Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (657)
アドルフィーネの相談と儀式の準備
「ジギスヴァルト王子とアドルフィーネ様の婚姻に伴うドレヴァンヒェルの利益をローゼマインが保証する義務はありません。それに関しては王族内で話し合ってください」
フェルディナンドが断ると、アドルフィーネは「存じています」と微笑んだ。
「けれど、話し合いの前提にはローゼマイン様も関係がございます。先の政変の後、クラッセンブルクとダンケルフェルガーは褒美としてそれぞれ隣の土地を得ました。隣接する場所に得られる土地がなかったドレヴァンヒェルは、上級貴族を中央へ多く送り込むことで影響力を増すことになったのです」
境界線で区切られている土地を管理するクラッセンブルクやダンケルフェルガーも大変だったが、減った中央貴族の穴を埋めるために大人数の上級貴族を差し出したドレヴァンヒェルも内情は大変なことになっていたらしい。
「今、クラッセンブルクとダンケルフェルガーは境界線の引き直しを行い、管理してきた土地を自領の物とすることが決まりました。では、中央の土地を削り、中央神殿を貴族院へ移動した後の中央貴族の扱いはどのような形になるのでしょうか?」
ドレヴァンヒェルが勝ち組として得た利益は、クラッセンブルクやダンケルフェルガーと同じように保証されるのかと尋ねるアドルフィーネに、フェルディナンドが少し難しい顔になった。
「ツェントの貴族院移動や王族のアウブ就任に伴って、王族の側近達以外の中央貴族は一旦それぞれの領地に戻す予定です。その後、各領地から中央に貴族が派遣されるのは同じですが、中央貴族として採用するか否かはエグランティーヌ様とアナスタージウス王子に決定権が委ねられます。また、これから先、中央貴族には各領地の寮を住まいとして使っていただきます」
フェルディナンドの説明を聞いたアドルフィーネは、その展開を予想していたようで「青色神官達を戻すのですから、中央貴族も各領地に一度戻すのではないかと考えたのです」とゆっくりと頷く。
「新しいツェントが新しく自分達の周囲に置く者を選択することにも、負担を減らすために中央貴族を各領地の寮で住まわせることにもわたくしは反対しません。けれど、それではクラッセンブルクやダンケルフェルガーと違って、ドレヴァンヒェルはわたくしの婚姻によってもたらされるはずだった利益だけではなく、政変の時に得たはずの利益も失うということです」
それらの情報を基にドレヴァンヒェルと話をする、とアドルフィーネが何度か頷く。その様子を見て、わたしは思わず口を開いた。
「……アドルフィーネ様の状況は理解いたしました。エグランティーヌ様、トラオクヴァール様、ジギスヴァルト王子。どうかドレヴァンヒェルの利益についてもご考慮くださいませ」
「ローゼマイン、君が口を出すことではない」
今のわたしが口添えをすれば命令に等しくなる、とフェルディナンドに軽く睨まれたけれど、全く後悔はしていない。
「差し出がましいことは存じています。けれど、アドルフィーネ様の焦りや必死さには共感します。口添えくらいは許してくださいませ」
今のアドルフィーネの状況は、わたしがトラオクヴァールと養子縁組をしたのに、エーレンフェストへ与えられるはずだった利益が全てご破算になったようなものだ。わたしだったら絶対に「そんなの契約違反だ」と怒るし、ツェントの養女になったはずが廃領地のアウブの養女に格下げになった上にエーレンフェストへ利益をもたらすどころか、エーレンフェストに協力を頼んで負担をかけなければならない状況になるのであれば養子離縁を考えるだろう。
……養子縁組と違って婚姻の場合は女性の名誉にも大きく関わるから事情が変わるだろうけどね……。
