Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (661)
神々の祝福 前編
「とりあえず新しいツェントに神々からの祝福があるように見せかけることも重要ですよね? 二人が入場する時に祝福を贈って二人の卒業式の時を再現すれば、多少神秘性が増すと思うのですけれど……」
「そこまで優遇する必要があるか?」
魔術具のグルトリスハイトを与えるだけで十分だ、とフェルディナンドは言うけれど、新しくツェントになるエグランティーヌがすんなりと受け入れられなければ、わたしは図書館都市計画に没頭することが難しくなるかもしれない。
「君の最優先は図書館都市か」
「他に何かありますか?」
「……ないわけではないと思うが、これ以上王族に深入りする気がないならば祝福の一つくらいは構わぬ」
実際はそんな流れでフェルディナンドのお許しが出たわけだが、全てをエグランティーヌ達に説明する必要もない。わたしは入場時に祝福を贈ることだけを告げて、二人を講堂へ送り出す。扉が一旦閉められるのと同時に指輪へ魔力を流し込んだ。
……エグランティーヌ様もアナスタージウス王子もものすごく大変だろうけど、ツェント業頑張ってね! 応援だけはするから!
心持ち多めにぽわっとさせるだけで、気分的には挨拶と同じような祝福である。これでよし、と頷いていると、フェルディナンドがこめかみを押さえて眉間に皺をくっきりと刻み込んだ。
「……最悪だ」
「何ですか?」
「君には自覚がないのか? 君を取り巻く女神の御力が増えている」
「へ?」
わたしは自分の手を見てみるが、全くわからない。自分ではわからなくても、フェルディナンドはとても困った顔になっている。多分かなりよろしくない状況だ。
「フェルディナンド様、どうしたらいいですか?」
「どうしようもない。すでにあの二人が入場して儀式は始まった。このまま進めるしかあるまい」
「……進めて大丈夫でしょうか? 魔石、光り始めましたけれど……」
女神の御力が増えた自覚はないけれど、腕の装飾品についている魔石が少しずつ光を帯び始めているのを見れば、大変なことになっているのは嫌でも理解できた。
「途中で想定外のことが起こることは予想済みだが、講堂に入る前から想定外の事態が起こるとは……。相変わらず君は私の予想を裏切ってくれる」
舌打ちしながらフェルディナンドが自分の手持ちの魔術具などを確認し始める。色々なところに色々な物を隠しているのがちらちらと見えた。
「儀式の場に赴くというよりは、戦場に赴くような装備ですね」
「君が起こす想定外の事態にはこれでも対応できるかどうかわからぬ」
「わたくし、神事の場で回復薬を使ったことはありますけれど、攻撃用の魔術具が必要だったことなんてございませんよ」
わたしが唇を尖らせると、フェルディナンドはフンと鼻を鳴らした。
「万が一のための用心だ。それよりも、少しは女神の化身らしくしなさい。そろそろ呼ばれるぞ」
女神の化身らしさを出すことの重要性についてフェルディナンドがつらつらと並べていると、講堂の扉が開いた。向こうからはハルトムートの声が聞こえてくる。
「メスティオノーラの化身でいらっしゃるローゼマイン様のご入場です」
……女神の化身か。それらしく見えればいいんだけどね。
フェルディナンドが色々と考えたらしいので、よほど大きな失敗をしなければそれらしく見えるとは思うけれど緊張はする。わたしは差し出されたフェルディナンドの手に自分の手を重ねた。
……おおぅ、すごく光ってるよ。
お小言を聞いている間にも女神の御力が増えていたようだ。いつの間にか自分の腕を覆う魔石やお守りの数々がものすごく存在を誇示している。ちょっと目に刺激が強いので、視界に魔石が入らないように少し顎を上げる感じで視線を外しておく。フェルディナンドの社交的な笑顔に「余計な祝福を贈ったせいだ」と責められているような気がして、フェルディナンドの横顔からも少し視線を逸らしておいた。
……そりゃ、祝福は贈ったけど、こんな状態になってるのはわたしのせいじゃないからね。女神様が悪いんだから。
フェルディナンドによると、礎に供給したことで女神の御力が薄れたそうなので奉納舞で魔力を大量消費すればこのピカピカ状態も収まるだろう。
……もうちょっとの辛抱だよ。頑張れ、わたし。
ハルトムートやエグランティーヌが喋るのを聞き、わたしはフェルディナンドと舞台の上に上がる。それだけで足元に魔法陣が浮かび上がったのを見て、女神の御力の垂れ流し状態がかなりひどいことが視認できた。
……のおおおぉぉぉ! 何これ?
