Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (97)
星祭りの準備
本日はコリンナ宅へお邪魔して、普段使いと儀式用の青い衣の正式注文をすることになった。儀式用は時間がかかるので、先にベンノを通して依頼していたが、刺繍の柄とか、帯の織り方とか、料金とか、決めることがたくさんあるらしい。
今日の付き添いはコリンナから家族の女性が良いと指定された。コリンナが妊娠中で、採寸の手伝いをお願いしたいと言われたのだ。前にベンノが服の上から採寸してくれたけれど、以後、長い付き合いになりそうなので、きちんと採寸しておきたいらしい。
そのため、ルッツはお休みでトゥーリと一緒に行動している。母は少し体調が良くないらしく、行きたがっていたけれど、父からストップがかかった。
「儀式用って、すごく良い布を使うんだね? こんな柔らかくてつるつるした綺麗な布を見たの、わたし、初めて」
わたしを下着姿にして、採寸を終えたトゥーリは目を輝かせて、布に触れた。トゥーリの工房ではここまで良い布を扱う依頼は来ないらしい。コリンナの仕事を見るのはトゥーリにとって良い経験となるだろう。
わたしの儀式用衣装に使うのはベンノに贈られた布だ。これはすでに母の勤める染色工房で青に染められて、店に戻ってきたらしい。ラピスラズリのような深い青で、わたしの髪の色にも似ている。
「マインちゃん、もう服を着ても大丈夫よ。トゥーリ、お手伝いありがとう。この儀式用の衣装は縁取りに聖典の祈りの文句を装飾的な字体で刺繍するの。光が当たると金や銀に輝いてとても綺麗になるわ」
そして、襟元の刺繍の真ん中に紋章が縫いとめられる。貴族はそれぞれの家紋を刺繍するが、わたしには家紋がないので、工房の紋章だ。
「これがマインの紋章?」
「そう。マイン工房の紋章だよ。これが本。これがインクでこれがペン。それから、紙作りの原料の木と髪飾りの花を組み合わせてあるの。わたしが考えたのにベンノさんがいっぱい付け足してできたんだよ」
「どうせマインの事だから、変なのを作って、修正されたんでしょ?」
「……簡素すぎるって言われただけだもん」
わたし達の会話を聞いたコリンナがくすくす笑いながら、大きな作業用のテーブルの上に青の布をふわりと広げる。つるりとした光沢のある青い布で波だった海のようにテーブルがいっぱいになった。
「儀式用の衣装は本来なら、糸を選んで織り方を指定して、布に模様が浮かび上がるようにするの。けれど、今回は時間がないから、すでにできている布を使うでしょう? 同じ色の糸で全体的に刺繍を入れて、光が当たった時に形が浮かび上がるようにしようと思っているのだけれど、マインちゃんはどんな模様が良いかしら?」
生地自体に織り方で模様を入れると言われて、わたしの頭に一番に思い浮かんだのはお着物の地紋だった。
綸子
や
緞子
のような感じで刺繍を入れるつもりなのだろうか。
わたしが小さくて、刺繍を入れる部分が大人に比べると小さいとはいえ、ゆとりがたっぷりあって袖口が振り袖のように長いので生地は大きい。一から生地を織るより時間が短縮されるとはいえ、全体に刺繍を入れるのは大変だ。
「あの、コリンナさん。どんなと言われても、わたし、儀式用の衣装自体をよく見たことがなくて、わかりません。でも、全体的に刺繍を入れるなら、できるだけ簡単に……」
自分の洗礼式の時に見たはずだが、記憶はグ○コと図書室に全部持っていかれている。青色神官が着ていた衣装なんてよく覚えていない。神殿長が持っていた聖典なら覚えているけれど、豪華そうだった衣装についてはさっぱりだ。
「マイン! 貴族様の儀式用が簡単じゃダメでしょ!」
「ぅひっ!……でも、全体に刺繍なんて大変だし、ちょっとでも簡単な方が良いかな、ってトゥーリも思うでしょ?」
ふんぬぅ、と憤慨するトゥーリを一生懸命宥めていると、コリンナが「そうねぇ」と頬に手を当てた。
「トゥーリの晴れ着を簡単にお直しして豪華に見えたように、刺繍でも簡単で豪華に見せることができれば良いけれど、マインちゃんは何か思い当たるものがあるかしら?」
