Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (77)
閑話 門番という仕事
俺はギュンター。
愛する家族を守るため、今日も南門で門番をしている32歳だ。
今日はオットーが非常に鬱陶しい。笑み崩れてニヤニヤしていて、仕事になっていない。おそらく溺愛している妻に何か良いことがあったのだろう。わかっていても、何発か殴ってやりたいようなにやけ顔だ。
「オットー、少しは顔を引き締めろ。そんな顔で門番が務まるか!?」
「引き締めてますよ、一応」
俺が指摘すると、オットーはパンパンと自分で頬を叩いて、顔を引き締めているが、全く効果はない。頬が少し赤くなっているが、顔は崩れたままだ。
呆れて溜息を吐く俺の背後で、クックッと低い笑い声が聞こえてきた。振り返るとそこには士長が肩を揺らしながら立っていた。
「部下は上司に似るのか? 仕事に対する上の空っぷりが娘に何かあった時のお前とそっくりだぞ」
「っ!? いや、士長、俺は……」
「お前がちょっと話を聞いてやれ。なに、いつもと逆なだけだ」
ポンポンと俺の肩を叩いて、士長が去っていく。
トゥーリの洗礼式で落ち込んだり、マインに関することでは時々話を聞いてもらっていたり、時折オットーには世話をかけている自覚が少しはある。
仕方ない。気は重いが、今日はオットーにとことん付き合うことにするか。……だが、オットーのヤツと話をしたら、本気でのろけ話が長いんだよな。
溜息を吐く俺は、自分が周囲に同じような評価を下されているとは思ってもみなかったし、家族愛が鬱陶しい二人で仲良くやってほしいと望まれているなんて知る由もなかった。
交代と引き継ぎを終えると、オットーを連れて東門の方へと足を伸ばす。
東門は街道に繋がる門で、最も人通りが多く、宿屋や飲食店が軒を連ねている通りになる。大通りに近い路地や裏通りにも店は軒を連ねていて、この街の住人は大体行きつけの店を持っているものだ。
夏なので、どの店も出入り口の扉は大きく開け放たれていて、中で酒を飲みながら大騒ぎしている声があちらこちらから聞こえてくる。行き交う人とぶつかるのを避けながら、俺達は門の兵士が集まりやすい行きつけの酒場に向かった。
酒と料理の匂いが充満する酒場の中に踏み込むと、店のほぼ真ん中にある二つの並んだ長テーブルは団体の客が占領して、十数人が大声で何やら言い合っている。壁際には少人数で利用できる丸テーブルがいくつかあり、ほとんどが埋まっていた。
「いっぱいですね」
「さっさと行くぞ」
わぁわぁと大騒ぎしている団体さんの後ろを通り抜けて、奥のカウンターで酒を注いでいる店主に声をかける。
「おぅ、エッボ。ベレアを二人分だ。後は腸詰の塩茹でをいくつか適当に頼む」
「あいよ」
店主であるエッボにベレアを二人分注文する。洗礼式の後から兵士見習いとして門番をしている俺にとっては、それほど大きくないこの街の人間なんて、顔を見せずに馬車で移動する富豪や貴族を除けば、ほとんどが顔見知りのようなものだ。
ベレア2杯分と腸詰の代金として大銅貨1枚をカウンターの上に出すと、エッボが木の杯にベレアをなみなみと注いでくれた。零さないように気を付けながら杯を持つと、空いているテーブルを探して、奥の方の丸テーブルへと移動する。
まだ前の客の食器が残っていたが、俺達が座ろうとするのを目敏く見つけた給仕女が木の杯やフォークなどの食器を手早く持ち去っていく。
テーブルに残されているのは、肉汁を吸って少しふやけた食器代わりの固いパンだけだ。そのパンでテーブルの上をザッと拭いて、パンごと床に落とせば、店の犬が尻尾を振りながらやって来て、パンをガフガフと食い始める。
片付いたテーブルの上に自分達が持ってきた杯を置いて、ガタガタと音を立てながら椅子に座った。
「ヴァントールに感謝を」
酒の神に感謝を述べ、木の杯を軽く互いに見せ合うと、ベレアを口へと運んだ。
ゴクゴクゴクと杯のほとんどを一気に喉に流し込むように飲む。これがベレアを一番うまいと感じる最高の飲み方だと俺は思っている。仕事帰りの乾いた喉を通過するベレアの清涼感が堪らない。しゅわしゅわとする炭酸の刺激とベレア独特の苦みと香りが一瞬遅れて口の中に広がっていく。
「ぷはぁ、うまい!……で? 一体何があったんだ?」
