Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (660)
閑話 ハンネローレ視点 継承の儀式 後編
エグランティーヌ様が舞台に上がりました。ローゼマイン様の時と違って魔法陣は浮かび上がっていません。けれど、跪いて手をつき、「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」と唱え終わったところで、魔法陣がゆっくりと浮かび上がり始めました。
周囲から「ほぉ……」と感嘆の息が漏れるのがわかりました。女神の御力を放つローゼマイン様でなくても同じように儀式が行えることがわかり、女神の化身が選んだツェント候補に安堵したのでしょう。
……ローゼマイン様の時は息をすることさえ憚られるような雰囲気でしたからね。
奉納舞のための音楽が鳴り始めます。先程と音量や歌声にずいぶんと違いがあることに気付いて、わたくしは楽師達に視線を向けました。一つ席が空いていて、フェシュピールが置かれたままになっています。
……あら? フェルディナンド様がいらっしゃらないようですけれど……?
ローゼマイン様が舞っていらっしゃる時には素晴らしいお声を響かせていらっしゃったのに、今は楽師達のところにも舞台の周辺にもお姿が見えません。不思議に思ってお兄様に声をかけようとしましたが、お兄様はすでにエグランティーヌ様の舞に見入っています。声をかけても聞こえないでしょう。
わたくしはフェルディナンド様の動向ではなく、エグランティーヌ様の舞に集中することにしました。ローゼマイン様のような神秘性はありませんけれど、素晴らしい舞です。技術だけを純粋に見ればエグランティーヌ様の方がまだ上だと思われます。
エグランティーヌ様の舞と共に魔法陣はくっきりと浮かび始め、少しずつ光の柱も伸びています。ただ、祭壇の神像が動き始めたのは舞が終わりに近付く頃で、エグランティーヌ様が本当にツェント候補の資格を得られるのか、冷や冷やしてしまいます。
奉納舞が終わり、神々に感謝を捧げてもエグランティーヌ様のお姿は舞台の上にありました。
「神々のお招きはなかったようだが……失敗ではないのか?」
「いや、だが、祭壇の神々は招いているようにも見えるが……」
神々のお招きを受けたローゼマイン様の時とは違う終わりに、周囲の貴族達から不安そうな声が上がります。そんな中、祭壇の前に立っていたハルトムートが祭壇の上部を示しました。
「神々の元へ向かう道が開かれました。エグランティーヌ様、あちらで神々がお待ちです」
ローゼマイン様のように神々に招かれて姿が消えることはありませんでしたが、祭壇の道が開かれているのでエグランティーヌ様も神々の元へ向かうことはできるようです。ハルトムートの言葉にホッと胸を撫で下ろしたのは、わたくし一人ではないでしょう。
エグランティーヌ様がゆっくりと顔を上げて立ち上がり、いつもよりも心持ちふんわりとした柔らかな動きで祭壇へ向かいます。舞台から降りてきたエグランティーヌ様の手を取ったのはアナスタージウス王子です。お二人でゆっくりと祭壇へ向かいます。
自力で神々への道を開き、ツェント候補としての力量を示したエグランティーヌ様の横顔はとてもお美しいものでした。
アナスタージウス王子は祭壇の上までエグランティーヌ様をエスコートしようとしましたが、透明の壁が存在するようで祭壇へ上がることができたのはエグランティーヌ様おひとりでした。
「儀式を行った者でなければ祭壇には上がれないようですね」
「そうだな。上がれるのはツェント候補になれる素質を持った者……だけだそうだ」
少し含みを持たせた言葉をお父様が呟きました。どういう意味なのか、わたくしにはわかりませんが、エグランティーヌ様にツェント候補としての素質があることは確定したようです。
向かい合う最高神の間を通り、エグランティーヌ様は祭壇の最上部にある入口へ入っていきました。エグランティーヌ様のお姿が見えなくなると、神の像が元の位置に戻っていきます。
「おぉ……」
このような継承の儀式は大人達にとっても初めてなのでしょう。エグランティーヌ様のお姿が見えなくなると、あちらこちらから感嘆の声が上がり始めました。
「素晴らしい奉納舞でしたな。貴族院の卒業式で行われる奉納舞にこのような意味があったとは驚きです。貴族院で奉納式を行うようになった時は、何を考えて……と思っていましたが、神々からのお言葉があったのでしょう」