フェルディナンドがこめかみトントンして嫌な顔になるわけである。自分でもビックリするレベルの垂れ流しだ。
……でも、「これから奉納舞を始めると、舞台に浮かび上がる魔法陣がありますが……」って説明が不要になったよ、フェルディナンド様。
そんなことを考えながら、フェルディナンドの神事や魔法陣についての説明を聞く。当初の予定ではわたしが神事について喋ることになっていたのだが、「神秘性が薄れる」という理由で口を開くのを禁じられてフェルディナンドが説明することになったのである。正しい選択をしたと思うけれど、ちょっとひどい。
説明が終わった後は奉納舞だ。ピィン、ボゥンと調弦している音が聞こえてくる。わたしは舞台の上で跪いた。
実はフェルディナンドも音楽と歌を奉納することになっている。隠蔽の神 フェアベルッケンのお守りを使って祭壇を一緒に上がる予定なので、神々へ音楽を奉納するらしい。今まで散々無礼なことをしてきたくせに、妙なところで真面目というか律儀だ。わたしがそう指摘したら「神としての力を失っているエアヴァルミーンはともかく、御加護を得ている他の神々を蔑ろにするわけにはいかぬ」と言っていた。
……あ、音合わせ、終わったかな?
楽器の音が聞こえなくなったので、準備ができたのだろう。わたしはすぅっと一度ゆっくり息を吸い込んだ。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」
あのエグランティーヌが後から同じ奉納舞を行うのだ。観覧席にいる皆に「女神の化身って割にはいまいち……」と思われないように、なるべく上手に見えるように気合いをいれなければならない。
……光の柱の高さだけでも負けないようにガンガン魔力を注がなくっちゃ!
舞の技術で勝てるとは思えないので、女神の化身らしいエフェクトだけでも派手にしておきたいものである。垂れ流れている女神の御力に加えて自分の魔力も流していく。どんどんと光の柱が伸びてきた。
……うんうん、いい調子。
くるりと回る時に祭壇の神像が動き、道が開いているのが見えた。わたしは道を開いた後、祭壇前で待機してエグランティーヌが舞を見ることになっている。この順番ならば、たとえエグランティーヌの奉納舞で光の柱が足りなくても観覧席の貴族達にはわからないからだ。
道が開いたことを確認したことで安堵して奉納舞に集中したため、それから、自分が身につけている魔石が輝いていたためだろう。わたしは舞台から溢れた魔力が光の波となって祭壇を上がっていったことも、神具が光ったことも気付かないまま、奉納舞を終えて舞台に再び跪いた。
「神に感謝を」
そう言った途端、急に自分の周囲が眩しい光に包まれた。思わずぎゅっと目を閉じる。体が軽くなったような浮遊感に包まれた直後、「よく戻った。其方が二位だ、マイン」という声が聞こえた。
……はい?
わたしは恐る恐る目を開けて、ぐぐっとゆっくり顔を上げた。エグランティーヌの奉納舞が終わった後、エグランティーヌとフェアベルッケンのお守りを使ったフェルディナンドと三人で祭壇を上がってここへ来るはずだったのに、何故かわたしだけがすでに始まりの庭にいてエアヴァルミーンと向き合っている。
……ちょっと待って。予定、狂いすぎなんだけど。
すぅっと血の気が引いた。急いで周囲を見回す。始まりの庭の出入り口は見当たらず、誰かが入ってこられるようなところはない。せっかくわたしが奉納舞で開いた道は何故か閉じられている。
……え? エグランティーヌ様、大丈夫!? 一人で道を開ける!? フェルディナンド様、こういう時はどうしたらいいの!?