コリンナに問われて、わたしはうーん、と記憶を探る。
小さい模様をちまちまと全体に刺繍していくよりは、大きめの柄を刺繍した方が刺繍する部分は少なくなるはずだ。
「……『流水紋』に花を添えるなら、どうかな?」
「リュウスイモン?」
「えーと、こんな感じで水が流れている感じの模様にところどころ花を入れるんです。水の間隔を広げたり、花弁を散らしたりすれば、刺繍している部分は少なくても、豪華に見える……と思うんですけど」
石板にぐにぐにとした曲線を描いて、曲線部分の線の太さを太くしたり細くしたりして、流水模様を描き、適当に細長いハートを5つ固めた桜と花弁っぽい小さなハートを散らしてみる。
「花はもうちょっと図案を考えた方が良いけれど、この水の流れはいいわ。マインちゃんはベンノ兄さんの水の女神だものね?」
くすくすと笑うコリンナの口から出てきた言葉に、ひくっと口元が引きつった。ベンノやわたしが否定しても、妹であるコリンナの口から語られたら周囲の誤解が解けるはずがない。
「……あの、コリンナさん。それって、一体どこまで広がってる話なんですか?」
「オットーが面白がって広げている話かしら?」
……オットーさんのバカバカ。ベンノさんに怒られろ。
コリンナが準備してくれた昼食を食べている間、コリンナとトゥーリは二人で流水に添える花の話で盛り上がり始めた。わたしはそれほど多くの花の名前を知らないので、当人にもかかわらず、置いていかれている。
「コリンナ様、ベンノ様が入室されたいそうですが……」
「昼食中に悪いな、コリンナ。マインに渡すものがあるんだが、いいか?」
「えぇ、大丈夫よ。マインちゃんは終わって、暇を持て余しているようだもの」
ベンノに手招きされたわたしは、椅子からぴょいっと飛び降りてベンノところへと向かった。
「他のヤツがいないところで、お前一人で読んでくれ。その後は、お前に任せる。思い当たる解決策があれば、教えてくれると助かる」
「は……?」
わたしにたった一枚の紙を渡してそう言うと、ベンノは軽く手を上げて、さっさと下の店の方へと戻って行く。
辺りを見回し、誰もいないことを確認して、わたしはその場ですぐさま手渡された四つ折りの紙をかさりと広げてみた。紙に書かれていたのは、ベンノが抱えている問題の一覧表だった。
「ちょ、ちょっと、罵倒と注意事項のメモ用紙の次は、課題一覧のお手紙? こんなんもらっても困る……」
コリンナが妊娠してからオットーが浮かれて使えないというくだらない問題から、イタリアンレストランの内装やメニュー、サービス、客単価に関するものまでさまざまだ。パッと解決方法が思い浮かぶものもあれば、思いつくけれどここで受け入れられるかどうかわからないものもある。もちろん、完全にお手上げ状態の問題も並んでいる。
わたしはベンノに対する答えを考えながら、問題を一つ一つ吟味していった。そして、最後に書かれている問題を読んだ瞬間、すぅっと血の気が引いていく。
「マイン、何だったの?」
どれだけの間、その場に立っていたのか、トゥーリが心配そうに顔を曇らせて手紙を覗きこんできた。慌てて手紙を畳んだが、字が読めないトゥーリには模様の羅列に等しいと気付いて、そっと息を吐く。
「ねぇ、何が書いてあるの?」
「お仕事の事だから、秘密だよ」
知りたがるトゥーリを誤魔化しながら、わたしは問題一覧が記された紙をさっとバッグに入れた。
ゆっくり溜息を吐いて、最後の問題について何か解決策がないか、思いを巡らせてみるが、すぐには浮かばない。
余所の街にルッツを連れて行くのは、工房の場所を押さえてからだ、とベンノが言っていたので、それを鵜呑みにしていた。まさか、ルッツの父親から許可が取れないため、連れだせないとは気付かなかった。
ルッツはわたしと同じようにベンノの言い分を信じている。余所の街から帰ってきたベンノを見て、「早く工房の場所が決まらねぇかな?」と期待に目を輝かせていた。そんなルッツに「お父さんが許可出してくれたら明日にも行けるよ」なんて言えるわけがない。ルッツの家庭に修復しようのない亀裂を入れてしまうことになる。
