Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (68)
反対と説得
神殿長の目の前でぶっ倒れたわたしは、神殿長に呼び出された灰色の神官によって宿泊室に戻され、勝手に出歩かないように巫女が監視として置かれた。
結果として、一人でこっそりトイレはできず、巫女の世話になってしまった。
他人様に監視されながらの行為に涙目になり、後始末をさせてしまった申し訳なさと恥ずかしさに巫女とは顔を合わせることができず、頭まで布団を被ってゴロンゴロンとのたうちたかったけれど、身体に力が入らない状態ではそれもできない。
でろんとベッドの上で伸びながら、できない尽くしの自分にガッカリしていると、洗礼式を終えたルッツが様子を見に来くれた。綺麗な部屋に監視が付いている物々しい様子にルッツはぎょっと目を剥いて、ベッドの傍らに駆け寄ってくる。
「何やらかしたんだよ、マイン!?」
「えーと、水場を探して迷子になって……倒れた」
ベッドからのっそりと頭を持ちあげて、大まかに答えると、じっとりとした視線でわたしを見ていたルッツが腕を組んで、首を振った。
「それだけじゃないだろ? 全部言え」
「うぐっ……。えーと、図書室見つけて、興奮して……」
言葉の途中でルッツが目を細めて首を傾げる。
「図書室って何だ?」
「神が作り給いし、この世の楽園」
「はぁ?」
「……本がいっぱいある部屋」
「あぁ……。もういい。全部言わなくても大体わかった」
ルッツは片手で額を押さえながら、もう片方の手をパタパタと振った。話が打ち切られてしまったので、わたしは帰り支度をしようとベッドサイドにある髪飾りを手に取る。
「大事な事言ってないでしょ? 神殿長に直訴して倒れたのよ、このお嬢様は」
くるくると髪をまとめていると、わたし達の会話を聞いていた監視役の巫女が呆れたような顔で肩を竦めた。
気色ばんだルッツが、ぐにっとわたしの頬を摘まんで引っ張る。
「何やってんだ、バカ!」
「ごめん。さすがにちょっと興奮しすぎたなぁ、とは思ってるんだけど」
もうちょっと冷静に理性的に事が運べればよかったのだが、結果オーライ。神殿巫女になれそうな目途も付いたし、神殿長の部屋で聖典を読ませてもらえることにもなった。反省はしているが、後悔はしていない。
「これ以上、余計な事をする前に帰るぞ」
ルッツに背負われて、巫女の先導で神殿を出ると、神殿前の広場では父が苛々した様子でわたし達が出てくるのを待っていた。
「……迎えがいるのね。じゃあ、わたしはこれで」
「お世話になりました」
そのままわたしは父に背負われて家に帰ることになった。道中でルッツが父に本日あったことを簡単に報告しているのを聞きながら、揺れに任せていると眠たくなってくる。
「オレ、店で契約済ませてから帰るから」
ルッツの声にハッと意識が戻ると、ベンノの店の前だった。さすがにこの状態ではベンノの店に寄ることもできない。今日の報告と見習いとしての契約に行くルッツとは、ベンノの店の前で分かれることになった。
わたし達に気付いたマルクが店から出迎えに来てくれる。わたしはマルクに父の背中から手を振った。
「今日はありがとう、マルクさん。店に寄るのは無理だから、また来るね」
「お大事に」
「ルッツ、契約、しっかりね」
「おぅ。ちゃんと休めよ」
見送ってくれるルッツとマルクに手を振りながら、わたしは父と一緒に家に帰った。
お祝いのためのちょっと豪勢な夕飯を終え、家族でお茶を飲みながら、わたしは父を見た。巫女見習いになりたい、という話をしなければならない。
「ねぇ、父さん」
「なんだ?」
父がコップに口をつけて一口含む。
「わたし、神殿の巫女見習いになろうと思うんだけど」
父の笑顔が一瞬で消えた。
次の瞬間、ダン! と大きな音を立てて、コップがテーブルに打ち付けられた。ビクッと竦み上がったわたしと同じように、コップの中で飛び上がったお茶がパタパタとテーブルに落ちる。
「……何だと? もう一度言ってみろ」
父の凄むような低い声に驚いて、わたしは目を瞬いた。背筋が震えるほどの怒りと嫌悪感を剥きだしにされて、心臓が嫌な音を立てる。