空になった杯をテーブルにトンと置いて、口元の泡を拭っているオットーを促す。オットーは給仕女から腸詰の塩茹でを受け取りながら、二人分のベレアのおかわりを頼んだ。
皿代わりに使う固いパンの上に腸詰を取りながら、オットーはデレデレとした、にやけ顔で軽く肩を竦める。
「いやぁ、これはまだ言うなってコリンナに言われているので、いくら班長が相手とはいえ、喋れませんよ」
「何だ、子ができたのか」
「な、なな、なんでわかったんですか!?」
「いや、お前の状態と他に言うなという奥さんの言葉でわかるだろ?」
参ったな、とオットーが頬を掻く。
わかったのは、俺が全く同じことをして、周りに同じように指摘されたからだが、そんな余計な事は言わない。
それにしても、オットーが父親か。こんな浮かれている男で大丈夫か? と、一瞬頭をよぎった言葉も、よく考えてみれば自分が言われた言葉だった。
うん、子供ができて浮かれるということは、愛情深い良い父親になるはずだ。全く問題ないな。
我が身を省みた後、そう納得する。
「はい、おかわり! お待ちどうさん」
テーブルの上にドンと勢い良く杯が置かれて、中身が揺れてわずかにベレアの泡が飛び散った。しかし、そんな細かいことを気にする店員も客もいない。
給仕女に中銅貨を渡すと、俺とオットーは周りの喧騒につられるように、杯に口を付けた。一杯目と違って、勢いで流し込むことはなく、麦の香りと苦味と甘味と旨みの混ざった複雑な味を舌の上で転がして味わいながら、ゴクリと飲み下す。
そういえば、オットーの奥さんはエーファとトゥーリにとって憧れの裁縫師で、トゥーリは今の工房のダルア契約が終わったら、オットーの奥さんの工房へ移れるように頑張ると言っていた。
そして、奥さんの兄はマインが世話になっている商会の旦那様だ。自分自身はオットーとしか繋がりがないけれど、家族全体で見てみると意外と関係が深くなっている気がする。
「オットー。お前、奥さんも子供も大事にしてやれよ。お前の子が大店の後継ぎになるんだろう? マインが前にそんなことを言っていたぞ」
「……そのことで話があるんです、班長」
オットーの雰囲気ががらりと変わった。にやけていた顔が引き締まり、視線が言葉を探して空をさまよう。マインが抱え込んでいたことを家族に話そうとした時と同じように強張った肩を見て、一瞬で酒気が飛んで、頭が冷えた。
飲んだばかりなのに喉がカラカラに乾いたような気がして、ゆっくりとベレアを口に含んで一口嚥下する。
「……いいぞ、話せ」
「あ~、その、今すぐのことじゃないんです。……数年後のことになると思うんですが、俺、兵士を辞めることになると思います」
オットーが兵士の職に就いたのは、大店の跡取り娘との結婚を許してもらうためだった。
一介の旅商人が惚れた相手は大店の跡取り娘。旅商人と街の商人では何もかもが違う。旅商人がいきなり街の大店の商人になれるわけがない。
ついでに、娘の周りの人間には街での商人の地位欲しさに娘に言い寄っていると言われ、肝心の娘に不信感を抱かれる始末。オットーは街での市民権を買い取って、商人ではない職につくことで自分の想いを証明したのだ。
だが、あの時は本気で驚いた。俺が西門で門番をしていた頃だったから、もう4年ほど前になるだろうか。
門をくぐりながら、ここで商品を売ったら親の住む街に行って店を出すんだ、と語っていたはずの旅商人が、ほんの数日後には女を口説くためにこの街の市民権を買って、全財産を使ったので、商人以外の職の伝手がないか、と尋ねてきたんだからな。他の門番と一緒に何度か聞き返したくらい自分の耳が信じられなかった。
だが、俺はオットーが子供の頃から父親に連れられて旅商人として過ごしている姿を知っていたし、親元へ行くと言っていた男が全財産をはたいて市民権を買うくらい本気で一目惚れをしたことも理解できた。
オットーは旅商人として生活してきたお陰で、計算ができて、書類を読めて、そこそこの手練だった。結局、オットーを主に書類仕事をすることを条件に、兵士職を紹介したのは自分だ。
兵士というのは、どうにも鍛錬には熱心でも書類仕事を疎かにする男が多い。オットーが入ってからというもの、出入りの商人や貴族の紹介状を持ったヤツらとのやり取りが非常に楽になった。
そのオットーが兵士を辞める? 商人として、妻の家に認められたということか?
