Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (7)
近所の男の子
本がなければ、自分で作ればいい。
そう結論を出したところで、わたしの気分は前向きになったけれど、困ったことに家の中には紙自体が存在しない。それはおうち探索をした時に確認済みだ。
つまり、紙を買いに行くしかないが、どこに売っているのか、わからない。困ったことに、この街にはコンビニもホームセンターもスーパーも文具屋もない。
さて、紙は一体どこに売っているのか。
雑貨屋のおじさんが「本は自分で書き写さなければならない」と言っていたので、白紙状態の本が売られているのではないかと思う。
けれど、それは一体どこにあるのだろうか。
もしかしたら、紙ばかりを扱っている紙屋があるのだろうか。
日本だったらルーズリーフに書き綴るなり、ノートに書くなり、コピー用紙に書いてホッチキスで綴じるなりすれば、あっという間に完成するのに、ここでは問題が山積みだ。
家の中に紙が存在しないので、本を作るためには紙探しから始めなければならない。
今日は母も朝から仕事に行ったので、家の中にはトゥーリとわたしの二人だけだ。当然、疑問を解消する相手もトゥーリしかいない。
「トゥーリ、『紙』ってどこに売ってるか知ってる?」
「何て言ったの、マイン?」
「だから、『紙』……あ!」
三つ編みを揺らして首を傾げるトゥーリの姿には覚えがある。わたしの言葉が日本語で理解できなかった時の顔だ。
まずい。ここの言葉で『紙』を何て言えばいいのかわからない。
失敗した! 雑貨屋のおじさんに何て言うのかも教えてもらえば良かった!
「……知らない、よね?」
「ごめんね。わからないみたい。面白い言葉だね」
ガクンと項垂れながら、わたしは深い溜息を吐いた。
実は、本を作るための問題は紙を売っている店がわからないだけではない。鉛筆やペンを売っている店もわからないのだ。
この家や街の状況を見る限り、シャープペンシルやボールペンがあるわけないと思う。万年筆が存在するかも怪しい。
さて、そんな状況で筆記用具は何を使えばいのだろうか。そして、一体どうやって筆記用具を手に入れればいいのだろうか。
何より一番問題なのが、材料を探して一人で買い物のために外に出ることができないことと、先立つ物がないこと。
ホントに困った。
「あーっ! 父さんったら、忘れてる!」
台所からトゥーリの声が響いた。のっそりと動いて、台所へ行ってみると、トゥーリが何やら包みを持っていた。
確か、今朝、父が寝起きのぼへーっとした顔で「今日の仕事に使うから出しておいて」と、朝の忙しい時間に言いだして、「なんでもっと早く言わないのよ!?」と母の機嫌をとげとげ状態にした物だ。
わざわざ物置をひっくり返して探していたのに、これを忘れていったと母が知った時の怒りを考えると、背筋がぞくぞくする。
「トゥーリ、きっと母さん、怒るよね?」
「マインもそう思う?」
この世界の人なのか、この家族限定なのか、わからないけれど、感情を非常にストレートに出すのだ。笑う時は馬鹿みたいに大笑いするし、怒る時は烈火のごとく怒る。つまり、怒り爆発させた母はマジ怖い。
「トゥーリ、これ、父さんに届けた方がいいよね?」
「……うーん、でも、マイン一人にするのは……」
ちょっとお皿を洗いに行ったら、勝手に寝室を抜け出して、大泣き。母と一緒に市場まで買い物に行ったら、気を失ってぶっ倒れる。
わたしに対する家族の信頼度は底辺を這っているので、トゥーリはわたしを一人で留守番させるつもりはないらしい。
「父さんもないと困るよね?」
「……マイン、門まで歩ける?」
トゥーリはわたしを留守番させるのではなく、同行させることにしたらしい。
市場に行った時の道のりを考えるとやや不安だったが、後々の母の怒りの方が怖い。わたしはグッと拳を握って、頑張るアピールをしてみる。
「が、頑張る」
「じゃあ、行こうか」
母と買い物に行った時と同じように何枚も服を着こんで、包みを持って出発だ。
何枚も服を着ると言っても、決してオシャレのためではない。完全に防寒のためだ。
ちなみに、わたしが持っている服は肌着2枚、毛織物のワンピース2枚、毛糸のセーターが1枚。毛糸の股引みたいなの2枚。毛糸の靴下2枚。持っている服を全部着込むのだ。