「……神殿の、巫女見習い」
「ふざけるな! 俺は自分の娘を神殿になど入れはしない」
「と、父さん。なんでそんなに怒ってるの?」
いきなり豹変した理由が全くわからず、わたしはただ戸惑うしかできない。反対はされるだろうと思ったけれど、父がここまで嫌悪感を剥きだしにして怒るとは全く考えていなかった。
「神官や巫女見習いは、孤児がなるものだ! 親がおらず、庇護する者がいない孤児が生きていくために、仕方なくなるものだ。マインがなるものじゃない!」
「孤児がなるもの、なの?」
「あぁ、そうだ。親が揃っているマインがなるようなものじゃない。二度と言うな!」
取りつく島もない父の態度にただ呆然とした。そして、その一方で父の言葉に納得もできた。
ほんの少し引っ掛かっていたのだ。巫女見習いの希望者が存在することを考えていなかったような神殿長の反応や「君のような家庭の子供」という言葉に。
「ギュンター、マインは知らなかったんだから、そんなにきつく言わないで」
「……あぁ、そうだな」
苛立った感情を吐きだすように、ゆっくりと呼吸した父がわたしの頭をぐしゃりと撫でる。そして、ポツポツとお茶が飛んだテーブルを軽く拭きながら、母が少し首を傾げた。
「それにしても、何故マインは突然巫女見習いなんかになりたいと言い出したの?」
両親の言葉の端々から神官や巫女に対する差別意識が透けて見える。神官や巫女はどちらかというと敬われる職業だと思っていたので、ビックリだ。
「わたしね、洗礼式で倒れた後、水場を探して迷子になったの」
「宿泊室にいたんだろう? 大体は部屋を出れば水場があるじゃないか」
ルッツから簡単に事情を聞いていた父が首を捻る。確かに、平民が利用する大部屋はすぐ近くに水場があることが多い。
わたしは小さく首を振った。
「……わたし、晴れ着が豪華だったから、本当にお嬢様と間違われたみたいで、貴族の紹介状を持ってくる商人が泊るような部屋に通されたの。だから、すぐ近くになくて……」
「あぁ、あの服なら仕方ないな」
父が何度か頷いた。母もトゥーリも納得の表情だ。
「迷っている間に貴族の人が使うような場所に入り込んじゃったの」
ザッと両親が青ざめた。身分社会だからこそ、住み分けは徹底的にされている。ふらふらと迷子になって、貴族に難癖をつけられたら、人生そこで終了になる可能性は高い。
「巫女さんが見つけてくれたから、お貴族様と会うことはなかったんだけど、図書室があってね。すごくいっぱい本があったの。読みたくて、読みたくて、堪らなかったのに、わたしは入れなくて……」
「本、だと?」
父の眉がピクリと動いた。
「どうしたら入れるか聞いたら、巫女見習いになれば入れるって言われたから……」
「それで考え無しに見習いになろうと考えたのか。……ハァ。本は諦めなさい。今まで通り自分で作ればいい」
「え?」
本を諦めろと言われたことが信じられなくて、わたしは父を見つめた。父は笑みを一切浮かべていない真剣な表情でわたしを見据える。
「マインは家族と縁を切り、本を読むために孤児院で巫女見習いとして生きていくのと、家族と一緒に今まで通り過ごすのとどちらを選ぶんだ?」
家族と本とどちらかを選べ、と言われて、頭が真っ白になった。
身食いで朽ちるギリギリまで家族と過ごしたい。その時間の中で少しでも本を作って、読んで満足したいと思っていた。
今日、図書室を見つけて、本が読めるかもしれないことに浮かれて、興奮していたけれど、家族と離れることは考えてもいなかった。
「……家族と、縁を切るの?」
唇が震えて、まともな声にならない。掠れた声で問いかけると、父は重々しく頷いた。
「そうだ。巫女見習いは神殿で暮らすことになる。仕事はきついし、一緒に仕事をする相手は孤児ばかりだ。身食いのマインになれるはずがない。体調管理さえ自分でできなくて、洗礼式で倒れるのに、一体何の仕事ができる? それに、本は高価だ。見知らぬ者が入らないように、魔術具か何かで守られているほど、希少な物なのだろう? 見習いになったところで、すぐに触れる物なのか?」
父の言葉はいちいちもっともで、反論の余地がない。