兵士としての職業の傍ら、妻の店を手伝わされていることは知っている。門に出入りする業者と商人としてやり取りして、勘が鈍らないようにしていることも知っている。オットーの努力が実ったのなら、めでたいことだが、顔色には困惑と戸惑いの色が濃い。
「子供ができてやっと義理兄に認められたのか?」
「……いや、その前から時々それらしい話が出ていたから違うと思います。原因はマインちゃんなんですよ」
「何!?」
思わぬところで娘の名前が出てきて、ぎょっとした俺は杯をドンとテーブルに置く。逆にオットーは表情を少し緩ませて、杯を手にとって一口飲んだ。
「班長、俺が商人以外の職として、一番に兵士を選んだのはこの街の住人と顔を繋ぐためでした。街の人々に顔を覚えてもらうため、自分が街の人々の顔を覚えるため。そして、街に出入りする商人や貴族を知るため、情報収集のために兵士を選んだんです」
「ふむ」
「もうしばらく兵士でいるつもりだったけれど、店の状況が変わってきているんです。マインちゃんが持ちこんだリンシャンや髪飾りがすごくいい商品で、ギルベルタ商会の業績が一気に伸びているんです」
「ほぅ。マインが持ち込んだ商品が?」
マインが褒められているのは嬉しいし、親として誇らしいけれど、ちょっと納得できないものがある。
俺の目から見れば、リンシャンを作っているのはトゥーリだし、髪飾りだってエーファやトゥーリの方が綺麗な物を作る。マインは作ろうとしては力が足りなくて失敗したり、出来がいまいちで首を傾げたりしている姿を見ている方が多いのだ。
「でも、ギルベルタ商会は基本が服飾品で、ルッツと一緒に作って持ちこんだ植物紙は……利益も影響も大きいけれど、方向性が違うんです。ベンノは扱うものを広げていきたい。コリンナは基本的に服飾にしか興味がないから、扱う物を広げたくないって話になって……」
「もしかして、マインの持ちこんだものが諍いの種になったのか?」
俺が思わず顔をしかめてしまうと、オットーが慌てたように手を振って否定する。
「いいえ、諍いというほどじゃないですよ。商人としての目で見れば、すごいものなんです。ベンノが手を出したいのもわかる。ただ、コリンナには扱いきれないだけです。だから、ベンノはギルベルタ商会を予定より早くコリンナに譲って、俺を補佐に付けて、自分の店を持ちたいと思ってるみたいで……。新しい店を作って、マインちゃんが持ちこんだものを余所の街にも広げようとしているんです」
大店の旦那が新しく店を作ってまで、売り、広げようとしているということは、莫大な金額が動いているはずだ。前にトゥーリが興奮して、マインはお金持ちだと一生懸命説明してくれたが、大袈裟に言っているのだろう、と適当に考えていた。洗礼式を終えたばかりの子供が持っているような金額ではなかったと思う。
「……マインがとんでもない金を稼いでいるというのは本当だったのか」
「本当ですよ。でも、誰に教わったのか、子供とは思えないくらい金の管理が徹底しているんです。金勘定が適当な班長が教えたわけじゃないだろうし、一体どこで覚えたんでしょうかね?」
揶揄するように片眉を上げたオットーを軽く睨んで、俺はフンと鼻を鳴らす。
ウチの可愛い娘を気に入って、魔力なんて余計な物まで与えて、賢すぎる知識を与える存在なんて一つしかない。
「神様に教わったんだろうよ。マインは神に愛されている娘だからな」
「ただの親馬鹿かと思っていましたけど、妙な説得力があって怖いですよ」
オットーは笑いながら肩を竦めて、腸詰にかぶりついた。俺も同じように腸詰をかじりながら、話を戻す。
「それで、いつ辞めることになるんだ? お前の仕事を引き継げるヤツなんていないぞ?」
「さすがにすぐに交代というわけにはいかないから、2年から3年ほど後になると思いますよ。計算ができる後継を育てておきたいとは思っているんですけどね。……ハァ、マインちゃんを神殿に取られたのは誤算でしたよ」
オットーはマインが商人見習いにならないように、虚弱なことや人間関係の大変さを吹きこんで在宅仕事を勧めていたことを思い出す。
