Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (658)
儀式の準備とエグランティーヌの名捧げ
王族達との話し合いを終えると、アウブ夫妻もフェルディナンドもわたしも多目的ホールで自分の側近達に指示を出し始めた。わたしの周囲にはわたしの側近達が集まっている。
「ハルトムートにはグルトリスハイトの継承式の準備と、当日の神官長役をお願いします。エーレンフェストの神殿へ急いで向かい、神官長の儀式服などを整えた後はアナスタージウス王子に神事の指導をお願いします」
「かしこまりました。ローゼマイン様が行う新しい神事の準備、必ずや完璧に仕上げてみせましょう」
ハルトムートには四日間アナスタージウス達を指導してもらうことになったことを告げ、貴族院の儀式では青色神官や巫女に扮して護衛してもらう護衛騎士達にも準備を整えるように命じる。
「ローゼマイン様がグルトリスハイトを与える新しいツェントはどなたですか?」
「エグランティーヌ様です。本当はこれから中央神殿の神殿長に就任するエグランティーヌ様が指導を受けた方が良いのですけれど、名捧げの石の準備が最優先ですからアナスタージウス王子が神事の準備を行うことになりました」
わたしが簡単に流れを説明していると、近くにいたフェルディナンドがメモ書きをハルトムートに渡しに来た。
「儀式の手順だ。それから、エーレンフェストや中央神殿を行き来し、アナスタージウス王子と行動を共にするのであれば、鍵はローゼマインに預けておくように」
「かしこまりました」
ハルトムートは首に下げていたらしい聖典の鍵をわたしの首にかける。そして、メモ書きを見ながら質問をいくつか行った後、すぐに踵を返して動き始めた。一度エーレンフェストへ戻らなければならない護衛騎士達も一緒だ。
「リーゼレータ、グレーティア。二人はアーレンスバッハへ持ち込んだわたくしの神殿長の儀式服や髪飾りなどの準備をお願いします。靴は魔石なので問題ありません」
「かしこまりました」
寮にはリヒャルダやブリュンヒルデがいるので、わたしの世話をする側仕えは問題ない。二人はすぐに離宮へ向かって動き出した。同じように何か指示を受けたらしいユストクスもリーゼレータ達を追いかけるようにして多目的ホールを出ていくのが見えた。
「フィリーネ、こちらの原稿を神殿へ持ち帰って印刷するようにローゼマイン工房へお願いしてください。アウブの許可は出ています。お母様にも話を通しておいてください」
わたしは王族から新しいツェントが立った時に配る予定で準備していた原稿をフィリーネに託す。
「印刷部数は余裕を見て二十五部です。領主会議で配布するので、急ぎの仕事になります。お母様やミュリエラと手分けしてハッセの小神殿にも仕事の振り分けをするようにお願いしてください」
「かしこまりました」
フィリーネが原稿を抱えて出ていくと、ローデリヒが不安そうにわたしを見た。
「ローゼマイン様、私が書いているダンケルフェルガーの物語はどうなるのでしょうか?」
「アウブ・ダンケルフェルガーがツェントになることはなくなったので〆切はなくなりましたが、アウブが買い占めようと考えるほど楽しみにしているようですから書き続けてくださいませ」
五日で書いてほしい、という〆切に悲鳴を上げていたローデリヒがあからさまに胸を撫で下ろす。無茶を言って悪かったとは思っているけれど、ローデリヒにしか書けないのだから仕方がなかったのだ。
「心を落ち着けて続きを書いてきます」
「焦る気持ちで書いた方が、臨場感が出てよかったかもしれませんよ?」
ローデリヒの焦り具合を見ていて、ディッターについて質問を受けていたユーディットがクスクスと笑った。成人の護衛騎士が一度エーレンフェストへ戻る準備をしている今、ユーディットはわたしの護衛騎士として背後に立っている。
急ぎの指示を終えるのを待っていたのか、フェルディナンドがやってきて、わたしの隣の椅子に座った。
「ローゼマイン、君はレティーツィアの扱いをどうするつもりだ? アーレンスバッハの慣例に従えば君がアウブに就任すると同時に上級貴族へ下がることになる。親のいない彼女は孤児院で過ごすことになるわけだが……」
この先の扱いによって継承式に出席させるかどうか考えなければならない、とフェルディナンドが言った。
「養子離縁してドレヴァンヒェルのご両親の元へ帰すことはできないのですか? アーレンスバッハにいるよりも両親のところで育つ方が良いと思いますけれど……」
