Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (83)
本題
灰色神官が神官長に一礼して、次々と部屋を退出していく中、アルノーがどこからかワゴンのような物を押してきた。
そして、おそらく神官長の好みに合わせているのだろう、厚みのあるガラスの器でお茶を入れ始めた。蒸らし始めると同時に、アルノーが顔を上げて、お茶の葉が入ったガラス瓶をいくつも取り出しながら、種類やら、産地やら、取れた季節やらを説明しつつ並べていく。
「マイン様、どのようなお飲み物がお好みでしょうか?」
……正直、全くわかりません。
わたしがよくわからないまま、適当にそのうちの一つを指差して「これを頂きたいわ」と答えると、次はミルクについて、どこの農家が好みか、牛の種類の好みは、と質問が並べたてられた。
……そんなこと聞かれても、全くわかりません。
しかし、身分的にわたしが選ばなければ、先に進まないので、ベンノを参考に「同じもので」と済ませることもできない。
お貴族様というのはお茶一つ飲むのも大変だと思いながら、わたしはフランを振り返った。本日覚えた新技「丸投げ」の出番だ。
「フランはどんなミルクがこのお茶に一番良く合うと思って?」
「そうですね……。ホルガーのグラウヴァーシュ、3歳のものなら、ほのかな甘みがあって、ティーフガフトによく合うと思われます」
「そう。では、ホルガーのグラウヴァーシュで頂きたいわ」
今日飲むお茶はティーフガフト。ホルガーのグラウヴァーシュのミルクを入れる。いつまで覚えていられるかわからないけど、覚えた。何の呪文? と思うような音の羅列に首を傾げるしかない。
アルノーがベンノの好みを聞いているうちに、灰色神官は全員退室したようだ。
「どうぞ、マイン様」
「恐れ入ります」
音も立てないように丁寧な仕草で置かれたガラスのカップを手にとって、コクリと一口飲む。ブレンドされたお茶にまろやかなミルクが加わり、優しい甘みが口の中に広がっていく。素材も入れ方も良いのだろう。うっとりするほどおいしい。
全員のお茶を準備し終えたアルノーはワゴンを押して、どこかに片付けに行った。姿が見えなくなったかと思えば、すぐさま戻って来て、扉をピッチリと閉める。全く無駄のないきびきびとした動きに、ほぅ、と感嘆の息を吐く。
アルノーが自分の持ち場である神官長の背後に立つと同時に、神官長が口を開いた。
「ベンノ、君はマインを最初に引き立てた慧眼の持ち主であると報告を受けている」
「もったいないお言葉です」
「その目にマインはどのような人物だと映っている? 神殿において、マインは魔力を暴走させる危険人物という認識が神官の間にはある。そのため、マインがどのような人物なのか、付き合いの長い君から率直な意見が聞きたい」
「魔力の暴走……? ほぅ、そんなことが」
ベンノが全く笑っていない目で、ちらりとわたしを見た。ここでなかったら、「聞いてないぞ、くぉら!」と雷を落とされている目だ。すーっと視線をベンノとは反対の方へと向けて、カップを口に付ける。
「私はただの商人でございます。故に、魔力に関してはわかりかねますが、私が知っているマイン様についてなら、お話できます」
「ふむ、話しなさい」
神官長が少しばかり身を乗り出すようにして、ベンノに先を促した。
わたしの心境は、家庭訪問や三者面談で保護者と担任が自分の話をしている時と同じような居心地の悪いものだった。一応、神妙な顔で座っているが、本当は「やめて! 余計なこと喋らないで! せめて、わたしのいない時にして!」と叫んで、この部屋から出ていきたい。
「マイン様は天才でございます。新しい商品を生み出すという一点においては。発想だけは他の追従を許しませんが、実際に品物を完成させるのは当店の見習いでございます。いくつもの商品を作りだしていながら、マイン様本人には天才の自覚が薄く、基本的にはおっとりとした寛容な性格だと当店では認識されております」
ぼんやりしているとか、考え無しとか、警戒心がないとか散々言われているわたしの性格も貴族向きに言い換えれば、おっとしりとした寛容な性格になるらしい。ベンノの口から出てきたとは思えない評価だ。物は言い様、とはこのことか。
「待ちなさい。おっとりはともかく、寛容だと?」