「古の継承式はこのように行っていたのですね。今日、この目で女神の化身を見、女神の御力を感じることができた巡り合わせに感謝したくなります」
「女神の化身という言葉だけを耳にしてもすぐには信じられませんけれど、こうして実際に目にすると、それ以外の呼称が思い浮かびませんね」
人々の口に上がるのは基本的にローゼマイン様のことで、エグランティーヌ様に関しては「女神の化身に選ばれたのだから大丈夫だろう」という意味のお言葉が多いように感じられます。
「女神の化身と新たなツェント、どちらの格が上であるかを周知させるのが目的なのであろうが、せめて、奉納舞の順序が逆であったならば、と思わずにいられぬな」
お兄様の言葉には同意します。エグランティーヌ様の奉納舞はとてもお上手でしたし、魔法陣が浮かび上がり光の柱が立ち、神像が動きました。これらを初めて見れば、新しいツェントの誕生に心から感動したでしょう。先にローゼマイン様が更に神秘的な儀式を行ったため、どうしても見劣りするように感じてしまうのです。
「フェルディナンド様によると、ローゼマイン様の行うことはなかなか予定通りに進まないそうです」
「え?」
「わたくし達は打ち合わせに同席していましたが、フェルディナンド様の懸念通りになりましたもの」
お母様が困ったような微笑みを浮かべました。もしかしたら、この儀式は想定外の進み方になっているのでしょうか。不意にフェルディナンド様のお姿が見えなくなっていることを思い出し、心配になってきました。辺りを見回しますが、フェルディナンド様のお姿は見当たりません。アーレンスバッハの者達と一緒に観覧席に座っていたローゼマイン様の側近達の数も減っています。
ローゼマイン様の忠臣であるハルトムートは祭壇の上で神に祈りを捧げていますが、儀式の進行が狂ったことに驚いているようにも、ローゼマイン様やフェルディナンド様の心配をしているようにも見えません。
祭壇を見つめても、元の位置に戻った神像はピクリとも動きません。神々の元へ向かったお二人は本当に戻ってくるのでしょうか。新たなツェントの誕生を喜んでいる講堂内で、わたくしはとても不安な気持ちになりました。
「静粛に! 新たなツェントと女神の化身であるローゼマイン様がお戻りになります!」
ハルトムートが講堂内に声を響かせました。目を瞬かせていると、神像が再び動き出したのが目に映りました。神々の元から戻ってくるための道が開かれていきます。祭壇の最上部に出入り口が見えるようになりました。
シンと静まり、皆が祭壇の最上部へ視線を集中させます。先に戻ってこられたのはエグランティーヌ様で、そのすぐ後にローゼマイン様のお姿が見えました。
奉納式の舞台から忽然と姿を消したので、本当にエグランティーヌ様と同じ場所へ移動したのかどうか、少しだけフェルディナンド様のお言葉を疑っていたのですけれど、神々の元へ移動していたことは間違いないようです。
エグランティーヌ様がローゼマイン様のエスコートをするように手を引いて、祭壇を下りてきます。ローゼマイン様から感じられる女神の御力が更に強くなっているような気がしました。
「クッ……。何故私は今筆記用具を持っていないのだ」
「神聖な儀式の最中に描き始めるからではないでしょうか?」
お兄様の描きたい欲求がかなり募ってきたようです。このままでは領主一族として少々恥ずかしい一面を公の場で晒すことになるかもしれません。
「今日の儀式の様子を描き残さないなど、女神の化身に対する冒涜ではないか? 今すぐに部屋へ戻って……」
「静かに戻るのであれば構いませんけれど、まだ継承の儀式が終わったわけではありませんよ、レスティラウト」
席を立ちかけたお兄様にお母様がニコリと微笑みました。
「今日の儀式の中で最も素晴らしい場面を見逃すのは冒涜にならないのかしら? もちろん、ダンケルフェルガーの領主一族として相応しくない言動をした場合はすぐさまわたくしが退場させますけれど……」
最後まで見たかったら黙っていなさい、とお母様の目が凄んでいます。お兄様はわずかに浮かした腰を下ろして座り直し、一度深呼吸をします。
「全てを脳裏に刻み込むしかないのか。仕方がない。全力で事に当たらせてもらおう」
くわっと目を見開いてエグランティーヌ様とローゼマイン様を凝視するお兄様にわたくしは少しずつでいいので距離を取りたくなりました。
……お母様、お兄様は退場させた方が良いと思います!