「アドルフィーネ様は政略結婚ですし、状況は理解しました。けれど、ここで今すぐに離婚を決めるのはどうでしょう? 領地の思惑やご自身の将来に大きく関わるのですから早急に決めることではないと思いますが……」
ジギスヴァルトとアドルフィーネの婚姻は、ドレヴァンヒェルと王族、ユルゲンシュミットにおける領地の力関係を考えた結果だったはずだ。アドルフィーネの意見だけを呑んで、離婚を決めるわけにはいかないと思う。
「もちろんこの場で今すぐに決めるわけではございません。ドレヴァンヒェルの両親や王族の皆様と話し合い、トラオクヴァール様やジギスヴァルト王子がアウブに就任する領主会議までに結論を出すつもりでございます。……ただ、わたくしの星結びは古の儀式として行われました。ならば、離婚にも古の儀式が必要ではないかと考えたのです」
普通に離婚できるのであれば問題ないけれど、今まで誰も見たことがないような古の儀式によって結ばれた夫婦が今までと同じ離婚方法で離婚できるかどうかをアドルフィーネは尋ねたいそうだ。一応結婚一年目の新婚夫婦のはずだが、どう聞いても離婚が前提である。
……うーん、こんなものなのかなぁ……。
政略結婚は前提が崩れればそれまでなのだろうか。せっかく夫婦になったのだから、もうちょっと助け合うなり何なりしてほしいと思ってしまう。けれど、それはどのような契約で結婚に至ったのか知らない他人のわたしが口を出すことではない。
「少々お待ちくださいませ。調べてみます。……グルトリスハイト」
わたしはメスティオノーラの書を出して、離婚について調べてみることにした。検索している間、ジギスヴァルトが離婚を切り出したアドルフィーネに話しかけているのが見える。どうやらジギスヴァルトは離婚したくないらしい。
「アドルフィーネ、私は貴女がそれほど王族としての立場に執着しているとは思いませんでした。一年近く夫婦として過ごしてきたではありませんか」
情が薄いと詰る響きを含んだジギスヴァルトの言葉に、アドルフィーネが不思議そうに目を瞬かせた。
「政略結婚なのですから、王族としての立場を得ることが前提ではありませんか。そもそもわたくし達が夫婦だったことがございますか?」
「私達は最高神の祝福を得た夫婦ではありませんか。それに、まだ成人したばかりの貴女が離婚ということになれば将来はどうなりますか? 再婚もできず、ドレヴァンヒェルにいることになります」
ジギスヴァルトにそう言われて、アドルフィーネはとても困った表情になった。多分、話がずれているのだと思う。けれど、夫婦の事情や状況はこのような公の場で話すようなことではない。
何かを言いかけて口を開いたアドルフィーネが、ジギスヴァルトに対する説明を諦めたような笑顔を浮かべる。けれど、離婚の意思を翻そうとはしなかった。
「ジギスヴァルト王子、時の女神 ドレッファングーアの糸が見えた時にそれを手に取らぬ者はいません。リーベスクヒルフェさえ、その誘惑には抗えないのです」
アドルフィーネに離婚の意思が固く、両家の話し合いで決めるならばわたしが口を出すようなことではない。わたしはメスティオノーラの書から顔を上げて、アドルフィーネとジギスヴァルトを見た。
「アドルフィーネ様、調べたところ、これまでの離婚手続きと同じようにすれば離婚はできるようです。……ただし、これから先、ジギスヴァルト王子もアドルフィーネ様も最高神の祝福を得にくくなるようです」
普通にお祈りした場合に比べて半分くらいしか得られなくなるらしい。
「恐れ入ります、ローゼマイン様。助かりました。わたくしのためにお時間を割いてくださってありがとう存じます」
アドルフィーネはホッとしたように微笑んだ。最高神の祝福が減ることを告げても、アドルフィーネの琥珀色の瞳に変化はない。決意は硬そうだ。離婚方法に違いがないことを知ったアドルフィーネは、エグランティーヌやトラオクヴァールにドレヴァンヒェルとの話し合いの場を設ける約束を即座に取り付けた。優秀だ。