ベンノの言葉に納得できなかったらしい神官長がものすごく疑わしい顔でわたしとベンノを見た。
無理もないと思う。魔力を暴走させて、神殿長を失神させたことは多くの神官の間で有名だろうし、今日、フランが報告しているなら、読書の邪魔をしたギルに魔力をちょっとだけ放出したことも神官長は知っているはずだ。
神官長から見たわたしは、とても寛容という言葉から遠い人物に違いない。怒りっぽくて、感情的に魔力を爆発させる危険人物だろう。
「自分にとって譲れない大事なもの……家族や友人、それから、本。これらに手を出さない限り、マイン様は呆れるくらい寛容ですよ。警戒心も薄く、多少騙されても懲りません。寛容と言うよりは、無関心だとマインをよく知る当店の見習いは申しておりました」
ベンノの言葉に「無関心。なるほど」とフランの小さな呟きが頭上から降ってきた。午前中の自分の言動を思い返してみると、反論の余地など全くなかった。
うーむ、と唸りながら神官長がわたしを見て、もう一度同じように唸る。
「マイン、他にはないか? 家族、友人、本以外に魔力が暴走しそうな要素があれば述べなさい」
「わたくしにとって大事なものは、今のところ他には思い浮かびませんわ」
わたしがそう答えると、「ならば、よい」と少し安心したように神官長が頷いた。
ベンノが考えを巡らせるように少し視線を上に向けた後、フランと神官長を交互に見る。
「そうですね。あと、私からマイン様について、神官長にご報告しておかなければならないのは、類稀な虚弱さでございましょうか」
「虚弱さ? あぁ、体調管理する者が必要だと言っていたな」
神官長の視線がこちらを向いた瞬間、フランが少し動揺したように震えたのがわかった。さっき廊下でベンノに指摘されたことを思い出したのかもしれない。
「マイン様は驚くほど体力も腕力もございません。顔色、口数、歩くスピード、行動距離や内容をよく観察していなければ、元気そうにしていても突然意識を失って倒れます。そして、その後は数日間熱を出して寝込みます。今のところ、当店の見習い以上に体調管理できる者はおりません」
「その見習いはルッツという少年だな?……フランはできそうか?」
神官長の言葉に全員の視線がフランに集まる。動揺したように濃い茶色の瞳を少し泳がせた後、俯いて悔しそうな声を漏らした。
「いえ、私はまだ……。申し訳ありません」
少し振り返ると、ちょうどわたしの目の高さにあるフランの拳が小刻みに震えている。尊敬する神官長の期待に応えられていない自分が歯痒くて仕方ないという心情がビシビシと伝わってきた。
「フランは今朝、側仕えになったんですもの。いきなりは無理でしょう。ルッツも完全に見分けられるようになるには時間がかかりましたもの」
「あまり時間をかけられては困る」
せっかく入れたわたしのフォローを神官長が厳しい一言でつき崩した。
「秋にはまた騎士団からの召集があるかもしれない。それまでにマインの体調を管理できるようになれ。いいな、フラン?」
神官長にひたと見据えられたフランは、一度息を吸い込んだ後、しっかりと頷いた。
「……かしこまりました。秋までには必ず」
玄関口での采配やお茶の知識を見ればわかるように、フランは神官長のためならものすごい努力ができる子だ。神官長直々の御命令だし、わたしの体調管理に真剣に取り組んでくれると思う。何にせよ、側仕えが前向きに体調管理をする気になってくれたようでよかった。
安堵するわたしを見ながら、ベンノが心配そうに視線を伏せる。
「神官長、マイン様はこの年の子供にしては大変利発でございます。けれど、社会経験は乏しく、神殿の常識、ひいては、貴族社会には疎くていらっしゃいます」
「あぁ、知っている。だが、案ずるな。そのためにフランを付けてある。わたしの側仕えの中でも優秀だ。疑問点はフランに聞けば良い。もちろん、わたし自身もマインの教育には携わるつもりだ」
自分の背後に立っているフランが、ひゅっと息を呑んだのがわかった。思わず振り返ると信じられないと言わんばかりに目を見張って、神官長を見ていた。
あれ? もしかしたら、フランはわたしの側仕えに回されたの、自分に実力がないせいだって思ってたのかな? だったら、一緒に神官長の役に立てるように頑張ろうねって、言えば、案外簡単に味方になってもらえるかも?