「レティーツィアの養親が二人共はるか高みへ上がっている。契約の解除が少々難しい。それから、君には考えが及ばないのかもしれぬが、他領で問題を起こして戻ってくる領主候補生をドレヴァンヒェルが迎え入れるかどうかわからぬ」
「……実の娘ですよ?」
まさか迎え入れないということがあるだろうか。わたしの言葉にフェルディナンドは「やはりわからぬか」と溜息を吐いた。
「レティーツィアはアーレンスバッハの領主候補生として洗礼式を受けている。両親が引き取りを希望しても、両親の意思だけではなくアウブ・ドレヴァンヒェルの判断も大きく関わってくる。諸手を上げて歓迎されるとは思えぬし、君との繋がりを求めて引き取られた場合は厄介事の芽になる可能性もある」
面倒くさい貴族の柵について説明しながらフェルディナンドがわたしを見る。その目が何となくレティーツィアを気遣っているようにも見えて、わたしは首を傾げた。
「フェルディナンド様はレティーツィア様を領主候補生として残した方が良いとお考えですか? フェルディナンド様があまり近付けたくないのであれば、それ相応の処遇にいたしますよ。……レティーツィア様の件に関してはフェルディナンド様の意見を最優先にするつもりですから」
被害者であるフェルディナンドの意見を最優先にするつもりだ。レティーツィアは可愛いけれど、わたしの中でフェルディナンドより優先順位は下がる。
「一つ確認しておきたいが、君はランツェナーヴェによる蹂躙の中で寄る辺を失くした子供達を神殿の孤児院でまた育てるつもりなので間違いないか? アルステーデの娘も含めて……」
「はい。子供に罪はありませんから」
エーレンフェストで行ったのと同じように被害者の子供も加害者の子供も関係なく孤児達は孤児院で育てて、アウブになるわたしが彼等の後ろ盾になるつもりだ。フラン達をエーレンフェストから移動させて前に行った時と同じようにするつもりであることを述べると、フェルディナンドはゆっくりと頷いた。
「ならば、レティーツィアの件は私に任せてもらう。……そのように不安そうな顔をしなくとも、君が心の底から忌避するようなことはせぬ。私が何かした場合は私に禁止だと命じればよかろう」
フェルディナンドがそう言いながら立ち上がって健康診断を行う。首筋に手を当てていたフェルディナンドが眉を寄せた。
「少し熱が出てきたが、魔力を溜めすぎではないか?」
「そうかもしれません。先程ちょっと感情的にもなりましたし……」
「あれでちょっとか?」
皮肉気に唇の端を上げながらフェルディナンドがブリュンヒルデに指示を出して、もう一枚銀色の布を用意させる。それでわたしを包み込み始めた。
「フェルディナンド様、一体何をするのですか?」
「これからまだ四日ほど部屋に籠っていなければならないのだ。ある程度魔力を抜いておいた方がよかろう。魔力を使ったら女神の御力が減るのかどうかも確認しておきたい」
頭から銀色の布で包まれると、視界が真っ暗になる。誰かに抱き上げられる感覚に驚いて思わずわたしが小さく悲鳴を上げるのと、「ローゼマインに名を捧げた護衛騎士だけついて来い」とフェルディナンドが命じる声が響くのは同時だった。
「フェルディナンド様、名を捧げている護衛騎士は殿方ばかりです。わたくしもお供させてくださいませ!」
クラリッサの立候補とユーディットが「クラリッサは文官ではありませんか!」と制止しようとする声が聞こえてくる。
「……名を捧げた者であれば文官でも護衛騎士でも構わぬ」
「うぅ~、護衛騎士なのにこんなに置いて行かれてばかりなんて、わたくしも名を捧げたくなってきました」
ユーディットの嘆く声が聞こえてきたけれど、早まらないでほしい。フェルディナンドが名捧げの者を指名するのは、決して口外してはならない物を見せたり、他の者が知ってはならない場所へ向かったりする時だと決まっている。口外法度の秘密が増えるのは精神衛生上良いことではないだろう。
視界が真っ暗のまま、どこかへ移動させられた。「ひめさま、きた」「ひめさま、ほんよむ?」というシュバルツ達の声がしたので図書館だと思う。ソランジュに人払いを頼んだフェルディナンドが階段を上がっていく。
「ローゼマイン、到着した。これで立てるか?」
「大丈夫です」
体が傾き、足が床についた。わたしが自力で立つと、銀色の布が取られていく。クラリッサとフェルディナンドが銀色の布を完全に払ってくれた。場所は予想通り図書館で、わたしはメスティオノーラ像の前にいた。図書館のメスティオノーラ像から向かう場所なんて一つしかない。