ゆったりとした優雅な動きでお二人が祭壇を下りてきます。先程よりも強くなったように感じられる女神の御力ですが、エグランティーヌ様は微笑んでローゼマイン様の手を取っていらっしゃいます。
「女神の御力に平伏すこともなく、手を引いて歩くことができるなんて、さすが次期ツェントに選ばれる方ですね」
「……次期ツェントとなるために相当の覚悟をお持ちだ」
祭壇の前、ハルトムートやその他の青色神官達と並ぶ位置までお二人が下りてきました。
ハルトムートがローゼマイン様の隣に立ち、声量を増幅する魔術具をローゼマイン様の口元へ近付けます。
「神々より祝福を受けし新たなツェントよ、契約を司る光の女神とその眷属へ宣誓を。……ベロイヒクローネ」
ローゼマイン様の手に光の女神の神具である冠が出現しました。エグランティーヌ様がローゼマイン様の前に跪きます。新たなツェントよりも女神の化身であるローゼマイン様の方が上位の存在であることが示されています。
ローゼマイン様が跪くエグランティーヌ様の頭にそっと冠を被せて一歩後ろに下がると、ハルトムートがエグランティーヌ様に声量を増幅する魔術具を差し出しました。エグランティーヌ様は魔術具を手に取ると、神々への誓いを口にされます。
「長い歴史の中で少しずつ歪んできたユルゲンシュミットとツェントの在り方を見つめ直し、中央神殿の神殿長として古の儀式を復活させ、女神の化身であるローゼマイン様とお約束した通りにユルゲンシュミットを導いていくことを、わたくし、エグランティーヌは今この場で光の女神と側に仕える眷属たる十二の女神に誓います」
エグランティーヌ様の誓いの言葉と共に、光の冠が一際眩しく輝きました。逃れようがない神々との契約にエグランティーヌ様が縛られていきます。光の女神達との契約が成立したことが一目でわかりました。
ローゼマイン様が神具を消すと、ハルトムートがエグランティーヌ様の手から魔術具を取り、ローゼマイン様の口元へ近付けます。
「エグランティーヌ様に持たせるのであれば、ローゼマインにも持たせれば良いではないか」
少々まどろっこしく見える祭壇の上の動きにお兄様が顔を少ししかめました。神々しいお二人の様子を目に焼き付けたいのにハルトムートがずっと視界にいるのが気に入らないようです。
「ハルトムートはローゼマイン様が魔術具に触れないようにしているのだ。女神の御力は自分の魔力と同じように制御するのが難しいようで、不用意に触れると魔石部分が金粉化するからな」
お父様の言葉にわたくし達は思わずポカンと口を開けてしまいました。ローゼマイン様がそんなことになっているとは思いませんでした。
「余所見をするな。次はグルトリスハイトの授与だぞ」
お父様が少し指を動かして祭壇に注目するように言いました。わたくしもお兄様も急いで祭壇のお二人へ視線を向けます。ハルトムートが持つ魔術具に声が入るように少し位置を調整したローゼマイン様が口を開きました。
「始まりの庭において、エグランティーヌ様は神々より新たなツェントとして認められました。光の女神への誓いも済ませたエグランティーヌ様に、これよりグルトリスハイトの授与を行います」
ローゼマイン様のお言葉が終わると、ハルトムートがすぐに下がりました。ローゼマイン様がスッと右手を高く上げ、シュタープをペンに変化させます。優美に手が動き、魔力で魔法陣が空中に描き始めました。
「何の魔法陣でしょう? 見たことがありませんね……」
「全属性の魔法陣だぞ? 易々と使える者は多くあるまい」
ざわざわとし始めた講堂に、「高く亭亭たる大空を司る」とローゼマイン様の祈りが聞こえ始めました。魔術具を使っていないので、微かにしか聞こえません。祝詞を聞かせる必要はないのか、ハルトムートはローゼマイン様の描いた魔法陣を誇らしそうに見上げているだけで魔術具を持って動こうとはしません。
