From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (111)
第111話 五つのガラス玉
夕方近くに家に帰って来た悠真は、パラジウムの魔鉱石を机の上に置き、腕を組んで眺めていた。
「さて……もらってきたはいいが、これを使うべきか」
プラチナより高いなら売ってもいいかもしれないが、また出所を聞かれたら面倒くさくなりそうだ。
一応、ちゃんと『黒のダンジョン』から取ってきたと証明はできるため、貴金属としてではなく魔鉱石として売ることも可能だとは思うが……。
「訳の分からない魔鉱石なんて売れないよな」
体に悪いものかもしれないため、下手に売ることもできない。
「15000の魔鉱石でも、俺なら使えるんだよな。『金属化』した状態で使えば体に影響はないかもしれないけど……」
悠真は「う~ん」と悩み始めた。使ってみたいという気持ちはある。キマイラの魔鉱石なら【変身能力】か【再生能力】が手に入るかもしれない。
どちらも強力な能力。使えるようになれば、今よりさらに強くなれるだろう。
だが、体にどんな影響があるか分からない。
悠真は立ち上がって魔鉱石を手に取り、部屋を出て階段を下りた。居間を抜けてべランダに行き、サンダルを履いて裏庭に出る。
犬小屋の前でマメゾウが尻尾を振っていた。
「お~よしよし、マメゾウ! 散歩に行くか」
「わんわん!」
嬉しそうにはしゃぐマメゾウを見ると、悩み事もふっとんでいくようだ。
「マメゾウ。今、ヘンテコな石を飲もうかどうしようか迷ってんだけど、どうしたらいいと思う?」
悠真は「これなんだよ」と言ってポケットからパラジウムの魔鉱石を取り出す。
手の上に乗せてマメゾウの前に差し出すと、少し不思議そうな顔をして首をかしげた。
「訳の分からない石だけど、食べた方がいいと思うか?」
「くぅ~ん」
マメゾウはくんくんと
匂
いを嗅いだ後、魔鉱石をパクッと口に咥えた。
「ああっ!? バカ! 出せ、マメゾウ!!」
悠真は慌てて魔鉱石に手を伸ばし、マメゾウから強引に奪い取った。
「あっぶな! 飲み込んだら死ぬかもしれないんだぞ」
悠真が叱ると、マメゾウはちょこんと座ったまま尻尾を振り、つぶらな瞳で見つめてくる。
「う……まあ、不用意に石を見せた俺も悪いけど……」
悠真はマメゾウに謝りつつ犬小屋に繋いだリードを外し、そのまま散歩へと連れ出した。
◇◇◇
「はあ~……どうしよう」
散歩から帰ってきた悠真は自分の部屋の机に突っ伏し、魔鉱石を食べるか
未
だに悩んでいた。目の前にある魔鉱石を摘まみ上げ、色々な角度から眺めてみる。
鏡のように光を反射する美しい金属で、表面にレリーフの模様がうっすらと浮かぶ。
どことなくデカスライムの魔鉱石に似ているように見える。なにか関係があるんだろうか?
「うし! 考えてても仕方ない。今までも食べてきたんだし、今回もなんとかなるだろう」
悠真は立ち上がって、フンッと力を入れる。
体が黒く染まってゆき、全身が鋼鉄と化す。手に持った魔鉱石をテッシュで軽く拭いて口に含む。
液体金属の力で喉を広く開けることができるため、水を飲まなくても魔鉱石を飲み込めるようになっていた。ゴクリと魔鉱石を胃に送り込む。
「ど、どうだ……?」
しばらくすると、お腹の中が熱くなってきた。
それも普通の魔鉱石の熱さじゃない。デカスライムの魔鉱石を飲み込んだ時のような激しい変化だ。
だが、今は『金属化』しているから大丈夫だろう。
そう思いながら耐えていると、煮えたぎるような熱さは徐々に収まっていった。
「ふぅ~、大丈夫そうだ」
悠真は自分の体を見渡すが、特に変化はない。しかし今までの経験から、なんらかの能力は獲得しているはずだ。
軽く体を動かしたり、全身に力を入れてみる。【変身能力】があるなら体が変わるかもしれない。そう思ったが、違うのか?