こくりとお茶を口に運びながら、フランの攻略方法を考えていると、神官長がわたしとベンノを見比べるようにして、目を細めた。
「とこで、ベンノ。君にとってマインが水の女神と言うのはどういう意味だ? 君はずいぶんとマインを大事にしているようだが、そういう趣味の人間か?」
「んなっ!?」
ベンノが素っ頓狂な声を上げて、ガチャッと音を立てて、カップを取り落とした。わかりやすく動揺しているベンノを見て、疑いを深めたように神官長は息を吐き、足を組み直す。
「君が一体どのような目でマインを見ているのか、知っておきたい」
「……どのような、と申されましても……。私自身、何故周囲がそのように言うのか、理解できない有様でございます」
しどろもどろで弁解するベンノというのはとても珍しくて面白いが、神官長が口にした水の女神の意味がわからない。そういえば、前にオットーが似たような事を言っていてベンノが怒っていたなぁ、と思い出しながら、わたしは首を傾げた。
「あの、恐れ入りますが、水の女神ってどういう意味で使われていらっしゃるのでしょう?」
くるりとわたしが見回すと、目が合った途端に全員が目を逸らした。自分には聞くな、という空気が全員から出ている。ものすごく気まずい雰囲気だ。
困って首を傾げていると、ベンノから「静かにしろ」と書かれたメモが回ってきた。どうやら大きな声では聞いてはいけないことのようなので、小さい声でこっそりフランに聞いてみる。
「……神様のことだし、神殿に関係あることでしょう? フラン、教えてくださる?」
「あ、えーと、その……」
フランが助けを求めるように神官長に視線を向ける。ベンノが額を押さえて溜息を吐き、苦り切った顔で神官長が仕方なさそうに口を開いた。
「想い人、恋人、心を動かす者。一般的にはそのような意味で使われる」
想い人? 恋人? ない、ない。ベンノは死んだ恋人一筋の独身主義者だ。それでなくとも、わたしとベンノを見て、そんなことを考える方がおかしい。
「……まぁ、神官長。そのようなことはあり得ませんわ。ベンノ様とわたくしは親子ほど年が離れているんですよ?」
吹き出すのを堪えながら、わたしがそう言うとベンノもしっかり便乗して否定した。
「マイン様もおっしゃる通り、あり得ません」
「だが、親子くらいの年の差なら、さほど珍しくもあるまい?」
神官長はまだ疑いを捨てきれないと言いたげにベンノを見る。
麗乃時代の日本なら、芸能界でそんな話を聞いたことも多いけれど、マインとなってからは、聞いたことがない。
なぜならば、再婚するにしても、親子ほど年が離れれば、その人は子の世代に世話になっていることが多く、扶養家族を増やすような真似は稼ぎ頭の子供世代に嫌われる。そして、年下の方の結婚相手一人だけの稼ぎで生活していけるほど、世間は甘くない。
「わたくしは伺ったことがありませんけれど? ……あぁ、そういえば、親子ほど年の離れた関係も神殿では珍しくありませんものね? わたくしの側仕えの一人も、いつか神殿長と関係を持ちたいと願っているようですし」
神官長には平民の事情がわからなくても仕方ないよね、とわたしがフォローのつもりで首を傾げると、また妙な沈黙が広がった。
ベンノから「頼む。黙れ」メモが回ってきた。メモ通りにわたしがお口にチャックすると、今度は誰も口を開く者がいなくなり、部屋の中に満ちるのは重い沈黙になった。
「…………」
「…………」
「…………」
しきりにお茶を飲み、お互いを伺うような視線だけが行き来する。
気まずい。ものすごく居心地が悪い。
「……神官長、従僕の身で大変不躾ではございますが、発言をお許し願えますでしょうか?」
誰も口を開けない妙な雰囲気を破った救い主はマルクだった。