「最高神は闇と光の夫婦神」
祝詞と共に魔法陣が眩く金色に光り、その光の縁を闇のような黒が取り巻き始めます。周囲がハッとしたように光を帯び始めた魔法陣に注目しました。自然とざわめきは消えていき、皆がローゼマイン様の祝詞へ耳を傾けます。
「広く浩浩たる大地を司る、五柱の大神 水の女神 フリュートレーネ 火の神 ライデンシャフト 風の女神 シュツェーリア 土の女神 ゲドゥルリーヒ 命の神 エーヴィリーベよ」
ローゼマイン様が神の名を唱えるごとにシュタープから魔力が流れていき、その神々を表す記号がそれぞれの貴色で光り始めます。
「我の祈りを聞き届け 御身の祝福を与え給え 御身に捧ぐは我が力 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん 穢れを清める水の力を 何者にも切れぬ火の力を 災いを寄せぬ風の力を 全てを受け入れる土の力を 決して諦めぬ命の力を 新たなツェントへ」
全属性の祝福が跪くエグランティーヌ様に注がれます。あまりにも神々しい光景に息を呑みました。
祝福の光が止むと、ローゼマイン様が少しハルトムートを振り返りました。ハルトムートが声量を増幅する魔術具を持って、ローゼマイン様の口元へ近付けます。
「エグランティーヌ様、皆様にツェントの証を」
先程の祝福がグルトリスハイトを授与する光だったのでしょうか。エグランティーヌ様は何も持っていないように見えます。
けれど、何も不安を感じていないような笑顔で立ち上がったエグランティーヌ様は胸元を押さえるようにして「グルトリスハイト!」と唱えました。
次の瞬間、エグランティーヌ様の手にはグルトリスハイトらしき分厚い本がありました。それを高く掲げて、観覧席の皆に見えるように少し体の位置を変えていきます。
「おおおぉぉぉ!」
「本物のグルトリスハイトだ!」
「メスティオノーラの化身より賜ったぞ!」
ユルゲンシュミット中の貴族が待ち望んだ、本物のグルトリスハイトを得たツェントが誕生したのです。わたくしのお友達が、ユルゲンシュミットに新しいツェントをもたらしたのです。
少し前に出てグルトリスハイトを掲げて見せるエグランティーヌ様の笑顔より、わたくしには控えめに少し下がって静かに微笑むローゼマイン様の笑顔の方が美しく見えました。
「では、皆様」
ハルトムートの感極まったような声が講堂に響きました。
「ユルゲンシュミットにグルトリスハイトをもたらした女神の化身であるローゼマイン様と新たなツェントの誕生を祝い、高く亭亭たる大空を司る、最高神 広く浩浩たる大地を司る、五柱の大神 水の女神 フリュートレーネ 火の神 ライデンシャフト 風の女神 シュツェーリア 土の女神 ゲドゥルリーヒ 命の神 エーヴィリーベに祈りと感謝を捧げましょう」
ハルトムートの言葉の途中で神殿長の衣装をまとっているメルヒオール様がカタリと立ち上がり、それを皮切りに、アーレンスバッハ貴族達と、エーレンフェストの貴族の一部が次々と立ち上がり始めます。
「な、何でしょう?」
「よくわからぬ」
わたくし達にはよくわからないのですが、彼等は立ち上がるのが当然のような顔をしています。
「神に祈りを!」
祭壇上のローゼマイン様、ハルトムート、その他の青色神官達、観覧席で立ち上がっていた貴族達がバッと揃った動きで神に祈りを捧げました。祭壇のローゼマイン様からだけではなく、観覧席からもふわりふわりと祝福の光が漂い始めます。
……エーレンフェストだけならばわかりますけれど、アーレンスバッハの貴族達が揃ってお祈りを!?