「トゥーリ、重くて動きにくいよ?」
「でも、全部着ないと、どれも継ぎ接ぎが当たっている服だから、どこから風が吹きこんでくるかわからないでしょ? 特に、マインは風邪を引きやすいから、ちゃんと着なきゃダメ」
母は問答無用で着せられたれど、トゥーリなら懐柔できるかな? と思ったが、責任感の強いトゥーリは、わたしの体調が悪化しそうな格好では外に出せないと譲らない。
諦めて全部着たけど、おかげでものすごく動きにくい。
トゥーリは丈夫なので、それほど着込むわけでもなく身軽だ。おまけに、子供達だけで近くの森に薪拾いに行ったり、母に頼まれて近所にお届けものに行ったり、外を出歩くことが多くて体力もある。
しかし、わたしは体力もスピードもない。あるのは服の重さだけだ。
「マイン、大丈夫?」
「ぜぇ、ぜぇ……ゆっくり、歩けば、大丈夫」
階段を下りた時点で、わたしが息切れしているのは、前回と同じだ。
わたしは自分のペースで歩く。無理して倒れたら、さらにトゥーリを困らせてしまう。小さなところから信頼を積み上げていくのが大事なのだ。
それにしても、石畳って歩きにくいなぁ……。
でこぼこしていて、よく気を付けて歩かないと、足を引っ掛けてすぐに転びそうだ。手を繋いでくれているトゥーリに周りのことは任せて、わたしは自分の足元だけを見て歩くことにした。
「あれ? トゥーリじゃん! 何やってんだ?」
やや遠いところから響いてきた男の子の声にわたしは顔を上げた。
背負子と弓を持った男の子が三人、駆け寄ってきた。赤、金、ピンクの頭がカラフルでついつい頭に注目してしまう。
もともとはちゃんと染めてあっただろう服も、土や食べ物の染みで斑模様の薄い灰色のような色になっていて、お下がりを着回しているのか、継ぎ接ぎだらけだ。
自分が着ている物と大して違いがない様子から、生活レベルは同じくらいだと思う。
「あ、ラルフ! ルッツとフェイも一緒ね!」
トゥーリが親しげなので、マイン自身とも多少係わりがあるかもしれない。ちょっとこめかみに力を入れるようにして、わたしはマインの記憶を探った。
あ、やっぱりいた。へぇ、ご近所さんか。
トゥーリと同じ年のラルフ。ラルフが赤毛で一番体格がいい。子供達のまとめ役。みんなのおにいちゃんって感じの雰囲気だ。
フェイもトゥーリと同い年。ピンク頭で、悪戯好きそうな悪ガキの顔をしている。病弱なマインに対する力加減がわからないのか、あまり近付いてこないので、記憶は少なめ。
ラルフの弟が金髪で、わたしと同じ年のルッツ。マインに対しておにいちゃんぶった言動をしているのが、背伸びしたい男の子って感じで可愛い。
三人はトゥーリが森に行く時によく一緒に行っているメンバーで、どうやらマインも一緒に森に連れて行ってもらったことがあるようだ。ほんの数回のお出かけが他の記憶に比べてはっきりと記憶に残っている。
わたしが記憶を探る方に意識を向けている間に、トゥーリは弾んだ様子でラルフと言葉を交わしていた。
「父さんが忘れ物したから、門まで届けに行くの。ラルフ達は森?」
「そう。門まで一緒に行こうぜ」
「うん!」
ラルフと話をするトゥーリの輝く笑顔を見れば、普段トゥーリに無理させていることがよくわかる。
やっぱり子守りより、みんなと森に行って採集する方が楽しいよね? ごめんね、足手まといな妹で。
でもね、熱が下がって数日たったし、そろそろ、お出かけしても大丈夫だと思うんだ。具体的には、紙を売っている店を探しに行くとか、ね。
ラルフ達が一緒になった途端、今までわたしのスピードに合わせてくれていたのに、いきなりトゥーリの歩くペースが上がった。
手を繋いだまま、引きずられそうになって、足がもつれる。
「わわわっ!」
「マイン!?」
トゥーリが足を止めてくれたので、すっ転びはしなかったが、その場に膝をついてしまった。
「ごめん、マイン。大丈夫?」
「……うん」
痛いわけではないが、一度座り込むと立ち上がるのが、かなり辛い。このまま休憩したくなる。
ちょっと息苦しいなぁ、と思っていると、スッと手が差し伸べられた。
「……なぁ、マイン。オレ、背負ってやろうか?」
ルッツ、なんていい子!