あの時に決めたまま、マインが家で仕事をしながら、時折一緒に門へと仕事に行く生活ができれば、どれだけよかったことか。マインを神殿に取られるなんて、あの時は全く考えてもいなかった。
「俺にとっても誤算だったさ。貴族に近付きたくないと言っていたマインがいきなり神殿巫女になりたいと言い出したんだからな。いくら本が読みたいからって、まったく……」
マインが神殿の巫女見習いになりたいなどと言いだした時のことを思い出して、杯を持つ手にぐぐっと力がこもる。
「ベンノも色々と情報を集めたり、手を回したりしていたみたいですけど、班長は納得しているんですか?」
「していると思うか?」
「いえ、全く」
じろりとオットーを睨めば、オットーは降参するように軽く手を挙げて首を振った。いくら良い条件を付けられたところで、神殿にマインを通わせるなんて、俺が好き好んでやるはずがない。
「納得なんぞできるわけがないだろう。貴族と同等の扱いをするなんて言っているが、あいつらの特権意識を考えれば、本当にそんな扱いをするわけがない」
「……ですよね?」
どうせ口先だけだ。建前上、青の衣は与えられるかもしれないが、マインが本当の意味で貴族と同等になど扱われるはずがないことくらいわかっている。
「それでも、孤児院に放り込まれることは回避できた。家に帰って来てくれれば、まだ、俺の目が届く。貴族が相手なんだ。完全に取り上げられなかっただけでも、よかったと思うしかない」
「でも、かなり危うい立場ですよね」
「……あぁ」
マインの魔力が暴走し、威圧で神殿長を止めたから、有耶無耶になっただけで、神殿長は俺とエーファを極刑にしてもマインを孤児院に放り込むつもりだったのだ。命が助かって、マインが家から通えるようになっただけでも、神官側にすれば大きな譲歩だろう。これ以上の優遇を望んでも無駄だ。
むしろ、平民に威圧された神殿長からは嫌われ、疎まれているに違いない。マインが神殿に通い始めてから、どうなるのか考えるだけで恐ろしい。
「班長。これは、ベンノが言っていたことなんですけど、おそらく、マインちゃんが神殿で安穏と過ごせるのはせいぜい5年くらいだそうですよ。今は貴族が少ないから、魔力持ちは重宝されるだろうけれど、貴族が増えてきたら厄介者扱いされる危険性があるそうです」
「……たった5年か。それでも、神殿に入らず、半年とたたないうちに死ぬよりはマシなんだろうな」
神殿にマインを通わすのは、マインの延命が目的だ。それだけは俺の力ではどうすることもできない。魔術具が必要だが、俺にはそれを手に入れるだけの伝手も金もない。父親として不甲斐なさすぎる。
「神殿にいられないと思えば、貴族と契約すればいいんですよ。マインちゃんは価値が高いんです。魔力もあるし、お金を稼ぐ力もある。危険が迫る前に存在価値を示すことができれば、飼い殺しにされるのとは契約条件が変わってくるかもしれません」
「マインは家族と一緒にいたいから、貴族と契約はしたくないと言っていたが、……親の心情としては生きていて欲しいと思う」
ずっと熱に苦しんで、やっと自分のやりたいことができるようになってきたのだから、自分の望みのまま生きてほしいと思う。
しかし、命欲しさに貴族と契約するかどうか。契約するとなれば、一体どんな貴族とどんな契約条件ですることになるのか。何もかも全てがマイン次第だ。
父親であるのに、俺が手を出せる範囲は本当に小さい。父である自分よりも、親身に相談に乗ってくれて色々な情報を集めてくれたベンノの方が、孫娘のために集めた魔術具を売ってくれたギルド長の方が、よほどマインのためになっているのではないかと思う。
「……父親である俺に一体何ができるというんだ? 金もない、伝手もない。どんなに大事に思っていも、自分の子供さえを守ることもできない兵士だぞ? とんだお笑い草だな」
酒に任せて、家では漏らせない愚痴を漏らす。偉そうに、街ごと家族を守ると、言ってみたところで、俺にできることなどないのだ。
俺の愚痴を聞いていたオットーが緩く首を傾げる。