あまりにも揃った動きにわたくしは驚いてしまいました。
「ローゼマイン様、エグランティーヌ様が退場されます。シュタープを掲げて送ってください!」
ハルトムートの言葉にわたくし達はシュタープを掲げて光らせました。祭壇へアナスタージウス王子とフェルディナンド様が上がり、エグランティーヌ様とローゼマイン様をそれぞれエスコートして講堂を出ていきます。
数多の光が掲げられた中を、女神の化身と新たなツェントが優雅に歩いて退出していきました。退出後、扉の前にいた青色神官達によって扉が閉ざされます。これからの神殿と神事に対する認識が大きく変わる、歴史的な継承の儀式が終わりました。
「神事の見直しを、とローゼマイン様が声を上げていたのも今となっては当然のことのように思えますね」
儀式の終了を感じて席を立とうとしたところで、「もうしばらく着席をお願いします」というハルトムートの声が響きました。
「新たなツェントが立ったことで、領主会議では様々な案件がございます。トラオクヴァール様よりお話しいただきましょう」
ハルトムートの言葉にトラオクヴァール様が何度か目を瞬いた後、ゆっくりと立ち上がり、祭壇へ歩いていきます。ツェントという役職を奪われることになったせいでしょうか。顔色が悪いようにも見えます。
けれど、トラオクヴァール様は祭壇に立ち、ハルトムートから声量を増幅する魔術具を受け取るとランツェナーヴェとアーレンスバッハの反乱について、アウブ達に話し始めました。
「ユルゲンシュミットが待ち望んだ新たなツェントが誕生の陰には様々なことがありました……」
ランツェナーヴェの反乱についての公式見解を述べた後、領主会議について話題が移ります。今まで碌な情報が入らなかったせいでしょう。どのアウブの顔も真剣そのものでトラオクヴァール様のお言葉を聞いています。
……ずいぶん王族の行いを隠すのですね。
お父様やお母様から話は聞いていましたが、アーレンスバッハでランツェナーヴェの兵士達と戦ったわたくしにはローゼマイン様達の活躍があまりにも隠されているような気がしてなりません。
……ローゼマイン様のお望みだそうですけれど……。
ランツェナーヴェや反乱に加担したアーレンスバッハの貴族達に対する処分、領主会議までに領地の境界線の引き直しが新たなツェントによって行われること、それに伴い領地の順位に様々な変動があることが告げられます。
「まったく、いつになったら部屋に戻れるのだ?」
「……お兄様は次期アウブなのですから、もっと真剣にトラオクヴァール様のお話を聞いた方が良いですよ」
それから、トラオクヴァール様やジギスヴァルト王子がアウブとなること、混沌の女神 カーオサイファに魅入られたアーレンスバッハは女神の化身が清めるために新たな領地として色や名が与えられることなどの連絡が終わり、ようやく講堂から退出する許可が出ました。その途端、お兄様は自分の側近を連れて講堂を出ていきました。
仕方のなさそうな顔でお母様がお兄様を見送り、わたくし達にも退出するように促します。寮に戻ってもお兄様はすでに自室に籠ってしまったようで姿が見えません。多目的ホールで側仕えにお茶を淹れてもらい、わたくしは両親と今日の儀式について話をしました。継承の儀式の荘厳さや、ローゼマイン様の神々しさについて、留守番していた者達に教えるのが目的です。
「それにしても、領主会議中に話すと言っていた内容まで先に告げて、時間稼ぎをしなければならないなんて……何があったのかしら?」
「さて? ツェントにならなかった私が知る必要はないことだ」
盛り上がる皆の声にかき消されるような声の両親の会話が不意に耳に届きました。