しくアウブになる土地などについてのお話もしなければなりませんね」
わたしがそう言うと、フェルディナンドがシュタープを出して魔力で地図を描き始めた。
「本来のツェントが治めなければならないのは、中央の中でも貴族院のある中心の部分だけです。ツェントの魔力負担を少しでも減らすために、長い歴史の中で、中央の離宮で王族が生活できるように拡大されていった辺り一帯を削ります。そして、アーレンスバッハが管理していた旧ベルケシュトックと旧シャルファー領と中央の一部を一つの領地にまとめてトラオクヴァール様に、旧トロストヴェークと中央の一部をジギスヴァルト王子に治めていただきます」
わたしはフェルディナンドの描いた地図を指差しながら、境界線の変更について話をすると、説明に合わせてフェルディナンドが新しい境界線を引き直していく。旧ベルケシュトックの北側にある旧シャルファーがまとめられた。
「先の政変で勝ち組に与えられた領地も境界線を引き直し、それぞれのアウブが自分の土地として治められるようにしなければなりませんね。旧ベルケシュトックの半分はダンケルフェルガーが治めてきました。境界線を引き直して治めることもできますし、もっと土地が必要であれば広げることも、不要な土地であれば手放すことも可能ですけれど?」
今回の功労者であるダンケルフェルガーに意見を問うと、アウブ夫妻は境界線を引き直し、そのまま治めることを選択した。クラッセンブルクもそのまま旧ザウスガースを治めていくことになるだろうとエグランティーヌが発言したことで、クラッセンブルクとまとめることで決定した。
「アウブ・ダンケルフェルガー。わたくし、新しいツェントとして、今回の功績に褒賞を与えなければならないと考えています。ダンケルフェルガーは何を望みますか? 土地を望むのであれば、この地図に書き込まなくてはなりません」
エグランティーヌが地図を示しながら問いかけると、アウブではなく第一夫人が少し考えて口を開いた。
「ダンケルフェルガーにこれ以上の土地は必要ございません。代わりに、エグランティーヌ様がツェントに立たれた後、クラッセンブルク以上の発言力をいただきたいと思います。エグランティーヌ様の治世の間、クラッセンブルクの順位をダンケルフェルガーの下位に置くことを望みます」
今回の件で全く功績を上げていないにもかかわらず、エグランティーヌがツェントに立てばクラッセンブルクの発言力が強まってしまう。それを抑えることを望む、とダンケルフェルガーの第一夫人が望んだ。
「わたくしにグルトリスハイトを与えてくださり、ツェントに押し上げてくださるのはローゼマイン様が率いる新しいアーレンスバッハ、ダンケルフェルガー、エーレンフェストですもの。クラッセンブルクより優遇するのは当然です。わたくし、アウブ・クラッセンブルクから自分を引き立ててくれる者への心配りを忘れてはならないと教えられて育ちましたから」
エグランティーヌがおっとりと微笑んで了承し、エーレンフェストにも望みを問いかける。
「エーレンフェストは順位を上げるのも、土地を広げるのも望んでいないと耳にしていますけれど、褒賞として望む物がございますか?」
「女神の化身としてグルトリスハイトをもたらすローゼマインを、これからアウブになるトラオクヴァール様と養子縁組をさせませんが、その承認とローゼマインが養子縁組をした場合に与えられるはずだったエーレンフェストの利を全ていただきたく存じます」
子供に与えられる魔術具や結婚時の取り決めなどをそのままにしてほしい、と養父様が望む。
「女神の化身との養子縁組など、恐れ多いことはできません」
トラオクヴァールもわたしとの養子縁組を行うつもりはないことを宣言し、エグランティーヌがコクリと頷いた。
「ローゼマイン様は何か望みがございますか?」
「わたくしは図書館都市計画にぜひ協力していただきたいです。具体的にはわたくしがユルゲンシュミットで印刷業を広げた時には納本制度を全ての領地で適用するように命じてくださいませ」
「……それでよろしいのでしょうか?」
エグランティーヌが不安そうにフェルディナンドに視線を向けた。わたしに望みを尋ねているのに、何故フェルディナンドに可否を問うのか。解せぬ。
「ローゼマインの望みはそれで良いでしょう。各領地に図書館を建設させ、人を移動させるツェントの転移陣を設置して行き来を自由にできるようにしたいと言い出さなかっただけ、少しは分別が残っているようです」
最終的には自由に行き来できるようになってほしいけれど、今の段階で難しいことはわかっている。色々と怒られた記憶があるし、わたしだって女神の化身として要求しても良いことと悪いことを少しは弁えているつもりだ。
「私としては領主会議において、アーレンスバッハの改名と新しい領地の色の選定、ローゼマインのアウブの承認を行ってほしいと思っています」
「お二人の望みは理解いたしました。エーレンフェストを二つ作るわけにはまいりませんから、どのような名を付けるのか考えておいてくださいませ」
礎を奪った場合は領主の家名を新しい領地に付けることがほとんどだが、養女であるわたしの場合、エーレンフェストが二つになってしまう。わたしが新しい名前を考えても良いらしい。
……どんな名前がいいかな?
図書館都市に相応しい名前がいいと思う。わたしが内心わくわくしていると、アドルフィーネがそっと手を挙げた。
「褒章のお話が一段落したようですが、わたくしが発言してもよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろんです」
アドルフィーネが琥珀の瞳でトラオクヴァールとジギスヴァルトを見て、わたしに微笑みかけた。
「本来は王族内で話し合う事柄であることは重々承知しています。けれど、わたくしは次期ツェントとドレヴァンヒェルを繋ぐためにジギスヴァルト王子に嫁ぎました。ジギスヴァルト王子が次期ツェントという立場を失うことになり、契約違反に抵触する可能性が出てまいりました」
「契約違反、ですか?」
「はい。ジギスヴァルト王子がアウブになるのであれば、ドレヴァンヒェルとわたくしの利が消え、婚姻時の契約に反します。これはジギスヴァルト王子だけの責任ではございません。光の女神に罰されることがないように、英知の女神に少しお知恵を貸していただきたく存じます」
アドルフィーネの望むことがいまいちよくわからなくて、わたしは首を傾げた。理解できてないことを察したフェルディナンドがこめかみを叩きながら通訳してくれる。
「ジギスヴァルト王子をアウブにするのであれば、アドルフィーネ様が嫁がれることでドレヴァンヒェルが得るはずだった利益を保証するか、離婚を認めてほしいということですか?」
「えぇ、わたくし達の星結びを行ったローゼマイン様に認めていただきたいのです」
アドルフィーネがニコリと笑った。共同研究を推し進めてくる時のグンドルフとよく似た目だと思った。