バッと顔を上げて、マルクを見た神官長の顔には、誰でもいいからこの場を何とかしろ、とハッキリ書いてあった。諸手を上げる勢いで神官長が許可を出す。
「許す。何だ?」
「旦那様の名誉のために断言いたしますが、一般的な意味合いで使われる水の女神とは異なります。神官長もご存じのことでしょうが、マイン様が次々と作りだす商品から、旦那様は新しい事業を起こされています。長いこと服飾の商売のみを行ってきたギルベルタ商会に、次々と新しい事業の芽をもたらしてくださるマイン様は、旦那様にとってと言うよりは、当店にとって水の女神なのでございます」
「ふむ、そういう意味か。納得した。では、最後に、マイン工房のことだが……」
自分が持ち出した話題で、あまり納得できていないように見えたけれど、それ以上を追求することはなく、あっさりと神官長が話題を変えた。
「一体どれだけの利益を上げる? こちらは利益の一部を神殿にもたらすという約束で、存続を許したのだが?」
ベンノは、そうですね、と考える振りをしながら、膝の上に重ねられている長い袖の中で、すでに何か書かれている紙を小さく切っているのが見えた。
あれって、もしかして……?
さっきからベンノがちょくちょく寄こしてくる紙片が、馬車の中でマルクが書いていた紙だと気付いて、わたしは頬を引きつらせた。
ちょ、マルクさん!? もしかして、「阿呆」ってマルクさんが書いたんですか!? 素敵紳士だと信じていたのに! 前もって準備しておく言葉があんなのばっかりなんて!
ベンノの代筆で「阿呆」とか「黙れ」と書いていることはわかっていても、ショックが大きい。あんないつも通りの笑顔で書かないでほしい。
落ち込むわたしにまた小さな紙が回された。「口を開くな」と書かれている。
「……何を作るかによります。ご存じでしょうが、事業に関しては、利益が定期的に定量入ることなどありません。そして、現在、新しい事業の準備中でございますが、これは利益どころか、初期投資にお金がかかる有様でございます」
「それはそうだが……」
「工房の維持、新事業の開拓を考えますと、純利益の1割程度が妥当だと考えます」
神官長の言葉を遮るようにしてベンノが1割という数字を出すと、神官長は不快そうに眉を寄せた。
「1割とはずいぶんと少なくないか?」
「……失礼ながら、多すぎるくらいでございます。流通にかかる費用や材料費、職人への給料は減らすことなどできません」
「しかし……」
「利益を少し削ってでも売らなければならないことがあるのですが、マイン工房の事業が赤字の場合はご負担いただける……と言うわけではないのでしょう?」
神官長は押し黙った。負担などできるはずがない。神殿自体が赤字経営だと言っていたのだから。
そして、神官長には反論も難しいだろう。神殿は孤児院の孤児から灰色神官という労働力を得て、領主や青色神官の実家から収入を得ている。神殿の収入や支出は商売をしている店と全く違う種類のものだ。多分、神官長には店の仕組みも給料の仕組みも理解できないと思う。
「マイン様が報酬として受け取られる分を神殿に寄付するのは個人の自由でございますが、工房の利益から、となると、商売が立ち行かなくなるほどの金額を寄付することはできかねます」
「……わかった。1割だ」
次々と畳みかけるベンノが主導権を握る形で、神殿への上納金が決定した。
ベンノ自身は手数料で3割を平然と持っていき、神殿の取り分は1割に抑えるベンノの手腕に、おぉ、と感心していると、さっとマルクが契約書を取り出して、テーブルに並べ始めた。
言質を取ったら、即契約。マルクの活躍はベンノに比べて一見地味だが、凄い。貴族である青色神官の側仕えにも負けていないと思う。