……ルッツのお父さんを懐柔する方法なんて知らないよ。
トゥーリとコリンナが刺繍する花を春夏秋冬で入れたいが、上から下にするか、左から右にするかで盛り上がっている横で、わたしは頭を抱えた。
「そろそろ星祭りだな」
「へわっ!? な、何?」
神殿に向かう道中でルッツに声をかけられて、わたしはビクッとして辺りを見回す。ルッツは少し目を細めて、わたしを覗きこんだ。体調管理をしているルッツに隠し事をするのは、わたしにとって至難の業だ。
「何だよ、マイン。ずいぶんぼーっとしてないか?」
「してない! 何の話だっけ?」
わたしがすっとぼけたことはお見通しだったようで、ルッツは一つ溜息を吐いた後、話題を戻してくれた。
「星祭り。今年は一緒に行けそうか?」
「星祭り?……あぁ、夏のお祭りだっけ? 水遊びだったよね?」
「水じゃなくて、タウの実をぶつけるんだよ」
タウの実は春に見た小さい赤い実だ。夏には水をたくさん含んで、拳ほどに膨らんでいると聞いた。わたしは自然にできる水風船のような物だと理解しているが、実物を見たことはない。
「水遊びじゃなかったら、星祭りって何のお祭り?」
自分が参加したことがなかったのでどんな祭りなのか、全くわからない。首を傾げるわたしにルッツが教えてくれた。
星祭りは、実は水遊びのお祭りではなく、結婚式が行われる日らしい。どうやら一年に一度行われる合同結婚式で、タウの実をぶつけるのは結婚式に関連して行われるイベントのようだ。
「結婚式に関係ないヤツらは2の鐘の開門と一緒に森に行ってタウの実を拾うんだ。3の鐘が鳴ったら、結婚式が始まって、4の鐘で式を終えた新郎新婦が出てくる。それまでに中央広場を中心に色んな路地に潜んで、タウの実を持って構えるんだ」
洗礼式で大量の人達が大通りに出ていた光景を思い浮かべ、みんながそれぞれの手に水風船を持っている図を思い浮かべた。シュールだ。意味がわからない。
だが、冠婚葬祭にまつわるイベントなんて、余所から見たら意味不明なものが多い。昔読んだ本にも、結婚式で客同士が殴り合うとか、招待客一同が初夜に押しかけるとか、領主の初夜権とか、色々あったはずだ。ここの文化だと思って聞いておくのが一番だろう。
「それで?」
「新郎新婦が中央広場に全員入った後、ベルが鳴ったら戦闘開始。新郎新婦にタウの実をぶつけるんだ」
「え!? 新郎新婦に!?」
「そう。新郎は新婦を守りながら、新居に走り込む。男の甲斐性ってやつを試されるんだってさ。大体は新郎新婦に投げる途中で色んなヤツに当たって、投げ返して、投げ返されて、街中走り回ってくたくたになる」
「すごい祭りだね」
日本の結納だって謎の品物を交わすけれど、こじつけにせよ、意味はある。新郎新婦にぶつけるというタウの実が、種の多く取れるような実なら、子孫繁栄とか子宝祈願という意味があるのかもしれない。
「でもさ、一番張り切ってタウの実を集めてぶつけるのは、今年結婚できなかった成人なんだよ。毎年、新郎新婦を狙う目にすげぇ気迫が籠ってるんだ。面白いけどさ」
あぁ、わかる。そんな呟きが胸に浮かんだ。
わたしは麗乃時代を含めても、恋人とか結婚とかには非常に縁が薄かった。結婚できなかった成人が幸せいっぱいの笑顔で神殿から出てくる新郎新婦にタウの実を力いっぱい投げつけたくなる気持ちがよくわかる。
「……どんなお祭りか、理解できたよ。楽しみだね、ルッツ」
「お、マイン。急にやる気だな? それで、タウの実で追い立てて、新郎新婦がいなくなったら、色んな広場にお祝いの食べ物が並べられる。それを食べて満足する頃には日が暮れるから、子供は家に帰るんだ。その後、子供は絶対に外に出ちゃいけない。次は酒が並んで成人だけの祭りになるんだ」
どうやら、星祭りという名前の祭りだけあって、一番重要なイベントは夜のようだ。子供を排除した後、新郎新婦が登場して盛大に祝われ、未婚の成人が恋人探しをするお祭りになるらしい。ここで一番悔しがるのは、夏の終わりに成人式がある夏生まれの者達だとルッツは言った。