アドルフィーネが質問を終えて引っ込んだのを見て、フェルディナンドが口を開く。
「では、三日もあれば名捧げの石はできるので、余裕を見て四日後にグルトリスハイトの継承式と新しいツェントのお披露目を行うということでよろしいですか? 他の儀式同様に三の鐘で開始します」
「四日後ですか!?」
エグランティーヌが驚いた声を上げたけれど、わたしはフェルディナンドの言葉に同意する。かなり余裕のあるスケジュールだ。フェルディナンドにしてはずいぶん優しいと思う。
「素材さえあれば名捧げの石を作るのは、王族であるエグランティーヌ様にとってそれほど大変ではありませんもの。採集場所を癒す祝詞や方法も前の領主会議で教えていますから、素材採集もそれほど難しくはありませんし、二日もあれば十分ですよ」
「名捧げの石を作るだけならば二日で十分だが、それでは儀式の準備の方が間に合わぬ。エグランティーヌ様にも奉納舞の稽古は必要であろうし……」
「あぁ、確かにエグランティーヌ様と比較されるのでしたら、三、四日のお稽古では足りませんね、わたくし」
やっと転ばずに舞えるようになってきたが、まだところどころぐらつくところもあるくらいだ。エグランティーヌと比較されるのは結構辛い。もうちょっと練習時間を取ってくれてもいいですよ、とおねだりしてみたけれど、それは却下された。
「練習時間が足りなくても何とかしなさい。可能な限り早く終わらせてアーレンスバッハへ戻らなければ祈念式に間に合わぬ。今年の収穫が壊滅的になるぞ」
「わかりました。……あ、フェルディナンド様。衣装はどうすればいいですか?」
わたしがフェルディナンドに問いかけると、フェルディナンドが軽く眉を上げる。「何でもいい」という声が聞こえた気がした。けれど、きちんと聞いておかなければ今のわたしには着られる服が少ないのだ。
「成人しているエグランティーヌ様は成人式や星結びでまとった晴れ着があるので問題ない。君は新しいツェントにグルトリスハイトを与えるのだから、神殿長の儀式用の衣装をまとえば良いのではないか?」
神殿長の儀式服ならば着慣れているし、間に合うのかとドキドキしなくて良いので安心だ。リーゼレータ達に頼んで、アーレンスバッハから取ってきてもらわなければならないだろう。
「儀式の当日、エグランティーヌ様は魔石の靴で奉納舞をお願いします。魔力が伝わらなくては光の柱が立ちませんから」
「わたくしも魔石の靴ですか?」
「君は完全に女神の御力を垂れ流している状態なので、靴くらいで結果は変わらぬ。好きにしなさい」
……え? そんなにひどい垂れ流し状態なんだ、わたし。
全く自覚がないけれど、靴に何もしなくても柱が立ちそうという状態は普通ではない。
「それから、儀式の補佐としてハルトムートを神官長の立場に置く予定です。当日までの間、アナスタージウス王子の教育係として貸し出しましょうか?」
「待て、フェルディナンド! ハルトムートをアナスタージウス王子の教育係にするだと!?」
エーレンフェスト籍の上級貴族を王族の教育係にするという言葉に養父様が驚きの声を上げた。養父様をちらりと見てからフェルディナンドはアナスタージウスへ視線を向ける。
「こちらから貸し出せる人材の中で最も神事に詳しい者がハルトムートです」
「神事に最も詳しいのはフェルディナンド、其方ではないのか?」
上級貴族に教えを請うよりは、領主候補生から教えを請う方がやりやすいと思ったのか、アナスタージウスはフェルディナンドを指名する。だが、間髪入れず、フェルディナンドはその申し出を断った。
「確かに私の方が詳しいですが、ローゼマインの代わりにアーレンスバッハの貴族達に指示を出さなければならない私にそのような余裕はございません。ハルトムートが気に入らない、もしくは、教育係などいなくても四日後に決まったエグランティーヌ様の継承式の準備ができる自信があるとアナスタージウス王子がおっしゃるならば、貸し出しはいたしません。中央神殿の者達とご準備ください」