貴族の集合体である神殿との契約なので、テーブルに広げられたのは契約魔術用の契約書だった。
マイン工房の純利益の1割を神殿に納める旨を書き、神殿の代表として神官長、マイン工房の工房長であるわたし、そして、後見人として財務表を提出する義務を負ったベンノがサインして、血判を押していく。
また血~!? 契約魔術、嫌い。
「マイン、何をぼんやりしている? 君の番だ」
刃物を指先とはいえ、自分に向けるのが未だに慣れない。神官長に促され、わたしは震える手でナイフを握る。すると、横からそっと手が伸ばされ、誰かがナイフを取りあげた。
「目を瞑ってください、マイン様」
「フラン……」
ギュッと目を閉じて手を出すと、指先にチクリとした痛みが襲ってきた。目を開けるとぷっくりと血が盛り上がっている。
フランが差し出す契約書に指を押し付けると、いつものように契約書が金色の炎に包まれて消えた。
「わたしの疑問は以上だ。本日は実に有意義な時間を過ごせた。礼を言うぞ、ベンノ」
「もったいないお言葉でございます」
神官長とベンノが挨拶を交わす間に、マルクはさっさと契約魔術に使った道具を片付け、フランはテーブルの上の茶器を端にまとめ、アルノーはカーペットを準備し始めた。
「では、神の導きによる出会いと契約に祈りと感謝を」
そう言いながら、神官長がベンノとわたしをカーペットの方へと招いた。全員でぞろぞろとカーペットの方へと移動しながら、わたしはベンノとマルクを見上げて、笑うのを必死に堪えていた。
これは、もしや、ベンノさんとマルクさんのグ○コ!? 見たい! マジ見たい! けど、絶対に腹筋崩壊する!
脳内ですでに繰り広げられている二人の揃ったグ○コの破壊力に口を押さえていると、いきなり身体から力抜けていった。
「へわっ!?」
お嬢様らしからぬ声が口をついて出る。わたしはガクンと膝が折れるように崩れ落ち、そのまま頭の重みで前に上半身が投げ出された。
「マイン様!?」
後ろにいたフランが悲鳴のような声を上げると同時に、全員の視線がわたしの方へと向かう。
べしゃりと崩れているわたしを見て、神官長は呆れたように溜息を吐いた。
「マイン、早く立ちなさい。みっともない」
神官長に言われるまでもなく、わたしは何度も立ち上がろうとしていたが、全く手が動かない。頭が持ち上がらない。
……何これ?
「あの、身体が変。全然力が入らないんです。でも、熱が上がってくる気配もなくて、手足は逆に冷たいくらい。……ベンノさん、これ、何でしょう?」
「知るか! 俺に聞くな!」
怒鳴るベンノに抱き上げられたので、いつものように服をつかもうとしたけれど、腕が全く動かない。だらんと肩から下がる腕が重たくて、まるで自分のものではないようだ。
「神官長、御前を騒がせたこと、幾重にもお詫び申し上げます。退出の挨拶を省略させていただき、帰途につきたく存じます」
「あ、あぁ、構わない。マインを任せる」
わたしを抱き上げた状態でベンノが、凍りついたように真っ青な顔でわたしを見ている神官長に暇乞いをする。
その間もいつものように熱が上がってくるような気配が全くなかった。まだ比較的涼しいとはいえ、夏の初めなのに、どちらかというと身体がどんどん冷えていくような感じだ。
慌ただしくマルクが帰宅準備を終え、アルノーとフランがわたしを抱いて大股で歩くベンノのために扉を開ける。けれど、ベンノが少し速く歩きすぎているのか、扉が開いておらず、足を止めることになったベンノが軽く舌打ちする。
いつも倒れると時とは違い、意識が途切れることもなく、ぶらんぶらん揺れる手足の感覚がおかしいたけだ。ガクンとなっている頭の重さを感じながら、わたしは一つだけ残念に思った。
……ベンノさんとマルクさんのグ○コ、見損ねたなぁ。