「その、星祭りって、孤児院の子達は参加するのかな?」
「さぁ? 今まで見たことないな。……マインは神殿でやることあるのか? 確か、秋まではないって言われたみたいだけど、星祭りには一緒に行けそうか?」
ルッツに不安そうに尋ねられてもすぐには答えられなかった。神殿で結婚式がある以上、何か仕事があるかもしれない。
「……よくわからないから、神官長に聞いてみるよ」
神殿に着いて、ルッツは店へと戻って行く。ルッツを見送った後、部屋で着替えたわたしは早速神官長に面会以来の手紙を書きながら、フランに星祭りについて聞いてみた。
「ねぇ、フランは星祭りに参加したことがあるのかしら?」
「マイン様、星祭りではございません。星結びの儀式です。星結びは婚姻を寿ぐ儀式ではありませんか」
神殿では、星祭りではなく星結びと呼ばれている儀式で、最高神である闇の神が、命の神と土の女神の婚姻を祝福した神話に因んだものだとフランは説明してくれた。
もともとは闇の神の加護を得られやすい夜に行われた儀式で、今でも、貴族街では本当に夜に行われているらしい。街の人数が増えすぎて、貴族と平民の儀式を分けることになった時、平民の儀式は午前中に行われるようになったということだ。
「闇の神の祝福なら、冬の方が夜の時間は長くて良さそうだけれど……」
「マイン様、闇の神が結婚を許したのが夏でございますし、冬には奉納式がございますので、祝福を授けられる神官がいないと思われます」
フランの否定に頷きながら、わたしは真冬の結婚式を頭に思い浮かべて、軽く頭を振った。自分で口にしてみたものの、真冬に結婚式はない。
「よく考えてみると、吹雪の中で結婚式は難しいし、新婚家庭が冬支度をしようと思ったら、秋前に結婚するのが合理的ですものね。結婚記念日がみんな同じなら、間違えて奥様の機嫌を損ねる旦那様もいらっしゃらないでしょうし」
わたしはそう言いながら、手紙を書きあげた。
「フラン、この手紙を神官長にお願いできるかしら? 星祭りの時の孤児院やわたくしの役割について、神官長に伺いたいことがあるの」
「かしこまりました」
神官長とは午前中に書類整理で顔を合わせるにもかかわらず、ちょっとした相談事にも面会が必要で、手紙で予約しなければならない。そんな面倒くささに少しずつ慣れてきた。些細な質問なら、手紙に回答を記されて済んでしまうことも多々ある。
とにかく、フランと神官長に口を酸っぱくして言われたのが、他人がいるところで不用意に喋るな、ということだった。
面会予定日を数日後に覚悟していたにもかかわらず、神官長はフランが渡した手紙に目を通した瞬間、頭を抱えてわたしを隠し部屋に招いた。
おとなしくついていくけれど、面会依頼の手紙で頭を抱えられる理由が思い浮かばない。
「面会予約がないのに、よろしいのでしょうか?」
「この愚か者。星結びの儀式は明後日だぞ? 招待状など出していたら、儀式が終わるではないか」
隠し部屋に入ってすぐにわたしがそう尋ねると、神官長が目を尖らせた。普段は取りすました顔でお小言を言うのに、この部屋では神官長が冷気を発するような怒りを見せてお説教するので、怒られる時はここよりいつもの部屋が良い。
「あ、そうなのですか? そろそろと言われたので、まだもう少し時間があるものだとばかり……」
「神殿内では当たり前だから、誰も話題に出さなかったのであろう。今まで溜まっていた書類整理が順調に進んでいるせいで、後回しにしてしまったが、先に君の教育をしなければならないようだな」
わたしが神殿内の行事を全く把握していないことを神官長にはっきりと認識されてしまった。これはまずい。危険な兆候だ。
神官長の側仕えになれば嫌でも一流になると、孤児院の灰色神官の間で噂の熱血教育が我が身に降りかかってくる予感がして、わたしはそっと視線を外す。視界の端に神官長の呆れかえった顔が映った。
