From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (107)
第107話 緑のダンジョン
福岡県大野城市。大野城総合公園にある『緑のダンジョン』、その六十三階層。
木々が生い茂り、鳥のさえずりと虫のさざめきが聞こえる場所。
空からは明るい光源が降り注ぐも、鬱蒼とした広葉樹が日の光を塞ぎ、辺りは常に薄暗かった。
「メイサ・ニードルの群れだな」
福岡本部の
探索者
、吉岡は身を低くして空を見上げる。
木々の合間をすり抜けながら移動していたのは、スズメバチのような虫の魔物。中型犬ほどの大きさがあり、数百匹の大群となって飛び回っていた。
その数の多さに、吉岡は顔をしかめる。
後ろには自分の
探索者集団
【
害虫駆除業者
】のメンバー五人が、吉岡と同じように身を屈め辺りを窺っていた。
全員がDeNAエルシード社の戦闘用スーツを着込み、ヘルメットを被っている。
吉岡が後ろを向いて頷くと、すぐ手前にいた女性がコクリと頷き、手を上げる。
探索者集団
のメンバーはすぐに散開し、所定の位置についた。
高い樹を旋回して舞い戻ってきたメイサ・ニードルの群れが、再び吉岡たちの頭上に差しかかる。
「今だ!」
吉岡の号令と共に、探索者たちは一斉に立ち上がり武器を構えた。
吉岡が振るったのは魔法付与武装【風迅刀・弐式】。放たれたのは風の刃。
他の探索者たちも各々が持つ日本刀の形をした魔法付与武装に風の魔力を纏わせ、一気に振り下ろす。
無数の風の刃が上空で交わると複雑に絡み合い、大気の渦ができた。
その中へメイサ・ニードルの群れが突っ込んでゆく。バチンッと弾ける音と共に、小さな風の刃が周囲に飛散する。
風の刃は魔物の脚や羽、体を切り裂き、次々と地面に落としていく。
虫は甲高い声を上げ、のた打ち回る。
だが、全てのメイサ・ニードルは仕留めきれず、残った数十匹の群れは森を抜けていった。
「おい! そっちへ行ったぞ!!」
吉岡が大声で叫ぶ。立ち並んだ木々を越えた先、ひらけた場所にある小高い丘に、一人の男が立っていた。
男は手に持った鞘から刀を抜き、構えることなく切っ先をダラリと垂らす。
刀身の根元に付いた‶赤い魔宝石″が妖しく輝くと、刃にメラメラと炎が灯る。
メイサ・ニードルが高速で迫る中、天沢ルイは自らの得物 【炎熱刀・参式】を上段に構えた。
魔物が猛毒の針を向けてきた瞬間、炎の剣が煌めく。
剣閃が虚空を舞うと、十数匹のメイサ・ニードルが真っ二つに切り裂かれた。傷口から発火して一気に燃え上がり、灰となって消えていく。
上空に散った火花と煙の向こうから、生き残った魔物が隊列を組んで襲いかかってくる。
ルイは慌てることなく剣を構え、より激しい炎で刀身を燃やす。
斬撃は流れるように炎の軌跡を描き、猛スピードで向かってくるメイサ・ニードルを次々と斬り裂き、灰にした。
ルイは瞬く間に三十匹以上の魔物を炎の渦へと飲み込んだ。
「ふぅ……」と、ルイが一息吐いてから刀を鞘に納めると、遠くから「おーい!」と吉岡の声が聞こえてくる。
森の茂みから吉岡を始め、
害虫駆除業者
の探索者たちが駆けつけて来た。
「さすがだな、ルイ! 思った以上の数がそっちに行っちまったからな。心配したんだが……必要無かったようだ」
「いえ、吉岡さんたちが大部分の敵を倒してくれたおかげです」
「そう言ってもらえると助かる。少し休息を取ろうか」
「はい」
吉岡とルイが話している後ろで、
害虫駆除業者
のメンバーが地面に落ちている物を見つけ、拾い上げる。
「隊長! 魔宝石の‶ジェダイト″(翡翠)です。1.5カラットはありますよ」
「おー、そうか!」