イマヌエルが「死なせてはない」という状況になっている中央神殿の青色神官達を率いてアナスタージウスがどこまでできるというのか。どう考えてもハルトムートの協力は必要だろう。
……完全に退路を断ちつつ王族に恩を売るフェルディナンド様、マジ魔王。
だが、フェルディナンドの魔王っぷりに負けているわけにはいかない。ここでやり取りされているのは、わたしの側近の貸し出しである。ハルトムートの主であるわたしの頭越しに行うことではないはずだ。
「アナスタージウス王子、わたくしの側近を四日も拘束するのですから有料ですよ。出張費は王族持ちでお願いします」
何を言い出すのかと養父様達が目を剥いたが、ここは譲れない。わたしが魔王に勝てるとすれば商売っ気くらいなのだから。
「あと、わたくし、新しいツェントにグルトリスハイトを与える場にはハンネローレ様をご招待するとお約束したのです。アウブ・ダンケルフェルガー、ハンネローレ様も儀式の場に呼んでくださいませ」
「必ず連れてまいります」
ダンケルフェルガーのアウブ夫妻が快く承知してくれたことにわたしが満足していると、トラオクヴァールが少し考え込んだ後、ゆっくりと挙手して発言の許可を求めた。
「ローゼマイン様、一つ提案がございます」
「何でしょう、トラオクヴァール様?」
「貴族院へ在学している各地の領主候補生を招くのはいかがでしょうか? 神事の重要性、グルトリスハイトの神秘性、それらを次期ツェント候補に最も近い者達が幼い頃からお祈りの重要性を知る良い機会だと考えます」
これから先は神々に祈りを捧げ、自分の属性を増やしていくようになる。その先にあるツェントへの道を見せることも神殿改革の一歩になるのではないか、とトラオクヴァールが言った。
少し考えていた養父様が「私は賛成します」とトラオクヴァールに同意する。
「ですが、招待する範囲は洗礼式を終えた者にしていただきたいと存じます。できるならば、私は領地で神殿長の役職に就いたメルヒオールにもローゼマインが行う神事を見せたいと考えています」
養父様の言葉にわたしは小さく笑った。メルヒオール達のお手本になれるように頑張らなくてはならないだろう。
「貴族院へ向かうために必要なブローチなどの準備もあるので、貴族院入学前の子供を参加させるか否かは各アウブの判断になります。でも、幼い頃から神事に触れあうのはとても良いことではありませんか? わたくしは賛成します」
「幼い者を参加させることで何か問題が起こった場合はどうするつもりだ?」
じろりとフェルディナンドに睨まれたが、わたしは軽く肩を竦めた。
「エーレンフェストの神殿では洗礼式を終えたばかりの年頃の青色神官見習い達が神事の見学をしましたけれど、神事に対して真剣になった以外は特に何も起こっていません。よく教育されているはずの領主候補生が問題を起こすでしょうか? それに、起こした場合は親の責任で良いではありませんか」
起こるとしたら、よほど教育が行き届いていないと皆の前で知れることになる。外に出しても恥ずかしくない子供しかアウブ達も連れて来ないだろう。結果として問題が起こるはずがない。
「今回行う継承の儀式は、領主会議で例年行う星結びなどとは違って突発的な神事です。恒例の行事にはならないのですから、今回だけ特別に洗礼式を終えた子ならば参加できるようにしましょう」
わたしが胸を張ってそう言うと、フェルディナンドが「偉そうなことを言っているが、どうせ弟妹に良いところを見せたいだけであろう」とこめかみを叩く。
……さすがフェルディナンド様。よくぞ見抜いた。
洗礼式を終えた領主候補生にも参加の許可が出て、儀式の流れを一通り確認し合い、話し合いは終わった。