さすがにフェルディナンドもわたしだけが始まりの庭へ移動させられるという想定はしていなかったはずだ。
「聞こえているか、マイン?」
「……いきなりここに移動させられたことに驚きすぎて聞いていませんでした。何でしょう?」
「ツェントの争いは其方が二位だと言ったのだ」
……え? 二位?
「エアヴェルミーン様、わたくしが二着ということはジェルヴァージオがここへ戻ったのですか!?」
メダルを破棄して国境門に閉じ込めたと言っていたのに、あれは何かの間違いだったのだろうか。わたしが目を見開くと、エアヴァルミーンはゆっくりと首を横に振った。
「いや。テルツァが戻れば良かったのだが、アレは行方をくらました。今はどこにいるのかわからぬ」
もしかしたら、メダルを破棄されたせいでエアヴェルミーンにはジェルヴァージオの魔力がつかめなくなっているのだろうか。それとも、本当にどこかへ移動したのだろうか。
「ジェルヴァージオが戻っていないということは、フェルディナンド様が一位で戻ったということですか?」
「うむ。テルツァの妨害をしていたあの卑怯者は其方よりも早く戻ってきた」
……え? いつの間に? 聞いてないよ。
わたしがエーレンフェストの寮に籠らされている間、フェルディナンドはあちらこちらへ行っていたはずだ。どのルートを使ってここへやって来たのか知らないけれど、いくらでも時間があったと言えなくはない。
「そこを見るが良い。戻ってきたかと思えば、勝利宣言をして礎に至る道も聞かずに何やら置いて行きおった。クインタはここを物置か何かと思っているのではあるまいな」
エアヴァルミーンが視線で示した先には銀色の布で包まれ、紐と魔石で縛られた四角の物が置かれている。他の魔力の影響を受けないように銀色の布で包まれていて、他の者が勝手に触れないようになっているそれが何か、わたしは知っていた。
……エグランティーヌ様に授ける予定のグルトリスハイトの魔術具だよ。
先に見せてほしいとねだったが、わたしの魔力が登録されてしまうとまた一から作り直しになると言われて封印されてしまった物である。予め始まりの庭へ持ってきて、ついでに勝利宣言もしていったらしい。
……まぁ、フェルディナンド様らしいといえばフェルディナンド様らしいんだけど。
「其方が戻ってきたのはクインタより遅かったが、其方はあの無礼者より先に礎へたどり着いた。少なすぎて礎を染めるにも及ばぬが、魔力が増えていることは間違いない。よくぞ、あの卑怯者を出し抜いた」
……えーと、礎に魔力を流せって指示を出したのはフェルディナンド様なんですけど。
褒められているっぽい雰囲気なので敢えて口には出さないが、別にわたしはフェルディナンドを出し抜いたわけではない。わたしの余剰魔力を減らしたり、魔力の増減で女神の御力に変化があるのか調べたりしたがったフェルディナンドに言われるまま魔力を流していただけだ。
「そして、国境門のほとんどは其方の魔力で染められている。これらの功績を認め、我はクインタではなく、其方を新たなツェントとする」
「はい?」
ちょっと理解が追い付かない。ツェントに任命されても困る。わたしは今メスティオノーラの化身としてエグランティーヌにグルトリスハイトの魔術具を継承させる儀式の最中だ。わたし自身がツェントになる予定は全くない。それに、勝手に予定を狂わせたらフェルディナンドに怒られる。
「クインタより早く礎を魔力で満たせ、マイン」
「そんなことをおっしゃられても、一位はフェルディナンド様ですよね? わたくしがツェントになるのは筋違いです」
何のための競争ですかとわたしが訴えると、エアヴェルミーンは素知らぬ顔で「だが、其方は礎に魔力を注いだではないか」と言う。
「それはそうですけれど、あれはフェルディナンド様が……」