「いえ、マインちゃんの父親が、この街の門を守る兵士であることは、神の采配かもしれません」
「……どういうことだ?」
俺は目を細めると、オットーは喧騒に溢れる周囲を一度見回した後、少しだけ声をひそめた。
「ベンノが尽力したので、この街の中では契約魔術で多少守られている。少なくともマインちゃんを守ろうとする者が何人も存在します。ベンノが予測する中で一番怖いのは余所の貴族に掻っ攫われることだそうです」
「掻っ攫われるだと?」
物騒な言葉にゴクリと息を呑んだ。神殿にいる貴族については多少想定していたが、マインが余所の貴族にまで狙われる可能性があるなんて考えてもいなかった。
「街を出れば、契約魔術の効果は切れるそうです。この街の貴族が相手ならば、ギルド長やベンノが動ければ、領主様に願い出て調べてもらうことができるかもしれない。けれど、余所の貴族では領主様の手さえ及ばない可能性があるんです」
大きな権力に見える大店の旦那様も、商業ギルドの長も、この街の領主様でさえ、その力が及ぶところは限定的だと言われて、頭を殴られたような気がした。
領主様にできないことが俺にできるわけがない。余所の貴族なんて一体どうやって対応すればいいんだ?
グッとこめかみを押さえる俺に、オットーはニヤリと唇を歪めて、挑戦的に笑った。
「そんな事にならないためには、神殿でマインちゃんに良い感情を持っていない神官とその神官に関係のある貴族を調べあげなければならない。そして、余所から入ってくる貴族に目を光らせて、問題がないかを判断しなければならない。だったら、全ての紹介状や招待状に目を通す門番という仕事はマインちゃんを守るためにうってつけの仕事じゃないですか」
何度か瞬いて、俺は門番の仕事を思い返す。確かに、貴族の動向を知るためには、門番という仕事はもってこいだ。
余所の貴族はこの街の貴族の紹介状や招待状を持たずに入ってくることはない。馬車や馬など、乗り物を使って街に入ってくる貴族は必ず門を通って、紹介状を元に城壁へと移動し、貴族街へと入っていく。
お偉いお貴族様が平民の街でうろうろすることはない。街で馬車を止めたり、神殿に直接向かったりする貴族に注意すれば、かなりの確率で誘拐は防げるだろう。
仮に、貴族がならず者を雇って誘拐しようと企んでも、門番をしていれば余所者はすぐにわかる。特に後ろ暗いことを生業にしている者は見ればわかる。
街の住人に声を掛け、不審者がいないか見回りをし、門番同士の結束を深めて、異常事態が起こった時には迅速に動けるように普段から準備をしておく。これは全て、兵士である俺の仕事だ。
「街ごと家族を守るために兵士になったって、班長は言っていたじゃないですか。今までどおり、街ごとマインちゃんを守ればいいんです」
「そう考えたら、次の春から東門に異動になるのも幸運だとしか言えんな」
兵士は3年に一度班ごとに門の異動をする。妙な癒着を防ぎ、兵士同士の結束を深め、仕事の均一化を目的としているらしいが、詳しいことはどうでもいい。この春、俺の班が南門から東門に異動することだけ分かっていればいい。
東門は街道に面しているため、全ての門の中で最も人通りが多くて、情報が入って来やすい門だ。余所者が多く出入りする分、一番警戒が必要な場所になる。
「十分に警戒して、情報収集は抜かりなく、ですね。兵士同士の繋がりを利用して、少しでも危険を察知したら動けるように、連絡の取り方も見直した方が良いかもしれません。俺も協力しますよ。ベンノがあそこまで首を突っ込んでいる以上、俺の家族も無関係ではないですからね」
オットーがそう言って、拳を握ると、力こぶを作るように肘を曲げた。挑戦的に笑いながら、兵士がお互いの健闘を祈る時にする仕草を見せる。
「班長。絶対に守りましょう」
俺も同じように笑みを返しながら、くさくさとしていた気分を杯に残るベレアと一緒に飲み干して、タンと杯をテーブルに置いた。
グッときつく拳を握って肘を曲げ、オットーの拳に自分の拳を軽く当てる。
「あぁ、俺の家族はこの街ごと、俺が守る」