巫女見習いになるのは無理だと、わたしの頭は答えを出している。けれど、あれだけの本を見せられて諦めることはしたくない。
泣きたい気分でグッと唇を噛みしめていると、トゥーリがわたしの手を取った。目にいっぱい涙を溜めて、わたしの手を離すまいときつく握る。
「マインは巫女になりたいの? 一緒にいるって、わたしと約束したのに、約束破るほど、巫女になりたいの?」
トゥーリの言葉がスコンと胸に当たった。身体から力が抜けていくのを感じながら、首を横に振った。
「……ううん。わたしは目の前にあった本を何とかして読みたいと思っただけ。別に巫女になりたいわけじゃない」
巫女見習いはただの手段で目的ではない。家族を泣かせ、家族と離れてまでなりたいものではないのだ。
わたしの答えにトゥーリは顔を輝かせながら、それでも、一抹の不安を覗かせる。
「よかった。……マインは一緒にいてくれるよね? 約束したもんね?」
「うん。……体調が良くなったら、神殿長にお断りしてくるよ」
わたしの下した答えを聞いて、父は胸のつかえが下りたように安堵の息を吐いて、ぎゅっとわたしを抱きしめた。
「わかってくれてよかった。お前は俺の大事な娘だ。神殿なんかにはやらん」
家族を悲しませずに済んで良かったと、思う心は確かにあるのに、自ら図書室に繋がる道を閉ざした瞬間、身食いの熱が身体の中で広がり始めた。
「マイン、熱が上がり始めたぞ?」
「一日に何度も倒れたんでしょ? 話が終わって緊張の糸が切れたのよ。もう寝なさい」
ベッドに入れられたわたしは、ゆっくりと身食いの熱が広がっていくのを感じながら、軽く目を閉じた。
本を選ぶことができなくなるなんて、思いもしなかったな。
今まで、わたしの中に本を選ばないという選択肢は存在しなかった。麗乃時代なら即答で本を取って、家族と離れたはずだ。何を置いても、まず本だった。
それなのに、今は即答で本が選べなくっている。本が周りに存在しないから、家族が一番大事なのだと思っていたけれど、いつの間に家族が本と同じくらい大事になっていたようだ。
でも、せっかく見つけたんだもん。本、読みたい。
家族と本とどちらかを選ぶことができなくて、でも、本を切り捨てるなんてできるわけがない。そんな状態で熱を押し込もうとしても、いつもと違ってうまくいかない。図書室に未練を残す不安定な精神状態を嘲笑うように、身食いの熱が勢いを増していく。
思った通りに動かない熱に苛立ちを感じながら、わたしは家族と本の両立で自分なりの妥協点を探り始めた。
巫女見習いにならずに本を読める方法はない? 寄付金の話をしたら態度が変わったし、もうちょっと稼いで、お金を積み上げて入室許可を取ってみる? お金で人の頬を叩くような真似は気が進まないけど、背に腹は代えられないよね?
差し当たり、神殿長の部屋に行って、聖典だけでも読ませてもらえば、ちょっとは満足できるかな?
結局、身食いの熱を抑え込むのに2日かかった。やっと熱が下がって起き上がれるようになったけれど、まだ身体がだるい。身食いの熱が引いたので、今日一日寝ていれば回復するだろう。
様子を見に来てくれたルッツが、わたしの顔を見て難しい顔をした。
「まだ顔色悪いぞ。旦那様がマインと話をしたいって言ってたけど、今日は無理そうだな」
「ルッツ、明日の予定はある? わたし、神殿に行って、その後、ベンノさんのお店に行きたいんだけど、一緒に来てくれない?」
わたしの問いかけにルッツは少し首を傾げた。
「神殿? 別にいいけど何しに行くんだ?」
「聖典を読みに。……ついでに、巫女見習いの話を断ってくる」
「はぁ? 巫女見習い? どこから出てきた?」
そういえば、神殿長に直訴して倒れたとは巫女が言ったけれど、どんな直訴をしたのかは話をしていなかった。
「洗礼式で図書室を見つけたって言ったでしょ? 入れるのは神殿関係者だけだって言われたから、神殿関係者になろうと思ったんだよ。巫女見習いが一番簡単だと聞いて飛びついちゃったの」
「オレが旅商人になるより無謀だぞ? ちょっとは現実見ろよ。一足飛びに突き進むんじゃなくて、実現可能な回り道を探せって、オレに教えたのはマインだろ?」
