From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (113)
第113話 茨城へ
会社を出て最寄り駅に着いた悠真は、駅員さんに定期を見せ、改札を抜けて出口に向かう。
「あ~うまくいくと思ったのにな~。結局、キマイラの能力って役に立たないんじゃないのか?」
悠真は自分の左手を見る。
――期待したのにガッカリだ。確かに別人の姿になれるのは凄いけど、ダンジョンの探索では使い道がない。おもしろいのはマメゾウになれることぐらいか。
ぶつくさと文句を言っていると、後ろから声がかかる。
「悠真! 久しぶり」
「ん?」
振り向くと、そこには幼馴染の楓がいた。
「お、おう。ほんとに久しぶりだな。高校の卒業以来か」
「そうだよ。悠真、全然連絡とかしてこないし! たまに悠真のおばさんに会って話を聞くぐらいだよ」
数ヶ月ぶりに見る楓は以前より髪が伸び、さらに大人っぽくなっていた。家が近所なので、もっと会っててもおかしくないが……。お互い社会人になって時間が合わなくなったってことか。
悠真はそんなことを考えながら、コホンと一つ咳をする。
「連絡もなにも、番号知らないんだからできる訳ないだろ!」
「あ~そうだよね。卒業式の日、みんなで連絡先交換したんだよ。悠真だけ先に帰っちゃうから」
「みんなって……ルイともか?」
「そうそう。ルイとはよく連絡取り合ってるんだ。知ってる? ルイ、今福岡にいるんだよ」
「へ~」
気のない返事をする悠真を見て、楓は自分のスマホを取り出す。
「悠真も番号交換しようよ! LINEのグループもあるから一緒にさ。ほら、スマホ出して!」
「お、おう」
悠真は言われるがままスマホをポケットから取り出し、楓と番号を交換した。
LINEもほとんど使っていなかったが、取りあえずアカウントがあって良かったと悠真は胸を撫で下ろす。
日が沈み、辺りに夜の
帳
が下りてくる。家が同じ方向にあるため、途中まで楓と一緒に帰ることにした。
楓は自分の近況について、楽しそうに話してくれる。
「それでね。処方する薬なんかも普通のものと違うんだよ。覚えるのが大変で……」
「大丈夫か? 医療系の会社で働くって聞いてたけど、やってることは病院の看護師と代わらないんじゃないのか?」
「まあ、さすがに看護師さんとは違うけど医療事務っていうのに近いかな。回復魔法で治療しても、それで病気や怪我が全部治せる訳じゃないからその後の通院とか投薬治療が大事になってくるんだよ」
「でも、すげー回復魔法の使い手だと、一発で治したりもできるんだろ?」
「そんなの一部の人だけだよ! 世界でも数人しかいないマナ指数2000超えの
救世主
。日本では一人もいないからね」
「そうなのか……」
――マナ指数2000か……。俺ならマナを2~3万使っても問題ないだろうが、『白の魔宝石』はめちゃくちゃ高額で、なかなか手に入らないって聞くしな。
使えるなら使ってみたいけど。
「悠真の方こそどうなの? 仕事はうまくいってる?」
「あ、うん、まあボチボチだよ。社長とか同僚も、いい人たちだし……うまくやってると思うぞ」
「そう、それなら良かった」
くったくなく笑う楓に、一瞬見とれてしまう。
「あ! そうだ。今度、ルイが茨城に行くって言ってたよ」
「え!? 茨城?」
突然の話に悠真は驚いた。
「ど、どうして茨城に?」
「なにかトラブルがあったんだって。それでエルシード社の探索者が、茨城の『赤のダンジョン』に呼ばれてるらしいよ」
「へ、へ~」
「悠真は知ってる? 赤のダンジョンについて?」
「う、まあ……実は俺も明日、茨城に行く予定なんだ」
「え! そうなの?」
「ダンジョン協会からの要請らしくて、社長たちと行くんだ」
「えーすごい! じゃあ、ルイと一緒に仕事するってことじゃん! これってテンション上がるよね」
「う~ん、まあ、上がるかな。テンション……」