「フェルディナンド様、まさか……」
護衛騎士達に回れ右を命じると、フェルディナンドはわたしに盗聴防止の魔術具を手渡しながら頷いた。
「私が染めるつもりだったのだが、君の魔力に大きな変化があったせいで、今は私がアウブ・アーレンスバッハと認識されているようだ。仕方がないので君にある程度満たしてもらおうと思う。国の礎は大容量なので、君の魔力を抜くためにもちょうど良いであろう?」
エアヴェルミーンが文句を言わない程度に国の礎を満たしておくついでに、わたしの余分な魔力を出すこともできて一石二鳥だそうだ。
「そのためにハルトムートから聖典の鍵を取り上げたのですね?」
「鍵を身につけたままアナスタージウス王子の前へ向かわせる気がなかったのも理由の一つだ。継承の儀式で君が女神の化身であること、王族よりも上位の者であることを周知させなければ、後々が危険だからな」
そう言いながらフェルディナンドはわたしに鍵を使って礎に魔力を流し込んでくるように促す。フェルディナンドがメスティオノーラの像の抱える聖典の背表紙を開けて、鍵穴を露出させた。
「気分が悪くならない程度で良い。あまり女神の御力を流し込みすぎると、エグランティーヌ様が苦労するかもしれぬからな」
わたしが鍵を差し込むと、女神像が音もなく動いて下へ向かう階段が現れた。わたしはフェルディナンドに見送られて階段を下りていく。階段の下には虹色の油膜のような壁があり、それを越えるとアーレンスバッハの礎と同じような物があるところへ出た。
「さすが国の礎。大きいね。……でも、ホントにちょっとしか残ってない。エアヴェルミーン様が焦るはずだよ」
領地の礎の何倍もある大きな礎を感心しながら眺めた後、わたしはどんどんと魔力を注いでいく。ここで倒れたら困るので、魔力を注ぎすぎないように気を付けなければならない。
アーレンスバッハの礎を染めるためにも回復薬を使ったのだ。わたしがある程度スッキリするように魔力を流したところで、六分の一も満たせていない。それでも枯渇状態からは脱却できたようで、礎の上を回っている七つの貴色の魔石の動きが少し速くなった。
「こんなもんでしょ」
わたしは自分の中の魔力量が半分以下になっているのを感じながら、魔力供給を止めた。
「お待たせしました」
外へ出て鍵を閉めて女神像を元の位置に戻したら、また銀色の布でグルグル巻きにされて寮へ連れ帰られる。これから四日も余裕があるのに、図書館での読書はお預けだ。
魔力が減ってスッキリしたわたしは休息を取ったり、国の礎に魔力を流し込んだり、奉納舞の練習をしたりして四日間を過ごした。
……奉納舞もフェルディナンド様から「まぁ、よいのではないか」って評価ももらったし、何とかなるはず!
グルトリスハイトの継承式当日、神殿長の衣装を着せられたわたしを見ながら皆が口々に「神々しい」と言う。けれど、女神の御力が自分ではわからないので、わたしにとってはいつも通りの恰好でしかない。
「それにしても、今日はずいぶんとたくさんの魔石を付けるのですね。これも、これも見たことがありませんけれど……」
「フェルディナンド様が舞の邪魔にならないお守りを新しく作られたそうですよ」
細い鎖を緩く大きな目で編んでいる手袋のような形で、長さは手の甲から二の腕くらいまである。ところどころにまるでビーズのように加工された虹色魔石が輝いていて、その一つ一つにお守りの魔法陣が刻み込まれていた。
「休みを取るとおっしゃったのに、フェルディナンド様は休まずに何をしているのでしょう? 三、四日で作れるような物ではないでしょうに……」
これは儀式が終わったらシュラートラウムの祝福で強制的に休息を取らせなければならない案件ではないだろうか。わたしが唇を尖らせると、クラリッサが「フェルディナンド様は万全を期していらっしゃるのですよ」とクスクスと笑った。
「ローゼマイン様の奉納舞で女神が再び降臨しないようにしておきたいそうです。わたくしは女神を降臨させたローゼマイン様をぜひ見てみたいのですけれど……女神が降臨する時にはローゼマイン様の記憶が奪われると伺ったので我慢いたしますね」
……奉納舞で女神が再降臨するなんて考えてもみなかったな。
わたしは失った記憶のことを考えながら、そっと自分の腕を包む細い鎖を撫でていく。これがあれば、たとえ女神が再び降臨しても記憶を失わなくて済むのだろうか。
「ローゼマイン様、準備ができたので控室へ移動しましょう」