自分にとって都合のいい夢を見る少年から、地に足のついた夢を追いかける少年へと変わったルッツの言葉は痛いほど胸に刺さった。
「……最短ルートで本を読むことしか考えてなかった」
「本のことになるとマインは本気で周りが見えてないからな。もう神殿に行くの、止めておいた方がいいんじゃないか? 期待と失望の連続で身体に悪そうだ。身食いの熱が暴れ出すんじゃないのか?」
「せめて、聖典だけでも読もうって考えて、身食いの熱を抑え込んだところなの」
ルッツは何とも言えない顔でわたしを見下ろして、苦笑しながら頭をポフポフと叩いた。
「自分で折り合いつけたのか。本に関してマインが譲るなんて思わなかった。よく頑張ったな。……まぁ、神殿に通うだけで気が済むならいいけどさ。どう考えてもマインが神殿で生活するのは無理だと思うぜ」
「うん、わかってる」
次の日、わたしはルッツと一緒に神殿へと行った。ベンノの店に行くので、新しい綺麗な服を着ている。神殿長の部屋の辺りは豪華なので、普段の服よりこちらの方が良いだろうと思ったせいもある。
門番に名前を告げて、神殿長に会いたいことを伝える。すでに話が伝わっていたようで、灰色の神官が現れて、神殿の中を案内してもらえることになった。
「ルッツはどうする? 一緒に来てもやることないでしょ? ベンノさんのお店で色々勉強してきたら? 神殿での用件が終わったら、お店に行くよ?」
「5の鐘が鳴ったら迎えに来るから、待ってろ。勝手にフラフラするなよ?」
「わかった」
灰色の神官に案内されて神殿長の部屋に行ったけれど、神殿長は不在だった。代わりに青い服を着た神官長が出迎えてくれた。
父と同じ世代くらいで、薄い水色の髪を肩ほどまで伸ばしている。神殿長は威厳のあるちょっと恰幅の良いおじいちゃんだが、神官長はかなり背が高く、やせ形だ。実務レベルで人をまとめ、奔走しているやり手な人に見える。
「君がマインか? 神殿長から話は聞いている。さぁ、入りなさい」
「ありがとうございます」
「神殿長が戻るまで、聖典を読んでやってほしいと頼まれている」
神官長がわたしに読み聞かせてくれるらしいけど、神官長自らのおもてなしを受けるなんて、わたし、何かしたっけ? あ、寄付金か。
高額寄付をしてくれる相手だから、丁寧に接してくれているのだろう。どうやら、提示した寄付金の金額は相当インパクトがあったようだ。これなら、交渉次第で図書室への道が開けるかもしれない。
「では、そこで聞いていなさい」
部屋の中央のテーブルで神官長は読み聞かせを始めてくれたが、正面に座らされたわたしには本の表紙が見えるだけだ。どうやら本には触らせてはくれないらしい。わたしが一体何をするのか、何を考えているか、警戒しつつのおもてなしである。
「あの、神官長。話が聞きたいんじゃなくて、わたし、本が見たいんです」
「それは何故だ? 君は神の話を知りたいのではなかったのか?」
「話も知りたいけれど、知らない単語を覚えたいんです」
わたしの言葉に神官長は虚をつかれたような表情になった。少し考えた後、深く頷く。
「……なるほど。ただ、これは貴重な聖典だ。決して触らないと約束できるか?」
「します」
神官長はわたしを自分の膝に乗せて、聖典が見えるようにしながら、読んでくれる。端の方やページを捲る時に触るところが黄ばんだ羊皮紙に、流れるような美しい字が綴られている。古い紙の匂いを胸一杯に吸い込んで、ほぅ、と感嘆の溜息を吐いた。
やはり洗礼式の話はずいぶん簡単な言い回しに噛み砕いてくれていたようだ。かなり雰囲気が違って聞こえる。
神官長に聖典を読んでもらいながら、新しい単語を覚えていく。ずっと知りたいと思っていた一般名詞や動詞が次々出てくるのが面白い。
見覚えのある単語を聖典には触れないように気をつけながら指差しては読み上げていると、面白がった神官長が単語を教えてくれるようになった。
「君はずいぶんと覚えが良いな。これほど吸収が良いと教え甲斐がある。……君は貴族ではないのか? 両親どちらかが貴族の血を引いているという可能性は?」
「全くないと思います」
「そうか、残念だ」
