From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (105)
第105話 貧乏会社
週明けの月曜日。悠真は黒のダンジョンから生還して以来、久しぶりに出社した。
「おはよーございます」
「悠真くん!」
オフィスに入ってすぐに駆け寄って来たのは田中だった。
「大丈夫だった? 心配したよ、一時入院したって聞いたから。早く退院できて良かったね!」
額に汗を滲ませながら嬉しそうに声を弾ませる田中を見て、悠真はやさしい先輩だなと改めて思った。
オフィスの奥にいた舞香も、「あ! 悠真くん、良かった……。体は大丈夫?」と体調を心配してくれたので「全然、平気です!」と力強く答える。
「それにしてもダンジョンの最下層まで悠真くんを連れてくなんて、一体なに考えてるんだか!」
舞香は怒った様子で腕を組み、オフィスの奥に座っている神崎を睨みつける。
タバコを吸いながら新聞を読んでいた神崎は、舞香の視線に気づくとバツが悪そうに目を背け、新聞のページをめくっていた。
「ごめんね、悠真くん。父さん……社長がちゃんとしてないせいで大変な目に遭わせちゃって」
「い、いえ、俺なんて社長に助けられてばっかりで……生きてダンジョンから帰ってこられたのも社長のおかげです」
「お人好しすぎるよ、悠真くん。怒っていいからね!」
呆れ顔の舞香を
他所
に、田中は満面の笑みで話しかけてくる。
「それで、どうやって最下層まで行ったの? どんな魔物がいた? 社長に聞いても詳しく教えてくれないんだ。その時のことを聞かせてよ!」
「でも俺、最下層で気を失っちゃって、ほとんど覚えてないんですよ」
「うん、それは知ってる。最下層に行くまでの話でいいから」
田中は目をランランと輝かせて聞いてくる。
――そう言えば田中さん、ダンジョンの話が好きそうだったし、マニアか何かなのかな?
悠真が自分の覚えている範囲で話をしようとすると、奥で座っていた神崎がおもむろに立ち上がり、こちらに近づいてきた。
「悠真、ちょっと話がある。一緒に来てくれ」
「あ、はい」
唐突な神崎の言葉に、舞香と田中は何事かと顔を見合わせる。
オフィスのドアを開け、外へ出ていく神崎を悠真は慌てて追いかけた。階段を下り二階の部屋に一緒に入る。
武器や防具、雑用品が置かれた
埃
っぽい部屋の中央で、神崎は足を止めた。
振り返り、真剣な表情で悠真を見つめる。
「悠真、お前に言っておかなきゃいけないことがある」
「……なんですか?」
「黒のダンジョンの最下層にいたキマイラのことだ。穴に落ちて死んだって言ったけどな」
「はい、そう聞きましたが」
「実際は違う。あの魔物を倒したのはお前だ。悠真」
「え!? 俺ですか?」
突然の話に悠真は困惑する。
「お前はキマイラと戦ってる
最中
、確かに気を失って倒れた。だが、そのあと体がデッカイ金属の球になったんだ」
「金属の……球ですか?」
「そうだ。その球の中から金属鎧状態のお前が巨大化して出てきたんだ。まさに鋼鉄の巨人だ」
「いやいやいや、そんな訳ないでしょう。有り得ませんって!」
「そりゃこっちのセリフだ! とにかく巨大化したお前が、あっと言う間にキマイラを倒しちまった。戦いが終わると元の姿に戻ったんで、担いで脱出したって訳だ」
突然そんな話をされても……悠真は
俄
かには信じられず、首をかしげた。
「それが本当だとして、どうしてそんなことになったんですか?」
「俺にも分からん。ただアイシャはなにか知ってるようだった。『王の力』がどうたらこうたら言ってたからな」
「アイシャさんが……」
「気になるなら今度アイシャに聞いてみるといい。アイツ、俺の電話には出ないし、会いたくもねーて言ってんだ。黒のダンジョンが無くなったのはアイツの無茶のせいなのに……まあ、お前なら会ってくれるだろう」
「そう、なんですか」
複雑な心境になる。自分の能力にはまだまだ知らないことがあるとはいえ、巨大化するなんてほぼ怪物じゃないか。
悠真は自分の右手を見る。言いようのない不安が込み上げてきた。
「それはともかくとして、もう一つ大事なことを伝えなきゃならん」
「なんですか?」
神崎はいつになく神妙な顔をしていた。
「アイシャには言うなって言われていたが、ずっと嘘をつくのは俺の性に合わねえ」
「嘘?」
怪訝な顔をする悠真を前にして、神崎はハァ~と溜息をつく。
「すまなかった悠真。アイシャの『マナ測定器』で測ったお前のマナ指数は、200やそこらの数値じゃなかったんだ」
「え? じゃあ、本当はいくつだったんですか?」
「…………四十六万だ」
「よ、四十……六万!? そ、そんな数値あるんですか?」
「俺も詳しいことは分からん。最初はアイツが作った測定器が壊れてるんだと思って信じなかった。だが、お前が地上で魔法を使ったり、『金属化』なんて能力を使うのを見て、本当なんだと確信した」
「ちょ、ちょっと待ってください社長! そんなに‶マナ″があるんなら、どうして今まで測定できなかったんですか? 俺、何回も測ったんですよ」
「マナが強すぎたんだ。だからアイシャが作った特殊な測定器でしか測れなかった」
「そんな……」
神崎は棚に立てかけられた棍棒を手に取る。埃をかぶっていたため、パンパンと軽く払った。
それは古いモデルの【魔法付与武装】の棍棒だ。
「お前のピッケルは『黒のダンジョン』で無くしちまったな。気に入ってたのに……持って帰ってこれなくて、すまなかった」
「い、いえ……みんな無事に帰って来れたんですから、それだけで充分ですよ」
神崎は棍棒を棚に戻し、手を
叩
いて悠真の方を向く。
「悠真、お前は物凄く強くなったよ。信じられないほどに、魔法こそまともに使えないが並の魔物では相手にならんだろう」
「社長、どうしたんですか? 急に」
「いや……ここではお前に見合う‶武器″も用意してやれないと思ってな」
悠真は神崎がなにを言いたいのか分からなかったが、なにかザワリとするものを感じていた。
「お前ほどの‶マナ″があれば、全ての魔法を使うことができる。火も、風も、水も、雷も……果ては回復魔法も使えるだろう。これはすげーことだ。だけど、
D-マイナー
では充分な魔宝石を用意してやれない。貧乏会社だからな」
悠真は不安気な表情で神崎を見つめる。その視線に気づいた神崎は、頬を掻いて小さく微笑む。
「エルシードに知り合いがいるんだ。そいつに頼めば、お前の秘密を守ってくれるだろうし、会社でうまくやっていけるように便宜も図ってくれる」
「社長、なにを――」
悠真の言葉を遮って、神崎が声をあげた。
「エルシードへ行け、悠真! お前の才能は大企業でこそ活かすことができる」