もし【再生能力】だとしたら、自分の体を傷つけないと確認できない。
だが違った場合、ただ怪我をするだけなので、できればやりたくはないが……。
そんなことを考えていた時、ふと左手の甲を見ると、なにかが付いていることに気づいた。
「ん? なんだ、コレ?」
左手の甲には、直径一センチほどの半透明のガラス玉が五つ、輪を描くように並んでいた。
どのガラス玉も曇っており一瞬、真珠のようにも見えた。
「こんなの無かったよな……やっぱり魔鉱石の影響か」
体の一部が変化しているのは分かったが「だからなんなんだ?」と疑問に思う。
その後も手を振ってみたり、ガラス玉をつついてみたり、一度『金属化』を解いてみたりと色々してみたが、結局なにも分からなかった。
「ダメだ。ギブアップだ」
悠真が疲れて椅子に座ると、下から声がかかる。
「悠真、ごはんよー!」
母親からだ。もう夕飯かと思いながら席を立ち、台所へと向かった。
◇◇◇
ダイニングテーブルに夕食が並べられ、すでに父親が座っていた。
悠真も席に着き、台所で
忙
しなくおかずを取り分けている母親を待つ。真向かいに座る父親は、いつものように日本酒をおちょこに注いでいた。
真面目そうな黒縁眼鏡で、髪もきっちり七三に分けられている。父親の実直な性格を表しているようだ。
「……どうだ、仕事は。慣れてきたか?」
父親が何気なく話しかけてきた。
「ん? うん、まあ、少しは慣れてきたかな」
「会社の人たちとは、うまくやれているか?」
「大丈夫、みんないい人たちだよ」
「そうか……」
父親はそれ以上なにも言わなかった。料理を運んできて母親が「さあ、食べましょう」と言い。父親の隣に座って手を合わせた。
「「「頂きます」」」
三人で食卓を囲み、さばの煮つけや味噌汁、生卵の黄身を入れた納豆など、純和風の夕食に舌鼓を打った。
食事が終わり悠真が食器を片付けていると、母親が近づいてくる。
「悠真。お父さん、あんまり言わないと思うけど。あんたの仕事のこと凄い心配してるんだからね。この前なんて一ヶ月も帰って来なかったでしょ? 悠真から連絡は無いのかってしょっちゅう聞いてきて困ったぐらいなんだから」
「父さんが?」
「そうよ! だから心配させないように、もっと仕事のこと話しなさいよ」
「意外だな。あんまり気にしてないのかと思ってた」
「なに言ってんの!」
母親は肘で悠真を突っついてくる。
「子供を心配しない親なんていないのよ。お母さんだって、ダンジョン関連の企業って聞いてずっと不安で仕方ないんだから。危ないことをしてないかとか、怪我は無いかとか……」
「大丈夫だよ。でも、まあ、なるべく報告するようにするよ」
悠真は茶碗を洗い終えると自分の部屋に戻り、寝る準備を始める。
最後にもう一度『金属化』して、左手の甲にある五つのガラス玉を見る。やはり、これで何ができるか分からないが……。
「ん?」
変わってないと思ったが、よく見るとガラス玉の一つに色がついている。
左手を目の前にもってきて凝視する。色というよりも、なにかが映っているようだ。さらにガラス玉を近づけ、目を凝らす。
「これ……母さん?」
自分の母親の映像がガラス玉の中に映し出されていた。困惑したまま触ってみると、ぐにゃりと視界が歪む。
「なんだ!?」
まるで
眩暈
に襲われたように、フラついて膝を着く。
しばらく起き上がれず、胸の動悸が収まってからゆっくりと顔を上げた。
「なんだったんだ、今の?」
悠真は壁に寄りかかりながら立ち上がる。ふと自分の手を見ると、金属化が解けて生身の手に戻っていた。
だが、すぐに気づく。自分の手ではない。着ていた服も変わっている。
悠真は部屋に掛けられた鏡の前にいく。自分の姿を映し出した時、あまりのことにギョッとした。
「母……さん?」
それは
紛
うことなき、母親の姿だった。