マインの記憶によると、ルッツはいつもラルフやフェイに格下扱いされているので、同じ年とはいえ、病弱で小柄なマインに対してはおにいちゃんぶった言動をする。体力がなくて、すぐにへろへろになるマインを庇ってくれたり、荷物を持ってくれたり、なかなか紳士で将来有望な少年だ。
おまけに、ルッツの金髪は、わたしにとってはピンクや緑より見慣れた色なので、精神的にも安心できる。
「マイン、また熱出してたんだろ? 辛そうだし、背負ってやるよ」
ルッツの心意気は嬉しい。ホントだよ? でも、わたしより大きいとはいえ、同じ年のルッツに背負ってもらうのは、悪いし、潰れないか心配だ。
わたしがどうしようかな、と悩んでいると、軽く溜息を吐いたラルフが荷物を下ろしながら、口を開いた。
「ルッツが背負うんじゃ、いつまでたっても森に着かないって。オレがマインを背負うよ。お前はオレの弓を持て。フェイは背負子な」
「ラルフ兄……」
ルッツが不満そうにラルフを睨んでいる。もしかしたら、手柄を横取りされたような気分になったのかもしれない。
「ルッツが一番に心配してくれたの。優しいね。ありがとう、ルッツ。嬉しかったよ」
わたしはニコリと笑うと、ぎゅっとルッツの手を握って、いっぱい褒めておく。
ルッツは自分が心配したことを認められたことで満足したのか、照れたように笑って、おとなしくラルフの弓を手に取った。
子供のこういう優しい部分はよく褒めて伸ばしておかなくちゃね。ほら、精神的な大人として。
「ほら、来いよ」
「うん、ありがと、ラルフ」
トゥーリよりちょっと大きいラルフの背中に、ていっと寄りかかって体重をかける。幼女に恥じらいなんて必要ない。断じてない。
わたしを背負ったラルフがしっかりとした足取りで、歩き始めた。30~40センチ視界が高くなれば、ずいぶん景色が変わって見えた。具体的には、足元の石しか見えていなかったのが、ちゃんと街並みが見えるようになった。
それに、わたしに合わせてくれていたスピードが、本来のスピードになるのだから、景色の流れが段違いだ。
「うわぁ、高ーい! 速ーい!」
「あんまり興奮するなよ? また熱出るぞ」
「うん。気を付ける」
えっへっへ~、病弱幼女ってお得~。
それにしても、手伝いで薪を背負って帰ってくる男の子は力あるなぁ。子供の割に筋肉が結構かっちりしてる。
わたしの記憶にある日本人の小学校低学年に比べたら、体格がずいぶんと違う。生活環境と人種自体が違うので、比べるものではないかもしれないけれど。
そして、日本と比べてはいけないのは、景色も同じだ。
細い路地から少し流れ出てくる汚物とか、大通りを行き交うロバが糞を垂れ流しながら通り過ぎていくのとか……。
べ、別に、汚物が見たくて見たわけじゃないからね!
日本じゃ見ない光景だったから、あまりにビックリして、つい目がそっちに行っちゃうんだよ!
市場に行った時と違って、職人通りを歩いているせいなのか、一階のお店の中が全く見えない。商品を扱っているだけの店は、ガラスの窓だったけれど、ここはドアのところに下げられた看板くらいしか見えない。
おまけに、同じ色の同じような建物がずらっと並んでいるから、目立つ物に目が引き寄せられてしまっただけだ。わたしは悪くない。
「ラルフ、大丈夫? マイン、重くない?」
心配そうにラルフと背負われたままのわたしを見比べて、トゥーリはラルフに問いかける。ラルフは一度身体を揺すってわたしを背負い直してから、少々ぶっきらぼうにちょっとだけ顔を背けて口を開いた。
「いいって。マインはちっこくて軽いし、歩かせたらお前だって困るだろ?」
照れているっぽい表情と言葉から察するに、困っているトゥーリを助けたい。トゥーリに感謝されたいってことですか?