何故神官長が残念がるのか全くわからない。ただ、この神官長はマルクと同じように神官や巫女の教育も受け持っているのではないかと思う。教師っぽいというか、人に物を教えることに慣れている雰囲気が、マルクと似ている。
「あぁ、来ていたのか。待たせたようだな?」
神殿長が戻ってきたので、わたしは椅子に戻るよう言われ、聖典は神官長によって丁寧に綴じられて棚の上へと返された。
「神官長が聖典を読んでくださったので、とても有意義で楽しい時間を過ごせました。ご厚意に感謝します」
神殿長がゆったりとした動作で神官長が座っていた椅子に座り、神官長が傍らに立った。
「それで、親御さんは何と?」
「巫女は孤児がなるものだから、ダメって言われて叱られました」
期待に目を開かせて身を乗り出す神殿長の言葉にわたしはしょぼんと肩を落とした。
神殿長はハァと溜息を吐き、頭を振った。神殿長の傍らから、神官長が口を開く。
「別に孤児がなるものだとは決まっていない。貴族の子もいる。確かに神官や巫女は孤児の確率が高いが、それは他の職業に就けないからだ。孤児はどうしても就ける仕事が限られ、神官や巫女見習いになるしか道がないんだ」
神官長の言葉にわたしは何度か目を瞬いた。
「どうして他の職業に就けないんですか?」
「紹介をしてくれたり、面倒を見てくれたりする人がいないからだ」
ものすごく納得した。親戚や身内の紹介で、見習いになれるかどうか決まるこの街の就職制度は確かに孤児には優しくない。親の紹介する仕事以外を選ぶだけで一苦労なのに、伝手を探すことさえできない孤児の苦労は想像もできない。
「孤児でなくとも巫女にはなれる。それは理解してほしい」
「はい。でも、見習いは神殿に住むもので、虚弱なわたしには見習いのきつい仕事もできないから無理って言われました」
「体調が悪かったわけではなく、普段から虚弱なのか?」
神殿長が少し眉を寄せながら、白いひげをなぞる。冬になったらサンタの衣装を着せてみたいと頭の隅で思いながら、わたしは大きく頷いて肯定した。
「はい。身食いって病気なんです」
「身食い!?」
ゆったり泰然とした動きをしている神殿長が目を見開いてガッと立ち上がった。立っていた神官長はバンとテーブルに手をついて、わたしに向かって身を乗り出してくる。
「身食いだと!」
「は、はい。それが何か?」
血相を変えた二人に詰め寄られて、わたしは反射的に身体を引いた。何かまずいことを言ってしまっただろうか、と眉を寄せるわたしの前で、神殿長が小刻みに震える手で扉の方を指し示す。
「神官長、あれを持ってきてくれ」
「わかっています」
軽く頷いた神官長が長い脚を生かした大股でスタスタと歩いていく。一見優雅なのに、ものすごく速い。よほど慌てているのか、神官長が出ていったドアは開け放たれたままだ。
呆気にとられて見送るわたしの視界の端で、神殿長が聖典の飾ってある棚の方へと身体の向きを変えた。
「神に祈りを!」
いきなりグ○コの祈りを始めた神殿長につられて、わたしも一緒に手だけ上げてしまった。
「神に感謝を!」
流れるような動きで土下座している神殿長の背中を呆然と見ながら、一体何が起こったのか、戦々恐々とする。
明らかに何かまずい展開になった気がする。ここから逃げ出したいが、先程の剣幕から考えても、そう簡単に逃げ出せるとは思えない。
わたしは椅子に座って固まったまま、祈り続ける神殿長からゆっくりと視線を逸らした。
ドアの向こうからカツカツと足音がずいぶんと速いスピードで近付いてくると思ったら、神官長が布にくるまれた何かを持って戻ってくる。
テーブルの上に布を取られながら、丁寧に置かれたのは、礼拝室の石像が持っていた聖杯だった。
「この聖杯に触ってみなさい」
「え? これってわたしが触っていいんですか?」
「あぁ、早く」
テーブルの上に置かれた聖杯に恐る恐る手を伸ばす。ギラギラとした目で、じっと見てくる二人が怖い。
わたしの指先が触れた途端、聖杯が眩しい光を放った。
「わぁ!? 何これ!?」
慌てて手を引いたら、すぅっと聖杯の光が消える。自分の指と聖杯を見比べるわたしの前で、神殿長と神官長が顔を見合わせて、頷き合った。
「マイン、君のご両親と話をしたい」
父さん、母さん、ごめんなさい。
なんか大事になったようです。