部下から魔宝石を受け取り、吉岡は大きなリュックを背負う隊員に手渡した。
隊員はリュックから専用のケースを取り出し、慎重に魔宝石をしまう。ルイたちは休息を取るため、見晴らしの良い丘の上に行こうとする。
だがその時、森の奥からエンジン音が聞こえてきた。
吉岡は怪訝な顔をする。ダンジョンで使える乗り物はバイクぐらいだ。それでも危険なため、よほど緊急の事態でない限り使うことは禁止されている。
「あれは……エルシード社のオフロードバイクか!?」
吉岡の予想通り、森を抜けて来たのはダンジョン走行用に改良された特殊なバイクだった。
リアアームを上下させながら、こちらに向かって走って来る。
ルイたちのすぐ手前でブレーキをかけると、乗り手はフルフェイスのメットを脱いでバイクを降りる。
「おう、佐々木か。どうした?」
やって来たのは福岡支部の
探索者
で、吉岡の部下だった。
「吉岡さん、本部から緊急のメール連絡です」
そう言って佐々木は持ってきたタブレットを渡す。ダンジョン内は‶マナ″の影響で通信機器がほぼ使えない。
緊急の連絡があった場合、バイク便のような方法でしか届けることができない。
吉岡はさっそく内容を確認した。しばらく無言でタブレッドをスクロールし、読み終わるとルイの方を見る。
「ルイ、本部からご指名のようだぞ」
「僕ですか?」
「茨城の『赤のダンジョン』で問題があったらしい。北海道にいた天王寺も呼び出されてる」
「天王寺さんまで……よっぽどの事態ですね」
吉岡はタブレッドをルイに見せ、詳細を確認させる。
「本当はもっと下の階層まで進みたかったが、本部の指示じゃ仕方がない。すぐに出よう」
「分かりました。でも、僕が茨城に行って役に立てるでしょうか?」
ルイの使う‶火の魔力″は『赤のダンジョン』にいる魔物と相性が良くなかった。
そのことを不安に思っていたが――
「心配するな。お前はこの短期間で、マナ指数を2400以上に上げてる。天王寺を超える成長速度だ。もっと自信を持っていいぞ!」
「ありがとうございます……でも、赤のダンジョンにいる魔物は緑のダンジョンにいる魔物と違いますから、うまく戦えないかもしれません」
「まあ確かに‶火の魔力″は、より強い‶火の魔力″を持つ魔物にはまったく効かない。だが弱い敵なら問題なく焼き尽くせるはずだ。お前はあくまでサポートで呼ばれてるんだから、強い相手は天王寺に任せればいい」
「そうですね……。分かりました」
明るく微笑んだルイの背中を叩き、吉岡は
探索者集団
のメンバーに撤収の指示を出す。ルイも準備をしようとするが、乗ってきたバイクを解体しようとする佐々木に目が留まる。
「吉岡さん。急ぎだったらバイクを使った方が速いんじゃないですか? 僕、一応免許は持ってますけど」
「ん? ダメダメ! バイクなんて本来危なすぎて使えないんだ。今回のような非常時に連絡を取る時だけ許可が出る」
吉岡がそう言うと、スパナを片手に作業していた佐々木は苦笑いを浮かべる。
「ホント、ここまで来るの大変だったんだぜ! 走行中に魔物が飛び出してくるから危なくてしょうがねぇ。帰りくらいは歩きで行かせてくれ」
ぼやく佐々木の言葉を聞いて吉岡は「ま、そういう訳だ」と、ルイの肩を叩く。
そして目の前に並ぶ
探索者集団
のメンバーを見やり、背筋を正して口を開いた。
「これからダンジョンの出口を目指す。ルイを明後日の金曜までに茨城に送らなきゃならんからな! そのためには明日の正午までにダンジョンを出る必要がある。もちろん、ルイを怪我一つなく無事に送るんだ。分かってるな、お前ら!!」
「「「はいっ!」」」
各々
が木陰に置いていたバックパックを担ぎ、ルイを地上へ送るため一路ダンジョンの出口を目指して出発した。