悠真が微妙な表情で答えると、楓はハッとして俯いた。
「ご、ごめん。そうだよね。トラブルの対処ってことは危険な仕事ってことだよね。無神経なこと言っちゃった……ごめんなさい」
思いのほか気落ちしている楓に、悠真は慌てて声をかける。
「いや、いいんだ! ルイは分からないけど、俺なんかは後方支援だから特に危険は無いよ。それにルイだって新人なんだから、そんな危険な仕事は任されないって」
「そうかな……そう思う?」
「ああ、絶対そうだって!」
楓の顔がパアッと明るくなり「そうか、良かった」と安堵の息をつく。
「最近、ダンジョン関係で変なことが多いからさ、心配になっちゃって」
「ん? 変なことって?」
なんのことだろうと、悠真は眉を寄せる。
「悠真、知らない? 最近、横浜の『黒のダンジョン』が攻略されたってニュース」
「あ……あれね」
悠真はドキッとして、全身から変な汗が出てきた。
「誰がやったか知らないけど、ほんと迷惑だよね!」
「あ、うん……まあ、そうだな……」
「ダンジョンはみんなの共有資源なのに、それを攻略して消しちゃうなんて!」
「お、おう……確かに」
「攻略したのって、どんな人たちなんだろう? すごい自分勝手な人たちだと思わない?」
「う……思う、思う。一体、どんなヤツらなんだか……」
憤る楓の話を聞きながら、悠真は遠い目で空を眺めた。
二人でしばらく歩くと、自宅手前の三叉路に辿り着く。
「じゃあ明日、ルイにあったらよろしくね」
「ああ」
「LINEのメッセージも送るから、ちゃんと返してよ!」
「分かったよ」
楓と別れ、家に帰る道すがら、悠真は夜空を見上げた。
「あいつも来るのか。茨城に……『赤のダンジョン』に」
――ルイ、お前はどれくらい成長した? 俺は強くなったぜ。今なら、胸を張ってお前に会えそうだ。
悠真は少し微笑んで、足取り軽く帰路についた。
◇◇◇
翌朝――
福岡の『緑のダンジョン』、その直上にあるオフィスビルの入口に、ルイと吉岡、そして
害虫駆除業者
のメンバーの姿があった。
「忘れ物はないな」
「はい」
大きなアタッシュケースを二つ、ハイヤーのトランクに詰め込んだルイは、見送りに来てくれた吉岡たちと向かい合う。
「お世話になりました、吉岡さん。大変勉強になりました」
「いやいや、大したことは教えてない。君は俺たちの想像を超えて成長してくれた。今後の活躍を楽しみにしてるよ」
「ありがとうございます」
運転手が後部座席のドアを開ける。ルイに乗るように促しているのだ。
「すまんな、ルイ。俺たちは‶風魔法″の専門だ。火を使う『赤のダンジョン』とは相性が悪すぎる。一緒に行ってやれないのが残念だ」
「いえ、そんな。今まで充分お世話になりました。後はここで学んだことを活かすだけです!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。気をつけてな」
「はい!」
ルイは一礼して車に乗り込む。窓から車外を見ると
害虫駆除業者
のメンバーが応援の言葉を口にして、ガッツポーズで送り出してくれる。
嬉しい気持ちになり、ルイも笑顔で返した。
「赤のダンジョンでの初仕事か……自分の力がどこまで通用するか」
ルイを乗せたハイヤーは、福岡空港へ向かって走り出した。
◇◇◇
「おい、全部乗せたか?」
「はい、大丈夫です」
運転席から顔を出す神崎に、悠真がOKサインを出す。田中と共に車に乗り込み、バタンッとドアを閉めた。
「じゃあ舞香、行ってくる」
「うん、気をつけてね」
車の外で見送る舞香が、心配そうに神崎たちの顔を見る。
「なんだ、
時化
た顔すんな! 大丈夫だよ、そんな危険な仕事じゃねえ。普通に二、三日で帰って来るよ」
神崎は煙草を咥え、ニカリと笑う。
「……そうだね。あと、煙草はホドホドにね」
「ああ、分かったよ」
神崎と悠真、田中の三人を乗せた車は、一路茨城を目指して出発した。