ほほぉ、ラルフ少年。狙いはウチのトゥーリですか?
将を射んと欲すれば、先ず馬からって言うもんね。まぁ、わたしは馬でもいいよ。
よしよし、このまま育て、幼馴染ラブ!
……もちろん、わたしの勝手な妄想だ。
二人とも幼くて、別にラブなんて全く感じてないんだろうけど、本という娯楽がないのだから、妄想して、脳内で文章にするくらいは許して欲しい。
だって、ラルフってば、さらっと「トゥーリ、なんかお前、いい匂いするな」なんて言って、トゥーリの三つ編みを匂ったりするんだもん。
少女漫画のヒーローか、お前は!? ってツッコミたくなるんだよ。
「ホント? ありがと」って、トゥーリも頬染めちゃってるしさ。
22歳のわたしでさえ甘酸っぱい経験なんてないのに、6歳のトゥーリがこんな甘い雰囲気出してたら、背中でニヨニヨして妄想くらいしたくなるでしょ?
本ばっかり読んで、妄想ばっかりして、夢の世界にいるから、男っ気がないんだなんて言葉は受け付けませーん。
昔っから家族ばかりじゃなく、お隣のしゅーちゃんにも言われてたことですから。
余計なお世話だ。ばーかばーか。
わたしがちょっと日本での苛立つ思い出に意識を飛ばしている間に、ラルフとトゥーリの幼馴染ラブはトゥーリを中心にした逆ハーレム物語に変化していた。
「ホントだ。いい匂い」
「どれどれ?」
そう言いながら、フェイとルッツもトゥーリの三つ編みに顔を近付けて、匂いを嗅いでいる。
これがお年頃の男女だったら、完全に逆ハーだ。
「髪もすごい艶々だ」
「何したんだ?」
むっふっふ。そうだろう。そうだろう。
驚いた顔をしている逆ハーメンバーの称賛に満足して、ラルフの背中でわたしは何度も頷く。
匂いきつめの花を乾燥させたポプリを衣装箱の中に入れたり、ご飯を作る時に沸かすお湯を先にもらって、トゥーリと二人で身体の拭きっこをしたり、ハーブオイルで髪の保湿をして、丁寧にブラッシングしたり、ちょっとずつ家の衛生環境を向上させている。
わたしの努力の効果がもう出ているらしい。
ちなみに、ラルフ達はちょっと臭い。この辺りでは普通の匂いだから、多少慣れてきたけど、臭いモノは臭い。ラルフには背負ってもらっている立場だから、口には出さないけど、臭いよ。
みんなまとめて石鹸で洗ってやりたくなる。ウチにあるのが掃除や洗濯に使うための臭い動物性石鹸ばっかりで、身体洗えるようないい匂いの植物性石鹸がないのが残念だけど。
あぁ、手洗いできるような石鹸も欲しいなぁ。
ぼへーと思考を飛ばしていたら、ルッツがくいっとわたしの髪を引っ張った。トゥーリにしていたように、くんと匂いを嗅ぐ。
「マインもいい匂いだ。それに、髪結ったら顔がよく見えて可愛くなったな」
色の薄い緑の目がわたしを見つめたまま、無邪気に細められる。
やばい! ルッツ、色素補正持ってる! 金髪緑眼ってだけでイケメン補正がかかって見える!
ひやああああああっ! 相手は幼児なのに照れるっ! 何の意図もないってわかってるのに、この構図は照れるっ! お願い、止めて! いい年して、そんなことされた経験ないから、対処に困るのっ!
心の中でもんどりうって固まっているのは、わたしだけだ。他のみんなはすでに森で採れる物や、あとどれくらいで初雪かなんて話をしている。
わたしを悶絶させておきながら、弓が上達したなんて自慢をしているルッツが憎たらしい。
はにかみながら礼が言えるトゥーリと違って、わたしは固まる以外できなかった。
まだ心臓がバクバク言っている。
5~6歳で平然とこういうことができるって、ここでは普通なの!?
ちょっと、この世界! 奥ゆかしくて恥ずかしがりやな大和撫子であるわたしには、心臓に悪すぎるんじゃないですか?
……はい、そこ。誰が大和撫子? って言わない!