他の者達に見つからないようにバサリと銀色の布で包まれて、青色巫女の恰好をしたアンゲリカに抱き上げられる。
「ハルトムートが張り切っていました。アナスタージウス王子や中央の貴族、中央神殿の者達を総動員して儀式の舞台を整えたそうですよ」
クラリッサがそう言った。
控室にはハルトムートがいて、エグランティーヌやアナスタージウスもすぐにやって来た。わたしを見て息を呑んだ後、二人は身分の違いを明らかにするために跪いて挨拶をする。エグランティーヌ達がまとっているのは、卒業式の時の衣装だった。
「……わたくしが卒業式で入場した時にローゼマイン様から祝福をいただいたでしょう? あの時の衣装です。今日再びローゼマイン様の祝福をいただけるように、そして、誕生季の貴色をまとうことで神々の祝福が得られるように、と」
懐かしさを覚える衣装を見ていると、ハルトムートが歩み寄ってきた。
「継承式の前に名捧げを行いましょう」
「かしこまりました」
ハルトムートとアナスタージウスが見守る中、エグランティーヌが小さな白い箱を取り出して、わたしに向かって捧げ持った。エグランティーヌの金髪が自分の目線より下にあるのを不思議な気分で見下ろしながら、わたしはエグランティーヌの石を見つめる。白い箱の中に全属性の複雑な色合いをした魔石があり、その魔石には金色の文字でエグランティーヌの名が刻み込まれていた。
……あんまり気は進まないんだけど。
他人の命を抱え込むのは怖い。その意識は変わっていない。本来の名捧げを離れた使い方を懸念したおじい様の言葉が脳裏に浮かぶ。
けれど、女神の御力に当てられないためにも、様々なことを知る立場になるエグランティーヌを黙らせておくためにも名捧げは必須になってしまった。それに、わたしはもうこれ以上王族からフェルディナンドへ王命が下されることを許せない。絶対にエグランティーヌはそんなことをしないという確信も持てない。彼女はユルゲンシュミットの平穏を守るためならば何でもする人だ。
……特に命令をする気はないけど、何かあった時のために名を奪っておきます。
アナスタージウスが何とも言えない表情でエグランティーヌとわたしを見ている。名捧げを止めたいけれど、止められないという心境がよくわかった。多分、名捧げの石を作っている間、エグランティーヌに色々と言ったに違いない。
……アナスタージウス王子はエグランティーヌ様にわたしの魔力なんてまとってほしくないよね?
儀式の後で女神の御力が消えたら、わたしは多分フェルディナンドの魔力に戻る。アナスタージウスは不愉快極まりないのではないだろうか。それも呑み込んでもらうしかないのだけれど。
「始めてもよろしいでしょうか、ローゼマイン様?」
「はい」
わたしと目を合わせた後、エグランティーヌが一度ゆっくりと大きく呼吸して首を垂れた。
「わたくし、エグランティーヌはメスティオノーラの化身でいらっしゃるローゼマイン様の忠実なる臣下として、ユルゲンシュミットの新たなツェントとして一生尽くすことをここに誓い、その証として名を捧げます。わたくしの名が常にローゼマイン様と共にあることをお許しください。そして、わたくしにどうかグルトリスハイトを授け、ユルゲンシュミットを良き方向へ導くための道標を示してくださいませ」
エグランティーヌは丁寧な手つきで名捧げの石をゆっくりと上に上げていく。わたしは捧げられた石を箱ごと手に取って魔力を注ぎ込んだ。
「ん……」
魔力の反発に合ったエグランティーヌが胸元を押さえて、小さく呻いた。
「エグランティーヌ!」
即座に反応してエグランティーヌに手を伸ばそうとしたアナスタージウスの手をハルトムートが押さえる。
「アナスタージウス王子、邪魔をしてはいけません。ローゼマイン様の御力で包み込まれなければ終わらないのです。……これまでの経験から魔力がかけ離れればかけ離れるほど苦しいようですから、ローゼマイン様に名捧げをした者の中では一番苦しみは少ないと思われます」
わたしは一気に魔力を流し込んで名捧げを終わらせる。エグランティーヌが苦しそうな息を吐いた。
「大丈夫ですか、エグランティーヌ様?」
「えぇ、もう大丈夫です。お気遣いありがとう存じます、ローゼマイン様」
ふわりと花が開くような微笑みを浮かべてエグランティーヌが顔を上げた。わたしはエグランティーヌの名捧げ石を腰の籠に入れると、椅子に座ってエグランティーヌ達にも椅子を勧める。
今日の儀式の流れの確認を行う内に三の鐘が鳴った。