「まったく君は……。それで、質問の回答だが、星結びの儀式は成人の儀式だ。君は見習いのため、儀式には参加してはならない。むしろ、院長として孤児達が孤児院から出ないように、よく見張っておきなさい。星結びの儀式は街の者が神殿にたくさん出入りする。そして、お布施目当ての青色神官が張りきる儀式なので、儀式中は一人も孤児院から出さないように」
お祭りの日に孤児院にいろと言われてしまって、わたしは焦った。星祭りに参加してタウの実を投げたいのに、孤児院に閉じこもるのは嫌だ。
「えーと、わたくし、下町の方の星祭りに参加したいのですが、ダメですか?」
「下町の祭りとは?」
神官長がわずかに眉を動かした。
「午前中は街の子供達がみんなタウの実を拾いに森へ行くんです。午後はタウの実をぶつけ合うお祭りだそうです」
「……何だ、それは? 星結びと一体何の関係がある?」
「よくわかりません。去年は身食いの熱で、その前も体調が良かった時がなくて、わたくし、今まで参加したことがないのです。今年が初参加でとても楽しみにしているのですけれど……」
神官長がくっきりと眉間に皺を刻んだ。駄目だと言ってしまいたいが、初めて参加できるようになったのに可哀想だという拒絶と同情の間で揺れているような顔だ。
「……ダメ、でしょうか? 孤児院の子供達も出してしまった方が静かだと思いますけど?」
「午前はそれでも良いが、午後はどうする? その実をぶつけあうのだろう? 孤児達を街に出して、無用の衝突が起こると困る。午後は青色神官が貴族街へと赴くので、責任者がいないという状況になる」
午前中の結婚式を終えたら、青色神官と側仕え達は貴族街の星結びの儀式のために神殿を出払うらしい。
怒る人がいないなら、神殿の敷地内で遊べばいいんじゃない?
「……あの、神官長。午前中に森で実を拾ってきて、午後からは外で揉め事を起こさないように、神殿の、孤児院の中だけでタウの実をぶつけ合うなら許してくださいますか? せっかくだから、子供達にもお祭りを体験させてあげたいんです。わたくしも初めてなので、とても楽しみにしていましたし……」
軽く目を伏せて、しばらく考え込んでいた神官長がゆっくりと視線を上げた。
「よろしい。しっかりと後片付けをすること。それから、街の人が訝るほどの大騒ぎでなければ構わない」
「ありがとう存じます」
午後からは早速孤児院で打ち合わせだ。青色神官に見つからなければそれでいいということで、朝早くに礼拝室の清掃を済ませた後、森用の服に着替えて、わたしやルッツの到着を待つ。その後、こっそりと抜け出して森にタウの実を拾いに行く。孤児院に閉じ込められるのが常である孤児達は大喜びだ。
「私はその日、門番ですよ」
「オレは馬車の準備だ」
儀式に参加したり、貴族街へと出かけて行く青色神官の馬車を準備したり、門番として立たなくてはならない灰色神官は森にタウの実を拾いにはいけない。羨ましそうにはしゃぐ子供達を見ている。
「でも、どのお役目も儀式が終わるまででしょう? タウの実を投げ合うのは、青色神官と側仕え達が貴族街に出かけてからになるから、みんなのお役目が終わった後で投げ合いっこしましょう。みんなで楽しめた方が良いもの。神官の方々のお役目が終わるまで、我慢して待てるでしょう?」
わたしが子供達に問いかけると、子供達は大きく頷いた。
「うん。待つよ!」
「オレ、役目で来られない人達の分もいっぱい拾う」
役目がある灰色神官には、子供達にも我慢してもらうことと夕飯の準備をすることで妥協してもらった。なんと、青色神官が出払ってしまうので、星結びの儀式の日は毎年夕飯抜きになっていたらしい。
「わたくしの料理人に頼んで、たくさん作っておいてもらいましょう」
部屋に戻った後、フーゴとエラに星結びの日のお勤めは4の鐘までで終わり。その代り、夕飯分も作っておいて欲しいとフランを通してお願いした。
どうやら、フーゴは結婚できていない成人のようで、祭り参加に意欲を燃やしているらしい。なるべく早く仕事を終わらせると意気込んでいるとフランから聞いた。
新郎新婦にタウの実をぶつける事はできなくなったけど、孤児院の子供達が楽しんでくれたらいいな。