「何より、我はあの無礼者が好かぬ。ツェントはクインタ以外の者が良いと思っている」
好き嫌いという感情で語られると、説得するのは無理だ。色々とやらかしてきているフェルディナンドが嫌われていても何の不思議もない。
「これまでにフェルディナンド様が行ってきた数々の無礼を考えたら、確かにお気持ちはわかります。でも、フェルディナンド様が勝ったらフェルディナンド様の望んだ通りにするとおっしゃったではありませんか」
そういう約束の競争だったはずだ。好き嫌いではなく、結果を見てほしい。それに、フェルディナンド自身がツェントになるわけではないのだ。エアヴァルミーンの望みにも沿っていると思う。
「クインタが自由にするのは、クインタが礎を満たした時の話ではないか。アレはまだ礎を満たせておらぬ。今しかない。クインタに礎を奪われる前に其方が染めるのだ」
……いや、そんなことを決定事項のように言われても……。
下手に礎を染めると、エグランティーヌが染め直すのが大変になるし、自分の魔力はアーレンスバッハの祈念式やエントヴィッケルンのために置いておきたい。わたしがツェントになるのが当然であるように言われても困る。わたしはツェントになる予定はない。エグランティーヌをツェントにするために、すでに皆が動き出している。
わたしは必死にエアヴァルミーンを説得する言葉を探した。けれど、神の理で動く存在を説得するための言葉がすぐには見つからない。
「其方の魔力では心許ない。無尽蔵に力を振るうことが可能なメスティオノーラが協力してくれるそうだ。メスティオノーラの力で礎を染め終わるまで少しの間体を借りるぞ」
「ひゃっ?」
エアヴァルミーンの言葉と共に上から光が降ってきた。直後、わたしの腕を包んでいる魔石の数々が、歯向かうようにバチバチと音を立てる。
わたしが許可を出すより先にフェルディナンドが作ったお守りが発動した。わたしの意見などお構いなしで体を奪われるところだったことに気付き、神々の強引さに鳥肌が立った。
……また記憶を失う!?
「ダメです! 貸しません!」
わたしは叫ぶように宣言して自分の体に入り込もうとする存在に抗った。ぎゅっと自分の両腕を交差してつかみ、魔石に魔力を流す。
わたしにだって譲れないことはある。これ以上、記憶を失うわけにはいかないし、考えなしに貸さないとフェルディナンドと約束した。自分の意識がない間に周囲の状況が変わっているのも嫌だ。メスティオノーラに体を貸している間、一体何があったのか、フェルディナンドは全てを教えてはくれなかった。
……フェルディナンド様に心配かけるのも、傷つけるのも嫌なんだよ!
絶対に貸すもんか、と強く思ったところで降り注いでいた光が消えた。同時に、エアヴァルミーンが威圧的な力を放ち始める。
「マイン、我等にたてつくか?」
「たてつくつもりはありませんけれど、前回女神様に体を貸したことでわたくしの大事な記憶が奪われたのです。まだ大事な記憶は戻っていません。これ以上、わたくしは自分にとって大事な物を失いたくないのです」
国の礎を染めろというならば、ツェントになったエグランティーヌ様や、アーレンスバッハの土地を満たすことが大変になるけれど、一旦染めても構わない。けれど、女神に体を貸すのはお断りだ。
「記憶を失わねば良いのだな? ならば、他の神々にも協力してもらうとしよう」
「え? 他の神々に何を……?」
「其方に祝福を。礎を満たす力を授けよう」
エアヴァルミーンはゆっくりと手を動かす。何色もの光が一斉に降り注いできた。メスティオノーラの御力で満たされていた自分の中に、全く違う属性の御力が次々に入って来る。これまでに受けていた祝福と全く違う。複数の神々から流し込まれた御力が互いに反発し合う不快感と苦痛にわたしは悲鳴を上げた。